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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【エクストラエピソード】
60/123

マトイ編 【私はここにいる】

「え? みんなにお菓子を?」


 フェーズ3に入っても、暫くはこれと言ってやるべき事もなく。私達はそれぞれ思い思いに時間を過ごしていた。私は自分の力を高める為、JJにアドバイスを貰って能力の使い方を特訓している。特訓に付き合ってくれるのは大体レイジ君かアンヘルさんで、シロウさんも手伝ってくれるとは言うのだけれど、正直あの人は強すぎて特訓にならないというか……。

 そんなわけで、今日もまたお城の中庭で私はレイジ君と特訓中。それもそろそろ一息つこうかと言う頃合で、一緒に水を飲みながら回廊に面した芝生の上に腰掛けている所だった。


「うん。なんていうか……その、私ってまだちゃんと皆と打ち解けられてないような気がして……。それで自分に何が出来るのか考えてみたんだけど、私ってお菓子作りくらいしか取り得がなくて……」

「打ち解けられてるとは思うけど……。でも、お菓子作りか。いいんじゃないかな? ただ、材料は現実と同じ様にはいかないから、オリヴィアに相談してみたほうがいいかもね」


 私が皆と打ち解けられないのは、ある意味当然の事だと思う。その気があったかどうかは別として、私はクラガノさんが皆を酷い目に遭わせるのを手助けしてしまったようなものだから。

 私がもっとちゃんとしていれば、少なくともあんな事にはならなかったと思う。あんなにレイジ君がぼろぼろにされてしまう事もなかった。あんなの、たまたまJJや遠藤さん、アンヘルさんのお陰で助かったけど、私もレイジ君もどうなっていてもおかしくなかった。それを思うと、今でも本当に申し訳ない気持ちで胸が苦しかった。


「お菓子作りか……うーん……。あ、そうだ! 前にオリヴィアに食べさせてもらった、クナの実っていうのがあるんだけどさ。生で食べると少しすっぱいんだけど、火を通すと甘くなるって言ってたな。そう、パイ作りに使うんだって。その話をしてたって事は、少なくともオリヴィアはパイの作り方は知ってるわけだ。聞いてみたら?」

「パイかあ……。うん、わかった。ありがとうレイジ君、聞いてみるね」


 笑顔で頷く彼を残し、私は訓練を切り上げて城内へ向かった。

 それにしても……レイジ君はなんでも知ってるなあ。こっちの世界の果物とか料理とか、正直私にはさっぱりわからないけど……。ううん、考えようともしなかったんだ。所詮ゲームだって、そういう頭がまずあって。だから私は、この世界の事を無意識に無意味だと決め付けていた気がする。本当に無意味なのは……何もしない私自身の方なのに。




 ――私こと木崎真問は、正直なところ、居ても居なくてもどちらでも構わない人間だ。

 別に独りぼっちというわけではない。友達は多くはないけど居るし、クラスに馴染めなくていじめられているわけでもない。地味で、面白くなくて。でも害がないからそこにいてもいなくても構わない。たぶん、そういうタイプの人間なんだ。

 学校とか、社会とか。人間がすごくいっぱいいて。一つのクラスに何十人も同世代の子供たちが押し込められていて。その中に何十もの個性が犇いている。別に私が何も言わなくたって他の誰かが話をするだろう。私が何もしなくたって、代役はいくらでもいる。別に私でなくても構わない。だったら私が“主役”である必要だってない。

 黙って愛想笑いをして、そうだねって頷いているだけで何もかもが驚くべきスピードで流れて行く。私の目の前で、目まぐるしく過ぎて行く日々。そこに私でなければいけない理由なんて一つもなくて。だからきっと、常にスポットライトは私以外の誰かを照らす。

 わかっている。それは自分のせいなんだって。どんな役だって、どんな運命だって、自分で掴み取ろうとして始めて可能性が生まれるのに。私は何もかもを人任せにして、何もかもを放り投げて、自分にはどうしようもない、だから仕方がないんだって諦める理由ばかり探してた。

 人は沢山いて、私は何もしなくてもいい。そんな無責任な状態でも生きていけたからこそ、私は無害だった。だから私も何かをしなければならない、何者かでなければいけない。そういう状況におかれた時、私は――どこまでも愚かで臆病だった。


「……ねぇマトイ、あんたまた後ろで見てただけじゃない。やる気あんの?」


 ザナドゥにログインしたのは……勿論、そんな自分が嫌で変わりたかったからだ。

 ここなら、現実ではないこの世界なら、私も何者かになれる。そう思っていた。けれどそれは甘い考えだった。ここでも私は所詮私以外の誰かではなくて。それどころかここには私達しかいなくて。だから私の何もしない態度も、自ずと誰かの目についてしまう。


「戦闘は私とハイネがいれば基本的には余裕だけどさ。あんたちょっと、幾らなんでも役立たずすぎでしょ。防御系能力者なのに、ずっとクラガノの後ろにいるだけじゃないの」

「まあまあ、ロニ。誰にだって得手も不得手もあるでしょう。特にこのゲームは実際に体を動かさねばならない性質上、ロニやハイネのように戦いが得意な者もいれば、僕やマトイのように戦いが苦手な者もいるのです。だからこそ支えあっているのでしょう?」


