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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【勇者召喚】
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 ダリア村は本当にのどかな農村だった。

 家の数も決して多くはなく、石畳で舗装された道になっているのは入り口から屋敷に通じる大通りだけ。少し外れてしまえば、土むき出しの地面が続いている。それどころか気を抜くと鶏が足元をうろついたりしているのだから、間違いなくのどかそのものである。


「うーん! なんか、すぐに一周出来ちゃったね!」

「狭いからね。見る所も、水車と……あとは牛舎? くらいしかなかったし……人の家を一軒一軒覗き見るのもな」

「それにしても、会う人みんな拝んでくるのは流石にちょっと変な感じがするね」


 苦笑する美咲。さっきまであんなにノリノリだったくせによく言うよ。


 どういうわけだか知らないが、この村では俺達を拝むのが当たり前らしい。老若男女訳隔てなく仕掛けて来るんだから、それこそ常識の範疇なのだろう。


「どうしよっか? そろそろお屋敷に行ってみる?」


 と、美咲が声をかけたのはアンヘル。ちなみにこいつは村を散策している間中、一言たりとも口を利く事はなかった強者だ。


「わたくしはどちらでも構いません。お二人に従うだけでございます」


 そう答えるのはわかりきっていた。だから俺は訊かなかったんですよ。


「まあいいでしょ。とりあえず屋敷に行ってみようよ」


 頷く二人。散策を終え、俺達は予定通り屋敷へと向かった。

 この村は背後に森と山を構えて陣取り、そこから流れる川に沿うようにして発展している。この村で一番立派な建造物というのがこれから向かう屋敷で、それは山側の奥に建造されていた。その関係か村の中では比較的高所に存在するので、行きは上り坂という事になる。

 緩やかな坂を上りきれば直ぐに屋敷に辿り着くわけだが、ここで疑問が一つ。


「幾らこの村で一番大きいとは言え……姫が住んでるにしては小さすぎないか?」


 普通、姫が暮らすのは屋敷じゃなくて城ではなかろうか。


「言われてみるとそうだね。はじまりの村からいきなり姫ってのも変な話だし」


 振りに食いついたのは美咲だけだ。俺達は同時にアンヘルを見やるが、彼女は真っ直ぐに屋敷を見ていて俺達に視線に対する反応は望めそうにない。


「とりあえずお邪魔してみよっか」


 結局そうするしかないわけで、美咲の言葉に同意。代表して美咲が屋敷の門を潜り、扉を叩く役割を果たす事になった。


「おお。お待ちしておりましたぞ。ささ、どうぞこちらへ……」


 出てきたのは先ほどの爺さんだった。やはりそれなりの立場の人間らしい。

 屋敷の中は……お世辞にも豪勢とは言えなかった。ごくごく普通の屋敷だ。煌びやかな調度品など一切見られない。姫が暮らしている屋敷というよりは、なんというか……そう。役所だか集会所だか、そんな公的な雰囲気の建物である。

 通されたのは屋敷の二階にある大広間だった。それでも規模は例の神殿の大広間と比べると狭いくらいで、そこになんとか捻じ込みましたという感じの大きなテーブル、更にその上になんとか並べましたという具合で大量の料理がせめぎあっていた。


「うわー、おいしそう!」

「勇者様のお口に合えば良いのですが……精一杯おもてなしさせていただきますぞ」

「えーと、これは俺達が食っていいんですか?」

「もちろんですとも」

「俺達、この世界の金なんて持っていませんよ?」

「神の使いからお代をいただくだなんてとんでもございません! これは私どもからの心ばかりのお供え物で御座いますので……!」


 お供え物って。それって人間に対して使う言葉であってるか?


「くれるっていうんだから食べようよ。折角のご好意を無駄にしちゃ悪いでしょ?」

「……そりゃそうだけどさ」


 ここまで歓迎される理由がよくわからないもんだから、素直に好意を受け取れない自分がいるのだ。

 そもそも、これってゲームだよな? 食事をした場合俺達はどうなる? というか、食事は可能なのか? 不可能なのか?

 自分の本能に従うのであれば、目の前の料理は大層うまそうではある。腹も減っているから、食えば多分うまいと思う。だが、それって大丈夫なのだろうか。

 そんな事を考えていた時だ。大広間に二人、俺達以外の“勇者様”が案内されてきた。


「やあ。みんな揃ってるかい?」

「あ、遠藤さん! なんだか私達、とっても歓迎されてるみたいですよ!」


 手を振る美咲。やってきたのは遠藤さんと……例の金髪の小さい女の子だ。相変わらず機嫌が悪そうで、突き刺さるような視線で俺達を見ている。穴でも空けたいのか。


「のこのことこんな所に連れてこられて、得体の知れない料理を振舞われて喜んでいるなんて、あんた達本当にバカなんじゃないの?」


 ――まさかの無差別先制攻撃である!

