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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【王都奪還】
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邂逅(2)

 遠藤さんとシロウが喫煙所から戻ったのは十五分程経ってからであった。この時間は思考の空白ではなく、むしろそれぞれ考えを纏める為に必要な時間であると言えた。四人が再び席に揃った頃には、お互いに何らかの答えを携えた様子であった。


「俺は既に答えを決めているぜ。言わなくてもわかってるだろうけどな」

「シロウ君はゲームを続ける方に一票、だったかな?」

「ああ。とりあえず今の所俺達に分かっている事は殆ど何もない。ミサキが行方不明っつったって、オッサンの言うようにザナドゥが関係ない可能性だってある。逆にもし本当にザナドゥが関係しているのだとすれば、尚更ここでリタイヤするわけにはいかねーな。もしミサキを……俺のダチをどうこうしようってんなら、こっちだって引き下がるわけにはいかねぇからよ」


 ごきりと指を鳴らしながら眉を潜めるシロウ。俺は頷き返し彼に同意する。


「俺もそっくりそのまま同じ考えだよ。ミサキの事を思えばここでリタイヤすべきじゃない。だけど……それは俺達の場合だ。JJ、君の場合は少し話が違ってくる」


 JJは見ての通り小柄な中学生の女の子だ。特に身体を鍛えていない俺にだってあっさり拉致出来てしまうだろう。シロウみたいなのが出てきたら悲鳴を上げる余裕すらないはずだ。


「俺やシロウは危険やリスクを承知でゲームを続けられる。だけどJJはこのままだと危険なんじゃないかな?」

「それなら……問題ないわ。私を拉致するなんて……まず、不可能だと思う……」


 しかし返って来たのは意外な反応であった。JJは本当に自分の身に何かが起こる可能性なんてないと考えているようだった。自信満々というか、そんなのは当たり前といわんばかりだ。


「とにかく、私の事は心配いらないから。止めたところで私も続けるつもりよ」

「ふむ? まあこの口調からして自衛に関しては自信があると見えるね。JJの事だ、なんの打算もなしにここまで断言はしないだろう。これは信じてもいいんじゃないかな?」


 確かに……今はこんな縮こまった小娘になってしまったけれど、これはあの傲岸不遜なJJなのだ。シロウにパツキンクソチビとまで言わしめたあの策士JJなのだ。なんの考えもなく非論理的な事を言い出すようには思えない。そんなメリットもない。


「……わかったよ。だけど何か身の回りに不審な事があったらすぐ連絡しなよ。JJの身に何かあったら……俺、本当に嫌だからさ」

「こ、子供扱いしないでくれる……? 自分の身くらい、自分で守れるわ……」


 そうは見えないんだよなあ。見えないから不安なんだよなあ。


「つーかよ、むしろこの中で一番あぶねーのはレイジだと思うぜ? 都内なら俺がすぐ駆けつけられる範囲だが、お前の住んでる所ばっかりはささっと行くわけにはいかねぇ。俺が迎える場所なら大抵の悪漢はぶっ潰してやれるがな」

「いや逆に安全だと思うよ? 俺の田舎は東京から電車で片道二時間半。まともな神経の人間なら俺以外を狙うんじゃないかな」


 我ながら言っていて悲しくなってきたが、この可能性に関してはいくら考慮し所で結論は出ないだろう。憶測ばかりが続いてしまってにっちもさっちも行かない。


「ともあれ、全員続投の意思は固いようだ。僕も色々と事情があってね、まだここで降りるわけにはいかないんだ。となると、これからも皆で力を合わせてがんばろうって事になるね」


 笑いながらの遠藤さんの言葉に俺達は黙って頷きを返した。美咲が居なくなり、だからこそ仲間になれた俺達。その真ん中にはやっぱり美咲の存在があって、彼女の為に何かをしたい……そう考える気持ちは共通の物であった。なんだか美咲が俺達を繋いでいる絆そのものみたいな感じがして、不謹慎ながら少しだけ嬉しかった。


「真面目な話はこれくらいにしておこうか。そろそろ六時になるけど……みんな時間は大丈夫かい? 特にレイジ君は帰りの電車もあるんじゃないかな?」


 言われて携帯を確認する。往路に二時間半かかったのだから、復路だってそれくらいかかるのだ。まだ帰る時間としては早いのだが、そろそろ出ないと終電に繋がらなくなる。


「っと、そうですね。はぁ……これだから田舎は嫌なんだ」

「なんだ、一泊してきゃいいじゃねえか? なんなら俺ん家に泊まってくか?」

「シロウの家ってどこだっけ?」

「ネズミの王国があるところ」


 それって……東京……じゃなくね?


