ココロ(1)
「しかし意外だったわね。こんなにすんなりと和平交渉の場が準備されるなんて」
中央大陸西部を馬車で移動するクィリアダリア一行。JJは窓の向こうに流れる景色を眺めつつ窓辺に頬杖を着いて呟いた。
クィリアダリア、勇者連盟、革命軍。この三つの勢力による和平交渉は意外な事に各勢力があっさりと同意を下し現実の物となった。交渉場所に指定されたのは西大陸にあるアーク、クナンダール古戦場。半径十二キロ程の範囲内において魔物が出現しない特殊な地形であり、まるで嘗て何者かが戦争を行っていたかのような痕跡が多々残る為“古戦場”と呼ばれる不思議な場所だ。ほぼ最西端にあるラハンの街からログイン時間を目いっぱい使っても辿り着けない為、途中何箇所かの街を拠点として使いながらの大移動である。これには連盟側の戦力とクィリアダリアの戦力が合同で移動を行う事で話がまとまり、今彼らは大行列の中に紛れて景色を眺めていた。
「連盟にせよ革命軍にせよ、単に和平交渉のみを目的としているわけではなく、その後の対応についてもそれぞれ思惑があっての事でございましょうが」
馬車の中に乗っているのはJJ、アンヘル、マトイ、それからオリヴィアの四名であった。男集はどこに行ったのかと言うと、シロウは徒歩でダッシュし続け、遠藤とシロウはクリア・フォーカスの背中に乗っていた。一応周辺警備も兼ねているのだが、シロウ的には特訓という名目が強い。何もこんな時にマラソンせずともとは思うのだが、シロウのキラキラした笑顔には何も言えなかったのだ。
「ま、馬車は四人乗りだから丁度いいといえば丁度良かったんだけど……」
「連盟の人たちは、交渉が失敗に終った場合……そのままクナンダール古戦場を決戦の場にするつもりなんですよね?」
「多分そーでしょうね。和平交渉の場って言うのはただの名目で、要はさっさと決着を着ける場がほしかったんでしょ。この間のラハン拠点襲撃の時、勇者が八人殺されてるそうだから……まあ、全体の空気としては報復をって感じなんでしょ」
「……少し……不安ですね。もし和平交渉が成立したのに連盟が裏切るような事があれば……」
「それは多分ないわよ。あのムキムキマッチョジジイが、そういう卑怯な事は物理でさせないって言ってたから。あいつなんかシロウと同じ感じがするし、多分バカだけど素直で正直……信頼は出来ると思うわ」
失笑しつつ語るJJにマトイは少しだけ安堵した。ムキムキマッチョジジイというのは勇者連盟マスターのカイゼルの事だ。物理でさせないというのは、いざとなったらぶん殴っても阻止するという事らしい。カイゼル程の怪物が襲ってきたら、いくら連盟の勇者達でもひとたまりもないだろう。カイゼル自身が巧妙に裏切りを企んでいる可能性もなくはないが、JJの目に彼は偽りなき存在に映った。大人の癖にまるで少年のように純粋な気配しかしないのだから、逆に普段の生活が心配になるくらいだ。
「まあでも、下っ端が暴走する事は有り得るかもね。それも想定しておくべきかしら」
「それよりも我々が先に想定すべきは、和平交渉が破談した場合の対応ではありませんか? 最悪なのは王であるオリヴィアを奪われ、連盟と革命軍の決戦に巻き込まれる事です」
冷静に語るアンヘル。実際、和平交渉は決裂する可能性の方が圧倒的に高い。そうなった場合巻き起こる戦闘にどのように介入していくのか、それが彼女らにしてみると悩ましい所だ。今の所どちらかというと連盟側についてはいるが、交渉の結果によってはそれも少し変わって来るだろう。
「大丈夫ですよ! きっと和平交渉は上手く行きます!」
そんな勇者達に対し、オリヴィアは実に前向きであった。今も握り拳に満面の笑みで力説しているが、その言葉にはなんの説得力もない。何がどう大丈夫なのか。JJは溜息を吐きながらオリヴィアを見つめる。
「どうしてそう思うわけ? 相手はあんな連中なのよ?」
