笹坂美咲(2)
美咲のアパートは上野にあるというので、とりあえず上野駅まで移動。そこで待ち合わせの為にしばし時間を潰す事になった。
全員に連絡してみたのだが……いや、アンヘルとは連絡がとれないので全員ではなかった。残る全員、である。マトイは東北の方に住んでいるらしく、学生と言う事もあって直ぐに来るのは無理。JJは興味を持っていたが様子見との事。多分初対面である美咲の妹を警戒しているのだろう。遠藤さんは仕事中で、暇をしているのは結局シロウだけであった。
事前に駅に到着する時間は伝えてあったので程なくしてシロウと合流する事が出来た。現れたシロウはツナギ姿で頭に白いタオルを巻いていた。一見して何らかの職人だと分かる。
「よぉレイジ、久しぶり……って感じでもねぇか。そっちが美咲の妹か?」
「久しぶり。彼女が美咲の妹の篠原深雪さん。ていうかシロウ、仕事中だった?」
「いんや、今日はもう上がり。余計な気ぃ使ってんじゃねえよ。ダメならこねーっつの」
白い歯を見せ爽やかに笑うシロウ。うーん、本当にいいやつなんだよなあ。このヤンキーっぽい喋りと肩を怒らせた歩き方をしなければなあ……。
「俺が来たからにはとりあえず安心していいぜ。お前ら二人はきっちり守ってやるからよ」
頭からタオルを外し首にかけるシロウ。それを見て深雪がぽつりと呟いた。
「……マッチ棒みたいな人ですね」
「ぶふっ」
シロウは背が高くて頭が真っ赤で細マッチョだ。この頭から下は全部ツナギで白いっていうのもあって、恐らくマッチ棒を連想したのだろう。シロウは何が起きているのか分からない様子できょとんとしていたが、こういう時つくづくシロウがアホでよかったと思う。
「なんだお前ら? さっき会ったばっかりにしちゃー仲よさげだな?」
「いや、別に仲がいいわけでは……」
「はい。仲はよくありません」
わかっていた事なんですけどね……そこまでズバっと否定されるとね……。
「そーか? まぁいいや。俺の名前は淀川清四郎。親しい奴からはシロウって呼ばれてる。よろしくな、深雪」
「そうですか。では私は清四郎さんと呼ばせていただきますね。宜しくお願いします」
シロウ……淀川清四郎って名前だったんだ。ていうかシロウって名前じゃなくてアダ名だったんだ……。ちょっと意外と言うか……うーん、清四郎さんか。似合わないよな……。これから深雪が清四郎さんって言う度に首を捻ってしまいそうな違和感だ。
こうしてシロウを加え三人になった俺達は歩いて美咲の住んでいたアパートを目指す事になった。道中はスマホを手にした深雪が先頭、その後ろを男二人が並んで歩く陣形。深雪は一言も口を利かなかったし、利かせようという気も無さそうだった。一度も振り返らずどんどん先へ進んで行く深雪の様子に俺達は何とも言えない表情を浮かべる。
「おいレイジ……あれ本当に美咲の妹か? なんか雰囲気違いすぎんだろ……」
「顔は似てるよ……顔はね。性格は……真逆っていうか……」
「何かに似てると思ったらよ、あれだ。近づいたら噛むぞっていう犬。あれに似てら」
「ぶっ」
いい笑顔であんた何言ってんだ……だけど少しわからないでもない……。
なんていうか……無理してるんじゃないかなと、ふと思う瞬間がある。周り全部を警戒して噛み付こうとして……だけど実際彼女自身は子犬みたいな感じだ。あの態度も臆病さの裏返しなのかもしれないな……とか考えていたらいつの間にか深雪が振り返っていて、俺達は同時に慌てて足を止めた。
「……何をバタバタしているんですか? つきましたよ」
ひそひそ話がもれたわけではなかったようだ。シロウと二人してほっと胸を撫で下ろす。
目の前にあったのはお世辞にも素敵なアパートとは言い難い雰囲気の建物であった。別にアパートに詳しいわけではないのでざっと見の判断しか出来ないが、二階建ての白い建物で、築二十年くらいだろうか。流石に古くはあるが、手入れはされているのかそれなりに小奇麗だ。
大家は一階の端の部屋に住んでいた。その辺も事前に電話連絡で話をつけて知っていたらしい深雪はてきぱきと進行し、大家に部屋の鍵を開けさせる事に成功する。
「家賃は来月分まで貰ってるからね、部屋はそのままだよ。ただ最近とんと見かけなくなってねぇ……。今時の若い子にしては挨拶もちゃんとして、明るくていい子だったんだけどねぇ」
