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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【三軍会議】
54/123

悪夢(6)

 大剣で胸に穴を空けられ倒れる大地。ギドの命は今、漸く尽きようとしていた。

 こうなる事はわかっていた。自分一人では運命を変えられぬ事も、最早彼の物語はとうに終わりを告げていた事も。それでも諦めてしまうのだけは嫌で、命を失ってしまう事だけは恐ろしくて……足掻いて、必死に戦い抜いて、それでもまともでいるには現実は過酷すぎた。

 もう何も苦しむ事はないと、最早何一つ涙する事はないと言い聞かせ、臆病な自分を奮い立たせながらここまでなんとかやってきた。いちいち傷付く事がないように、心はとっくに凍てつかせたはずだったのに。なぜこんな最後の最後になって、からっぽになった筈の胸が痛むのか。なぜこんなにもどうにもならない状況になって初めて……一人ではなかったと気付くのか。


「グリ……ゼル……ダ……」


 大地を這い、グリゼルダの亡骸に近づく。胸から上だけとなったグリゼルダは白い素肌を赤く染め、両腕を投げ出すようにして仰向けに倒れていた。その指先に手を伸ばし、しっかりと掴み、冷たく動かなくなった彼女に想いを馳せ、悼んだ。


「お前は……どうしてそう……最後まで、バカ……だったんだ?」


 ――ギドの能力は、人に嫌われた。それは彼の力が人を操り死に至らせる力だったからだ。

 強力ではあるものの、誰からも信用される事はなく。ギド自身そうさせるつもりもなかった。嘗ては彼にも仲間と呼べる者が居た時期もあったが、彼らが死に絶えた時もこんな気持ちになる事はなかった。

 ギドは誰も信じていなかった。最早何一つ信じてはいなかった。グリゼルダの事もそうだ。彼女は所詮、自分とは違う立場の人間。なんだかんだで最後にはあるべき役割を果たし、自分の下を去って行くだろう……そう考えていた。

 思えばグリゼルダと共に居る事自体、何もかもが矛盾と間違いに満ちていたのだ。“かつての仲間たちを全滅させたのは、ある意味彼女”だと言うのに。


「俺……は……何を……していたのだろう……な」


 笑ってしまう。自分自身の愚かしさと何もかもが手遅れなこの状況に。

 そもそも……無理に目的を達成する必要はあったのだろうか? この世界で生きて行く事も、それはそれで悪くなかったのではないか?

 ここ数年は特にそうだ。戦いと戦いの合間にある時間は、どこか満たされていた。ダンテとグリゼルダ、三人で暮らす日々はまるで家族のように血が通っていた。ダンテが成長し、ブロンやツァーリと共に革命軍を組織し戦うその姿に、どこか感慨深い想いすら抱いていたのに。

 荊の契約を結んだ時から、全てはギドの命と共にあった。誰もがその価値を共有する革命軍だったからこそ、まるで本物のように感じていたのかもしれない。もう何も気にしないと、もう何も気負わないと見送る事もしなかったギドに、グリゼルダは“大丈夫”と声をかけた。


「何が大丈夫だ……。死んでんじゃねえか……お前は……」


 グリゼルダが笑うようになったのはいつからだったろう。

 出会った頃の二人は、まるでお互いに心を開く気配もなく。ただ戦いに明け暮れた。

 真実を知った頃、信じる心を忘れ、ただ相手を出し抜く事にだけ終始した。

 やがてそれにも疲れ、何もかもを諦めた時、初めて相手の瞳を知った気がする。

 手を繋ぐ事も、口付けを交わす事も、まるであてつけのようであったのに。

 いつしか交わす僅かな言葉だけが理性を繋ぎ、心を保つ希望となっていた。


「――――ざっけんじゃねえぞ。クソゲーが……」


 もうこれでいいと、つい先ほどまで諦めきっていたはずなのに。

 歯を食いしばり立ち上がる。今更何が出来るとも思えないが。全く以って冷静とは言いがたいが。


「このままてめえにやられっぱなしじゃ……死んでも死にきれねぇんでな……ッ!」


 遠ざかる甲冑の足音が止まった。魔王はゆっくりと顔だけで振り返るが、その瞳にギドに対する興味はなかった。一瞥だけするとそのまま歩みを再開する背中にギドは笑みを浮かべた。


