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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【三軍会議】
43/123

自由と意志(1)

「くそ……っ! 思っていたよりもずっと早い……! いつかはこういう事もあるだろうとは思っていたけど、この段階で……見込みが甘かったわね……!」


 リア・テイル城内を歩きながら苦々しく呟くJJ。その隣を数人の兵士と共にじいやとオリヴィアが歩く。人間、即ちNPCによる組織的な武力行動。それが起こるのはまだ先の話だろうとJJは見込んでいた。

 そもそもNPCには、同胞同士で殺し合うに至る“理由”が存在していない。彼らは同じ人間の命を奪う事を本質的に理解出来ていないし、その必要を迫られるほど切迫した状況にはなかったはずだ。JJにしてみればそれはいつか訪れるかもしれない問題……場合によってはその問題と向き合う事無く、先にゲームクリアしてしまえればと考えていた事だ。


「JJ、人間の軍がウィンクルムに攻め入ってきたというのは事実でございますか?」


 駆け寄ってくる仲間達の姿に足を止める。アンヘル、マトイ、シロウの三名だ。既に話は伝令から伝わっているようで、各々困惑を胸にJJの指示を仰ぎに来たのである。


「この世界のNPCには“嘘”って概念もないわよ。既にレイジが先走ってウィンクルムに向かってるわ。今のレイジだったらNPC相手に負けるような事はないと思うけど……」

「でもJJ、これは在り得ないはずの事でしたよね? 何が起こるかわからないんじゃ、どんな危険が待っているかもわからないでしょ?」

「マトイの言う通りだぜ。レイジ一人じゃ心配だ。ここはやっぱり俺が行くしかねぇだろ!」


 踵を返し走り出そうとするシロウ。その前に立ち塞がったのは遅れてやってきた遠藤であった。遠藤はシロウの肩を叩いて落ち着かせると、代わりに自分の胸を叩いて言った。


「ウィンクルムは目と鼻の先だ。場合によっては王都にまで事態が波及する可能性はあるだろう? そうなった時切り札であるシロウ君が不在じゃあ拙いでしょう。ここは僕がレイジ君の支援に行ってくるよ」

「遠藤が……? 一体どういう風の吹き回しかしら?」


 遠藤の話には概ね同意だったが、JJは彼の提案を鵜呑みに出来る程気を置いてはいなかった。JJが怪訝な表情を浮かべるのもそのはず、こういう事態で遠藤が自ら動くと名乗り出したのは初めての事だ。何か裏があるのではと勘ぐってしまう。


「精霊の子機を残していけば、JJとも連絡が取れるしね。偵察の類は僕が最も得意とするところだ。戦闘力はシロウやレイジ君ほどじゃないとはいえ、NPC相手なら負ける気はないしね。ま、たまにはおじさんに見せ場を譲ってほしいなーなんて思っちゃったり」


 口元に手をやり考え込むJJ。遠藤の言っている事は正しい。だがここで彼を信頼して向かわせて良いものか、先のやり取りが思考を曇らせる。そんな時手を上げたのはアンヘルであった。アンヘルは遠藤の隣に並んで頷く。


「では、わたくしも同行致しましょう。わたくしの戦闘力ではどちらに居ても同じ事ですし……JJの危惧が実現しないかどうか、私が彼を見張っておきましょう」


 シロウとマトイは首を傾げていたが、アンヘルは概ねJJと遠藤の間にある物を理解していた。その上で堂々と、そして冷静に名乗りを上げたのである。これにはJJも遠藤も反論する余地はなく。遠藤が肩を竦めると同時にJJは決断を下した。


「シロウとマトイは私と一緒に王都防衛の準備! アンヘルと遠藤はウィンクルムに急行、レイジの援護と状況把握を!」


 頷いて走り出す遠藤とアンヘル。二人の背中をシロウは不安げに見送る。


「おっさんとアンヘルで大丈夫かよ……? まあ、アンヘルはなんだか知らねーが腕力が凄まじいから、素手でもNPC相手じゃ無双だろうけどな……」

「遠藤さんの戦闘力ってどれくらいなんでしょう? 能力もかなり特殊なタイプですよね?」

「私が“目視”出来る魔力の量だけなら、遠藤は大した事ないわね。マトイよりも少ないんじゃないかしら。だけどその特殊能力に関しては、未だに私も掴みきれてないのよね」


 それは即ち、遠藤がJJに心を開いていない事を意味している。今この段階において仲間の中で能力をきちんと把握出来ていないのは彼ただ一人。その本心を隠そうとする意志が確実に存在しているという事実をJJは軽視していない。クラガノという前例がある事を思えば、警戒はしすぎなくらいで丁度いいと思えた。


