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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【エクストラエピソード】
62/123

ミサキ編 【私の家族を紹介します】

「えっ!? 美咲……あんた“りんくる!”知らないの?」


 私の通う大学の食堂はちょっとしたお洒落なカフェのような感じで、お手ごろ価格のメニューとも相まって学生憩いの場でした。四六時中大学生がたむろしていて、私もそんな中の一人。次の講義までの間、のんびりお茶でも飲んでいようかと思ったところに現れましたのはナベちんと頼子さん。そこから何がどうなったのかわからないけど、ともあれ会話は流れに流れ、りんくる! の話になったわけですよ。


「“りんくる!”やってないの、あんたくらいじゃないの……? 女子大生なんだからそれくらいやってないと……」

「え……そんな女子大生に必須のものだったの!?」

「まあ女子大生にっていうか、リア充に必須って感じやねー。元はただのSNSやったんやけど、色々と機能拡張を続けているうちにスーパーマルチコミュニケーションツールとして一般化してしまったわけで。ま、実際んとこは通話料節約の為に無料通話だけつこーてるやつも多いんやけどな。ウチもその一人やし」


 こっちのイケイケのかわいい女子は眞鍋ちゃん。通称ナベやん。で、こっちのいっつもジャージに便所サンダルという正反対な外見なのは頼子さん。頼子さんは頼子さんです。

 二人と出会ったのは、確か夏ごろだったかな? それぞれ別々の理由、場所で出会って、そのうちこうやって三人で会う事もあるようになった。二人とも性格なんかが正反対なんだけど、基本的にはいい子で、何より自分とは違う性質の人を受け入れる器量の持ち主だ。そうでなければこんなでこぼこな三人が集う事はなかったといえるでしょう!


「リア充って、ナベちんみたいな人の事言うんだよね? ナベちんもやってるの?」

「やってるけど……そのナベちんってのやめない? あんたらだけだよそんなわけのわからん呼び方してくるのは。普通に眞鍋でいいじゃないのよ」

「やだよー! 眞鍋なんて……苗字で呼んだらなんか距離感じるもん!」

「あんた頼子の事は頼子さんって呼んでるじゃないの!?」

「頼子さんは苗字じゃなくてあだ名だよ!」


 机をばしばし叩きながら力説するとナベちんは盛大に溜息をついた。これはナベちんが折れた時に見せるポーズである。またつまらぬナベちんを折ってしまったでござる……。


「はいはい、漫才乙。んでサキやん、“りんくる!”に登録するん? 一人で出来るか?」

「えーと…………よくわかりません!」

「あんた本当に機械に弱いわよね……。私達くらいの世代って何もかもデジタル化が進みきって、それが常識として幼少時から育ってきたものだから、大抵デジっぽいものは見て触ればわかると思うんだけど……パソコンは使えるんだっけ?」

「持ってはいるけど、使いこなせているとは言いがたいですなぁ!」

「なんで偉そうなんだ……? くそっ、そのどや顔をやめろ! 腹立つ!」


 ナベやんにほっぺたをむにむにされながらヘラヘラしていると、頼子さんが勝手に私のスマートフォンを操作して“りんくる!”を開いてくれました。そのまま登録なんかを教わって……といいつつ基本的には頼子さんがやってくれて、私は横で見ているだけ。このへんが頼子さんがさん付けで呼ばれている理由なわけです。


「ほいほいっと、これでウチとナベやんはとりあえず登録しといたでー。とはいえまだ初期状態やから、自分なりに色々カスタマイズせなあかんのやけどな」

「あ、ここに自分の顔写真入れるんだね! えーと、どれがいっかなー……」

「そこで普通に自分の写真を入れようとするあたりが実にサキやんらしいわな。猛者や……猛者やで……。だがサキやんは見目麗しい女子大生やから許す。ただしオッサン、てめーはだめだ」

「頼子、誰と喋ってんの……?」

「ねーねー、なんか色々登録するところがあるんですけど! 適当にやってしまってもよろしいものなのでございましょうか!」

「応ッ! 好きにしい! ほんまにやばかったら後でウチらが止めたるわ!」


 という頼子さんからの許可をいただいたので、私もりんくるデビューを飾ったりしてしまおうと思った次第でございますでした。




 今日も一日講義を終えまして、夕飯のお買い物をして直帰! 色々とお誘いは受けたけど、今日はりんくる! のプロフィールを完成させねばならないという使命があるわけです。とりあえずお夕飯の支度をしつつノートパソコンを起動して、プロフィール欄を埋める作業を開始です。


「うーん……それにしてもプロフィールかあ。言われてもぱっとは出てこないよね」


 エプロンを装着し、台所に立ちながら考える。包丁で野菜を刻むのはぱぱっと出来るんだけど、自己紹介しなさいっていうのが昔から私は苦手なんだよね。なんか深く考えすぎるとドツボにはまってしまうというか……。よし、これはじっくり考えて頭の中を纏めながら入力していった方がよさそうだ。

