悪夢(5)
「グリゼルダ、無事か?」
「……はい。しかし……右腕をやられました」
凍りついた傷口からは血さえ流れる事はない。グリゼルダの肩に刺さった矢は内側から氷の花を咲かせた。ぐちゃぐちゃに引き裂かれた腕は僅かに繋がっている状態で、最早感覚もない。冷や汗を流しながらグリゼルダは腕を掴み、重荷となったそれを自らの手で引きちぎった。
「ミユキ……!? どう……して……なんでっ!?」
混乱したどたどしい言葉遣いでミユキを睨むレイジ。ミユキはその視線を軽くかわしてレイジの隣に立ち、視線だけを向けた。
「簡単な話です。頼子さんにHMDを送ってもらったんです。着払いで九百円でした」
絶句するレイジを他所にミユキは手の中に矢を構築し、砕けた薔薇が飛び散る景色を背景に瞳を輝かせる。その横顔はどこまでも冷たく苛烈を極めた。
「たかがゲームで何をてこずっているのですか。敵はさっさと始末してしまえば良いのです」
「い、いや……だけど……」
「――別にいいでしょう? 本当に死ぬわけでもあるまいし」
薄っすらと笑みを浮かべ、掌に集めた無数の矢を手に空へと跳躍した。空中を美しく舞いながら束ねた矢を一気に放つ。同時にギドの周囲に着弾した矢は一瞬で大地を凍てつかせ、炸裂する氷が守りを崩す。レイジは舌打ちしつつ刀を手に飛び出した。大地を疾駆する脚力はパナケア装備時とは比べ物にもならない。氷の世界をすり抜け、一瞬でレイジはギドへと距離をつめた。
「ギド様は……やらせません……!」
「あんたがアンヘルとどういう関係なのかはわからないけど……ごめん!」
雷を帯びた刀を鞘に納めたまま突き出すと、グリゼルダが作った結界は容易に砕け散る。目を見開くグリゼルダの胸に手を当てると、そこから雷を迸らせその身体を弾き飛ばした。
一瞬で手の中で剣は形状を変え、パナケアを握り締めレイジはその刃をギドへと突き刺した。毒はすぐにギドの全身に巡り、男は片手を額に当てながら項垂れ、やがて立っている事もままならなくなり大地へ仰向けに倒れこんだ。それに伴い、周囲で起きていた戦闘が失速していく。荊の力を失った者達が勇者連盟に圧倒され始めたのだ。荊で作られた竜も悲鳴を上げながら崩壊し、後には倒れる無数の騎士達の姿が残った。
「おぉう? 終ったのか?」
「即席ながら良い連携だったね。それにしても……彼女が噂の……?」
「ああ、間違いねえ。あいつは篠原深雪……ミサキのリアル妹だ」
遠藤とシロウの視線の先、ミユキとレイジが歩み寄る。真っ直ぐに見つめあう二人、レイジはミユキに更に歩み寄り、その肩を掴んで顔を引き寄せた。
「どうしてだ……? あんなに止めたのに……どうして……!?」
「……単刀直入に言えば……あなた達が信用ならなかったからです」
打ちのめされたように身を離すレイジ。その胸倉を逆に掴み、ミユキは前に出る。
「もしもレイジさん、あなたがもっときちんとした成果をあげられたのならば、私もこんな選択はしなかったかもしれませんね。まあ……どちらにせよ私は自分の目で物事を確かめなければ気がすまないタイプなんです。遅かれ早かれ、だったと思いますよ」
言い返せずに目を逸らすレイジ。それがあまりにも悲しく、心苦しそうだったもので、冷静を装いながらもミユキの心は揺れていた。自分が間違った事をしたとは思っていない。だが、こんなにも悲痛な顔をされてしまうと、心が痛まない道理もなく。
「……嘘を吐いた事は、謝ります。嘘のままにする事も出来たとは言え……すみませんでした」
「…………俺は……そんな事を怒ってるんじゃないよ」
ミユキの手を振り払い、レイジはもう視線さえ合わせようとはしなかった。隣をすり抜け歩き去るレイジの背中に目を向け、ミユキは僅かに眉を潜めるのであった。
一方、刃を向け合っていたダンテとオリヴィア。荊の力が効力を失い始めた事によりダンテもまたその力を失いつつあった。身体から抜け落ちて行く光……しかしオリヴィアは直ぐに気付いた。消えて行くのが、“荊”だけではないのだと。
「ダンテ……貴方……まさか……!?」
