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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【エクストラエピソード】
61/123

アンヘル編 【アンヘル・レポート】

「違う……。これは……私の知っている未来とは……違う」


 金色の鎧を纏いし世界の“災厄”。それは、確かに間違いなく女ではあった。

 だがあれは違う。こんな予定ではなかった。プロット上にこんな演出は存在しなかったはずだ。だから私は知らない。私には予測出来ない。これからこの世界がどんな風に変わって行くのか……何が起きてしまうのか。


「話が違う……どういうつもりなのですか――マスター」




 笹坂美咲。PC名“ミサキ”。サードテスター中、最も世界に愛された女。

 “救世主”に限りなく近い、確定的な絶対存在。“システム”との同調率(シンクロ)がこれまでのどの勇者よりもずばぬけている。それはつまり、彼女の願いと世界の願いが同調しているという事。神の願いに、世界の願望に、彼女は想いを重ねる事が出来るということ。

 サードテスターの中で戦闘力に優れている勇者は何人か確認されている。そのどれもが魂の資質が世界のシステムと合致しているからこその力。ミサキは力の具現化率は未だ低いものの、無限に同調する性質を持つ。故に無敵。間違いなく最強の器である。

 “アンヘル”の任務は、この救世主の資質を持つ人物の監視と保護。場合によっては彼らと行動を共にし、ある程度世界変動値を改変する事すら許可されている。尤も、恐らく私の出番はない。このチームにはシステムとの親和性の高いPC、シロウが共にあるのだから。

 シロウの精霊はランクCに過ぎないが、それを補って余りある本人の戦闘センスは驚異的だ。これまで行動を共にした結果、彼もまた救世主に到達する可能性を持つ器であると判断した。一つのチームに二つ以上の器が存在している事は極稀だ。これまでのケースでは、たったの一件しか存在しなかった。

 …………………………一件? なぜ私はそれを知っている?


「救世主というのは、まあ要するにこの世界の主人公足りえる存在の事さ。その条件は大きく分けて三つ。魂の形が世界と合致している事。世界が存在を救世主であると望む事。そして最後に、本人が救世主になりたいと、自らの意思で強く願う事だ」


 ………………。

 世界が終る瞬間はいつでもあっけなくて、私はその記憶を持ち越す事が出来ない。

 殆どカラッポになった記憶の中で見たのは、炎に包まれる世界とその中に佇む女の姿。黄金の鎧を纏った、世界が望んだ破滅の“災厄”。ただ世界を滅ぼすためだけに作り出されたシステムの一部、魔王。アスラ……それが彼女の名前だったはずだ。


「魔王は必要さぁ。魔王が居ないとこの世界は“滅んでしまう”わけだからね。えっ? 魔王が世界を滅ぼすんじゃないかって? いやそりゃそうなんだけどね。世の理はそんなにシンプルじゃないんですよ。いいですか? 魔王(アスラ)天使(アンヘル)監視者(ゲイザー)は世界を保護する為のシステムに過ぎません。まあ要するに後付設定です。だからこそアスラは人でありながら人ではなく、魔物でありながら魔物ではなく……まあ要するに色々と都合がいい存在だという事だよ。え? これ? カップラーメンといって、現実の世界にある……いや、君にとってはこれも現実の一つだったね。あはは、失敬失敬!」


 ……どうでもいい事だ。私はただ存在するだけ。私はただ記録するだけ。私はただ報告するだけ。私はただそこにいるだけ。彼らを見つめるだけ。彼らを、彼女らを、彼女を――。




「なんで人助けをするのかって? うーん……? なんで……。なんでと言われると、私にもよくわからないわけですが……正直、ちゃんと考えているわけじゃないから。自然とそうしたいからしてるだけっていうか……理由なんかないよ、うん」


 ダリア村で収穫を手伝うミサキに問いかけると、彼女は真面目に考えた後にそう返答した。だがそれは考えるまでもない答えだったらしい。


「理由なんかないんだよ。私が私だからとしか言い様がないかな」

「理由が……ない……?」

「自分が気持ちよく生きる為に、自分が好きな自分で居るためにする努力って、うまく言葉には出来ないけどさ。必要だからしてるんだけど、意識してやるような事でもなくて……うーん、ごめん、上手く言えませんなぁ! って、それがどうかしたの?」

「どうというわけでもないのですが。ミサキの力の秘密をわたくしなりに追求してみようかと考えたのでございます」

「健康の秘訣って事? それなら毎朝ランニングしてるとか、早寝早起き、牛乳を飲んで野菜を食べて、いっぱい遊んで……あ、一人カラオケが趣味です! 思いっきり歌って二時間くらい居るとすっごい調子よくなるんだよねー! あーでも、最近はザナドゥのせいで生活リズム崩れちゃってるなあ。おなか周りにお肉がつかないか心配だったりしなかったりして」

