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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【王都奪還】
29/123

フィスト(3)

「こいつ……どうしてこのタイミングで……!?」


 瞳を輝かせ手の中に巨大な剣を構築する巨人。繰り出される一撃を背後に跳んでかわしたレイジへシロウが八咫の太刀を投げ渡す。素早くそれを受け取ると意識を集中、レイジは鋭く刃を抜き去った。途端に全身に激しい力が流れ込み、痛みもすべて吹き飛んでしまった。


「レイジ、こいつがお前の言ってた奴か!?」

「そうだけど……こいつ、ハイネを庇ってるのか?」


 見れば巨人はハイネを背にし、残りのプレイヤーを相手取るようにして構えている。それはレイジの言う通りまるでハイネを庇っているかのようであった。しかし当のハイネも状況を把握出来ていないのか呆けた様子で、目の前の乱入者をきょとんと眺めていた。


「シロウ以外は下がって! こいつ、かなり強いよ!」

『シロウ、レイジ! そいつを行動不能に追い込んで! 聞きたい事が山ほどあるの!』

「しょうがねーな……行くぞレイジ! アテにしてっからな!」


 JJの指示に頷き前に出る二人。白騎士は全く臆すことなく飛び込んでくる。巨大な剣を片手で横薙ぎに振るい、レイジとシロウはそれぞれ素早く身をかわす。

 跳躍して攻撃を回避、すかさず空中で身体を捻り蹴りを放つシロウ。しかしその一撃は白騎士には通用していない。片腕で防御され、傷をつける事すらままならなかった。


「シロウ君の攻撃が効いていない……?」


 冷や汗を流す遠藤。あの一撃で普通の魔物なら粉砕されているし、相手が黒騎士だろうが鎧が拉げて当然の攻撃力の筈だ。それをあの巨人はまるで意に介さぬ様子である。

 前転気味に斬撃をかわし、素早く背後に回りこんだレイジが太刀を振るう。雷撃を纏った一閃、しかしこれも傷をつけるには値しなかった。第二撃を繰り出そうと前後から迫る二人に対し白騎士は肩部の装甲を展開。円形の装置を露出させると、そこにエネルギーを収束させた。

 直後、爆音が爆ぜた。巨人の周囲数メートルの範囲に光の衝撃波が迸りレイジとシロウは思い切り弾き飛ばされてしまった。壁に激突し減り込むレイジ、シロウはカーペットの上を玉座の前まで滑り、段差に引っ掛かって漸く停止する。


「が……っ!? なにを……しやがった……!?」

「う……っ、つ、強い……っ」


 強烈なダメージに身体が動かない二人を一瞥し騎士は徐に腕を伸ばす。そうしてハイネを巨大な手で掴み上げると、壁に開いている穴に向かって進んで行く。

 背後から銃撃を放つ遠藤だが、その攻撃もまるで通じていない。騎士は背中の装甲を展開。二対のブースターを出現させると、轟音と共に炎を撒き散らし空へと舞い上がった。呆然とする一行の目の前から、光の軌跡を描きながら大空へと逃げ去ったのである。


「一体あれはどういう類の存在なのかな……?」

「シロウ、レイジ! ああもう、やっぱり逃げられたのね……!」


 遠藤が呆然と呟くのとJJが謁見の間に飛び込んでくるのはほぼ同時であった。見る見る遠ざかって行く巨影を恨めしげに睨み、JJは肩を落とした。




 こうして幾つかのイレギュラーに翻弄されながらも王都奪還作戦は成功を収めた。それが果たして本当の意味での成功だったのか、それは誰にもわからない。だが少なくともレイジにとってそれはただ成功と断言するには心許ない結果であった。

 ログアウト後、暗闇の中で目を覚ましたレイジは自らの体の異常を確認した。あれだけぼろぼろにされた肉体も、現実に戻ってみればすべて夢の中の出来事であると知る。電気をつけ、ベッドに腰掛けて今日の出来事を振り返りつつ、少年は小さく溜息を吐いた。

 そんな時だ。携帯電話の着信音が鳴り、それが通常の通話ではなくアプリを使用した物であると気付く。画面にはJJの名前が表示されており、レイジは一呼吸置いて電話を受けた。


