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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【王都奪還】
18/123

邂逅(1)

 美咲があの世界から居なくなって半月。世の中は六月に入っていた。

 その日、電車の窓越しに眺める景色には雨のカーテンが掛かっていた。イヤホンから小さな音量で流れる音楽に耳を傾けながら、俺は何度も携帯の時刻表を見つめ直していた。

 あの恐ろしく憂鬱な故郷の田舎町を飛び出し、俺は今東京に向かっている。乗り換え二回、片道二時間半の道程は電車慣れした俺にも長く、まるで時間が永遠に繰り返しているかのような錯覚に陥る。その度俺は窓の外へ視線を投げ出し、もう戻らない美咲の事を思った。

 俺がもっと強ければ。俺がもっと上手くやっていれば……美咲を失う事はなかった。そんな風に後悔した所でなんにもならないと分かっているのに、身体は重たいまま、心はどこか上の空で、割り切ったフリをしてみても同じ事。俺はいつも胸に戸惑いを抱えたままだ。

 東京へ向かう事になったのは、遠藤さんからの提案によるものだった。その過去の経緯を思い返しつつ、俺は軽く目を瞑った。


「――ミサキ君を探したい?」


 二週間ほど前の事だ。ザナドゥにログインしても時折心ここにあらずな俺を心配した遠藤さんが声をかけてくれた。そしてその時、俺が一人で美咲を探しているという話を彼に打ち明ける事になった。俺はあれからも彼女となんとか連絡を取ろうと試みていたのだが、一向に美咲の状態はわからなかった。彼女の“りんくる!”も、あの日を境に全く更新されていない。


「美咲ともう一度話しがしたいんだ。それで……」

「それで……どうするんだい?」


 神殿の中庭で腕を組む遠藤さん。俺は水路を流れる水に自らの姿を映し出す。


「わからない……謝りたいのか、それとも奴を倒したって報告したいのか……。ネットゲームで出会った女の子にリアルで会いたいなんて、そんなのはどう考えてもマナー違反っていうか……ただのストーカーなんだけどさ……」

「うん、僕もそう思うな。女の子と言っても世の中彼女一人じゃないんだ。新しい恋に生きるのも男の幸せってものだと思うんだけどね」

「いやっ、恋とかそういう事では……!」


 ……どうなんだろう? 本当にそこを否定しきれるのか、俺は?

 わからない。だからこそもう一度声を聞きたいのかもしれない。せめてこの罪悪感が少しでも晴れたなら、今度こそ彼女と向き合える……そんな気がした。


「だけどまあ、ミサキ君の事は僕も気になっていたんだよね。というより、僕も彼女の事を調べようと思っていたのさ。これはリアルの仕事がらみなんだけどね」

「リアルの……? 遠藤さんは……その、失礼ですけど……」

「私立探偵をやっているんだ。まあその依頼の兼ね合いでちょっと、ね」


 彼は詳しい事を語らなかった。それが俺にしてみれば不安だったのだが、そんな俺を見かねてか、彼は笑顔で提案してくれた。


「何かわかったなら君にもちゃんと伝えよう。これは仕事じゃなくてプライベートと言う事で」

「でも……いいんですか? 仕事で知り得た事なら、守秘義務とかあるんじゃ……」

「ノープロブレム。なぜならば僕にとって探偵業は、仕事というほど仕事じゃないんだからね」


 何がノープロブレムなのかさっぱりわからなかったが、おっさんのウインクを信じる事にした。そんなやり取りの二週間後、遠藤さんから俺達に召集がかかったのだ。

 集まれる者は週末の土曜、東京へ。そこで俺達にとって大事な話をしようという呼びかけに対し、アンヘルを除く全員が一応の賛同を見せた。アンヘルに関しては連絡のつけようがなく、そもそも彼女は携帯電話を持っていない様子であった。まあ、リアルの事に関してはあまり深く突っ込むわけにも行かず、俺達は事後報告の約束だけ交わし、アンヘルは今回欠席と言う事で話を纏めた。