「で、でもまあ……アンヘルさんが一緒なら大丈夫ですよね!」

「ええ……そうね。まあ……うまくやるでしょう」


 努めて明るく言ったマトイだが、JJはどこか上の空であった。こういう状況で真っ先に名乗りを上げないタイプと言えば、アンヘルも遠藤と同じ様なものだったはずだ。

 だがアンヘルの行動原理はその実わかりやすい。彼女は常に、ゲームの進行に必要な行動には積極的に関与協力し、そうでない事に関してはぐうたらである。去り際に見せたアンヘルの凛々しい表情からして、彼女は今回の一件をかなり重く見ているのではないか。そしてそれが、“彼女自身の目的”に何らかの影響を与えると感じているのではないか。

 遠藤とアンヘル、この二人は思えば初めから何らかの目的意識を持って動いていたように思える。この何もかもが謎に閉ざされた世界の中、この二人だけが最初から何かを知っていた。

 JJは二人を完全には信頼していなかったが、信頼“したい”とは考えていた。そのためには二人の真意を把握する事が必要となるだろう。レイジには申し訳なく思うが、これはある意味二人の目的を探る為の策でもあった。


「……しっかりやんなさいよ、レイジ」


 以前ならこんな危険で不安定な行動をよしとはしなかっただろう。だが今は……少女はあの少年を信じている。この世界を変化させ、他人の心を変化させ、常にそのゆらぎの最前線に立ってきた彼を。そんな彼が導き出してきた、戦いの答えを……。



 ウィンクルムは王都オルヴェンブルムの西方に位置する都市で、まだこの国が魔物の手で破滅させられる以前から西方との交通の要所として機能し、王都の西の守りを司ってきた都市だ。一度はすっかり魔物に奪われ破壊しつくされたものの、この二年の月日で無事に復興を遂げつつあった。王都ほどの規模ではないが城壁により守られたその町は対魔物戦闘用の訓練を積んだ兵士が駐留していたはずだった。ウィンクルムを襲撃したのがNPCであるとすれば、NPC同士の戦闘になっている可能性がある。レイジにはそれが気懸かりでならなかった。


「馬鹿な真似はやめてくれよ……! 殺し合いなんてもの、学習しちゃいけないんだ……!」


 祈るような気持ちで草原を駆け抜け、ウィンクルムを目視する。そこで直ぐにレイジの淡い期待は打ち砕かれる事となった。

 ウィンクルムの町からは黒煙が空に立ち上っている。それもちょっとやそっとの火災ではない。城壁の内側から空を埋め尽くさんと上がる火の手とそこから吐き出される煙はまるで火山の火口を思わせた。町が燃えている――それも尋常ではない規模で。

レイジは奥歯を噛み締めながら加速しウィンクルムへと到着した。王都側にある東の城門は閉ざされており、その向こうからは人々の悲鳴が聞こえてくる。本来ならば開かれているはずの城門が閉ざされている事にレイジが疑問を抱いた瞬間、門の左右にある見張りの塔から武装した兵士が顔を覗かせた。手にしているのはボウガンで、レイジが慌てて飛び退いたその場所に次々に矢が突き刺さった。


「こいつら……問答無用か!?」


 見れば鎧のデザインがクィリアダリアの物とは違う。それにこの国にはボウガンなんて高度な武器はまだ復旧していない。ミミスケを抱えたままレイジは舌打ちし、混乱する頭で何とか状況を把握しようと努めた。


「一つだけ確かな事は……こいつらはクィリアダリアの兵士じゃないって事か……」


 剣を取り出そうとしたその動きがぴたりと止まった。違う国の兵士――だから何だというのか? 相手がNPCである事になんの変わりもない。一人一人が誰かの大切な人であり、殺せばその命は消えてなくなってしまう。勇者であるレイジにとって彼らを殺傷する事は容易い。だがそれは、これまで自分が貫いてきたポリシーを否定する事になりかねない。


「――俺はクィリアダリア王国を守護する、勇者レイジだ! 戦闘の意志はない! お前達の代表と話をさせてほしい! この門を開けてくれ!」


 必死に語りかけるレイジ。しかし塔の上では増援を呼んだのか兵士の数が増え、ずらりと並んだ弓矢がレイジを狙っていた。それでもレイジは両腕を広げ、敵意のない事をアピールしながら門に近づいて行く。


