ログイン(2)
「はあ……。もしかして俺……早まったかなあ……」
深々と溜息を漏らすのはこれで何度目だろうか。神殿の中庭まで出てきた俺は一人で水路を流れる水を眺めていた。
この神殿の中にはどこからか水が引かれており、中庭に張り巡らされた水路を満たしている。人の手は長らく入っていないのだろうが、それにしては荒れているという印象は受けず、丁度いい程度に草花が茂っていた。
いや、そんな事はどうでもいいんだ。問題は……このゲームからどうやってログアウトすればいいのかさえもわからないという、この途方にくれた状況である……。
神を名乗る女が消えてから、俺達六人はなんとも言えない空気の中に居た。しかし暫くするとその空気に耐えかねたのか、それとも各々やるべき事でも見つけたのか。とにかく一人、また一人と広間を去り、俺もその流れに乗ってあの場所から出てきたというわけである。
「どんだけ協調性ないんだよあいつら……まあ、人の事は言えないんだけどさ……」
「うーん、緊張してたんじゃないかな? 皆そんなに悪い人じゃないと思うよ」
「のわあっ!?」
思い切り飛び跳ねてしまった。慌てて振り返ると、そこにはあの黒髪の女の子が。
「やっほー。あ、もしかして驚かせちゃった? ごめんね!」
「あ、いや……いえ、大丈夫ですけど……」
目を逸らしつつ二歩後退する。すると彼女は笑顔を浮かべ、二歩前進。
「他のみんながどこに行ったのか知ってる? 探してるんだけど、見つからないの」
「いや、多分神殿の外に出たんじゃない……でしょうか」
更に三歩後退。すると彼女は不思議そうな顔で三歩前進する。
「ねえ、君はここで何をしてたの?」
「いやっ、別に、なにもしてませんでしたけどっ」
背後に飛び退く。その辺で漸く彼女は理解してくれたようだ。
「もしかして、さっきから逃げてる?」
逃げてるというか……近いんだよ、あんたが……。
初対面の相手に対してずんずん距離を詰めてくる。しかも無邪気な笑顔で、だ。僕だってそれなりにコミュニケーション能力はあるはずなんだけど……なんだろう。これが噂に聞くリア充ってやつなんだろうか? こんなに勢い良くパーソナルスペースに飛び込んで来た奴は初めてだ……。
「逃げてるというか、そんなに近づかなくても会話は出来ますよ」
「あー、しかも敬語だ! せっかく一緒にゲームしてるんだから、もっと気楽に行こうよ」
「ゲームだからこそ最初は敬語なのがマナーだと思いますよ……」
「そうなの? じゃあ、私が普通に喋ってくださいってお願いしたら、敬語やめてくれるかな?」
なんでそうなるのかよくわからないっていうかそもそもそっちが敬語になったら意味がないんじゃないか……とそこまで考えてまた溜息を吐いた。
多分こいつは……何にも考えてないんだ。だからこっちがいちいち考えて気を使うだけ無駄なんだ。そう思ったら急に全てが馬鹿馬鹿しくなってきた。
「わかったよ、敬語はやめる。それでいいんだろ?」
「うん、ありがとう! えっと……そうだ! 自己紹介、しよっか!」
満面の笑みで、ずいっと身を寄せる彼女。そうしてまた俺の手を勝手に握り締める。
「はじめまして! 私の名前は笹坂美咲、大学生です! 苗字が呼び辛いので是非名前で呼んでください。よろしくね!」
「大学生……じゃあ年上じゃないか。やっぱり敬語……」
「一度決まった事に男の子がぐちぐち言うのはかっこ悪いと思うなあ。それより、ねえ。こっちが自己紹介したんだから、今度は君の番だったりしないのかな?」
小首を傾げながら笑う……美咲。少し緊張して自分の顔が赤くなったのがわかった。
「俺の名前は、織原礼司……って、ああっ!?」
「えっ? ど、どうかした?」
どうかしたも何も……何を当たり前に本名を名乗ってるんだ、俺は!
