二人の王(1)
「……勇者連盟本陣の直接襲撃?」
「はい。自由騎士を二十名、ツァーリとブロンも同行させています。戦力的には申し分ありませんが、連盟本部にはマスタークラスが揃っています。マスタークラスの戦闘力は貴方様もご存知の通り、全員がこのサードテスト中で十指に入ります」
北大陸は雪と氷、厳しい暴風に包まれた死の世界だ。そこに自由革命軍が拠点として使っているヒュールバイフェという町がある。風除けの為に作られた丸みを帯びた独特の城壁が無数に立ち並ぶその場所は、文字通り世界の最果てである。この北の地より先には巨大な氷の塊だある山があり、その先には“何もない”。
そんなヒュールバイフェの町では暖炉が必需品であり、その暖炉で炎を巻き上げる薪石という鉱石が豊富に採れる採掘場が近くにあったからこそ、これだけの規模にまで発展する事が出来た。空は暗澹とした雲に覆われ、町を覆うブリザードのせいで部屋の中にまで光は差さず、薪石が上げる炎の光りだけが二人を照らし出していた。
一人はローブを纏った長身の男。フードを被っており、その下に更にサングラスをかけ素顔を隠している。彼と共にソファに腰掛けている女は修道女のような服装に身を包んでおり、そんな彼に寄り添うようにして揺らぐ炎に目を向けていた。
「最も魔王討伐に近いプレイヤー、カイゼル……。奴を倒せればこの世界から勇者を一掃する事はそう難しくないだろう。元々仲間意識の薄いゲーム感覚の勇者達をカリスマだけで纏めているような男だからな」
「カイゼルはフェーズ1の時点でボスエネミーである“波打つ森”をほぼ一人で撃破した実力者です。能力の伸びしろは少ないですが、初期状態から非常に完成された性能を有していました」
「歴戦の兵らしい設定だな……当然か。この世界は、ゲームなのだからな」
「今の自由騎士で彼を打倒出来るでしょうか?」
「やってみなければわからんが……そうだな。恐らく“あいつ”もそれを知りたくて飛び込んだのだろう。二年以上も待ったのだ。与えられた力でどれだけの事が出来るのか、それを確かめに行ったのだろうよ。実に人間らしい事だ。人は手にした力を行使せずには居られない生き物だ。それがどんなに危険な力であったとしても、な」
「“王”が死ねば全てが水の泡です。貴方様の計画も頓挫してしまうのではありませんか?」
「その時はその時だ。また他の方法を考えるさ。幸い、時間だけは幾らでもあるからな。そもそも、とうに俺は全てを投げ出している。今更失う物などありはしない」
机の上に置いてあった酒瓶を手に取り直接口をつける。この世界にある酒でも飲めば勇者は酔う事は出来る。男は暇さえあれば浴びるように酒を飲み、只管に寝て過ごした。そうしていなければこの膨大な時間に押し潰されそうだったからだ。
「俺のやっている事はすべて手遅れだ。何もかも道半ばで倒れる……それも報いであろう。だが今はまだ投げ出すわけにはいかない。どんなクズであろうとも、意地は通したいからな」
失笑を浮かべながら酒を呷る男。女はその横顔を寂しげに見つめる。そうして男の腕を取り、擦り寄るようにして身を寄せた。
「ギド様……」
「お前は美しいな、グリゼルダ……。これまで見たどの女よりも美しい。お前はまるで完成された一つの芸術品のようだ。作り物故の儚さと永遠に満ち溢れている」
男は女の髪に手を伸ばした。まるで絹の様な艶やかな銀色の髪を指先で弄ぶと、女は少しくすぐったそうに身を捩った。切なげに瞳を潤ませる女の顎に手を伸ばし、男は溜息を吐く。
「俺のような下種にお前はよく尽くしてくれるな。そのように躾けたのは俺なのだが……それでもお前の献身には随分助けられた。グリゼルダ……お前がいてくれなかったら、俺はとっくに気をやられていたかもしれない」
「わたくしの悦びはギド様に尽くす事、ただその一つのみですから」
「俺を愛していると言ってくれないか」