 こうして俺は東京にまで出てきたわけなのだが……。


「――人、多ッ!?」


 電車に乗っているだけではわからなかったが、さすが都会……駅に出てみると人の多さに眩暈がしてしまう。これだけの人数が駅にけしかけたら、俺の故郷ならとっくにパンクしている。

 携帯を何度も確認しながら駅を出る。見知らぬ世界は何だか何もかもが自分を拒んでいるようで、想像以上のアウェー感があった。こんな事なら折り畳み傘でも買ってくれば良かったと後悔しつつ、しかし小ぶりになってきた雨に多少濡れる覚悟を決めようとしたその時だ。


「よおレイジ、無事に東京まで来れたか!」


 声をかけてきたのはシロウだった。見ればわかった。黒い革ジャンにいかついグラサン、やけに尖がったあの靴の名称を俺は知らないが、とにかくそれはシロウだった。服装はそんなんだが、顔や特徴的な頭を見れば間違えようがない。シロウはサングラスを胸ポケットに忍ばせ、割と強い力で俺の肩を叩いた。


「遠藤のおっさんがよ、そろそろお前が来る時間だからって言うんで迎えに来てやったぜ。しっかしゲーム中と同じ顔してらぁな。ははっ、おもしれー!」

「シロウこそその髪……ゲーム内だけじゃなかったんだね」


 シロウの頭は真っ赤だ。当然だがそんな地毛在り得ないので、あえて赤く染めているらしい。


「いいだろ、派手でよ!」


 派手ではあるが悪趣味だと思うのだが、それは言わずに笑顔で濁した。


「あと来てねーのはパツキンクソチビガキだけだが、あいつは元々この辺に住んでるらしいから迎えは必要ねーだろ。ほんじゃま、案内すっからついてこいよ」


 ニヤリと口元をゆがめながら踵を返すシロウ。先程まで心細かった都会の町も、シロウが一緒だと堂々と歩く事が出来た。それくらいシロウは傍目に見ても強そうであった。

 背が高く、細身だががっしりした体つきで、目付きはギラギラとまるで獣のようだ。贔屓目に見なくてもどこかのロックバンドに紛れ込んでいてもおかしくない容姿で、当然ながらこの類の人間と俺はこれまで付き合いを持った事はない。


「頼もしいなあ、シロウは」

「おう? 褒めても何も出やしねえぞ?」


 鼻の頭を人差し指で擦るシロウ。まあ、半分くらいはけなしてたんですけどね……。

 肩を怒らせずんずん進むシロウに続いて向かったのは駅から徒歩十分程度の場所にある喫茶店であった。雑居ビルの二階に位置した場所で、階段を上がると小さな看板が出ている。一人しか潜れない扉を二人並んで入ったその先で、遠藤さんはウェイトレスに声をかけていた。


「そうなんだよねえ……うんうん。それより君かわいいねえ。ここのお店の制服とってもいいセンスしてるよ。色々な喫茶店を巡ってる僕が言うんだから間違いないね」


 足を止めて固まっているシロウ。横にずれて覗き込むと、遠藤さんはウェイトレスにご執心の様子だった。確かにこの店の制服はかわいい。俗に言うエプロンドレスという奴だが、メイド喫茶のようなチャラチャラした感じではなく、店全体がシックな雰囲気だ。そこにアロハシャツの胡散臭いオッサンが紛れ込み、店員をナンパしているのだから目立って当然である。


「僕はねえ、仕事の関係上最早喫茶店に住んでいると言っても過言ではなくてね……」

「おいオッサン……何やってんだテメェ」


 お、シロウが行った。オッサンの肩をがしりと掴み上げると店員の女の子がほっとした表情を浮かべる。うん。シロウが助けに来たら大体の人はそういう顔になるよね。僕もそうだ。


