再起(2)
「それにしても、洗礼の儀ってどんな事をするのかな?」
馬車に揺られて草原を進むレイジ。その隣では緊張した面持ちで書物に目を通しているオリヴィアの姿があった。洗礼の儀を受ける為、“賢者”へ会う事になったオリヴィア。レイジがその護衛としてオルヴェンブルムを発ってから丁度一時間が経過しようとしていた。
目指す場所はオルヴェンブルムよりも更に北にある森林部で、ここから二十分程移動に時間を要する目算であった。儀式の為に大人数は不要であり、結局の所馬車を走らせる為にじいやが同行しただけで、後はレイジとオリヴィアだけで済む話だったのだが……。
「マトイさんはどう思う? 洗礼の儀っていうくらいだから……もしかして水に入ったりするのかな? 何と無く修行っぽいイメージもあるし……滝に打たれるとか?」
明るく声をかけた先、向かいの席にはマトイの姿があった。何か考え込んでいたのか反応は上の空で、マトイは思い出したように頷いてみせる。
「えっと、そうですね……どんな儀式なんでしょう? 想像もつきませんね……」
「姫様はどう? 何か詳しい事はわかった?」
「いいえ……。あれから色々調べてみたのですが、洗礼の儀についての資料は殆ど見つかりませんでした。先王……お父様がつけていた記録にも、儀式の詳細は記されていませんでしたし」
姫が今正に持っているそれがそうなのだが、何度も繰り返し目を皿にして読み返して見ても重要な情報は得られそうにもなかった。そんなわけで結局の所行き当たりばったり。その賢者というのがどのような人物なのかもわからないままであった。
窓の向こうを眺め、のどかな草原の様子に息を吐くレイジ。緊張しきっているオリヴィアとずっと考え事をしているらしいマトイに挟まれ、お世辞にも居心地が良いとは言えなかった。そもそもなぜマトイがついてきたいと言い出したのか、それがよくわからない。
王都奪還戦の後、マトイは暫く姿を見せなかった。あんな事があり、信じていた人に裏切られたのだからそれも当然の事のように思えた。それまでレイジはまだマトイと現実での連絡先を交換していなかった為、マトイのその後を知る術もなかった。結局心配はしつつも放置で時間を過ごしていたのだが、今日になって現れたマトイは塔へ出発しようとしているレイジに対し同行を申し出たのである。その真意はこの段階になってもさっぱりであった。
あんな事があった手前、本音を明かせばマトイにどのようにして声をかければいいのかレイジにはわからなかった。そもそもレイジ自身があの一件を消化しきれていないのだからそれも当然の事かもしれない。ここに至るまで一時間の道中、馬車の中は重苦しい沈黙に支配されていた。それがあと二十分も続くと思うと、レイジは溜息が止まらなかった。
暫く馬車を進めた所で景色が徐々に変わってきた。目当ての森が見えてきたのだ。しかしその森はただの森ではなかった。木々は全てが白く染め上げられており、葉はまるで結晶のように光を弾いて煌いている。砂も純白で、大地はまるで砂浜のようであった。このような特殊な地形に足を踏み入れた経験はなく、馬車を降りつつレイジは感嘆の声をあげる。
「すごいな……なんだろう、この不思議な景色は」
「この近辺の森だけがこうなっているようですな。ここから先はご覧の通り足場が砂になっておりまして、馬車では進む事が出来ません。私はここで皆さんの帰りを待たせて頂きます」
屈んで砂を確かめるレイジ。それはとても柔らかく、馬車の車輪では上手く進む事が出来そうになかった。しかしここに一人でじいやを残して進むのも心苦しい。ここに至るまで魔物には遭遇していないが、ここでじっとしていればどうだかわからない。
「大丈夫ですか? もしも一人のところを魔物に襲われでもしたら……」
「ご安心を。何故かこの白き森近辺には魔物が出現しないのです。いざとなったら森に逃げ込めば、命の危険はないでしょう」
「魔物が出現しない森……? そんな場所があるのか……?」
だったら護衛は不要だったのではないかとも考えたが、オリヴィアは不安をいっぱいに溜め込んだ眼差しをレイジに向けている。上着の裾を引く小さな手に苦笑を浮かべ、少年は頷く。
