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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【三軍会議】
39/123

砂の城(3)

「そもそも、この世界は人が何もしなくてもそこそこ満たされるように出来ているのよ。魔物の存在がなければ人の生活を脅かすような存在は殆ど居ないしね」


 アンヘルが丁寧に並べたティーカップに手を伸ばすJJ。暫くふーふーと息を吹きかけてから唇をつけ、何度か頷きながら紅茶……のようなものを飲んだ。


「例えばこの紅茶とビスケット。紅茶のようなものは、まあその辺の葉っぱとか花とかから適当に抽出出来るとして……ビスケットの作り方、マトイは知ってる?」

「うん。何度か家で作った事もあるよ」

「あらそう。じゃあざっと材料とか覚えてるかしら?」

「えーと、私が作ったのは……薄力粉に卵、牛乳……砂糖、それから塩をひとつまみ。バターと重曹も入れるかな?」

「へぇ……料理とかするんだ。まー、とりあえずビスケットらしきものを作るのに最低限必要な物は小麦粉に卵、牛乳と砂糖くらいじゃない? よく知らないけど。とりあえずそうであると仮定して話を進めるけど……まず小麦粉は小麦粉を挽いて作られる物ね。小麦自体はダリア村なんかでも育ててたわね。で、水車小屋で小麦を挽いて作ると……」


 ビスケットを手に取って齧るJJ。現実の既製品に比べると固くて味気なく、パサパサした食感である。どろどろで甘いジャムをつけて丁度いいお茶請けになる。


「卵と牛乳は鶏と牛からそれぞれ入手できるわ。両方ダリア村に居たわね。砂糖はサトウキビから採取してるんだと思う。それじゃあマトイ、ビスケットを作る事になったとして、これらの材料を集めに行く事を想像してみて」


 頷いてカップを下ろす。そうしてマトイは虚空を見上げて考えてみた。

 まず材料を入手する簡単な手段は市場に行く事だろう。市場にならば恐らく全ての材料が揃っているはずだ。しかしその手段が使えない場合は実際に農家のNPCから入手する手段もあるだろう。自分でゼロから栽培する知識はないので、そのくらいが限界だろうか。


「想像してみたけど……?」

「どこまで遡れた?」

「えっと、農家の人にもらいに行くところまで……」

「じゃあその農家のNPCはどこから材料を入手するんだと思う?」

「え? それは……自分たちで育てたりしているんじゃないの?」

「そうね。だけどその答えは五十点って所かしら」


 意地悪な笑みを浮かべながら紅茶を飲むJJ。そして徐に語りだした。


「私は幾つか実験をしてみたんだけどね。その中の一つに鶏の観察というのがあったの」


 色々な業務の合間、JJはダリア村にて養鶏小屋に通っていた時期があった。そこで彼女が何を観察していたのかというと、鶏が何個卵を産むのかという事である。


「ある鶏は毎朝必ず卵を三個産んでいたわ。その鶏に目印をつけて、毎日何個の卵を産むのか数えてみたの。すると何度確かめても、鶏は同じ数だけ……つまり三個卵を産んでいたわ」

「そうなんですか……えっと、それで?」

「更に、私は鶏の数そのものを数える事にしたの。鶏は卵を産むためだけではなく、実際に食べる為にも飼育されているわけね。だから鶏はちょいちょい数が減るのよ。食べる為にね」


 しかし何度通って数えなおして見ても鶏の数は一定であった。実際にその鶏を処理し、調理して食べさえてもらいもした。しかし翌日には同じ数に戻っていたのである。


「え……なんかそれ……怖くないですか……?」

「ちなみにこれ、牛にも同じ事が言えるわ。で、小麦の場合も多分同じよ。減った分だけいつの間にか補充されているのよ。そしてそれらの家畜や収穫物は、必ず一定の成果を出すように出来ている……つまりよ。鶏はほうっておいても勝手に育つし、食べてもいつの間にか増える。牛も同じ。麦もそう。種蒔いてほっとけば生える。で、必ず同じ数だけ収穫出来る。いつの間にか村人の手の中には同じ数だけ収穫出来る種があり、これを蒔く……そんな感じかしら」


 無論、そこまで極端と言う事はない。村人達も牛や鶏を育てるためにエサを食べさせたり、飼育と呼べる活動は行っている。麦に関しても同じだ。ただ種を蒔いてほったらかしというわけではない。だが極端な話、村人が手を加えずとも成果は上がるように出来ている……それがこの世界の仕組みなのだとJJは考えていた。