「やあ、早かったねシロウ。今僕は情報収集の真っ最中なんだが、邪魔をしないでくれるかい?」

「何の情報だ何の……オッサンよぉ、いい歳して若いチャンネーをナンパするのはどうなんだ? あんた家庭とかねえのか?」

「チャンネーって君……。僕は家庭は持ってないよ。すっかり行き遅れてしまってね……そういう意味では是が非でもナンパを成功させたいのだけれど、別に僕は今ナンパをしているわけではないんだよ。いくら僕だってTPOくらいは弁えるさ。ねっ?」


 女の子に同意を求める遠藤の胸倉を掴み上げ、シロウが強引に引き摺ってくる。そうして俺の方に突き出すと、女の子に向かって軽く頭を下げた。


「気を悪くしねぇでやってくれ。あのオッサンちょっと頭おかしいんだ。責任持って俺らがとっちめておくからよ」


 こうして俺達三人は店を後にした。階段の踊り場に出るとシロウがオッサンのケツを思い切り蹴り上げ、オッサンはケツを両手で押えながらのた打ち回る。


「おっほおおお! シロウ君、暴力はいけない! それはやってはいけない事だよ!」

「うるせぇぞこの変態ジジイ! てめぇ歳幾つだ!?」

「まだ三十代だよ……ひどいなあ。ジジイはないんじゃないの? ジジイはさ」


 このやり取りは個人的にはちょっと以外だった。シロウは見た目的には……っていうか言動も全て不良なのだが、女性に対しては何故かとても紳士的なのだ。アンヘルにも美咲にもそうだった。唯一口汚く罵るのは、かなり年下のJJだけと来ている。


「シロウってさ……ホモなの?」

「ああっ!? テメェ今なんつった!?」

「わあああごめんごめん! いやっ、なんかそう……思っただけですすいませんでした!」


 胸倉を掴み上げられる。物凄い腕力だ……片腕で高校男子一人持ち上げるとは……。


「てんめぇ二度と言うんじゃねえぞ! 俺はホモじゃねえ! ホモじゃねえんだ!」


 あのう……シロウさん、ホモに対して何か思うところでもあるんでしょうか? 涙目になってわなわな震えているとは……いや、ホモだってね、こう、立派な一つのジャンル……じゃなくて、今となっては市民権を得つつある種類の人たちで……って言っても無意味だろうな。


「ううむ、シロウ君が僕の尻を執拗に狙ってくるのはそういう事情が……おうふっ!? やめたまえシロウ君、おじさん痔になっちゃうでしょ!?」

「……どっちでもいいですけど、営業妨害なんで立ち去りませんか……?」


 階段を上がってきた女子高生二人が面食らっていた。そりゃそうだ、階段の踊り場でオヤジがヤンキーにケツを蹴り上げられていればそうなる。二人も視線に気付いたらしく、俺達はそそくさと逃げ出すようにその場を後にするのであった。