「まあいいや。とりあえず一緒に行こうか。ここからはいつも通り俺が担いで行くよ。マトイさんもブーストでついてこれるよね? ペースは落とすからさ」
頷くマトイ。そうして二人は同時に精霊を取り出し身体に力を滾らせる。レイジはオリヴィアを抱き抱えると、じいやに一礼してから砂の森の中へと足を踏み入れた。
颯爽と大地を駆け、足場の悪さにも直ぐに慣れてきた。跳躍を繰り返すように移動しつつ遠巻きに見える塔を見つめる。それは遥か天空まで立ち上っており、しかし全体が森と同じく白い彩色で構成されている上、光を弾いて背景に溶け込んでいる為遠くからは目視が難しかった。そんな特性さえなければ、オルヴェンブルムからでも見る事が出来そうな大きさである。
「姫様、大丈夫? 静かに進んでるつもりだけど、気持ち悪かったら言ってね?」
「はい、大丈夫ですよ。レイジ様は優しく運んでくださいますので、とっても快適ですから」
これがシロウだったらこうは行かないだろう……なんて事を考えつつレイジは苦笑を浮かべた。森は見た目には美しかったが、どうにも生き物の気配を感じる事が出来ない。純白の草木も作り物のような印象を受けたし、実際に触れてみるとまるで砂で作られた彫像のようにあっさりと崩れてしまった。風一つ吹き抜けない静寂の中、そう時間をかけずに三人は塔の近くまで移動出来た。麓から見上げる塔はやはり大きく、入り口らしき場所を求めてその外周を彷徨う事になった。
「しかしすごいなあ……これ、どういう建造物なんだ? どうやって建ってるんだろう……っていうか、誰が建てたんだろう?」
「わかりません。私がこの世界に存在し始めた時には既にありましたし、文献によれば太古から存在しているようですね。こうした古代から存在している建造物を、私達は“アーク”と呼んでいます。ダリア村の傍にあった神殿、あれもアークの一つなんですよ」
アークとは用途不明、建造者不明の古代遺跡を差す言葉である。“聖地”と呼ばれる事もあり、それはこの世界の人知を超えた技術、素材で作られた古代の建造物であり、そして魔物が全く近づく事が出来ない場所の事でなくてはならない。アークの多くは有事の際の避難場所に設定されており、魔物の脅威もこの領域にまでは及ばなかった。
「ただ、この塔は賢者様の許しがなければ立ち入る事が出来ないのです。賢者様が我々とお会いになられるのは洗礼の儀を受ける時のみ……。以前オルヴェンブルムが双頭の竜に攻撃された時もここへ多くの民が押しかけましたが、賢者様は結局塔を開け放ってはくださいませんでした。ご覧の通り生き物は存在しない森ですから、篭城する事も出来なかったのです」
「なんだそれ。その賢者様ってのはかなりの意地悪なんだな。困っている人が沢山やってきて救いを求めているのに入れてやらないなんて……何を考えてるんだか」
そんな雑談を交えて歩く事数分。塔の入り口らしき門を発見した三人は、やはり閉ざされていたその前で足を止めた。塔は一つの継ぎ目もない、まるで一つの巨大な鉱石で作られたような外見をしており、その門もまた例外ではなかった。なぜそれが門だと判断出来たのかと言うと、壁に門のような柄が描かれていたからに過ぎない。
「ここが出入り口なのかな」
とりあえず壁を叩いてみるレイジ。しかしうんともすんとも言わない。暫く試行錯誤した後力任せに蹴飛ばしてみたが、勇者の力を持ってしてもびくともしなかった。
「どうやって開ければいいんだ……?」
見かねた様子で扉に近づくオリヴィア。彼女が手を触れると扉は光を放ち徐々に透過していった。最終的には人が通る事の出来る空洞を作り、レイジはがっくりと肩を落とした。
「俺の努力は一体……。まあいいや、中に入ってみよう」
塔の内部は青白い光で満ち満ちていた。外観以上に内部には広大な空間が広がっており、一種の異空間を思わせる。物理的には在り得ないが、ゲームなら可能だろう。硝子張りの大地、結晶の壁。虚空には光の粒がふわふわと舞い踊る。周囲の様子を眺めながら中心部に近づいて行くと、そんな三人の頭上からゆっくりと何かが降下してきた。まるで円盤のようなそれが大地に着陸すると、レイジはその直前で足を止めた。