「……ええ、勿論。貴方様を愛していますよ……ギド様」
穏やかに微笑む女に男は悲しげに笑みを返す。空になった酒瓶を放り投げ女をソファに押し倒すと、乱暴に服を脱がしにかかった。女はそれを目を閉じ、ただあるがままに受け入れる。
「本当にお前は良く出来た人形だよ……グリゼルダ」
肌蹴た胸を腕で隠しながら微笑むグリゼルダ。男はサングラスを外し女の唇を奪う。何もかもが乱暴で一方的な行い。それはとても、愛し合うという言葉からは程遠かった。それでも二人にとってそれは間違いなく愛情からくる物であり、そうする以外に相手を認める術を持たない不器用さから来る嘆きのようであった。
「きっと勝てますよ。ギド様なら……この世界に」
フードの陰に隠れた男の素顔に手を伸ばす。顔についた大きく醜い傷を指先でなぞり、まるで子供に言い聞かせるような口調で女は言った。男は相変わらず心苦しそうな横顔のままきつく目を瞑り、あらゆる不安や迷いを放棄するように女の身体に意識を集中させた。
ラハンの連盟本陣は乱戦状態にあった。いつの間にかラハンを方位していた革命軍は戦車隊を使いラハン全域を無差別砲撃。そこから同じく戦車で陣地内部に突撃すると一気に兵を解き放った。荊の力を持つ自由騎士と、自由騎士が指揮する特に戦闘力の高い覚醒兵達。戦力自体は連盟側が圧倒していたが、少数精鋭で錬度の高い革命軍側の進撃を止める事はままならず、あっという間に本陣奥深くまでが戦場になってしまった。
「連盟のNPC兵じゃまるで相手になってないぞ……! 全滅するんじゃないのか!?」
「仮に勇者が勝ち残ったとしても、この本陣を維持しているのはNPCだ。そのNPCが壊滅状態に陥れば、連盟もこの拠点を放棄せざるを得ないだろうね。どちらにせよ革命軍側が有利な展開というわけさ」
集会場として利用されていた酒場の外では勇者と革命軍の戦いが始まっていた。連盟のNPC兵は、正直な所魔物から一時的に拠点を守る程度の能力しか持っていない。勿論対人戦なんて想定もしていないのだが、革命軍のNPCは人殺しに特化した集団だ。勇者達の戦いは一方的に虐殺されるNPCを守りながらという展開を余儀なくされ、苦戦は避けられない。勇者連盟の勇者も頭数は多いが全員が戦闘型ではないし、戦闘型も全員が優れているわけではない。
「くそっ、来るな……なんなんだこいつら!」
「いやっ、いやあーっ!?」
前衛を這っていた勇者が自由騎士二人に押さえ込まれている間に槍を構えた革命軍の重騎兵が突撃。あっという間に後衛の勇者を滅多刺しにしていく。そのあまりにも無駄のない統率された動きにレイジは思わず息を呑んだ。
「こっちの方が有利だと思ってたけど……もしかして、やばいんじゃないのか……?」
「話し合いもいいが、脱出ルートの確保も頭の片隅に入れておくべきだね。それにしてもあのパーティー、ほうっておけば全滅しそうだが……助けに入るかい?」
「当たり前だ! 遠藤さん、マトイ、俺達も……!?」
飛び込もうとするレイジの肩を遠藤が掴む。動きを止めたレイジに遠藤は言った。
「戦いに参加すれば革命軍の兵士を殺す事になる。それで構わないんだね?」
「それは……例えば、武器だけを奪うとか……!」
「そんな上等な戦い方が通用する連中じゃないのは見てわかるだろう? あいつらは勇者を殺す事を何とも思っちゃいないし、殺す事を最優先に動いている。殺したくないのならばさっさと逃げ帰るべきだ。手を抜いて戦えるような相手じゃないよ」
遠藤の言う通り、敵の錬度は高い。殺す気で、そして殺すという前提を持った上での連携で掛からねば返り討ちにされかねない。ましてや今はオリヴィアというお荷物を抱えているのだ。殺す殺さないで意見がわかれたままではあっという間に身動きが取れなくなる。
「お、俺は……」
迷いながら拳を握り締めるレイジ。その耳に少女の悲鳴が響き渡った。革命騎士が伸ばした荊で身動きを封じられた勇者の少女が、周囲から弓矢を受けていたのだ。既に戦う力を失っているにも関わらず、倒れた勇者に革命軍の兵士達は執拗に槍を突き刺している。