「つまり、食料が尽きる心配がないって事?」

「そういう事。恐らくこれ、木材や鉱石、他の自然物に関しても同じ事が言えると思うわ。それはこの世界の資源が無限であるというよりは……そうね。この世界そのものが一日単位で無限ループしているような、そんなイメージを持つとわかりやすいかもしれないわ」


 NPCは皆、話しかければ本物の人間のように応じてくれる。だが彼らは実際決められた幾つかのパターンの中から若干の派生を含んだルーチンワークをこなしているに過ぎない。


「フェーズが進むと時間が進むと聞いた時、私はかなり納得しちゃったのよね。だって恐らくこの世界……フェーズが進まない限り、時間が止まったままなんだろうから」


 資源が無限であるというだけで、人間が生活して行く上での困窮は殆ど取り除く事が出来るだろう。潤沢な食料と生活の為の資材が、採取作業は必要とは言え無尽蔵に提供され続けるのだ。そんなご都合的な世界なら、ただ生きて行く事はとても簡単になる。


「でも、時間が止まっているっていうのはおかしくないかな? だってこの世界は少しずつ変化していっているよね?」

「その通りよ。彼らは間違いなく“昨日”の出来事を記憶しているし、アムネア砦を建造したように、これまでなかったものを作り出す事も出来る。それは世界が変化している証拠ね。これらの変化は時間が一方向、つまり過去から未来へと動いている事の証明でもあるわ。だけどね、これはもしかしたら“逆”なのかもしれない」


 つまり、“時間が進んだから変化した”のではなく、“変化した分だけ時間が進んだ”のだ。


「だってそうでしょう? この世界は私達勇者……外部存在が干渉しない限り変化しようとしない。だったらこの世界の時間は通常は停止し無限ループしており、私達が干渉する事で時間が……世界が進行する。そう考えるのが自然じゃないかしら?」

「言われてみると……なるほど、そうですね。じゃあ、この世界の時間は止まったままなんだ」


 JJの話は意外とすんなり腑に落ちた。勇者がいなければ世界は進まない。なるほど、それは実にゲームらしいではないが。どんなRPGだってプレイヤーが行動を起こそうとしなければ世界は進行しない。ゲームの世界はプレイヤーが意識的に話を進行させようと行動を起こして始めて進んで行くものだ。


「えーとえーと……あれ? つまりJJの話ってこういう事? この世界の人間は無限ループする事を前提とした、“知性”を持たない人々。だからあらゆる欲求を持たず、争う事もない。ループしてるのが当たり前で、ループの影響で生活に必要な物資は尽きる事がない。だから生きて行くのには事欠かさない……。つまり現場で自給自足が完了している。故に彼らは大きな集団である事を必要とせず、国家や政治を必要としない……」


 ゆっくりと頷くJJ。マトイは自分が先ほど口にした言葉の意味を考えてみた。ゲームだと考えてみれば別に何一つおかしな事はない……というか当然の事だ。しかしそれを“人間”であると仮定してみると、どれだけ世界が歪んでいるのかと言う事を実感出来た。

「この世界はマトイの言うような“歪な完全世界”なのよ。いいえ……完全世界“だった”。私たちが現れるまではね」

「どういう意味……?」

「世界は無限ループしている。そして彼らは理性を持たない。だからこそこの世界には魔物以外の争いと悲劇の種が存在しないのよ。だけど私達は変えてしまった。意識的に進行させてしまった。世界の時間の針を……先へと進めてしまった。その結果、本来持つはずのない“知性”を……“感情”を……“自意識”を獲得しつつある者達が現れてしまった」


 その筆頭たる者こそ、この国の女王であるオリヴィア・ハイデルトークである。

 彼女は所詮ただのNPCである。当たり前のようにこれまでループの世界に身を置き、変化は起こらずして当然であると考えていた。いや、そもそも考えるだけの頭がなかった。思考を許されず、全ての行動を制御された存在……それがオリヴィアの正体であった。


「だけど、今は違う。あの子は知ってしまった。神は絶対ではないと。この世界にはおかしな所があると。“人間らしさ”に目覚めた事で彼女の時間は加速した。それはミサキやレイジの影響が大きいわ。二人の意識と接触した結果、彼女は自意識に目覚めて行く。それと同時に神への信仰を……徐々にだけど失って行く事になるでしょう」


 ――そもそも、“神”とは何か?