 フェーズ1の世界で、私は完全にお荷物だった。魔物と戦わなければと思っても、怖くて身体がいう事を聞かなかった。それでもきっと、本気になれば戦えたのだと思う。だけどその時私のそばにはクラガノさんがいて、彼はいつも駄目な私を甘やかしてくれた。


「クラガノは支援系能力者だから助かってるけど、マトイはいらなくない? 別に役立たずでもいいんだけどさぁ。私やハイネが真面目に働いてる影でそいつだけ何もせずNPCに認められたりしてるのって、なんか納得いかないのよねぇ」


 ロニさんは、私と同い年くらいの女の子だった。二対別々の形状をした短い剣を使う、スピード特化の剣士。私と違ってハキハキした性格で、思った事はズバっと言ってくる感じ。このロニさんともう一人、デセルという男の人が私達クラガノ班のメンバーだった。

 デセルさんは良くも悪くも普通の男の人で、私よりずっとかわいいロニさんを気にかけているようだった。逆にロニさんが気に入らないと言う私の事は一緒になって攻め立てた。私はそんな二人の事が苦手だった。だけどそれは、悪いのはきっと私の方だ。なのに私はクラガノさんに守られながら、クラガノさんのいう事を聞かない二人が悪いんだと、そんな風に考えていた。

 我ながらなんと傲慢で筋違いな事か。思えばロニさんはいつも私のためを思って言ってくれていたような気がする。彼女はただ正直だっただけで、私に悪意を抱いていたわけではなかったから。


「マトイが気にする事ではありませんよ。荒事が得意な者もそうでない者もいる、ただそれだけの事ですからね」


 クラガノさんはいつもそう言ってくれた。それは確かに、彼のいう事は正しい。私は喧嘩なんて生まれてこの方一度だってした事がないし、人の悪口を言うのも聞くのも苦手で、映画の暴力シーンもまともにみられないようなタイプだ。だから確かにクラガノさんの言う事は間違っていない。私はその“間違っていない”という事実に縋り、決して前を向こうとしなかった。

 “間違っていない”から大丈夫だ。確かに私はダメかもしれない。でも、“間違ってはいない”。その言葉を免罪符に、そこで思考を停止して私は何もかもから目を逸らし続けていた。

 フェーズ1、黒騎士達との戦いでロニさんとデセルさんが死んだというのも、私は後で聞いた話だ。過酷な戦闘から目を背け、私はいつの間にか気を失ってしまったからだ。今になって思えば、私がそうやってマヌケに倒れている間に、デセルさんとロニさん、二人の身には黒騎士だけではなく、クラガノさんの毒牙が及んだのだろう。二人は簡単に死ぬような人達ではなかった。おかしいって、そう思う事すらなかった自分。それが今は不思議で仕方がない。

 そのままでいいと、優しく甘い言葉をかけてくれるクラガノさんが心地良くて、私はどんどん彼に依存して行った。自分がどうしようもな人間だという事実に打ちのめされていた私にとって、縋れるものならなんでもよかったのだろう。私は彼の間違いではないという言葉に全てを委ね、彼を崇拝するようになった。それがどんなに愚かしい事かも知らずに……。




「……と、作り方は大体こんな感じです。材料はじいやに言えばわかると思いますよ」

「ありがとうオリヴィアちゃん。完成したらオリヴィアちゃんにも持って行くね」


 パイの作り方をメモし、後日私は厨房へ向かった。流石一国の王城だけあり、料理の材料には事欠かさなかった。調理器具はどれも現実の物とは違って使い方も難しかったが、とりあえずやってみるしかなかった。こんな事もあろうかと現実で色々と使い方は調べて来たのだ。インターネットの力とは素晴らしい。

 料理を作る事も、魔物と戦う事も、友達を作る事も同じなんだ。やろうと思わなければできっこない。最初からできなくていい、このままでいいなんて思っていたら、絶対に進歩するわけがない。そんな当たり前の事、とっくにわかっていたはずだったのに……。

 私は凡人だ。どうしようもなく凡庸な人間だ。何一つ特別ではない私だけれど、別に特別になる必要もなかった。私は私らしく。だけどそれは、逃げの言葉なんかじゃない。

 私らしく生きるという事は、自分を認め、磨き、肯定するという事だ。何もしないで現状維持を繰り返すだけの自分を“らしい”なんて言わない。本当のらしさはいつも捜し求め、追いかけ続けなければ意味がない。そうやって走り続けた後に振り返った時、そこに残っている足跡こそが、私らしさなんだから。

 出来るとか、出来ないとか。わからないから。生きていくことって、一寸先は闇だから。一生懸命頑張る事はとても怖くて、足が震えて逃げ出したくなるけど。

 失敗して、どうにもならなくて、死ぬ程努力した事だって全部台無しになってしまうかもしれない。何もかも無意味なのかもしれない。そんな未来を思うと叫びだしたくなるけど。

