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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【エクストラエピソード】
58/123

遠藤編 【裏切り者は笑う】

 私立明瞭学園。都内有数のエリート校で、社長令嬢やら政府関係者の息子等が当たり前のように雁首揃える有名校で、小、中、高一貫の為、幼少期からエリートとして育てられた子供たちは自然と明瞭を出る頃には立派な跡取りになっている……というのが通説であった。

 当然だが警備は厳重。敷地は高い塀に覆われており、三箇所ある出入り口には屈強なガードマンがついている。それなりの子供が集うが故に、情報漏洩に関しても万全にカバーリング。まず外部の無関係者が内部の様子を知る方法はない……と、されていた。


「あっ、遠藤さん! お久しぶりッス! 相変わらず辛気臭い顔してるッスねー!」

「やあ佐野君。ご無沙汰してます」

「他の皆みたいに、ミッチーって呼んでいいッスよ! 今日はどうしたんすか? ここに顔を出すのは珍しいッスね」


 歓楽街の裏通りにこの店、“レイズ・オン”はある。一応形式上は飲み屋なのだが、そんなのは書面上のみの事。レイズ・オンは完全な会員制のバーで、出入り口はむきむきの黒服が二人、関係者以外が立ち入るのを防いでいる。佐野光彦君と久々に顔を合わせたのは偶然ではなく、僕がこの出入り口でむきむきの黒服に捕まってトラブっていたからだ。

 佐野君が軽く目配せすると黒服は漸く僕を解放してくれた。崩れたスーツを直しながら溜息を零す僕に佐野君は屈託なく笑いかけてくる。


「遠藤さん、いい加減会員証作ったらどうッスか? つーか、自分が作りましょうか?」

「いやぁ……あんまり積極的に来る所ではないからね。それに、御神君には連絡してあったんだよ。だけどこの二人が通してくれなくてね」

「あぁ~。まあ御神さんに会いにきたって言えば普通は止められるッスよ。だってあの人外部の人間と会わないですもん、ふつー。まーとにかく入ってくださいよ!」


 地下へ向かう階段をおり、ネオンで彩られた派手な扉を潜ればレイズ・オンの店内だ。雰囲気の良い店の体面を保ったままなのは、本物のバーテンが一応数人いるというのと、元々高級バーとして経営されていた店を……まあいろいろあってぶっつぶした時に御神君が乗っ取った場所だからだ。最早アンティークもいいところのレコードが流れ、薄暗い店内で若くて派手な服装のおねーちゃんと男たちが酒を酌み交わしている。


「しかし御神さんに用だったんスか?」

「うん。ちょっと御神君に相談したい事があってね」

「なーんだ、仕事の話ッスか……。たまには遊びにきてくださいよ、サービスしますから」


 佐野君と知り合ったのは今から二年ほど前の事だ。当時彼はこの辺でちょっと有名な喧嘩屋で、それが講じてある組織の鉄砲玉として雇われていた。というよりは暗殺者みたいな……いやまあ、あんまり人の過去を暴露するのはよくないよね。でまあ、色々あって、当時警察側について動いていた僕とも何度かやりあって……最終的には敵対していた御神君とタイマンに負けて、彼の配下に下ったという面白エピソードを持っている子だ。

 御神君と佐野君、両方ダウンして警察にパクられそうになっているところを、まあなんというか、ちょっと偶然ちょろまかしてしまって。それからというもの佐野君は僕に恩を感じているようで、何かと困っている時にはやってきて手助けしてくれる。過去の事をいつまでも引っ張って頼るのは申し訳ないので、出来るだけ手間をかけないようにはしているのだが。


「御神さんはこの部屋にいるッスよ。自分は席を外してるんで、どうぞごゆっくり」


 扉を開くと、小さな部屋の中に充満していた紫煙があふれ出してくるかのようだった。ボロボロの革のソファに腰掛け、左右に若い女の子をはべらせながら御神君は将棋を指していた。相手は部下らしいが、戦況が芳しくないのか顔には凄まじい量の脂汗を浮かべていた。


