共闘(3)
「白いロボットねぇ……クラガノ、あんた達は何か知ってる?」
「いいえ。僕たちも聞いた事がありませんね……」
アムネア渓谷の南側と西側に存在するアムネア砦。その北側に集まった俺達は神妙な面持ちで向き合っていた。話題は先日俺が遭遇したあの正体不明の存在についてで、俺とマトイからの報告に一同困惑の様相を浮かべていた。
「あの感じはどう考えてもこの世界にマッチしてないんだよな。そうなるとプレイヤーの可能性が高いと思うんだけど……この世界で“PK”してもなあ」
「PK……プレイヤーキルですか。確かに、この世界ではプレイヤー同士が戦う事にメリットはありませんからね。仮に殺したとしても、相手から得られる物が何もないのだから」
クラガノさんの言葉には少しだけ後ろめたさを感じていた。だが実際彼の言う通りで、ネットゲームにおけるPK……対人戦とは、ハイリスクハイリターンな行動であると言えた。この辺りについてはゲームごとにPKをどのように扱うのかという差異はあるものの、例えば……そうだな。PKをしたプレイヤーはPKとして警告表示がなされるようになったり、場合によってはゲートキーパーとか、強力なNPCから制裁を加えられる可能性もある。それでもPKを行なうのはそれだけその行いにメリットを見出すからだ。
「このゲームでは、死者はそのまま光になって霧散してしまいます。殺した所で相手の所有物を奪う事は出来ません。そもそも奪った所で大して意味はない。この世界における僕達の力や装備と言ったものは、全て個人所持の精霊に依存しているからです」
精霊は主が死ねば消えてしまうし、主以外の言う事は聞かないのが基本原理だ。このゲームの基本は協力プレイであって、プレイヤー同士が利益を奪い合うような設計にはなっていない。だからPKに対する制裁も設定されていないのではないだろうか。
暫くの間全員で考え込んでみる。しかし続くのはただ沈黙だけで答えは得られそうにもなかった。何分情報が不足しすぎているのだ。安易な決め付けさえも出来る雰囲気ではない。
「……まあいいわ。その白いのについてはとりあえず置いておきましょう。ここに来て不確定要素が出現したのは確かに痛手だけど、居るって言うんならそのつもりで対処するだけよ。私達のやる事は何も変わらない。作戦は予定通りに進めるわ」
JJの言う事がすべてだった。相手が何者なのか、何が目的なのか、これからまた俺達の前に姿を見せるのか……何もわからないのだ。何もわからないという事は基本的に何も準備しようがないという事だ。次の情報が出るのを待っている間にもどんどん時間は過ぎてしまう。どちらにせよ俺達に選択肢はなかった。予定通り、出来る事をやるしかないのだ。
「計画は順調に推移しているわ。シロウとハイネの二人によって既にリーベリアは奪還完了。集めたNPCの戦力を結集し、簡易前線基地として機能させつつあるわ。生き残りの捜索も概ね終了……ま、こちらの成果は芳しくなかったみたいだけど」
結局俺とマトイのパーティーは生存者を発見する事は出来なかった。しかしクラガノさん、遠藤さん、アンヘルのチームは二つの村を開放する事に成功したらしい。そこで何とか持ち堪えていた戦力をそのまま活用させて貰うのは胸が痛んだが、今は手段を選べる状況ではない。
「攻撃準備が整い次第作戦決行よ。そのためにまずはオルヴェンブルムに駐留している魔物を偵察するわ。これに関しては……マトイ、あんたの能力ならスムーズに進められるはず」
「えっ!? わ、私が偵察……ですか?」
「勿論一人にはしないわ。この中で最強のシロウとペアよ。シロウは魔物の強さを直感的に理解出来るみたいだし、危険にはとにかく鋭いの。かつ機動力が高く、あんたと背負ったままでも縦横無尽に活動可能……まあ、ほぼ安心してもらってかまわないわ。万が一にも予定外の危険があったとしても、シロウと一緒なら切り抜けられるはずよ」