「提案はありがたいけど、とりあえず戻るよ。今日もザナドゥにログインしたいしね」


 話をしていたら居ても立ってもいられない気持ちになっていた。あのゲームはなんなのか……その謎を解き明かしてやりたいという思いが強くなっている。ただ続けていればその答えが得られるとは思わないけれど、今は少しでもあの世界に時間を割いていたかった。


「せいがでるね。おじさんは今日はログインできないかな。ちょっと野暮用があってね」

「うっし、じゃあ解散して再集合すっかね。JJ、家どこだ? 送ってやるよ」


 つらつらと立ち上がる男集。シロウの質問にJJがキョドっていると、シロウは無理にJJの小さな手首を掴み、ぐいぐいと店の外に引っ張って行く。シロウはJJを守ろうとしているのだろうが、事情を知らないと真逆の意味に見えてしまうのが悲しいところだ。


「バイクで来たからな。近場ならひとっとびだぜ」

「あの様子なら心配は要らないかな? それじゃあレイジ君、またあの場所で会おう」


 立ち去る遠藤さんに挨拶を返し俺もファミレスを後にした。会計は遠藤さんがいつの間にか済ませてくれていたらしい。こういう時だけは大人なんだなと思ったりもした。

 町に掛かっていた雨雲は晴れ、夕焼けの光が差し込み始めていた。茜色の空の下を歩きながら、俺は決意を新たにする。


「……今は言う通りにしてやるさ。従いながら……真相を暴きだしてやる」


 駅のホームで電車を待ちながらイヤホンを耳につける。そうして時計と睨めっこをしながら、俺は今自分があの世界で何をするべきなのかを考えていた。




 ――双頭の竜を倒した俺達の前に再びゲームマスター……ロギアが姿を現したのは、例の戦いから一週間ほど経過した時であった。

 その日俺達は強制的に全員が同じ場所……即ちあの始まりの神殿へと転送された。思い描いていたログイン地点と違ったものだから、全員が怪訝な様子だったのを覚えている。


「どうやら全員強制的に集められたようね。という事は……何かが進んだのかしら?」


 肩を竦めながら語るJJ。その言葉の通り、再び姿を現した仮面の女――ロギアは円卓の中心で語り出した。美咲が居なくなった事で奇しくも全員が座れるようになった五つの席にそれぞれが腰を下ろし、誰もがGMの言葉に意識を集中していた。


『まずは“第一の試練”の突破、おめでとうございます』


 腕を左右に軽く広げながらそんな事を言うロギア。しかし俺達は全員黙りこくっていた。


『……どうやらあまり嬉しくないようですね?』

「嬉しくないわけじゃないさ。ただ、あんたには言いたい事が山ほどありすぎてね……。とりあえず一つだけ聞かせてくれ。どうしてあのボスは、最初っからあんな化物染みてたんだ?」


 食いかかるような口調になるのを何とか制しつつ、俺はゆっくりと問いかけた。そう、ステージ1からあんなずば抜けた性能の敵を出す奴があるか。あんなのはゲームバランスの崩壊でしかない。どう考えたって運営のヘマなのだ。しかしロギアは当たり前のようにこう返した。


「プレイヤーを“ふるい”にかける為です」


 思わず拳を握り締めた。何と無くその答えは予想の範疇だったから。


「この世界を生き抜くだけの……ゲームをクリアするだけの能力と資質を持つか否か。皆さんが本当に“勇者”として相応しい人間なのかどうかを試させて頂きました。そして今ここに生き残った皆さんは、晴れて我々の与えた試練をクリアした……というわけです」


 身を乗り出してロギアに迫る俺を隣の席のJJが裾を引っ張って制した。俺が飛び出す事もわかっていたみたいだ。JJは無言で首を横に振り、俺は舌打ちをして身体を引っ込めた。