「彼らは恐らく知らないだけなんです。勇者様達が本当は心優しく、私達の世界の事を考えてくださっているのだと。私と彼……ダンテの違いは、そこだけだと思うのです」
勇者を憎むダンテと勇者を信じるオリヴィア。オリヴィアに言わせればそんな二人の違いは些細な事……即ち勇者をより深く理解しているのかどうか、であった。
「きちんと言葉を交わせばきっとわかってくれますよ!」
「……そうだったらいいんだけどねぇ」
満面の笑みから目を逸らしながら、JJは既にこの事件の真相に到達しつつあった。それは別に予想するに難しくない事だ。出来れば考えたくない最悪の可能性を色々と当てはめてみれば、意外なくらい簡単に予測出来てしまう。
勇者を信じるというオリヴィアは、勇者から“善性”を学んだNPCだ。その性格や性質は、当然ながら関わった勇者から大きな影響を受けている。中でも恐らくミサキとレイジ。この二人の影響を受けて形成されているのがオリヴィア・ハイデルトークという人格なのだ。
ミサキは常に前向きで明るく、人を疑おうともしない人間だった。只管な希望と光に満ち満ちた彼女の存在はレイジにも大きな影響を与え、レイジもまた光を背負った存在となった。そんな太陽に照らされて育まれたのがオリヴィアならば、この性格に落ち着いたのも納得出来る。ではどのような勇者が関われば、あのダンテという少年のようなNPCが生まれてしまうのだろうか?
憎しみと怒り、人の“悪性”を学んだNPC。ならばそのNPCもまた、悪性を持つ者と接触してきたはずだ。人の悪意と言う物は度し難く凶暴で、そしてこの世界は所詮ゲーム、空想に過ぎない。空想だから何をしても誰にも裁かれる事はないという絶対の免罪符は人の欲望を解き放ち、その悪辣を容易に曝け出させるだろう。
人に対し憎しみしか抱かぬのならば、それだけの事を人がしたという事。ダンテ・ヴァーロンが悪だというのなら、それは人が悪であったという事に他ならない。誰に彼を裁く権利があるだろう? “やったらやりかえされる”……ただそれだけの事だというのに。
「……悪意に晒されて覚醒したNPC……それが一番厄介なのよね。ま……それを産み落としたの同じ勇者……ある意味自業自得ってわけか……」
「あっ! JJ、見えてきたよ! 西の大絶壁!」
窓の向こうを見ていたマトイの声ではっとする。一団が向かう先、そこには中央大陸の最西端、西の大絶壁が広がっていた。
「うわー……すっごいな。一応話には聞いてたけど……この世界って……」
「うん。この世界は“球体”じゃなかったんだねぇ」
隊列を離れて並走するクリア・フォーカスの背に乗りレイジは世界を見渡す。西の大絶壁、それは文字通り中央大陸の西側にある巨大な絶壁を指す。中央大陸各所を巡る川はこの絶壁に収束し、そしてその絶壁から世界の“下”に向かって流れ落ち、無数の滝を作っていた。
XANADUの世界は地球のような“惑星”ではない。この世界の大地は全てが空に“浮遊”している。大陸同士はごく一部を除いて地続きになっていない為、大陸にはそれぞれ絶壁が存在している。この西の大絶壁は中央大陸の最果てであり、正式な名称はカルラ大絶壁と言う。絶壁付近には無数の岩石が浮遊しており、虚空に向かって流れ落ちる水が時折重力に逆らってふわふわと空へ舞い上がる。そんな幻想的な景色に感嘆の息を吐きながら、レイジは進行方向に目を向けた。
ここに西と中央大陸を結ぶ三つしかないルートの一つ、カルラ大陸橋というアークが存在している。文字通り大陸を結ぶこの大陸橋は他のアークと同じく不思議な素材で作られており、空中に浮遊する鉱石の回廊だ。幅四百メートル、長さは三キロ程。中央と西、大陸と大陸が最も近づいている場所にあり、三つある大陸移動手段の中で最も安全なルートであった。
「遠藤さんは何度か来た事があるんですよね?」