「俺はお前達とは戦いたくないんだ! 頼む……俺を信じてくれ!」


 しかし次の瞬間、矢は一斉に放たれた。降り注ぐ矢の雨を前にレイジは足元に転がっていたミミスケを踏みつけた。奇声を上げながら精霊が吐き出したのはかつてオルヴェンブルムに転がっていた城壁の残骸、その一部分であった。壁に身を隠して矢をやり過ごすと、すぐさまレイジはミミスケに目配せする。


「……聞く耳持たず、か……。これだけの騒ぎだ、中じゃ絶対に何か起こってる。ここで問答している暇はねぇ……! ミミスケ、やれるか?」

「むっきゅい!」


 ぴょこんと跳ね上がった白い精霊が光を放ち形状を変えていく。光は収束し漆黒を纏う。レイジはその闇の中に手を突っ込み、一振りの太刀を引き抜いた。雷を操る刃、ミサキの能力“八咫の剣”である。手にした瞬間レイジの身体能力は一気に跳ね上がり、素早く矢をかわして城門へと近づくと身体を横に回転させるように連続で二回、門を切りつける。すかさず二つの斬撃の狭間を蹴り飛ばすと、頑丈な門にくっきりと長方形の穴が出現した。

 穴の中に身を滑らせるとそこにも弓を構えた敵兵が待ち構えていた。しかもご丁寧に前衛に大盾を構えた兵士の戦列が組まれている。レイジの侵入に備えた包囲網。一斉に放たれる矢に対し、少年はあえて前に出る。

 矢が少年の身体に突き刺さるまさにその直前、町に雷鳴が轟いた。黒い閃光が兵達の目の前で爆ぜると、その次の瞬間にはレイジの姿はどこにも見当たらなかった。完全な戦列を組んでいた兵士達が混乱しレイジの姿を探している頃、レイジは彼らの遥か後方、街の中枢を走っていた。


「クィリアダリアの兵士と比べて明らかに錬度が高いな……。まともにいちいち相手をしていたら時間ばっかり食いそうだ」


 ミサキが双頭の竜との戦いで使用した移動技、“迅雷”。決して多用出来るものではないが、その能力をレイジも使いこなし始めていた。一度使っただけで魔力を大きく消耗してしまうのは痛いが、あの数の敵兵を殺さずに相手をすると考えればむしろ節約である。

 ウィンクルムの町は惨状という言葉が似合う有様だった。民家には片っ端から火がつけられ、人々の悲鳴が絶え間なく聞こえている。しかしどこにも住人の姿はなく、悲鳴の元を辿れば街の中央にある広場に住民が集められている事は明らかであった。急いで広場に向かうレイジの前に立ち塞がる敵兵達。これをレイジはやりすごし、一切反撃せずに振り切って行く。


「これは……一体どういう状況なんだ……!?」


 広場には無数の馬車があった。馬車といっても頑丈な作りで、二体以上の武装した馬で牽引する性質上、どちらかと言えば戦車という表現が正しい。レイジがそこで目撃したのは嫌がる住人達を無理矢理戦車に押し込めている兵士達の姿であった。

 住人が殺戮されていなかった事に安堵しつつ、しかし拉致しようという考えに理解が及ばない。このNPC達は一体何を目的としているのか……。思考にはまりそうになる頭を振ってレイジは駆け出した。今は考えるよりも行動するべきだ。


「待て! その人達を解放しろ!」


 広場に飛び込んだレイジの前に敵兵があっという間に集まってくる。その統率され訓練された動きはクィリアダリアのひよった兵士達とは比べ物にならない。あっという間に包囲陣形を敷かれ、否応なくレイジは剣を構えた。


「……くそっ! 俺はあんた達を殺したくないんだ! 俺は勇者だぞ!? まともに戦って勝ち目なんかないって……どうしてわからないんだ!?」

「――俺達は勇者に勝てないって? そいつぁ聞き捨てならねぇな」


 声は陣形の背後から聞こえた。直ぐに兵士達は陣を組みなおし道を作る。槍衾の中を歩いてきたのは一組の男女で、他の兵と区別する為か全身を真っ赤な鎧で覆っていた。一人はやや軽装の女で腰には剣を帯びており、もう一人は禍々しい大鎧を身に纏った大男で、こちらは斧を肩に乗せている。男は兜の正面を開きながらレイジの前に出た。


