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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【王都奪還】
22/123

共闘(2)

 その翌日から俺達は班に分かれて行動を開始した。

 俺はマトイと共に北ダリアの西ルートから北上。その道中にある村を巡り、生き残りがいればアムネア砦まで護送するという使命を帯びて草原を進んでいた。

 しかし村はどこも魔物に占領され、人の姿は見当たらなかった。既に三箇所の村々を確認してみたが、行けども行けども感じられるのは魔物の存在のみである。


「この村も駄目ですね……西側にはもう生き残りはいないんでしょうか」

「ここには居なくても地元民しか知らないような避難場所に隠れている可能性はあるよ。ダリア村の神殿みたいな場所が他にもあるかもしれないしね」


 そう、希望を捨ててしまうにはまだ早い。俺は気を取り直し、一先ず村を脱出する事にした。

 村の中にはあちらこちらに魔物の姿が見えたが、その目の前を俺は堂々と横切って行く。どんなに至近距離を通行しようとも魔物がこちらに気付く事はなく、結局ただの一度も戦闘を行なわず俺達は村の調査を終える事が出来た。


「ここまでくれば安全だろう……よし、降ろすよマトイさん」


 そう、俺は村の調査中、常にマトイさんを背負って行動していた。彼女の精霊器であるマントの“カーミラ”には魔物の認識を阻害する特殊能力が備わっている。その効果はマントの中に居ると認識出来る範囲であれば彼女自身以外にも適応が可能で、二人羽織りのような状態で行動する事によって俺もまた魔物に発見されないように活動する事が可能であった。


「ご、ごめんなさい……何度もおぶってもらってしまって……重くないですか?」

「え? 全然平気だよ、精霊出してる間はパワーアップ……えーと、“ブースト”が掛かってるからね。いちいち敵と戦う労力に比べたら些細な事だよ」


 このブーストという概念はクラガノさんから齎された物だ。精霊を出現させている間、そして精霊器を手にしている間、俺達プレイヤーの身体能力は飛躍的に向上する。この現象に関しても特に俺達は呼び方を定めていなかったので、クラガノさんの案を採用する事にしたのだ。

 他にも覚醒とかスーパーモードとか色々呼び方の案があがるにはあがったが、結局の所無難にブーストという事になった。言わずもがなだが、上記の二つはシロウのプランである。

 俺から降りたマトイは軽く深呼吸を繰り返していた。魔物の中を掻い潜るのは彼女にとって緊張を要求される行動だったし、精霊の力を使うのは精神的な疲労を伴う。もしかしたら俺よりも彼女の方がずっと疲れているのかもしれない。


「大丈夫? 村人がいるかもって思って少し熱心に調べすぎたね……ごめん。長居すれば君の負担になるって事、すっかり忘れてたよ……」

「えっ? あ、いいんです! 私なんか存在感薄くするくらいしか使い道のない女ですから……。それにほら、クラガノさんに貰った回復薬がありますから!」


 そう言って取り出したのは小さなビンに満たされた青白く発行する液体であった。あれはクラガノさんが精霊の能力で作ってくれた回復薬で、僕も同じ物を持たされている。既に一度使ったのだが、精神疲労……MPの消費を賄ってくれる貴重な薬だった。尤も効果は気休め程度の物なので過信は禁物だとクラガノさんは念を押していたが。


「回復薬を作れる特殊能力っていうのは便利だよね。“MP”は他に比べて回復が難しいみたいだけど……」


 このMPというのも最近定まった概念だ。以前JJが少し言っていたが、俺達には力の総量が決まっている。この限界値は訓練で伸ばす……“レベルアップ”が可能だが、MPは時間経過以外で回復させるのが難しいステータスだった。クラガノさんもMPに関しては回復薬を作る為に消費するMPと回復薬で補われるMPが全くつりあっていないので、あまり量産は出来ないと言っていた。


「クラガノさんの薬にはこれまで何度も助けられてきたんです。フェーズ1の試練を生き残れたのだって、クラガノさんが居てくれたからなんですよ」


 回復薬を飲み干して微笑むマトイ。普段は会話するにも固さの残る彼女だが、クラガノさんの話をする時だけは明るくはきはきした様子だった。それだけ彼の事を信頼しているのだろう。引き離されるという話をされた時の不安げな様子からもそれが覗えた。


