フィスト(1)
「あーあー……ったく、コロっと倒れちまいやがって。張り合いのねぇ連中だぜ」
光の降り注ぐ謁見の間。誇りと瓦礫に塗れた赤いカーペットの上、レイジは倒れていた。レイジだけではない。シロウも、アンヘルも、マトイも……誰もが意識を失い立ち上がれない状態にあった。
つい先ほどまでこの場所で繰り広げられていた黒騎士と呼ばれる敵との死闘。それは確かに決着を見た筈であった。シロウの必殺の一撃が炸裂し、第二の試練は間違いなく打破された……その筈であった。しかし今この場所に勝者の姿はなく、ただ特異な状況が広がっている。
唯一満足に活動出来ているのはハイネだけで、そのハイネは倒れたレイジの身体を踏みつけていた。肩に大鎌をかけ、溜息を一つ。そうして少年の身体を思い切り蹴りつけた。
「がっ……ぐっ、げほ、ごほ!」
「なぁに勝手にオネンネしてんだぁ? こっからがお楽しみだろうがよ……レイジ」
最悪の目覚めに咽ながらも虚ろな眼差しでハイネを見上げるレイジ。男は少年の前に屈むとニヤニヤと口元を緩める。レイジにはこの状況をどうする事も出来ない。目は覚めたが意識は相変わらず歪んだままだったし、身体は一つも言う事を聞こうとはしていなかった。唯一わずか自由を残したままの首から上を動かし、ハイネを睨んでも状況は何も変わらないのだ。
「これはどういうことだ……ハイネ……」
「どうもこうも……見てわかんねぇの? 全滅だよ、全滅! お前達はここで全滅! そうだなぁ……まあ、ボスにやられたとかそういう感じじゃねえの? しらねーけど……ギャハハ!」
「お前が……やったのか? 俺達に……何をした?」
「あー……まあ、そいつを教えるには順序が必要だな。ついでに俺は面倒くせぇからお前にそれを説明してやるつもりもねぇんだわ」
だるそうに立ち上がったハイネは肩にかけていた鎌を軽く振るう。そうして徐にその刃をレイジへと振り下ろした。切っ先はレイジの腕に突き刺さり、少年の腕は反射的に僅かに浮いた。
「ぐ……あああっ!?」
吹き出した血液が誇りに塗れたカーペットに染みこんで行く。身体は確かに苦痛を感じているというのに、まるで身動きは取れない。自分の物ではないように感じる腕にも確かに痛覚は残留している。当然の事だ。そういう用途を前提とされている“状況”なのだから。
「腕を鎌でぶっさされるってのはどんな感じなんだ? 痛ぇか? 怖ぇえか? なあ、教えてくれよレイジ君……俺にもよぉくわかるようにさぁ!」
「お前……ぐうっ!? 一体何が……何を目的で……がああっ!?」
ぐりぐりと切っ先を捻るハイネの動きに反応しレイジは悲鳴を上げる。お陰で混濁していた意識は晴れてきたが、やはり身体の自由は奪われたままだ。
「目的ねぇ……んー……目的か。そんな事を言われても俺にはよくわかんねーなぁ」
「なん……だって……?」
「これからゲームオーバーになるお前には関係のねぇ事だ。ログアウトまで残り一時間二十分……それまで俺はお前を殺すつもりはないぜ? 安心して……アホみてぇに悲鳴を上げてろ」
刃を抜き、次は太股に突き刺す。今度は覚悟が出来ていたからか悲鳴はあげなかったが、苦痛は全身を駆け巡った。歯を食いしばり目を見開くレイジ。その様子にハイネは口元を緩ませる。傷口を抉られてもレイジは歯を食いしばり耐えていた。それがハイネにしてみればむしろ面白い事であり、嗜虐信を刺激されるという事をレイジは理解していない。
「いいねぇ、いいねいいねいいねぇ! 頑張るじゃないレイジくぅん! うーん、確かになぁ。男を痛めつけても何にも面白くねぇよなぁ。やっぱ悲鳴を聞くなら――女じゃねえと」
刃についた血を振り払いながら歩き出すハイネ。男が向かった先には倒れているアンヘルとマトイの姿があった。咄嗟にレイジは渾身の力を振り絞りハイネの足に腕を伸ばしたが、ハイネはその手を思い切り踏み砕く。ごきりと言う音がレイジにも聞こえた。直後、また身体中を激しい痛みが突き抜けた。
「ぐうう……! やめ……ろ……! 皆に……手を……出すな……ッ!」
「――――はっ。ははははは! お前すげぇなあ、よくその状態で動けたな。あぁっ!?」
爪先が脇腹に減り込む。ブーストの力で何度も蹴り上げられ、身体中に痛みが蓄積していく。やがて鈍い間食が胸の辺りに残ると、喉の奥から血が逆流してきた。
「げぇ……っ、がふっ、ごふっ」