「ふうー……シロウ君のせいでおじさんの尻がピンチだよ。まったく酷い目に遭ったなあ」

「自業自得だクソオヤジ……」


 こうして僕らが移動したのは直ぐ近くにあるファミレスだった。まあ、ここなら多少口汚く言い合ってる男が二人紛れていても問題ないだろう。


「まあせっかくだし何か注文しようか。ドリンクバーだけで居座ってもいいのだけれどね。レイジ君、昼食は済ませたかい?」

「あー、いえ。一応、出てくる前に軽く食べてきましたけど……」


 携帯の時計を確認する。時刻は既に十六時を少し回っていた。午前中には出発したはずなのだが、時間が経つのはあっという間だ。


「つかよ、JJ遅くねえか? 何かあったんじゃねえだろうな……?」

「あ、JJの心配してるんだ。シロウやさしいね」

「し、心配なんかしてねぇよバッカヤロォ! 誰があんなクソチビの心配なんかするかよ!」

「わ、わかった俺が悪かったから……すぐ胸倉掴み上げるのやめてって!」


 なんかこのノリがこれからずっと続くような気がする……この三人。

 そんなこんなでそれぞれ注文を済ませ、ドリンクバーで各々グラスを満たしてくる。俺は野菜ジュース、シロウはコーラ、遠藤さんはアイスコーヒーだ。


「それで遠藤さん、何かわかったから俺達を呼びつけたんですよね?」

「ん? ああ、そうだねえ。まあ呼び出した理由はそれだけってわけでもないんだけどね」

「んあ? どういう意味だ?」

「んーと、まあ……個人的な、ね。とりあえず君達が本当に“プレイヤー”なのか、実在する人間なのかどうかの確認とか。まあどうやらそれは杞憂だったようだけれどね」


 なるほど、それは俺も考えていた事だ。

 あれだけ精巧なNPCを作れるゲームなんだ。もしかしたら自分以外は全員NPCでしたなんてオチも有り得る。まあだからなんだって言う話ではあるのだけれど。


「それに……この手の話は電話やネット越しでするのは避けるべきさ。とりあえずJJが来ない事にはどうにもならないんだけど……彼女はまだかな?」

「場所が変更になったって連絡はしたんですよね?」

「それがよぉ、メールしても返事がねえんだわ。あの野郎、約束すっぽかしやがったか?」


 まあJJは野郎ではないんだけど……なんて事を考えていたその時だ。店に入って来た一人の少女が俺達のテーブルで足を止めた。ゆっくりと振り返ったその姿に俺達は絶句した。

 それはJJだった。JJではあったが、誰がどう見ても制服であった。今日は土曜日だ。まあ休みだからって制服である可能性はある……でもまあなんというか、どう見ても女子……“中学生”なのだ。高校生はない。ちっこい身体を包み込むぶかぶかのサマーセーター。金色のウェイブした髪は湿度のせいかいつもよりぶわっと広がっており、サイズのあっていないデカい黒縁のメガネを指先で直しながらJJは俺達を見ている。


「……………………何よおおおおおっ!?」

「何も言ってませんけどおおおおおっ!?」

「どうせチビよ! どうせ髪の毛爆発してるわよ! どうせメガネよ! どうせ中学生よ! どうせ近所なのにここまで迷子になったわよどうせバカにしてんでしょ何か文句あんの!?」

「文句ありませんけどおおおおおっ!?」


 破裂するんじゃないかってくらいJJは顔を真っ赤にし、ほっぺたを膨らませている。一体何が気に食わなかったんだろう。やべえ、ガチで中学生だ……とか思って固まっていたのが悪かったんだろうか。いやツッコみどころいっぱいありすぎ。どうすれば正解だったの?


「まあまあ落ち着いてお姫様。みんな君を待っていたんだよ」


 JJは遠藤の優しい声を一瞥、舌打ちをしてからシロウを見た。この四人がけの席は僕が窓際、隣にシロウが座り、向かいの席に遠藤さんが一人で座っている。JJは徐にシロウを引っ張り立たせると遠藤さんの方に押し込み、俺を引っ張って一度立たせると自らが窓際に座り、そこでようやく少し落ち着いた様子で息を吐いた。


「なんなんだこのクソチビ……何がしてえんだ……」

「端っこが落ち着くんじゃないかな? そういう子結構多いよ……ていうか僕の隣に座るのは嫌だったんだね……」


 困惑するシロウと遠い目の遠藤さん。俺は冷や汗を流しつつメニューを広げる。


「えーと……JJも何か飲む? それか何か食べる?」

「い、要らない……」


 こっちを見向きもしなかった。しかしちらちらと俺のグラスを見やっている。


「……ドリンクバーだけでもいる?」

「……………………あ、い、う、あ、い、いる……」


 やべえぞこいつ……コミュ障だ……。

 まあなんとなくそんな気はしてたけどな……。それにしたってネット弁慶にも程があるだろ。生まれたての小鹿みたいになっちゃって……。

 溜息を一つ、俺はJJの分のドリンクを用意してやった。何を飲むのかわからなかったので無難にアイスティー、ミルクとガムシロップも差し出すと震える手つきで両方流し込み、ひたすらにグルグルとストローで中身をかき混ぜている。