 今日のお夕飯は肉じゃがとアジフライ。お味噌汁も平行して作りましょう。大丈夫、プロフィールなんて夕飯と同じだ。一緒にやっちまえばおっけーなのです。


「えーと、まず……私の名前が笹坂美咲で……十八歳、花の女子大生っと。趣味は剣道……だけど剣道はもう引退しちゃったしなあ。だとするとランニングと……将棋? 一人カラオケ? うーん、こんなものかな。あ、動物は大体好き。特にフェレットとハムスターが大好き! あっ! そうだ……フェレットの画像アップしよう! かわいいんだもん、きっとみんなみたいに違いない! 写真何処にあったかなー!」


 実家で飼っていたフェレット。名前はあろなごんと言います。ぐうたらで、狭いところに入ったまま中々出てきてくれないニクイやつです。写真だけはたんまりあるので、今は離れて暮らしているから寂しいけれど……我慢出来ると思います。


「あっ、味噌味噌……味噌入れ忘れた……!」


 ばたばた走って台所に戻り。調理を続けながらあろなごんの事を考える。

 あろなごんと言えばやっぱり思い出すのは妹の深雪の事だ。超絶美少女で、しかも私よりずっとシッカリしている。なんでこんなにしっかりした子になってしまったのかしらと首を傾げずには居られないくらいだ。もう全然大人びてしまって可愛げがない。しかもすぐお姉ちゃんウザいとかあっちいけとか言ってくる。すぐ……。


「深雪……お姉ちゃんだって……お姉ちゃんだってがんばってるんだよっ!」


 お姉ちゃんはただ深雪と仲良くしたいだけなのに……一緒にお風呂に入ったり一緒にお布団に入ったりしたいだけなのにっ! 昔はあんなにお姉ちゃんお姉ちゃんっていっつも後ろについてまわってたくせにもう……どうしてこんな子になってしまったの!


「はあ……。あっ、やばい煮立ってる! 酒、みりん……!」


 笹坂深雪。私の大事な、この世にたった一人しか存在しない血を分けた妹。今は離れて暮らしていて、苗字は篠原になってしまったけれど……それでも私があの子を思う気持ちは何も変わらない。

 本当はわかっているんだ。深雪がどうして最近私を避ける様になったのか。ううん、最近じゃないか。もう何年も……。あの子にしてみれば、お父さんではなくお母さんを選んだ私は、裏切り者にも等しいはずだ。何より私はあの子を見捨てて逃げ出した……きっとそういう風に思われているのだろう。それまであんなにべったりだったんだから反動も大きい。あの子はきっと、好きを嫌いに反転させなければ心の安定を保てなかったのだろう。

 笹坂家は代々医者の家系だ。おじいちゃんは大きな病院を経営しているとっても偉い人で、趣味は将棋と剣道。私はおじいちゃんの影響で剣道を始め、週末にはよく縁側で将棋を指した。エンガワっていうのは、お寿司のことじゃないよ? お寿司大好きだけど!

 お父さんは、おじいちゃんの弟子みたいな感じで、婿養子になった。今じゃおじいちゃんの病院を継ぐために立派に頑張ってるお医者さんだ。お母さんは……大手企業に勤めるバリバリのOL。女なのにかちょーとかかかりちょーとかにばんばん昇進していったから、うちは凄く裕福だったけど、私と深雪は結構ほったらかしになる事が多かったっけ。

 だから私はいっつも深雪の夕飯を作ってあげて。あの子が眠るまで傍に居てあげた。何処に行くにも一緒だった。いっつも私にくっついていたから、深雪は友達を作るのが苦手だった。引っ込み思案で、中々自分の気持ちを素直に表現出来ない大人しい子。私のかわいい妹……。

 だけどまあ、色々あって両親が離婚する事になって。深雪はお母さんに愛想を尽かしてしまった。元々、一人の人間としては優秀だったけれど、母親としてはてきとーな人だったから、それも仕方ないと思う。だけどだからこそ、私はあの人を支えてあげなきゃなって思ったんだ。

 もしも私までお母さんを見捨ててしまったら、お母さんは本当に独りぼっちになってしまう。それはあんまりだ。深雪は大丈夫。お父さんもついてるし、笹坂の人間がお父さんや深雪を裏切ったり見捨てたりしたわけじゃない。おじいちゃんも別に苗字まで変えるこたーねーだろと言っていたんだけど、これもケジメだからと深雪が言い出したのだ。

 深雪は……たぶん、お母さんの、笹坂の血を嫌っている。その血が流れている自分の事も……同じ私の事も。そのへんのわだかまりをなんとかしてあげたいのだけれど、悲しいかな。私は東京、深雪は京都。同じ京の字でも住んでいる場所が遠すぎるよ。


「姉さんは恥ずかしくないんですか? あんな人の娘で居続けるなんて……。そもそも、お父さんよりあの人を選ぶって、それがどういう事なのかわかっているんですか?」


 京都を出てくる事が決まった日に、久々に深雪と二人きりで話す機会があった。その時あの子は私をまるで他人みたいな目で見て、他人と喋るような口調でそう言った。

 正直、結構しんどかった。ああ、私がやってる事って間違いだらけで……またやっちゃったのかな。また人の気持ちを裏切ってしまったのかなって、そんな事ばかり考えてた。


「――さようなら」


 だから深雪が立ち去って行く背中にも、何にも気の利いた事が言えなくて。

 私ってバカだ。自分の気持ちを上手く人に伝えられない。こんなに強く、こんなに胸いっぱいに大好きって気持ちを持っているのに、それを深雪にわかってもらえない。愛してるよ、大好きだよ、ずーっとずーっと味方だよって伝えたいのに……どうしても、嘘っぽくなっちゃう。

