フィスト(2)
本音を明かせばハイネの胸中にあった感情、それは確かな恐怖であった。
徹底的に痛めつけた筈の相手が、それもこんな気の弱そうな少年が、遥か格上である筈の自分に立ち向かってくる。何度も何度も、叩きのめしてもまた起き上がり睨みつけてくる。その瞳の鋭さには狂気すら感じたし、満身創痍の身体に不気味さを覚えた。
今のレイジを立ち上がらせている物がなんなのか、ハイネにはさっぱり理解出来なかった。当然の事だ。彼のこれまでの人生、こんな相手と出会った事などなかったのだ。たかだか二十年に満ちるか満ちないか程度の時間の中で、彼が出会う事の出来ない人種だったのだ。
力のない者はただ怯え、奪われるだけだと男は思っていた。それが自然の摂理で、社会の当然で、常識的に繰り返される世界の仕組みだと。弱者は弱者のまま。だから自分は強くあろうと、その強さを振り翳す事にこそ生きる意味があるのだと考えていた。
だが目の前の相手はどうだ? こんな当たり前の、どこにでも居そうな、恐らく世界中に満ち溢れた掃いて捨てる程いるであろうただの少年。しかし彼は確かに尋常を超越していた。幾らこれがゲームであるという事を差し引いても、その状態は死んでいて当たり前の物だ。
「なんだ……? なんなんだ、テメェは……?」
レイジは弱い。レイジは決して強くはない。もう一回でも攻撃すれば死ぬ、もう死ぬだろう。それは頭では理解している。だがその眼差しが、只管に真っ直ぐな眼差しがハイネを逃がさず捉えようとしている。まだ何か出来るのだと、逆転を思わせてくる。
「いいや……所詮幻想だな。そこそこ楽しかったが、テメェはそろそろ死んどけや」
低い姿勢で構え直し、下段から鎌を繰り出した。鋭く大地を掠めた斬撃は立っているのがやっとのふらついたレイジの身体に迫る。今度こそ間違いなく命を奪った――そう確信した時、レイジの目の前に何者かが割り込んでいた。それはつい先ほどまで倒れていた筈のアンヘルであった。アンヘルはリビーダで鎌を受け止めると障壁でハイネを弾き返し、倒れかけていたレイジの身体を横から支えるのであった。
「……申し訳御座いません、レイジさん」
「てめっ、なぜ動ける!? おいクラガノ、薬の効果はまだ切れないはずだろ!?」
慌てて振り返るハイネ。肝心のクラガノも困惑は同様であった。何故急にアンヘルが立ち上がったのかわからない。だがその疑問は直ぐに解消される事となった。
突然響き渡ったのは銃声だ。直後、ハイネの身体ががくりと揺れた。側面から肩を撃ち抜かれたのだ。しかし敵の姿は見えない。そもそもこの世界に存在しないはずの“銃”という概念に混乱し、ハイネは大きく背後へと跳んだ。
「なんだ!? 何が起きてる!?」
『――残念だったわね。折角悪役気取りで好き勝手やってたっていうのに、邪魔されちゃって』
声は床に転がっていた遠藤の精霊から聞こえていた。声の主は間違いない、JJだ。
「どういう事だ……? クラガノ、外の連中は!?」
「JJ……君は毒薬を飲んだんじゃなかったんですか?」
『飲むわけないでしょ、バァーカ。そんな露骨な罠にこの私が引っ掛かるとでも思ってんの?』
眉間に皺を寄せるクラガノ。だが確かにその目で確認したのだ。魔物との戦闘で傷付いたJJも遠藤も、薬を飲んで倒れた筈だ。オリヴィアもNPC達も同じだった筈。それを完全に確認したからこそここまでやって来たというのに。
『NPCは本当に倒れてたわよ。あいつらに“演技”は無理だから。お陰で安全な場所まで運ぶのに手間取っちゃったけどね。安心しなさいレイジ、お姫様もみんなも無事だから』
「JJ……でも……どうして……?」
通信機越えに聞こえる声にJJは小さく溜息を漏らした。彼女は今、城の外で物陰に隠れながら子機に声を投げかけている。そのままハンドサインでNPC達に指示を出すと、城の周辺に包囲網を完成させつつあった。
「そうね。話すと長くなるけど……要するに騙されてたのはあんたとシロウだけだったって事」
そう、JJは最初からクラガノを訝しんでいた。マトイでもハイネでもなく、クラガノをである。故に彼女の思考には常にクラガノに対する警戒があり、そこから様々な危険を予測する事は比較的容易であった。
「参ったな。いつから気付いていたんですか?」