「いやああっ! 痛い痛い痛い……やめ……やめてぇええっ!」
あまりにも残酷な情景にレイジは唖然としていた。しかしそれも一瞬の事、剣を手に飛び込んで行く。近づく敵兵は薙ぎ払い、少女を囲んでいた兵士達を左右の剣で吹っ飛ばす。
慌てて少女を抱き起こすが、既に時遅し。ゲームオーバーになってしまった少女はレイジの腕の中で光の粒になって消えてしまった。瞳を震わせるレイジ、その背後から襲いかかろうとした兵士を遠藤が銃で狙撃する。
遠藤が手にしていたのは拳銃ではなくライフルであった。次々に兵士の頭を打ち抜くと、レイジと背中合わせに構える。少年は立ち上がり刃を構え直した。
「自由騎士はあくまで足止めと拘束、勇者を殺すのは力の強い兵士達による集団攻撃でって感じかな。中々胸糞悪い感じに効率化されているじゃないか」
「どうしてこんな……っ! 戦えない子まで殺す必要があったのか!?」
叫ぶレイジへと自由騎士が迫る。繰り出される槍の一撃をレイジが左右の剣で弾き、懐に潜り込んだ遠藤がライフルを打ち込む。そうしている間に左右から飛んで来る矢から逃れながら応戦する二人へ馬に乗った騎兵隊が剣を手にして襲い掛かる。
擦れ違い様の一撃を刃で弾き、倒れるようにかわす。遠藤は地べたに寝そべったまま銃撃で騎兵を倒したが、それもすべてではない。Uターンして戻ってくる騎兵に二人が身構えた時、側面より何かが騎兵隊へと襲い掛かった。民家の壁をぶち抜いて飛び出してきたのはサブマスターの一人であるファングであった。青年は徒手空拳のまま敵へ襲い掛かると蹴りの一撃で兵の首から上を吹き飛ばし、空中で回転しそのまま隣の兵が跨っていた馬を蹴り穿ち、その反動で背後に跳ぶと空中を回転しつつレイジ達の前に着地した。
「……まだこんな所にいたのか。何ボサっとしてんだ……とっとと失せろ」
「やられてる勇者がいるんだ、見捨てていけるわけないだろ!?」
「……弱い癖に気張りやがる。戦いの邪魔だ……下がって見てろ」
男はゆっくりと前に出ながら近づいてくる騎馬を拳で軽く薙ぎ払いつつ自由騎士へと迫る。そして上着を脱ぎ去り、自らの胸に手を当てた。眩い光――勇者が精霊を召喚する際に放たれる光を全身に纏い、次の瞬間、男は吼えた。
男の精霊は精霊形態も精霊器も持たない特殊型。召喚は必ず自らの身体に纏い――否。自らの身体を“変異”させて行う。魔物を容易に引き裂く牙、爪、角。矢も剣も寄せ付けない体毛。翼と尾を伸ばし、魔人へと姿を変えるファング。精霊、“ライカンスロープ”。戦闘にのみ特化したその能力は、連盟の中でも随一の殺傷力を誇る。
腕の一振りで自由騎士の荊を引き裂き、一瞬で間合いを詰めると自由騎士の胸を鋭く腕で貫いた。そのまま身体の内側に爪を引っ掛け持ち上げると、大地に向かって頭を叩き付けた。首から上どころか胸から上がめちゃくちゃに粉砕され、やや遅れて大量の血飛沫があがる。
「これは……なんとも凄まじいねぇ……」
「こんな力を持った勇者がシロウ以外にもいたのか……」
呆然とするレイジの目の前でファングは次々に革命軍を肉片に変貌させていく。これではまるで魔物そのものだ。情け容赦ない一撃に血溜まりが広がって行く。それに伴い士気を回復させた勇者達が盛り返し、徐々に形成が逆転して行く。
「強さだけでサブマスターになったっていうのも納得かな……。あれはレベルが違いすぎるや」
「レイジ君、こっちだ!」
声に振り返るとそこには手を振っているケイオスの姿があった。連盟の勇者達に戦いを任せて引き返すと、ケイオスは周囲を見渡す。
「あれ? マトイちゃんとオリヴィアは?」
「あ、はい。ここにいまーす!」
突然目の前に現れたマトイとオリヴィアに目を丸くするケイオス。しかし直ぐに把握したようで、特に慌てる様子もなく頷いた。
