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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【エクストラエピソード】
57/123

JJ編 【少女が見た光】

 ――私の人生は、イージーモードだ。

 金持ちの家に生まれ、聡明かつ見目麗しい。自分でこういう事を言うと自惚れと思う奴もいるだろうが、私はそうは思わない。客観的に自分を俯瞰してみれば自ずと私は美少女であるという結論に達するからだ。

 そりゃ、確かに背は低いしこんな外見の割には貧乳ではあるが、私達の業界ではご褒美という輩は後を絶たないし、貧乳は希少価値だ、ステータスだという名言もある。

 私の通う私立明瞭学園は高校まではすんなりエスカレーターしてくれるわけで。大学受験なんて私の成績をもってすれば超絶楽勝。体育以外の成績は軒並みトップクラスなのだから、多少生活態度に問題があったとしても大学の方から頭を下げてくるだろう。

 それで、大学を出たら後はジョイス一族のどっかの会社に勤めて、バイリンガルなのをいい事に世界各地で活躍するバリバリのセールスマンに…………なるのは難しいかもしれない。自分自身の対人能力について私は冷静だ。知らない人と話しまくるのは……無理かもしれぬ。

 まあでも、仕事には困らないだろう。つーかそもそもニートになったとしてもうちの家は死ぬまで私を養っても余りある財産があるわけで。つーか両親が死ねば勝手に遺産がたんまり……あーいや、そうなると親戚とかに利用されそうでめんどくさいが。まあとにかく、その気になれば何の問題もなく戦い抜ける。勝ち組にのみ許されたこの人生がイージーモードでなくてなんだというのだろうか?


「ソーイージー……なんだけど……」


 いつからか、私は自分の人生を勝手にハードモードにしてしまったらしい。

 ベッドの上に寝転がって見上げる天井。手には先ほどまで目を向けていたライトノベルの文庫が握られている。それを枕元に置いて、ぼんやりと意識を虚空に投げ出した。

 人と話すのは……苦手だ。人間というのは物語の中で描かれる以上に薄汚くて面倒くさいのだ。金や権力がなければろくに誰かに意志を通すことすらままならず、そういう人間にはどうしてもザコが群がってきやがる。そんな中、有象無象を蹴飛ばして歩かなければ生きていけない人生……それってマジで、なにそれおいしいのって感じで。


「はー……。リア充炸裂しないかな」


 どうして私はこんなにもハードモードなのだろう? 美少女で、金持ちで、学園の教師共もヘコヘコするこの私に、なぜ一人も友達がいないのだろう?


「こんな現実……誰かがぶっ壊してくれたらいいのに」


 時折無性に妄想するのだ。この現実は私にとっての真実ではないのだと。

 世界の全てが仮に蝶の見ている夢だとしたら、蝶が生きる世界はどんなに美しいのだろう。

 私には世界を変えるような特別な力なんかない。それでもどうしても待ってしまうのだ。異世界に召喚され、そこでは私は特別な力を持った救世主で、アホの子勇者とかツンデレ勇者とかと仲良くなったりして、イチャイチャしたり特訓したりしながら世界の謎に迫ったり悪の組織と戦ったり、なんか前世代の勇者の仲間だったフェンリルとかと戦ったりして……。


「……ふ、ふふふ……アホらし」


 あるわけねぇーだろ。どんだけ待っても現実はかわんねーよ。

 知っているのだ。異世界に召喚される日なんか来ないって。何か特殊な力に目覚める日もこないし、前世から連なる縁で美少女と再会する事もない。

 なんでなんだろう? どうしてなのかな? あ、私には妹がいないからか? とりあえず妹が居ないと異世界に召喚されないもんな。やっべ真実に辿り着いちゃったよ。つーかまず私が女っていうのがな、どうしようもないんだよなこれ。なんで私が美少女側なんだよ。逆だろ! 一体誰が得をするんだよ私が美少女で! 逆だろ! 私がイケメンであるべきだろ!


