ココロ(2)
数日後、いよいよクナンダール古戦場にて和平会議が開かれる事となった。
既に廃墟と化している遺跡群の中央、原型を留める小さな神殿のような建造物が和平会議の場所に選ばれた。しかし和平とは名ばかりで、神殿を中心に南北に分かれて布陣した勇者連盟と革命軍の軍団は既に戦闘隊形を組み終え、いつでも決戦を開始出来る状態にあった。
「革命軍のあの数。よくもあれだけ集めたものだね」
「北大陸と西大陸のNPCをかき集めたんじゃない? 連盟とクィリアダリアが用意したNPCの兵力が三百くらいだとすると、向こうは……ざっと千五百くらいかしらね。滅亡しかけた世界でよくやるわ」
神殿に向かいながら語るJJと遠藤。その後ろにぞろぞろとクィリアダリアの一行が続いている。単純な兵力差だけならば革命軍が圧倒しているが、連盟には一騎当千の強さを持つ勇者が何人か混ざっている。革命軍にも荊の騎士がいるものの、実際に激突すれば勝負の行方はわからないだろう。
「戦いが始まってしまえば、それだけ多くの血が流れてしまうのですね……。なんとしても和平を成功させなければ……」
「戦いに関しちゃ任せてもらって構わねぇが、俺は交渉は専門外だからな。そういや、会議に出席できるのは代表者二名までだったよな? 誰が出るんだ?」
シロウの言葉に足を止める一行。こういう交渉に向いているのはJJなのだが、オリヴィアの出席が決定している以上、いけるのは残り一人だけという事になる。JJは咳払いを一つ、レイジの前に立った。
「出席するのはレイジ……あんたよ。私は外で待機している事にするわ」
「いいの? 本当に俺なんかで……」
「和平交渉なんかそもそも成立するとは思ってないからね、私。ただもしも成立させられる可能性があるとすれば、それはあんたとオリヴィアの組み合わせでしょ。私が出たところでどうせやる気のない会談になるんだから」
「やる気のないって……。まあいいや、わかったよ。元々俺が出るつもりで来たしね」
肩を竦めるJJ。本音を言えば、別に会議の様子を覗き見する方法なんて幾らでもあるわけで。レイジだって頭はそれなりに切れる。これまでの経験を生かして上手く情報を引き出してくれる事を祈って待っていれば良いだろう。
「有事の際の動き方についてもう一度確認しておくわよ。交渉が決裂した場合、マトイとアンヘルは神殿内に突撃。マトイがオリヴィアを確保して撤退、アンヘルとレイジはその支援。外では遠藤とシロウで脱出ルートの確保。その後合流して一気に突破……まあ策って程のものでもないけど、こんなものかしらね」
頷く一同。こうして最後の確認を終え、中央の神殿に足を踏み入れた。アーク特有の奇妙な鉱石で構築された神殿の作りはダリア村の傍にあったものと良く似ていた。全く同じという事はないだろうが、これならばいざと言う時も迷わず脱出出来そうだ。
「女王様御一行も到着ね。もう代表者は決まっているのかしら?」
神殿の前には既に勇者連盟のマスター陣が揃っていた。連盟から出る代表はカイゼルとクピドの二名で決定している。お互いの代表についての話が終ると、そこへ小太りの男がのしのしと歩いてきた。
「みんな、会議の前にこれ! 食べてってほしいッスよ!」
「ワタヌキさん……って、これなんですか?」
「見ての通り肉まんッス。うんまいッスよ~!」
どこからともなく差し出されたほかほかの肉まんを受け取りながら困惑するレイジ。カイゼルとクピドは当たり前のようにそれを平らげている。レイジとオリヴィアもとりあえず齧ってみると、ジューシーな肉汁が迸り手が止まらなくなってしまう。
「お、おいしいですこれ!? なんなのですか!? 私、初めて食べました!」
「会議の前の景気づけって事で。皆、頑張るんスよ!」
あまりの美味に感激したのか、オリヴィアは瞳をうるうるさせながら指までしゃぶっていた。その首根っこを掴んでレイジはずるずると神殿の中に入って行く。
「確かに凄く美味しかったですけど……なんで急に肉まんなんですか?」
「まあまあ、深く考えないの。ワタヌキの料理は食べておくといい事があるのよ♪」
「あ~、肉まん一個じゃ全然食い足りねぇよ……腹ぁ減ったなぁ……」