 気持ちだけじゃダメなんだよね。わかってる。自分がどんなに理想や夢を描いていても。どんなに誰かを大切に思っていても……伝わらなくちゃなんの意味もない。思いは誰かに伝えて、実現して、初めて意味を成す。私はただ……綺麗事を言っているだけのおバカなのかもしれない。

 もしも私がもう少し誰かに気持ちを伝えるのが上手だったら。もっとわかりあう努力をしていたなら。あの子たちを傷つけてしまう事もなかったはずだ。

 信じるという言葉を都合よく曲解し、私は一人で竹刀を振り続けた。一人で練習して、一人で勝って。そうやって結果を出していけばいつかみんなわかってくれる……そう信じていた。

 だけどダメだった。私の高校三年間は、ほんとうにどーしようもなく暗黒だった。真っ暗闇で、夢も希望もありませんって感じ。ううん……違うか。私が奪ってしまったんだ。あの子達から笑顔や、夢や希望。何かを信じる気持ちを……。

 自分だけ強ければ、自分だけ正しければ、自分だけ信じ続けていれば良いだなんて、そんなのは押し付けがましい希望に過ぎない。私は結局の所、誰よりも子供だったのだ。

 深雪と離れ離れになって……一人でこの小さいアパートにやってきた夜。ほんのちょっぴりさびしくなって、一人で泣いてしまった。私なにやってるんだろうって思い始めたらどんどん自己嫌悪が深まって、まさに一人後悔処刑! 別にうまい事はいえていない。


「あーあ。片思いって、せつないなぁ」


 私の背中を後押ししてくれたのはおじいちゃんだけだ。あの人だけがいつも私の決断を全肯定してくれる。お前の思うように、信じるようにやればいい。だがその結果と責任は正面から受け止めなければならない。それが人生を生きるという事なのだ……とか言っていた。

 お母さん大好きなのに。お父さん大好きなのに。深雪大好きなのに。みんなみんな大好きなのに。こんなにも大好きなのに。どうしたら伝わるのかわからなくて。もっと誰かの心に届く言葉が使えれば良いんだけど。私はバカで、どうしても突っ走ってしまう。

 それでも私は私をやめられない。間違いを恐れていても始まらない。どこまでもどこまでも突っ走って、いつか誰にも届くような高い高い場所に上って、そこで誰にでも届くような大きな大きな声で、わーっと絶叫するしかないのだ。愛する気持ち、誰かを大切に思う気持ち。わかってもらえるまで……間違いでも構わない。それでも叫び続けるしかないと、今はそう思うから……。


「……って、あれれ? りんくる! のプロフィールの話してたんだけどな。えーと……とりあえず肉じゃがはお母さんにもっていくとして。お味噌汁も一緒に……っと」


 お母さん、料理を持って行くといつも鬱陶しそうな顔をする。だけど無理矢理置いてくると、必ず残さず食べてくれるんだ。ただおなかがすいているだけなのかもしれない。たまたまなのかもしれない。だけど私は信じたい。あの人と私にはまだちゃんと心の繋がりがあって、親子の絆があって……それはまだ修復可能なものなんだって。いつか私とお母さんがわかりあえたら、深雪ともわかりあってくれるって。そう、信じていたいから。


「よしっ! さっそくプロフィールを作るぞー! とりあえず自分の項目を埋めて……それからあろなごんの写真と……そうだ、家族旅行のときの写真があったぞ! 深雪ちゃんかわいいんだからみんなに見てもらいたいなー! それからえーと、道場の写真と……」




 そんなこんなで後日。


「サキやん……いくらなんでも個人情報暴露しすぎやで。そこに痺れるけど憧れはせんなあ」

「消しなさいって! あんたなまじ見た目かわいいんだから、こんな私生活完全暴露のブログ作ってたら……ああもう、すげえ数のフォローがついてるじゃねえか! アホ!」


 なぜか学校に行ったら二人に怒られました。おかしいなあ。私は自分の思った通りに大好きな事を思いっきりやっているだけなんだけど……。世の中は、本当に難しい。


「そっかー……ってあれ、深雪ちゃんから電話だ。もしもーし、深雪ちゃん久しぶり……え? りんくる? 見てくれたの!? えっ? さっさと消せ? いいじゃん深雪ちゃんの寝顔の写真くらいでそんな……え……盗撮? 訴えるって……そ、そんな大げさな……」


 そんなこんなで、私がりんくるを使いこなせるようになるまでは紆余曲折あったのです。

 XANADUというゲームをプレイするようになり、レイジ君と連絡先を交換するようになるのは、これから半年くらい先のお話でしたとさ――。

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なつかしいやつです。
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