「もしもし、JJ?」

『…………そう。レイジ……身体に異常はないわよね?』

「大丈夫だよ。怪我はログアウトすれば治るし、次にログインした時にはなかった事にされてる。それはシロウがさんざん検証した事じゃないか」


 やはりJJはゲーム中とは少し喋り方が違っていた。だがそれは事前に承知していた事だ。あえてつっこんだところでろくな事にはならないだろうから、レイジはそのまま話を続けた。


「それで? どういう事だったのか説明してくれるんでしょ?」


 結局あの乱入者にハイネを奪われてから、ログアウトまでの間に説明を受ける事は出来なかった。まだやる事は山ほど残っていたし、ログアウト後の事についてNPCに指示を出さねば鳴らなかった。それが一通り終るのを待つ前にレイジも気絶してしまったものだから、安否確認も兼ねてJJは連絡してきたわけだ。


『どうもこうも……ただ、私は最初からあいつの事は怪しいと思ってたってだけよ』

「どうして? あ、そうか。JJにはクラガノの能力が分かってたんだもんね」

『それは少し違うわね。そもそも私の能力は、レイジが思っている程万能じゃないのよ』


 強力な能力にはそれ相応の代価が必要――それはザナドゥにおける能力の基礎原理だ。

 身の丈に合わぬ強大な力を使えば意識を失う。能力は強力であればあるほど消耗は激しく、そして複雑で精密であればあるほど、多くの制約を受ける事となる。JJの能力もまたその制約から逃れる事は出来ない。


『他人を見た時、私には大雑把に二つの事がわかるわ。一つは“力の強さ”……そうね、もっと分かりやすく言うなら“魔力”とか“MP”みたいなものよ。これは視覚的に感じ取れるもので、目を凝らせば相手の身体を覆うオーラとして推し量る事が出来るわ。更に大雑把に色でどんな方向性の能力なのかも判断する事が出来るわ』


 とは言え、色は一人一人異なるもので、同じ様に見えても若干の違いがある。方向性がわかるというのは少々不確かな言い方であり、結局の所もう一つの能力と兼ね合わせる事が必要になってくる。そしてもう一つの能力とは、既に周知となっている他人の能力を見破る能力の事である。しかしこれには幾つかの制約が存在していた。


『私は他人を見るだけで直感的にどんな能力なのか感じる事が出来るわ。これは人には凄く伝え辛い感覚なんだけど……見ればイメージが沸いてくるって感じね。但し、これは万能ではなくて……例えばレイジ。私は最初あんたの能力を、ただ物を出し入れするだけの力だと“誤解”していたでしょ?』

「あ……やっぱり、もう一つの能力……つまり、他人の能力を奪う事に関してはJJもわかっていなかったんだね?」


 双頭の竜との戦いの前、ミサキと共に神殿で能力についてJJに質問した時の事だ。JJはレイジの能力を診断し、その内容が大したことのないものであると判断した。しかし実際の所レイジの能力は様々な“幅”を持っていたし、他人の精霊を食うという隠し球さえもあった。


「でもそれは変じゃない? だって、ミミスケのあの能力……他人の精霊の能力を継承する力について俺に教えてくれたのはJJだったじゃないか」

『そうよ。だから双頭の竜と戦う前と後では、私の能力の効果が違っていたの。違っていたというか……精度が上がっていたって事。私のこの能力はね、相手が意識的に“能力を知られたくない”と考えている場合、かなり精度が落ちてしまうのよ。要するに、能力を深遠まで把握したい場合は、“合意”の上でなければいけないってわけ』


 一度目の時、レイジは自分の能力を恥じて隠したいと願っていた。だからJJには能力の表層しかイメージする事が出来なかったのだ。しかし二度目はレイジが心を開きJJを信頼していたからこそ、ああやって能力を掴む事が出来た。


『クラガノはね、どんなに能力を探ろうとしても表層しか理解出来なかったのよ』

「それは……つまりクラガノさんは、俺達に心を開いていなかったって事?」

『確かに初対面の相手に心を開かないのは当然の事よ。実際マトイやハイネもそうだったしね。だけどクラガノはああやって“敵意はない”と示し、協調性のあるような素振りを見せながら、その実誰よりも能力を隠そうとしていた。そんな矛盾、どう考えたって怪しいでしょ?』


