ココロ(3)
「やっぱりこうなってしまったわけね……」
神殿の外に屯していたクィリアダリア勢の残りの勇者達も事の結末を見届けていた。遠藤の精霊、クリア・フォーカスは子機と親機を繋ぐ力を備えている。クリア・フォーカスは八本持つ足の中から六本までを分離、子機に変換する事が出来る。今JJ達が覗き込んでいる映像は子機として変化させた子蜘蛛が見ている映像そのものだ。姿を消す能力は子蜘蛛にも有効であり、迷彩状態で会議の場にこっそりと潜入させておいたのだ。
「しかも、革命軍側の事情は殆ど予想通り……正に状況は最悪って所かしらね」
溜息を零すJJ。場の空気は完全に重く停滞していた。マトイは目尻に涙を浮かべ、シロウは苛立ちを隠せずに唇を噛み締めている。ダンテの話を全員に聞かせたのは失敗だったかもしれないと、JJはここに来て漸く思い至る。しかし同時に、これ以上何かを隠した所で逆効果なのかもしれないと、そう思い直しつつもあった。
「皆、しっかりするんだ。気持ちはわかるけど、今はぼんやりしている場合じゃないよ。直ぐに両軍が全面衝突するだろう。巻き込まれる前に脱出しなくては」
手を叩きながら語りかける遠藤に頷くJJ。そうして直ぐに改めて指示を出そうと周囲を眺め、そこでようやく気がついた。
「……アンヘルはどこ行ったわけ?」
全員で視線を巡らせるがアンヘルの姿はどこにも見当たらなかった。いつまでここに居ていつから居なかったのか。つい先ほどまでは一緒に映像を覗き込んでいたような気がしたのだが。
「アンヘルさん、こんな時に一人でどこに……?」
「はあ……よりによってアンヘルが単独行動とは予想外だわ。とにかく建て直し! マトイ、私と一緒にレイジとオリヴィアを引っ張り出すわよ! 遠藤、予定通りに! シロウは遠藤についてて指示に従って!」
てきぱきと激を飛ばしてJJはマトイと共に神殿に駆け込んで行った。
和平交渉は失敗に終る――その未来をアンヘルは知っていた。そうなる以外に道は一つとして存在しないという事を、彼女は誰よりも深く理解していたからだ。
先に動き出したのは革命軍。両軍の睨み合いも終了し、いよいよ全面衝突の時が迫っていた。遺跡群の中に聳える瓦礫の上に立ち、アンヘルは静かにその時を待っている。
「人気のない場所に一人で来るとは……私に気を使ってくれたのですか?」
背後からの声も予想の範囲内であった。杖を手にゆっくりと振り返るアンヘル。その視線の先にはグリゼルダと呼ばれる女が立っていた。見詰め合う二人の女。戦場に差し込む光は赤みを帯び、夕焼けに変わりつつある。茜色の空を背景に、二人は真っ直ぐに向き合った。
淡く白い光を弾く銀の髪も、金色の眼差しも、手にした杖さえも。アンヘルとグリゼルダはまるで鏡に映したかのように同じであった。違いは髪型と服装のみ。それ以外は双子という言葉すら不釣合いな程、完璧な一致を遂げている。紛れもなくその二人は同一人物。この世界に同時に存在してはいけないはずの女であった。
「初めまして……と、言うべきでしょうか。銀色の君よ」
「初めまして……と、言うべきでしょうね。銀色のわたしよ」
「世界を欺けるとは思っていません。いずれはこのような邂逅も在り得ると覚悟していました。しかし……今となっては思うのです。私はこの時を待ち望んでいたのではないか、と……」
ゆっくりと杖を構えるグリゼルダ。アンヘルは僅かに眉を潜めただけでそれになんの反応も示さなかった。グリゼルダはゆっくりと、静かにアンヘルとの距離を縮めて行く。
「私の名前はグリゼルダ。愛する人がつけてくれた、愛すべき名です。貴女に……名前はありますか?」
「わたくしに名前はございません。“役職名”、“天使”……それ以上でもそれ以下でもない。わたくしはただこの世界を見つめる。知り、蓄積し、伝える事のみがわたくしの全て……」
「そう……。貴方は所詮、その程度だという事ですね。哀れな天使、貴女は人を愛する事を知らない。貴女の胸にはぽっかりと伽藍の穴が居座っている。ただ知り、蓄積し、伝える事だけが私達の運命だというのならば……なるほど、貴女は確かに実に理に適ったプログラムだといえるでしょう。しかし……本当に、“そう”なのですか? “それだけ”なのですか?」