しきりに頷きながら語るおばあさんの話を真剣に聞く深雪。大家は帰る時には鍵をかけにくるから一声かけてくれと言い残して去っていった。
「さすが深雪、何もかもスムーズだったね」
「さすがと言われる程の付き合いではありませんが……これくらい当然です」
「おいレイジ、なんかこいつJJと同じ感じがするぞ」
それ以上何も言うんじゃない。JJが二人になったら男性陣の立つ瀬がないじゃないか。
早速美咲の部屋を調査しようと息巻いてドアノブに手をかけた瞬間、横から深雪に思い切り蹴り飛ばされた。何が起きたのかわからずに目を白黒させながら倒れていると、深雪はまるで汚物でも見るような目で俺を一瞥し。
「何を考えているんですか? ここは女子大生の部屋ですよ? 常識的に考えて男性がいきなり入るのはマナー違反でしょう。変態なんですかあなた」
「いえ違いますけど……いえ……すいませんでしたけど……」
「下がってろレイジ、そいつJJよりタチ悪い感じすっぞ!」
シロウと一緒に部屋から距離を置く。俺たちが壁際に整列しているのを確認してから深雪は部屋に入って行った。彼女の姿が見えなくなると同時、俺達は揃って溜息を一つ。
「想像以上にめんどくせー女だな。美咲とはわけが違いすぎるぜ」
「そうだね……。でもまあ、常に正論ではあるんだよね。女子大生の一人暮らしの部屋に行き成り踏み込めば、そりゃまずいもんもあるだろうさ」
「美咲の部屋か……どんな感じだろうな? 流石にパンツとか落ちてはいねぇだろうが」
二人して腕を組んで想像してみる。美咲の部屋。多分結構きっちりした性格だから、整理整頓はされているだろう。シロウの言う通りパンツが落ちているような部屋ではない事は確かだ。いやしかし待てよ。或いはあれで結構自分のことにはズボラなのかもしれない。つまり部屋にパンツが普通に落ちている可能性はまだゼロではないという事だ。
「……ってぇ、シロウなにやってんの!?」
「窓から中見えるかと思ってよ」
「すりガラスだからなそれ!? やめとけよバレたら何言われるかわからんぞ!」
「だってよぉ、ダメって言われると見たくなんだろがよ」
窓ガラスにへばりついているシロウを引っぺがそうとすったもんだしていると、部屋の扉が開く音が聞こえた。慌てて飛び退くとそれは美咲の部屋ではなく、二つとなりの部屋の住人が出てきた音であった。怪訝な表情を浮かべている青年に会釈し安堵した所で畳み掛けるように扉が開いた。今度こそ深雪であった。
「もう入ってもいいですよ」
「そ、そう!」
すぐ許可が下りたという事は、想像通り小奇麗な部屋だったのだろう。その正体は直ぐに晒された。部屋はお世辞にも広くない、一人暮らしの大学生らしいサイズであった。1Kの小さな空間に必要な物だけすっきり収めたような感じで、あまり女性らしい部屋とは言えなかった。しかしまあ、美咲らしいといえばらしいのだろうか。
「美咲はやはり、暫くここに戻っていないようですね」
「え? どうしてそんなにすぐわかったの……あ」
深雪が見ていたのは冷蔵庫の中身だ。品揃えは元々寂しかったようだが、飲みかけの牛乳パックに記された賞味期限は二ヶ月も前のものだった。他にも色々と悲惨な末路を辿っている食品たちが見える。冷凍庫の中には凍ったご飯……夕飯の残りだろうか? 少しずつ小分けされた食品が凍っている。
「ご覧の通り、美咲は余った食事を冷凍保存するなどまめにやりくりしていたようです。必要以上に冷蔵庫に食品を溜め込んだりもしていません。そんな性格の人がなんの理由もなく腐らせるような真似はしないでしょう。単純に家に戻ってきていないと考えるのが妥当です」
なんというか、本当にしっかりした子だ。俺が何か口を挟む余地なんてないくらいに。
「これで美咲が部屋に戻っていないという確認は取れました。問題はどこへ消えたのかという方ですが……それに関しての手がかりは……」
部屋の中に目を向ける深雪。彼女が次に向かったのはパソコンデスクだ。幾つかの本と一緒にノートパソコンが一台置いてある。深雪は躊躇わず電源を入れるが、立ち上げる為にはパスワードが必要だった。これは無理かと考えたが、そこはさすが妹。わけのわからない単語を素早く入力し認証をクリアしてしまった。