がくりと膝を着いたダンテに駆け寄るオリヴィア。そうして確信した。同時にJJも気付く。荊の力を失うと同時に、荊に支配されていた者達の身体も消え始めている事に――。
「……まさか……?」
「その……まさかだ。俺の能力は……そういう、契約でな。能力が消えれば……それで生き長らえていた者達も……自然と、消える……。元々、死にかけばかりだったからな……自明の理……だろう?」
スリーピング・ビューティーの力は非常に多岐に渡り、応用力もある強力な能力だ。革命軍という一大勢力を作り上げるだけの能力には当然発動にも、そして使用にも相応の制限がある。荊に身体を侵食された者は、荊の消失と共に身体の大部分を失う事になる。身体を荊に明け渡したのだ。それが本来詰まっている場所が空白になってしまって、命を保てる筈がない。
ダンテは唐突に夥しい量の血液を口から吐き出した。荊が完全に消えればそっくりそのまま内臓が抜けるのと同じ事だ。慌てふためくオリヴィアの腕の中で少年は笑みを浮かべる。
「ダンテ……どうして……ああ……そんな……」
「……なんて顔をしているんだ。別に、お前が死ぬわけでもないだろうに……」
「……レイジ様、お願いです! 毒を解除してください! 急げばまだ間に合います! どうか……どうか! お願いです! 彼を……皆を死なせないで下さい!」
迷ったのも一瞬の事、レイジは直ぐにパナケアを手にギドへと駆け寄る。その腕を掴んで制止したのはミユキだ。しかしレイジはミユキを呆気なく振りほどき、すぐさまギドに刃を振り下ろした。
「…………おい……正気か……?」
「正気だ。能力を再発動しろ。時間がない」
怪訝そうな表情のままギドは手の中にスリーピング・ビューティーを再構築する。能力は直ぐに全員に行き渡り荊の消失は止まったものの、一瞬とは言え中身が消えかけたのだ。荊の騎士は誰も立ち上がれず、むしろ今も命の危険にあった。
「今更再発動したところで無駄だと思うがな……」
と、ギドが言っている傍からレイジは倒れた者達に次々とパナケアを突き刺して行く。身体の内側に直接回復薬を投与したのだ。この回復薬は文字通りの意味の薬ではなく、受ければ即座に効果を発揮する概念的な能力である。薬液が染み渡った部分から直ぐに肉体が再構築される為、効果は抜群であった。
「おいおい……? どうなってんだ、あいつは?」
「レイジはああいう奴なんだよ。妙な事考えんじゃねえぞ? 何もしなけりゃこっちもこれ以上はてめーをいたぶったりしねぇからよ」
座ったままのギドの横に立つシロウ。ギドの目の前でレイジは大方の治療を終え、最後にオリヴィアが抱き抱えるダンテの治療に当たった。刃が突き刺さるとダンテの顔から苦痛が消え、オリヴィアは泣きながら何度も何度も頭を下げた。
「ありがとうございます、レイジ様……ありがとう、本当にありがとう……っ」
レイジは何も言わずに笑顔でオリヴィアの頭を撫でた。その様がダンテにはどうにも納得の行かない物のように見えた。この少年は命を慈しみ、先ほどまで敵であった自分たちを迷いなく救おうとしている。オリヴィアの言う通り、自分が出会った勇者が彼だったなら……未来は違っていたのかもしれない。
「酔狂な事だ。この戦場にいる全ての命を救えるわけでもなかろうに」
「……ああ。この広い戦場の全てを短時間で周って全員回復するなんて出来ない。これは俺のただの自己満足だ。それでも……やらないよりはマシだ」
ゆっくりと立ち上がるゲド。男は笑みを浮かべると上着のポケットに両手を突っ込み、だらりと全身から力を抜いた。
「どちらにせよ、革命軍が戦闘不能になったことには違いない。戦闘は連盟の勝利でじきに解決するだろう。俺の夢もここまでというわけだ」
「……ちょっと待って。ギド……あんたこれまでその荊の能力をどうやって維持してきたわけ?」
口元に手を当てながら問いかけるJJにギドは低く笑った。
そう、どう考えてもこれは辻褄が合わないのだ。“こうなる”と予想していたのなら、JJだって別の方法を考えただろう。だが、この可能性はまるで想定していなかった。何故か?