ゲームなんだからどう考えたってハンドルネームとか、キャラクターネームを名乗るのが常識じゃないか。なんだってこんな迂闊な事を……。
と、そこまで考えて気付いた。そうか、美咲がごく自然に本名を名乗ったからだ。このゲームはゲームなのだが……運悪くフルダイブ型。こうしていてもごく普通に現実で喋っているのと変わらない感覚なのだ。そのリアルさが災いしてしまったという事か。
「まさか釣られて本名を名乗ってしまうとは……」
「え? 本名? 何の話?」
「……なんでもないよ。織原礼司、高校生。よろしくね……」
こいつにゲームがどうとか言っても無駄だろう。多分……ド素人だ。ネットゲームだってやった事はないだろう。そんなやつに一から常識を教えるほど俺はお人好しじゃない。
「織原君かー。いいなあ、言いやすい苗字で」
「サササカさん……だっけ? 確かに言い辛いね」
「そうなの! しかもそれ! “さん”がつくのがまた厄介でね、余計に“さ”が増えちゃうんだ……名前もミサキで“さ”があるっていうのに、もう散々だよね。全部繋げるとサササカミサキサンだよ! “さ”多すぎでしょ!」
一体何が楽しいのかわからないが、美咲はさっきからずーっと笑っている。一瞬だって笑顔が途切れる事はない。それはなんとうか、不思議な感じだった。それに……。
「美咲って、キャラエディットとかしてないよね?」
「キャラ……エディット?」
「えーと、キャラクターを作ったりする事。でもその様子じゃ知らないか」
そう、このゲームにキャラクターのエディット機能はない。
ダイブしていきなりあの草原に放り出されたのだから、要するにMMORPGでは当たり前に存在している幾つかの設定プロセスを吹っ飛ばしているという事になる。
キャラクターエディットとは……要するに自分がゲーム内で操るキャラクターを作る事を言う。ゲームにもよるけれど、例えば種族から選べて、肌の色や体格、性別も選択出来る。現実は男でも女のキャラクターを使っている奴なんてごまんといるし、その逆も然り。
こういうゲームの面白い所は、現実の自分とは違うキャラクターを動かせるっていう所に何割かが割かれていると思うのだが、それが一切出来ないとは何事なのか……。
「要するに、現実の冴えない俺のままってわけだ……」
「さっきから一人で何をぶつぶつ言ってるの?」
「どうせならイケメンでプレイしたかったって話。それにしても……」
改めて美咲に目を向けてみる。
長い黒髪はつやつやしていて光沢が風に波打っている。顔立ちも整っていて、美少女と言って問題ないだろう。スタイルも良好。胸は……それほど巨大というわけではないが、腰のラインなんか相当のものだ。足もすらっとしていて、それこそなんというか、キャラクターエディットしたんじゃないかという様な感じである。
流石に芸能人クラスだとまでは言わないが、間違いなく美人だ。ちょっとまともに横に居るのが嫌になるくらいには……。
「……世の中って不公平だよな……」
「ねえ、何? 私にもわかるように言ってよ」
「あーいや……。それよりあんたはどこにもいかないの?」
「行くあてもないからね。それよりさ、どっか行っちゃったみんなを探したいんだけど、君も手伝ってくれないかな?」
「探してどうするのさ?」
「もちろん決まってるよ。せっかくだから、仲良くなる!」
握り拳にどや顔を添えた構えで宣言する美咲。僕は静かに溜息を吐いた。
「意味わかんね……」
「人と人とが仲良くなるのに意味や理由なんかないよ。そうするのが当たり前なの」
本気で言っているのだとしたら相当能天気な奴だ……とは思うが、正直俺も他にする事がない。いや、本当はこんな所でのほほんと話している場合ではないのかもしれないが。
「とりあえず、神殿から出てみれば?」
「そうだね。それじゃあ一緒にいこっか!」
こいつ……何を聞いていたんだ。俺は出てみれば? と言ったんだぞ……。