『最初からだって言ってんでしょ。私はレイジみたいなお人好しとは違うの。無条件に相手を信用したりしない……そう、どちらかと言えばあんたと同じタイプってわけ。だからこそ気付く事が出来た。あんたが嘘を吐いているってね』
クラガノの表情は笑顔のままだったが、明らかに不機嫌さが増していた。そうして会話に集中していたその時、突然背後からクラガノの身体を銃弾が貫いた。ハイネを攻撃してきた角度から想定すると在り得ない攻撃であったが、クラガノは直ぐにその可能性へと至った。
「……あなたでしたか、遠藤さん」
マトイの傍に居たクラガノを蹴飛ばして姿を現したのは遠藤であった。“迷彩”が切れるとその背後にも巨大な彼の精霊、クリア・フォーカスが姿を見せる。遠藤はマトイの身体に自らの上着を掛けると、フォーカスの背中の上に少女を乗せた。
「助けに来るのが遅くなっちゃってごめんよ。でも何とか間に合ったみたいだね」
「遠藤さん……」
「こっぴどくやられちゃったねぇ、レイジ君。役に立たないおじさんでごめんよ。よく頑張ってくれたね……ありがとう。後は僕達に任せてくれ」
遠藤が手にしていたのはガラスで出来たような透明のリボルバー銃であった。男は片手でそれを突き出しクラガノに狙いをつけている。
「そんな精霊器があったんですね……知りませんでしたよ」
「言ってなかったからねぇ。でも、騙し合いはお互い様だろう?」
「精霊器と精霊体が同時に顕現可能なタイプ……希少な能力をお持ちのようですね」
向き合うクラガノと遠藤。アンヘルはハイネを警戒しながらも片腕でレイジの身体を抱き締めていた。悲痛な表情を浮かべ、血に染まったレイジの傷に光を翳す。リビーダの能力で治療を受けても、レイジの傷は直ぐには完治出来そうもなかった。
「アンヘルも……毒を飲んでいなかったの……?」
「申し訳御座いません……。最初から動ける状態にあったというのに、私は……」
「いいよ……どうせ、JJあたりの指示だったんでしょ?」
ゆっくりと頷くアンヘル。まさにその通りであったが、アンヘルにとってそれは辛すぎる指示であった。目の前で何度も打ちのめされ、悲鳴をあげ、それでも立ち上がり続けるレイジの姿をただ見ているだけの時間……それにどれだけ胸を締め付けられたか。何度飛び出しそうになったかわからなかった。否、結局は予定より早く飛び出してしまった。遠藤の素早いフォローがあったから良かったが、そうでなければ流石にハイネを相手にする事は出来なかった。
「シロウは……? あれ本当にダウンしてるの?」
「はい。JJが、シロウさんは演技が出来ず恐らくどこかでボロを出してしまうだろうという事で……とりあえず一度倒れてもらう事になったのでございます」
「……なんかあいつ……かわいそうだな……」
「本当にかわいそうなのは貴方様です。レイジさん……こんなにぼろぼろになってしまって」
「また皆に助けられちゃったね……ごめん、情けなくて……いててっ、アンヘル痛いよ!」
レイジの血で汚れる事などお構い無しにアンヘルは少年を抱き締めた。その力が強すぎたのはアンヘルの感情からか、それとも彼女の膂力が元々高かったからなのか、それはわからない。ただ再びハイネへと向き合った女の視線は、無表情ながらも怒りに強く燃えていた。
「よくもやりやがりましたね。わたくしたちの大切な仲間に……なんて酷い事を」
『アンヘル、レイジの治療はそこそこでいいわ。どうせ今日は完治しないだろうし。それよりもシロウを起こしなさい。それで形勢逆転よ』
JJの声に頷くアンヘル。そうしてシロウへとリビーダを向けた。倒れたシロウの足元に浮かび上がった魔方陣が光を放ち、シロウの身体を浄化して行く。
「何!? おいクラガノ、あいつは状態異常は治せないんじゃなかったのか!?」
「……自称ではその筈だったのだがね」
「はい。ですから、あれも嘘でございます」
けろりと言ってのけるアンヘル。シロウはぱちりと目を覚まし、素早く起き上がった。そうして呆けた様子でレイジを見る。レイジがぼろぼろにやられているのを確認し、それから周囲を確認し、なんだか全くわけがわからない状況に関わらず男は叫んだ。
「――誰だぁあああ!? レイジをこんなにしやがった奴はッ! ぶっ殺してやるッ!」
「シ、シロウ……落ち着いて……いてててて!?」
