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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【三軍会議】
44/123

自由と意志(2)

 炎に包まれた街の中、勇者と騎士は刃を交える。この世界においてプレイヤーという強力な立場にある勇者に対し、ただの一介の登場人物に過ぎないNPCが善戦するというのは本来ならば在り得ない出来事だ。その理由は幾つか存在している。

 まず、彼らは戦いに対する気構えも技術も持っていなかった。NPCにとって戦いというものは本来知る由もない概念である。魔物に対する自衛すら彼らは殆ど放棄していたのだから当然で、戦う事が出来るのはそれを許可された特殊な役職のNPCだけであった。そんな彼らが人知を超えた力を発揮する勇者と対等に戦えるはずもない。

 仮に戦闘訓練を積み、戦いに覚醒したNPCだとしても勇者に勝つ事は不可能だ。なぜならば彼らは“魔力”を持たない。魔力とは即ち精霊を介して供給される勇者にのみ許された特別な力。身体能力の大幅な強化や特殊能力の発動、精霊器の具現化など、全てがこの魔力なくしては実現しないものだ。先天的に魔力を持たないNPCにとってこの力の有無は如何とも埋めがたい絶対格差であった。


「――だが、この自由騎士というNPCには間違いなく魔力が存在している」


 王都オルヴェンブルムの北西に位置する白き森の中央に存在するアーク、まどろみの塔。その最上階で賢者ノウンは一冊の本を開いていた。本の内側には死闘を繰り広げるレイジとブロンの様子が映像として映りこんでおり、ノウンはその様子を一部始終監視していた。

 NPCが勇者に勝利出来ないのは、戦いを知らず戦う術を知らず、魔力を持たないからだ。ならばNPCに戦いを教え込み、そして存在しないはずの魔力を与える事が出来たなら? そんな仮定が成立した結果がこの異常事態の正体である。


「このタイプの能力者は数が少ないが、ゼロではない。生き残りがいると言う事か……」


 眉間に皺を寄せつつ本を閉じる。どちらにせよこの戦いの結末がどうなるかという事についてノウンは興味がなかった。彼女の役割はただ知り、記録する事のみ。“これまで”とは違う世界の流れに驚き興味は持っても、それ以上の感情を抱く事はない。


「……そう、私達にはそんな資格はないんだよ。わかっているんだろうな? アンヘル……」


 ブロンの繰り出す斧は荊に包まれ大幅なパワーアップを施されている。勇者であるレイジとまともに打ち合っても斧が破壊される事はなく、むしろ一方的にレイジの得物を叩き壊して行く。三本目の剣を打ち砕かれながら目を細めるレイジ。すぐさま背後に跳ぶが、その挙動をブロンの身体から放たれた荊が追跡する。


「どうしたあ!? 勇者の力はこんなもんか!? あんまり俺をガッカリさせんじゃねえぞ! こんなもんじゃねえんだ……こんなもんじゃ、腹の虫が収まらねえんだよぉ!」


 近づく荊を剣で薙ぎ払うレイジ。しかし全方向から迫る荊を裁ききれず足をとられてしまう。簡単に持ち上げられたレイジの身体は思い切り振り上げられ、そして大地へと叩きつけられた。すかさずブロンは雄叫びを上げながらレイジを民家へと投げ込む。石造りの壁を粉砕し、血を流しながらレイジはテーブルの上に倒れこんだ。


「くっそ、パワーが違いすぎる……!」


 口の中を切ってあふれ出した血を唾と共に吐き捨て飛び起きる。眼前にはブロンが投擲した民家の壁が迫っていた。横に跳んで瓦礫を回避し、飛び出ると同時にブロンへ襲い掛かる。

 全力で振り下ろす刃も荊に阻まれてしまう。険しい表情のレイジに対しブロンは余裕の笑みを浮かべ、目を見開き腕の一振りでレイジを跳ね返した。不恰好な姿勢を整えるように地に手を着いて着地し、レイジは呼吸を整える。


「これが聖なる荊の力か……へっ、へへへ……すげえじゃねえか。あの勇者相手にこれかよ。バケモノに身を落としてまでも力を手にした甲斐があったってもんだ……」

「そんなに勇者が憎いのか……? 何があった……あんたの過去に……!」

「お前さんたち異界の存在がこの世界に……俺達にどれだけの影響を及ぼしていると思う? お前達さえいなけりゃあ、俺達はそれだけで良かったんだ。誰かを憎む事も、悲しみに押し潰される事もなかった。こいつはただの報いだ。ただの復讐なんだよ」