この世界における神とその神を崇拝する人々の形は現実の宗教とは意味や形が異なる。神とは絶対。神とは疑う余地のない常識。神とはこのの世界全てを意味している。


「あいつらにとって“神”という言葉は、ループ世界を維持する為の中核を成すものよ。神がそう言う風に作った世界だ。だから仕方ない。疑う余地はない……全住人の脳裏に刷り込まれたプログラムとでも言うべきこの絶対的神への忠誠が、やつらの無思考を支えているの」


 神についての資料は多く、わざわざこの城で調べ物をせずとも人々の中に口頭で広く伝えられている。故に彼らの神に対する考え方は容易に把握する事が出来た。


「神とはゲームマスターであるロギアを指す言葉……なんだけど、そもそもロギアは人の形を与えられ、人間の存在に近づき言葉を伝えるために必要とされた神の“ヨリシロ”らしいわ。つまり彼らが信仰し忠誠を誓う神とはロギアそのものではない。では何かと言えば、彼らはこのループしている世界“そのもの”を神と崇めているのよ」


 現実世界においても、“土地”そのものを神格化するケースは決して珍しくはない。しかし土地には意識や人と交わる為の言葉がなかった。故に偶像――ロギアを必要としたのだと言う。


「ロギアは世界、つまり神の偶像。そして私達勇者はその偶像の使徒……つまり神直下の存在である偶像のロギア、その直下の偶像であるという事になるわけ」

「ややこしいね……だけどそれって……私達の事も、ほとんど“神そのもの”だと理解されてるって意味だよね?」

「そ。だからあいつら私達には絶対服従なのよ。神の代弁者の代弁者なんだから。だけど……残念な事に私達は全知全能の神ではない。だから間違える事もあるし、個人の意識もあるから一人一人別々の事を口にするわ。こうなってくるとNPCとしては何を信じていいのかがわからなくなってくる。その矛盾から来る疑問や迷いが自意識発生の発火点ってわけ」


 多くのNPCは、その矛盾にすら思考しない。しかしオリヴィアはミサキやレイジの生き様を目にし、直接語り合い、疑問をさらけ出しその答えを模索しようとしてしまった。今や彼女は神の傀儡ではなくなり、無自覚な自意識により一人歩きを始めようとしている。


「それって……いい事なんですか? 悪い事なんですか?」

「そう、正にそれなのよ。そこで私達メンバーの中でも意見が分かれていてね……」


 世界を変化させ、NPCに自意識をもたせる。それは一見すると実に理に叶った、好意的な行いのようにも見える。だがそれが蔓延し、仮に世界中のNPCが自意識を獲得した場合、この世界はどうなってしまうだろう?


「当然自意識があって神を絶対崇拝しなくなったら……まあ、色々な欲が芽生えるでしょうね。欲しい物は沢山出てくると思うわ。その結果、この世界の文明は爆発的に進歩するに違いない。だけど同時に……人間同士の争いが勃発する事になるわ。それも自意識に覚醒したNPCと、覚醒していないNPC……この二つの間に大きな格差を伴ってね」


 例えば自意識に覚醒したNPCが、他人から物を奪おうとする。同じく自意識を持ったNPCから奪うのは難しいだろう。知性がある分、相手を疑ったり防衛に動く事が出来るからだ。しかし意識を持たないNPCは違う。彼らは疑う事を知らず、身を守る事も知らない。簡単に騙されるだろうし、命を奪われたとしても何も考えず死を受け入れるだけだ。


「こんな状況ゲームでなければ絶対に在り得ないけど……とにかく、悪性の覚醒者が事件を起こせば、人間は直ぐにそれを学習するわ。同じ手口を使う奴が現れ、それが広まればどうなっていくか」

「…………それって……その……世界の平和の均衡が一気に崩れ去る、って事?」


 ゆっくりと頷くJJ。なんだか途端に胸の奥に重苦しさが湧き上がってきた。先程まで平和でのどかに見えた窓の向こうの世界が、急にあやふやで脆いような気がしてきたのだ。


「レイジやシロウは、この世界の人間が人間らしさを手にいれるのはいい事だと考えているみたいね。だけど私は迂闊に人間を……言い方は大仰だけど、“進化”させないほうがいいと思う。遠藤も同じ考えね。だから私達は今、この国にどのように関わるべきなのか慎重になっているの。だから関わるのは最低限にしなければならないし、関与するにしても直接ではなく、王であるオリヴィアを介すようにしなければならないと、そういうわけなの」