「かわいそうになぁ。なあ、今どんな気持ちなんだ? 負け犬のクソ虫のレイジ君はどんな気持ちなんでちゅか? 俺にも教えてくれよ……裏切られて殺される敗者の気持ちをよぉ」
レイジの髪を掴んで持ち上げるハイネ。レイジはぐったりした様子で口の端から胃液と血の交じり合った液体を垂れ流している。ハイネは笑いながら更に痛めつけようと鎌を振り上げたが、そこへ横合いから声が響き渡った。
「やめて……もうやめてっ! ハイネ……何をしているの!?」
声の主は涙を流し震えながらハイネを見つめていた。マトイだ。少女もまた状況はレイジと同じであった。全く自由の利かない身体、しかし何度も響き渡る残酷な音に目が覚めてしまった。ハイネはレイジを雑に手放すと、そのままマトイへと身体を向けた。
「何って、見てわかんねぇの? 弱い者イジメだけど?」
「なに……? なんなの……? 何を言ってるのかわかんない……全然わかんないよ!」
「あー……まー……そうだなぁ。なんていえばいいのかなぁ。うまく説明できねぇなぁ」
頭をわしわしと掻くハイネ。手の中でくるくると鎌を回し、何度も地面を擦り音を上げながらマトイへと近づいて行く。ゆっくりと回転する刃が煌く度、マトイは息を呑んだ。
「うまく説明できねぇから……お前も自分の身体で体験してくれや」
「……よせっ! やめろハイネ! やるなら俺をやれ! マトイに手を出すな!」
鎌を構えたまま視線だけで振り返るハイネ。レイジの身体はまだ動かないはずであった。しかし少年は歯を食いしばり血を流しながらも何とか身体を起こそうと試みている。
「お前マジですげぇな。どっからくるんだその精神力はよ」
「俺は……もう、目の前で……仲間を……っ! 仲間を……大切な……仲間をっ!」
地べたに爪を立て立ち上がろうとするレイジ。ハイネは失笑を一つ、鎌を振り上げた。
「特等席で眺めてろよ。その大切な仲間が目の前でズタズタにされるところをな」
「やめろおおおおおおおおおっ!」
「――そこまでだ、ハイネ」
レイジが絶叫を絞り出した正にその時だ。広間に声が響き渡った。続く足音、そして日陰から男は姿を現した。眼鏡を光らせながら歩み寄るのはクラガノだ。その声にハイネは動きを止め、ゆっくりと刃を下ろしつつあった。
「クラガノさん……! クラガノさん、クラガノさん……クラガノさんっ!」
涙を流しながら何度もその名を呼ぶマトイ。クラガノはそんなマトイへ歩み寄り片手でハイネを制す。ハイネは舌打ちを一つ、その場を譲るようにして背後へと跳んだ。
「大丈夫かい、マトイ? 僕が来たからにはもう安心だよ」
「クラガノさん……私……信じてました。クラガノさんが……助けに来てくれるって……」
笑顔で顔を上げるマトイ。クラガノはゆっくりとその場に膝を着いた。そうして穏やかな笑みを浮かべると、マトイの頭を優しく撫で――そして言った。
「――お前バカだろ? いつでも都合のいい時に誰かが助けてくれると本気で思ってんの?」
「………………えっ?」
立ち上がったクラガノはそのまま倒れているマトイの横っ面を蹴り飛ばした。目を見開くレイジ。マトイは自らの身に起きた事を理解出来ず、理解が追いつかず……そうしようとも思えず、笑顔を作ったまま口元から血を流す。きょとんとした縋るような眼差しを見下ろし、クラガノは少女に笑いかけている。
「くら……がの、さ……ん?」
「クラガノさんクラガノさんってお前それしか言う事ないの? そうだよ、お前の大好きなクラガノさんだ。言っておくけど偽者なんかじゃないよ。僕は正真正銘の本物さ」
その声も、その笑顔も、何もかもがクラガノ本人であった。それを誰よりもよく理解しているのはマトイ本人だ。笑顔を作ったまま、その笑顔をくしゃくしゃにしたまま、少女は大粒の涙を流した。ぽたぽたと石畳に染みこむ雫。レイジは血を吐きながら雄叫びを上げた。
「――クラガノォオオオオオオッ! てめええええっ!」
「人の名前を随分と乱暴に呼んでくれるじゃないか、レイジ君。何がそんなに気に食わないというのですか?」
笑顔のまま振り返るクラガノ。最早そこにいるのはレイジの知るクラガノではなかった。否……レイジは何も知らなかったのだ。最初から何一つ、この男を理解してなどいなかった。
「僕が君をハメてチームの輪を乱した事ですか? 事前に黒騎士達を強化していた事ですか? それとも君達の回復薬に毒を盛った事? それとも僕の事をまるで神か何かと勘違いしているこの気持ち悪い女に真実を伝えてやった事ですか?」