「よおアスラ……お前がここに来たのは、俺を始末する為だろ……? だったら、死ぬと分かっているからって手を抜くのはご法度だぜ。俺は……この世界の真実を……サードテスターに暴露する準備がある……ッ!」


 また魔王の足が止まった。今度は視線だけではなく、身体ごと振り返る。仮面の下の表情に変化はなかった。しかし、ギドの言葉は決して看過出来ないものだ。


「……貴様は阿呆なのか? なぜそう死に急ぐ?」

「元から阿呆のクズだ。一切ぶれてはいないよ、俺は」


 片手を翳し、火球を放つ魔王。先のグリゼルダを一撃で葬り去った攻撃だ。今のギドでは避ける事もかわす事も叶わないが、せめて立ったまま。最後まで敵に向き合ったまま、諦めずにいたかった。それが自分の為に命を投げ打ったグリゼルダに対する、せめてもの礼節ではないか。

 身構えるギドに一瞬で炎は迫る。しかしその業火が彼を屠る事はなかった。彼の前には黒いマントを纏った少女が立ち、身体を回転させるようにして炎を防いでいたからだ。


「ギドさん、下がってください!」


 眉を潜め背後へと跳ぶギド。間に割って入ったマトイはその場でくるくると回る。するとマントの上をくるくると滑るようにして炎が凝縮されていく。最後には掌の中に収まるようなサイズにまで変貌を遂げると、マトイはそれをマントで弾き――否、射出した。

 マトイのカーミラの能力は“逸らす”力。それはあらゆるものの方向性を制御する能力だ。魔王が放つ世界最高峰の炎熱であろうと同じ事。所詮ソレはただの炎だ。超常を誇る精霊の力ならば、“逸らす”事は別に難しくも何ともない。

 放った炎ををそのまま弾丸として打ち返され、魔王はそれを剣で薙ぎ払った。小さな炎は一瞬で大爆発を巻き起こし魔王の姿を掻き消す。驚くギドへ駆け寄ったのはJJで、少女はギドの傷を見てから力強く頷いた。


「……よくこれで生き残ってるわね。説明してくれるんでしょ? この世界がなんなのか」


 炎を突き抜け大地を疾駆する魔王。大剣を片手でマトイへ打ち付けるが、マトイはこれもマントで受け止め弾き飛ばす。これには流石の魔王も驚いたのか、一瞬意識に綻びが生まれた。そこへ側面からダンテが駆け寄り刃を叩き付ける。攻撃は魔王のコア、露出した胸部に直撃したはずだったが、ダンテの力ではコアに傷一つつけることすらままならない。魔王は空いた左手でダンテを指差すと、凝縮させた魔力を閃光として放った。光の矢、だがこれもマトイが横から伸ばしたマントで散らされる。そのままダンテを抱き抱えたマトイは魔王の目の前で姿を消し、消えたマトイのすぐ後ろからミユキの放った矢が三発、魔王へと迫っていた。

 剣で受けるがその剣ごと、腕ごとミユキの能力が凍結させる。氷の塊に覆われた半身、しかし魔王は一瞬で砕いて復帰する。再び姿を見せたマトイは肩で息をしながらJJとギドを守るように正面に立ちはだかった。


「アスラの攻撃は当たれば即死級なんだがな……よくもあれだけ防ぐ」

「私の力って、これくらいの事しか出来ませんから……」

「マトイ、勝てなくていいわ! ログアウトまでそれほど時間は残ってない! 耐え切ればこっちの勝利よ! ていうかギド、今の内にあんたもログアウトしなさい! 今ならまだ間に合うでしょ!」

「そういうわけにもいかんのだ。出来るなら、とうにやっているしな……」


 眉を潜めギドの横顔を見るJJ。その一言だけで彼が置かれている状況の殆どを理解してしまった。ギドもまた少女の察しの良さには気付いている。全てを説明せずとも、要点だけ伝えれば問題ないだろう。死までのタイムリミットには、十二分に間に合う確信があった。