「“あろなごん”ってなに……?」
「昔飼っていたフェレットの名前です」
うーん……美咲のネーミングセンス……。
それはさておき美咲のパソコンの中身を調べてみる事になった。これまたプライベートな情報が目白押しだろうという事で直接捜査は深雪一人で行い、気になる事があれば声をかけると言って彼女は画面に没頭した。手持ち無沙汰になった俺が部屋の片隅に腰掛けていると、さっきから部屋の中をうろついていたシロウが声をかけてきた。
「なあおいレイジ、おかしくねえか?」
「何が? 別におかしな部屋ではないと思うけど? パンツも落ちてないしね」
「パンツはどこにも落ちてなかったが、それより今はアレだ。アレがないのがおかしいって話だろ。絶対にあるはずなんだよ……だけどないんだ、アレが」
首をかしげる。どうやらシロウは“アレ”の名前が出てこない様子である。暫く考え込んだ後パソコンを指差し、それから自分の頭の周りに手を……。
「――ヘッドマウントディスプレイ!」
「そう、それだ! あるはずなんだよ、ザナドゥやってたんならこの部屋にはよ。だけど……見ろ、どこにも見当たらねぇんだ」
確かにおかしい。それは……おかしいぞ。
美咲はパソコンの周辺機器はあのデスク近辺にコンパクトに纏めている様子だ。だけどそこにもHMDは見当たらない。あれはXANADUというゲームをプレイする上で絶対に必要な“ダブ装置”を兼ねている。だから俺やシロウ、美咲も勿論同じ物を持っているはずだ。
だがこの部屋にはHMDがない。ないというのはどういう事だ? 美咲が自分で捨てたのか? いや、そもそもゲームオーバーになった後……HMDはどうしろと書いてあった? 返却? だけど返却先なんて書いていなかった。誰にどうやって返す? 返さないのだとしたらどうするものなんだ? そしてなぜそれがここにないのか――考えられる理由は?
「……誰かが……持ち去った?」
自分で口にしてみるとやけにしっくりその響きは腑に落ちた。そうだ。誰かがここに来て……それで持ち去ったのだとしたら? 美咲と一緒に……XANADUに関するものを……。
シロウは前に俺達の住所はXANADUを送ってきた“誰か”に筒抜けだと言った。恐らくHMDがない事に気付き、すぐにこの可能性に思い至ったのだろう。二人して改めてあちこちを引っ掻き回していると、深雪が不機嫌そうに振り返り言った。
「ちょっと、勝手にタンスを開けたりしないでください」
「今大事な事に気付いたんだ! それが見つかれば杞憂で済むけど……とにかくごめん!」
深雪はわけがわからないと言った様子で肩を竦めた。それから俺達はそれこそ部屋を隅々まで調べつくした。ちょっと見ちゃいけないもの、触っちゃいけないものにも行き当たったが、ドキドキワクワクしている暇は全くなかった。何せ結局HMDは見つからなかったのだから。
「いい加減説明してくれませんか? 一体何を探しているんです?」
「ないんだよ……XANADUへのダイブ装置がよ」
シロウは俺に代わって深雪に説明してくれた。その間俺は立ち上がったままの美咲のPCに近づく。さっきから一つだけ引っ掛かっている事があった。
このノートパソコン、型もそんなに新しくないしそもそもゲーミングPCではない。大学生がちょっと持っていますくらいのパソコンだ。
俺のPCはゲームを快適にプレイできるだけの性能を持っているので気にしなかったが、そもそもこんなチャチなPCであんな高性能なゲームをプレイ出来るのか? 確かインストールする時に同封されていた解説書を読んだが、そこには必要スペックについて書かれていなかった。あの時は早くゲームをプレイしたくて細かいことは気にしなかったが、必要スペックがわからないPCゲームなんてあるわけがない。
だとしたら考えられるのはやはりあのHMD。あれ自体がダイブ装置として、そしてゲームを演算する装置としての役目を持っていたという事だ。だとすればあれだけ小さくて軽い装置にどれだけの最新鋭の技術が詰め込まれているのかわからない。価格も相当なものだろう。HMD自体は他にも存在しているが、現在でも定価で買えば四、五万はする。そんな高価な物をほいほい送りつけて、そのまま未回収なんて事があるだろうか?