「姿を隠す能力か。なるほど、NPCを守るにはもってこいだね」
「ケイオス、戦況はどうなってるの?」
「あまり芳しくはないね。敵の中でも腕の立つ自由騎士が攻め込んできている。クピドが避難誘導、カイゼル、タカネ、ファングはそれぞれ反撃中って所かな」
「カイゼルはどこ? マスターがやられたらまずいだろ?」
「タカネと組んでいるはずだからそう簡単にやられはしないだろうけどね……。ただ、敵の中に革命軍のリーダーを名乗る者が混じっているらしい。カイゼルはそいつと話をつけに行ったようだね」
「革命軍のリーダー! そのお方はどちらに?」
身を乗り出すオリヴィアにケイオスは無言で指差し方向だけを伝える。ラハンの西側、最も戦闘が激化しているエリアだ。
「まさか会いに行くつもりかい? 危険だよ。姿を消す事は出来ても、流れ矢なんかに当たる可能性はあるしね」
「大丈夫です。私、防御系の能力には自信がありますから。革命軍のリーダーと接触できるチャンスなんてもうないかもしれません。説得……するんですよね?」
マトイの言葉に頷くレイジとオリヴィア。マトイは握り拳を作って微笑む。
「危険を恐れて好機を逃がすわけには行きません! レイジ君やオリヴィアちゃんが決めた事だから……私がきっと守って見せます! 行きましょう、リーダーのところへ!」
「やれやれ……仕方ないね。若者ばかり危ない目に遭わせるわけにもいかないし、おじさんも一緒に行くよ。但し、殺されるようじゃ全てが無駄になる。“いのちだいじに”ね」
ウインクしながら語る遠藤。こうして一行が戦場の真っ只中に向かうのを見かね、ケイオスは彼らの後を追う。
「ケイオス……一緒に来てくれるのか?」
「君たちを守れというカイゼルの命令だからね。それに君たちがどんな風に状況を変えていくのか……個人的な興味もあるから」
一行の正面に無数の敵兵が立ちはだかる。レイジ達は一度足を止め、それぞれ得物を構えた。
「マトイは姿を消していて! ケイオス、戦えるか!?」
「一応、サブマスターだからね。ご期待に沿うくらいの力はあると思うよ」
「オリヴィアちゃんは私に任せてください! 姿は消したままですが時折声で場所をお伝えします! 生半可な攻撃ではやられませんので、私の事は気にしなくて結構ですから!」
「了解っと……それじゃあ行きましょうかねぇ。おじさんも張り切っちゃうよ」
マントでオリヴィアと共に姿を消すマトイ。レイジは立ちはだかる敵兵を切り伏せながら走る。そうしなければ生き残れないと頭では理解しているのだが、こんなにも容易く戦いという手段を選んでいる自分に辟易もする。
一般兵が相手ならばレイジの剣でも十分相手に出来るが、荊の力を持った自由騎士はそうはいかない。立ちはだかり襲い掛かる騎士の一撃で剣を折られて後退するレイジと入れ替わり前に出たケイオスが腕を翳す。その右手に嵌められた透明なガラスのような素材で出来た指輪が光を放ち、突然隆起した大地が牙となって自由騎士に突き刺さる。続けて燭台の一つに手を伸ばすと、灯っていた炎を文字通り手に取り、それを増幅させて投擲する構えを見せた。
「危ないから下がってて」
放たれた小さな炎は渦巻きながら増幅され直線に敵を薙ぎ払う火炎の矢となった。炎が通り過ぎた後には身体中の肉を焦がされ息絶えている革命軍の姿があり、道端に残っていた炎もケイオスは軽く腕を振るうと自動的に鎮火してしまった。
「どっ、どういう能力なんだ……?」
「さあ、道は開かれた。目的地へ急ごう」
先導するように走り出したケイオスに続く。近づく敵は次々に遠藤が撃ち抜き、一行は真っ直ぐに戦いの中心へと向かった。
「こちらの本陣を直接強襲するとは中々肝が据わってるじゃねえか。だが攻撃は失敗だな。こちらも怯みはしたが、既に状況は盛り返し始めている」
巨大な鎧を鳴らしながらマントをはためかせゆっくりと前に出るカイゼル。その周囲には既に撃破された無数の自由騎士の姿があった。男は肩をぐるぐると回しながら不敵な笑みを作る。