「おいレイジ、そいつのおもりはてめぇに任せたぜ」

「というわけで、そろそろ本題に入ろうか。皆も気になっているだろうミサキ君の事だ」


 遠藤さんの声に何と無く場の雰囲気が変わった。JJも俯きながらも真剣に話を聞いている……と思う。多分そうだ。


「まあ単刀直入に言うとだね。彼女……笹坂美咲君は、半月前から行方不明になっている」


 その言葉に誰もが驚愕を隠せなかった。だが慌てふためく者がいなかったのは、心のどこかでこの事態を予測していたからだろう。俺も腹の底に冷えたものを感じながら、完全に打ちのめされながらもどこかで冷静を保っていた。


「だから“りんくる”でも連絡がつかなかったのか……でも、どうして……?」

「ザナドゥが……関与している……可能性、は?」


 声を絞り出すようにして問うJJ。さすがにコミュ障とかなんとか言ってられない状況だ。


「その可能性は高いと思う。だけどね、ミサキ君はあくまで“行方不明”なんだ。死体が見つかったわけじゃない。そこがなんとも不思議なところでね……」


 ネットゲームを媒介に遠くにいる人間を殺す事が出来るかどうか。こんな馬鹿げた話を真剣に考慮してみると、確かに可能性だけは幾らでも転がっている。

 そもそも俺達はザナドゥというゲームを構成しているVRシステムという物を何一つ理解していないのだ。一つ言える事は、あれだけリアリティのある幻想を見せているからには、何らか人体に対し複雑な作用を齎しているという事だ。それだけの性能を持つ装置ならば、人間を殺す事も可能かもしれない。


「……確かに、殺すだけなら出来るかもしれない。だけど殺せば死体が残る筈だ」

「その通り。僕らは全員、恐らく自室からあの世界へログインしているはずだ。その間僕らの身体は消えてなくなっているわけではなく、きちんとこの世界……現実に残留している」

「どうして……そう……言えるの?」

「確認したからさ。僕がログインしている間、僕のこの体がどうなっているのか……助手を使ってね。だけど僕の身体には何の異常も見当たらなかった」


 となれば、遠藤さんだけが特別というわけでもないだろう。僕らも美咲も同じ様にログインしている間は眠っているような状態にあったはずだ。そこから何らかの方法で美咲を殺したとしても、どう考えたって死体だけは残る筈。


「誰かがミサキを拉致したって可能性は? あのゲームは俺達の自宅に届けられた……つまりゲームマスターは俺達の住所を把握しているはずだぜ」


 シロウにしては目の付け所がいいけど、なんか拉致の話で急に鋭く切り込んでくると要らないところに探りを入れたくなってくるな……。


「その可能性はゼロではないね。なにせミサキ君は東京で一人暮らしをしていたんだから。深夜の時間帯、無防備になっている彼女の身体を暴漢が拉致するのは簡単だったろう」

「そんな……! それじゃあミサキは誰かに誘拐されて……!?」


 思わず立ち上がりながら大声で叫んでしまった。すぐに周囲の視線に気付き、おずおずと席に着く。それでも焦燥感は消える事無く、俺は苛立ちを飲み干すようにグラスを呷った。


「まだ何もわからないけれどね。女子大生の行方不明なんてよくある話だし、ただの家出とか友達の家を渡り歩いていただけなんて可能性も高い。ただ、ミサキ君はバイト先にも顔を出していないし、親しかった友人達も行方を知らないという事になっているようだけれどね」