腹筋でカチカチの腹を撫でながらしょんぼりするカイゼル。そんなこんなで四人は神殿の中にある広間に到着した。予想通り内部はダリア村の神殿と殆ど変わらない構造で、レイジ達が座っていたのと同じ円卓が容易されていた。或いはどこかの勇者の拠点だったのかもしれない……そんな事を考えつつ、三勢力の代表は顔を合わせる。
「よお、ちゃんと来たようだなぁダンテ。で……そっちのフード野郎がもう一人の代表か?」
「ああ……。俺の名前はギド。ギドというのはPCネーム……つまり、お前達と同じ勇者という事だ。一つ、宜しく頼むぞ」
両手を上着のポケットに入れたまま笑うギド。レイジとクピドは同時に男を睨みつつ警戒のレベルを上げた。革命軍につく勇者――即ち、この男が諸悪の根源。黒幕である。
「まあ、それなりに長話になるだろうからな。とりあえずかけたらどうだ」
「そいじゃあ遠慮なく……はあ~どっこいしょっと」
ジジ臭い掛け声と共にドカっと椅子に腰掛けるカイゼル。それに続いて全員が着席を終える。これから正に和平交渉が始まろうという空気になったその時、ダンテが第一声を放った。
「まず言っておく。僕はこの和平交渉――成立させる気は全くない」
「おい、まだ椅子に座って一分も経ってねぇのに終っちまったぞ」
「ある意味予想はしていたことだけど」
苦笑を浮かべるカイゼルとクピド。険しい表情のオリヴィアを見つめ、ダンテは目を細める。
「だが、どうしても戦いを避けたいというのであれば……方法がないわけではない。戦わずして決着が着けばよいのだ。つまり、お前達が全員僕の配下に加われば良い」
「そんな事……できるわけないだろう?」
「ああ、そうだな。だから言ったのだ。和平交渉は成立させないとな。先の言葉もあくまで可能性の話だ。僕とてそんな状況は望まない……」
「――もしも、私達全員が貴方の下に着くという決断を下した場合、貴方は私達をどのような待遇で扱ってくれるのですか?」
驚いて目を向けるレイジとダンテ。オリヴィアは至極真面目な様子で、それがロギアには逆に不可解であった。クピドが何か言おうとするのをカイゼルが制すると、レイジも頷いてオリヴィアに話の主導権を渡した。
「それでしか戦いが避けられないというのであれば、それも方法の一つでしょう?」
「……そこまでして戦いを避けたいのか、お前は。まあいい……質問に答えよう。僕の支配下に入った者には全員、その身体に茨を埋め込ませてもらう。荊に寄生された存在は力を増強されるが、その代わり荊の主には一切逆らえなくなる。つまり僕の命令に絶対服従という立場になるわけだ」
「あの荊の力はそういう類のものでしたか。それで、貴方の支配下に置かれた場合、そんな私達に貴方は何を命ずるのです?」
ダンテは全く怯まずぐいぐいと突っ込んで来るオリヴィアに戸惑っていた。完全にペースを握られていると言っていいだろう。それはよくない、冷静さを取り戻さなければと咳払いを一つ。少年は落ち着き払った声で腕を組みながら告げた。
「――神に戦争を挑む」
「神に……?」
「神と言っても、僕らが本来崇め奉る物とは異なる。この世界は今、ロギアという偽りの神により支配されている。この偽りの神を殺し、世界をあるべき姿に戻す事……それが我々自由革命軍の最終目標だ」
怪訝な表情を浮かべるレイジ。それもそのはずだ。彼の話はこういうことだ。“ゲームの登場人物がゲームマスターを殺す”。彼らゲームの登場人物たちにとってはどうだかしらないが、それはレイジ達プレイヤーにしてみれば絶対に不可能な事のように思えた。というより、不可能だと断言できる。二次元の存在が三次元に干渉する事は出来ない。この世界は所詮データ上に存在するだけの平面の箱庭だ。それを描き作り出すゲームマスターを殺すなんて事、そもそもそんな発想を抱く事自体が狂気の沙汰である。
「待って下さい。そもそもなぜ今の神は偽りだと思うのですか? その根拠は?」
「……語弊があったようだな。僕は神が偽りであるという証拠を持ち合わせているわけではない。だが考えても見てほしい。世界の平和を司り、僕ら人間に永遠を与える為に存在するはずの神が、なぜ僕らに地獄を見せるような真似をするのだ? なぜ神の使いであるはずの勇者が僕の国の人々を酷使し、奴隷として扱い、最後には虐殺するなんて事が起こるのだ?」
