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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【愛にすべてを】
120/123

さよならのかわりに(1)

「……レイジさん!」


 その姿を見つけたミユキが声をあげた。巨大な怪物はその動きを止め、その胸のあたり、弾丸を打ち込んだ場所からレイジが飛び出してきたのだ。

 何故かその腕にはミサキを抱きかかえているので全員が絶句した。レイジははるか遠くからすさまじい速度で仲間達の元へ降り立つと、そっとミサキを降ろして振り返る。


「ただいま、みんな……うぶおっ!?」

「レイジ様ーーーーーっ!!」

「レイジさん……レイジさんっ!」

「心配したんだぞレイジー!!」


 一気にオリヴィア、ミサキ、イオの順番で飛び込んできた。よろけながら踏みとどまり苦笑するレイジにミサキはニンマリ笑みを浮かべ。


「ほほう。モテモテですなあ、礼司君」

「というか姉さん! どうしてレイジさんと一緒に!?」

「ただいまミサキちゃん。って言っても、何で私が実体化しているのか……おっ? あ、実体化出来てなかったみたい!」


 自らの体が半透明に消え始めているのを見てミサキは驚いた様子で叫ぶ。慌てるミユキの頭を撫でながらレイジは頷き。


「ミサキは俺の精霊器の一部みたいなものだからね。だけどそれももう終わりだ。少しだけまたお別れだけど、次は君を完全に実体化させる」

「レイジさん……そんな事まで出来るようになったんですか?」


 驚くミユキ達から逃れ、レイジは消えかけたミサキの手を取る。少しだけ寂しげに、しかし優しさに満ちた瞳で笑顔を作った。


「迎えに来てくれてありがとう、ミサキ。君の未来は俺が必ず作ってみせるから。だから、もう少しだけ待っていて」

「礼司君……あっ!?」


 その体が消えると同時に声も届かなくなる。だがミユキは姉が何かを一生懸命に自分に伝えようとしている事だけは感じ取っていた。

 ミサキがまた消えると、レイジは仲間達に背を向け、黒い怪物を見やる。それは徐々に姿を変え、巨大なうさぎの耳とついでに親指も立ててレイジに振り返った。


「あれは……ミミスケになったんですか?」

「レイジ君、完全に世界を掌握したって事だね」


 きょとんとしたオリヴィア。冷静に呟くケイオス。レイジは空に両手を差し伸べる。それに連動するようにミミスケも世界の境界線に手を伸ばした。


「これから、ミミスケの中に取り込んだ勇者達の魂を肉体に返し、現実世界へ逆召喚を行う」

「復活させるという事ですか?」

「そういう事。少し集中するから、みんな下がってて!」


 言われるがままに後退するミユキ。レイジが瞳を閉じるとその体はゆっくりと舞い上がり、七色の光が帯を成して世界へ広がっていく。

 ミミスケの口からは膨大な光の粒がまるでシャボン玉のように空へ浮かび、ふわふわと周囲を漂う。

 神の座に溢れたまばゆい光は空へ突き上げ、それと同時に封印されていた勇者の亡骸を保存する棺がミミスケの周囲を舞う。

 シャボンは自らの肉体に戻りたがるかのように一人でに棺へ吸い込まれ、そこから何十人、何百人もの人々の体が浮かび上がった。

 両腕を広げるミミスケの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がると、全てが光の中に消えていく。魂と肉体のリンクを取り戻した勇者達は、一瞬で本来あるべき世界へと帰っていった。


「きれい……」


 思わず呟くオリヴィア。そこへ異変を察知したのか、シロウ達が駆け寄ってくる。


「レイジ! ついにやったんだな!」

「どうやら、全てが終わる時が来たようだ」


 大喜びするシロウの隣でアスラは自らの終焉を感じていた。その肉体は本来ミサキの物。ミサキが彼らと同じように元の世界へ帰還を果たすというのなら、その器は退かねばならない。


「救世主レイジ。私の覚悟は既に決まっている。遠慮無くこの体をミサキに返してやってくれ」


 レイジは頷くが、同時に何もない虚空に手を翳した。光が収束し人を象ると、一瞬で遠藤の肉体が形成される。


「遠藤!? ど、どうして……!?」

「こっちの世界で仮初めの肉体を作ることは簡単なんだ。これまでも俺達はそうやって召喚されてたんだからね。問題は魂を載せる事だけど……」


 レイジは掌に小さなシャボン玉を浮かべ、それを遠藤の体に押し込んだ。すると光が弾け、遠藤は直ぐに息を吹き返した。


「遠藤! 嘘だろ……なんでもアリかよ! ありがとうレイジ……ありがとう……!」


 まだ気を失っている遠藤を抱き寄せ涙を流すイオ。レイジはそのまま振り返りアスラを見つめる。


「アスラの体はミサキに返してもらう。だけど安心して。君の新しい体は俺が直ぐ作ってあげるから」

「そのような事まで……まさに神の所業……いや、君は既にこの世界そのものとなったのだな」


 アスラは安心したように目を瞑る。その胸にレイジが手を当てると、光のシャボンがするりと抜け落ちた。レイジはそれをそっと抱きしめ自らの内に取り込むと、別のシャボンを取り出しアスラの肉体に押し当てた。