「……っぶねぇ! マトイがいなかったら詰んでたぞアレ!」

「マトイ……強くなったね」


 魔王の取り巻きと戦いながら呟くシロウとレイジ。しかし感心している状況ではない。正面から襲い掛かるロボットの拳を受けながらシロウはレイジに目を向ける。


「レイジ、この辺の取り巻きは相手してやる! ギドの治療に行くんだろ!?」

「うん……ごめんシロウ、任せるっ!」


 身体に雷を纏い、次の瞬間レイジは姿を消した。魔王の背後に出現すると素早く斬撃を繰り出すが、魔王の装備している鎧は特殊なのかダメージを与える事が出来ない。振り返り様に薙ぎ払う魔王の大剣を鞘で咄嗟に受けるが、とても受け止めきれるようなものではないと知り再び身体を雷に変えた。大地を走る衝撃波となって攻撃をすり抜けたレイジは再出現と同時に太刀からパナケアへと持ち変え、それを鞘に収めたままJJへと放り投げた。しかしJJは咄嗟の事に身体が動かない。基本的に運動は苦手なのだ。わたわたしているとダンテがそれを受け取り、短剣をギドの傷口に突き刺した。魔王の放つ炎をかわしながら端目で治療が成功した事を確認すると能力を一度解除。掌の中に餅を再出現させ、すかさず太刀として炎を振り払った。


「……カテゴリー、ランクS能力者と認識。脅威度を再評価する」

「鎧に攻撃はまともに通じない……ならやっぱり、コアを狙うしかないか……!」


 だがそれは口にする程容易い事ではない。魔王は明らかにプレイヤーと同等の戦略思考を持っている。だからダンテの一撃が自分にとって脅威ではないと判断して反撃を優先したし、自分の放った“魔法”ではダメージを受けると判断して剣で受けた。相手が狙ってくる場所が胸だと分かっていればそこにだけ集中する事が出来る。身体の何処に攻撃を食らっても即死のレイジと比べると、戦いやすさは段違いである。


「レイジ……能力を使いすぎよ。このままじゃMPが持たない……っていうか既にダウンしててもおかしくないんだけど、どうして……?」

「ワタヌキの肉まんの効果じゃないかしら?」


 JJの背後から駆けつけたのはクピド、ケイオス、タカネの三人であった。タカネはそのまま足を止めずに魔王へと襲い掛かり、レイジと連携して左右から交互に攻撃を繰り出す。クピドはケイオスと共にJJの傍で足を止め精霊器を構えた。


「ワタヌキの料理は食べるとログアウトまでの間、能力が大幅に強化されるの。一個持って来たから誰かに渡そうと思ってたんだけど、JJちゃんが食べるべきかしらね?」


 クピドから渡された肉まんを怪訝な表情で見つめるJJ。確かに、この中で一番動けないのはJJだ。少しでも身体能力を強化しておかないと、いざというとき回避すらままならない。


「強化の幅を検証しておきたいしね……もぐもぐ」

「ケイオスは彼らの護衛お願いね」


 ダーツの矢を両手に出現させ飛び込むクピド。放った矢は防御するに値しないと判断した魔王の鎧に突き刺さった。クピドは即座に能力を発動。“愛”の力が通じれば魔王でさえも戦闘不能に追い込める算段であったが、魔王はまるで微動だにしない。


「げっ、効いてないわね……!? 魔物と同じ、心を持たない存在ってわけね……!」


 雄叫びを上げながら槍を繰り出すタカネ。パワーはシロウにも負けない筈だが、幾ら攻撃しても魔王には傷一つ負わせる事が出来ない。反撃を繰り出す腕にミユキが矢を放ち凍結させると、その一瞬の隙を突いて槍を地に着き上空へ舞い上がった。真上に位置取りそこからありったけの力を込めて槍を投擲する。真上から飛来する真紅の槍を剣で受け止める魔王。その側面からレイジは身体に雷を纏ったまま勢い良く突きを放つ。狙いは胸のコアだ。