「乗れって感じだな」
「ソファみたいになっていますね。乗ってみましょうか」
円盤の上に三人が腰掛けると、円盤はふわりと再び宙に舞い上がった。そのまま長大な塔の中をぐんぐんと加速しながら上昇していくのだが、不思議と加重は感じない。やがて円盤は三人を眩い光の中へと連れて行き、何もかもが真っ白な光に包まれた直後、三人は見知らぬ庭園に座っていた。白い花と白い木々が咲き乱れる天空の園。張り巡らされた水路を流れる水の音が爽やかで心地良く、ひんやりとした風が頬を撫でて行く。
「ここは……?」
「――意地悪な賢者が住まうアークの中枢だよ。ようこそ、“まどろみの塔”へ」
そこには白い装束の女が立っていた。女だと判断出来たのは声と身体つきからで、髪は短く切り揃えられており、何より顔には独特の形状をした仮面を被っていた。白装束は間違いなくこの世界のデザインであったが、どことなく白衣のように見えない事もない。
上着のポケットに両手を突っ込んだまま女は近づいてくる。声からも外見からも若さは感じられど、知識を重ねた賢者のようには思えなかった。戸惑う三人に近づくと女は軽く肩を竦め、それから三人を順番に眺めて行く。
「挨拶くらいしたらどうだ? 洗礼の儀を受けに来たんだろう?」
「あ、うん。俺は勇者のレイジ。こっちは同じく勇者のマトイ。で、彼女が……」
「クィリアダリアの次王として儀式を受けに参りました、オリヴィア・ハイデルトークです」
恭しく頭を下げるオリヴィア。女は姫の振る舞いに何かを納得したのか、繰り返し頷いてみせた。それから背を向け、庭園の中に無造作に並んだ本棚へと近づいて行く。
「君が次のハイデルトークか。王が入れ替わるのは何年ぶりかな……。まあ、見た所君は何の問題もなさそうだ。次の王にでもなんでも好きになれば良いさ」
きょとんとするオリヴィアを他所に女は本を広げている。この庭園の足元も砂のようになっている部分があり、本棚の多くはそれに半ば埋もれるようにして佇んでいた。その様はどこか忘れ去られ消えて行く記憶を思わせ、感傷的な空間を演出している。
「好きになればいいさって……洗礼の儀ってやつは?」
「それならもう済んでいる。洗礼の儀は……まあ、なんだ。私が許可すればそれで終了なんだ。“フラグ”は成立される。だから今のでおしまいだよ」
「では、私はクィリアダリアの王として認められたのですか?」
本を捲りながらゆっくりと頷く賢者。姫は喜んでその場でぴょこんと小さく跳ねて笑みを浮かべたのだが、レイジにはいまいち納得が行かない。少し顔を見ただけで許可というのもそうだが、何より彼女の“フラグ”という言い回しが引っ掛かった。
「あんたは何者なんだ? どうもただのNPCって風には見えないんだけど」
「NPC……ノンプレイヤーキャラクター、か。そうだな。ある意味において私はNPCであり、同時にNPCではないとも言える。その辺りを君に詳しく説明する義理はないので割愛するが……ともあれ、一般的なキャラクターの一人でない事は確かだな」
「だったら何だ? あんたもGM……ロギアと同じ立場の人間なのか?」
女の風貌も顔につけている仮面も、あのゲームマスターであるロギアを思わせる。だがレイジが違和感を覚えたのはそこだけではなかった。そう、それだけではなかったのだ。しかし少年はこの時気付く事が出来なかった。故に今その違和感は無関係な話題である。
「立場は全く異なっているが、ロギアは他人ではないね。私の役割はここでこの世界を見守り続ける事……そして正確なデータを取り続ける事だ。それ以上でも以下でもない」
意味深な言葉に腕を組み考え込むレイジ。賢者はその様子に小さく笑って見せた。
「ゲームを運営する上で、こういう役割は必要なものさ。君にならわかるんじゃないか?」
「……そりゃ、まあ。じゃあ、この世界にはその……あんたの他にも、ただのNPCではなくて……世界の運営に関わってる奴がいるって事なのか?」
「それは……教えられない。厳密には教えても構わないが、それでは君自身が面白くないと私は考える。この仮面もまあ、その類の物だ。人に見せれば失望を呼ぶのでね」