 吸い込まれた光で直ぐにミサキは生命を取り戻す。ミユキがそれを抱き留め、静かに息をついた。


「おかえりなさい、姉さん……」

「これまでミミスケに取り込んだ人達もみんな元の世界へ帰す。勿論クラガノさんもだ。だからシロウはもう、人殺しに苦しまなくてもいいんだよ」

「レイジ……ありがとな。お前はやっぱり、最高の親友だぜ……」


 苦笑を浮かべるシロウ。レイジはその肩を叩き、無邪気に笑う。


「こっちこそありがとうね、親友」


 そして皆に向き合い、両手を差し伸べる。


「肉体が残っている人はそれに魂を乗せて、肉体が残っていない人は肉体を作ってから逆召喚を行う。魂が劣化してしまっている人も、必ず俺が取り戻して見せるから」


 全てが本当に救われたのだ。まるで優しいお伽噺のような結末。それをオリヴィアは少し遠巻きに見つめていた。

 世界は変わった。これで少なくとも魔物に人の生命が蹂躙される事はないだろう。しかし全ての生命が取り戻されても、ザナドゥの大地に生命が戻る事はない。

 仮にこの世界を作りなおしたとしても、この世界に意思を持つ人間はオリヴィア一人だけ。それはある意味に置いて、救われなかった未来を意味していた。


「これからみんなを向こうの世界に帰す。それから異世界へ通じる門を閉じ、封印する」

「……待って下さい。レイジさん……この世界の事は、オリヴィア達のことはどうするつもりですか?」


 ミユキの言葉にオリヴィアはびくりと背筋を震わせた。それから力なく首を横に振り。


「二つの世界が、こうして交わる事そのものが間違いだったのです。いずれ別れは訪れる……そうミユキも知っていたでしょう?」

「それはそうだけど……だって、このままじゃオリヴィアだけが何も救われてない! レイジさんがそんな未来を選択するとは思えない!」


 そう、レイジが選んだ未来がこんなもののはずがない。姉であるミサキは消えてしまうその前に、ミユキに何かを伝えようとした。


「レイジさん。レイジさんは……どうやって世界を封印するんですか?」

「今の俺に出来ない事はないよ」

「そうではなくて……世界を封印して二つの世界を隔離した後に、どうやって“戻ってくる”つもりなんですか?」


 ミユキの質問に勇者達が揃ってレイジに目を向ける。次の瞬間、全員が身動きを取れなくなった。それがレイジの力によるものであることは明白だった。


「レイジ……!?」

「ごめんねシロウ。だけど、こうするしかないんだ」

「レイジさん……やっぱりあなたは……この世界に残るつもりなんですね?」

「おい、ミユキ! それはどういう事なんだよ!?」

「逆召喚は言うほど簡単なことじゃない。神の権能を持っていたロギアでさえも一度に逆召喚出来る人数は数人、時間は数日が限度だった。レイジ君が世界そのものと同化したとしても、何百人もの人間を、恒久的に現実世界に逆召喚し続ける事は困難だ」

「だから……あなたはここに残り、皆の平穏を支える為の人柱になると……そういう事なんですね?」


 説明する黒須とミユキを交互に見やるイオとシロウ。二人は声を合わせた。


「「 冗談じゃねぇ!! 」」

「レイジ一人だけがみんなの為に犠牲になるって事かよ!」

「JJだってみんなだって、レイジが帰ってくるのを待ってるんだよ! それをどうして!!」

「失われた物を取り戻す為には犠牲は必要なんだ。だけど俺は悲しんでいないし、苦しんでもいないよ。俺は胸を張ってこの選択を出来る」

「んだよそれ……なんなんだよそれっ!!」


 涙を流しながら、顔をくしゃくしゃにしながらイオが叫ぶ。シロウは歯ぎしりし、全力で拘束から逃れようとするが、彼らはもう精霊器を使う事も出来ない。


「それがレイジの決めた事なんだな……」

「うん。だから……ごめん。ありがとう、シロウ」


 何かを言わんとするシロウに手を翳すと、次の瞬間その体は逆召喚される。続いてイオも元の世界へと戻され、静寂が訪れた。


「レイジ君、僕はこっちの世界に残して貰いたいんだけど……」

「ケイオスはそう言うと思ったけど、ダメ。君らは一回向こうの世界に戻って、自分の人生を地に足つけて見つめなおせ」

「……はああ。僕はもう一切悪さもしないし、君が作る新しい世界を見ていたいだけなんだけど……」

「未来が見たいのなら、誰かが作るものではなく自分が作ったモンを見な。そうやって願望を他人任せにしている限り、お前の願いに説得力なんかないんだよ」


 苦笑いを浮かべるケイオスの姿が消えた。そしてレイジは黒須に目を向ける。


「黒須惣助。あんたはきっちり、自分の世界で、自分の罪を裁かれるんだな。この全てがあんたのせいだったとは言わない。だけどあんたを野放しにするつもりもない。警察連中のド真ん中に転送するから、即、お縄につけ」