 それはJJにしか感じることの出来ない違和感であった。だから彼女一人だけがずっと不機嫌で、ずっとその違和感の正体を探り続ける事が出来た。


『だから騙されてたのはせいぜいあんたとシロウくらいのもんよ。私達は最初からクラガノがボロを出すのを待ってたってわけ』

「ひどいな……先手必勝でもっと早く抑えてくれても良かったのに。ていうか俺に教えてくれれば……」

『教えたらあんたどんな反応したと思う?』


 考えてみる。恐らくはそれでもクラガノを信じようとしただろう。結果は何も変わらなかったかもしれない。むしろクラガノにバカ正直に話をしようとして、もっと酷い状況を作っていたかもしれない。額に手を当てながら苦笑するレイジ。JJは小さく笑みを浮かべた。


『あんたとシロウはどうせ嘘なんかつけないんだからそれでよかったのよ。結果的にはハイネに逃げられたし……その、レイジには随分きつい思いをさせちゃったけど……。それに関しては私の不手際。だから……謝るわ』

「いや、あれでよかったんだと思うよ。現実を突きつけられなきゃ俺も多分ゴネてただろうし……それでJJや他の皆と衝突してたかもしれない。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方だよ。結局JJや遠藤さんに助けられただけだった」

『それを言うならアンヘルもね。レイジ、なんだかんだ言ってアンヘルにクラガノやマトイ、ハイネの事を調べさせてたでしょ? あんたも結構早い段階でクラガノが怪しいって気付いてたんじゃないの?』


 そう、レイジもまたクラガノが怪しいという事には気付いていた。そもそもあの三人の中心格はクラガノで、ハイネもマトイほどではないがクラガノだけを信頼していた。そんな三人の内誰が“犯人”であったとしても、クラガノが全く知らないという事はないはずだった。


「何より、俺達五人の中に犯人が居るとは思えなかったからね……」

『NPC殺しの件ね。あれが逆にクラガノの胡散臭さを引き立てたのよね。だってレイジが犯人じゃないって事はみんなわかってたもの。だとしたらレイジを貶めて得をするような人間が犯人だって言う簡単な逆算だから』

「JJ……俺の事信じてくれてたんだね」

『信じていたっていうか……その、これまでの行動や性格を冷静に分析した結果……』

「ありがとう、JJ」


 笑顔で告げると少女は黙り込んでしまった。暫くすると咳払いを一つ、気を取り直したように声を低くする。


『……でもね、残念だけどあの事件、恐らく犯人はクラガノじゃないわよ』

「えっ? どういう事……?」

『あんたを犯人にしたてあげようとしたアムネア砦の事件、あれはクラガノが犯人で間違いないと思うわ。だけどクラガノがあの事件を起こそうとした切欠である大元のNPC失踪事件……その犯人はクラガノじゃないと思う』


 クラガノ、マトイ、ハイネ。その三人が単独行動を取れないように、かつ班分け後に裏切りに遭い、各個撃破されぬように……それがJJの考えた王都奪還作戦の班分けであった。レイジとマトイ、シロウとハイネ、そしてクラガノとアンヘルと遠藤。この三つの編成は“安全”と“監視”を兼ねたものである。そしてこの班行動中、クラガノはアンヘルと遠藤、両方の視界から外れたことは一度もなかったのだ。


「ちょっと待って、それじゃあ例の砦の時は?」

『あの時は班行動中じゃなかったし、クラガノとマトイが二人きりだったでしょ。マトイに後で聞いたけど、クラガノは一度事件前に席を外していたそうよ。監視が取れた直後に行動するあたり素人そのものだけど、まあとにかくあの事件はクラガノがやったんだと思うわ。ズール爺さんの所から剣を盗み出すのも、適当にNPCを人気の無い所に誘い出すのも、“勇者”なら簡単な事だしね』

「だけど他のNPCが失踪した時、クラガノにはアリバイがあった?」

『ハイネもそうだし、マトイもそうよ。そもそも前線からダリア村まで戻るのは幾らプレイヤーだって時間が掛かるもの。誰にも見つからずにNPCを殺すなんて不可能よ』


 白騎士と遭遇した時マトイと別行動を取る事はあったが、あの時はログアウトまで間もなかった。考えてみればあそこからダリア村まで、勇者がブースト全開で駆け抜けたとしても間に合うはずがなかった。