レイジはただ叫んだ。怒りのあまり言葉が続かなかったのだ。何を言ってやればいいのかわからなかった。自分の事はいい。騙されたのだって別にいい。だが、信頼を寄せている人を……マトイを堂々と裏切った事が、その想いを踏みにじった事が許せなかった。
「随分とハイネにしてやられたようですね。君のような死に損ないが血と一緒に絞り出した呻き声で僕に何を出来るっていうんですか? ゴミのように這い蹲って死を待つだけの君に何が出来るというのです? 成せはしませんよ……正義も、真実も、何一つとして」
「うそ……ですよね? クラガノさん、うそ……ですよね? ねぇ……夢ですよね? こんな事って……ないですよね? クラガノさん……クラガノさぁん……!」
「夢じゃないですよ。まあ現実でもないんですけどね。所詮ゲームですから、ゲェム」
語りながらレイジへと歩み寄るクラガノ。そうしてレイジの頭を踏みつける。
「君には是非この結末を見届けて欲しかった。あのクソ女にもね。だからわざわざ君とマトイの分の毒だけは薄めに作っておいたんですよ。何もわからないまま死んでゲームオーバーなんて、あんまりにもかわいそうですからね」
「遠藤さんは……JJはどうした!? 姫様は!? みんなに何をしたっ!?」
「僕の能力を忘れたのかい? 僕の精霊器……“パナケア”は薬物を精製する短剣だ。薬物っていうのは別に回復薬だけじゃない。毒薬だって思うがままさ。君の身体が麻痺しているのも、麻痺しているはずなのに痛覚だけはやけに鋭敏なのも、そういう薬を使ったからさ」
「じゃあ……外のみんなは……」
「全員同じ毒で寝てもらってるよ。魔物は活動しているはずだから、もしかしたら既に殺されちゃってるかもね。まあ寝たまま死んでいくのならそれはそれで安らかな終焉でしょう」
「どうしてだ……どうしてこんな事をする!? 一体何の意味があるんだ!?」
「意味なんか別にないですけど?」
少し困ったように苦笑しながらの返答にレイジは絶句した。それは嘘を吐いている顔ではなかったし、何かを誤魔化している様子でもなかった。真実だ。混じり気なしの真実なのだ。その真実が何よりも最悪で醜悪であったという、ただそれだけの絶望であった。
「君は弱い者イジメをした事がないんですか? 学校や会社、社会と呼ばれる構造の中では自然と発生するあれですよ。人間はヒエラルキーが大好きですからね。自分より弱い立場の人間がいる事に至上の喜びと安堵を覚える生き物なんです。僕も例外ではありません。ただ弱い者イジメが楽しいからしている。それだけの事ですよ」
「…………狂ってる……」
「それは心外ですね。僕は至極真っ当な人間ですよ。誰だって誰かを苦しめたくて生きている……そう思いませんか? 君の言う仲間や友情、人の想いなんてものはすべて偽善です。誰もが分かり合える世界なんて夢物語にするにもおこがましいし、それこそ醜悪だ。なぜ人が持つ本来の幸福や快楽を耳障りの良い虚飾で覆うのか……全く度し難いものです」
眼鏡のブリッジを中指で持ち上げ男は肩を竦める。レイジの中に渦巻いていた感情はすっかり怒りから恐怖へと変わっていた。それは痛みや絶望が齎すモノではない。自分とは全く異なる、一切理解の余地がない異端の思考に対する本能的な嫌悪から来るものであった。
「この半月、君たちと共に過ごした時間は実に楽しかった……本当ですよ? 僕にとってレイジ君、君は理想的な道化でした。偽善を振り翳し、クソ以下のデータに過ぎないNPCに執心し、英雄を志す君は、正に理想的な“いじめられっ子”だったんです」
「じゃあ……なんだって? これまでの事は全部あんたの仕業で……しかも特に意味もなく……ただふざけてやっていただけだっていうのか?」
「別にふざけてはいませんよ。僕は真面目にやっているつもりなんですけどね」
「いつからだ……?」
拳を握り締める。痛みも熱もすべて冷めあがった身体の奥底、深い悲しみが湧き上がる。
「いつから……騙していたんだ? あんたはいつから……っ」
「最初から、ですよ。このゲームにログインしてからずっと、この瞬間に至るまでひと時たりとも……僕は他人を欺かなかった事がない」
それは要するに、ずっとそうだったという事。
ならばマトイはどうなる? 彼女の信頼と想いはどこへ消える?