JJの説明を聞いてもマトイは不安そうだった。彼女はとにかく自分に自信がないのだ。敵の根城、最終目標の偵察任務なんて責が重すぎると考えているのだろう。だがJJの采配は完璧だ。シロウ以外にマトイと組ませるべき人材なんて在り得ない。
「どう? やれそうかしら?」
「あの、その……私……私……」
「出来るのか出来ないのかって訊いてるんだけど」
JJとマトイ、二人を見比べれば明らかにマトイの方が年上だ。しかしマトイはすっかりJJに萎縮してしまっている。二の句も紡げず縮こまった肩を叩いたのはクラガノさんで、彼は苦笑を浮かべながらJJとの間に割って入った。
「まあまあ……彼女もフェーズ1で色々危険な目に遭っているんです。まだ精神的に覚悟を決められていないのでしょう。答えはもう少しだけ待ってあげられませんか?」
「そんなの全員同じ事でしょ? それにマトイが偵察に使えないのなら別のプランを練る必要があるわ。時間が惜しいっていう話をしていたと思うんだけど、もう忘れたの?」
笑顔のクラガノさんを睨み付けるJJ。見かねた遠藤さんが肩を竦め俺に視線だけで“行け”と命令する。渋々頷き、俺は背後からJJの肩を叩いた。
「少し時間をやるくらい構わないだろJJ……俺達は協力関係なんだ、そう脅かすなよ」
「別に脅かしてないわよ。私を悪者扱いするのはやめてくれる?」
「JJの言ってる事は正しいよ、間違いなくね。だけどまあ、人の心には色々あるんだよ。俺だって覚悟を決めるのには時間がかかった。一度は逃げ出すくらいにね……」
振り返り俺を見つめるJJ。暫し思案した後、腕を組んでそっぽを向いた。
「……まあいいわ。あんたの顔を立ててやるわよ……ここはね」
「ありがとうJJ。そんなわけだからマトイさん、結論は急がなくていいよ。今日一日ゆっくり考えて見てくれればそれでいいさ」
深々と頭を下げるマトイさん。そのままクラガノさんと二言三言交わし。
「それでは今日のところは休憩と言う事でどうでしょう? 僕がマトイとゆっくり話をしてみますから……答えは必ず明日までにご用意しておきます」
こうして一先ず会議は終了、今日は話を進めずに前線準備に時間を割く事になった。どちらにせよ今すぐ総攻撃はかけられないのだ。焦る事は何もなかった。
とは言え、ただのんびりしていれば良いというわけではない。JJは直ぐにリーベリアへ向かうと言って準備を始めた。俺もそれを手伝おうかと考えていたその時だ。久しぶりに駆け寄ってきたオリヴィアが声をかけてきた。
「あの……レイジ様、少しだけお時間宜しいでしょうか?」
「うん? どうかしたの? ダリア村の事?」
「えーと、はい……多分そうだと思うのですが……何と申し上げるべきなのか……」
随分と歯切れ悪い言い方であった。わけがわからずきょとんとしていると、馬に乗ったJJが振り返りながら声をかけてくる。
「村自体に問題があるなら私が把握してるわよ。あんたに相談してくるって事は、あんたにしか話せない事なんでしょ? 少しくらい聞いてあげたら?」
そう言い残しJJは走り去っていった。厳密にはJJを乗せた馬……それもJJではなくNPCの兵士が操っている馬が……なのだが。
振り返ると姫様はなんとも言えないしょげた表情を浮かべていた。胸の前で左右の人差し指をチョンチョン突合せながら俺を見上げている。
「……わかったよ。話はどこでするの? ここでいい?」
「いえ、出来ればダリア村でお願いします。馬をご用意しましょうか?」
「抱えて走った方がめんどくさくなくていいよ。ほら、急がないと時間なくなるよ!」
姫様を文字通りお姫様抱っこして走り出す。背後で遠藤さんとアンヘルが手を振っていた。
ブースト状態で渓谷を突破し、草原を走り続ける事二十分。以前よりも移動速度は上がり、息切れも抑えられるようになっていた。ダリア村に再建されつつある橋の近くで足を止め、ブーストを解除する。姫様は周囲をきょろきょろと見渡し、それから水車小屋を指差した。
「あそこで少々お待ちいただけますか? 出来れば人目につきたくないのです」
「別に構わないけど……何の話なの?」