「お前みたいなのがリーダーというのは驚いたが……ま、らしいと言えばらしいか。一つ教えておいてやる。組織のリーダーってのはなあ……気安く前線に出ちゃだめなんだぜ?」
「……旦那が言っても全く説得力ないけどね……」
ドヤ顔で指差すカイゼルに溜息を吐くタカネ。そんな二人の視線の先、ツァーリとブロンに守られて立つ一人の少年がいた。歳は十代前半だろうか。まだ幼さが残る顔立ちで背も低く、重苦しい鎧もつけていない。赤いローブで全身を覆っており、こちらもまた不敵な笑みを浮かべていた。彼こそが革命軍のリーダーを名乗る者。そして荊の力の根源。
「流石は勇者連盟の長、カイゼルと言った所か。その力、十分驚嘆に値するよ」
「わははは! そりゃどーも! その驚嘆に値する力でお前の取り巻きは大体全滅しちまったわけだが、これからどうするつもりだ? つーか何しに来たんだ? 確かにこちらの戦力は削られちまったが、こんな決死隊にリーダーが参加してどうすんだよ」
「自分の目で確認したかったんだ。僕がこれから殺す相手を……その力を。確かにお前は期待通り……いいや。予想通りと言った所か」
少年が目配せすると二人の自由騎士が前に出る。カイゼルは直ぐに理解した。この二人は他の騎士とは違う。それが覚醒の度合いから来る物なのか、荊の力を使いこなしているからなのかはわからない。どちらにせよ懐刀、楽に倒せる相手ではないだろう。
「旦那、こいつらの相手はアタシがするよ! 旦那は敵のリーダーを頼む!」
「やれんのか、タカネ? こいつら多分けっこー強いぜ?」
「敵将が前に出てるんだ、好機だろう? さっさと頭を潰してこの下らない戦いを終らせちまうのが効率的ってもんさ。それに……アタシも仲間をやられて腹が立ってるんだ。痛い目を見させないと気がすまないんだよ!」
二人の騎士に襲い掛かるタカネ。三人が戦いを始めるとカイゼルは溜息を一つ。腕を組んだままゆっくりとリーダーの少年へと近づいて行く。
「そういうわけらしいんだが……決着をつけるかい? 俺ぁあんまり子供を殴るのは気が進まないんだがな……」
「安心していいよ。僕はただの子供じゃない。僕は――この世界の神になる男だ」
「神ときたか。随分大きく出たな」
「お前達勇者との戦いはただの前座に過ぎない。こんな所で命を落とすつもりはないよ」
腰から下げていた剣を抜く少年。カイゼルはその剣に注目した。青白く発光する刀身、見覚えのある装飾……。男は眉間に皺を寄せながら呟いた。
「……アーティファクトか。“前時代”の遺産……他にも残っていたとはな。その荊はアーティファクトから来る力なのかね」
「知っているのか……? なるほど、お前の知識量は舐めてかかると痛い目を見そうだ。“世界の真実”に迫る者は、僕一人だけでいい」
「そいつはこっちのセリフだぜ小僧。お前……NPCにしちゃ詳しすぎる。殺さずに生かして捕えてやるから安心しな!」
目を見開き笑みを浮かべながら右腕に精霊器を召喚するカイゼル。腕全体を包み込むように出現したのは巨大な盾と槍が一体化したような武装で、出現と同時にスリットから白い蒸気を噴出して唸りを上げる。地鳴りのような音を立てながらカイゼルは少年を指差した。
「名乗れよ、小僧」
「ダンテだ。自由革命軍リーダー、ダンテ・ヴァーロン」
「そいじゃあ行くぜダンテ君。あんまり手加減しねぇから痛くても泣くんじゃねぇぞ!」
同時に走り出し距離を詰める二人。カイゼルの動きは鈍重で、先制攻撃を仕掛けたのはダンテの方であった。鋭く繰り出される斬撃はカイゼルの鎧の継ぎ目に突き刺さるが、カイゼルは全く動きを緩めなかった。大盾をぶつけられるとダンテの小柄な身は軽々と宙を舞う。
「防御全振りだからな。基本何しても死なねぇよ」