「とりあえず村の近くをぐるっと一周だけしてみてもいいかな?」

「はい。お供しますよ」


 村に近づきすぎると停留型の魔物が反応してアクティブになる可能性がある。その距離感というのも段々掴めて来た。俺達は二人で村の周囲を歩きながら視線を巡らせる。


「ねえ、訊いてもいい? マトイさん達って、スズナ村って所から来たんだよね?」

「はい。えっと、スズナ村は……北ダリアの北東に位置する小さな村です。国境にあったらしくて、ダリア村よりは大きな規模の村でした。ですが同時に王都に近かった為、何度も魔物の集団から攻撃を受けていました……」

「じゃあ、王都の魔物も見た事があるのかな?」

「はい……。王都の魔物は通常の魔物と比べてもかなり強力で……中でも人型の魔物が厄介でした。黒い鎧を纏った騎士のような……クラガノさんは“黒騎士”って呼んでました」


 人型の魔物という話は聞いた事がなかったので思わず足を止めて聞き入ってしまった。

 黒騎士と呼ばれる魔物は、胸にコアを持つ黒い鎧のような魔物らしい。剣や槍で武装している事が殆どで、個体数はかなり少ない。しかし戦闘力がずば抜けて高く、並の魔物数十体にも匹敵するという。クラガノさん達のチームに与えられたフェーズ1の課題は、この黒騎士達との戦いがその多くを占めていたという。


「黒騎士の危険性は強さだけではありません。奴らは複数体で出現し、連携行動を取って来ました。私たちはクラガノさんの指示に従って何とかそれをやり過ごしていたんです。だけどある日……黒騎士の中でも一際強力な個体が現れたんです」

「それが……第一の試練?」

「試練についてGMは明言を避けているので、それがそうだったとは言い切れないのですが……恐らくは。私たちはこの第一の試練との戦いで、スズナ村を壊滅に追い込まれました……」


 俺達も勝手にあの双頭の竜を第一の試練であったと位置づけているのだが、別にGMにあれがそうですと言われたわけではない。恐らくそうだろうとあたりをつけているだけだ。

 そもそも試練ってなんなんだろう? 試練がなんなのかわからなければフェーズを進める目処も立たない。せめてフェーズごとの目標くらいは明確にしてもらいたいものだが……このゲームの不親切さと言ったら今更騒ぐのがバカらしいレベルだからな……。


「それじゃあ、二人の仲間はそのボスに……?」

「はい……そうだと思います……多分」


 随分と歯切れの悪い言い方であった。首をかしげていると彼女は慌てて付け加えた。


「私、自分の目でその様子を見ていたわけじゃないんです。ただ後でそういう事があったんだってクラガノさんに聞いただけで……。恥ずかしい話なんですが、私はボスとの戦いでは全く役に立たず、戦闘開始直後に気絶してしまって……それで……」


 心底申し訳無さそうに語るマトイ。しかしその謝罪の矛先は俺に向けられたものではなかった。恐らくは信頼しているクラガノさんに対して、そして死んでしまった仲間に対する物だ。


「私の能力って、本当に存在感を薄くするくらいなんです……。私、前のチームでも仲間はずれで……よわっちくて、当てにされてなくて……死んだ二人にはいつも、その……」

「いじめられてた?」


 ゆっくりと頷くマトイ。なるほど……どこのチームもひと悶着あったわけだ。うちのチームだけがバラバラだったわけじゃないんだ。考えてみれば当然の事か……。情報が与えられていないという事は、とにかく目的地がわからないという事だ。目標地点を一本化してくれればゲームにおける協力プレイは容易い。だがそれがなければプレイヤーはてんでんばらばら、好き勝手に自分の利益のみを優先し行動する。ゲームなんだから当然の事だ。


「いつもクラガノさんに庇ってもらって……本当、私って……どうして生き残ったのかな……」


 何と無くその呟きは他人事に思えなかった。俺だって……俺も同じだ。いつも美咲に庇ってもらって、守ってもらって……励まされて、笑顔を貰って……なのに彼女は死んで俺は生き残った。どうしてそうなんだろうって、今も納得が行かない瞬間がある。だけど……。