「ハイネでもマトイでもない……じゃあ、他に誰が? まさか遠藤さんやアンヘルってわけじゃないよね?」

『それは…………正直、なんとも言えない。特に遠藤に関してはログインしていなかった日が何日かあったでしょ。しかも丁度NPC失踪事件が起きた頃合に頻繁にね』


 ログインしていないと言えばまるでザナドゥの世界にいなかったように考えがちだが、そもそもログイン場所を選べるあのゲームにおいてログインしていなかったと言いながらこっそりどこかにログインする事は容易な事であった。だからこそ誰かの目の届くところに居るという事が重要であり、レイジが監視されていたのもむしろ潔白を証明するためだったのだ。


「遠藤さんが犯人なわけないと思うけどな……」

『だけど、それは誰にも証明出来ないのよ。あんたが犯人じゃないと言ったところで証拠を出せなかったのと同じ事。人を本当に信用するのってね、すごく困難な事なのよ。誰にも自分の善性を証明する事は出来ない……他人も然り、ね』


 誰かを信じるという事は困難な道である……それがレイジがこの一件から学んだ教訓であった。信じるという言葉は確かに聞こえはいい。だが何も知らず、考えもせず、疑いも持たずに信じると言い張る事、それはただの妄信に過ぎない。マトイがクラガノに対して……或いはハイネもそうだったのか。ともかく人に自らの意志決定権を預けるという事は決して幸福な結末を引き寄せる事はないのだ。


「難しいな……信頼を作って行くって。本音を言えば誰も疑いたくなんかないけど……だけど、俺がしっかりしなきゃ駄目なんだよな。JJや遠藤さんにばっかり嫌な事押し付けて目を逸らしているんじゃ、それは逃げているのと同じだもんね……」

『……それに気付けたなら上出来よ。まあなんていうか、こっちもそれに気付いてもらう為にあえてああいう状況を作ったところもあるしね。あそこまであいつがクズだとは思ってなかったから、読み違えもいい所だったけど……』


 携帯電話を耳に当てたまま立ち上がるレイジ。窓際に移動しカーテンを開くと、深夜の町には雨が降り注いでいた。水滴のついた窓ガラスに映る自分の姿を見つめ、目を細める。


「……なあ、JJ。俺達“勇者”は……あの世界にとってどんな意味を持っているのかな」

『レイジらしい疑問ね。ただ一つ言える事は、私達の存在は善にも悪にも成りえるって事。行動一つ一つが世界を変えてしまう可能性を持っている。クラガノみたいに破綻した思考の勇者が他にもいるかもしれないし、積極的に世界に害を成そうとする奴がいるかもしれない』

「もしもそういうプレイヤーに会ったら……戦うしか……ないのかな」


 最後まで笑顔で消えていったクラガノの薄気味悪さはレイジの胸の中に残留し続けていた。結局あの男が何を願い、何を求めていたのかはわからない。本当に単なる娯楽として他者を貶め傷つけていたのだとしたら。それを本当にただのゲームだと思っていたのだとしたら。そんな純粋な悪意に対しどう対応する事が正解なのか。レイジの手には余る課題であった。


『相手は特別な力を持った“勇者”……どうにか出来るのは同じ勇者である私達だけよ。これからそういう戦いは……多分、間違いなく起こると思うわ。クラガノの言っている事にも、厄介な事に一理あるのよね。私達は凄く特別なゲームで遊んでいる……。まるで特別な主人公にでもなったかのように錯覚してしまう。その思い上がりが悲劇を生む可能性は高いわ』

「だけど……相手は人間なんだ。それを殺す事に……本当に危険はないのかな?」


 じっと見つめる掌。嫌な予感がしていた。ゲームオーバーになって失踪したミサキ。消えたNPC。クラガノの言葉と不気味な笑顔……それが胸の内側を掻き毟っているようだった。


『今は考えても仕方ないわ。今日はそろそろ休みましょう。今後の事はまた明日考えればいいじゃない。私たちはボスを倒してオルヴェンブルムを奪還した……今はそれだけでね』

「……そうだね。ありがとうJJ。こんな遅くまで付き合ってもらって」

『流石に眠いから、もう寝かせてもらうわ。それじゃあお疲れ様……またね、レイジ』


  通話を終了しベッドの上に倒れるレイジ。しかし胸のもやもやが晴れる気配はなく、結局一晩中今後の事、そして考えても答えの出ない惑いに翻弄され続けるのであった……。

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