「お前さんがクィリアダリアの勇者か。勇者レイジ……なるほど、話に聞いたとおりの風貌だな。お前さんみたいなガキが救国の英雄とは、笑わせてくれるじゃねぇの」


 髭を撫でながら笑みを浮かべる大男。レイジは八咫の剣を収め男へと歩み寄る。


「こっちの事を知っているのなら話は早い。お前達は何者だ? 何故町に火をつけた?」

「くっくっく……まったく、お人好しなこった。武器を収めたのは戦意がないって事かい? そいつぁ……俺達にぶっ殺されちまってもかまわねーって事なんだな?」


 目を見開いたレイジへと男が素早く駆け寄る。距離をつめる速度はNPCのそれとは比較にならない。あんな巨体だというのに圧倒的な瞬発力――。振り下ろされる斧の一撃を寸でかわしたものの、空振りの一撃は大地のレンガを軽々と粉砕して見せた。


「なっ、ど、どういう事だ……!? NPCの動きじゃないぞ……!?」

「NPC! ハハハハッ、お前さんたちは確か俺達のことをそう呼ぶんだったな。知ってるぜ? “人間じゃねぇ”って意味なんだろ? ったくよぉ……ムカツクぜ、おい」


 冷や汗を流しつつ距離を取るレイジ。太刀を収めたのは無論戦意がない事を証明するためであったが、それ以上に実体化の限界が近づいていたというのが大きい。今のレイジにとって八咫の剣は少し使っただけで限界を迎えてしまう代物だ。迅雷一発を消費してしまった今、気安く振り回せるような余裕はない。仕方なく通常の剣を取り出し応戦の構えを見せると、大男は顎髭を撫でながら笑った。


「そいつは精霊の武器じゃなくて俺達と同じただの武器じゃねぇか。手加減でもしているつもりか? それともお前さんはそんな軟弱な武器しか使えない勇者なのかね?」

「……どっちも正解だよ。そんな事より……お前達は何者だ? 何故クィリアダリアを襲う?」

「我らは“自由革命軍”……この世界に真の平和を齎す者である。邪悪なる神の使徒……“悪魔”どもを一人残らずこの神の国より駆逐するのが、我ら自由騎士の使命である」


 これまで口を閉ざしていた女の剣士が歩み寄りながらそう告げる。あまりにも一方的な物言いに反論する余地もなく、二人の騎士は得物を構えてレイジを睨み付ける。

 レイジにはわかった。この二人は恐らく――強い。レイジの知るNPCの概念からは考えられない程の力を有している。そして何より彼らは自分に対し強烈な殺意を抱いている。わからない事は山積みだったが、それを一つ一つ考えている余裕はありそうもなかった。


「どうしても……戦いを避ける事は出来ないのか……!?」

「お優しいねぇ。そいつは神の加護を得ているという余裕かね? 戦いを避けたいなんて台詞はな……相手を見下している奴がほざく事なんだよ!」

「我らに憎しみを植え付けた貴様ら勇者が何を言おうと一切聞く耳持たぬ……! 貴様らが我ら“ザナドゥの民”に与えた屈辱……奪った命! 貴様らの血で購って貰うッ!」


 逃げ道を塞ぐように円陣を組む兵達。大盾に囲まれた広場は即席の決闘場を作ろうとしていた。二人の騎士を前にまだレイジは躊躇っていた。しかし騎士はそんな彼の躊躇いを一笑するかのように同時に襲い掛かる。

 男の繰り出す斧の一撃は重く、ブーストを得たレイジでも弾くのが手一杯であった。その隙に女が背後へと回り混み鋭く突きを放つ。その速力は目を見張るものが合った。武器は平凡であったが、身体能力だけならばリア・テイルを占拠していた黒騎士達にも匹敵するだろうか。それが巧みな連携で襲い掛かってきた時、レイジは簡単に圧倒されてしまった。


「ぐっ、つ……強い……!」


 女の刃がレイジの背中に突き刺さった。身体の頑丈さもブーストで大幅に強化されているため致命傷にはならなかったが、ただのNPCを相手に血を流してしまう事自体が異常である。


「ふん、これがクィリアダリアの英雄……他愛もない」

「ツァーリ様、ブロン様! 全住人の捕獲が完了しました!」

「おう、さっさと連れて行け。お前達も撤退だ。俺とツァーリはこの英雄様の相手をする」


 地に剣を着いて息を整えるレイジ。そうしている間に敵軍は撤収を開始しつつあった。ウィンクルムの住人を乗せた馬車が次々に出発し遠ざかって行くが、追いかけようにも二人の騎士が立ち塞がっている。


「どんな気分なのか教えてくれよ、勇者様。守るべき物を目の前で奪われた時、お前達は何を思うんだ? その感情は俺達と同じなのか? それとも……所詮は遊びの範疇かい?」