冷静に語りながらもダンテの声は怒りに満ち溢れていた。燃えるような眼差しに宿る熱意は確かな意志の証。彼を覚醒させたもの、それは理不尽な現実に対する憎しみであった。
「僕は神が偽りであるという根拠を持ち合わせない。だが、僕はあれが神であると、この世界を支配する存在であると認める事は出来ない。自分自身が信じる神の理想と違うものが神を名乗るのであれば、それを偽りといわずしてなんと表現すれば良いのだ?」
「勇者様が……そんな……事を?」
それはオリヴィアにとっても少なからず衝撃的な事実であった。勿論、レイジ達にとっても。だが彼らは理解していた。この世界をゲームとするのならば、どんな非人道的な行いも罪には問われない。限りなく現実に似せられたこのゲームだからこそ、タガの外れた人間が何をして周るのか……想像はさほど難しくない。
「僕の暮らしていた町、ヒュールバイフェは確かに厳しい北の大地にありはしたが、食料にも住処にも困らず、生活はそれなりに充実していた。当然だ。そのようにこの世界は出来ているのだ。この世界は最初から平穏に作られている。魔物さえ居なければ、僕達は永遠の安らぎを得られただろう。だが全ての世界がそうはいかなかったように、ヒュールバイフェにも魔物が現れた。そしてその魔物に誘われるように……奴らも姿を現したのだ」
忌々しき記憶を掘り返しながら眉を潜めるダンテ。それはまだ彼が勇者を神と信じていた頃の記憶。ヒュールバイフェが滅びかけた頃、ダンテ王子の元に現れた五人の勇者。彼らは魔物を倒し、ヒュールバイフェの街を守ってくれた。ダンテは神の使わした使徒に感謝し持て成した。だが直ぐに勇者達は本性を表し、欲望の限りを尽くし始める。
「奴等は街の食料を食い漁り、女も男も面構えの良い物は片っ端から屋敷に閉じ込めて手篭めにした。子供の例外ではなかったので、この僕もその中に含まれていた。奴らは僕らから服を奪うと鎖を首に繋いで家畜として扱った。オリヴィア、お前には理解出来るか? 勇者共にはそういうわけのわからん趣味があるのだ。人間の裸を見ると欲情し……僕にも上手く説明出来ないが、とにかくいろいろなことをさせられる。自分でも何をやっているのかわからないままそんな事をさせられる恐怖と混乱がお前にわかるか?」
ダンテが“飼われていた”のは、傲慢な女の勇者であった。なんでもいう事を聞かなければ平然と暴力を振るわれたし、そもそもその頃のダンテには勇者に逆らうという発想もなかった。ただ何もわからないまま成されるがままに日々を費やした。
「僕は屋敷に捕まっていたのでわからなかったが、奴らは本当にやりたい放題だったよ。何の意味もなく往来で人を殺してみるなんて事はしょっちゅうだったし、わけもわからず集められた村人の前で裸にされた子も大勢居たな。あいつらは何も考えられない僕達に酒を注がせ、料理を作らせ、下劣な笑い声を上げながらその様子を眺めていたよ」
真っ青な表情で口元を手で抑えながらオリヴィアは話を聞いていた。ダンテはその様子に鼻を鳴らし、続きを語る。
「勇者共から僕らが解放されたのは、奇しくも魔物の襲撃のお陰だった。大型の魔物、“白き爪牙”という怪物が街を襲った。奴らは勝てないと踏むと、僕らNPCに戦わせて自分たちは安全圏に逃れようとした。僕らは言われるがままに戦ったさ。命令だったからな。だけど僕らに魔物を倒すほどの力はなく、目の前でバタバタと死んで行ったよ。腕の一振りでズタズタに引き裂かれた肉片が雪の上いっぱいに散らばるんだ」
「……………………ひどい……」
「ああ、酷いなんてものじゃなかった。だけど僕は何も考えられなかったから目の前で仲間が死ぬのを見ながらただぼんやりと戦ったさ。で、呆気なくぶっ殺された。一撃だった。血塗れで倒れる僕の耳にはその間も仲間達の断末魔の声が響いていた。まさに地獄そのものだった」
結局NPCでは足止めにもならぬと理解した勇者達は戦いを挑んだが、結果は白き爪牙と相打ちとなった。ダンテは既に死ぬ事が決まったような身体を引き摺って街を歩き回った。そうして何もかもがもう随分と前に手遅れになっていた事を理解し、自分達が何をやらされていたのかを理解し、この世界に神がいないという事を理解した。