 鋭く斧を突きつけるブロン。レイジは額から流れる血を拭いながら何とか構え直す。


「ここでお前を討ち取れば希望が見える……! すべての我が同胞の為に……ここで死ねや! クィリアダリアの英雄さんよぉ!」


 次の一撃に備えるレイジ。その時側面よりブロンを攻撃する者が居た。よろけながら視線を向けるブロン、そこに二人へと駆け寄る遠藤の姿が浮かび上がった。男は左右の手に一丁ずつ拳銃を手にしており、それを交互に連射しながら距離を詰めて来る。


「新手の勇者か……!?」


 銃撃を荊で薙ぎ払いながら振り返るブロン。接近する遠藤を薙ぎ払うように斧を振るうが、その目の前で遠藤の姿は消えてしまう。光に溶けた遠藤に斬撃は命中せず、呆けているブロンの背後に素早く遠藤が姿を現した。男は二丁の拳銃をくるりと回しながらウインクすると、背後から連続してブロンに零距離で銃撃を行う。衝撃に踊るブロン、その背中を最後に蹴飛ばし距離を取ってから遠藤はレイジの傍に飛び退いた。


「やあレイジ君、無事で何よりだね」

「え、遠藤さん……戦えたんですね……っていうか……強くないですか……?」

「いやいや、決して強くはないよ。ただまあ仕事柄リアルでも荒事には何度か巻き込まれていてねぇ。強い人を相手に卑劣に逃げ回るのは得意なのさ」


 あっけらかんと笑う遠藤にレイジは冷や汗を流す。ブロンは既に立て直しており、二人に向かって荊を伸ばしてくるが、そこへ追いついてきたアンヘルがブロンの背後から襲い掛かる形で杖で殴りつけた。ブロンは直ぐに荊でアンヘルを捉えるが、アンヘルの身体は全く持ち上がらず、むしろ荊ごとブロンが投げ飛ばされてしまった。壁に激突するブロンを横目に荊を素手で引きちぎるとアンヘルは落ち着いた様子で二人と合流を果たした。


「触手プレイはお断りでありんす」

「アンヘルさ……そういうの何処で覚えてくんの……?」


 げんなりした表情でぼやくレイジ。ともあれ形成は一気に逆転した。構え直す三人の勇者を相手にブロンは苦々しく舌打ちし、荊を使って民家の屋根の上に飛び乗った。


「流石に勇者を三人相手にする程酔狂じゃねぇや。戦える事はわかったんだ、俺はここいらで引かせてもらうぜ」

「待て! お前達は何者だ!? 自由騎士ってなんなんだ!?」


 呼び止めるレイジの声に振り返りもせず男は炎の向こうに姿を消した。苛立ちで剣を大地に叩き付けるレイジ。その肩を遠藤がそっと叩いた。


「とりあえずこの町を出よう。話はそれからだ。生存者は見かけなかったけど……?」

「……恐らく、生きている人間はいないと思います。詳しい話はここを出てから……」


 レイジの声に頷く遠藤。すぐさま大蜘蛛の精霊、クリア・フォーカスを召喚。その上に三人で飛び乗ると、フォーカスは大跳躍で一気に民家の上に乗ると、炎を避けるようにして続けざまに街の上空を舞い、城壁に八本の足を突き刺しながら一気に上ると街の外へと飛び降りた。姿を消した大蜘蛛から大地に降り立ち、レイジは燃える町を顧みる。


「レイジさん、あの街で何が起きたのですか? 先ほどの敵は一体……?」

「俺にもさっぱりわからないんだ……。一先ず引いて、JJに報告しよう」


 冷静にアンヘルに答えながら、レイジの胸中は穏やかではなかった。

 世界が劇的な変化を遂げた結果がこれだというのなら、その責任は彼の言う通り勇者にあるのではないか? 危惧していた未来はこんなにも間近に迫っていて、それを自覚する事が出来なかったのは自分たちの落ち度ではないか?