 それでも、何もしなかったら何にもならないんだ。生きる事は、そういう弱い自分と戦って行く事なんだ。浴びたくないスポットライトを浴びて、そこで精一杯自分を演じきる事なんだ。


「変われるかな……」


 変わりたい。そう強く思えたのは、レイジ君のお陰だ。

 あんなにも必死に、強い想いを抱いて生きている人を私は始めて見た。

 あのフェーズ2の最後の戦い。彼は傷だらけになり、血塗れになりながら、それでも歯を食いしばり立ち上がった。もう絶対無理なのに。倒れたまま諦めた方が楽なのに。彼はそれを選ぼうとしなかった。彼は自分に押し付けられた運命を、本気で拒絶したのだ。

 眩しかった。レイジ君だからこそ、とても眩しかったんだ。

 彼は特別じゃない。見た目だって、別に凄くかっこいいわけじゃない。気が強いわけでもなくて。何かの才能に恵まれているわけでもない。私と同じ、普通の人間。なのにどうしてあんなにも違うのだろう? それはきっと、彼が自分自身を強く強く律しているからだ。

 弱気になる自分を、諦めそうになる自分を、迷って立ち止まりそうになる自分を叱咤し、立ち上がれ、立ち向かえと叫び続ける事。それがどんなに美しく壮絶な事か、今なら少しだけわかる気がするんだ。


「かっこいいなあ……」


 彼は言った。ミサキさんという人にしてもらったことを、そのまま私にしているだけだと。

 彼の胸の中に大きく居座るミサキさんという人は、きっとすごい人なんだろうと思う。アンヘルさんも言っていた。ミサキさんは、誰にとっても特別な人だったって。そんなミサキさんに、嫉妬しないと言えば嘘になる。だけどミサキさんと私を比べたって仕方がない事なんだ。私はどう頑張っても私でしかない。だから……自分らしさを見付けていくしかないんだ。

 レイジ君がミサキさんから貰った強さを私にくれたというのなら、私も彼のように誰かに強さを渡して上げられる人になりたい。もしもレイジ君が困ったり、辛い想いをして挫けそうになっている時、支えて上げられる人でいたい。そういう自分になりたい。変わりたい。本気でそう思った。だから――ここからもう一度、木崎真問をやり直してみせる。


「……うわぁ、うまそう! 既にすごくいい匂いがしてるよ!」

「ためしに作ってみたんだけど……ごめんね、毒見みたいなことさせて……」

「いやいや、絶対うまいって! いただきます!」


 出来上がったパイをレイジ君に食べてもらう時、すごくドキドキした。レイジ君が頷いて、おいしいって言ってくれた時、もっとドキドキした。

 嬉しかった。こんな風に誰かと想いをつなげたいと思った事は始めてだった。居ても居なくてもいい自分。そんなのはもう嫌だって、そう思えたから。


「うん……甘酸っぱいね」


 パイは少し生焼けだった。レイジ君は全然気にならないといってくれたけど。自分で食べてみて、これは改良の余地アリという感じだ。

 二人で一緒に小さなパイを食べて、お茶を飲んで……。ゲームの中で、本当は真夜中で、全然関係のない二人なのに。こんな不思議な縁って、こんな不思議な幸せって、私にはきっと不釣合いだけど……。


「おっ? なんか甘い匂いがすると思ったら……んだよレイジ、自分だけなんか食ってやがったな!? うまいもん食う時は俺も呼べって言ってんだろ!?」

「あ、シロウ! 実は今マトイが作ったパイを試食してたんだけど……食べる?」

「おぉ~! うまそうじゃねえか! どれどれ……んっ!? なんだこれ? 現実じゃ食った事のねぇ味してるな……なかなかいけるぜ」


 そんなこんなで、段々人が集まってきて。眠そうな顔をしたJJにアンヘルさんがパイを食べさせて上げたり。オリヴィアちゃんがお茶を淹れて、遠藤さんを呼んできたりして。

 気付けば皆でちょっとしたお茶会になっていた。私は相変わらずその賑やかさの隅っこで笑いながら皆をみているだけだけど……。この笑顔は、私が行動したからこそ見られたんだって。みんなの笑顔を作る事が出来たんだって。そう……自惚れても、いいよね?


「ちょっとシロウ、一人でどんだけ食ってんのよ!? 私まだ一切れしか食べてないわよ!?」

「あ? 早い者勝ちだろ? つーかチビは一切れで十分だろ」

「ま、まあまあ……またマトイに作ってもらえばいいじゃないか。ねえ、マトイ?」


 相変わらず仲がいいJJとシロウさんがにらみ合っている中、レイジ君が言う。私は笑顔で頷いて、ドキドキしている自分の気持ちにまた気付く。


「――うん! 今度はもっとおいしいの、作ってあげるね!」




 私は――マトイは、ここにいてもいい。ここに……いたいんだって。

 そう……願っていても、いいよね?

 だから、私はもう逃げない。私は……ここにいると、そう自分で決めたから……。

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