「死に掛けた勇者に止めを刺したのは僕だ。何度も何度も刃を突き立ててやった。それでも胸の空虚さが埋まる事はなかったよ。何せ全部もうどうにもならなかったんだ。全部手遅れだった。僕は本当に何もかもが終わってしまうその瞬間までアホ面でただ眺めているだけだった。僕は……意志のない人形だった。そんな自分が本当に……憎くて堪らなかった……」
ぎゅっと力強く拳を握り締めるダンテ。今でもはっきりと思い出せる。あの雪の冷たさも、死の悼みも、嘆きの声も、勇者に突き刺した剣の感触も。
「僕はもう死ぬしかなかった。そんな時だ……ギドに助けられたのは。ギドは死に掛けていた僕の命を救い、この荊の力を与えてくれたんだ」
「……他者に寄生させる能力……荊はあんたの力だったのね」
そこで口を挟むクピドにギドは笑顔で頷く。
「いかにも。俺の能力、“スリーピング・ビューティー”は対象に荊を寄生させ力を引き出す。死に掛けた身体でも蘇らせる。但し、命令には絶対服従となる。今はその主導権をダンテに貸している形になっているわけだ」
「いいのかしら? 自分の能力をあっさりばらして」
「構わん。お前らも推測はしていたのだろう? どの道知れた事よ」
低い声で笑うギド。オリヴィアは俯き、肩を震わせたまま声を絞り出した。
「それが……ダンテ……貴方の憎しみなのですね……」
顔を上げたオリヴィアにレイジは目を丸くした。その瞳からぼろぼろと零れ落ちているもの、それが涙と呼ばれるものであると知っていたからだ。そして――本来NPCは絶対に流すはずのないものだと、そこまで理解していたからだ。
「お前……なんだ、それは?」
「わかりません……でも……胸がぎゅうっと苦しくなって……切なくて、悲しくて……それがどうにも我慢できなくて……私……私……っ」
胸に手を当て唇を噛み締める。そうしてオリヴィアはダンテの心の闇に想いを馳せた。
「どうして……貴方の傍には、レイジ様やミサキ様がいなかったのでしょう? どうして……たったそれだけの違いで……どうして、こんな……あんまりにも……あんまりにも……っ」
「オリヴィア……」
「私……何も貴方に言えません。何も言う資格なんかありません。私……私が貴方だったなら……同じだったでしょうか? 同じ苦しみを、わかちあってあげることが出来たでしょうか? 貴方が私と同じだったのなら! 共に笑い、共に幸せを分かち合う事が出来たのでしょうか……!?」
真っ直ぐに見つめるオリヴィアの潤んだ瞳を見つめ返すダンテ。その頬から雫が伝い落ちた。表情もなく涙を拭い怪訝な様子のダンテ。しかし次々に涙は少年の意志に逆らい零れ落ちる。
「なんだ……? 僕は……どうしてしまったんだ? ギド……これは……?」
「……涙だ。お前とあのオリヴィアというNPCは、よほど自我に覚醒しつつあるようだな」
「涙……涙、か。不思議なものだな。僕の身体にまだこのように暖かい物が残っていたとは」
雫を握り締め目を瞑る。そうして少年は穏やかに微笑を浮かべた。
「――感謝する、オリヴィア・ハイデルトーク。お前が教えてくれたのだな」
「私は……私は……何も……っ! 何も……っ! ごめんなさい、ダンテ……私は……私は貴方を……救えない……っ」
顔を両手で覆い泣き崩れたオリヴィア。レイジはその肩を抱きながら戸惑っていた。NPCが流した涙、そしてオリヴィアは今、ダンテの心の闇に触れてしまった。彼に“同情”してしまったのだ。それがどんな影響を齎すのか……なんて事を打算的に考えている自分に嫌気が差しながらも、今はとにかくこの場を上手く収めなければならなかった。
「確かにひでえ話だ。そいつらは勇者の風上にもおけねぇクズだな。だけどよ、革命軍のリーダーさんよ。それとこれとを同じ問題にするわけにゃあいかねえんだわ」
「ああ、わかっている。僕もお前達に譲歩してもらう為に話をしたわけではない。ただ……そう。今のはただの……感傷……だ」
神妙な面持ちのカイゼルにそう呟き顔を上げる。ダンテは既に、亡国の王子ではなく革命軍のリーダーとしての面構えに戻っていた。
「この世界には……お前達にNPCと呼ばれ、人でなしと蔑まれて傷付いた者たちが山ほどいる。わかるか? 仮に僕が和平を受け入れたとしても、彼らの怒りは収まらないだろう。戦いは必然なのだ。お前達に学ばされた彼らは、きっとお前達を支配下に置いた時、その真似事に躍起になるだろう。お前達はそれに耐えられるとでも言うのか?」