「これでも……倒せないのか……っ!」


 切っ先は確かに魔王のコアを捉えた。僅かにコアに傷が入るが、魔王はレイジの太刀を素手で掴んで勢いを殺す。至近距離で睨み合う二人。そこへ落ちてきたタカネが魔王の肩の上に下り、首に足を絡めて背後に向かって投げ飛ばした。魔王は受身を取らずふわりと大地の上を滑るようにして着地し、タカネは大地に刺さっていた槍を引き抜いて手の中で回す。


「クソッ、なんだいあのバケモノは……! これだけ腕利きが揃って落とせないのかい!」

「今はなんとか攻めていますが、息切れすれば一気に殲滅されます……何か考えないと!」


 自らの胸のコアに手を当て、僅かに口元に笑みを浮かべる魔王。軽く大剣を振るえば衝撃波が大気を揺らし、陽炎のように揺らめく漆黒のオーラが目に見えて増幅していく。


「な……おい……!? まだ本気じゃないのか……!?」


 振り上げた剣をただ無造作に振り下ろすだけの挙動が、どんな達人の一撃をも軽々と凌駕する必滅となる。切っ先から放たれた黒い炎は柱となって正面からレイジ達へ迫る。融解し赤熱し、大地は見るも無残に捲れ上がっている。レイジは生唾を呑みながら息を整えた。


「ダメだ……本当に一撃でも何か食らったら……死ぬ……っ」


 かしゃりと音を立てながら鎧は近づく。赤い髪を揺らしながら、魔を統べる者は歩む。ただそれだけの姿に身体中が凍てついたかのように冷え切り、気力と呼べる全てが根こそぎ奪われそうだった。対峙しているだけで本能が全力で逃走を叫んでいる。純粋な命の危機に対する反応、それを押さえ込んでレイジは刃を構えた。


「それでも俺は……逃げるわけには、行かない!」


 魔王を相手にレイジ達はよく持ち堪えていると言えた。だがそこに魔王の取り巻きが加勢すれば状況は本当にどうしようもなくなってしまうだろう。それを必死に押さえ込むカイゼル、シロウ、ファング、アンヘル、遠藤の五名は、あの白いロボットを初めとした異様な力を使う敵と交戦を余儀なくされていた。一人一人が得体の知れない能力者であり、勇者であると推測出来る。


「ったく、なんで勇者が魔王側についてんだ? ゲームクリアの目的は魔王を倒す事だろ?」「別に魔王側にも勇者が居てもおかしな事はないけどね。この特別な力……魔王に恭順しているわけだから、そもそも僕らとは最初から立場が違うのかもしれないよ」

『……なんだ、話が分かる奴も居るんじゃねえか。バカばかりかと思ったが、まあバカなりに考えるくらいの頭は持ってるってわけだ』


 目を丸くするカイゼルと遠藤。それは急に口を利いたのがよりによってあのロボットだったからだ。まるで無線越しのようなノイズ交じりの音声だが、それは間違いなく少女の声だった。


『フェーズ4に入るまでは存在を秘匿しとけって言われてたからな。喋れなくて中々めんどくさかったが……まあもうフェーズ3もじきに終る。少々のフライングはクロスも許すだろ』

「クロス……? まさか、黒須惣介……?」


 ぽつりと呟く遠藤。その声を掻き消すように大声でカイゼルはロボを指差し言った。


「その口ぶりじゃあお前らもやっぱり生身の人間って事かよ。魔王側についてるってんなら、なんだ? 勇者ってわけでもねえんだろうが」

『折角だから自己紹介でもしてやろうか? まあ、知った所でどうにか出来るもんじゃないけどな……あたし達、“バウンサー”の力は!』

「バウンサーだかパン屋さんだかしらねーが……邪魔するんならぶっ飛ばすだけだ!」


 炎を帯びた拳を構え飛び込むシロウ。その一撃をロボに変わって受け止めたのは黒いフード姿の男であった。しかしシロウにはその得物に見覚えがあった。男はシロウを弾き返すと巨大な鎌を下ろし、フードをはがして素顔を露にする。