「生き残った事にはきっと意味があるんだよ。大丈夫、マトイさんの能力はちゃんと役に立ってるよ! 君がいなかったら今頃俺、ぼろぼろになってたに違いないんだからさ!」

「そう……でしょうか?」

「そうそう! 過ぎてしまった事を思い悩んでも仕方ないよ。大事なのはこれから何をするかだ。クラガノさんに認めてもらうには、これから頑張っていい所を見せないと!」

「わっ、私は別にクラガノさんの事が好きとかそういう事では……っ」


 顔を真っ赤にしてあたふたしているが、俺は別に好きかどうかって話はしていない。


「ただ、人に優しくされた事がなくて……うれしかったって、それだけで……」

「人に優しくされた事がない人なんていないと思うけどなあ」

「……確かにそうですね。私に声をかけてくれる人はいます。だけど、本当は私の事ウザいとかキモいとか、そう思っているに違いないんです……」


 俯きながらどんよりとしたオーラを放つマトイ。暗い……なんて暗い女の子なんだ。うちのチームの女性陣は明るいからなあ。明るすぎて困るくらいだったからなあ。アンヘルも……まあ……喋らないだけで暗くはないしな……。


「だけどクラガノさんだけは、私に真実をくれるから……。嘘でも偽りでもない、本当の事……だから私は……クラガノさんに……」


 最早それは独り言であった。俺の介在する余地は無さそうだ。彼女のクラガノさんに対する信頼は少し度を越しているように思えた。これでは狂信と言われても仕方がない。

 確かにクラガノさんは大人の男だし頼りになる。遠藤さんと比べちゃうともう……しっかりしすぎてるくらいだ。だけどクラガノさんが凄い人かどうかって事と、マトイが駄目かどうかって事は別問題じゃないか。俺は……少なくとも文句だけ言って、理想だけ語って、憧れているだけなんて……そんなのは嫌だ。


「……とは言え、そんな事を会って数日の人に言うのもなあ」

「どうかしましたか?」


 笑顔で首を横に振る。そうだな。マトイもこれからは仲間として行動するんだ。幾らでも役に立つ場面なんてあるし、汚名を返上する機会だってあるだろう。考え方が暗いのは自信がないからだ。それも少しずつ彼女が自身の手ごたえを感じて、改善していけばいい。


「この辺に生き残りはいないみたいだね。よし、北上しよう。次の村まで急がないとログアウト時間に間に合わないかもしれない」


 こうして俺達は移動を開始した。先程まで淀んだ眼差しで己を卑下していたマトイだが、普段は別にそういう風には見えなかった。確かに引っ込み思案で声が小さいけれど、ただそれだけの普通の女の子だった。俺達は何の問題もなく北上し、とある森の中へ足を踏み入れた。

 北ダリア、特にその東側と西側には森が幾つか広がっていた。次に向かう村は森の傍にある村で、ダリア村と同じく辺境と言って差し支えのない場所だった。向かうには森の中を突っ切るのが早く、ログアウトまでの残り時間がとっくに一時間を切っていた俺達は当然のように最短ルートを選択した。森の中は光が遮られ魔物が活発に動くという事は知っていたが、マトイの特殊能力を考えれば気にする程の要素ではないように思えたのだ。


「あの……すみません。私も……レイジさんに聞きたかった事があるんです」


 歩きながら背後から聞こえる声に目を向ける。彼女は胸の前で手を組んだまま眉を潜めた。


「レイジさんは、その……どうしてそんなに一生懸命になれるんですか?」

「どうしてって……。そもそも俺が何に一生懸命だって?」

「その……NPCを助ける事に対してです。危険な場所にどんどん入って行くし、何度も何度も繰り返し見回りして……どうしてそこまでするんですか?」


 彼女はその事が心底不可思議であるという様子だった。そして同時にこう言いたげでもある。どうしてそんなに無駄な事に労力を割いているの? と……。


「どうして、か……。マトイさんはさ、NPCを助けるのには反対なのかな?」

「えっ? いえ……私なんかが反対なんて……。ただ、その、どうしてなのかなって……」

「どうしてなのかわからない人には、多分わからない事なんだと思う。あー、別にマトイさんを責めてるわけじゃなくてね? どちらかというと、俺も元々はそうだったんだ。どうしてNPCなんか助けるんだよって、何真面目にやってんのって……そう思ってた」


 だけど……どうしてだろうな。今となってはもう、何もかもが他人事には思えないんだ。美咲の為だけじゃない。姫様やじいややズール爺さん……あれがただの作り物だなんて思えないし思いたくなかった。確かに今でも村人の多くは生きてるんだか死んでるんだかわけわからないやつらばっかりだけど……確かに意思を見せてくれる人もいる。


「知り合いがいなくなるのは……やっぱり寂しいからかもね」


 変わってるのは俺の方で、マトイが不思議に思うのは別に何にもおかしい事じゃないんだ。だけど……こればかりは譲りたくない。わけのわからない事に、無駄だと思う事につき合わせるのは申し訳なかった。だけどマトイには俺と一緒に来てもらわなければならない。


「…………レイジさんは、その……第一の試練の時に……」


 そこで俺は彼女の言葉を封じた。足を止め、素早くマトイの口を押える。目を丸くしているマトイに説明の代わりに目配せすると、森の奥で蠢くそれに気づく事が出来たようだ。

 目的地である村へと続く道中、背の高い木々が見下ろすその場所に大きな影があった。巨体だ。まるで騎士のような鎧を纏った何か……否、あれは鎧そのものか?