美咲に強引に手を引かれ中庭から神殿へ戻り、外を目指す。途中、大広間に座ったままの金髪の少女が見えたが、明らかに声をかけられる雰囲気ではなかったので見なかった事にした。
「おーい、君も一緒に……!」
「見なかった事にしろ! どうせあいつは暫くあそこにいるって!」
美咲の手を引いて強引に連れ出す。こいつは基本的に空気を読まないらしい。
それにしても……確か彼女はゲームマスターからマニュアルとかいう物を受け取っていたはずだ。ここからはよく見えなかったが、今もそれを見ていたのだろう。
「……んー。後で見せてもらった方が良さそうだな」
「え? 何を?」
きょとんとしている美咲に首を横に振ってみせる。
なんというか……あの場に集まった六人の中で一番声を掛け辛いのがあの子なのだ。恐らく最年少だとは思うのだが、こう、いかにも声をかけるなという威圧感を周囲に放っている。しかもあんなやりとりの後だから、今は気が立っているだろうし。
少女を残し神殿を出た俺達は森の中を歩き始めた。一応、道なき道というわけではなく、有る程度整備された山道のようなものはある。という事は、あの神殿には誰かが通っているのだろう。だからこそ荒れ放題ではなかったのだろう。
「それで、どっちにいこっか?」
分かれ道に差し掛かり美咲が立ち止まる。ここは確か……俺が来る時に通った道だ。
「あっちに行くとだだっ広い草原があるだけだったな。結構起伏があったから詳細まではわからないけど、多分目立つようなものはなかったよ」
「そっか。特に何もなかったと言う事は、そっちに行った人は少ないかもね。じゃあ、まだ行った事のない方に行ってみよっか」
「あんたはどっちから来たの?」
「ん? 私は森の中に倒れてましたよー」
笑いながら歩き出す美咲。俺は彼女の少し後ろにつき、森の中を進み出した。
そうして暫く山道を進んでいると、前方からこちらに向かって来る人影を発見した。それは見覚えのない人物ではなく、俺達とあの神殿にいた一人だった。
「やあ、お二人さん」
暢気な様子で挨拶をしてきたのはなんとも気の抜けた雰囲気の男であった。
背は高く、体格はわりとがっちりしている所をみると、何かスポーツでもやっているのか。ぼさぼさに伸びた長い髪を後ろに流し、雑な感じに束ねている。顔には真面目に剃る気はありませんといわんばかりに無精髭が残り、柔らかい……というか、失礼な話ちゃらんぽらんな感じにへらへらと笑みを浮かべている。
恐らく真面目な顔をしていればそれなりに迫力の有る男なのだろうが、ゆるゆるとした雰囲気でそんな風には見えない。片手をズボンのポケットにひっかけたまま、軽く手を振りながら男は歩み寄る。
「こんにちは! えーっと……」
「ああー、そういえば自己紹介もまだだったね。君達は、さっきから目立ってたけど」
まあ、そうだろうね。でも俺は何かしたわけじゃなくて、俺の後ろでこいつが何やらスベリ芸を披露していただけなんだけど……。
「私は笹坂美咲、こっちは織原礼司君です。今、他のみんなを探していた所なんです!」
「ちょっ」
思わず噴出しそうになった。なんでこいつ、人の本名を平然と広めるかね。
「美咲ちゃんに、礼司君だね。僕は遠藤と言います。どうぞよろしくお願いします」
あえて仰々しい振る舞いと共に彼は笑った。もう完全に俺の名前は本名で通っていく事になりそうだ。ていうかこの人も普通に本名を名乗っているような……。
いや……何故かなんとなくハンドルネームっていうか、偽名のような気もする……。
「それで、君達は他のメンバーを探しているんだって?」
「そうなんです。なんか、微妙な空気のままみんなどこかに行っちゃうから……」
「うーん。みんな色々と試してみたい事があったんじゃないかな? 僕も色々と気になる事があってね。あちこち見て回っていたんだよ」
そりゃ、気になる事しかないっていうか……これからどうすればいいのかさえわからないとなると、動いて調べてみるしかないんだけどさ。
「それより、丁度良かったね。実は僕も君達を探していたんだ」
「私達を、ですか?」