「てめえ……ハイネか!?」

「会いたかったぜシロウ。あの時は良くもやってくれたな……あぁ?」


 同時に身構える二人。ハイネは笑みを浮かべながらシロウへ斬りかかる。その身体能力は以前とは比べ物にならない。あのシロウが見切れず精霊器を纏った拳で受ける事を選んだ。


「すげぇ! これがバウンサーの力かよ! 見える……見えるぜぇシロウ! てめえの動きが手に取るようにわかる! 俺はわかるって言ってんだよぉ!」


 狂ったように笑いながらシロウに斬りかかるハイネ。鎌と交互に繰り出される蹴りを受け流しながらもシロウは劣勢を強いられていた。戦闘技術だけならばまだシロウの方が上だが、如何せんパワーとスピードが違いすぎる。防ぐ事は難しくないが、反撃に失敗すれば致命傷を負いかねない。


「最ッ高だなぁ! こっちだけチートでスーパーモードだぜ! この力があればもう負けるなんて在り得ねぇよなぁ! もう我慢しねぇ! 全員ぶっ殺死だぜぇええ!」


 高笑いしながら鎌を凪ぐと、鎌が纏っていた闇が無数の腕となってシロウへ伸びる。鋭く掴みかかる腕を片っ端から弾き、防ぎ、かわし、シロウは背後へと大きく跳んだ。


「なんだあの野郎? 元々イカれちゃいたが、ここまでだったか?」

「うーん……というか、シロウ君は流石だねえ。あれおじさんに来たら絶対避けられないよ」

「でぇーいめんどくせぇなぁ! さっさと魔王の方をなんとかしちまいてぇのによう!」


 唇を尖らせ地団駄踏むカイゼル。見た所、バウンサーと呼ばれる者達は六名。勇者側は五名いるとは言え、アンヘルと遠藤にはそれほどの戦闘力はない。実質シロウ、カイゼル、ファングの三人だけで凌いでいるのだからそれはそれで凄まじいのだが、きっちり足止めを食らってしまっているのもまた事実であった。ログアウトまで残り時間僅か、ギドは傷を押さえながら歯軋りする。


「やはり、今のお前達では力が足りんか……」

「勝てなくても、次に繋げればいいわ! それよりギド、教えて! あんたは……!」

「……そうだ。俺はもう……八年間もログアウトしていない」

「それは、ゲーム内での体感時間という事?」


 ゆっくりと頷くギド。やはりJJが相手ならば話は早い。これならば間に合うかもしれない。


「俺が参加した……セカンドテストでは……ゲームをクリアすると、賞金が支払われる約束だった。魔王を倒した者に……二億だ。だが、賞金は誰にも支払われなかった。俺たちは……魔王に勝てなかったからだ。意味が……わかるな?」


 頷くJJ。ギドは口から血を吐きながら目を瞑る。


「この世界は……三週目……だ。魔王は既に……二度……世界を終らせている。だが……それだけではない。きっと何か、それ以外の理由が……ある……」

「それ以外って……何? この世界に何が隠されているというの?」

「世界の……“神”の……召喚、システム……。滅びは、世界そのものが望むが故に繰り返される……グリゼルダはそう言っていた」


 口元にやった手を齧りながら必死に考えを纏めるJJ。今この瞬間に聞きだせる情報は一語一句聞き逃してはならない。恐らくはこれからの自分達を決定付ける、かけがえのない“力”となるだろう。


「俺はなぜか生き残った……世界の“巻き戻し”のあとも……。俺は……魔王を倒して……現実に……帰りたか……った。クロスは言った。世界を変えろ。さもなくば未来はない、と……」

「そういう……事なの? この世界は……このゲームは……そういう……事なの?」


 青ざめた顔でギドを見つめるJJ。ギドの身体が崩れ、JJは慌ててそれを支える。最早ギドにも限界が近づいていた。レイジの治癒で繋いだ時間がこの僅かなやり取りを生んだが、だからと言ってギドが生き残れるわけではない。男は血に染まった手でJJの肩を掴み、顔を近づけて言った。