「それは、えっと……とにかくお待ち下さい!」
橋を渡って行く姫様。その背中がダリア村に消えるのを見送り、俺も移動を開始した。
水車小屋の近くにある木の下に腰を下ろす。ここで何日か前にアンヘルと話した事を思い出しながら待っていると、姫様はすぐに戻って来た。しかし戻って来た彼女は一人ではなかった。手を繋いで一緒に走っているのは彼女より更に幼い少女であった。
「お待たせしました! 実は……話があると言うのはこの子からなのです」
「え? うーんと……君は確か……」
そうだ、思い出した。以前ダリア村に逃げようとしていた難民の一団を救助した際、何とか助ける事が出来た生き残りの女の子じゃないか。少女はぺこりと頭を下げて言った。
「あの時は助けてくれてありがとうございます、勇者様。私、ケイトって言います」
「ケイトちゃんか。うん、元気そうで良かった。それで俺に話って何かな?」
屈んで笑顔を向けると彼女は姫様に目配せした。二人は頷きあい、そしてゆっくりと口を開いた。二人から語られたのは、奇妙な事件の一幕であった。
「実は、その……ダリア村の村人達が……減っているんです」
「減っているって……どういう事?」
「わかりません。ただ……とにかく少しだけ、本当に少しだけなのですが、数が減っているんです。つまり何人か……失踪しているようなんです」
それに気付いたのがこのケイトという少女だったらしい。
ダリア村の総人口は難民の受け入れで爆発的に膨れ上がっている。その全員を把握する事はJJにも出来ていない。JJが網羅しているのは特に有能な村人達の事だけで、そういう村人達を各分野のリーダーとして上に立て、そこから下の事は任せているというやり方であった。
何分末端まで把握するには時間がかかるし、村人同士がお互いを認識する為の帳票や仕組みなんてものは存在しなかったのだから止むを得まい。
「失踪してるって……そうか……そういう事か……。よく気付いたね、ケイトちゃん」
恐らくこのダリア村で村人の失踪という事件を正確に認識している者はほとんどいないだろう。それは以前遠藤さんと検証したNPCの特性を思い出してみればわかる。
まず、NPCの死の概念は俺達とは少し違う。死んだとしても無になるのではなく、消滅するのではなく、彼らは神の御許に還るのだと考えている。故に彼らは死に対し一種の諦めというか悟りの様なものを抱いている。故に死者が出ても悲しむのは本当に一瞬で、後は何事もなかったかのように過ごしてしまう。
そして彼らは基本的に決められたルーチンワークを徹底して守るだけの存在だ。村自体が消滅する、外部からの介入であるプレイヤーから行動を阻害される等、ルーチンワークを継続出来ない状況に陥った場合のみ新たなルーチンワークへとシフトするために特別な行動を行なう事はある。だが速やかに行動に修正をかけられる場合、目の前で起きた異常に目もくれない可能性が高い。
「失踪者が出たとしても、村人の行動パターンは若干修正されるだけで何事もなかったかのように振舞う……だから普通の村人には気付けないんだ。それで騒ぎにならなかった」
「そうなんです。実際この話を聞いても、村人の多くはだから何という感じで……私も頭ではそう思っているのですが……なんというか、このまま軽んじて良い事なのかどうか判断が出来ず……それで……勇者様に指示を仰ごうかと思いまして……」
姫様はまだ自分がこうして“通常のNPCとは違う”ものの考え方をしている事に違和感を覚えているようだった。それでも彼女は他のNPCよりずっと何かを考えたり疑問を抱く事が出来る素質を持っている。だから以前と同じ様によくわからない事は俺に訊いて解決しようという答えに至ったのだろう。そして……。
「君もオリヴィアと同じなのか……? ケイトちゃんは居なくなった村人の事を覚えていた……いや、違うな。いなくなった事に違和感を……それをおかしいと思ったんだろう?」
こくりと頷く少女。これはひょっとして凄い事なのでは?