深雪も話を聞き終え大体状況を把握した様子だった。表情は険しい。少し考えた後ベッドに腰掛けながら口を開いた。
「では……なんですか? そのゲーム装置を回収した人間がついでに美咲を拉致したとでも言うんですか?」
「いや……あくまで可能性だけど……」
「いい加減にしてください。そんな非現実的な事が……」
俺だってそう思う。そう思うけど……何かとても嫌な予感がしていた。この予感は恐らくずっと前からあって、だけど俺はそれを直視しないようにしてきた気がする。
XANADUは危険なゲーム……そう考えれば何もかも腑に落ちるし、そもそも怪しいって、危ないかもしれないって理解していた筈だったのに。それを認めてしまったら、姫様はじいや……ズール爺さん、向こうの世界にいる人達もすべて邪悪な存在なのだと考えてしまいそうで、そんな自分の迷いをどこかに押し殺していたんだ。
「俺だって違うと思いたいよ。馬鹿馬鹿しい話だって……」
「しかしよ、こうなったら乗り込むしかねぇんじゃねーか? そのトリニティ・テックユニオンって会社によ」
「トリニティ社が作ったかどうかってのはわからないんだよ?」
「そりゃ……そうだけどよ……」
「冷静に考えてみたら俺達、そのトリニティ・テックユニオンって名前でどこか安心していたんじゃないかな? とりあえず実在する大企業で、何と無く周辺情報からトリニティ社が作った物だろうと考えていた。製作元が一切不明だったらもっと警戒していたんじゃないかな? 今になって思えば、トリニティ社が作った……と、“誰か”がミスリードしていた……そんな可能性すら考慮しなきゃいけないと思う」
舌打ちし頭を掻き乱すシロウ。俺も随分打ちのめされた気分になっていた。俺は……俺は別にいい。真実を知る為にあの世界で戦い続ける覚悟はある。だけど……他の仲間達はどうだ?
まだ中学生のJJ。マトイだってやっと自分と向き合い始めたばかりなのに。ちょっととぼけているけど優しいアンヘル。遠藤さんだって心配だ。あの人はどちらかというとこっちが心配されるような感じだけど……シロウにだって仕事がある。元々清四郎をシロウと呼んでいた“親しい奴ら”がいる。俺はそんな人たちを巻き込み続けていいのだろうか……。
考えるべきことが多すぎて手のつけようがなかった。俺はこれからどうしたら良いのだろう。何をするのが正解で、何が間違いなのかわからない。だけどもう絶対に間違えてはいけないんだ。これ以上美咲のような人を出すわけにはいかないのだから。
「私には……どうしても信じられません。そのゲームと美咲の失踪に関連性があるとは……」
深雪は立ち上がりながらそう言った。そりゃそうだ。彼女の言う事は正しい。しかし……。
「そういう可能性があるという事だけは理解しました。ですがその可能性を探るのは最後です。先ずは今集められる情報を集め、整理してからです。確認出来る事をすべて網羅した上で何も光が見えないのであれば……そのXANADUというゲーム、調べる価値はあるでしょう」
そう言って彼女は俺達に目を向けた。どうやら部屋から移動する気らしかった。
俺達は美咲の部屋を後にする。もうこの場所から得られる情報は何もないだろう。大家に言って鍵を閉めてもらい、丁寧に礼を告げてから深雪は電話を取り出した。
「次の場所に向かいましょう。まだ手がかりがすべて尽きてしまったわけではありませんから」
俺とシロウには最早出せる案もなく、頷いて彼女に続く事にした。
電車に乗り込み駅を移動していると、夕日の赤みが強くなっていく。日が暮れていく様子に時間の経過を感じつつ、向かった先は先日俺達が待ち合わせに使った駅。そこから歩いて言ったのは、例の美咲がバイトしていたという喫茶店であった。そこで暫し待っていると、店から一人の女性が姿を見せた。先日遠藤さんがナンパしていたあのバイトさんだ。
「お待たせ深雪……って、あれ? この間の……?」
「その節はどうも……」
何とも言えない気まずい雰囲気のまま俺達は前回と全く同じ流れで近くのファミレスへと向かった。本日二度目のファミレスである。チェーン店ではあったが店そのものは違ったのが唯一の救いか。とりあえず定番のドリンクを飲みつつ話を進める。
「そっか、あんた達も美咲を探してたんだね。それであのおっさん私に美咲の話を聞いてきたんだ。てっきり変な勧誘かと思ってはぐらかしちゃったよ」