「勇者はログアウトすると、その間この世界に対する干渉能力を失う……。当然、精霊の能力も適応外となるわ」
JJの言葉にはっとする仲間達。精霊の能力がログアウト中は消えてしまうという事実に関しては、遠藤と共に散々検証したはずであった。
遠藤の遠距離通信能力を知ったJJが最初に考えたのは、町と町の間に連絡網を構築する事であった。しかしそれは結局実現しなかった。なぜか? 遠藤が仮に町と町を精霊で繋いだとしても、ログアウトしている間は精霊も消えてしまうからだ。そして再ログインした時、精霊は主がログインしたポイントに自動的に戻されてしまう。つまり連絡網を常時維持する事は不可能だったのだ。
「……どうもおかしいと思ってたのよ。私達プレイヤーがログインできるのは三時間のみ、そして全員が同じ時間にログインする。なのに革命軍は私達勇者が不在の間も戦闘を行っていた。あんたがログアウトしている間、自由騎士は荊の力を失い通常のNPCと同じになってしまうはずなのに……」
確かに革命軍のNPCは非常に鍛えられており、クィリアダリアをはじめ他のNPCと比べるとかなり強力だ。しかしその勝利はやはり自由騎士という荊の力に依存していたはず。勇者がたった一人しか加担していない革命軍が何十人もの勇者相手にここまでやってこられたのはその自由騎士の力があったからだ。だが、ログインすればいちいち消えてしまうのだとしたら軍団を維持する事は出来ない。JJはてっきり荊の能力について、ログアウト中は解除され、ログイン後にいちいち再付与しているものだとばかり考えていた。だから能力が途絶したら被術者の命が危険だなどと、想像もしていなかったのだ。
「あんた――ログアウトしてないでしょ?」
JJの思考と突然の発言に仲間たちはついていけなかった。しかしそれが核心を突いているのだと、問われるギドだけが理解していた。男は額に片手を当てたまま笑い出した。まるで狂ったように、壊れたように。これまでの口調やキャラクターからは考えられないその笑い声に場が静まり返る。
「お前の言う通りだ。俺はもう随分長い間、ログアウトをしていない」
「……妙だと思ったのよ。あんた、一人ぼっちの癖に周囲に与える影響が大きすぎる。解いて見ればカラクリは簡単だったわけね。私達の“人数”に匹敵するほど、あんたには“時間”があった……」
「ちょ、ちょっと待ってください!? 勇者がログインできるのは三時間だけというのは、ゲームのシステム的な制限ですよね!? 能力の有無とかで解決出来るものでないのなら……ギドさんは一体どうやってログインを継続しているっていうんですか!?」
マトイの慌てた声にJJは冷や汗を流した。それはギドの正体がわからなかったからではない。むしろ、その正体に感づいてしまったから、である。JJは自分の頭の中で弾き出された仮説に戸惑っていた。それを指摘する事を躊躇ってしまうほどに。
「私達と同じルールが適用されていない。ギド……あんたまさか……私達の、前――」
JJがそう指摘しようとした、まさにその時であった。まるで言葉を遮る瞬間を見計らっていたかのように、世界の全てが暗転した。何もかもが闇に呑まれる……しかしそれも束の間。先程まで夕焼けだった世界は夜に変わり、頭上には星空が煌いていた。
「え……何?」
『――全プレイヤーに通告します。只今を持ちまして、フェーズ3を終了。間もなくゲームはフェーズ4へ以降します。繰り返し通告します。只今を持ちまして、フェーズ3は終了。間もなくゲームはフェーズ4へと以降します』
それは何度か聞いたゲームマスター、ロギアの声であった。声は世界中に降り注いでいる。恐らくこの場に居る、そしてこの場に居ない全員に届いている事だろう。
「フェーズクリア通告……!? どうしてこんないきなり……!?」
「何かやばい感じがする……全員集まって! 体勢を立て直すの!」