 二人の騎士が、そしてあの軍団が自分に向ける感情は間違いなく憎悪であった。本来この世界の住人が持つはずのない暗い感情。これまでただ尊敬と感謝だけを向けられてきたレイジにとって、それは思っていた以上に堪えたのであった。




 ウィンクルム襲撃事件の話は出来るだけ内密にしておく必要があった。それはこの国に暮らすNPC達にまず疑問を与え、次に恐怖を与えるだろう。それらの感情はあっという間に国民の中に眠っていた自我を覚醒させる恐れがあり、爆発的な覚醒は国にどのような影響を齎すのか誰にも予想がつかなかった。

 不幸中の幸いと言うべきか、ウィンクルムという町が丸ごと一つ消えてしまったとしてもそれを気に留める国民は殆どいなかった。ウィンクルムの町が焼け落ちた事は、一部のNPCにとっては覚醒のトリガーとなりえたが、ほとんどの国民にしてみれば些細な事で、これまでのセオリー通り、“自分たちのルーチンワーク”を続けるのみであった。

 JJは覚醒の兆候を見せた者を再度調査し、城にて新たな特務隊とする事を決定した。事実上の隔離である。オリヴィアはそんな特務隊の者達に自体の口外を禁じ、オルヴェンブルムの警備を強化することを決定。しかしそれが付け焼刃の対応に過ぎず、“何に対して警備を強化しているのかわからない”というNPCの事情からも、信頼には程遠かった。

 ほとんど効果的な対策を打ち出せないままのクィリアダリアに勇者連盟の特使が再びやって来たのは偶然ではなく、かの未知の勢力がこの世界で無視出来ない存在になりつつある事を意味していた。二度目の会談に勇者達はリア・テイルの会議室に閉じこもる。正直な所、状況は芳しくなかった。


「あんた達の方で何かつかめていないの? あのわけのわからないイレギュラーについて」

「正確な情報についてはイマイチだけど、幾らかわかっている事はあるわ」


 クピドは溜息混じりに説明する。それは勇者連盟と彼の軍団の交戦状況についてであった。


「連中は自分たちの事を“自由革命軍”と名乗っているわ。奴らの目的は私達勇者の排除。他のNPCとは一線を画した戦闘技術と装備を持ち、その中に特殊能力を持った自由騎士っていうのが混じっている。その自由騎士にウチの勇者が既に四人殺られてるわ」


 革命軍は恐らく北の大陸を拠点としており、そこから西大陸、中央大陸へと進軍してきているらしい事が確認されている。勇者連盟は全大陸をしらみつぶしに調査しており、西大陸へ向かっていた先遣隊の中から四名が自由騎士により葬られてしまった。革命軍との戦闘で連盟は完全に西大陸からの撤退を余儀なくされ、交戦状態に入った連盟と革命軍はこの中央大陸西側を前線として睨み合いの状態にあった。


「今は連盟側が盛り返して敵軍を圧倒しているから、主戦場は徐々に西大陸に移って行くでしょうけどね。ここも十分戦闘に巻き込まれる可能性があるわよ」

「勇者を殺すようなバケモノが襲ってきたらオルヴェンブルムだってひとたまりもないわよ。まったく……一体何がどうなってそんな事になってるんだか……」


 額に手を当て深々と溜息を吐くJJ。これまでの流れを大きく無視した展開はどの勢力のブレインにとっても悩ましい事であった。


「まったくね……。一つ言える事は、間違いなく今回の一件には勇者が関わっているって事。自由革命軍側についてる勇者が最低でも一人はいるはずよ。そうでなかったら話がおかしすぎるわ」

「そもそも北大陸に居た勇者はどうなったのよ。まさか全滅したんじゃないでしょうね」

「その可能性も考慮すべきね……。とにかく、革命軍は完全に対人戦に特化した戦闘部隊よ。勇者がいくら強くても物量と戦略で押さえ込まれたら各個撃破される可能性が高いわ。悪い事は言わないから、今だけでも勇者連盟の傘下に入りなさい。自由騎士が勇者の二倍から三倍の数で襲ってきたら、間違いなく皆殺しにされるわよ」