「ああ。僕は中央大陸の彼方此方に足を運んでいるからね。ちなみにこの橋は西側だけではなく、全ての大陸同士を繋ぐ道の中で一番楽なところなんだ。特に中央と北を隔てている北の大絶壁は、“絶界”と呼ばれる壮絶な道でね。浮遊氷河の崖を只管に登り続けなければいけない、大体途中で力尽きるようなルートなんだ」
全ての大陸が浮遊する大地から成るこの世界では、大陸同士に“高低差”が存在する。
北、西、中央、南、東の順番に高度が低くなってゆくのだが、この構造上、真横にあるからと言って気軽に大陸を移動するのが危険なケースも多い。東と中央の大陸は距離的にはさほど離れていないのだが高度さが大きく、東の大絶壁には橋らしい橋もない。移動する為には一応地続きになっている“カジュ・ラファ大空洞”という洞窟を渡らなければ成らず、この洞窟は狭い上に入り組んでおり、かつ強力な魔物が頻繁に出現するという非常に危険な場所であった。故に勇者連盟は比較的高度差の少ない南大陸へ移動した後、中央へと順番に渡ってきたという背景がある。そうでなければもっと速い段階で中央大陸のレイジ達と接触していただろう。
同様の理由で、北大陸を拠点としている革命軍も直接中央大陸に進軍する事は敵わなかった。故に最前線は北と中央をバイパスしている西大陸に設定されたのだ。
「この世界の大地が浮いているだなんて、こうして見なければ実感ありませんよね」
「そうだねぇ。まあ基本的に僕ら人間は自分たちが立っている大地について、宇宙が回っているのか地球が回っているのかって事にすら結構テキトーだったわけで……。こういう事は気にして見なければ気付けないものなんだろうね」
「遠藤さんは早くに気付いていたんでしょう? 言ってくれればよかったのに」
「言ったところで別にどうにもならないでしょ? それに君たちは中央大陸から動こうって気配すらなかったからね」
「そういう遠藤さんは中央大陸から出て行くつもりだったんですか?」
「んー……まあ、色々と事情があってね。この世界の彼方此方を練り歩いてみようかなーとは思っていたんだ。このゲームにログインしたその時から、ね」
八本足で大地を疾走するクリア・フォーカスの乗り心地は意外と安定している。快適に風を切って進む大蜘蛛の背中に座ったまま遠藤は遠い目を浮かべて微笑んだ。
「うおおおおおすげぇ景色じゃねえか! ワクワクしてきたぜ! 俺が一番乗りだあああ!」
そんな彼らを追い抜いて行くシロウ。一団の中で徒歩の筈のシロウが最も速い。圧倒的な速度で叫び声を上げながら橋に突っ込んで行くのを見届け、男二人は苦笑を浮かべた。
「シロウ……体力有り余ってるなあ……」
「最近目立った戦闘もしてないからねぇ。留守番続きでご不満と見える」
「和平交渉……シロウが活躍するような事にならなければ一番なんですけどね」
「それは……難しいだろうね。これがもし本当に命を賭けた戦いならば、争いを避けるように人の心理は動くかもしれない。だが僕ら勇者にとってこの世界はゲームで、お遊びに過ぎない。そしてNPCにしてみれば僕ら勇者と言う存在は受け入れがたい異物なんだ。この圧倒的な価値観の相違は中々に埋め難いものだよ」
「わかってます。だから……覚悟だけは決めてあるつもりです。遠藤さんの言う通り、大切な事に順番をつける……。俺は……いざとなったら……」
握り締めた拳を見つめるレイジ。その凛々しい横顔に遠藤は肩を竦める。
「僕にも君たちのように一生懸命で……誰かと分かり合えると、そう信じていた時期もあったんだけどね……」
首を傾げるレイジ。遠藤の呟きは風に掻き消され少年にまでは届かなかった。男は改めて肩を竦めると、ゆっくりと首を横に振るのであった。
「……ギド! ギド、いるか!」
大げさに扉を開け放ち部屋に押し入るダンテ。その瞬間少年はげんなりした様子で肩を落とした。灯りの落とされた部屋を照らし出す暖炉の光にぼんやりと照らし出されているのはグリゼルダの素肌。ギドは上半身裸のままぼんやりと酒を食らっていた。毎度毎度こんな調子なので、もういい加減ダンテはこの二人に愛想を尽かしていた。