困惑するレイジに声を投げかけるJJ。仲間達はJJの言う通り直ぐに集まった。誰もが慌てふためき戸惑う夜の中、ギドだけがこの状況の真意を理解していた。
「ギド様……」
「……ああ。参ったな。俺もどうやら、ここまでらしい」
寄り添うグリゼルダに目を向けずに男は呟いた。彼がこの最後通告を聞くのは、これで二度目だ。あの時は今とは違う心境だった。もっと希望や夢に満ち溢れていた。だが今は違う。彼の胸の中にはもう、何も残されては居ない。空虚な胸に訪れた終焉は自分でも意外なほどすんなりと受け入れる事が出来た。
「フェーズ4、か……。わざわざ中断させる為だけに、いきなりその言葉を聞く事になろうとはな。結局……俺はまた、間に合わなかったわけだ……」
空模様が変わって行く。雲をの切れ間から差し込む月の光は赤く、異常なまでに赤く染まって行く。世界全体が闇と赤に染め上げられる。誰もが肌で感じていた。たった今、自分たちは――なにかとても良くない事実の前触れに晒されているのだと。
『ゲームは最終段階に到達しました。ゲーム内に“魔王”が出現します。全プレイヤーはグランドクエスト、魔王討伐に当たってください』
「――は?」
きょとんと呟くJJの目の前、空に巨大な魔方陣が浮かび上がる。それと同時に彼らの周囲、大地に次々と影が蠢き始めた。出現する夥しい数の魔物、魔物、魔物……。中には巨大な翼を広げるもの、鋭利な爪を振り翳すもの、明らかにこれまでのボスクラスの魔物も混じっている。黒騎士と呼ばれたタイプが何十……下手をすれば何百と、平然と隊列を組んで現れた。あまりにも唐突な展開に誰もついていけず、絶望する事すら忘れていた時。月の光を背に、収束した魔方陣の中心に何者かが現れた。それは人のシルエットを持ち、闇ではなく赤い光を纏っている。
「まさか……出現しますって……! 今……ここにって……事!?」
それは明らかに女であった。金色の鎧を身に纏い、赤いマントをはためかせながらゆっくりと舞い降りてくる。その風貌は少々異常であった。身を守る為に存在するはずの鎧は何故か胸元が大きく開いており、そこに弱点であるはずの赤い結晶、コアが露骨に見えているのだ。赤い髪を靡かせながらも顔は兜じみた仮面で覆っており、肌の露出はその胸元のみときているのだから余計に異常だと言える。弱点以外の全てを鋼鉄で覆い、魔王は大地へと降り立ったのだ。
「また会ったな。魔王……アスラ」
ぽつりと呟くギド。魔王はゆっくりとそちらへと顔を向けた。手の中の黒い炎が渦巻くと、その中から巨大な剣が姿を見せた。禍々しい刃を握り締め、魔王はその切っ先をギドに向ける。
「――やばい、やばいやばいやばい! あいつ……どう考えても魔力量がおかしい!」
JJの瞳には魔王から発せられ、周囲を覆いつくさんばかりの膨大な光が見えていた。それはあの双頭の竜の何倍、何十倍……そもそも比較になるのかどうかすら怪しい。
「じゃ、じゃあ……あれが……魔王? 女……だぞ!?」
「と言う事は、あれを倒せばクリアなんですよね?」
驚くレイジ。その隣で平然と弓を構えるミユキだったが、その攻撃はJJに阻止された。JJの様子は明らかに異常だった。身体ががくがくと小刻みに震えており、瞳は揺らいでいる。
「戦いでどうにか出来るレベルの相手じゃない! 少なくとも消耗している今の私達じゃ皆殺しにされるだけよ! 全滅だけは避けなきゃ……!」
「だがJJ、魔王はどうやらギドを狙っているようだよ? 今なら逃げ切れるかもしれないが……ギドが殺されれば、革命軍のNPCは全滅するわけで……」
「バッカじゃないの!? 今そんな事を気にしてる余裕あるわけ!? 周囲全部敵じゃない! 何故かこいつら全員まだ動いてないから可能性はあるけど、これが全部襲ってきたら間違いなく絶望よ! 絶望!!」
凄まじい剣幕に圧倒される遠藤。そうしている間にも魔王はゆっくりとギドへ近づいている。そして何故かギドも逃げたり逆らったりする様子には見えず、まるで死の運命を受け入れているかのようでさえあった。