 勇者は勿論特別な戦闘力を持つが、その全てが戦闘のプロというわけではない。シロウのような例外的な者もいるが、多くの勇者は一対一で黒騎士にも勝てないような有様なのだ。戦闘用能力者ならともかく、支援型はあっという間に殺されてしまうだろう。それが戦略的に押し寄せてくるのであれば尚の事だ。


「自由騎士っていうの能力持ちだけ気をつければなんとかなるでしょ。どうせ数は多くないんだろうしね」

「それはそうだけど、温存している可能性はあるわ。それに連中は全員覚醒済み……これから急激な成長を遂げて行く可能性がある。早めに叩き潰しておかないと対策を進められて手の施しようがなくなるかもしれないわ」

「……こちらから積極的な殲滅戦を行なうってわけね」


 再び溜息を吐くJJ。ちらりと隣に視線を向けると、レイジはJJよりも更に酷い表情をしていた。自由騎士がいくら強力だと言っても、勇者はやはり圧倒的な存在だ。きちんと計画的に手を取り合い攻撃を開始すれば革命軍を蹴散らすのはそう難しくないだろう。だがしかしそれはNPCを殺戮するという事。レイジにはそれがどうしても納得行かなかった。


「彼らは……どうして勇者をあんなにも憎んでいるんでしょうか。北の大陸で一体何があったんでしょう……?」

「さぁね。彼らは基本的に勇者とみるなり語るに及ばずって感じだから。一応こっちでも話し合いの準備は進めていたんだけど、取り付く島はなしって感じね。魔王との戦いに備えなきゃいけないこの時期にこんな事している場合じゃないんだけど……」


 肩を竦めて首を振るクピド。それからレイジに向き合い改めて声をかける。


「とにかく、今後の方針を話し合う必要があるわ。レイジ君、一度私達の本陣に来てもらえるかしら? クランマスターとサブマスターを集めるから、代表同士で相談しましょう」

「……わかりました。対策は早い方がいいですから……では明日にでも」


 会議が終了しクピドが立ち去ると会議室はまた重苦しい空気に包まれてしまった。レイジは前髪をかきあげながらきつく目を瞑る。


「どうしてこんな事になっちまったんだ……」

「少なくとも、私達と同じ勇者が影響しているのは間違いないわ。あそこまで劇的にNPCに変化を与える為には時間も掛かるだろうから、フェーズ2……下手をしたらその前から計画的に準備を進めていた可能性もあるわ」

「フェーズ1の時点で、他の勇者を皆殺しにしようなんて考えてた奴が居るって事か? そんな滅茶苦茶なことってあんのかよ? あん時は俺達だってこのゲームがどういうゲームなのか調べるので手一杯だったろ?」


 シロウの言う通りである。JJも自分の発言が支離滅裂である事は理解していた。だがあれだけの軍団、あれだけの錬度の兵士、あれだけの高性能な武装。そう容易くそろえられるようなものではない。少なくともフェーズ2からフェーズ3までの二年間、その歳月は準備に費やしているはずだ。


「……私達と同じ勇者の中に、この戦いを仕組んでいる人がいるって事ですよね? 他の勇者をNPCを使って殺す……そんな考え方をする人が居るなんて……。まさかハイネ……じゃないですよね……?」


 唇を噛み締めるマトイ。しかしハイネの可能性が低い事は本人もわかっていた。ハイネはフェーズ2の途中まで中央大陸をうろうろしていたのだ。準備期間はなかったはずだ。


「この悪魔的発想に比べればクラガノはまだかわいい方だったわよ。何より革命軍の存在が他のNPCに与える影響がやばすぎる。このままだと世界全体がでたらめな速度で変化して行く事になるわ。そうなったらNPCがどうなるのか……」

「一先ずここは連盟とじっくり相談する必要があるだろうね。レイジ君、明日には連盟の拠点に向かうんだろう? 僕も同行したいんだけど、構わないかな?」


 遠藤の発言にJJの顔色を覗ってから頷くレイジ。そこへすかさずマトイが手をあげる。


「だったら私も一緒に行きます! 私の能力は身を守る事に特化していますから、万が一自由騎士と戦闘になっても負ける事はないだろうし、その……勝たずにも済むと思いますから」