 不思議そうな顔をする俺達に気付き、遠藤さんは付け加える。


「さっき三人で行った喫茶店、あそこでミサキ君は働いていたんだよ。あのメイドちゃんはミサキ君のバイト仲間ってところさ。もう半月、無断欠勤が続いているそうだよ」

「なんだオッサン、ただナンパしてたんじゃねえのか」

「信用ないなあ……とほほ。まあおじさんだから仕方ないんだけどねえ」


 ていうか……遠藤さん、マジで探偵なんだな。これまで分からなかった事がどんどん明らかになっていく。ミサキは女子大生……そうか、やっぱり年上だったんだな……。


「でも、遠藤さんが俺達を直接呼んで話をした理由がわかりました」

「うん。この話はあのゲームの運営者にとってされたくない類の話の可能性がある。そして僕らがそれを探っていると感づかれた場合、どのような対応を取られるかわからない」


 俺やシロウや遠藤さんは男だからまだいい。だけどここには小柄な女子中学生のJJもいる。万が一ミサキが拉致されたのだとすれば、JJも同じ目に遭う可能性があるわけだ。


「チッ、胸糞悪い上に面倒くせぇ話だな。直接問い質せばいいじゃねえか、あのロギアとかいう仮面女をよ。ゲームマスターなんだろ?」

「それはもう少し僕の方で調査を進めてからにしようよ。何か分った事があったらメールするから。今はもう少し様子を見たいんだ……少なくとも、何か手がかりが見つかるまではね」


 腕を組みながら語る遠藤。俺もそれには同意だが……そもそもそんな危険性を孕んでいるゲームをこのまま続けていいのか? 俺達は大した疑いも持たぬまま、迂闊に危険な遊びに足を踏み入れてしまったのではないのか……?


「……さて、ここまで話をすれば僕達にはもう一つ議論すべき事があると気付いてくれたと思う。とりあえず今日はその話の結論を出しに来たと考えてもらって構わないよ」

「つまり……このままザナドゥを続けるか否か……ですね?」


 俺の一言に場が静まり返る。その静寂を打ち破ったのはシロウだった。頭をわしわしと掻き乱しながら立ち上がる。


「はー、めんどくせぇ! 急に考えるべき事が増えすぎなんだよ! 俺は一服してくら」


 そういえばこのファミレスは全席禁煙だった。シロウがポケットから煙草を取り出すのを眺めながら見送ると、遠藤さんも同じく席を立った。


「僕も一服してこようかな。いやあ、喫煙者には世知辛い世の中になったよねえ」


 そんなこんなで休憩ムードになり、俺はJJと二人で席に残される事になった。なんとはなしに窓の向こうに目を向けると、相変わらずしとしとと雨が街を濡らしていた。


「なんか……大変な事になっちゃったね」


 JJに声をかけるが、彼女は既に空になったグラスをストローでかき混ぜていた溶けた氷がグラスの中を回る小気味良い音に耳を傾けていると、少女は小さく息を吐いて。


「レイジはどうするつもりなの? あのゲーム……続けるつもり?」

「俺は……そうだな。たぶん、続けると思う」

「それは……ミサキの為に?」


 二人が居なくなったら急にJJは饒舌になった気がした。俺は頬を掻きながら考える。


「そうだね。今のまま全部投げ出したらミサキにはもう会えない気がするんだ」

「警察に相談してみたら……なんて考えないのね」

「まともに取り合ってくれると思う?」


 首を横に振るJJ。それからグラスを滑らせ俺の前に追いやり、頬杖を突きながら言った。


「私もそう思うわ。あのゲームを続ける事……それがミサキを救う事に繋がる気がする」

「……そう、だよな。なんか都合の良い解釈だけど……」


 苦笑しながら立ち上がる。グラスを手に取ると、彼女はやっと僕を見て言った。


「アイスティー……ミルクとガムシロップ、三つずつね」

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なつかしいやつです。
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