「あんたさっき、このゲームをクリアする為の資質を見たと言ったわよね? そう言うからにはこのゲーム……やっぱりクリアの条件があるんでしょう?」

「ええ、その通りです。以前皆さんには特に目的はない、自由に振舞って構わないとお伝えしましたが、あれは嘘です。自由に振舞う事はこれからも制限しませんが、このゲームそのものには目的が……即ち、“グランドクエスト”が存在しています」


 グランドクエスト……即ち、このザナドゥというゲームが持っている“本筋”。どんなRPGにだって存在しているゲームを完結させる為に必要な“至上命題”。当然あるとは思っていた。だけれどこんなやり方で後出しするなんてアリか?


「このゲームを完結させる方法。それは――“魔王”を倒す事です」


 それ自体は恐ろしくシンプルかつ使い古された課題だ。超古典的なRPGから例外なく存在してきた倒すべき敵の代名詞、“魔王”……それを倒せというのは、決して妙ではない。だが何故か今の俺にはそれが単純な事柄のようには思えなかった。


「その魔王という存在についてもっと詳しい情報はないの?」

「魔王という語感が持つ印象から凡そそのままの存在です。魔物を統べ、この世界を滅びに導く存在……それが魔王。今はまだこの世界には存在していませんが、ある時期がくれば目覚め、この世界を滅ぼす為に活動を開始します。今この世界に蔓延している魔物など、魔王の操る軍勢と比べれば天と地ほどの差があります」

「魔王はいつ目覚めるの?」

「それは――秘密です。しかし目覚めの間際になれば必ずアナウンスしましょう。それまでの間、皆さんはどのように過ごしていただいても構いません。これまで通り自由に振舞っていただいて結構です。ただどんな風に時を過ごしたとしても魔王は一定のタイミングで活動を開始します。それだけは記憶の片隅に置いておいて下さい」


 質問を止めて考え込むJJ。ロギアは自由に振舞えなんて言っているが……こんなの事実上一つしか俺達に選択肢は残されていない。魔王が出現するまでの間に“レベル”を上げ、戦力を増強しておく……それだけじゃないか。一体何が自由に振舞えって言うんだ。


「質問だけど……そのグランドクエストをクリアしなかった場合、私達に何かペナルティはあるの?」


 神妙な面持ちで問いかけるJJ。ロギアは相変わらず淡々とした声で応じる。


「特にありません。魔王はただこの世界を滅ぼす為に活動を続け、皆さんは死ねばゲームオーバーとなりこの世界からはじき出されますが、ただそれだけです」

「なるほどね。だから自由……か」


 JJだけが何かを納得した様子だった。しかし俺も今何かが頭の中で引っ掛かった。ゲームをクリアしてもしなくてもいい。これからもルール自体は何も変わらない……なんだ? 何が引っかかったんだ? 疑問に答えを出す間も無く、ロギアは更に重大な話に移って行く。


「皆さんが第一の試練をクリアした事により、この世界は“フェーズ2”に移行しています。皆さんの体感時間では“今日”は“昨日の続き”ですが、この世界の時間は大きく進行しています。フェーズ1からフェーズ2にシフトした事によりこの世界で進んだ時間は凡そ半年。即ち皆さんは半年後のザナドゥにログインしている事になります」


 フェーズが進んだからゲーム内の時間も進んだ? いや……ゲームなんだからそんな事も出来るのか。成程。ゲームを進行させる……即ち“試練”をこなし、“フェーズ”を進めれば時間が経過する。言ってしまえばただそれだけの話だ。


「今後もフェーズが進行したと判断した場合、時間をこちらで操作させていただきますのでご了承下さい。それでは皆さん、フェーズ2の世界をお楽しみ下さい」


 相変わらず一方的に言いたい事だけ言ってロギアは姿を消してしまった。残された静寂の中、俺は苛立ちを隠せずに机に拳を叩き付ける。


「何がゲームをクリアする資質だ。それじゃあここに居ない彼女は……美咲にはこのゲームをクリアする資質がなかったとでも言うのかよ……!」


 違う。本当に資質がないのは俺だ。美咲には全てがあったのに、俺が彼女を守れなかったから……。何が試練だ。あんな形で“ふるい”にかけるだなんて間違っている。ただの運ゲーじゃないか。あいつは一体何を偉そうに……。