「……そうだね。じゃあ明日は遠藤さんとマトイの二人を連れて行くよ。シロウとJJは守りの要だから城から動かせないしね」


 語りながら席を立つレイジ。その背中にJJが問いかける。


「どこにいくの?」

「……オリヴィアの所だよ。いつまでも事情を隠し通せないだろ?」


 JJはオリヴィアにさえ革命軍の事を深く説明していなかった。彼女も既に覚醒した存在だ。馬鹿ではないので人間同士の戦いになっている事は感づいている。だがJJが秘密にしようとしている事にあえて首を突っ込むような真似はしなかった。


「それを説明してどうするの? 私達が革命軍を……NPCを殺戮するかもしれない。可能性を彼女に伝えて、その影響をあんたは背負えるの?」


 オリヴィアは優しい少女だ。きっと勇者と革命軍の戦いを快くは思わないだろう。場合によっては阻止しようとしてくるかもしれない。その結果オリヴィアまで革命軍についてしまうかもしれないというのがJJの最悪の想定であった。しかしレイジはそれを理解した上で彼女に全てを明かすことを決めた。


「何が正しいのか、今の俺にはわからない。だけど……考える事を、間違える事を彼女達から奪う事は本当に正しいのかどうか……今はそれが引っ掛かってる。オリヴィアは俺達に反発するかもしれない。だけど彼女には知っておいてもらいたいんだ。そして自分の頭で考えてほしい。俺たちが正しいのか、それとも……間違っているのか」

「レイジ……あんたは甘すぎる。この世界の人間を私達と同じだとは言わない。だけどね……人間は弱くて醜いものなのよ。今のオリヴィアはあんな子だけど、それが変わらないとは限らない。あんたは……人間を信じすぎよ」


 JJの言葉に何も返さずレイジは会議室を去った。扉を閉ざしたまま廊下で暫し足を止め、直ぐに走り出す。目指す場所はオリヴィアの自室であった。

 部屋の前に立っていた警備兵二人に会釈して扉を開く。女王の部屋にしては簡素な部屋の奥、ベッドの上にオリヴィアは横たわっていた。枕に抱きつくようにして眠っているその姿に歩み寄り、レイジは音を立てないようにそっとベッドに腰掛けた。


「人間を信じすぎ……か」


 その結果が齎した物をレイジは知っている。フェーズ2、クラガノとの戦いがまさにそれであった。レイジが彼を信じた結果、仲間達をも巻き込む危機的状況を招いてしまった。結果だけ見ればクラガノの企みは失敗に終わったが、それも仲間達の力添えがあってこそだ。

 わかっている。何をどうすれば最善なのか。危険は出来るだけ避ければいいし、脅威は早めに潰してしまえばいい。歩く道は可能な限り真っ直ぐ、そして平坦であればあるだけ上等だ。山あり谷ありの人生には苦痛と苦難しかない。だから人間は誰もが舗装された人生を歩きたがるし、その為の社会システムが古より丁寧に構築されてきたのだ。


「俺……バカなのかなぁ」


 オリヴィアの寝顔は無邪気そのものであった。布団に顔を押し付けながらよだれを垂らしてすやすやと寝息を立てている。その頭をそっと撫でながらレイジは苦笑を浮かべた。

 誰も殺さないRPGなんてそんなものは嘘だ。絶対に成立しないし、何より面白くない。ザナドゥというゲームを始めた時点でレイジは戦いを受け入れていた……否、期待していた。その中には人間との戦いも含まれていたし、ゲームで人の形をしたものを斬る事をいちいち躊躇うなんて馬鹿馬鹿しいと今でも思う。それでも戦いに抵抗があるのは、ミサキとの約束を違える事を恐れてるから。そして何より……自分に向けられた信頼や情愛を裏切る事を恐れているからだ。


「……んにゃ……? レイジ……様?」

「あっ。ごめん……起こしちゃったかな?」

「んにゅう……いえ……大丈夫ですが……。どうかなさったのですか……?」


 目を擦りながらゆっくりと身体を起こすオリヴィア。まぬけな寝巻き姿だが一切恥じるような素振りは見せず、よだれを垂らしたままレイジを見つめている。


「ん……ちょっと報告をね。明日勇者連盟と話をつけに言ってくる。それで、その……なんていうのかな。君にも俺達がこれから何をしようとしているのか、ちゃんと話しておこうと思って……。起き抜けに気持ちいい話じゃないんだけど……」