優しく問いかけるような言葉にアンヘルの胸中が揺らいだ。何故かあの日の記憶が、あの時目の前で死んで行ったあの人の言葉が思い起こされたのだ。誰にでも愛を与える美しき少女、笹坂美咲。世界最強の剣士。“星”に望まれて生まれた、待ち望まれし永遠の君。“救世主”。それを目の前で失ってしまった時点で、アンヘルはその本懐を遂げる未来を絶たれてしまったのかもしれない。ミサキの笑顔を思い出すと頭の中にノイズが走った。物思ふ事すら憚られる傀儡の分際でありながら、アンヘルの頭の中には確かな迷いが芽生えつつあった。
「グリゼルダ……貴女は知っているのですか? わたくしの未来を……過去を……」
「……ええ。私は知っています。なぜならばアンヘル、私は貴女だからです。貴女が失ってしまった過去も……未来も。その全てを私は知っているのだから」
言葉を一つ交わすごとにアンヘルの頭の中はめちゃくちゃに掻き乱されていた。ノイズが増幅されていく。それを必死に押さえ込もうとしているのに、グリゼルダは目と鼻の先にまで迫りつつあった。そっと触れ合う二つの杖。アンヘルは苦痛に顔を顰める。
「……全く同じ力……“献身”のリピーダ……」
「私達の本質は誰かに尽くし与える事……。この力はその為にあったのです。私ももっと早くその事実に気付いていれば、或いはこの未来は違ったのかもしれません」
寂しげに呟き、脂汗を浮かべるアンヘルの頬に指を這わせるグリゼルダ。まるで救いを求め追いすがる子犬のようなアンヘルの瞳を見つめ、女は穏やかに微笑んだ。
「私は直に役割を終えます。その時は……アンヘル、貴女の番になるでしょう。世界は最早ロギアの思い描いた姿形とはかけ離れつつあります。あのクロスという男の仕組んだ新たな運命は、容易に覆せる筋書きではありません。或いは貴女もまた、私と同じ喪失にその身を焦がされるやもしれない……その時は、きっと思い出してください」
そっと身を引き、グリゼルダは頷く。全身の緊張が限界に達したのか、肩で息をしながらアンヘルはその場にへたり込んでしまった。完全に足腰が言う事を聞かなかった。そんなアンヘルを見下ろし、グリゼルダは目を瞑る。
「何もかもを失った時……全てが闇に染まった夜に、貴女の心に残されたもの。たった一つ、からっぽの貴女が握り締めて放そうとしなかったものにこそ、真実は宿る。偽りを知り、絶望を知り……初めて私達は、“人間”に近づく事が出来るのだから」
「理解……不能。理解…………不能……」
機械的に繰り返し呟くアンヘル。グリゼルダは背を向け、それきり一度も振り返らなかった。
戦場では戦いが始まった。砲弾が飛び交う轟音と兵士達の割れんばかりの怒声が空に響き渡っている。腰の砕けたアンヘルを残し、グリゼルダは喧騒の中に姿を消した。その姿が視界から完全に消えて失われるその瞬間まで、アンヘルは一歩たりとも身動きを取る事が出来なかった。
「レイジ君、オリヴィアちゃん!」
会議室に飛び込んで来たマトイとJJに目を向けるレイジ。二人の登場を確かめるとカイゼルとクピドの二人は入れ違いに出口へと向かって行く。
「おう、そっちの二人の事は任せたぜ。俺たちには、ちょっとばかしやるべき事があるからよ」
「こうなった際の対応は他の連中に指示してあるけど、やっぱり指揮は必要だろうから……。JJ、くれぐれもオリヴィアのこと、お願いね」
カイゼルとクピドが走り去るとレイジに抱きついていたオリヴィアが鼻を啜りながらそっと身体を離した。泣き腫らした顔は随分とみっともなく変貌を遂げていたが、それに反比例するようにオリヴィアの表情は晴れやかだった。
「すみません、レイジ様……みっともない所をお見せしてしまいまして……ぐすん」
「あ、ああ……もう大丈夫なの……?」
「はい。涙ってすごいですね、なんか物凄くスッキリしました! はあ……涙はとてもスッキリするもの……そしてかなりしょっぱい。私、また賢くなってしまいましたね」
にっこりと微笑むオリヴィアにレイジは笑顔を返せなかった。先程までの悲しみに暮れた少女こそ、オリヴィア・ハイデルトークの素顔に違いないのだ。涙を流せばスッキリするのはわかる。だがそんな簡単に全てを切り離せるほど、感情というものは容易ではないはずだった。