 金髪少女の第一声で広間の中にはなんとも言えない冷え込んだ空気が広がった。確かにそれは俺も思っていた事ではあるのだが、真正面から言い放つか普通。


「でも、みんな悪い人じゃなさそうだよ? 私達、“勇者様”みたいだしね」

「…………はあ」


 思い切り溜息を着くちびっこ。それから手にしていた本を俺達の前に差し出した。


「あんた達、ロギアが言っていた事を覚えているのなら、これが何だかわかるでしょ?」

「ああ。確かマニュアルって言ってたな」

「そう。この世界における基本的なルール……それから、私達に何が出来て、何をすべきなのか。これを見れば大体理解出来たわ。細かい事は要検証だけどね……」

「へー。なら、それちょっと俺にも見せてよ」

「断る」


 念の為言っておくが、俺は笑顔で話しかけたぞ。

 人間ってやつはさ、笑顔で相手から話しかけられたら、それを一方的に拒絶するっていうのはなかなか難しい事だと思うんだ。少なくとも、愛想笑いくらいしてみせるよね。

 だけどこいつは何だ。何者なんだ。なぜこうまで人の善意を踏みにじれるのか……。


「この本は一冊しかない。紛失した場合再発行されるかどうかもわからない。それにまだ私は全ての検証を終えていない。この本はバカが持つより私が持った方が遥かに有意義なのよ。ロギアもそう思ったから私に寄越したんでしょ」


 再び空気が死んだ。あの時全員そそくさと神殿を出て行ったのは、こいつの威圧感に巻き込まれたくなかったからじゃなかろうか。


「要するに、ゴチャゴチャ言わずに私に従った方が得策だって話よ」

「あのなあ……お前が俺達に比べてどれくらい優秀なのかなんて知った事じゃないけどさ。同じゲームを遊んでいるプレイヤーとして、情報は平等であるべきじゃないか?」

「それは違うわ。情報はただ全員が共有すればいいという物じゃない。各々が理解出来る範囲、知るべき範囲を吟味して渡していかなければ混乱を招くもの。例えばそこの間抜けな感じの女に全部の情報を一気に流しても、殆ど理解出来ないようにね」


 指差されたのは美咲だ。バカ呼ばわりされた女は、にこにこしながら手を振っている。

 出会ったばかりの人間達に次から次へとバカ呼ばわりされる彼女は大物かもしれない。


「言っておくけどね、私は別にこんな所に来たくはなかったのよ。“危険”だってあるんだからね。それなのにわざわざあんた達の為に足を運んでやったんだから、感謝しなさいよ」

「危険……? それ、どういう意味だ?」


 そう問いかけた時である。大広間の扉が開き、姫と爺さんが中に入って来た。


「皆さん、料理の方は……あら? どうか……しましたか?」


 部屋の中でにらみ合っている俺達を見て姫が首を捻るのは当然の事だ。誰からというわけでもないが互いに視線を逸らし、俺達は場を繕った。金髪少女を除き、だが。


「あまり豪勢なおもてなしは出来ませんが、これがこの村の精一杯です。どうぞ遠慮なさらずに食べてみてください。きっとおいしいですよ!」


 姫が笑顔で言うものだから、俺達は自然と席に着く流れになった。

 目の前に並んでいるのは……大皿には焼いた何かの肉。それからパンと……スープと……切り分けられたフルーツ、サラダ。肉料理とパンは幾つか種類があり、ボリュームは確かにありそう。だが……やはり姫が出す料理というよりは、庶民的なイメージだ。