「――戦うんですね。この世界の人間達と」


 目を丸くするレイジ。オリヴィアは凛々しい表情でレイジを見つめていた。遅れて口元のよだれを拭い、レイジの隣に寄り添うようにして座った。


「どうして……わかったの……?」

「レイジ様、ずっと浮かない表情でしたから。JJ様は隠したがっていたようですが、伝令から大体の話は聞いていましたしね。神に弓引く人間がいる……悲しく恐ろしい事です」


 説明すると覚悟してやってきたというのにレイジの口は重く閉ざされたままだった。何もかもオリヴィアはお見通しだったのだ。そんな彼女に何をどう語れば真摯であれるのか、レイジにはわからなかった。

 レイジはオリヴィアをNPCと呼ぶ。何の感情もこめず、ただ区別するために。だがあの自由騎士は言った。それは“人間ではない”という意味なのだろうと。言われて初めて気付かされたのだ。どれだけこの世界の人間達にとって、その呼び名が侮辱的であったのかを。

 国を守る為、オリヴィアを守る為と言い訳をしてこの世界の真実を告げることを避けてきたのは、結局の所彼女との関係を壊したくなかったからだ。何も正義なんてありはしない。ただの利己的で保守的な感情からくる我侭である。上から目線で世界をしっちゃかめっちゃかにして行くバケモノ……それがNPCから見た自分たちの存在であると、あのブロンという男は教えてくれた。言われるまで気付かないフリをしていた。そんな自分が情けなく、恨めしかった。


「多分……戦いになると思う。勇者連盟は革命軍を叩き潰すつもりだ。勇者の力は強い。凄い数の死者が出ると思う……」

「レイジ様も……それに加担するのですね?」


 もうオリヴィアの目を見る事も言葉を続ける事も出来なかった。少女の声は決してレイジを責めていなかったし、諭すようなものでもなかった。ただ暖かく、優しく全てを包み込むような声であった。それが逆にレイジの胸に鋭く突き刺さるのだ。


「話し合いで解決できれば、それが一番だけど……俺も……俺も、戦いたくないって言ったけど……だけど聞いてもらえなくて……。俺、結局戦うしかなかった。力に頼って、暴力に頼るしかなかった。笑っちゃうよな……何にも彼らの心に響くような事を言えなかったんだ」

「わかっていますよ。レイジ様が一方的に人を傷つけるようなお方ではないと」

「だけど、結局剣を取ってしまった。他に方法がないって思った。実際それはその通りで、多分俺は……戦い以外でこの問題を収める術を持たない。だから……勇者連盟に加担して、革命軍を名乗る人々を殺しまくるんだと思う。凄く嫌だけど……そう思うんだ」


 オリヴィアは何も言わなかった。それが少しだけ怖くなる。レイジはきつく目を瞑ったまま俯き、力を込めて呟いた。


「ごめん……っ」

「どうして謝るのですか……?」

「だって俺、俺……っ」

「レイジ様は……何に対して謝っているのですか?」


 目を開けて考える。何に対して? そんなものは決まっている。

 守ると約束したミサキに。約束したオリヴィアに。この国の人たちに。そして自分で決めて自分で筋を通すと決定を下した志に。


「レイジ様は殺したくないのですよね? やりたくない……嫌なんですよね?」


 ゆっくり頷くと、オリヴィアは満面の笑顔でレイジの手を取って言った。


「なら、やめましょう!」

「へっ?」

「なぜやりたくない事をやらねばならないのでしょう? 嫌な事は嫌でいいではないですか。殺したくないのなら殺さなくて良いではないですか」


 当たり前のようにそんな事を言われ頭の中が真っ白になる。そんな道理が通るのなら誰も苦労しない。だが不思議とオリヴィアの言葉はすとんと腑に落ちてしまった。


「殺さずに済むように手を尽くせば良いのです。私もお手伝いしますから。きちんと話し合いの場を作り、会議を行いましょう! 誰も傷付かない道を模索するために!」

「だけど向こうは勇者の話なんか聞いてくれないんだけど……」

「なら、私の言葉ならどうでしょう?」


 胸に手を当て微笑むオリヴィア。勇者は敵。勇者の言葉には聴く耳持たず。ならば同じ立場、同じ世界に生きる彼女達の言葉ならばどうだ?


