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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【愛にすべてを】
117/123

織原礼司(1)

「これは……力が戻ってきた?」


 二つの世界の境界線が崩壊していく。

 異常事態から逃れようと避難する人々は、境界線の存在する東京から離れつつあった。

 特にそれらの事件の中心であるトリニティ社近辺には不気味な静けさが広がりつつある。そんな中空を見上げるJJ達の隣でロギアが自らの掌を見つめながら呟いた。


「どうやら救世主は無事に世界から権能を奪いとったようです。これで我々へ世界が割く力のリソースは大きくなりました」

「という事は、あんたの力で異世界へ増援を送り込めるって事?」

「トリニティ社のダイブ装置を使えば可能でしょう。人数に制限はありますが」


 ダイブ、即ち異世界召喚とはそういうルールで作られている。その法則をこの世界から直接変更する事はロギアにも不可能だ。

 JJはその言葉に僅かに思案する。それから空に映しだされたレイジと怪物の姿を見つめ。


「人数に制限があるという事は、まだ完全じゃないのよね?」

「ええ。力の多くはレイジへ向かっているのを感じます。今となっては私と彼の割合は逆転していますから」

「その力で二つの世界の境界を閉ざす事は出来ないの?」

「……わかりません。今ザナドゥがこちらの世界への道を開こうとしている行いそのものが全てに置いてイレギュラーなのです。私と黒須が考えた召喚システムは、本来そのような状況を想定しては……」


 ロギアが俯き加減に呟いたその時だ。突如、一行の目の前に黒須惣助が姿を見せた。

 突然の出来事に全員がフリーズする中、JJだけがポンと手を打ち状況を把握する。


「クロス……そういえばあんた、前にも映像だけ飛ばしてたわね」

『やあロギア。とりあえず無事に開放されたので、状況報告と情報共有をしようと思ってね」

「クロスッ!!」


 思わず映像に掴みかかるロギアだが、所詮は幻影。触れることは叶わず、空を掴んだ体ががくりとよろける。


「どうやらレイジ達は無事クロスと接触したようね。それで、そっちはどうなっているの?」




「今はミユキ、オリヴィア、ケイオスと一緒に座の近くに居るよ」


 ザナドゥ、神の座。その近くに明らかに不自然な道具が設置されていた。

 ノートパソコンとそれを置く金属製のデザイナーズデスク。それは元々黒須惣助が現実世界で使っていた仕事道具だが、この世界に置いては少し違う意味を持つ。

 “ジ・サプライヤー”と呼ばれるそれは、つまるところ彼の精霊器である。普段はUSB型の精霊として彼の上着の胸ポケットに収まり、必要に応じてこの武装形態へ変化する。


『ケイオスもそこにいるのですか!? ケイオスには山ほど言いたいことがあります!』

「ロギア……子供のしたことなんだからそんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか。そんな事もあるよ」

『そんな事!? いくら子供だろうと分別というものはあるでしょう!』

「どうしよう。ロギアめっちゃ怒ってる」


 笑いながら振り返る黒須に三人はそれぞれ毒気を抜かれていた。ケイオスはどちらかというとこの狂人側なのでヘラヘラしているが、オリヴィアとミユキはちょっともうついていけない。


「なんなのですかこの人達……笑い事ではありませんよ……」

「良くも悪くも、何かを作り出す人達というのはこういうものなのかもしれませんね……」


 モニターに写り込んだロギアは頬を引きつらせるようにし、眉をぴくぴくさせながら笑っている。そこにJJが割って入ったのはロギアを除く誰にとっても建設的な展開だった。


『ミユキ、みんな無事なのね? 声しか聞こえないけど、オリヴィアもそこにいるんでしょう?』

「ええ、私達は無事です。今は地上でレイジさん達がザナドゥを止めようと戦っています」


 ミユキは自らが見聞きした情報をかいつまんで説明した。今すぐレイジ達を助けに向かいたいのは山々だったが、結局自分が向かった所で出来る事は限られている。

 神に限りなく近づいた今のレイジと肩を並べて闘う事より、今は少しでも先の展開を見据えたかった。何故ならばレイジがこの戦いの先に何を企んでいるのか、ミユキにはまだ検討がついていなかったからだ。