 気付けばマトイの手は完全に止まっていた。飲みかけの紅茶は完全に冷め切っていたし、ビスケットにも手を伸ばす気にはならなかった。


「その……オリヴィアちゃんは……大丈夫なんですか?」

「……ま、当然の疑問ね。今の所あの子は……そうね。昔と変わらないように見えるわ。でもそう振舞っているだけかもしれない。私達の知らない二年間という月日の中で彼女がどう変化したのか、それは私達には判断のしようがないのよ」


 今の所、この国に存在する覚醒者の数はそう多くはない。JJが行っている“選定”の作業はこの覚醒者を引き抜く為の物でもある。今は住人の全てを把握する事も重要ではあったが、それよりも覚醒者がどこに何人混じっているのかを知る事の方が遥かに重視されていた。


「覚醒者は何も私達勇者と直接接していなければ目覚めないわけじゃないの。例えばそうね……フェーズ2でレイジが助けたケイトっていう女の子。彼女なんかは典型的な覚醒者の症状だわ。他人の死を嘆き、自らの不運を呪い、悲しみという感情を獲得してしまった。レイジはそれを上手く発散させたっていうか、制御したみたいだから大事には至らなかったけど……もし鬱屈した感情を溜め込み、それが爆発していたらどうなっていたか……」


 彼らは元々感情を持たない。だからその感情が自分の中で大きくなった時、当たり前に処理する事は出来ないのだ。悲しみを悲しみと自覚できぬまま、怒りを怒りと自覚できぬまま無尽蔵に蓄積させていく。そんな矛盾が最後に引き起こすのは、間違いなく精神の崩壊である。


「覚醒者の言動は他のNPCの覚醒を誘発するは。今は覚醒者の数は少ないけど……多分、あっという間に増大していくと思う。そうなればこの世界は劇的な変化を遂げざるを得ない……ううん、もうその劇的な変化は始まっているのかもしれない。私達は出来るだけそれを早く察知して、出来るだけ的確に制御しなければならない。それが知恵の実を落とした存在に求められる義務と責任というものだから」


 そう語り終え、JJは小さく溜息を吐いた。見ればマトイはすっかり不安に取り付かれてしまったようで、何も喉を通らない様子だった。JJは苦笑しながら立ち上がる。


「難しいのよ、感情を制御するって……私達が思っている以上にね」

「……私達勇者って……この世界にとってどういう存在なのかな? 私達が居なければこの世界の人々は魔物によって滅んでしまう。だけど魔物から守る為に彼らと接しているだけで、私達は止まっていた世界を進めてしまう……」

「所詮ゲームだからどうだっていい、と言ってしまえばそこまでなんだけどね。私達の目的は魔王を倒す事よ。それでゲームはクリアされる。その途中でこの世界がどうなるかなんて誰にもわからないし、GMも指示していない。つまり極端な話、この世界が滅茶苦茶になったとしても、魔王さえ倒せばゲームはクリアなのよ」

「そんな……そんな事って……。じゃあ私達はなんのために……戦っているんですか……?」

「……そのジレンマに一番苦しんでいるのは、多分レイジよ。あいつは平気そうな顔してるけどね。ミサキの一件を引き摺って塞ぎこんだままがむしゃらにやってきた事が全部逆効果だったとしたら……あいつ、どうやって立ち直るつもりなんだか」


 眉を潜めるマトイ。彼女は知らなかった。レイジはいつだって笑顔だったし、自分に優しい言葉をかけてくれた。皆の中心に居て、少し頼り無い……けれどいざと言う時は重要な決定を任される、立派なリーダーに成長しつつあった。

 だが彼は良くも悪くもミサキに依存しすぎている。ミサキを真似ているからこそああやって明るく振舞う事が出来るし、誰かを助けるために夢中になる事も出来る。だがそれは言ってしまえば贖罪なのだ。彼の行いは全てが罪滅ぼしのためにあり、だからこそそこに彼自身の本音というものは介在していない。

 本来は冷静で、物事を斜に構えて見るような“アンニュイ”な少年だったのだ。それがあんなにも明るく振舞っているのだから、嘘も無理もないはずがない。彼は迷いや葛藤を外に出さず自分の中で押し殺そうとしている。その背中は強く、しかし同時にいつ崩れ去ってもおかしくない弱弱しさを湛えている。


「なんていうか……難しいね。私に出来る事……何かないかな? 私、なんでもやるよ。だから力になれそうな事があったら何でも言ってね。私なんか役に立たないだろうけど……」