「勇者と革命軍が対立するというのなら、私という第三勢力が仲介しましょう。私は勇者の側にも革命軍の側にも立てる存在です。ならばこそ、中立として和平の道を探る事が出来るのではないでしょうか?」

「そんな……危険すぎる!」

「この身の危険一つでレイジ様が笑ってくれるのであれば、なんと容易い事でしょうか」


 ぐうの音も出ない程の笑顔であった。レイジはそこで改めて思考停止していた自分のまぬけさに気付いた。これが本当に一生懸命に誰かと向き合うという事だ。これこそが真摯に考え続けるという事だ。JJは人間を信じすぎだと言ったが、今ならそれは違うと言い返せる。レイジは……人間の力を過小評価しすぎていた。


「開きましょう、三者三様の和平会議! 三軍会議の開催です!」


 小さく握り拳を作って無邪気に宣言するオリヴィア。レイジは頷いて笑顔を作った。オリヴィアはその笑顔を見て嬉しそうにはしゃぎ、レイジの手を取って上下に振り回す。


「明日は私もお供します! それで宜しいですね?」

「君には敵わないなあ。了解だよ。一緒に平和の為の道を作ろう。まずは勇者連盟を説得しなきゃね。これは忙しくなってきたぞ!」


 楽しげなレイジの横顔を見てオリヴィアは大人びた笑みを浮かべた。彼女にとって悲しい事は大切な人たちの笑顔が曇ってしまう事だ。それを防ぐためならばどんな手段も厭わないし、身の危険など顧みるほどの価値すらない。

 ただ生きる事に全力を傾ける事。オリヴィアはひたむきに生きる、“天才”であった。

~とびこめ! XANADU劇場~


ミ「第三部【三軍会議】もようやく核心に迫ってまいりましたが! 調子はどうですかレイジ君!」

レイジ(以下レ)「え!? あのさぁ……主人公だけはこういうところに出ちゃだめじゃないかな……?」

ミ「え、なんで?」

レ「ミサキと再会した時の感動が薄れちゃうとか……」

ミ「まあまあ、細かい事は気にしない気にしない! レイジ君が私の事大好きなのは知ってるから!」

レ「べっ、別に俺は好きとかそういう……ごにょごにょ……」

姫「あのー、ところで今日はなぜわざわざレイジ様を召喚したのでしょうか?」

ミ「あ、うん。レイジ君ってさぁ、色々な武器を持ってるじゃない? 何が一番好きなのかなと思って」

レ「え? うーん……基本的には剣かなあ。それも二刀流」

ミ「それはあの……なんちゃらオンライン的な意味で……?」

レ「違う違う! 全くアート的な意味ではないよ! えっと、まずNPCが作った普通の武器って、そもそも俺が全力で振るうと壊れるんだよね」

姫「そうですね」

レ「両手で剣を構える意味ってその方が力が入りやすいからだと思うんだけど、そもそもブースト中は片手でも十分剣を振り回せるし、あんまり力を入れすぎても折れちゃうから……」

姫「だったら左右に一つずつ持って加減しながらも手数で補おうというわけですね」

レ「そういう事だね……って、この話する意味あった……?」

ミ「それはさておき、アンケートを開催中なわけですが!」

レ「そうみたいだね。どんな具合なの?」

ミ「なんか意外とガチな感じの答えが多くて、非常に参考になると同時にあんまりふざけてられないな~という感じかな!」

レ「どうしてそう思ったのにここをやろうと思ったのかな……」

ミ「んーと、でもね、結構日常回とか……本編の大筋を進める以外のシーンを見たいって声が多いのに驚いたね」

レ「まあ、無駄なシーンってあんまりないからね」

ミ「アンケートの内容次第だけど、番外編とか追加しよっか。三部が終った頃合に」

姫「引き続きアンケート実施中です! ひとまず三部終了までの集計となりますので宜しくお願い致します!」

ミ「投票数少ないのでちょっと投票しただけでがっつり影響が出る可能性があるよ!」

レ「……ていうかさ。二刀流で戦ってるシーンにまったくツッコミがなかったのに自分でここでネタにしちゃうと、誰かにツッコまれるんじゃない?」

ミ「そういうのは知りません!」

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