「二度と……このゲームにログインするな。それが出来ないのなら……どうしても、戦わねばならないというのなら……。魔王を倒せ。世界を変えろ。それだけがお前達の命を繋ぐ……。ヒュールバイフェに……革命軍の拠点に、行け……! 詳しい事は……全て、書き記しておいた。お前になら……解ける筈だ。世界の真実を…………暴け……!」


 ギドの身体が消滅を始める。男はその手に握り締めていた血染めの本をJJに手渡した。その意図を直ぐに察し、JJはレイジに声をかける。


「レイジッ! ギドが消える! 荊の騎士が全滅する前に、あんたが引き継いで! それで少しだけ時間が稼げる! 別れの……時間くらいはっ!」


 背後に跳ぶレイジに代わり魔王の一撃を受け止めるタカネ。その間にレイジは剣から餅へと変化させると、餅を勢い良くJJに投げつけた。餅は何度かバウンドしながらJJに跳びかかり、満面の笑みで精霊器スリーピング・フォレストを飲み込んだ。


「再召喚……!」


 餅はレイジの掌の中に本として収まった。すぐさまレイジは本を開き、能力の発動を持続する。だがそれも所詮は一時しのぎに過ぎない。ログアウトまでは残り数分。そうなれば荊の力はこの世界から消滅し、同時に荊の騎士達は全滅する事になる。オリヴィアもそれはわかっていた。だからダンテの背中に駆け寄り、その手を強く握り締める。

 見つめる視線に言葉にならない想いを乗せる。それは確かに少年に届いていた。だからこそ、少年は剣を手に魔王へと挑む。これまでの日々を、そしてこれからの日々を……無価値なものにするわけにはいかない。仮に死が避けようのないものだったとしても。その瞬間まで、最期の最期のその一瞬まで、全てを投げ出したくはなかったから。


「何故抗う……? 力なき者でありながら……運命に」

「僕は僕だ! 僕はダンテ・ヴァーロン……革命軍の長だ! 世界を変える! 運命を変える! この仕組みを破壊して、神になる男だ!」

「不可能だ……貴様には」

「だとしても! 誰かに否定されれば諦められるようなものではないのだっ! 夢は! 想いは! 命とはっ! 誰に認められなかったとしても! それでも……諦めきれるような、安っぽいものではないのだ――ッ!」


 渾身の想いを込めて振り上げた刃を叩き込む。その一撃に命の全てを賭すかのように。最早反撃を受ける事などお構いなしであった。ダンテは雄叫びを上げながら駆け寄り、剣を魔王の顔へ打ち下ろした。魔王はそれに一切の防御姿勢を見せなかった。ただ棒立ちのまま剣を仮面に受け、髪を靡かせる。NPCに傷つけられる筈もない仮面がその一撃で二つに割れ、乾いた音を立てて大地へ転がった。魔王の額からは赤い血が流れ、鼻から左右に分かれて顔を伝う。女はゆっくりと目を開き、そして哀れむようにダンテを見下ろした。


「一矢報いたのだ。少しは慰めたか?」


 ゆらりと剣を振り上げ、叩き降ろす。レイジは背後から荊を伸ばし、ダンテの身体を掴んで背後に引っ張る事で攻撃を回避させた。代わりに飛びかかりたいが本を納めれば能力が途絶する。歯がゆい気持ちでページを捲り荊を操ろうとしたレイジの視線の先、魔王は悲しげな瞳で少年を見つめ返していた。


「あ……? えっ?」


 魔王は微動だにしなかった。レイジもまた完全に動きを止めていた。だらりと下げた両腕から本が大地に落ちる。その瞳は信じられない現実を、信じたくない真実に揺れる。風を受け赤い髪を揺らす、最大の敵。グランドクエストの標的。諸悪の根源、魔王。先程までなんとしても倒さねばと、何としてもあれから仲間を守らねばとそう思っていたのに。今この瞬間、全ての思考と感情が吹き飛んでしまった。頭の中がただ真っ白に染まって行く。正常に呼吸を重ねる事は不可能に近い。なぜならば。そう――なぜならば。