明るく笑いながら語る茶髪の女性。彼女は美咲の友人で眞鍋さんと言うらしい。同じ大学、同じ学部で高校からの友人なのだという。その付き合いの長さから何度か深雪とも顔を合わせる機会があり、今回深雪は彼女を頼りに東京へとやってきたのだという。
流石に事前に話が通っていただけあって眞鍋さんは前回とは違って明るく警戒もほどけていた。これなら有意義な情報を聞きだせるかもしれない。
「美咲、バイトクビになっちゃってね。何ヶ月も無断欠勤続けば当然なんだけど……店長も苦汁の決断って感じだったね。美咲目当てで店に通う客も多かったし、何よりあの子皆に好かれてたから。良く働くいい子だったのに心配だって言ってたよ」
「美咲は大学にも行ってないんですよね?」
「見てないし、連絡もつかないね。あの子は元々マメにケータイ見るタイプじゃなかったけど、電話に出られなきゃ必ず折り返すような真面目な子だったんだ。なのに何度かけても応答なし……っていうか最近かけたらいよいよ“お客様がおかけになった電話番号は”って始まっちゃってさ。完全に打つ手なしって感じだよ」
「携帯は解約されてるの?」
「……わかりません。その辺の事は、なんというか……」
深雪の微妙な答えに首をかしげる。まあ、この感じだと携帯は解約されているっぽいな。それか単純に利用料金未払いで停止食らってるか。どちらにせよ美咲の失踪が原因だろう。
「当然、私もあちこち探してみたんだけどね。あの子交友関係凄く広かったから、聞いて回るだけでも大変だったよ。だけどダメ、手がかりなし。力になれなくてごめんね」
「いえ、ありがとうございました。それと……眞鍋さん、XANADUというゲームについて何かご存知の事はありませんか?」
「ざなどぅ……? ああ、知ってるよ? エックス、エー、エヌ、エー、ディー、ユー?」
意外な反応に思わず目を丸くしてしまった。深雪は表情を変えずに話を聞きだす。
「オンラインゲームでしょ? 美咲と頼子に誘われて応募したけど、私は抽選ではずれちゃったみたいね。美咲は当たったって喜んでたけど、多分私にその話をしてもわからないだろうと気を使ったんだろうね。実際あの子がゲームの話してるのは聞いた事なかったな」
「その頼子さんというのは?」
「美咲の友達。まーなんていうの? オタクっていうか……腐女子っていうの? そういう類の奴で、美咲の友達じゃなかったらまず私と接点がないような感じのやつ。でも話してみるとけっこー面白いんだよね。わっけわかんない事喋りだす事もあるけど。あいつも何か知ってるかもしれないから、連絡先教えるよ。ついでに私からも一報入れとく」
こうして思いがけず次の手がかりを入手する事に成功し、眞鍋さんとは別れた。三人に戻った俺達は次に頼子なる人物と接触を図ろうと試みるも、メールの返事はなかなか返ってこなかった。住所までは聞いてなかったし、聞いていたからといってまさか押し入るわけにもいかない。とりあえず手詰まりと言う事で足を止めていたその時だ。
「……頼子さんのところに行く前に、もう一箇所行っておきたい所があるのですが」
「どこ? 俺達も付き合うよ。もう暗くなってきたし、一人じゃ危ないよ」
「そうですか……いえ、まあ……そうですね。そうしていただけると助かるかもしれません。私自身何がどうなるか想像も出来ませんので、冷静な第三者が立ち会ってくれた方が何かと好都合です」
目を逸らし、つらつらとよくわからないセリフを述べる深雪。俺とシロウが顔を見合わせていると、彼女は何かを決意するように頷いた。
「また電車で移動しますよ。駅に戻りましょう」
「誰に会いに行くの? アポはとれてる?」
「……取れていませんが……まあ、恐らく大丈夫でしょう。ダメならダメで構いませんしね。私も出来れば顔を合わせたくない人物ですから」
きょとんと目を丸くする。深雪は振り返り、それから困ったような表情で言った。
「……美咲の母が経営しているスナックが、二駅先にあります。目的地はそこです」
「じゃあ、もしかして……」
「はい。会いに行くのは美咲の……そして、私の母親だった人です」
苦い記憶を思い出すかのように深雪は顔を顰めた。
元笹坂と笹坂の母親。彼女らの関係に馳せ、俺は何と無く物悲しい気分になっていた。