「はあ……虚しい……」


 そう、私は知っている。本当はこの世界はベリーベリーハードだって。だけど世界をそういう風に変えてしまっているのは、私自身のせいなのだと……。




「――ねえ、JJはどうして私の目を見てくれないの?」


 いつだったか、ダリア村の神殿であいつはそんな事を言った。

 神殿の中に降り注いだ光は乱反射して、うっすらと私達を照らしていた。本に向けていた視線を上げると、目の前にはあいつの顔があった。いつも通り満面の笑みで……どうしようもなくきれいで。ああ、本当に美しい人は、こんな人のことを言うんだなって思った。

 笹坂美咲。オンラインゲームに本名を名乗るズブの素人。誰にも疑いの目を向けない純粋な人。アホで、バカで、お人よしで後先考えない無茶苦茶な奴で……だけど自由で。きっとその瞳には私には見えないものが、この世界の素敵なものが映っていた。


「JJってさ、いつも私の目を見てくれないよね? どうして?」

「どうしてって……別に意味なんかないわよ」


 逆に聞きたかったんだ。ねえ、どうして? そうやって私の心を掻き乱してくるの?

 人の目を見られないやつなんていくらでもいる。怯えているんだ。怖いんだよ、自分以外の何かと関わるのが。見透かされる気がして……自分の弱さや矛盾、どうしようもない醜さ。そういうものをさらけ出される気がして……怖いんだ。

 ぼっちにそんな事聞く奴は頭がどうかしてる。余計なお世話もいいところだ。だけど私はただぼっちだから目を合わせないんじゃない。目を合わせる事は……どうも私にとっては酷く恐ろしい事らしかった。多分これは、幼少期からのトラウマなのだ。

 まだ幼い私にジョイスの連中は様々な事を詰め込みやがった。覚えたくもない事も沢山あった。好きで……自分の意志で何かした事なんかなかった。私は何時でも誰かのお人形さんだった。あいつらはドレス姿の私を見て口々に言う。まあ、まるでお人形さんみたいにかわいいお子さんですね、と。ジョイスの連中におべっか使う為に、私を何度も何度も人形扱いしやがる。クソクソクソクソ、全部クソ。どうしようもないあの目が。私を哀れむようなあの目が。ただ何かに取り入ろうとする為だけの、打算と欲に塗れたあの目が……。


「JJって凄く綺麗な目をしてるよね」

「……は? 急になに?」

「とっても綺麗で、深い青色。ご両親が外国人なの?」


 だから……どうしてそんな事を聞くんだ。

 私の母は完璧な外人だが、父は日本人だ。ハーフの子供がこんなにも外人的な外見なわけないんだから……父親はもしかしたらあの人じゃないんじゃねーかと思うのだ。母は美しいし、交流の幅は広く、そしてジョイスの一族は優秀な子供を残す為ならば“それ”を良しとするような連中なのだ。正直、その話題は私にとっては地雷だった。


「さあね……。ミサキ、私に構っている暇があったら他のことをしたら? レイジあたりがあんたを探してるんじゃない? かわいいじゃない、あんたにゾッコンのワンコ君。もっとそれなりに愛してあげたら?」

「私はレイジ君をそんな風には思ってないよ! ……といいつつ、ちょっとワンコっぽいのは同意かなー! レイジ君、かわいいよねぇ!」


 屈託のない笑顔を見せるミサキ。だけど私には何と無くわかった。彼女はきっと、私達には言えないような心の闇を抱え込んでいる。

 だから彼女の黒い瞳はとても美しい。私のこんなでっちあげみたいな、作り物みたいな碧眼とは違う。苦しみを、涙を染め上げて尚黒は美しい。彼女はきっととても深い想いを抱いている。だからこうやって私の中の暗いところに触れようとしているのだ。それがどうしようもなくくすぐったくて……どうしようもなく…………。


「ねぇ、JJって普段何してるの? もっとJJの事を教えてほしいな?」

「教える必要ないしそんな義理もないし、これゲームだし。リアルの事訊くのはマナー違反だし……ていうか顔が近いし!」

「えー、いいじゃないですかー。仲良くしましょうよー、JJー!」


 そう、だから私はこいつが苦手だった。

 屈託のない笑顔も、深みのある瞳も、私の髪を気安く触るその指も……。

 好き……だった。それを理解したくなくて、受け入れたくなくて、だから苦手だった。一人きりで生きていけると、それでいいと思っていた。諦めていたのに。ミサキは本当に簡単に私の決意を揺さぶって、一人より二人の方が楽しいんだよって教えてくれる。

 そしてそれはきっと、二人より三人。三人より四人のほうがいいんだって。私の手を取って無理矢理引っ張り出して、彼女は笑いながら語るのだ。

 ――ああ。なんてくだらない。なんてどうしようもない……。

 私も彼女のようになれたらよかった。誰にでも素直に心をさらけ出す事が出来たならよかった。けれど私にそんな勇気はない。嫌われるのは恐ろしいよ。誰かを好きになるのも怖くて仕方がないよ。ひとりぼっちは……いやだよ。だけど……誰かと共に歩む事に耐えられる程、私は強くなかったんだよ。