 少女は少年を信じている。彼はきっと全てを上手くまとめるだろう。だからこそ、今は闘う事以外で、本当の意味で彼を救わねばならない。


『勇者達の肉体はそこにあって、皆生きていると……。そして勇者の魂は世界に食われて、今もあの怪物の中にあるって事ね』

「そういう事になるのでしょうか?」

『なるわよ。それならレイジのやろうとしている事はわかるでしょ?』


 出来ればその可能性を否定して欲しかった。JJの諭すような口調にミユキは目を伏せ、そして頷く。


「レイジ様はきっと、本当に何もかもをなかったことにしようとしているのだと思います」


 胸に手を当て、オリヴィアは不安げに呟く。

 この世界で魂を失った者達。その肉体がまだ保存されていて、まだその魂がこの世界のどこかに欠片でも残っているのだとしたら。

 レイジの目的は最初からそれだった。失われたものをもう一度と、軌跡を渇望した。ならば道筋は自然で、何一つぶれてはいない。


「けれど……どうやって?」

『ロギア、勇者達の肉体をこっちの世界に召喚することはできないの?』

『今ここからは不可能です。ジ・サプライヤーを使えば……クロス、そちらからはどうです?』

「んーと、召喚プログラムを書き換えれば多分可能だけど、肉体に魂を載せる作業はすぐにはできないよ」


 ジ・サプライヤーは世界の法則を書き換える能力を持つ。

 この異世界でだけ通用する専用のプログラム言語を持ち、それに応じてこの世界に適切な現実を創造する。それがジ・サプライヤーの唯一の能力だ。

 世界を管理するゲームマスターとして、ロギアの力をより明確化し、神の力を人の手で扱いやすくする便宜を図る。この精霊器があれば、要は神に出来る事は大抵可能になる。


「けど、時間がかかる」

「そうだね。僕は元々このゲームが終了したとしても、勇者達の“死体”を返すつもりはなかったしなあ」


 ケイオスの言葉に頷きながら高速でキーを叩く黒須。その口ぶりにミユキは眉をひそめ。


「ではどうするつもりだったのですか? これだけの数の人間を犠牲にして、あなたは……!」

「戦いで死んでも復活出来たらそれは面白く無い。ゲームとしてはアリだけどね。だけど、やり直しが効かない方が人間は熱くなる。それはクリアしてもしなくても同じことさ」

「レイジさんに神の座を譲るという話はなんだったのですか!?」

「聞いたの? それは本音だし、彼がそう望むならこのジ・サプライヤーで少しくらいは手伝ってあげるつもりだったよ。だけど、今はまだ決着もついていないし、僕のゲームも終わってない。ゲームマスターが手出しをするタイミングじゃない」


 黒須の座った丸椅子を回転させ、そのまま胸ぐらを掴み上げる。ミユキが顔を近づけて睨みつけても男は全く平然としていた。


『ミユキ、気持ちはわかるけど今そいつをぶん殴っても状況は何も変わらないわ。黒須、それでそっちの世界の人間をこちらの世界に復活させて戻す事は可能なの?』

「できるけど、時間はかかるねぇ。多分これならレイジ君が自力でやったほうが早そうだけど」

『それじゃダメなのよ。あいつに主導権を渡したら何をしでかすかわからないでしょ』


 両手を上げて無抵抗を示しながら視線だけモニタの向こうに向ける黒須。ミユキは歯ぎしりし、男の胸元から手を離した。


「あなたの仕組んだゲームのせいで大勢の人が犠牲になり、今も現実ではひどい混乱が続いています。この罪は必ず償わせますから」

「異論はあるけど、今は捨て置こう。僕らがここで水掛け論を繰り広げても時間の無駄だからね。……それで、僕らに何をさせたいんだい? 人質なんだろう? 彼女」


 ロギアは徐々に力を取り戻しつつ有るが、今となってはその割合は他の勇者と大差ない。そしてロギアの左右には勇者連盟の腕利きであるカイゼルとファングが立っている。


『レイジはロギアを人質にするつもりはなかったし、私もそういうつもりはないわ。難しいとは思うけど、出来ればそれぞれの願いが叶うよう努力したいと思ってる』

「JJ、こんな殺戮者の話を訊くつもりですか?」

『今の私達にとってそいつを裁く事と、この世界をどうにかする事、そのどちらが重要なのかなんて天秤にかけるまでもない。何度でも言うけどね、そいつをぶっ殺して解決するなら最初からやってる。今はそんなことをしている場合じゃないのよ、ミユキ』