「うん。この道をまーっすぐ進んでいくと森から出られるんだ。更に暫く進んだ所に小さい村があってね。道なりだから迷う事はないと思うけど……うん。ちょっとまあ、色々と興味深い事があってね」
「村があるのか……いや、村があって当然なんだけどさ」
ロギアとかいう女はこのゲームはRPGだと言った。そしたら、村がないほうがおかしいだろう。そして村があると言うことは、村人もいるという事になる。
「えーと、遠藤さんは村人に会ったんですね?」
「うん、そういう事だね。しかしちょっとなんというか、事情が複雑みたいでね。とりあえず全員集めてみようかと思ったのさ。ちなみにヤンキー風の彼と、胸の大きい彼女は君達より先に遭遇してね。既に村に行くように言っておいたから」
ヤンキーと胸の大きい……要するに、俺達以外の二人か。そういえば二人とも早い段階で神殿を出て行っていたような気がする。
「遠藤さん、女性を部位だけで表現するのは失礼だと思います!」
そこに真顔で食いつくあたり、この美咲という人はくそ真面目だと思いますよ。
「いやあ、でも本当にすごいおっぱいだったんだよ。外人さんだからかな?」
で、あんたも真顔で切り返すなと……いや、なんかもういいや。
「金髪のちっこい子なら、まだ神殿にいましたよ。呼んできましょうか?」
「いや、ここまできたついでだから僕が連れて行くよ。君達は早めに村に行って、状況を把握するのに時間を使った方がいいだろうからね」
こうして遠藤さんと俺達は擦れ違い、お互いが歩いてきた道を進み始めた。
彼の言う通り、真っ直ぐ進めば森からは抜け出せた。更に道なりに平原を進んでいくと、遠くに小さな村が見えてくる。彼が言っていたのはあそこだろう。
「わー! なんていうか……RPGだね!」
「美咲はRPGやった事あるの?」
「うん、あるよ。アクションゲームとかは難しくてね、操作が追いつかないんだけど……RPGはじっくりやれるでしょ? レベルを上げれば強いボスにも勝てるしね。ゲームの中では、得意な方かな!」
そのゲームにもよると思うけどね。まあ、国民的某スタンダートRPGとかなら、確かにそうなのかもしれないけど。
それにしたってなんというか……うーん。ゲーム下手そうな感想だなあ。
下らない雑談はさて置き、俺達は村へと到着した。俗に言う、はじまりの村である。
村の規模は決して大きくはなかった。周囲には田畑が広がっており、森から続く川に寄り添うようにして作られている。のどかで、平和そうな……まあ悪く言うと何にもなさそうな村である。目立つ物と言えば、川辺にある大きな水車くらいか。
「あれ? なんか、人だかりが出来てるね?」
気になったのはそこだ。村の入り口辺りに村人達が集まっている。彼らに囲まれているのは……神殿に居たヤンキーと巨乳の二人だ。何やら村人に圧倒されている様子である。
「あのー、どうかなさったんですか?」
そこにずばっと入っていけるのが美咲さんのすごいところですよ。
「ああ……お前らか。どうもこうも……事情はこいつらに聞いてくれっつーの」
ヤンキーはすっかり参った様子で肩を竦めている。巨乳の方は……完全な無表情だ。二人は正反対の様相で、ちょっと見ただけでは何があったのか判断出来そうもない。
「おお! こちらはお仲間の“勇者様”ですかな?」
と、その時だ。村人の中に居た杖を突いた老人が俺達を見てそんな事を言ったのは。
「ありがたや、ありがたや……。やはり神は我らの願いを聞き届けてくださったのじゃ」
爺さんが手を合わせはじめたが最後、村人全員に拝まれる俺達。ちょっとリアルでは体験したことのない奇妙な状況に俺は完全に圧倒されていた。なるほど、ヤンキーがげんなりしているのもわかる……しかし、美咲はというと。
「おじいさん、おじいさん。頭をあげてください」
爺さんの手を取り、にっこりと笑いかけていた。
「私達はまだここに来たばかりで状況がよくわかりません。でも、私達が来たからにはもう大丈夫ですよ」