「レイジ、しっかりしなさい。あんたの気持ちはわかるけど、今はそこに食い下がってる場合じゃないわ。リーダーを名乗るからには常に冷静を保ちなさい」

「ああ……ごめん。JJの言う通りだった……」


 溜息を吐いて席に着く。そう、今はそんな事を言っている場合じゃない。


「ロギアはこの世界の時間が半年進んだと言っていたね。となればこの世界にも相応の変化が起きているはずだ。まずはそれを確かめるのが先決じゃないかな?」


 遠藤さんの言葉に従い俺達は全員で神殿を出る事にした。向かった先は当然、森を出た先にあるダリア村だ。全員で全力ダッシュで森を飛び出すと、そこにダリア村は変わらず存在していた。しかし何もかもが以前と同じというわけでもなかった。

 村の周囲には簡易的だが防壁が張られ、見張り櫓が立っているのが見えた。入り口には武装した兵士が立っており、以前より物々しくなった印象を受ける。


「おー。半年の間に結構変わってるみてぇだな」

「あれだけの事件があった後だから、当然と言えば当然だけどね」


 口々に感想を漏らすシロウとJJ。俺が皆を代表して村に近づいて行くと、見張りの兵士は慌てて頭を下げ両手を合わせて拝んできた。これはフェーズ2になっても変わらないらしい。


「あ、あなた様は……勇者レイジ様! 再びこの地をお救いになられる為に舞い降りてくださったのですね! さあ、姫様がお待ちです! 村へお入り下さい!」


 どういうわけか知らないが、どうも話は通っているらしい。言われるがまま村に入ると最初と同じく村人達から熱烈な歓迎……という名の拝みを受けた。それを適当に愛想笑いを振りまいてやり過ごし、俺達が向かったのは村の奥にある屋敷であった。

 屋敷は以前より警備が厳重になった様子で、敷地内にあった馬小屋の数が増えているのが印象的だった。警備の人間にまた何度も拝まれつつ突破すると、相変わらず元気そうな姫とじいやが迎えに駆けつけてくれた。


「レイジ様! おかえりなさいませ!」

「えっと……ただいま? 姫様は……ちょっと背が伸びたかな?」


 半年でそれほど変化があるとは思えなかったが、この姫様は以前よりずっと頼りになるような気がした。何せ細身とは言え剣を帯び、ドレスの上から防具をつけていたのだから。


「皆さんお久しぶりですね。皆さんが再びこの地に舞い戻る日を心待ちにしておりました」

「つっても俺ら普通に続けてログインしてるんだけどな……変な感じだぜ」


 苦笑を浮かべるシロウ。姫様は戸惑う俺達にこの半年の間の出来事を教えてくれた。

 まず、ダリア村はあれからも健在。魔物の脅威はなくなったわけではないが、今では姫様が指揮を取り自衛の為の戦力を強化しているという。例の双頭の竜の進行で滅んでしまった村の生き残りをダリア村で受け入れる事になり、その分村の規模は拡大。防衛戦力も増えた為、通常の魔物からの被害というものは大幅に減ってきたという。


「それでも、一体の魔物を倒すのにかなりの人手が必要なのですが……以前は本当になされるがまま、蹂躙されるがままでしたので、それに比べれば死傷者は随分と減ったんですよ」

「村に人が増えたと思ったら、他の村からの移民を受け入れていたのか」

「はい。行き場をなくした者同士で助け合いなんとかやっていっているところです。住居に食料、問題は山積みですけど……」


 ただ、姫に逆らう人間は一人もいないという救いもある。そもそもこの世界の人間には自発的に何か考えて行動するという頭が欠けているのだ。俺達が彼らに対し絶対であるように、為政者としての設定を持つ姫様もまた無条件に大きな発言力を持つ存在なのだろう。


「どうやら、私達の行動は確実にこの世界に影響を齎しているようね。以前のダリア村だったら、自衛しようだなんて考えすら持っていなかっただろうし」


 JJの言う通りだ。彼らはあの日、俺達と共に戦った事で確かに変化したのだ。あの戦いがなければ半年経とうが何年経とうがこの村は以前のままだっただろう。だが姫様が自らの意思で村を守ろうと考えそれを行動に移し、村人が従い始めて世界は変わった。