第一の試練で死んだという残りの二人の事は? それもこの男の仕業なのか?
纏まらない思考の中でレイジは悼んでいた。ゲームオーバーになった二人の事を。そして今直ぐ傍で泣きじゃくっている少女の心を。
信じていたのだ。誰よりも信じていた。彼だけは真実を語ってくれると、少女はそういって少しだけ寂しげに微笑んだのに。その安らぎすら、思い出すら、すべて無意味に過ぎないのか。
「さてと……まだ残り一時間と少しあるのか。その間に楽しめるだけ楽しんでおこう。ハイネ、君はどれで遊ぶ? 君の協力のお陰なんだ、好きな物を選んでいい」
「だったらクラガノ、最初にマトイからぶっ壊してくれよ。俺はここで見てっからさ」
「ふむ、それもそうか。じゃあそうしよう。でも君も参加してくれて構わないんだよ?」
なんでもない雑談のようにそんな事を話し合う二人。その声を聞きながらレイジは激しい後悔の中に心を沈めていた。
他のプレイヤーを受け入れようと決めたのは自分だ。こんな事になるだなんて警戒もしていなかった。信じていたと言えば聞こえはいいが、要は騙されただけである。仮にもリーダーを名乗る人間があっさり騙されましたと、そんな言い訳が誰に通じると言うのだろう?
これは紛れもなくレイジの“せい”であった。どうにだって出来たはずだ。こんな最悪の結末を迎えてしまう前に……対策は幾らでも練られたはずなのだ。
何度も何度も転がっていた好機。それをすべて見送ってしまった。信じる……? それは違う。ただ自分の信じたい世界を、都合のいい状況を夢想していただけではないか――。
「また……間違えたのか……俺は……?」
悔しさのあまり涙が滲んでくる。守ると決めたのだ。硬く強く心に決意を抱いたのだ。
あの冷たい雨の中、美咲の身体が軽くなって消えて行く……そんな悪夢を振り払い、もう二度と、絶対にと心に誓った筈だったのだ。それなのに……また何も出来ずに這い蹲っている。
「バカだよ、俺……っ。どうしようもないバカだ……っ」
美咲の失踪について、このザナドゥというゲームについても、まだ何も解き明かしていない。眠れる姫はまだどこかで助けを待ったまま。物語の結末は見えていないままなのに。
「こんなところで……終っちまうのかよ……」
確かに見えたはずだった。触れたはずだった。
誰かの心に。光に。想いに。信頼に。友情に。
かけがえのない沢山の心。独りぼっちではなかった。仲間が傍にいた。それも今はもう何もかもが終わってしまった。少年はまた一人。孤独と絶望に沈んだまま、終わってしまうのか。
「いやっ! いやあああああっ!?」
マトイの悲鳴で顔を上げる。見ればマトイは仰向けに押し倒され、その上にクラガノが跨っていた。全く状況が理解出来ず呆然とするレイジ。その目の前でクラガノはマントを剥ぎ取り、上着を引き裂き、淡々とマトイの肌を露にしていく。
「なに……やってんだ……?」
「何って……見てわかりませんか? マトイは確かにウザったいどーでもいいクソ女にすぎませんが、身体つきはとても女性的ですし顔も可愛らしい。そんな女の子が目の前で身動きとれずに固まっていたら、やる事といえば一つでしょう」
まるで当たり前のようにそんな事をいう物だからレイジは頭の中が真っ白になってしまった。ハイネは何が面白いのかさっきから笑っているし、マトイは涙を流しながらもすっかり絶望と諦めに取り付かれてしまっていた。もう何もかもどうでもいいと、涙に濡れた淀んだ瞳が訴えかけている。だが――レイジはそういう訳にはいかなかった。