「ギド……あんたには酒とソレしかないのか?」
「ソレ……? また随分抽象的な言葉を使うな、ダンテ」
「僕達には本来存在しない概念だからな。えっと……なんて言ったかな……」
「セックスだ。セックス。覚えておけ。お前も大人になったらするかもしれんだろう」
「そういうものか……? というか、僕も無理矢理されたんだけどな」
あっけらかんとそんな事を呟くダンテ。彼にとってその男女の営みと言う物は非常に理解しがたい事であった。そもそも、NPCには子供を作るという発想がないからだ。
「ガキのわりには色々な経験を積んでいるようだな。実に素晴らしい」
「何が良い事な物か……。お前達勇者はそれ以外にする事がないのか? 下種め」
「フフフ……まあ、だいたいそれで合っている。俺たち勇者という類の存在はな、どうしようもないクズの集団なのだ。特に俺はその中でも下の下……。生きる楽しみと言えば女を抱く事と酒を飲む事だけだからな。実に低俗極まりない」
「あんたって本当にどうしようもないな……グリゼルダ、風邪を引くぞ。服を着たらどうだ?」
落ちていた服を裸のグリゼルダに差し出すダンテ。グリゼルダの抜けるような白い肌を見ても、腕で隠された豊かな胸を見ても、ダンテは一切感じる物はなかった。“男女”という概念すら彼らにとっては些細な違いに過ぎない。性欲が命を紡ぐ為に必要とされる本能であるとすれば、彼らはそれを必要としないのだから、ダンテがグリゼルダの裸を何とも思わないのは非常に自然な事である。
「勿体ないな……こんないい女、金を積んでも中々拝めんぞ」
「あんたが良く言ってるその“いい女”というのが僕には良く分からない。女を抱くというのはどういう感じなんだ?」
「どういう感じ……ふむ……中々哲学的な質問だな。面白い……」
「俺はあんたの言っている事がさっぱりわからないが、その上であんたが下らない事を言っているんだろうなという予感がしている」
額に手を当て笑うギド。それから酒瓶を一気に空にし、ゆっくりとダンテの前に近づいた。
「……それで? 今更この俺にどのような用件かな? ザナドゥの王よ」
「もうじき、連中との和平会議というのが催される。その前にギド、あんたに確認したい事があってな」
「ほう? 言ってみろ」
「クィリアダリア王国の女王……あれは僕と同じ、王の資質を持つ者なのか?」
「女王を名乗るからには、そうなのだろうな。この世界には何人かの王の資質を持つ者が存在している。まあ、その多くはフェーズ1の時点で死に絶えていたのだろうがな。お前の他にも王の資質を持つ者が居たとしてもなんら不思議はない」
「では、奴もまた世界に反逆し得る可能性を持つという事か?」
腕を組み考え込むギド。それから思いついたように頷いた。
「ダンテ。お前、さてはその少女を仲間に引き込みたいのだな?」
「……仲間? なぜ……そう思うのだ?」
「お前は覚醒し、人間に近づいている。仮にそうであれば、セックスの相手は必要であろう?」
「バカにしてんのか……?」
「そういう事ではない。もしもお前が世界の王になるのであれば、その時はどうしても女が必要になる。人は“つがい”になって初めて子孫を残す事が出来るのだからな……と言っても、お前達にはピンとこない話だろうが……。俺に言わせれば、男が女を求めるのはそれほど難しい理屈のようには思えん」
心底不思議そうな表情を浮かべ、ダンテは冷や汗を流しつつ逡巡する。正直このギドという男が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、言われてみるとなんだかそんなような気がしてこないでもない。
「では、僕はあの少女とセックスがしたいという事なのか……?」
「…………ううむ。何かこう、自分で言っておいてなんだか、違う気がするな」
「どっちなんだ!? やっぱりバカにしてるだろう!?」