「…………ミサ……キ……?」


 震える声で絞り出した声に誰もが耳を疑った。そして見る。魔王の素顔。全てを薙ぎ払う暴力の王の素顔を。


「そんな……姉さん……!?」

「ミサキ……様……!?」

「ば――っか……そんな……今更……この、タイミングで……っ!?」


 JJが吐き捨てるように言ったのは、魔王の素顔に驚いたのもあるがそれだけではない。このギリギリの上にしか成立しない、か細い命の意図を手繰り寄せるような戦いの中で、あの顔にミサキを知る者は全てが固まってしまっている。とにかく動き続けなければいけないこの状況で、一歩でも足を止めるという事がどれだけ危険な事か。

 しかしJJの予想に反し魔王は動かなかった。ギドの身体が消滅したのを見届けると、彼女の興味はすっかりこの戦場から消えたようだった。マントを翻し背を向けると、ゆっくりと戦場から立ち去って行く。


「退くぞ。最早この地に我らの成すべき事はない」


 魔王の言葉を聞かず戦闘を継続しようとするハイネ、その腕をスーツ姿の女とローブの男が左右から掴んで無理矢理引き戻した。ロボットも大きく跳躍し魔王の傍に着く。バウンサーは全員が魔王の周囲に布陣し、遠巻きに勇者達を眺めている。


「おいおっさん、あれって……ミサキじゃねえのか?」

「…………そのようだが……しかし……そんな事が……?」


 魔王は剣を大地に突き刺し静かに息を吐く。そうしてマントを翻し目を瞑りながら言った。


「我が名は魔王アスラ。我は魔を統べる者なり。滅びを運ぶ闇の使者なり。私は何の迷いもなく貴様らを殺せる。貴様らが私を討つ事を目的とするように、私の目的もまた貴様ら勇者を屠る事だからである。それ以上も以下もなく、意味も理由もない。故に――」


 目を開き、片腕を差し伸べながら王は謳う。


「殺し合うぞ、人間。命が惜しくば恐れずしてかかってこい。私がこの世に存在する限り、貴様ら全員を草の根分けてでもくびり殺すであろう。命を繋ぐ為には私を殺すしかないのだ。これは純粋な殺し合いである。貴様らが待ち望んだ――世界の命運を賭けたゲームである」


 誰もがその言葉に衝撃を受けた。絶句し、ただ魔王の言葉に耳を傾ける……そんな空気が出来上がりつつあった。レイジも、ミユキも、あれだけ追い求めていた人が目の前にいるというのに一歩も動く事が出来なかった。魔王とバウンサーの足元には出現時と同じ魔方陣が浮かび上がり、その姿は光の中に消えて行く。


「終らせてみろ――悪夢を。それが貴様らに、出来るというのならば」


 決別の言葉を残し魔王達は姿を消した。戦場を包囲していた夥しい数の魔物も何事もなかったかのように影へと帰していく。全ては終った。だが誰一人動ける者はいなかった。


「ミサキ……あれは……ミサキ……だったのか……?」

「……っ! 時間よレイジ、ログアウトさせられる! オリヴィアは生き残った連盟のNPCと一緒に撤退して! 兎に角体勢を立て直すのよ!」


 JJだけが、彼女ただ一人だけが次の事を考えて動き出していた。膝から崩れ落ち項垂れるレイジ。そこへ駆け寄り、ミユキはレイジの胸倉を掴み上げる。


「知っていたんですか、レイジさん……! 姉さんがあそこにいるって、あなたは知っていたんですか!?」

「知らないよ……」

「だったらあれはどういう事なんですか!? 今っ、何がどうなっているんですか!?」

「……しらねぇよ! 俺が知るわけないだろっ!!」


 らしからぬ怒号に怯むミユキ。レイジと向き合う二人を遠巻きに見つめながら、アンヘルは小さく息を呑み呟いた。


「違う……。これは……私の知っている未来とは……違う……」


 ログアウトの時間は情け容赦なくやってきた。まだ誰もきちんと状況を整理出来ていないのに、まだ誰も心を落ち着かせられていないというのに、まだ誰も、別れを告げられていないというのに。