「……遠藤さんか。久しぶりじゃないか。ちょっと今遊んでいるところだから……片手間に話す事を許してほしい」

「あー、うん。全然構わないよ。こっちこそ忙しい所時間を取らせて申し訳ないね」

「あんたが連絡してくる時は、出来るだけ時間を作るようにしてるんだ……。その方が得だって、さんざん思い知っているからね。ウイスキーでよかった?」


 頷き返すと随分若い子が僕にお酒を作ってくれた。どう見ても外見は未成年。少女と呼んで差し支えないだろう。まあそこにツッコんでもどうせ見た目はこれですが登場人物は全員十八歳以上ですと返されるだけなので、なんの得もしないからつっこまない。

 そもそも彼がはべらせている左右の女子も随分若いな。多分高校生くらいじゃないだろうか? 親が見たら泣きそうな殆ど裸同然のドレス姿だ。若い子が今からあんなの着てるようじゃ、これからどうなってしまうのやら……。


「それで、話があるんだろう? これ、すぐ終るけど……その後がいい?」

「大した話じゃないから。御神君、私立明瞭学園って知ってるかい?」

「当然ね。うちにもそこの女の子が何人かいるし」


 そういう事はオフレコにしてくれないかなあ。まあ知ってたから来たんだけどさ。


「正真正銘のお嬢様だからね。小さい時からお行儀の良い生活を強いられていると、こういう所に憧れるものなんだ。扱いやすくて本当にかわいいよ。本当にね」


 御神君の目はまるで死んだ魚の目みたいだった。黒く淀んで、生気が一つも見当たらない。見た目は女と見間違えるような美男子なのに、まるで死者のようだ。実際彼にとってこの世は生きているのか死んでいるのかなんてことは些細な問題なのだろうが。


「さて、そろそろ詰みかな?」


 御神君がにっこりと微笑むと、対戦相手は爆発しそうなくらい顔を真っ赤にしていた。それどころか目尻に涙を浮かべ、がくがくと膝が笑っている。かと思えば呼吸が止まっていたのか顔が青ざめ始め、唾を飛ばしながら短い間隔で呼吸を始めたりする。


「どうしちゃったの彼」


 御神君は無邪気に笑いながら人差し指を唇に当てた。僕は言われるがまま黙って彼の様子をながめる。やがて男は頭をわしわしと掻き乱し、喉を引っかきながら叫んだ。


「たっ、たのむ……もう一戦! もう一戦だけやらせてくれぇ!」

「それは、投了って事でいいのか?」


 穏やかに語りかけると御神君は部屋の外の佐野君に声をかけた。佐野君は暴れる男を背後から掴み、強引に部屋の外へ連れ出して言った。何か死にたくないとか助けてくれとか叫んでいたような気がするが、まあよくあることだからほっとこう。


「それで、明瞭の話だっけ?」

「ああ。生徒の名簿がほしいんだ。全員分」

「それはまた随分と……。明瞭に何か仕掛けるつもりなのか? だったら一枚噛みたいね」

「いやいや、そういうのじゃないよ。ただ個人的にお付き合いを深めたい子がいてね」

「あんたロリコンだったのか? まさか小学生が狙いじゃないだろうな?」

「違うよぉ。中学生だよ」

「俺には同じに思えるけどね。中学生か……紹介しようか? すぐ呼べるけど」


 そういう怖い事言わないでほしいんだよね……。


「勿論かわいいし、もう大分ぶっ壊れてるから、大抵の事は受け入れてくれると思うよ」

「いやいや、そういうのじゃないから大丈夫……。ただ知りたいだけなんだ」

「……他の仕事の絡み、か。まあいい。確かに俺なら調べられるけど……。明瞭の学生は何人か使えるのがいるから、そいつらに調べさせれば穏便だ。時間は少し貰う事になるが」