「ま、全然うまそうなんだけどね」

「それじゃあお言葉に甘えて……いただきまーす!」


 手を合わせて声を上げる美咲。しかしいただきますと言ったのは彼女だけだった。


「こらー! みんな一緒に言わなきゃだめでしょ!」


 これはめんどくさいパターンだ……。


「もう一回言うよ! せーの……いただきまーす!」

「いただきまーす」


 何人がそう言っただろうか。いや、多分金髪少女以外は全員言ったな……。

 とりあえず肉を食べてみる。味は鶏肉に近い。鶏肉の照り焼きだ。


「あ、うまい」


 しかも普通に食える。ゲームの中にしては異常にリアルだ。

 人間の五感の中でも特に味覚というのは複雑な印象を持っているのだが、これがこうまで再現できるというのは……このゲームを作った奴は本当にすごい技術を持っている。

 だからこそ、誰が何の為に作ったのか……それが気になるのだが……。


「お肉やわらかーい! お姫様、ベリーグッドです!」


 サムズアップする美咲。お姫様も良くわからないまま、見様見まねで親指を立てている。


「普通に食べられるねえ。これは興味深いねえ」


 遠藤さんは俺と同じく味よりも食べられるという事実に興味を持っている様子。

 アンヘルは……何を考えているのかさっぱりわからない。一応食ってはいる。

 金髪の少女は……料理には一切手をつけていない。水すら飲まない徹底振りだ。


「うふふ! どうやら気に入ってもらえたようでなによりです!」

「あのー、お姫様。何点か確認したい事があるんだけど、質問してもいいかな?」


 にこにこしているお姫様に挙手してみる。彼女は快く頷いてくれた。


「まず、さっきから言ってる“勇者”ってやつについてなんだけど……」


 真っ先に確認すべきはここだろう。この世界における、俺達の扱いがどうなっているのか……それを確認しない事にはどうにも地に足がつかない。

 まず、特に美咲やアンヘルに確認はとらなかったが、彼らは……恐らく“NPC”だ。

 ノンプレイヤーキャラクター。つまり、ゲームの世界における住人。プレイヤーではないキャラクター。コンピューターが制御する、魂を持たない存在。

 彼らの俺達に対する反応は、明らかにプレイヤーとは異なっていた。彼らにとってこの村での暮らしはずっと続いてきた日常であり、そうあるように設定されているはずだ。そして俺達の存在に対してもなんらかの予備知識を持っている様子でもある。

 恐らくこの世界における“勇者”というのは、俺達プレイヤーを指す言葉なのだろう。そういう風に彼らは知識を持っている……いや、この場合インプットされている、という表現の方が正確か。

 このゲームがRPGだというのなら、情報収集は村人に……NPCに行うのが王道だろう。彼らから話を聞き出せば、自分達がどうするべきなのかも自ずと見えてくるはずだ。


「勇者というのは、神の使いの呼び名です。我々は古より、貴方様方を勇者様と呼んでいました」

「昔から勇者っていうのはいたの?」

「いえ、その存在だけが伝えられている……そうですね、伝説のようなものでした。勿論、私達は今日までずっと皆さんの存在を信じていましたよ」


 なるほど。まあそういう設定なんだろう。そこをいじってもあまり意味はなさそうだ。


「それで、俺達はこの村で何をすればいいの?」

「はい。それなのですが……実は今、私達はとても困っているんです」


 ほれ出た。まあ、そりゃそうだよな。ただ歓迎だけして終了なんてうまい話もないだろう。

 ここで話を聞きだし説明をもらえれば大分これからどうするべきなのかの指針が立てられるというものだ。ここからがゲームスタート……なんて考えていた正にその時。


「――あれ?」


 ぐにゃりと、世界がゆがみ始めた。

 自分自身の身体を見てみるが、どうやら俺は歪んでいないらしい。しかし俺以外の全てが歪んでしまっている。

 料理も姫も、他のプレイヤーである美咲達の姿も……例外なく歪んでいる。

 最早口を利く事も出来なかった。問答無用に押し付けられた強烈な睡魔のようでもある。ただ強引に意識を奪おうとする流れに対し、俺に出来る抵抗はあまりにも少なかった。

 漠然と広がる暗闇に落ちていく。先程までの歪んでいた景色が遠のき、身体の感覚さえも全て遠くなり……そして。


「――っはあ」


 身体を起こした時、そこはゲームの中ではなかった。

 頭に装着していた装置を外し周囲を確認する。そこは間違いなく俺の部屋だった。

 ベッドから立ち上がり部屋の明かりをつけようとするが、足取りがまだ覚束ない。寝起きのような……どちらかというと、ずっと正座をしていた後のような感覚に近いか。手足にまだ血が通いきっていないような痺れが残り、上手く立ち上がれなかった。

 まさかこれがずっと続くのではと不安になったがそんな事はなく、何分かすると身体に違和感はすっかりなくなっていた。そこで改めて部屋の明かりをつけ息を吐く。


「戻って来た……のか」


 というよりは、戻されたというのが正しいのか。

 俺はすぐに時計を確認した。ゲームの中では昼間だったが、現在時刻は深夜三時を少し回った所である。


「そういえばそうだったな……。なるほど、ログアウトの方法は……」

 ベッドの上に身体を投げ出し、瞼を閉じて力を抜く。

「やっぱり全部、ゲームだったのか……」


 あまりにもリアルだった。何もかもがまるで現実のようだった。

 しかしあれは現実ではない。どんなに俺が現実と錯覚しようとも、事実は揺るがない。

 確かにあんなに料理を食べた筈なのに、腹は空腹を訴えて唸っている。

 俺は始めてのログインを終え、余韻に浸る間もなく夜食を求めて部屋を後にした……。

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なつかしいやつです。
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