「ダンテ君……私……私っ!」


 俯いたダンテの背中に駆け寄るオリヴィア。少女が何かを叫び、ダンテが振り返る。それがレイジがその日見た最期の景色であった。

 意識が途切れ、世界が暗転する。全てを中途半端に放り出したまま、世界は無慈悲に終わりを告げた。フェーズ3が終了し――世界は最後のフェーズ、“4”へと移り変わって行く――。







 ――あれから二週間が経った。夏休みが終わり、新学期。世の中は何事もなかったかのように変わらず時を刻んでいる。

 花束を手に、遠藤さんが運転してくれた車から降りた。病院の駐車場には涼しい風が吹き抜けて、秋が近づいている事を教えてくれた。まだ記録的な猛暑の影響はまだ残っているけれど、もう上着がないと夜には肌寒くもなる。


「さてと。それじゃあ行こうか」


 遠藤さんに続いて病院へ向かった。そこは京都にある大きな病院で、全く見ず知らずの土地であると同時に久々に足を運んだ病院と言う事もあって俺は少し居心地の悪さを感じていた。

 面会の受付は遠藤さんに続いてささっと終らせる事が出来た。あの人はどうも病院に通う事に慣れているらしかった。その理由はあんまり聞かない方がいいような気がする。


「最近は生花は駄目な病院も増えたねぇ。造花にしといて正解だったかな」

「花……あってもなくても、あんまり変わらない気がしますけど」

「それはそうかもしれないけどね。こういうものは気持ちが大事なのさ。もう絶対に助からないと分かっていても、花を手向けたくなる……それはある意味、送る側の気持ちの問題なのかもしれないね」


 エレベーターの中に居た時間はほんの数十秒で、雑談の時間もなかった。直ぐに廊下に出ると、遠藤さんは目的の病室を探して歩き出した。

 規模は中々だが、別段最近出来たわけではない病院は、いかにもドラマか何かで使われていそうな、“リノリウムの廊下”という表現が似合う様子だった。静かなのに人の気配が耐えない廊下も、嗅ぎ慣れない何かの薬品のにおいも心をざわつかせる。病室に着く頃にはすっかりそのざわつきは大きくなっていて、病室の扉の横にかけられた名札を見た後も、この場にいたくないような……逃げ出したいような気持ちが変わる事はなかった。


「ここみたいだね。お邪魔します……と」


 彼女が眠る病室は個室だった。何故個室なのか、その理由はあまり考えたくはなかった。

 窓が少しだけ開いていて、白いレースのカーテンが揺れている。遠藤さんは立ち尽くしている俺を置いてさっさと病室に入ってしまった。意を決し後を追いかけると、少しずつ彼女の横顔が見えてくる。はっきりとそれを認識する頃には、俺の胸の中はめちゃくちゃに掻き乱されていた。ずきずきと痛む心を片手で抑えながら、俺は無力さを造花を握り締める事でなんとか押さえ込もうとしていた。


「大丈夫、別に死んじゃいないさ。ただ、眠っているだけだよ」

「今はまだ……でしょ? いつ大丈夫じゃなくなるかも、わからないのに……」


 穏やかに眠る彼女の傍に立ち、俺はその顔をじっと見つめた。

 どうしてこんな事になってしまったのだろう? 後悔してもしきれない。あの時俺がもっと上手くやれていたなら……こんな事にはならなかったのに。もっと強く言っておけば……こんな風に、おかしな事件に巻き込まれる事もなかったのに。


「深雪……」




 フェーズ3が終了し、フェーズ4に入ってからたった二週間。

 それだけで俺達が紡いできた絆はバラバラに吹き飛び、未来は絶望に閉ざされてしまった。

 篠原深雪が意識不明でこの病院に運び込まれたと知ったのは、つい数日前。

 遠藤さんが出してくれたパイプ椅子の上に腰掛け、俺は己の無力さを呪いながら、祈るように目を瞑り彼女の前に頭を下げていた――。

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