「お前達は何を知っている……? 勇者を嫌っているようだが、その口調……お前達の側にも勇者がいるんだろう? どうしてこんな真似を……!」

「これから死に行く貴様には関係のない事だ。大人しく消え去れ……悪魔め!」


 歯軋りし剣を放り投げるレイジ。その鬼気迫る表情に騎士は動きを止めた。少年は精霊を自らの掌の上に再召喚すると、眩い光でそれを変化させていく。


「……悪いがはいそうですかとここでやられてやるわけにはいかないんでね。出来ればあんた達にも怪我はさせたくなかったんだが……仕方ない」


 光は緑色に変色、そしてレイジの掌の中に収束して像を成した。現れたのは美しい短剣。少年は鞘からそれを解き放ち、逆手に構えたそれを振り上げた。


「痛い目見ても――後悔するんじゃねぇぞ!」


 光を帯びた短刀を自らの胸に突き刺すレイジ。次の瞬間レイジの身体を淡い光が覆い、見る見る間に力が増幅して行く。剣を抜いてもそこに傷痕はなく、突然の行動に驚く二人の騎士の目の前に少年は一瞬で移動してくる。徒手空拳のまま二人の武器を左右の手で押さえ込むと、それを絡め取るようにして二人を組み伏せた。

 一瞬の出来事に二人とも反応出来ないまま得物を取り上げられ大地に叩き伏せられてしまった。レイジは剣と斧をそれぞれ左右に思い切り放り投げ、壁に深々と突き刺してみせる。二人の騎士は協力してレイジを跳ね返したが、レイジの視線の鋭さから武器を取りに動けずにいた。


「こ、こいつ……急に動きが……!?」

「勇者の特殊能力ってやつか。だがこいつは……能力が一つじゃねえってのか……?」

「……色々と業を背負っていてね」


 ミミスケの能力は死に際の精霊を捕食する事でその能力を奪う力。ミサキの死に際に勝手にそうしたように、レイジの意志とは無関係にあの時も飲み込んでいたのだ。フェーズ2の決戦、リア・テイルでの戦い。シロウに止めを刺されたクラガノの手から零れ落ちた剣を、ミミスケはちゃっかりお口でキャッチしていた。

 クラガノの精霊器“パナケア”は刀身から薬物を分泌する短剣だ。その効果は傷の回復だけに限らず様々な毒を作り出す事も出来る。身体能力を強化する補助効果のある薬品を作り出すのも簡単で、パナケアの刃自体は物体に傷をつける事が出来ないという性質から、身体に突き刺すようにして使う事で最大限に、かつ最短で効力を発揮する事が出来た。


「一緒に来てもらうぞ。お前達には聞きたい事が山ほどある」

「へっ、過小評価してたって事か……。ツァーリ、先に行け! この英雄様は俺が足止めする!」

「……承知した。死ぬなよ、ブロン」


 女が背後に飛び退くのをレイジは見逃さなかったが、それよりも大男の動きの方に目が向いていた。男雄叫びを上げながら両腕を広げると、全身の甲冑の隙間から何かが飛び出してきたのだ。それは特に右腕に集中し、纏わりつくようにして変貌していく。


「なんだ……!? あれは……荊……か!?」


 男の全身から出現した赤い荊の蔓が延び、壁に突き刺さった斧を手繰り寄せる。蔓は斧をも覆い尽くし、淡い光を発しながら蠢く。その様相は薔薇に覆われた……否。薔薇に“寄生”されているというのが正しい様だ。男は顔半分を蔓に飲み込まれながらも笑みを浮かべる。


「ぐっ、く……流石にこの状態はキツいが……勇者とまともにやり合うにはな……!」

「あ、あんた……一体何者なんだ!? そんな状態、まるで……!」

「魔物だって言いたいんだろ? へっ、上等じゃねえか。俺はとっくに何もかも無くしちまった……心のない獣よ。だったら魔物と何も変わらねぇ。魔物になって暴れまわって勇者をブチ殺す……それだけが俺の望みなんだからよぉ……!」


 触手のように襲い掛かる荊から身をかわし、取り出した剣で薙ぎ払いながら距離を取るレイジ。そうしている間に女は最後の馬車に飛び乗ってしまった。


「くそっ!」

「余所見してる場合かあ!? てめえの相手はこの自由騎士ブロン様だ!」


 雄叫びを上げながら斧を振り回すブロンは激しい憎悪を湛えた眼差しでレイジを射抜く。レイジは止むを得ず剣を左右の手に一つずつ取り出し構えた。何もかもが炎に焼き尽くされるまでそう間はない。決着は早急につける必要があった――。

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なつかしいやつです。
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