「そんな風に自分を卑下するもんじゃないわ。それにね、役に立つか立たないかを決めるのはあんたじゃない。このJJ様よ。自分自身の価値を自分で決められるだなんて、そんなおこがましい事は二度と考えない事ね」


 そっぽを向きながらニヒルに笑うJJ。その横顔にマトイは微笑みかけた。


「……やさしいんだね、JJ」

「JJはツンデレでございますから」

「……久々に喋ったと思ったらそれ?」


 呆れた顔でアンヘルにつっこむJJ。話も一段落した頃合を見計らったかのように扉を開く音が聞こえた。慌てた様子で飛び込んで来たのは一人の兵士であった。名前はエドガー。この町の監視役を与えられた“特務”所属の“覚醒者”の一人であった。


「JJ様! 予想通り、彼らが現れました! 事前に指示をいただいていた通り、直ぐにこの城に向かうように話をつけておきましたが……!」

「そう。さすが覚醒者は話が早いわね。エドガー、オリヴィアを起こしてきて。マトイ、アンヘル、一緒に城門まで向かうわよ。客人の相手をしなくちゃ」


 一礼し走り去るエドガー。状況がわからずに困惑するマトイだが、とにかく言われた通りに動く事にした。JJは慎重で常に状況の二手三手先を読んで行動している。その予定を崩してしまわないためにも、とにかく言う通りに動く事が重要であった。




「たのもー! いるんだろ、勇者のパーティーが! ったく、人を待たせやがって……こっちゃー東から遠路遥々来てやってるっつーのに、どういう了見だい」

「落ち着きなさいよタカネ。私達がこの町に立ち入った時のNPCの素早い反応……恐らくこちらの行動は想定内ってところでしょ? 優秀な勇者がいるのよ、この城にはね♪」

「それはうれしいけど……できれば早く話を済ませて戻りたいなぁ。腹減ったし……」


 リア・テイル城門前。坂道を登りきった小さな広間にその三人は横並びに立っていた。一人は長身で豊満な身体つきの女だが、腕を組んでどっしりと構えたその姿には男らしさという言葉がよく似合う。一人は痩躯の男で、裸の上半身に直接コートを羽織ったような奇妙な風貌をしていた。ウェイブした髪は長く、端正な顔立ちだが派手なメイクを施しており、何故かオネエ口調である。最後の一人は背が低く小太りの男。角刈りで温厚そうな顔立ちをしており、気の強そうな二人に挟まれてもマイペースに大きな腹を撫でていた。

 三人が三人とも、この世界の人間とは風貌といい人格といい逸脱している。即ち三人はプレイヤー、勇者である事は容易に想像出来た。彼らは先ほど東の大国ザルナガンより遠路遥々このオルヴェンブルムへと到着したばかりであった。異国の大都市を興味深く見物する暇もなく速攻で衛兵に発見され、ここまで連行されるという待遇にはちょっとした冷ややかな感想を抱いていたが、自分たちの立場を理解すればこそ納得も出来た。


「面倒くさいねえ。城門を突破して無理矢理お目通り願うかい?」

「や、やめといたほうがいいッスよ……そうやって姉御が暴れた後、説明するのが大変なんだから……。自分たちは喧嘩を売りに来たんじゃないッスよ」

「そうそう、無用な争いは避けられるに越した事ないじゃなーい? それに言ってる傍からほら、向こうもお出ましみたいよ」


 門を指差す男。いよいよ扉は開かれ、そこからJJ、マトイ、アンヘルの三名が姿を見せた。女性三人組という珍しさに口笛を吹く男。それからゆっくりと歩み寄る。


「ハーイ♪ はじめまして! 私達は東のザルナガンっていう国からやってきた勇者よ。色々と説明するべき事はあるんだけど……単刀直入に言うとね、手を組みましょうって話を持ちかけにきたの。貴方達にとっても決して悪い相談じゃないと思うわ」

「やっぱりか……」


 ぽつりと呟くJJ。そう、この状況はとっくの昔に想定済みであった。

 フェーズ2の世界でも勇者同士の共闘はあった。フェーズ3に移行しても同じ事は起こるだろう。それにフェーズ2とフェーズ3の世界では状況に大きな隔たりがある。フェーズ3の世界とは、恐らく各地の勇者がなんらかの方法で国を救済し始めている時代だ。それぞれが自分たちの担当地域の問題を解決しはじめたのだとしたら、次にどのような動きをとるのか。それは想像するに難しくない。