「一緒に行こう、JJ! きっと楽しい事、私達にしか出来ないこのゲームの遊び方が見つかるからさ――!」




 大丈夫だって、言ったくせに。

 私がなんとかするって、約束したくせに。

 だからやめとけって、私は忠告したのに。

 あっけなく……本当にあっけなく、ミサキはいなくなってしまった。

 時計を確認しベッドから降りる。ケータイにはシロウからメールが届いていた。私はさっさと学校の制服に着替え、溜息を残して部屋を後にした。


「これはジュリアお嬢様。お出かけですかな? この後はピアノのレッスンだったはずですが」

「ちょっと急用が出来たの。学校に行って来るからレッスンはキャンセルしておいて」


 別館から本館へ向かう途中、使用人の一人と顔を合わせた。彼は細谷という初老の男性で、私がまだ赤ん坊の頃からこの屋敷で働いている。連絡通路の掃除をしていた細谷は作業の手を止めて困ったように言った。


「キャンセルですか。しかし学校に……? どのようなご用件ですかな?」

「進路希望調査票、出してないの私だけだから」


 すばっと白紙の調査票を突きつけると、細谷はきょとんとする。


「それならば、わざわざお嬢様がお出でにならずとも私が提出しておきますが……」

「いい。自分のことだから、自分でやるわ」

「ではせめてお送りしましょう。外は雨ですよ」

「平気よ。一人で電車くらい乗れるわ」

「しかし……」


 自分でも無茶苦茶言っている自覚はある。だけどこうでもしなきゃ、皆に会えないのだ。

 今日はこれからの事を話し合おうって、レイジが東京に来てるから集まろうって、そういう話になっていた。だけど私はまだ行くと返事をしていない。それは……いけるかどうか、いちかばちかで確定していなかったからだ。

 今日はピアノのレッスンが入っているから、その時間には家に居なければならない。外に遊びに行きたいだなんて言えばきっとジョイスの連中はわけのわからん説教をして私をあの別館にカンヅメにするに決まっているのだ。だから……抜け出せるのは家庭教師と家庭教師が入れ替わる、かつ本家の人間が会議で席を外すこの瞬間だけだ。

 渋い表情の細谷に目を向ける。だけどダメだった。どうしても目を見る事が出来ない。俯いて調査票を握り締める私に、細谷は溜息混じりに言った。


「……わかりました。では、他の者には私が適当に言っておきます。お嬢様は体調を崩してお休みになっているという事にしておきますので」

「……細谷?」

「何を言わずに、さあ」


 苦笑しながらも細谷は頷いてくれた。私はその脇を通り抜けながら、どうしても言えなかった“ありがとう”の言葉をひどく恨めしく思っていた。

 町には雨が降り注いでいた。ざあざあとではなく、しとしとと世界を濡らす雨。電車とバスを乗り継いで移動する間、私はずっとミサキの事を考えていた。

 どうしてこんなに急いでいるのか。心が逸るのか。皆に会いたかった。皆と話をしたかった。私は一人じゃないんだって、そう思いたかった。

 もしも私があのゲームを続ける事でミサキを救えるのなら……その手がかりを得られるというのなら。まるでたちの悪い三流小説みたいなシナリオだったとしても、その筋書きにそってやる覚悟はある――。

 携帯でメールに添付された地図を見ながら傘を片手に街を歩く。ファミレスの窓からはあの三人が話しているのが見えた。今は自然と彼らの事を仲間だと呼べる。それはきっと……ミサキが私に残してくれた光だ。

 とてもか細い、今にも消えてしまいそうな光。だけどまだそれを信じていたいから。手放したくないから……守りたいから。私は変わろうと思う。変われると思う。少しずつ、ほんの僅かでもいい。彼女のように、誰かと繋がる事を恐れずに……一歩を踏み出そう。




「――私がいなくても、皆と仲良くしてあげてね。JJにしか出来ない事で、JJにしか言えない言葉で、皆を助けてあげて。ね? 私との約束だよ」




 私は約束を守り続ける。そして……ここにはミサキとの約束を一緒に守る奴もいる。

 だからきっと、私は一人じゃない。もう一度その事実に飛び込もう。怖くて、辛くて、先の事を考えると足が震えるけど。今はこいつの笑顔を信じていたいから。


「アスティー……ミルクとガムシロップ、三つずつね」


 ――あの日見た光を、今日も追いかけて行く。

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