 諌めるような視線にミユキは溜息をこぼし、腕を組むともう自分は割り込まないと言わんばかりに身を引いた。


『――取引をしましょう、黒須惣助。優先順位は色々あるけど、あんたには何より先に一つ、やってもらいたい事があるから』




「救世主! やっと来やがったか!」


 空中を飛行しながら笑みを浮かべるイオ。レイジは浮島を飛び移りながらザナドゥの化身へ向かっている。

 滑空しつつ左右のライフルで弾幕を張ったのはレイジに奇襲を仕掛けようとする遠藤を妨害する為だ。魔物化したクリア・フォーカスは姿を完全に消しているが、大雑把に居所がわかれば牽制することは出来る。


「イオか! 遠藤さんは?」

「消えたり出たりしててどうにもな……!」


 飛行しながらレイジと並走する。突如、二人の視線の反対方向から光線が連続で照射されるが、レイジはそれを影をまとった腕で弾き飛ばす。


「クリア・フォーカスの迷彩は姿を完全に遮断するけど、そこに存在している以上質量を消す事は出来ないし、音も匂いも消すことは出来ない。マトイの能力は意識の遮断だから、それに比べれば見つけやすい筈だ。君の能力は“装備を作る”能力だったよね?」

「そうか、センサーを装備すれば……!」


 一度光となって消失したロボットの頭部が再構築される。角のようなアンテナが光を帯びると、クリア・フォーカスの位置を捉える事が出来た。


「って、お前まさか普通に見えてるのか?」

「音を聞いただけだよ。一応魔力を使った攻撃だから、感覚でも回避出来るけどね」

「人間技じゃねーな……」


 ぼやきながらライフルを左右に突き出し連射する。既に周囲にはクリア・フォーカスの子機が無数に配置され、一斉攻撃の機を伺っていた。


「突破口は作ってやる。あのデカブツはお前に任せるからな!」

「うん。遠藤さんをお願いね、イオ」


 優しい声で微笑むレイジ。イオは少し頬を赤らめる。

 なんだかこんな風に肩を並べていると、本当に仲間になったような気がする。これまで対立していた人間同士が簡単に遺恨を捨てられるはずもないのに。


「お前はさ。なんか、ちょっと違う、よな」


 レイジがどんな道を歩んできたのか、敵だからこそよく理解している。彼が最初は弱く、脆いただの歳相応の少年だった事も。


「お前を応援したくなる奴らの気持ち、少し分かった気がするよ」


 反転し、上昇したイオは脚部と型部にミサイルランチャーを展開。一斉に周囲の子機めがけ爆撃を行った。


「行け、救世主! ……いや、レイジ!!」


 黒煙を突き抜けレイジはザナドゥへ駆ける。一方、シロウは東雲との格闘戦のまっただ中にあった。

 シロウの繰り出した拳に合わせ、クロスカウンターで打ち抜く。東雲の拳は女の物とは思えない程の圧力でシロウの体をふっ飛ばした。


「何度やっても無駄だ。お前に私は倒せない」

「……ったく。やっぱりな。どう考えてもおかしいぜ、お前」


 鼻血を拭いながら立ち上がるシロウの瞳は強く、真っ直ぐに東雲を見ていた。そして男は指を指し。


「まず、お前は別に格闘家でもなんでもねぇ。構えも我流、別に動きも早いわけじゃねぇし、隙だらけ。それで俺が殴り負けるなんて在り得ねぇ」


 確かに東雲は強い。場数を踏んでいるだけあり、とにかく冷静で一切の心理的な乱れがない。

 勇者であり、実戦を他の勇者の何倍も経験してきている以上、その魔力量はかなりものだ。シロウに相手の魔力量を知る能力はなかったが、感覚ではミユキの数倍の魔力を感じていたし、それは見当外れではない。