空中で身体を捻り、腕から荊を放つダンテ。カイゼルを捕え手繰り寄せる要領で再び空中から襲い掛かった。狙いは鎧を装備していない頭。NPCとは思えない機動力と正確な斬撃で急所を狙うが、カイゼルは荊を掴んでダンテを軽く放り投げた。少年の身体は野営地のテントの一つに突っ込み、視界が潰されたところに真上からカイゼルが盾を構えて飛び掛る。
大地に巨体が落ちると同時に地鳴りが起こった。テントの布を引き裂きながら砂塵を抜けて飛び退くダンテ。そこへ建造物の支柱を掴み、カイゼルは片手で投擲。次々に飛んでくる木材をかわすダンテだが、避け切れなかった一撃を剣で受けてしまった。光を帯びた剣で木材を真っ二つに薙ぎ払ったが、その間に距離をつめていたカイゼルに顔面を掴まれてしまう。
もがく間もなくダンテを大地に叩き付けるカイゼル。それも一度や二度ではない。三度、四度大地を陥没させ、最後に少年の身体を空に放り投げた。血を流しながら回転する少年の身体が落ちてくるのを見計らい、盾と共に体当たりをかます。衝撃が迸りダンテはまるでピンボールのように跳ね飛ばされ、血のりを残しながら大地の上を滑り転がった。
カイゼルはこれでも一応手加減はしていた。カイゼルの強さは能力の強さというよりは、基礎的な身体能力の強さである。膂力、体力、防御力。特にこの三つのステータスが図抜けて高く、ボスクラスの攻撃であっても一撃死することはまずない。カイゼルという絶対防御壁を持つからこそそれを中心に戦いが展開され、彼の下に組織が構築された。故にカイゼルもファングと何も変わらない。“強すぎるから”リーダーになった。なってしまっただけだ。
「動かなくなっちまったな。死んだか?」
「誰が……死んだって……?」
血塗れになりながらも立ち上がるダンテ。その身体を荊の蔓が覆って行く。傷を埋めるようにして食い込む荊のお陰で血は止まっているが、傷そのものが完治したわけではない。それにしてはダンテは平然とした様子で、カイゼルは思わず目を丸くしてしまう。
「すげえな。俺が体当たりするだけで大抵の魔物は木っ端微塵になるんだが……なんでケロっとしてやがるんだ?」
「さあ……どうしてかな?」
口元から血を流しながら剣を構え直すダンテ。そこへ漸くレイジ達が駆けつけた。状況を確認したオリヴィアは誰よりも早く飛び出すと、カイゼルではなくダンテを庇うように彼の前で両腕を広げた。
「カイゼル様、もうおやめ下さい! 相手は子供ではありませんか!」
「おうっ!? なにこれ、俺が悪い感じになってんの!? ちょっとちょっとぉ~レイジ君、これは酷いんじゃないの~?」
「あ、す、すいません! でもえーと……あれがリーダー……ですか?」
唇を尖らせながら頷くカイゼル。改めてダンテを見やりレイジは複雑な表情を浮かべた。
「まだただの子供じゃないか……オリヴィアと同い年くらいの……」
問答無用で襲い掛かるような気はまるでしなかった。そんなレイジに背を向け、オリヴィアはハンカチを取り出してダンテに歩み寄る。すぐさま剣を向けるダンテだが、オリヴィアは切っ先を向けられても全く笑顔を崩さず、そっとハンカチを差し出して言った。
「お怪我……痛いでしょう? もう戦いはやめませんか? ただ誰もが苦しむだけです」
「何だお前は……? 勇者……ではないな?」
「私の名はオリヴィア・ハイデルトーク。クィリアダリア王国の女王を任されています」
瞳を見開くダンテ。オリヴィアという存在との邂逅は彼にとってこれ以上ないほど衝撃的であった。これも自分と同じNPC。だというのに、勇者にも負けないほどの自意識を持っているように見える。少なくともまっとうな精神力ではない。敵に剣を突きつけられて相手の心配をするだなんて、そんな事は勇者にだって難しいはずだ。
「剣を収め、話し合いましょう。皆が幸せになれる方法を」
剣を下げないままでオリヴィアを睨む。見詰め合う二人の王。その時確かに、戦場の空気が少しだけ変わったような気がした。