 全長はゆうに二メートルを超えている。銀色のそれは見るからして魔物ではなかった。魔物はもっと漠然とした形状をしていて、シルエットを霧で覆ったように曖昧な存在なのだ。しかしあの鎧は明確に目視する事が出来る。それに何より、鎧の周囲には撃破されたばかりらしい魔物の残骸が燻るようにして倒れていた。


「……プレイヤー? 俺達と同じ……」

「味方……なんでしょうか?」


 魔物と戦っている以上は敵ではない……そう思った。だから俺は一先ずマトイだけを木陰に隠し、一人で接近を試みる事にした。銀色の巨人は直ぐに俺に反応し、ゆっくりと振り返る。

 鎧のようだと思っていたそれも近づけばそうではないと分かる。これは鎧じゃない。どちらかと言えばそう――ロボットだ。世界観にマッチしているとは言いがたい機械的なデザイン。銀色の騎士は大剣と呼ぶべきサイズの剣を片手に俺を見下ろしている。


「えーっと……こんにちは。俺はダリア村からやってきた勇者で……プレイヤーって言えば話が通じるかな? この先にある村の……」


 と、暢気に声をかけていられたのはそこまでだった。巨人は徐に剣を振り上げると、俺が先ほどまで立っていた場所目掛けて思い切り切っ先を叩き付けたのだ。咄嗟に背後に跳んだので間に合ったが、無防備にあんなものを食らっていたら間違いなく即死していただろう。


「な――ッ!? こいつ……プレイヤーじゃないのか!?」

「レイジさんっ!」


 背後から聞こえる声に思わず舌打ちした。案の定奴は隠れていたマトイに気付いてしまったようだ。思わず声を上げてしまったのだろうが、自らの失態にマトイは打ちのめされた様子だった。


「マトイさん、下がってて! とにかく近づいちゃだめだ!」


 すぐさま腰から下げていた剣を抜く。両腕でしっかりと腰溜めに構え巨体を睨んだ。


「お前……一体なんなんだ? プレイヤーか? それとも……魔物なのか?」


 騎士は質問に応じず襲い掛かってきた。その挙動は図体からは考えられない程素早く、一瞬で間合いを詰めてくる。横薙ぎに振り払う斬撃は得物の大きさも相まってまともにかわす事すわ難しい。咄嗟に剣で受けたつもりだったが、一撃で剣を圧し折られてしまった。

 斬撃の苛烈さは両断された樹木が物語る。完全に痺れて動かない両腕に苛立ちながら距離を取り、背後でうさぎが吐き出した得物を受け取った。まだ痺れが抜けない腕。掌を見ると裂けて血が滲んでいたが、痛みを押さえ込むようにして刃を握り締めた。


「一発でこれか……やばいな……」


 どうする? マトイのところまで走って戻るか?

 相手は明らかに格上だ。シロウも居ないで一人きりで倒すのは不可能だろう。マトイの能力を使えば姿を消す事は可能だ。だがマトイに近づけばそれだけ彼女を危険に晒す事になる。能力を発動する前にマトイが攻撃でもされたら目も当てられない。


「……マトイ、君は能力を使って逃げろ! この場から離れるんだ、早く!」

「えっ、で、でも……レイジさんは……?」

「俺はもう少しこいつの相手をする! 少しでも情報が欲しいしね。一人で何とか逃げおおせるから心配しなくていいよ!」


 幸いここは木々の密集地である森だ。奴の巨体よりは何倍もこちらの方が動きやすい。ただ逃げるだけならやってやれない事はないだろう。


「ログアウトまで逃げ切ればいいだけだ! ……急いで!」


 俺の声に弾かれるようにしてマトイは走り出した。後はコイツの正体を確かめて逃げ切ればいいだけだ。足元にはねてきた餅巾着を一瞥し構え直す。


「お前、あいつを食えるか?」

「むーきゅい。むきゅうーい」

「駄目か……って事はやっぱり生き物って事だな……」


 魔物としての外見的特長はない。どちらかと言えばこの世界観を無視した感じ、プレイヤーの能力に近いものがある。だがこれは本当にプレイヤーなのか? 二メートル超えの巨人なんてそうそういるとは思えないが……そういう能力なのか。