「おうこらレイジ、誰にやられたんだ言え早く言え! 俺がフルボッコにしてやる!」
襟首を掴み上げられ振り回されるレイジ。苦笑しながらハイネを指差すと、シロウは腕をグルグル回しながらハイネへと近づいて行く。
「お前か……いい度胸してるじゃねえか」
「あぁ? いい気になってんじゃねえぞカスが! ボスを倒した直後でボロボロになってるテメェに負けるかよ! 言っておくがな、俺は戦闘中力をセーブしていたんだよ……こんな事もあろうかと思ってなァ!」
ハイネの全身から光が漲る。滾る力の全てを鎌に乗せ、シロウへと襲い掛かった。
「まだ言ってなかったな……俺の精霊の能力! 一撃必殺の……」
と、言いながら振り下ろした鎌をシロウは両手で受け止めていた。白刃取りと呼ばれる状態である。ぽかんとしているハイネの腕を蹴り武器を奪い取ると背後へ放り投げ、それから深々と息を吐き、右の拳を強く握り締めた。
「……歯ァ食いしばれッ!!」
拳を覆う装甲、フルブレイズに炎が渦巻く。そうして繰り出された一撃はハイネの腹に直撃、男の身体は爆発に弾かれるようにして文字通り空を飛翔した。真っ直ぐにカーペットの上を低空ですっとび、壁に激突する。口から夥しい量の血液をぶちまけ、壁に減り込んだままハイネはぴくりとも動かなくなってしまった。
「………………つよぉ」
「相変わらずでたらめな人でございますね」
ハイネは嘘をついていなかった。実際ハイネはボス戦では力を出し惜しんでいたし、シロウはボスにかなりの力を使って消耗していた。それでも結果がこうなるほど力の差があった。ただそれだけの事である。
「俺のダチに手を出す奴は容赦しねぇぞ。よぉく覚えとけコラ」
びしりと言い放ち、振り返ってサムズアップするシロウ。レイジは苦笑しつつ親指を立てて返した。こうして残りはクラガノ一人。形勢は完全に逆転していた。
「……驚いたな。あのハイネが一撃か……。上には上がいるものですね……」
「テメェがこの状況を仕組んだのか? 幾ら俺がバカでもわかるぜ。つまりこいつはよ、これまであった事も全部テメェが仕組んでましたって事だろ? レイジをハメやがって……!」
「そういえば君だけは最初から最後までレイジ君を信じていましたね。結果だけ見ればそれは正しかった。しかし、盲目的に何かを信じるのは愚者のやる事です」
「あのなぁ、バカにゴチャゴチャ言っても意味ねぇぞ? わかるように言えクソが」
ニヤリと笑みを浮かべるシロウ。まるで挑発にもなっていない。クラガノは肩を竦める。
『悪いけどチェックメイトよ。あんたに逃げ場はないわ』
「では僕をどうするつもりですか? 殺しますか……僕を?」
「……それを決める前に聞かせてくれ。本当に……何の意味もない行いだったのか?」
アンヘルから治療を受け多少まともに動けるようになったレイジが前に出る。向き合う少年と男。その間に穴の開いた天井から光が降り注ぐ。
「意味はありませんよ。僕はただ遊んでいただけです。このザナドゥというゲームでね」
「どういう事だ」
「このザナドゥというゲームは素晴らしくリアリティのあるゲームです。最新鋭のVR技術を駆使して作られたこの世界は現実となんら変わらない精度を持っている。それを“楽しむ”事の方向性が僕と君とでは違ったと、ただそれだけの事ですよ」
「このゲームの目的は魔王を倒す事だろ……? プレイヤー同士で殺しあってどうする!」
「ええ。別にどうにもなりません。ですが、してはいけないという制限もありません」
そう、このゲームはどのように遊ぼうと自由――それはGMであるロギアが宣言していた事だ。このゲームの“グランドクエスト”は魔王を倒す事に連なっている。だがそれをクリアしようがクリアしまいがペナルティは一切存在しない。まともにこのゲームを遊んでも、クラガノのようにクリアを妨害しても、それはすべて自由なのだ。
「だからって……どうしてあえてそんな事を……」
「これはゲームなんですよ? ゲームだから自分のやりたいようにやる……それは、現実でこんな事をすれば社会から爪弾き物にされたり、場合によっては犯罪者扱いでしょう。しかしここはゲームなのです。ゲームの中でならいくら戦争してもいいし、人を殺しても構わないし、ゾンビの頭を吹っ飛ばす事とパズルを解く事は同じ事なのです。だってゲームなのだから」