「それで? あんた達はどこのどちら様なの?」

「私達は“クラン”、“勇者連盟”に所属するプレイヤーよ。私はクピド。こっちの大女がタカネ。で、このぽっちゃりちゃんがワタヌキ。三人とも勇者連盟所属で、連盟の中では特使という肩書きを持っているわ。つまり各地に足を運び、そこで勇者を勧誘するお仕事ってわけ」

「クラン……そう、なるほど。じゃあ既に幾つかの勇者のチームを合併して抱え込んでいるってわけね?」

「そういう事♪ 私達は十二のチームを合併して作られた組織で、四十二名の勇者で構成された一大組織よ。恐らく現状、最もXANADUのクリアに近いパーティーだと考えてもらっていいわ。当然だけど勇者がこれだけの規模で集まっているのは私達だけよ」


 四十二人の勇者という言葉にはマトイも唖然としてしまった。勇者は一人一人、小規模でも絶大な能力を誇る超越者だ。それが隊伍を組んで運用されたりでもしたらどれだけの事が出来るだろうか? どれだけ世界に影響を及ぼす事が出来るか?


「魔王がどれほどのレベルの敵なのかはわからないわ。だけどこれまでのフェーズのボスと戦って理解した筈よ。私達勇者は、力を合わせなければ安定した勝利を収められないと。この一発アウトのゲームを確実にクリアするためには、どうしても人数の力が必要になると」


 神妙な面持ちのJJを見つめ、クピドは笑顔でウインクする。


「おチビちゃんがこの国のリーダーかしら? 中々執念深そうっていうか……そう、賢そうな目をしてるわね。大人を信用しない、猜疑心を隠そうともしないギラギラした瞳……かわいいわね。とっても魅力的よ♪」

「……それはどうも。ただ悪いけど私はリーダーじゃないわ。うちのリーダーは今日はログインしていないから」

「あらそうなの? じゃあこのお話はまたリーダーがいる時に出直しかしらね?」

「その必要はないわ。私達の返答は――最初から拒絶だと決まっているから」


 驚きJJ見つめるマトイ。なぜそんな事を言ったのか、マトイにはさっぱりわからなかった。アンヘルもわかっていないのだろうが驚いた様子ではない。いや、もしかしたらわかっているのかもしれない。当然だがこんな答え方をされれば相手側も困惑する。この状況をどう見るべきなのかわからず、マトイは立ち尽くしたまま内心であわてふためいていた。


「随分ときっぱり断るじゃないか。こっちは善意で話しかけてやってるっていうのに……」


 肩を竦めて笑うタカネ。それから徐に虚空から長大な槍を取り出し、それを鋭く突き出した。真紅の槍の先端にはJJの顔が映り込む。


「ちょっぴりナマイキだねえ。大人の怖さってやつを教えてやろうかい?」

「やってみれば? やれるもんなら、ね」


 あえて挑発するように笑みを浮かべるJJ。タカネはカチンと来た様子で一歩身を引き槍を構え直した。先程までの脅しではない。本気の一撃を放つ前触れであると明白に分かるほど、タカネの全身は迫力に満ちていた。


「ちょ、ちょっとJJ……どうして!?」

「腕には自信ありってわけかい? 丁度よかった。アタシらもザコを仲間にしてやるつもりはなくってねえ……! ちょいと気は速いが、入団テストとさせてもらおうじゃないか!」


 獣のように鋭い笑みを浮かべ、槍を打ち放つタカネ。JJはそれを立ち尽くしたまま応じる。一切の防御も回避の素振りも見せない。そこへ飛び込み、精霊器をまとって立ちはだかったのはマトイであった。タカネの強烈な槍の一撃を少女はマントを振るうようにして薙ぎ払う。途端に勢いを失った矛先はJJからそれ、吸い込まれるように石畳に当たって軽い音を立てた。


「…………なんだい? 今何をしたのかねえ……?」

「お、教えません……JJに……私の仲間に乱暴をする人には!」


 マントと共に出現した防止を目深に被り、片手で抑えながら顔を上げるマトイ。その表情も声も緊張にこわばっていたが、それとは対照的に一歩も退く気配はなかった。少女が纏ったマントは以前とは異なり、まるで自意識を持つ影のように身体の周囲で波打っている。


「ガード系の能力者か……。面白いねえ。アタシの槍相手にどこまでやれるのか……確かめさせてもらおうじゃないか!」


 楽しげに唇を舐めながら目を細めるタカネ。マトイはメガネの向こうから困惑と決意が入り混じったような眼差しを向ける。赤き槍が閃光を放つと、マトイはそれに臆すことなく真正面から飛び込んで行った。

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