 こういう箱庭的なところを調べるには内部の人間を使うのが一番手っ取り早いんだよね。となると、女の子を組織的に運用している所のトップに頼るのが最良なのだ。


「ただし、分かっているとは思うが……これはビジネスだ。あんたが情報を望むのであれば、相応の情報を提出してもらわなければ取引が成立しない」

「わかってるよ。君にお金を積んで解決してもらおうなんて思っちゃいないさ」

「ああ。金は有り余ってるからな」


 うーん、少女売春ってやっぱり儲かるのかな。子供を使うから危ない橋だと思うんだけど。

 僕は鞄からUSBメモリを取り出してそれを御神君に差し出した。興味深そうにそれを手に取る御神君に、僕は咳払いをしてから切り出す。商談開始の合図だ。


「中身は“ドレッド・ドロップ”の原材料と調合の方法。それからD2の売人の住所と名前、輸入ルートについて」

「へぇ……。流石遠藤さん、俺が今一番知りたい物を持ってきてくれるね。だけどD2に関してはそんなに簡単にどうにかできるものじゃないはずだ。あんた……もしかして」

「うん。D2の輸入ルートの開拓とか、“彼ら”が日本に入ってくる時にちょっとね」


 眉間に皺を寄せる御神君。だけど僕はグラスを傾けながら笑みを崩さない。


「勿論、その時は彼らがこんなに君らの縄張りを荒らすとは思って居なかったし、D2があんなに依存性が高くて少しオーバードーズすれば死ぬような代物だとは思っていなかったんだ。だから今の状況は僕の責任でもある。取引もあるけど、君に力を貸したいんだよ」

「どうもやつらが台頭するのが早すぎると思ったんだ。あんたが根回ししていたなら納得だよ」

「といっても付き合いは一年前にストップしてるから、今はその情報も古いんだけどね」


 情報は鮮度が命だ。特にこの類の仕事の連中はちょくちょく名前も住所も変えたりするので、ほっとくと情報はなんの価値も持たなくなる。だけどまあ……実際これは最近調べなおしたもので、御神君が検証してくれれば信憑性は高いとわかってもらえるだろう。


「少し確かめるのに時間を貰いたい」

「了解。本物だと納得できたら僕にリストを送ってほしい。事務所宛で構わないから」

「ああ……。なんだ、もう帰るのか?」

「最近ゲームに嵌っててね。オンラインゲーム。君やったことあるかい?」

「ないね。俺にとっては何もかもゲームみたいなものだから」


 綺麗に並んだ将棋版の上の駒を指先で弾きながら御神君は呟いた。僕はそんな彼と女の子を残して、レイズ・オンを後にした。




そんな事があってから数日後。御神君からの連絡はないまま事務所に向かって歩いていた時だ。突然暗がりから一人の男が飛び出してきた。全身ジャージ姿の外国人で、手には包丁を持っている。ジーンズのポケットに両手を突っ込んだまま足を止めると、男は殺意に満ち満ちた眼差しを僕に向けながら言った。


「エンドウ……ナゼ……ウラギッタ!」


 暫く誰かと考えていたが、どうやらこの間の中国人らしかった。えーと……名前はなんていったかな。まあなんでもいいや。


「ウラギリモノ……コロス!」

「もうちょっと日本語覚えてから日本にきなよ……」


 呆れながら溜息を零すが、向こうさんは容赦なく襲い掛かってくる。繰り出される包丁をかわしながら一度距離を取る。完全に頭に血が昇っているのか、中国人は母国語らしきものを喚きながら包丁を振り回している。あれが母国語なのかどうか、僕にはちょっとわからないが。