「こ、このままじゃ……また……」
泣き出しそうな顔で呟くオリヴィア。レイジは無言でその肩を叩き、一歩前へと踏み出す。
「レイジ……あんた、まさか……!?」
JJの問いに答えずレイジは駆け出した。手にはミサキが残した漆黒の太刀。鞘から抜き放ったそれでギドへ襲い掛かろうとする魔王へ横槍を入れた。魔王は直ぐに反応し、仮面の合間から瞳を輝かせる。激突する二つの刃。炎と雷が暴れ周り、衝撃が大地を粉砕して行く。
「きゃああっ!?」
「なんだこれゲーム違うくねぇか!? いやっ、つーかよ……レイジの奴……どうなってやがる!?」
シロウの驚愕の声にJJは目を凝らした。レイジの魔力量は先ほどまでと大して変わっていない。確かにミサキの力を借りている分能力は大幅に強化されているはずだが、ただそれだけ。純粋な魔力量は魔王が何十倍も圧倒している筈。それなのに魔王の一撃と拮抗し、今だレイジは無事であった。
「…………これ……やばいかも……」
「え? レイジ君すごいじゃないですか。何がやばいんですか?」
「これ、なんか……“あの時”と……一緒じゃない……?」
笹坂美咲は、世界最強の剣士であった――しかし、その事実を知る者は殆どいない。彼女はまだ自らが持つ力を把握していなかったし、能力の使用に慣れていなかった。伸ばせばどこまでも伸びたであろう力も、伸びる前に潰されてしまえば意味がない。だがミサキはまだ発展途上に過ぎない状態で、殆ど能力を鍛えない状態でもあの圧倒的な力を誇る双頭の竜に立ち向かい、善戦した。
魔力量だけで言えば双頭の竜の方が何十倍も上であった。それでもミサキは首一つ落として見せた。なぜそんな事が可能だったのか。それは――あの刀が持つ能力のお陰であったと推測出来る。そして恐らく、同じ事が今レイジの身にも起きているのだ。だがしかしそんな都合の良い能力が、こんな都合の良い時に発動し、都合よく何事も起こらずなんの代償も要求しないなんて事が有り得るだろうか――?
「ミサキは魔力の使いすぎ……オーバーヒートで死んだ。今のレイジは……同じ事をしてる」
JJの震える声を掻き消すようにレイジは魔王の目の前で雄叫びを上げた。雷の光を帯びた刃を何度も叩き付けるが、魔王は片手で持った剣で軽々とそれを受け止めて行く。レイジは高く舞い上がり、頭上から雷の斬撃波を放つが、魔王はそれを空いていた左手で掴み、握り締めるようにして潰してしまった。
「俺は……もう逃げない! 俺は俺の為に……自分で逃げないと決めた! あの時と同じ事は――もう繰り返さない!」
「いや……っ、繰り返してんだろ、バカ! シロウ、レイジを止めて! あいつ、ここで死ぬつもりよ!」
「別に死ぬ気ではないと思うけどな……ま、頭に血が昇ってるみたいだ。しょうがねえ……!」
駆け出したシロウが更に横から魔王へと襲い掛かる。更に反対側からグリゼルダが片腕で杖を叩き付けるが、魔王は全く怯む気配もない。そこへJJたちの背後からカイゼルとファング駆けつけた。
「おう、こいつはどういう状況だ?」
「見ればわかんだろ……あいつが魔王だ……グランドクエスト……だろ?」
精霊器を取り出すカイゼル。ファングは能力で身体を異形へと変化させる。JJが何か言うよりも早く二人はシロウに続き、連続で殴りかかった。迸る衝撃に魔王は吹っ飛んだが、その身体には傷一つ負っていない。すかさず剣を軽く振り上げ、横薙ぎに振るう。衝撃波が周囲へ広がって行く。直撃すれば致命傷は免れぬ強烈な攻撃に対し、カイゼルは前に出て盾の精霊器を展開。光のヴェールで全員を包んで衝撃を弾き返した。
「カイゼルさん……!?」
「よおレイジ! どうやったのかは知らんがお前が戦いを止めたみたいだな。口先ばかりじゃなくてやる事やったんだ、褒めてやるぜ?」
「おいオッサン、今はそんな話してる場合じゃねぇだろ?」
「ああ……同感だ。今は……あいつをどうにかするのが……先決……だろ?」