笑顔のまま、まるで何一つ悪びれもなく語るクラガノ。レイジは俯き拳を握り締める。
「……笑わせんなよ素人が。何がゲームだから、だよ。ゲームだからってな……やってるのは人間なんだ。俺もあんたもマトイも……みんな人間なんだ。これだからネチケットのなってない素人ゲーマーは困るんだ。常識知らずでさ……」
顔を挙げクラガノを睨み付ける。そうしてレイジは一歩前に出た。
「ゲームだからって何をしてもいいってわけじゃない。そんな事はガキに言われなくたって……クラガノ、あんたが大人なら当たり前にわかるはずのことだろ。あんたはただのガキだ。あんたは自分が特別な存在だと誤解した中二病のクソガキだ」
『レイジの言う通りよ。この世界は限りなく現実的なゲームなの。そこで女の子をレイプしようとしたり仲間に毒盛ったりするようなあんたはただの性倒錯者の犯罪予備軍のクソロリコン野郎って事なのよ。女子高生にいい大人が手ぇ出してんじゃないわよ、このド変態が』
通信機から聞こえるJJの声に渋い表情を浮かべるクラガノ。それがJJには手に取るようにわかった。意地悪な笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
『勘違いするんじゃないわよ。あんたは悪党としては三流以下。まるでかっこよくも何ともないわ。あんたみたいなまるで駄目な男に引っ掛かるのはね、男性経験ゼロの夢見がちな乙女のマトイちゃんくらいなものよ。はん、なーにがゲームだからよ。ゲームだから何してもいいとか思って引き篭もってカチカチやってるクソ童貞野郎が。あんたの負けよ、バァーカ』
歩み寄るレイジの傍にミミスケがはねてくる。そうして彼の手の中に飛び込むと黒い太刀へと姿を変えた。途端にレイジから感じる力が何倍にも膨れ上がった。レイジは刀を持ったままクラガノの目の前にまで近づき、至近距離で男の目を見つめる。
「その刀……そうか、それが双頭の竜を倒したという力……それで僕を殺すのかい?」
「いいや、違う。この力はあんたみたいなクズを斬る為の力じゃない。仲間を救い、仲間を想い、そうやって俺に託された力だ。あんたなんかを斬ってやるには惜しい刀なんだよ」
そう言って鞘に収めたままの刀を背後に居たシロウへと投げ渡した。そうしてレイジは目を細め、ぎゅっと右の拳を握り締める。先程シロウがそうしたように。怒りを込めて作った拳。それを少年は振り上げ、思い切りクラガノの顔面に叩き込んだ。
美咲の刀の力で大幅なブーストが掛かったパンチはクラガノを容易に吹き飛ばした。自らの血で汚れた拳。それをもう一度ぎゅっと握り締める。
「今のは……これまで殺されたNPCの分。大切な人を奪われた……ケイトちゃんの分」
ざりっと大地を踏みしめ前に出る。そうして起き上がろうとしていたクラガノの襟首を掴んで強引に身体を起こし、そこへもう一度思い切り拳を叩き込んだ。
「これはマトイちゃんの分……あんたを信じて裏切られた女の子の分だ。そして……」
再びクラガノを立ち上がらせる。二発のパンチで既にクラガノはグロッキー状態であった。元々彼は戦闘タイプではない。それを補う為にハイネと組んでいたのに、そのハイネも最早倒れてしまった。レイジの三発目の拳をなすすべもなく受け入れ吹き飛ぶクラガノ。レイジは早足で追いかけ、落ちていた幾つかの剣の中から一つを拾うと男の喉元に突きつけた。
「三発目は……誰の……分、だったんだい……?」
「……さあ? そこまで考えてなかった」
少年はこれまで誰かに暴力を振るおうなんて考えた事もなかった。喧嘩なんて一度もした事がない。当然だ、衝突を避けてきた人生がそういう結果を齎したのだ。
想いのままに拳を振るったのはこれが初めてであった。そうしなければいけないと思った。ただその愚かしさを受け入れたままで、それでも感情を発露する。鈍い感触を残した右手で握り締める剣。その切っ先に血を流している自分の姿が映った。
「あんたのした事は許さない。あんたはこの世界にいちゃいけない人間なんだ」
「ならば殺すといい。君のその選択が正しいというのなら」
追い詰められたこの状況下においてもクラガノは不敵な笑みを浮かべていた。しかしレイジはゆっくりと切っ先を引き、握って居た剣を放り投げてしまった。