「僕はもう逃げないよぉ。どうせならロギアの傍に戻してくれるかい? 彼女とは少し話がしたいんだ」

「……わかったよ。どっちみちあんたはもう逃げられない。ロギアには連れて帰るって約束もしたしな」

「恩に着るよ、救世主。それから……僕のゲームを最高に盛り上げてくれて、本当にありがとう。君こそが主人公だ」


 ひらひらと手を振る性懲りもない笑顔が消える。レイジは目を覚ましていない遠藤とミサキを転送し、ついでに東雲も元の世界へ返した。


「東雲はなんでこの世界に残ってたんだか……。さてと。残りはミユキとオリヴィアだけか」

「レイジさん……こんな事をして許されるとでも思っているんですか?」

「許されたくてやってるわけじゃないからね」

「あなたという人は……あなたという人は……本当に……っ!!」


 俯き、歯ぎしりするミユキ。転送しようとするレイジに、少女は咄嗟に叫んだ。


「私も……私も、こっちの世界に残ります!!」

「ミユキ……?」

「オリヴィア、あなたという友達を残し、何の未来の結論も出さないままお別れは出来ません! 何よりレイジさんが一人でこの世界に取り残されるのなんて絶対に嫌です!」

「俺は別に――」

「私が嫌なんです! あなたの居ない世界なんて……あなたが……あなたが帰ってこない未来なんて……そんなのっ、私は要らないっ!!」


 涙を流し、あらゆる強がりもかなぐり捨てた剥き出しの少女は、歳相応に震えながら、目の前の大切な人に乞う。


「あなたに救われた人達は……あなたという犠牲の上に生きなければならないのですか!? あなたは傲慢です!」

「……そうだね。だから、向こうの世界に戻った人達からは、ザナドゥの記憶を消しておいたんだ」


 あまりの衝撃に絶句した。目を見開き固まるミユキを前に、レイジは淋しげに笑う。


「俺の事を覚えていると苦しむ人の記憶だけ、消しておいた。多分大丈夫だろうって人はそのままだけどね」

「あなたは…………自分が何をしたのかわかっているんですか!? 他人の思い出の中から自分さえも殺して……なんて事をっ!!」

「これが罪であることはわかってる。だけど罰はきちんと受けるつもりだよ」

「そんなの罰にならない! 違う……そうじゃない! 私はただ、あなたに……あなたと一緒に、あの世界に帰りたかっただけなのに!」

「ミユキ……」

「オリヴィアも説得して! 彼を止めて……お願い! お願いだから……っ!! オリヴィアッ!!」


 その言葉が途切れると同時、ミユキの姿は消え去っていた。伸ばしかけた手を落とし、オリヴィアは愕然と膝を着く。

 果てしなく広がる世界に、生きている者は二人だけ。いや。最早世界そのものとなったレイジとは生きた人間には数えられないのかもしれない。


「レイジ……様。どう……して……」

「異世界の門を閉じ、封印する」

「ミユキは……あなたの事を信じて……。あなたの事を、愛して……」


 両腕を広げたミミスケが天に魔法陣を浮かべ、境界線を修復していく。異世界へと続く門は閉ざされ、二つの世界の衝突は回避される。


「……なぜなのですか? なぜ……全てが救われる事はないのですか? これが運命だというのなら、それは……あまりにも……」





 現実世界の空は閉じようとしていた。突如異世界から戻ってきた惣助に驚くロギアだが、それよりも先にJJが駆け寄る。


「黒須! 向こうの世界はどうなってるの!?」

「JJの予想通り、レイジ君は向こうの世界に残りましたよ」

「あの野郎やっぱりか!」

「仕込みはしましたが……ま、あとは彼次第ですね」


 空を見上げる惣助。そこへ駆け寄ってきたロギアが顔面に拳をめり込ませるのを横目にJJは空を見上げる。


「バカ……! あんたが戻ってこないんじゃ、何の意味もないじゃない! こんなでハッピーエンドだなんて……救世主だなんて! 笑わせんなッ、レイジーーーーーーーッ!!!!」


 涙声の叫びは異世界までは届かない。黒い巨人は向こう側から窓を閉じるようにゆっくりとその姿を消していく。

 やがてその巨大な幻影が音もなく二つの世界を分かつと同時、東京の空は元通りになった。

 あらゆる怪異がまるで何事もなかったかのように消え去り、夕暮れの茜色が差し込んでくる。

 それが、後にザナドゥ事件と呼ばれた異世界危機の結末であった。

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