「まあ落ち着け。どちらにせよ、お前には同等の覚醒者の存在が必要不可欠なのだ。孤高の王というのも悪くはないが、現実的ではない。お前が世界を統べる時の為に、お前と同等の力を持ち、共に覇道を歩む……そんな相棒を本能的に欲しているのかもしれんぞ」
「……さっぱりわからないな……」
「そうか。まあ、そうだろうな。わかるはずもなかろう。寂しさすら感じられぬお前にはな」
何か今、その言葉は自分の性根を大きく侮辱されたような気がして見過ごせなかった。不機嫌な表情を浮かべるダンテにギドは低い声で笑う。
「ダンテ。お前にとって革命軍は所詮駒に過ぎないものだろう? そして奴らも駒である事を望んでいる。これは非常に不思議な事だが、奴らは人形呼ばわりは御免被ると叫びながらも、自分が誰かの手中にある事を望んでいるのだ。この矛盾も実に人間らしいと言えばそれまでなのだがな」
「ギドの話はいちいちまだるっこしいな。何が言いたい?」
「孤独を感じぬ事は強さであり、同時に弱さである。俺はどちらかというと孤独に耐えかねて逃げ出す類の人間でな。グリゼルダが居てくれなかったならば、速攻でこんなゲーム投げ出していただろう。お前もそうならない為に、傍に誰かが居てくれるという幸福を理解すべきだ」
「……だめだ、あんたの話はあんたがクズだって事しかわからなかった……」
「ふむ……まあ大体合っているがな。なあ、グリゼルダ?」
既に服を着ていたグリゼルダはにっこりと微笑む。ダンテは最早この件について考えるのを諦めたのか、頭を振って表情を改めた。
「まあいい。この結論はあの女と直接対話して見出す事にする」
「そうか。しかしなダンテ、その少女、どうやらお前とは実に対照的な存在のようだ。“荊の力”を使って操らねば、御しきるのは難しいと思われる」
「僕も最初からそうするつもりだが?」
「だがそれでは真の意味での対話にはなるまい。お前にはわからんかもしれんがな」
「ああ、わからないね。それに僕はそこまであの女を重視していない。所詮、“神殺し”の計画の一端に過ぎないからな」
「最終目的を忘れなければそれでいい。勇者は殺しすぎるなよ。やつらの中でも腕の立つ者は操って配下にすべきだ。ザコは殺しても構わんが、代えの利かない能力者を殺してしまうのは惜しい」
勇者を殺しすぎるな――それは再三ギドに忠告されていた事だ。その必要性はダンテも十分理解している。だが実際に戦場に立つと激情に身体を支配され、上手くその目的を達成する事が出来なかった。
「お前は神を殺し、神になる為に戦っている。勇者を駆逐するのはその道中、副目的にすぎない。それを履き違えれば全てが破綻する事になるぞ。わかっているとは思うがな」
「……ああ。邪魔をしたな、ギド。続きでもなんでもやってくれ」
「その会議には俺も足を運ぶ。今の勇者達の姿を、俺も一度見ておきたいからな」
勝手にしろと言わんばかりにそっぽを向いて立ち去るダンテ。その後姿を見送るギドに寄り添いグリゼルダは囁く。
「本当は……心配なのではありませんか? ダンテの事が……」
「……心配? 俺が奴の身を案じているとでも言うのか?」
首を横に振り失笑するギド。そうして軽くグリゼルダを振りほどき、棚に並んだ酒を物色する。
「俺にそのような善意は残されていない。とっくにそんなものはかなぐり捨ててしまったからな。何かを期待しているのであれば、それは全て無為な事だ。俺は決して奴に感情移入したりしないし、奴に共感したりもしない。ただ俺は奴に力を貸す……ただそれだけの関係だ」
男の背中に寂しげに目を伏せるグリゼルダ。ギドとの“付き合いは長い”。故に彼の事は十二分に理解している。その上で彼がもう一度以前のようになってくれればと思う時もある。
孤独を知らぬ事は強さであり、弱さである。そう語った彼の横顔を見て確かにグリゼルダは過去の彼自身を見つけたのに。まるで何事もなかったかのように心を閉ざしてしまったギドを見ていると、自分の力不足が情けなく、そしてどうしようもなく恨めしかった。