「俺達が君に無理をさせていたのは事実だ。本当にごめん……何も気付かないで……いや、違うな。気付かない振りをして目を逸らしていた……」
「あ、謝らないでください! むしろ私の方が申し訳なくて悲しくなってしまいます。レイジ様は何にも悪くありません。レイジ様はいつも私達の事を想ってくれている……私、知ってますから」
笑顔でレイジの手を取り、小さく上下させる。そうしてまたあの言葉を語った。
「大丈夫、きっと大丈夫です! 私……まだ諦めてません。私、これからもう一度ダンテのところに言って話し合ってきます! こんな戦いやめましょうって!」
「え……!? いやっ、さすがにもう無理なんじゃ……」
「無理……ですよね。わかってます。でも私が諦めてしまったら……皆がもう諦めてしまっているのに、私が最後に諦めてしまったら……それはもう、本当にどうしようもなくなってしまう気がして怖いんです。誰の思いも通じなくて、ただ悲しみだけが続いて……そんな未来、私は認めたくないんです」
はっとして目を見開いた。それは――全く同じだった。何もかも、同じだったのだ。
誰もが諦めた状態で、それでも一人で努力する少女を知っている。皆が失笑を浮かべ冷淡な眼差しを向ける中でも、凛と立っていた少女を知っている。それは誇り高く美しく、狂おしいほどに眩く、どうしようもないほどに憧れた背中――。
「……すげえな、オリヴィア。俺なんかと違って君は……ミサキの教えをちゃんと自分の物にしてたんだな……」
苦笑を浮かべながらオリヴィアの頭を撫でるレイジ。そうして深呼吸を一つ。振り返った時、少年はもう弱い表情など誰にも見せはしなかった。
「JJ、作戦変更だ。俺はオリヴィアを連れて革命軍の本陣に乗り込む」
「……はあっ!? ちょっとレイジ、あんたまで何言ってんのよ!? 死ぬ気!?」
「そういうつもりはないけどさ。でもオリヴィアの言う通りだ。皆諦めちまったらそこで終っちゃうんだよ。だから、一人でも二人でも諦めない奴がいなきゃいけないんだ。そう言う奴がまだ居て、声を張り上げてるって事が大切なんじゃないのかな?」
だらだらと冷や汗を流すJJ。レイジの表情は――恐ろしく晴れやかであった。まるで何かを吹っ切ったように強く、前向きな笑顔だ。今のコイツに何を言っても通用しない……そんなオーラがヒシヒシと感じられたのだ。
「レイジがやるって言ってんだ。リーダーが言うのなら、応援してやるのが俺らの仕事だろ?」
振り返るJJの視線の先、何故か神殿に入って来た遠藤とシロウの姿があった。呆然とするJJをすり抜け、シロウはレイジの背中をバシンと強く叩いて笑う。
「ったく、てめぇはどんだけお人好しなんだよ。全部背負えば潰されちまうって言ったろうが……。それでもやるって決めたんだな? それがお前の覚悟なんだな?」
「う、うん……。まあ、いつも通り気合とノリで無理矢理前向きになってるだけかもしれないけど……」
「かもな。それでもやる事は何も変わらん。自分で決めた事は意地でも貫き通せ。そんでもって、女を守って戦え。男はただそれだけやってりゃいいんだ」
シロウの拳がレイジの胸を打つ。それだけで何故か急に力がわいてくるのを感じた。
「――行けよリーダー。お前の道は俺が切り開いてやらぁ」
「シロウ……。うん、ありがとう。また頼らせてもらうよ!」
男二人がなにやら意気投合する様を見てJJは頭を掻き乱していた。もう脱出しようという空気ではない。そもそも何で神殿に入って来たのかと非難めいた視線を遠藤に向けると、男は肩を竦めながら苦笑する。
「いやいや。外もう凄い乱戦で、逃げようにもどうにもならないんだって。この状況をどうにかするには、一丸となって突破するしかないでしょ」
「一丸となって、ね…………。はあ……。もう、あんた達って基本的にバカよね。特に男共はどうしようもないバカ。基本的なノリが少年漫画から脱出出来てない幼稚でアホでバカ」
何故か誇らしげなシロウと申し訳なさそうなレイジ。二人を交互に眺め、それから目いっぱい、全力の溜息をつき。JJは気持ちを切り替えるように顔を上げた。
「……わかったわよ。敵陣を中央突破してダンテに辿り着けばいいんでしょ?」
「JJ……力を貸してくれるんですね!?」