首を横に振るレイジ。賢者の言う事はよくわからなかった。ここ最近わからない事ばかりが続いていてなんだか憂鬱な気分になる。だが深く考えた所で意味はないのだ。気持ちを切り替え、“そういう存在がいる”という事だけを記憶する事にした。
「この塔……まどろみの塔について訊いてもどうせ答えないんだろ?」
「答えるほどの意味のある事ではないだけさ」
「だったら一つだけ教えてくれ。あんた……名前は?」
女は本から視線を逸らし、口元に笑みを浮かべる。そして答えた。
「ノウンだ。いつからか、そう名乗っている」
「賢者ノウン……か。覚えておくよ」
「その必要は恐らくないだろうがね。もう二度と会う事もないだろうさ」
身構えていたほどの時間は取られず、覚悟も空回りに終った。無事に洗礼の儀を終えたと言ってよいものかどうか。ともあれ三人はまどろみの塔を後にした。
「もう洗礼の儀は終ったのですか? 随分と早かったですな……しかしこれでオリヴィア様も立派な王権保有者! 胸を張って国を再建する事が出来ますな!」
馬車に戻った三人から話を聞くなりじいやはそう言って喜んだ。時計を確認してみると、ログアウトまでにオルヴェンブルムに戻るのは難しそうだった。
「まいったな。これじゃあ姫様を城まで送っていけないよ」
「私の事なら心配要りませんよ。馬車なら魔物が出てもそうそう捕まりはしないでしょうし……それに、マトイ様は何かお話があったのではないでしょうか?」
オリヴィアから話を降られ驚くマトイ。しかし意を決するとレイジへと向き合った。
「レイジさん……その、少しお時間……いいでしょうか?」
「俺は全然構わないけど……じいや、本当に大丈夫?」
「ほほほ、大丈夫ですじゃ! 城一番の駿馬ですからな! ではお二人とはここでお別れとしましょうか。それではまた後日、姫様の晴れ舞台でお会いしましょう」
優しく微笑み手を振るオリヴィア。馬車が遠ざかって行くのを見送ると、レイジは大きく身体を伸ばして振り返った。
「それで、話って何かな?」
「はっ、はい。まずは……その、先日は本当にすみませんでした。助けてもらったのにろくにお礼も言わずに逃げてしまって……」
「逃げただなんて……みんなしっちゃかめっちゃかのままログアウトしちゃっただけでしょ? そんなに気負う必要なんかないよ」
深々と頭を下げるマトイに慌てて両手を振るレイジ。マトイは顔を挙げ、それからもう一度頭を下げた。
「ありがとうございました……。私、何も出来ませんでした。レイジさんや皆さんが居てくれなかったらどうなっていたか……本当に、ありがとうございました」
ゆっくりと頷くレイジ。暫く頭を下げたままのマトイであったが、やがて勢い良く顔を上げた。それがあまりにも気合満天だったもので、レイジも思わずきょとんとしてしまう。
「あのっ! 私、考えました! 自分の何がいけなかったのか……私と皆さんの何が違ったのか……。私あの時、本当はもうすっかり諦めてしまっていたんです。全部嫌な事から逃げて、これまで通り他人に言われるがままなんだって……だけどレイジさんが励ましてくれて、レイジさんが必死に頑張っているのを見て……私っ、自分が情けなくなって……」
スカートの裾を両手で握り締めながらマトイは目にいっぱいの涙を溜め込んでいた。その潤んだ瞳のまま、それでも正面からレイジと向き合おうとしている。
「私っ、クラガノさんの言う通りのダメな女なんです……! 何もかも他人に決めてもらって、それでしょうがないんだって諦めて……そんな自分が嫌いなくせに何かを決める勇気もなくて……。だからクラガノさんに頼って、甘えて、また人任せにして……。だけど……だけどレイジさんを見て思ったんです! 私もレイジさんみたいに強くなりたいって!」
「え……俺? 俺別に強くないと思うけど……」
「そんな事ありません! レイジさんは本当に……あんな状況なのに諦めないで、最後まで抗おうとしていました。私も……レイジさんみたいに……本当は誰かに言われるがままの脇役じゃなくて……自分で困難に立ち向かうヒーローみたいに生きたかったんです……!」