 襲い掛かる包丁男をどうしようか考えていた時だ。突然僕の後ろから誰かが現れ、男の繰り出した包丁を蹴り飛ばした。そのまま流れるような動作でもう一発男の首に回転蹴りを食らわせると、吹っ飛んだ男の上に馬乗りになり、腕を背後に捻り上げてから強引に身体ごと体重をかけてあらぬ方向へ圧し折った。骨が折れるきれいな音が聞こえ、続いて中国人の絶叫が響いた。しかし深夜の裏通りに人気はなく、誰も彼を助けには現れない。


「って、佐野君じゃないか! いやー、助かったよ……」

「ちーッス、遠藤さん! いやーすんません、うちの下っ端がこいつ取り逃しちゃって……俺が責任とってケツ拭きに奔走してたんス。でまあ、遠藤さんのところに現れると思って事務所張ってたら案の定!」

「なんで僕のところに来るってわかったの?」

「は? だって遠藤さん――こいつら裏切ったんでしょ?」


 倒れている中国人の腹に蹴りを一発。口から泡を吹いて気絶してしまった中国人を見下ろしながら佐野君は僕にUSBメモリを投げ渡した。


「御神さんからお使いッス。取引成立ってことで。今後ともご贔屓にとの事ッス」

「おっ、ありがとう助かるよ」


 USBメモリを懐にしまって笑顔を向ける。佐野君は落ちていた包丁を指先でくるくるまわしながら笑顔を浮かべていた。


「お陰様で連中はぶっ潰せて、D2は改良してうちで使えそうっす。顧客も掻っ攫った形になるので、相当な儲けになるッスよ。ただ、遠藤さん……わかっているとは思いますがね」

「ああ。君らの情報を人に売ったりしないよ。僕はこれでも義理人情に厚いんだ」

「だったらいいんスよ。ま、そんなお互い悲しくなるだけの事はやめにしましょうや」


 一瞬だけ、佐野君は獣の様な眼光で僕を射抜いた。それは昔の佐野君の眼差しだ。彼はそのまま中国人を引き取って去っていった。最後にこんな言葉を残して。


「今度はちゃんと遊びで来てくださいよ。中学生の女の子、用意しときますから!」




 こうして僕はロリコンという不当な誤認を受ける事になってしまった。だがまあ、彼らにしてみればロリコンは商売相手。別に特別な物ではないのだろう。


「ああ、酷い目にあった……」

「おかえりなさい。どこをほっつき歩いていたんですか?」


 事務所に戻ると瑞樹君がコーヒーを飲みながら僕を待っていた。そう、恐らく待っていたのだろう。こんな事務所に夜中に女性が一人でいるだなんて、物騒極まりない。

 もしもあの中国人が直接この事務所に乗り込んできていたら……その時は彼女を巻き込んでいたかもしれない。僕は僕自身がどうなろうと別に自業自得だと思っているのだが……他人を巻き込んでしまうのはよろしくないだろう。


「瑞樹君、僕にもコーヒーもらえるかい?」


 自分が裏切り者だというつもりはない。ただ強い方に、いつもついてきただけだ。

 誰もが誰かを利用し、利用されて生きている。それを罪とするのは綺麗事に過ぎない。

 勿論、そうした悪意と寄り添って生きるのであればそれに自らが貫かれる覚悟も抱かねばならない。だが僕にはその覚悟がもう何十年も前から定まってしまっている。

 そういう人間にとって、孤独とは安らぎなのだ。一人でいれば何もかもが自由で、何を裏切ったとしても心を痛ませる事もない。しかし……。


「このコーヒーは、一人で居ては飲めないものだね」

「何か言いましたか?」

「いや、なんでも。ただ君の淹れるコーヒーは絶品で、美人の助手にコーヒーを貰える僕は幸せ者だなあって話だよ」

「よくそういうセリフがべらべら出てきますよね……誰にでも言ってるんでしょ?」

「そんな事ないさぁ。君だけだよ、君だけ!」


 自分以外の誰かに危害が加えられる。それは少々、厄介な問題だ。

 これに懲りて暫く誰かを裏切るのはやめておこう。少なくとも、彼女との縁が切れる、いつかのその時までは……。

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