「おいレイジ、どういうつもりだ!?」
シロウの声を背に受けながら、レイジは悲しげな眼差しでクラガノを見つめていた。まるで哀れむような、泣き出しそうな瞳。クラガノはそれを静かに見つめ返す。
「それが……君の選択だというのか」
血に染まった掌を見つめ、そしてそれをクラガノへと差し出した。クラガノは無言でその掌を握り返して立ち上がる。少年と男は真正面から見つめ合い、しかしその存在が交わる事は決してない。二人に降り注ぐ光、しかし二人は決して同じ場所に留まる事が出来ない。
「俺はあなたを殺しません。それをすれば、俺はあなたと同じになってしまう。俺はきっと後悔するでしょう。そしてこれから先、仲間と一緒に胸を張ってこのゲームを楽しめなくなる」
「だがそれは殺さなかったとしても同じ事ではないですか?」
「そうかもしれない。全く後悔のない選択なんて存在しない。だけどそれでも俺は……あの人にとっての理想でありたいから。俺は……それでいいんだって、これでよかったんだって、きっと頷けると思うから。だから俺は……少しくらいの後悔だって、飲み込んでみせる」
真っ直ぐに笑顔で言い放ったレイジ。クラガノは何も言い返すことはなかった。レイジは振り返り仲間達の元へと近づいて行く。しかし次の瞬間、クラガノは手の中に精霊器を取り出し、短剣で背後からレイジへと襲い掛かったのだ。
それを見過ごす仲間達ではなかった。咄嗟に遠藤が銃で短剣を弾き、一瞬で間合いを詰めたシロウが拳でクラガノの胸を貫いた。本当に瞬く間の出来事であった。全てに気付いて振り返ったシロウの頬にクラガノの吐いた血がかかる。シロウが腕を抜くと男の身体がぐらりと傾き、笑顔のまま男は仰向けに倒れるのであった。
「……………………どうして」
無言でレイジを見つめるクラガノ。その身体が光の粒となって消えて行く。慌てて駆け寄るレイジだが、結局クラガノは完全に消滅するその瞬間まで一言も発しようとはしなかった。
「クラガノ……あんた……何がしたかったんだよ……。こんなのがあんたのしたかったゲームなのか? こんな結末が……」
「知るかよ。深く考えるだけ無駄だぜレイジ。あいつは死んで当然の男だった。この世界に残しておけば絶対にまた何か仕掛けて来る。この世界にはな……死んだほうがマシなやつだっているって事だ」
「俺は……そんな風には割り切れないよ……」
「いいんじゃないかな? 割り切らなくてもさ。レイジ君はレイジ君のままで」
銃を消して歩み寄る遠藤。そうして俯くレイジの肩を叩いた。
「僕達は仲間だ。だけど全員が同じ事を考えていなきゃいけないわけじゃない。君が信じるというのなら僕達が代わりに疑うだけの事だ。人間が何人も集まってみんな同じなんて退屈な事はないよ。だから僕達はそれぞれが自分らしく物事に立ち向かっていけば良い」
「例えそれで失敗しても……納得の行かない結末を迎えても?」
頷く遠藤。そうしてレイジの頭を軽く撫でた。
「すべてはきっといい経験になる。人生というのはね、酸いも甘いも楽しめるようになってからが本番なのさ。おじさんが言うんだから間違いないよ」
ウインクしながらの明るい声に思わず笑ってしまう。その時だ、壁に減り込んでいたハイネが息を吹き返し、ゆっくりとこちらに近づいてきたのは。
「クラガノ……死んじまったのかよ……。てめぇ……よくもクラガノを……!」
「お前達にも仲間意識があったっていうのは驚きだが……俺は謝らないぜ。あいつは生きて居ちゃいけない男だった。ただそれだけの事だ」
「てめぇにクラガノの何がわかンだ! 俺達の何がッ!」
息も絶え絶えに構え直すハイネ。だが彼に勝算がない事は誰の目にも明らかであった。シロウは真正面で拳を構え、いつでも相手をするという様子で迎え撃つ。しかし二人の戦いはいつまで経っても始まらなかった。代わりに聞こえたのはJJの叫び声であった。
『……何!? 何かがそっちに……きゃあっ!?』
「JJ? どうしたんだい?」
通信機に語りかける遠藤。次の瞬間、戦闘の余波で空けられた巨大な壁の穴を潜り、何者かが姿を現した。この場に存在しないはずの第三勢力。全身を白い装甲で覆われたロボットはまるでハイネを庇うようにしてシロウの前に立ちはだかるのであった。