そしてものすごくテキトーな事をほざいた。
「ちょっと待て! あんた何言ってんだ!? 色々な説明が抜けてるぞ!」
「礼司君……君はRPGをやった事がないのかな?」
したり顔で腕を組む美咲。俺、ヤンキー、巨乳の三人は横並びに彼女に注目する。
「RPGといえば勇者! 勇者といえば魔王討伐! そして困っている村人を助けながら、アイテムを集めたりレベルをあげたりする、そういうゲームなんだよ!」
三人でぽかーんとしていると、美咲はその場でくるりと反転し村を見る。
「よくわからないけど、この村の人達は困っています。ということは、私達がその問題を解決してあげればいいんだよ!」
「おお! 流石は勇者様……なんと心強いお言葉……!」
そしてまた拝みが始まってしまった。美咲は村人の前で手を振り、何やらご満悦の様子。
「おい。俺は決して頭はよかねえが……一つだけ言えるぜ。あいつはバカだ!」
眉間に皺を寄せたヤンキーがそんな事を言い出した頃。村人達の様子が少し変わった。
先ほどまでは俺達の周囲に殺到していたのだが、今は道を開いている。しかしそれは俺達に対して道を開いたのではなく、村の奥から来た人物を迎え入れたというのが正しい。
「姫様! こちらの方々が、神よりの使いでございます!」
そういう先入観を持って見ると、なるほど。それは姫だった。
他の村人の衣装とは明らかにクオリティが違う純白のドレス。なにやらきらきらしたアクセサリも大量に身に纏っている。頭に乗せたティアラが傾いているのだけ気になるが、そこを見ないふりすれば彼女はお姫様そのものである。
「まあ、ではやはり……! み、みなさん、失礼のないようにしてくださいね!」
もう大分失礼をかまされた気はするのだが……それよりお姫様のあたふたした様子が気になった。確かに年齢は十代前半くらいだろうから、落ち着きなんてものはなくて当たり前なのだが、それにしたってキョドりすぎだろう。
姫はお供に連れていた兵士数名を下がらせると、爺さんと入れ替わり前に出た。そうして俺達の様子を視線で一巡し、スカートの裾を摘み、お行儀良く頭を下げる。
「はじめまして、勇者様。私はこの国の姫、オリヴィアと申します。遠路はるばるようこそおいでくださいました」
と、プリンセスしていたのはそこまでで。ボロが出たのか、喋りがおかしくなっていく。
「あ、いえ、遠路といいますか、神の国がどこにあるのか私は知りませんので、多分遠くなんだろうなーという想像からなのですが……とにかく、歓迎いたします!」
釘でも打ってやろうというのか、振りかぶった頭を思い切り下げたその時、まるでカタパルトよろしく射出されたティアラが俺目掛けて吹っ飛んできた。
ティアラは俺の腹辺りに命中し、カランと虚しい音を立てて地面に転がる。村人達は全員目が真ん丸くなっていたし、俺達も一歩も動けなかった。姫だけが状況を理解出来ない様子で顔を上げ、落ちていたティアラを平然と拾い上げる。
「あら? じいや、私のティアラがどうしてここに落ちているのかしら?」
「そ、それは……姫……その……」
「まあ、構いません! それよりお屋敷で皆さんを歓迎する準備をしているんですよ。今迎えが来ますから、もう少しだけお待ち下さい!」
「え、あ……おかまいなく……」
自分の口から出たリアクションに俺が一番困惑している。
なんだろう、この茶番は……。ていうか、その迎えはいつくるんだ……。
「じいや、迎えの馬車はどうしたのかしら?」
「姫様……そもそも、姫様はなぜここまで歩いていらしたのですか? 馬車は?」
「馬車は今壊れているというので、歩いてきたのよ?」
「では、馬車は壊れているので、いくら待っても来ないのでは……」
胸の前で両手を叩き、納得した様子の姫。それから慌てて俺達に言った。
「も、申し訳ございません! 馬車が壊れているので、牛車でもよろしいでしょうか?」
「いや、俺達歩くよ……」
「いえいえそんな、神の使いを歩かせるだなんて失礼な事、とんでもありません!」