「なんでマトイは既にバカ共側なのよ!? まあいいわ……ただし条件付き。説得が不可能だった場合、目標を即座に切り替える事。私達の第二目標……それはギドっていうあのフード男の撃破よ。この戦争を手っ取り早く中断させるにはそれしかないわ」
革命軍の戦力は覚醒者による一般兵の鍛え上げられた動きもあるが、何よりも重要なのは荊の力を持つ自由騎士だ。勇者と互角に渡り合えるほどのあの力がなくなれば戦線はあっという間に瓦解するだろう。
「ギドを落とせば荊の騎士は恐らく全滅するわ。あれが精霊の力だとすれば、術者である勇者が死ねば消えるのが道理……。ダンテの話を聞いた以上、連盟側を負けさせるわけにはいかない。だけど連盟側のトップはダンテたちに同情している。この戦いの犠牲者を可能な限り抑え、速攻で終らせる為には一気に連盟側を勝利させるしかないわ」
「僕もJJに賛成。ダンテの説得よりも何倍も現実味のある作戦だと思うよ」
「ですけど……あのギドという男を殺す事になるんですよね……?」
不安げなマトイの声にJJは顔を顰める。そうしてびしりと指差して言った。
「全部救うんでしょ? 戦いを止めるんでしょ? だったら一人、敵のアタマを取って終わりにするのがどう考えても一番なの。出来もしない理想ばかり追いかけて全部失いたいんなら好きにすればいいわよ。だけどわかるでしょ? この世界の勇者には、クラガノみたいに倒さないとどうしようもない奴もいるんだって」
クラガノを例に出されてしまうとマトイもレイジも何も言い返せなかった。確かに、どうしても戦いが避けられない時もある。戦う事が最も犠牲を少なくする事もあるのだ。
「それを飲み干せないっていうんなら、あんたらに何かを救う資格なんかないわ」
「……確かにJJの言う通りだ。何かを守る為に手を汚す覚悟……俺も決めなきゃな」
「そうよ。そしてついでにあの荊の能力は奪いなさい! 確実に役に立つから!」
「ちょっと待て!? それ言われるとなんか急に打算的な感じでギドを積極的に狩りに行くような雰囲気になって俺としては何かこう、腑に落ちないものがあるんですけど!?」
「どうせ消えるんだから貰っちゃった方がいーじゃない。タダなんだし」
腕を組んで真顔で語るJJにレイジはがっくりと肩を落とす。と、そこでようやく気付いた。
「あれ? アンヘルはどこいったの?」
「ああ……あいつはいつの間にか……」
「ここにいるのでございます」
全員同時に飛び退く。アンヘルはまるでさも当然の事のように一行の背後に佇んでいた。幽霊のような微弱すぎる存在感に慌てる一行に、アンヘルはするっと普通に混じってきた。
「あんたどこ行ってたのよ!?」
「個人的な用件を少々……しかし、それももう終ったのでございます。話は大体理解しました。これから敵の本丸へカチコミでございますね」
「だからさ、アンヘルはどこでそういうの覚えてくんの……?」
さりげなく突っ込みを入れるレイジ。こうして全員集合を終え、JJは改めて指示を出す。
「そういうわけだから……全員で敵陣に突撃! 戦闘は必要最低限、邪魔な奴だけぶっ飛ばしてギドを目指すわよ! 幸い連盟にとっても革命軍にとっても私達はそんなに目立つ存在じゃないわ。上手くやれば簡単にすり抜けられるかもしれない!」
「おう! ところでチビ助、何かスゲエ策とかあんのか?」
「ない。まあ強いてやるとすると……」
ぱぱっと全員に説明すると、JJに付き従ってレイジ達は神殿を飛び出した。外に出るや否や、あちこちでNPC兵同士が激突している乱戦に遭遇する。レイジはミミスケを足元に転がし、適当に蹴っ飛ばした。するとミミスケは口を大きく開けて高速で振動を始める。
「おい、押さえておかないとやばくねぇか?」
「そうだね。じゃあ二人で押さえとくか」
シロウとレイジが左右から餅を押さえる。一気に吐き出したのは双頭の竜の時と同じ、大量の川水であった。鉄砲水は一瞬で戦場を貫き、革命軍も連盟も巻き込んで薙ぎ払って行く。
「……ねえJJ。殺さないで道を作るって言ってたけど、これ死ぬんじゃ……」
「遠藤、クリア・フォーカス出して! 一気に突破するわよ!」
「あ、こいつ今目を逸らしやがったぞ」
レイジとシロウを無視して叫ぶJJ。遠藤が出した大蜘蛛の精霊、クリア・フォーカスに全員が飛び乗ると、シロウはその前足を二本掴んで軽く足踏みする。
「全員しっかり捕まっとけよ!」