横並びに立ち得物を構える四人の勇者。その戦闘力は現状集められる戦力の中でトップクラスである。あの魔王相手にまだ無傷、そして余力を十二分に残している。
「これでも勝てないのですか? JJ」
「……っ! ミユキと遠藤は遠距離攻撃で支援! あくまで戦闘はあの四人がメインよ、あんたらは攻撃しすぎてタゲ取るんじゃないわよ! 余裕でぶっ殺されるわ! マトイとアンヘルは戦闘の余波から全員のガード! おい自由騎士共倒れてんじゃないわよ!? 死にたくなかったら手を貸しなさいッ!」
叫び散らすJJに倒れていた自由騎士達が立ち上がり始める。ブロンとツァーリ、そしてロギアも武器を手に戦列に加わった。奇しくも三軍の戦力が結集し魔王を取り囲む情景を前に、それでもギドの瞳には絶望だけが宿っていた。
「無駄だ……何人集まろうと……今のお前達ではな」
「そんな事――やってみなければわからないだろう!」
切っ先から雷を放つレイジ。しかしその攻撃は魔王の真上から降ってきた巨大な影に防がれてしまう。銀色の光を放つその巨大なシルエットは、フェーズ2で見たあの人型のロボットであった。それだけではない。何人かの人影が魔王の周囲に、まるで魔王を守るかのように出現した。
「なんだぁ? こいつらは?」
面倒臭そうに頬を掻くカイゼル。そこへロボットはゆっくりと歩み寄り、瞳を輝かせた。
「魔物……ではありませんね。コアがありませんから……と、いう事は……」
「NPCかプレイヤーってこったなあ。しかしこいつら……全員精霊器っぽいの持ってやがるぞ?」
「魔王側についているプレイヤー……? そんな物……存在するのか?」
呟くレイジに白い巨体が襲い掛かる。カイゼルが間に入り盾で受けると、レイジも直ぐに思考を切り替えた。
「どちらにせよ、敵……! カイゼルさん!」
「おうよ! まとめてぶっ潰すぞ、レイジ!」
魔王を守護する者達と勇者達の戦いが始まった。守護者の力は精鋭の勇者と比べても強力で、魔王に一歩も近づく事が出来ない。そんな強者に囲われたまま魔王はゆっくりと前進を開始する。その行き先はやはりギド。抵抗の意志を見せないギドを庇うようにグリゼルダは立ちはだかり、リピーダを構えて魔王を睨んだ。
「……やらせません……ギド様だけは……!」
「………………“天使”の分際でありながら……“私”に抗うのか?」
ぴくりと眉を動かすグリゼルダ。魔王の言葉から感じ取ったのは強烈な違和感であった。グリゼルダは知っている。この魔王が何者なのか。だが――その声は、明らかに――。
「ならば……塵と帰すが良い。運命に逸れ、運命に死ぬ……それもまた命」
そっと片手を翳す魔王。次の瞬間、グリゼルダの胴体が爆ぜた。身体の内側からあふれ出した黒炎が爆発すると同時にグリゼルダを焦がしたのだ。上半身と下半身を真っ二つにっされたグリゼルダは瞳から光を失いながらも、最後に愛する人へと腕を伸ばした。
「ギド……さ……ま……」
ギドがその手を取ろうとしたのは、グリゼルダが地に伏せ、血に染まり腕が池に落ちた後であった。暫し方針していたギドは倒れたグリゼルダの傍に膝を着き、無表情に呟いた。
「グリゼルダ……馬鹿野郎。どうしてお前は最後までそう……馬鹿女だったんだ」
歩み寄る魔王。ギドは血の中に沈むグリゼルダの手を握り、強く強く握り締め、そうして初めてきつく目を瞑り、怒りと感情を発露した。雄叫びを上げながら立ち上がり、その手の中に本を出現させる。
「――アスラァアアアアッ! てめぇええええええっ!!」
次の瞬間、ギドの腕は空を舞っていた。いつの間にか距離をつめた魔王は軽く剣を振ってギドの腕を切断。その腕が大地に落ちるよりも早く、ギドの胸に剣を突き刺した。
「……弱いな、貴様は。“また”何も出来ずに死ぬ……滑稽かつ、哀れだ」
口から血を吐き倒れるギド。アスラは素早く剣を抜き、刀身に着いた血を振り払うと、まるで全ての興味が失せてしまったかのように、二度とギドへと振り返る事はなかった。