「急に居なくなっている人がいるの……。みんな気にしてないし、勘違いだって言うけど……違う。私にはわかるの。何か怖い事が起きてるんだって……」
ケイトちゃんの身体は小さく震えていた。つまりおびえているんだ。何に? 村人は今でもその殆どが能天気に勇者の救いを信じてニコニコ暮らしている。だから魔物におびえるなんて人を見た事は一度もなかった。神の使いである勇者が目の前にいてそれでも尚おびえるだなんて……この子はやっぱり普通のNPCとは違うのか?
「勇者様は私達を助けてくれる? あの時みたいに……また」
「うん。大丈夫、心配要らないよ。俺がきちんと調べて解決策を探してみせるから」
頭を撫でてやるとようやく少し気持ちが落ち着いたのか、はにかんだような笑顔を浮かべてくれた。ぱたぱたと走って村へと戻るケイトちゃんを見送り俺は考える。
「オリヴィア、君は村人の消失には気付いていたの?」
「いいえ……最近は砦に居る事も多かったですし……。しかし居なくなった者がいるのは確かなようなのです。正確な人数までは把握出来ていませんが……最低でも二、三件そんな話を聞くことが出来ました」
「失踪者に何か共通点はなかった?」
きょとんとしている姫様。共通点なんていきなり聞いてもわからないか。えーと……。
「それじゃあその三人が普段どんな行動を取っていたかわかる?」
「一人目は鉱山に採掘に行って、戻ってきたら居なくなっていたそうです。二人目は砦の建設印で、これもいつの間にか居なくなって……三人目はケイトちゃんと一緒にこの村に逃れてきた人で、やっぱりいつの間にか……」
鉱山、砦、村……場所に共通点はない。行動にも一貫性はないか。となると何が原因でそうなっているののだろう? 村人が失踪する……そんな事が有り得るのか?
「白いロボットと言い、どうしてこうわけのわからない事が立て続けに起こるんだ……?」
「なんだか……不穏な感じですね。ダリア村は小さい村でしたから、村人は全員顔見知りでした。だけど今は人が増えていて……もう村人全員の行動は私にも把握出来ません……」
「とにかく警戒を促すんだ。姫様の言葉なら彼らも気にかけてくれる可能性があるからね。それと何かわかったらすぐ俺かJJに伝えるようにしてくれ。今はとりあえず対処療法的に様子を見るしかないと思う」
神妙な面持ちで頷く姫様。それから俺はぐるりとダリア村を一周し、異常がないか見回った。結局何も問題は見つからず、この話を皆にも聞かせるべきだと考えた俺は、一先ずアムネア砦に戻る事にした。姫様はダリア村に残し、一人で渓谷へ向かう……そこで事件は起こった。
砦に戻った俺が最初に目撃したのは奇妙な人だかりであった。人だかり自体は別におかしな行動ではないのだが、NPC達が意味もなく屯している事は珍しい。その中心にシロウとアンヘルが居るというのもおかしな組み合わせで、俺は軽い気持ちで近づいていった。
「シロウ、何やってんの?」
「……レイジか。いや、実はな……なんて説明すればいいのか……」
頭をがしがしと掻き乱すシロウ。その視線の先に目を移し俺は言葉を失った。そこには真新しい血痕が広がっていたのだ。恐らくそこに横たわっていただろう者は既にシルエットを失い、光となって消失をはじめていた。そう――これは以前見たアレスの死に酷似している。
「い、一体何が……? 魔物でも現れたのか?」
「だったら俺が速攻ぶっ潰してるが……とにかく俺達も今来た所でよ。何がなんだか……」
アンヘルは消失しつつある亡骸の傍に膝を着いた。そして拾い上げたのは一振りの剣であった。NPCの一般兵に支給されているタイプのごく普通の剣だ。恐らくこのNPCが所持していた武器だろう……そう考えていた時、遠藤さんが近づいてくるのが見えた。
「やあやあ、これは何の騒ぎだい……おっと、これはこれは……興味深いね」
「遠藤さん、実はNPCが……あっ!?」
「どうしたんだい? 急に大きな声を出しちゃって」
俺はこの瞬間まですっかり失念していた。自分が皆に何を話しに着たのか。