 基礎的な身体能力も運動センスもいい。だがそれだけだ。格闘能力に特化したシロウとやりあって、それを一方的に倒せるなんて道理は通らない。


「今のだってお前の隙に完全に打ち込んだ筈だ。それがカウンターで返された。となれば相手の能力に呼応するカウンタータイプの能力じゃねぇかとも思ったが、少し違う」


 東雲の攻撃を防ごうとしても防げないし、かわそうとしても避けられない。それが何を意味しているのか。それよりも、なによりも――。


「お前、“精霊器”はなんだ?」


 見れば東雲は見た目にもどうにも“異世界人”だ。

 黒いスーツにワインレッドのシャツ。靴は革靴で、手にはやはり革の手袋。だがそれ以外に目立った武器も防具も見当たらない。

 この世界で勇者をやってきたこそ、シロウでもわかる。この世界の精霊器にはある程度デザインに法則性が有る。少なくとも、どれもこの世界らしい外見をしている。

 しかし東雲にはそれがない。だが精霊器は間違いなく使っている筈。そうでなければ拳で殴って人間が何メートルも吹っ飛んでたまるか。


「とくれば、考えられる選択肢は一つ。お前の精霊器は、お前が常に咥えている“煙草”だろ?」


 東雲は指摘通り、常によれよれの煙草を咥えていた。紫煙を吐き出し、灰を落としながら目を細める。


「ま、これはJJが前に言ってたんだけどな。お前の能力は、恐らく“お前の肉体自体”に何かの効果を与えるものだと」


 精霊の能力にはそれぞれ条件が存在している。東雲の能力は無敵とも言うべきもので、その発動には間違いなく条件が存在しているはずだった。

 JJが能力開発の中で得た知識として、強い能力には強い制限が必要という前提がある。JJは自らのカードを消費、即ち“再使用不能”の回数制限を強いる事で、カードに他人の能力を念写してみせた。

 複数の相手と闘いながら、精霊に課された条件を満たす事は簡単ではない。特に相手に対してならば尚の事。


「何人もの相手の戦いで連続で条件を満たすことは難しい。何よりお前は初手で俺らを圧倒していた。ということは戦闘開始前に条件を満たしているとみるべきだ。お前が戦闘開始前にしていた事と言えば、煙草に火をつけたこと。そして強力な能力の制限として回数制限が有力なら、自ずと答えは見えてくる」


 女は新たな煙草を取り出し、そのしわくちゃになった包み紙を取り出して見せた。

 中に残された煙草は三本。予想通り煙草の本数が回復する気配はない。


「元々は1カートンあった。が、長引いた戦いでな。節約をしても残りはこんなものだ」


 だからこそ東雲は戦闘に参加することを可能な限り避けてきた。本当に必要に迫られた時にだけ戦闘に参加し、そうでない時は静観を決め込み続けた。


「“ゴッドラック”という。能力は、“幸運”だよ」

「……運?」

「そうだ。“奇跡”と言い換えたほうがわかりやすいか?」


 幸運。それがあらゆる因果を逆転させる最強の能力の正体。

 シロウの拳は“運悪く”東雲に当たらなかったし、“運悪く”東雲の攻撃にあたってしまった。“当たりどころが悪く”シロウの体には大きなダメージが入り、“運悪く”吹っ飛んだ。

 そんな馬鹿げた偶然が繰り返し繰り返し何度でも続く。その結果、東雲は無傷のまま一方的に魔王であるアスラを倒せたのだ。


「…………なんだそのズル」

「なんとでも言え。そして私の能力持続時間が残り少ない事も把握しただろう? 早々にケリをつけようじゃないか」


 わしわしと頭を掻き、シロウは溜息を零す。自らの拳を見つめ。


「あんたの倒し方はもうだいたいわかってる」


 そう言いながら拳を高く構えた。その構えも雰囲気も、これまでのシロウとは少し違う。

 これまでのシロウはただ闇雲に拳を振るっていた、言わば猛獣のようなものだった。だが今はその強さの中に理性を感じる。それこそ、武道家でもなんでもない東雲が肌で感じられるほどに。


「ほう。ようやく本気というわけか」

「これまでずっと封印してきたんだ。まじめにやっちゃいけねぇと思ってな。自分を戒める為にも、この力を他人に向けて使わないと誓った。だけどな、そんなちっぽけな誓いより、守らなきゃならねぇもんが男にはある」


 すうっと息を整え、拳と拳の合間から視線で射抜くように。


「使うぜ――ボクシング」


 男は走りだした。低い姿勢からガードを固めたまま、懐に飛び込む。その速度はこれまでよりも更に疾い。


「だが、私には届かない」


 そう、届かない。繰り出されたジャブの連打はすべて東雲にかわされ、カウンターの拳がシロウの顔面にめり込む。


「それで……いいんだよ」


 しかしシロウは全く怯まずに攻め続ける。攻撃は当たらない。何度やっても当たらない。代わりに反撃で傷ついていくが、シロウはそのダメージをガードし最小限に抑えていた。

 そしてついに、繰り出された拳が東雲をかすめる。ダメージは殆どない。だがシロウは確信していた。


「一発だ。一発のパンチで、あんたを倒す。何度も女を殴るような悪趣味は、俺にはないからな」

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