「――く……おぉおおおおっ!」
身体中に活を入れ、何とか立ち上がろうと試みる。震えながら、軋みながら、口から血を流しながらも少年は必死に立ち上がる。まだだ。まだ何もかも諦めるわけにはいかない。
「動け……うごけぇえええええええっ!」
こうなったのは自分のせいだ。自分の甘さが、愚かしさが招いた事だ。だったらここで諦めるわけにはいかない。嫌な事を、どうしようもない事を、ただ黙ってやり過ごすなんてできない。目を瞑っても耳をふさいでも小さく丸くなっても、世界は決して何も変わりはしない。
「諦めねぇ……! 絶対に諦めねぇ! 俺は……俺だけは……どんな時でもッ!」
血を流して冷たくなった足も腕もどうでもいい。今だけ動くのなら、願いを叶える為ならこんな身体どうなったって構わない。痛みも苦しみも、無力さに比べれば随分マシだ。
少年は立ち上がった。震える足で、今にも倒れそうな蒼白な顔で、引き裂かれた足を引き摺りながら一歩を踏み出した。その鬼気迫る様子に初めてクラガノが笑顔を崩した。
「……なぜ立ち上がったのです? そんな事をして何の意味がある?」
確かに薬は弱めに調整した。そろそろ立ち上がる事も出来なくはないだろう。理論上は。だがこんな状況で、完全に打ちのめされて絶望しきった状況で、なぜ立ち上がろうと考える?
「意味なんか……ねぇよ」
かすれた声で呟く。そうして燃えるような眼差しで叫んだ。
「俺のやってる事に……意味なんかねぇよ! 最初から全部自己満足だ! 俺は! 俺のやりたいようにやってきた! それが間違いだったっていうんならそうなんだろうさ! だけどな……俺が自分で選んで自分で決めた事だ! 意味がなくたって、間違いだって……それでも俺の意志だ! それはっ! 誰にも否定させねぇっ!」
「レイジ……さん……」
泣きながらレイジを見つめるマトイ。レイジはゆっくりと首を動かし優しく微笑みを返した。
「大丈夫……君を奴らの思い通りになんかさせない。俺が……助けるから」
「レイジさん……もう……いいです。もう……立たないでください……」
首を小さく横に振るマトイ。それでもレイジは歩みを止めなかった。
「どうしようもないんです……諦めた方が楽なんです! いいじゃないですか、嫌な事から逃げても……投げ出しちゃった方が楽になれるんです! ずっとそうだったじゃないですか!」
「違うッ! 逃げたら……苦しみが続くだけだ! 投げ出しちゃったら……後悔し続けるだけだ! 諦めるな……最後まで諦めるな! 最後まで……自分の意志を、人任せにするな!」
顔をくしゃくしゃにして泣き出すマトイ。今の少女に少年の姿はあまりにも眩しすぎた。まるでどこかの英雄のよう。まるでどこかの勇者様のよう。けれどそれは違う。彼はただの一般人だ。ただの人間だ。特別ではない。決して特別なんかじゃない。
「……ハイネ」
「ああ。俺もこういうクソ野郎が大嫌いでよ。虫唾が走るんだよなァ」
鎌を手に歩み寄るハイネ。レイジは落ちていた剣を拾った。折れた剣。血の伝うその先で、その真っ赤な傷だらけの掌で武器を掴む。そうして真っ直ぐにハイネを睨み返した。
「……来いよ。相手をしてやる。かかって……来い!」
「お前なんかがよぉ。相手になんか……なるわけねぇだろぉがよぉおおおっ!」
高笑いしながら襲い掛かるハイネ。レイジは片手で鎌の強烈な一撃を受け、防御もままならず切り裂かれた。血を流しながら倒れる身体。それでも少年はまたゆっくりと立ち上がり、剣を握り、血を吐きながら虚ろな瞳で立ち向かおうとするのであった。