 駄目だ、何もわからない。どうして攻撃してくるのかも謎だ。しかし仮にこいつがプレイヤーなのだとしたら、どう呼称すべきかくらいはわかる。

 ――プレイヤーキラー。プレイヤーでありながらプレイヤーを狩る存在。オンラインゲームならそういうものだなと思ってやり過ごせるが、この場合はそうは行かない。死んだらリセット不可の真剣勝負なんだ。プレイヤーなんかに意味もなく殺されてたまるか。


「どうして攻撃する? プレイヤーなんだろ? 一体何が目的だ?」


 ゆっくりと歩みだす騎士。こちらの質問には応じないって事か。何度か深呼吸を繰り返し覚悟を決める。こうなったらこいつの正体……なんとか見抜いてやる。

 騎士が急に勢いを早め、踏み込みと同時に剣を振り下ろしてきた。この攻撃速度が尋常ではなく速い。巨体に巨大な得物の組み合わせはリーチが長く、少し気を抜くような距離でも次の瞬間には飛び込んできている。横に跳んで攻撃を回避、しかし直後騎士は身体を回転させるようにして全周囲を薙ぎ払った。斬撃の軌跡が光となって横切り、俺は倒れるようにして辛うじて回避に成功する。


「むっきゅ! むきゅきゅい!」

「うるせぇ、こっちはいっぱいいっぱいなんだよ!」


 素早く立ち上がり背後に回りこむ。低い姿勢から距離を詰め、背後から剣を繰り出すも鎧にはダメージを与えられない。ただ装甲に弾かれて虚しく音を立てただけだ。

 片腕を振るい俺を振り払う騎士。その攻撃で剣が手の中から零れてしまった。回転しながら勢いよく木に突き刺さる剣。俺はそれを諦めて背後に跳び、ミミスケから別の剣を取り出す。

 仮にこれがプレイヤーではなかったとしたら、なんだ? この世界には今の所四種類の存在しか確認されていない。プレイヤー、NPC、魔物、そしてGMだけだ。これ以外の第五の存在がいるとして、それを何と定義づけする? どんな可能性が残されている?

 まさかゲームに存在するバグ? そんなわけない。こいつは魔物と戦っていたんだ。少なくとも魔物と同類ではない。だったらNPC? いや、こんな強いNPCは在り得ない。


「むっきゅい! むっきゅーい!」


 答えは見つからないままだったがもう体が限界のようだった。気付けば手がずたずたで、もうまともに剣を振れるような状態になかった。痛みより先に滴り落ちる血が草を打つ音で傷に気付き、仕方なくミミスケへと目配せする。


「……くそっ! 逃げるぞミミスケ!」


 当然騎士は追撃してくる。だから俺はミミスケの頭を思い切り踏みつけた。


「むきゅえっ!? ぎゅいっ!!」


 奇声をあげながらもミミスケは巨大化する。そうして口から巨大な岩の塊を放出した。高速で飛来する巨大な岩に対し、騎士は剣を叩き付ける事で応じる。剣で二つに叩き割られたのには驚愕したが、飛び散る岩石で奴はこちらを見失った様子だった。すかさず餅巾着を拾い、全速力で走り出した。最早脇目も振らない。兎に角全力疾走だ。

 その逃げの一手が功を奏したのかどうかはわからないが、暫く走っても奴が追ってくる気配はなかった。森を転がりながら飛び出して草原に倒れながら背後を覗ってみるが音沙汰なし。逃げ切ったと判断し、俺は深々と息を吐き出した。


「なんだったんだ、あいつ……」

「むきゅーい?」


 ぷるぷるしているミミスケの口に腕を突っ込み、クラガノさんから貰った回復薬を取り出した。蓋を開けて両手に流しかけると煙が上がり、両手にくすぐったい感覚が走った。とりあえず傷を塞ぐのには成功したようで、一息吐いて立ち上がる。


「いてて……。マトイさんは……逃げられたかな?」


 周囲に彼女の姿はなかった。まあ、もし彼女は本気で能力を使ったらどこにいるのか俺にもわからないので、探した所で無駄なのかもしれないが。

 時間を確認するとログアウトまでの時間は十五分を切っていた。呼吸を整えながらまた森に近づき様子を覗う。そうして残り時間はあの怪物が出てくるかどうかを警戒し、その正体について考えながら過ごすのであった。

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