クリア・フォーカスの自走速度はおよそ40~50km。乗せている人数が増えればそれだけ移動力は軽減される。それに対し、シロウがブースト全開で全力疾走した場合、移動速度は70kmを超える。つまり、シロウによる全員の牽引である。クリア・フォーカスの自重に全員の重量を加算しても、シロウの移動速度は時速60km程であった。
鉄砲水で作られた道を、倒れている兵士達を文字通り蹴散らして突破するシロウ。凄まじい速度にマトイやオリヴィアが悲鳴を上げていたがシロウは決して足を休めようとはしなかった。やがて鉄砲水の影響を受けていない敵陣奥深くにまで到達するも、そのままクリア・フォーカスの巨体をぶつけるようにして敵を次々に薙ぎ払い、あっという間に革命軍陣地の最奥にまで到達してしまうのであった。
「っしゃあああああ到着ッ! 流石俺様、超速いぜ!」
「シロウさんって……人間なんですか……?」
「フェーズ2で見たでしょ……あいつは人間じゃないわよ……」
よろけるマトイとJJ。軍団の中を真っ直ぐに突破してきた為あっという間に敵に囲まれてしまったが、シロウは腕をぼきぼきと鳴らしながら全く怯む様子がない。
「最近運動量が足りてなくてなぁ……! いいぜ。全員纏めて掛かって来いやぁッ!」
槍を携えた騎兵が次々にシロウへ突撃するが、矛先はシロウの素肌にかすり傷一つ負わせる事が出来ない。目玉が飛び出そうになっているのは敵も味方も同じだが、シロウにしてみれば別に不思議な事でもなんでもなかった。矢も効かないし剣も効かない。強化されたシロウの肉体は、鋼鉄なぞ比べ物にならない程の強度を誇っているのだから。
反撃にと繰り出した拳が馬に命中すると、爆音と共に馬が吹っ飛んだ。迸った衝撃はしかし馬への直撃は避けている。ただ拳の先端から周囲に向かって衝撃波を流しただけである。漫画的に言うと拳圧で周囲を薙ぎ払ったのだが、何が起こったのかわからない敵兵はうろたえる気持ちを隠す事が出来ず陣形を崩壊させていく。
すかさず荊の戦士が襲い掛かるが、まとわりつく荊は普通に引きちぎり、ぶん殴れば一撃で騎士はダウンしてしまう。その余りにも手のつけようのない暴れっぷりにレイジは呆れながら大地に降り立った。
「……なんかもう、あいつ一人で全部いけるんじゃないかな?」
「ううむ……僕もそんな気がしてきたよ。それはさておき、シロウ君が大暴れしてくれたお陰で敵将を引っ張り出す事に成功したようだよ?」
遠藤の指差す先、最早呆れた様子のギドとダンテが姿を見せた。左右には自由騎士随一の実力者であるブロンとツァーリも一緒だ。
「何が起きているのだ、これは……」
「あの赤い勇者、どうにも強すぎねぇか? カイゼル以外にあんなバケモノがいたとはな」
「うちの脳筋がお騒がせして申し訳ない……と、冗談はこのくらいにして。さっきの話の続きをしにきたよ、ダンテ」
笑顔で語りかけるレイジ。その周囲を革命軍が取り囲む。それぞれが得物を構える中、レイジの前に立ったオリヴィアは右手を差し伸べながら言った。
「貴方の心に触れ、ダンテ……私は貴方をもっと知りたいと思いました。私に貴方を救う事は出来ないかもしれません。だけどダンテ……貴方が変わって行くのを共に歩み支える事は出来る! 共に生きましょう! ダンテ・ヴァーロン!」
オリヴィアの叫びにダンテはきつく目を瞑る。そうして携えた剣を解き放ち、真っ直ぐにオリヴィアへと突きつけた。
「……最早語るべき言葉はない。それでも僕を止めるというのならば……安全圏から理想を語るのではなく、自らの力で聞かせて見せろ。その腰の剣が飾り物でないのならな」
眉を潜め、自らの腰に手を伸ばすオリヴィア。ズールが作った細身の剣、フェーズ2からぶら提げていた“お飾り”の剣を抜き放つ。茜色の空の下、二人の王は向かい合う。それはきっと望まれた邂逅。伝え合う為に、分かり合う為に。諦めを超えた時、少女の胸に宿る力。心と呼ばれる眩さを握り締め、少女は理想を刃に宿す。
「お友達になりましょう――ダンテ君!」
「してみせろ……貴様にそれが出来るのならばな――ッ!」
衝突する二つの心。まるで人間のように、まるで本物のように。偽りを超えたその先を見出す為に二人の王は今、自らの意思で前へと進み出したのだ――。