そうだ、NPCの失踪事件……それってもしかして目の前のこの事件と何か関係があるんじゃないのか? 俺はその話をしようと慌てたが、それよりも遠藤さんの険しい表情が気になった。彼はアンヘルから剣を受け取ると、黙って何かを考えている様子だった。それから周囲を何度も眺め、自分の中で考えを纏めるようにして頷くと俺に目を向けた。そして……。
「レイジ君、君はさっきまで何処に居たんだい?」
「えっ? ダリア村ですけど……?」
何故そんな事を俺に訊くのだろうか? わけがわからず困惑していると、遠藤さんは無言で剣を俺に差し出した。それは一般兵が所持している普通の剣……そう思っていた。しかしよくよく確認してみると、この剣には大きな傷があった。魔物と交戦して出来た傷だろう。ではやはりこの兵士は魔物と戦って殺されたのだろうか? いや……待て。待てよ。
慌てて兵士の亡骸を確認する。既に死体は消えてしまって、残されているのは衣服とこの剣と――そして鞘だけであった。鞘には見覚えのあるマークがある。ズール爺さんが作った剣に入れるマークだ。この印がある剣を使っている人間は限られている。なぜなら爺さんは殆ど剣を俺のためだけに作っているからだ。
何とか余力が余った時には兵士にも剣を回しているそうだが、ズール爺さんの剣を持っているのは一部の優秀なNPCだけと相場が決まっている。そうでない連中は元々自分達の村や町にあった武器を持っているか、ズール爺さんが印を入れないで作った失敗作を所持しているかの二択である。そして……優秀なNPCは、剣だけ残して消えるなんて事はありえない。
NPCは全員決まった格好をしている。村人は村人の、兵士は兵士の格好だ。死んだらその場に装備品だけが残り、中身は消失する。兵士は剣と鎧をセットで装備している。鎧が残っていないのはおかしい。何より落ちている服はただの村人の物だ。そして右肩から腹部にまで、袈裟に切り裂いたような傷が残っている。つまりこの剣はこいつを殺す為に使われた凶器だという事だ。更に言えば、この剣の傷は今ついたものではないというのがわかる。この剣で村人を殺した奴は、この刃が折れた剣で戦った事がある者なのだ。だから……だからつまり、それは……。
「遠藤さん…………違う。俺じゃ……ない」
混乱した思考の中、俺が絞り出したのはそんな言葉だった。だがこの剣の傷には見覚えがある。以前この砦の知覚で戦闘した時、狼型の魔物の攻撃を防いだ時に破損した剣だ。つまりこの剣――俺の剣なのだ。
「勿論承知しているよ。ただの確認だ。それで、ダリア村では何を?」
「姫様と話を……それから一人でここに……」
「では、道中君の行動を確認していた者は?」
首を横に振る。遠藤さんは困った様子で、シロウは相変わらずきょとんとしている。アンヘルは……何を考えているのかわからない。ただ死体のあった場所を指先で撫でているだけだ。
「なあおい、お前ら一体何の話をしてんだ? 何かわかったのか?」
シロウの質問に俺は答えられなかった。何度も何度も頭の中で状況を確認してみる。
どうして俺の剣がここにある? この村人は誰だ? そしてこの村人を殺したのは誰なんだ? NPCの失踪事件との関連性は? あの白いロボットは関与しているのか?
わからない……考えが纏まらない。原因は明らかだった。俺は……不安だった。恐れていた。自分が犯人なのではないかと疑われる事を。そしてその結果……自分の吐いた嘘が暴露される事を。そうすれば全てがしっちゃかめっちゃかになる。この大事なときにどうしてこう問題が重なるんだ? 苛立ちを拳で握り締めるが、状況は何も改善しない。その時だ。
「これは一体何の騒ぎですか?」
振り返るとそこにはクラガノさんとマトイの姿があった。二人は俺達の様子に首をかしげている。遠藤さんが俺を一瞥したが、俺には状況を整理して伝えるだけの余裕がない。それを察してくれたのか、彼は努めて明るく言い放った。
「なんというか、まあ……ちょっとした問題発生、かな?」