ゆっくりと席を立ち背を向けるダンテ。ギドは頬を掻きながら立ち上がるとそれに続く。
「僕はお前達にされた事を、全く同じ事をやり返している。そうしなければ誰も報われぬからだ。そうする以外に解決の方法を見せなかったのは貴様ら勇者なのだ。なればこそ戦いは必然……。避けられんよ。誰も……何も、な」
「待って……ダンテ! ダンテーーーーッ!」
オリヴィアの涙に染まった声もダンテには届かなかった。革命軍側が会議を放棄した事により、和平交渉は完全な決裂を見た。立ち上がったカイゼルはわしわしと頭を掻きながら深々と溜息を吐き出した。
「はあ~……っ、聞きたくもねぇ話を聞いちまったぜ。やり辛くなるな……」
「まあ……でも、仕方ないわよね。ゲームである以上は……」
「“げえむ”って……何なのですか……?」
クピドの声にゆっくりと振り返るオリヴィア。いつになく取り乱した様子でクピドに近づき、その服を掴んで揺さぶる。
「“げえむ”という言葉は……そんなに何もかもを許す免罪符なのですか? “げえむ”だから! “えぬぴいしい”だからっ! 殺しても構わないというのですか!?」
「オリヴィア……落ち着くんだ。そういう意味で言ってるんじゃないよ!」
「だったらどういう意味なのですか!? 教えてくださいレイジ様……私にもわかるように……おしえて……ください……っ」
振り返り泣きながらレイジに縋りつくオリヴィア。そのあまりにも弱弱しい様子にレイジは完全に言葉を失っていた。
「わからないんです……これからどうしたらいいのか……。何も……わからないんです。私達の世界とは……私達とは……なんなのでしょう? 誰かに作られ、弄ばれ、捨てられるだけの命なのですか? 私は……私は、その事を考えると胸が張り裂けそうになります……」
「オリ……ヴィア……」
「こわいんです……こわいんです! 何もわからなくて、こわいんです! 不安で不安でたまらなくて……私……どうしたらいいのかわからないんですっ!」
「だけど、君は……これまで立派にやってきて……」
そこではっと息を呑んだ。立派にやってきた? 本当にそうだろうか?
オリヴィアは、自分と同じなのではないか? オリヴィアの言葉にはいつもミサキの存在を感じていた。オリヴィアとレイジは全く以って同じだったのだ。
仮初の言葉、仮初の理想、仮初の行動。どんなに前向きに明るく振舞っても、どんなに未来を信じたように見せても、結局一寸先は闇。当然の事だ。彼らは過去に依存し、ただ模倣するしか能のない哀れな迷い子なのだから。
これまでNPCとして時に重要な相談から外され、時に理由もなく命令され、オリヴィアがどんな気持ちでやってきたのか。いつも笑顔で、いつも自分を信じてくれていると思っていた。けれどそんな都合のいい話があるわけがないのだ。人形が相手なら兎も角。この子はもう人形ではない。意志を持ち、自我を持ち、考え感情を抱く事が出来る。そんな少女が、何の不安も疑問も抱かないだなんて、そんな都合のいい話があるわけがなかったのに――。
「…………ごめ、ん……。俺……君に……なんて……酷い事を……」
罪悪感で押し潰されそうになりながら呟く。強く小さな少女の身体を抱き締めながら後悔を繰り返した。何もかもが遅かったのだ。きっと本当は、こんな事になってしまう前に……気付くべきだったのに。
「ごめん、オリヴィア……許してくれ……。僕は……そんなつもりじゃ……なかったんだ。僕は……僕は……君を……! 僕は……っ!」
思考停止していた。ミサキが居なくなってしまったあの時から。
借り物ばかりだから、自分で考えようとしなかった。何も考えられなかった。
泣きじゃくるオリヴィアの嗚咽を聞きながらレイジはきつく目を閉じた。戦いが始まる。これはどちらにせよ避けようのない戦だったのだ。最早最後の望みすら断たれ、世界はあるべき運命に則り動き出そうとしている。
「変えられなかったのか……また……」
雷鳴の轟くあの闇の中、ミサキの倒れる姿を思い出す。
あの雨の中立ち止まっていた少年は、結局の所そのまま。
ただ目の前で起こる悲劇を、見ている事しか出来なかった。