「いえ、そういう事ではなく……。しかし……カラオケとは、なんでございますか?」

「えっ、カラオケ知らないの!? カラオケっていうのはね、お金を払って個室を借りて、そこにマイクとなんか音が出る機械があって……」


 ……ミサキの話は、私には正直支離滅裂に思えた。だが彼女は呆ける私に構わず溢れる笑顔で声をかけてくれた。彼女の強さの理由は私には理解出来なかった。だが、なんとなくその片鱗を垣間見たような気がする。

 この世界での強さは世界と調和する力、そして己の意志を貫き通すという想いだ。彼女には無意識にその両方が備わっている。考えるまでも努力するまでもなくそうなのであるとすれば、それを天才の二文字以外でどのように表現すべきだろうか。

 そんな天才のミサキが双頭の竜に殺されたのは、正直誤算以外の何者でもなかった――。




 織原礼司。PC名、レイジ。ミサキの死後、チームのリーダーとなった少年。彼は世界に愛された存在ではなく、救世主としての資質を持たない者であった。

 全ての能力が他の器と比べても劣悪であり、私の目に彼の存在は路傍の石のように映った。それが爆発的な変化を遂げたのは、あのミサキの死。そして双頭の竜を撃破した瞬間であった。

 ミサキの死を切欠に彼の世界との親和性は驚くほど上昇した。理由は不明。彼の持つ精霊、通称ミミスケの特殊能力が何らかの影響を及ぼしている可能性は高い。彼の精霊はその資質だけ見ればランクSに相当する。だがそれは潜在魔力数値的な問題だったはず。ミサキの精霊、ヤタローを取り込んだ事により深く世界と繋がる能力を得た可能性もあるが、詳細不明。その時点から私の役割はミサキの監視からレイジの監視へと切り替わった。

 特に異常だったのは、レイジがミサキの精霊器を使い竜を倒した瞬間だ。あの瞬間、世界変動値が驚異的な改変を見せた。あの一撃で世界の運命が変わったといっても過言ではないだろう。それは即ち、彼には世界を変える力……救世主の資質があるという事だ。

 だが彼は世界に愛された存在ではない。彼は誰にも愛されないまま、誰にも認められないままで、そのままで世界を変える力を持っている。イレギュラー中のイレギュラー。その存在をロギアは重く見ていた。だが同時にイレギュラーとはこの予定調和の世界に最も相応しい役割でもある。世界を破滅に導くにせよ、救世を齎すにせよ、どちらにせよ構わない。何よりも渇望されるのは世界変動値の上昇だ。彼にはその資質があった。

 そしてレイジは徐々にその潜在能力を開花させていく。フェーズ2、フェーズ3共に、明らかに活動限界を超えた状態で魔力を解放し戦闘を継続。その間も急激に能力は上昇を続け、一時は魔王に迫る勢いであった。本人が自覚的に能力をコントロールしているわけではないため、そのムラはかなりの幅がある。思い通りに操れない以上は運と同じなのだが、彼はその運に味方でもされているのか、土壇場で力を覚醒させていく。


「そりゃそうでしょう。もしも本物の救世主なら、ピンチをどんどん与えなきゃダメだよ! 危険や悲劇を乗り越えるたびに主人公は成長していくんだ。精神的にも能力的にもね。そうやって最終的に勇者は魔王を倒すに至る。ただの一般人のままじゃ意味がないからね。彼には英雄になってもらわなくちゃ困る」


 確かに彼はそう言っていた。ならばこの筋書きも彼がレイジの為に考えた物なのだろうか? 恐らくロギアは黙っていないだろう。だが、既に賽は投げられた。世界は急激な変化を迎え、私の役割も直に終る事になる……。




「……知っていたのか? アンヘルは……この事を……」

「――はい。わたくしは全てを知っていました。なぜならばわたくしは――」




 まるで敵を見るような彼の視線に、からっぽの筈の胸がしくりと痛んだ。

 だがそれも直に収まるだろう。役割を終えた私は用済みになる。また記憶は閉ざされ、世界が流転するのならば出会うだろう。それが与えられた運命なのだから。




 本当に…………それだけなのだろうか?

 何故かあの時の事を思い出していた。ダリア村の水車小屋の傍で語り合った事。冷たい流水に素足を晒して、透き通った世界を見つめていた事。

 何も意味がなくても良いのだと、彼女が私に教えてくれた。意味は自分で作れるのだと。ならば私は……わたくしが存在する意味とは……その、意義とは――。

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なつかしいやつです。
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