レイジは別に特別かっこいい男ではない。だがあの時、レイジの必死でひたむきな姿を見たマトイの感想が正にそれであった。“ヒーロー”……どんな困難にも負けない、不屈の精神で立ち向かう戦士。少女が憧れていたのは、自分の責任を何もかも担保してくれる保護者のような存在ではなく。自分自身で明日を切り開く強さを持った英雄だったのに。
「私っ! 今は何も出来ない役立たず、ただの足手纏いです! だけど……これからいっぱい頑張って強くなります! 怖い事も痛い事も、がんばってやります! もう人の所為にしないで、自分で何かを決めるようになりたいから……! だからっ! こんな私でよかったら……レイジさんの……みなさんの、なっ……仲間にしてください! お願いしますっ!」
涙を流し、顔をくしゃくしゃにしながら精一杯の声で叫び、頭を下げる。その様子は一見すると滑稽で、だけどそれくらいに真剣で一生懸命だった。頭を下げたまま震えているマトイに近づき、レイジは笑顔でその肩を叩いた。
「……俺の尊敬している人が言ってたんだ。情けなくても、失敗だらけでも、嫌な自分や辛い現実を真っ直ぐに受け止めて、それに立ち向かえる人はかっこいいって。あの人がそう言ってくれたから、俺は今こうしてここにいる。だからマトイさんにも同じ言葉を送るよ。今はダメでもいいじゃないか。これからかっこよく生きられるよう、一緒にがんばろうよ!」
そっと右手を差し出すレイジ。マトイは泣きながらその手を取り、両手で強く握り締めた。まるで子供のように泣きながら何度も頷き、レイジはその背中を優しく撫でた。
「マトイさん、メガネメガネ。メガネすっげえズレてる」
「はい……ぐすっ、すびばぜん……ぐすっ!」
一頻り泣いてみればすっきりするもので、赤くなった目でマトイは空を見上げていた。草原で膝を抱えて座るマトイの隣、レイジは立ったまま同じ様に空を見上げる。
「私……一度はこの世界から逃げようって思いました。だけどまだやらなきゃいけない事が残っていると思うんです。クラガノさんに言われっぱなしじゃ悔しいし……それに、まだハイネがどこかで生きているなら……その責任を取るのは、チームメイトの私の役目だと思うから」
「だったら決まりだね。マトイさんにはクラガノを見返すっていう目的、それからハイネを追いかけるって目的がある。だったら今はそれを目指して頑張ろうよ」
「だけど……私なんかにハイネを止められるでしょうか?」
「それは、JJに相談だね。俺にも正直よくわかんないけど、JJだったらいい考えをくれると思うよ。君の能力についても、今ならもっと色々な事がわかるんじゃないかな? なにより俺達はチームだ。少し酷な言い方だけど、俺にだけ認められても仲間とは言えない」
「はい。戻ったら皆さんに一人一人お願いしてみるつもりです。今度こそ……本当の仲間になれるように……。嫌われても、叱られても……それでも諦めてしまわない事。自分を卑下したり、目的を投げ出さない事……。それが、“誠意”なんですよね……」
立ち上がり微笑んだマトイはどこか吹っ切れた様子であった。
彼女は確かにクラガノの言う通りであった。何もかも他人のせい。自分では何も決断しようとせず辛い事からは逃げてばかり。しかし彼女はそんな自分を冷静に把握するくらいの頭は持っていたし、それを嫌いなんとかしたいと願うくらいの善性は有していた。
それに手を伸ばそうと踏ん切りをつけるだけの勇気がなかっただけ。だが今は少しだけ違う。勇気そのもののように真っ直ぐな人が傍に居る。彼と一緒にいれば、仲間として歩めば、その勇気が自分にも少しずつ芽生えて行くような気がする。だから――。
「これからも宜しくお願いしますね、レイジさん」
頷き返しながらレイジは思い出していた。自分の幼い感情や苦しみを吐露され、笑顔で受け入れてくれた美咲の事を。
それで良いのだと、変われるのだと、信じていると言ってくれた彼女の言葉にどれだけ救われたかわからない。だから今はこれでいい。美咲に貰った言葉を、美咲に貰った優しさを、誰かに少しずつ分け与えて行く。それが少年にとっての、唯一の救いとなるのだから……。