「無駄じゃなかったんだな……俺達の……美咲のした事はさ」


 なんだか嬉しくなってきた。この村に少しずつ活気が戻りつつある事、それが俺には自分の事のように嬉しかった。笑顔で街を眺めていると、そんな俺に姫様は近づいてくる。


「お戻りになったばかりで恐縮なのですが……レイジ様! また我々にお力を貸してはいただけないでしょうか!?」

「お、おおう……やる気だね? 今は何をしている所なの?」

「この国を脅かしていた最大の脅威である双頭の竜は倒れました。今こそこの国を復興させる好機だと思うんです! 生き残り各地に逃れた臣下達も、少しずつ集まろうとしています!」

「つまり……今度はこのクィリアダリアという国を建て直そうって話なのね」


 JJの言葉に頷く姫様。その瞳にはきらきらと輝く星が入っているかのようだ。


「手始めにこの南ダリアに逃れてきた難民にダリア村を開放しています。そして南ダリアと北ダリアを隔てるアムネア渓谷に、北ダリアへの進行の足掛かりとすべく砦を建造中です! 建設までにはまだかなりかかる見込みなのですが……」


 俺達が居ない間にそこまで話を進めておくとは。この子の行動力は本当に大した物だ。なんだかんだ言ってこの村の……いや、この国のお姫様なんだな。


「話は大体わかったよ。えーと……それじゃあどうしようかな。JJ、俺と一緒に姫様と今後の事について相談しよう。遠藤さんとアンヘルは街の様子を見てきてくれるかな? シロウは…………その辺で魔物と戦ってきていいよ」

「おう! いやー、やっぱ半年経って敵がレベルアップしてるかもしれねぇしな! 相手の戦力を探っておく事も必要だよな! つーわけで行ってくらあああ!!」


 人間離れした脚力で走り去るシロウ。その子供のような無邪気な笑顔に苦笑を浮かべる。


「あれが俗に言う、水を得た魚……というものでしょうか?」

「いやいや。首輪を外された犬じゃないかな?」


 アンヘルと遠藤さんはそんなやりとりをしながら村へと向かった。残された俺とJJ、そして姫様は三人で屋敷の中へと向かう。会議室に入るとJJが地図を広げ、小さく息を吐いて言った。


「――さてと。それじゃあ始めましょうか。この国を取り戻す為の戦いをね」


 こうしてフェーズ2に移行した世界で、俺達は国を取り戻す為の戦いを始めた。

 クィリアダリア王国を人の手に奪還する為には、何よりも王都オルヴェンブルムを取り戻す必要があった。しかし王都までの道程は長く、道中には既に魔物の勢力下に落とされた村々が存在している。これらの扱いをどうするか、そもそもダリア村の守りをどう対処すべきか。考える事は山ほどあり、ただオルヴェンブルムに突っ込めば良いという単純な話ではなかった。

 そこで俺達はこの一週間、一先ず状況の把握に努めてきた。その途中で流れてくる難民を受け入れ、進攻してくる魔物を迎撃し、そうしている間に時間は矢継ぎ早に過ぎて行く……。

 二時間半の復路の最中、俺はずっとザナドゥの事を考えていた。美咲の事。姫様の事。仲間の事。あの世界でやるべき事。いずれ現れるという魔王、フェーズ2を進行させる為のグランドクエスト。ザナドゥというゲームの謎、ゲームマスターロギア……。

 はじめからわかりきっていた事だが、一人でごちゃごちゃ考えたところで答えは見えなかった。考えてみれば実にRPGらしい事だ。謎は一つ一つ、地道に解き明かすしかないらしい。

 地元に戻るとすっかり夜も更け始めていた。駅の駐輪場に停めていた自転車に跨り家路を急ぐ。帰り際適当に弁当でも買って、さっさと支度を済ませてパソコンの前に向かおう。一日三時間しかログイン出来ないあのゲームにとって、一日のロスは甘くみられないものだ。

 焦る気持ちに比例するように滲み出た汗が湿度の高い風に晒される。一日一日が過ぎて行く度に、あの世界から美咲が消えて行くような……そんな予感がこの胸を支配していた。

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なつかしいやつです。
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