……さっきティアラを俺にぶつけたのは失礼じゃないのか……。
「えーと、お姫様? 私達、今この村に来たばかりなんです。少し村を見て回ってからお屋敷に行きたいので、先に行って準備していてくれませんか?」
と、そこで美咲がファインプレーを見せた。お姫様はその言葉に納得なさった様子で、兵士達を連れてダッシュで引き返す様子でございますよ。
「わかりました! このダリア村は自然が豊かで、のどかで、村人達も優しくて気の良い人ばかりです。きっと皆さんも気に入ると思いますよ! それでは!」
走り出す姫。しかし直ぐに転んでしまった。すかさず兵士が二人左右につき、姫を抱えるようにしてすごい勢いで屋敷へと戻っていった。
――嵐は去った。
「ではでは、我々は宴の準備もありますので……後ほど」
爺さんは村人を纏める立場にあるのだろう。集まっていた人々に指示を飛ばし、あっという間に散らしてしまった。こうして俺達は村の入り口に取り残されたわけだが……。
「ダリア村っていうんだね、ここ。お屋敷ってあれかな?」
「でかい建物だから迷う事は無さそうだね……って、あれ?」
村を見て回る気満々の美咲に対し、ヤンキーは既に森に向かって歩き始めていた。
「あ、あのー……村に行かないんですか?」
「なんかめんどくせえ。お前らさあ、話聞いといてくれよ。俺はそのへんにいるからよ」
呼び止める間もなく、男はさっさとどこかへ行ってしまった。なんという協調性のなさ。
「ありゃりゃ……もう、みんなで一緒に行動すればいいのにー。どうして一人になりたがるのかなー」
「あんな茶番を見せ付けられれば呆れもするよ……」
唇を尖らせる美咲。さて、残されたのは俺ともう一人。巨乳がいるわけだが。
遠藤さんに言われるがまま巨乳で脳内変換されていた彼女だが、確かに胸がでかい。美咲もなかなかのものだが、こっちは本当に日本人離れしたスタイルだ。
日本人離れしているのはスタイルだけではない。顔つきも、髪の色も目の色も、それこそエディットしたのではいかと疑いたくなるようなものだ。
「ねえ、あなたはどこかに行ったりしないよね? 一緒に行くよね?」
俺を押しのけ巨乳に駆け寄る美咲。そうして逃がさないように手を繋いでみせる。
「そうですね。わたくしは……貴女様方に同行しようかと思案しております」
口から出たのは日本語だ。日本語だが、なんかちょっと変だった気がする。
「わー、よかったー! 私は美咲、こっちは礼司君! あなたのお名前は?」
「わたくしの名前は……アンヘル。以後お見知りおきを」
「アンヘルかー。わー、すごい! 外国人さんだー!」
いやっちょっと待て! なんかそのリアクションは色々おかしくねえか!?
名前がアンヘル? いや、これがゲームだとすれば本名を名乗らないのはむしろ自然……なのだが、なんだこいつの喋り方? ロールプレイってやつか?
そもそも、このゲームは現実の姿が反映されるんじゃないのか? 彼女、アンヘルの髪色は銀、目の色は金色だ。そんな奴、現代日本にいるわけねえだろ!
「礼司君、さっきから何を一人でもだもだしてるの?」
「ああ、いや……っていうかさ、俺の自己紹介もまとめてやるのやめない?」
「なんで? 時間短縮になっていいと思うけど」
こいつは本気でそう思ってる。いい事をしてやってるくらいの気持ちなんだ。だからもう、俺が何か言った所で無駄なのだ。
「まあ、えーと……よろしく、アンヘルさん」
「はい。よろしくお願い申し上げます、レイジさん」
「それじゃあ挨拶も終わった事だし、早速村を見て回ろう!」
俺とアンヘルの手を取り、満面の笑顔で宣言する美咲。しかしだ。
「遠藤さんを待たなくていいのか? っていうかあのヤンキーを放置でいいのか?」
「だって仕方ないじゃない。彼はまた後でつれてくるよ。遠藤さんは……たぶんほっといてもお屋敷まで来るんじゃない? 状況は把握してるみたいだったしね」
そんなわけで、俺達はダリア村をぐるりと歩いてみる事になった。




