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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【愛にすべてを】
110/123

祈り重ねて(1)

「ミユキ……おい、ミユキッ!! てめえ……ミユキは仲間じゃなかったのかよ!?」


 ミユキの胸から流れる鮮血が白い空間に広がっていく。糾弾するイオの声にオリヴィアは眉一つ動かさず、ただ血に染まった刃を振り上げる。

 倒れたミユキの腕を引き、背後へ跳ぶイオ。辛うじて切っ先は空を切る。肩で息をしながら鋭く王を睨み、少女は首を横に振る。


「こいつは……ミユキはあんたの事を友達だと言っていたんだぞ! それをどうして、こんな!」


 現実世界に戻り、仲間として共に戦う事を決めたイオにミユキは快く手を差し伸べてくれた。

 ミユキだけではない。JJもレイジも、まるで当たり前の事のように自分を受け入れてくれた。彼らには、彼女らには果たすべき願いがあり、その前において自分の罪など多寡が知れていたのだろう。

 それでも、受け入れて貰った事は事実だ。ミユキはここまでイオの手を引き、当たり前に共に走ってくれた。それが目の前でかつて友だった女に刺され死にかけている。


「そんなのは……もう……沢山だ」

「イオ……無理です。精霊器もないのでは……勝ち目は……」

「あたしにだって考えがある。JJに教わったんだ。真の願いってやつの叶え方を……!」


 ミユキをかばうように立ちはだかるイオ、しかしオリヴィアは最早そちらに興味を抱いてはいなかった。

 女が頭上を見上げると同時、神域の中に光が満ちていく。まるで無数の糸のように虚無の空に舞い上がるひとつひとつを見つめ、オリヴィアは不思議な風に髪を靡かせる。


「上位世界への侵略……それがこの世界の願いだというのなら、それは巨大な世界という命が願った純粋な自然現象のカタチ。それを人の身分で留める事は誰にも出来ない。どうせ邪魔が入るだろうと思ってはいましたけど……これでもう、全てがおしまいです」


 ザナドゥと呼ばれる世界を覆う黒い影、魔物の群れ。それが神域の側に集まろうとしていた。

 夥しい数の願い、祈り、希望……そして絶望。叶えられなかった数多の命の残響は、互いをつなぎ合わせ天を目指す。

 本来は在り得ない、下から上へと向かう流れ。あってはならない法則への反逆。それを世界はありったけの力を込め、果たそうと機能し始める。


「なんだ……こりゃ!?」


 大地から登る漆黒の光の柱、それはシロウの目の前でカタチを変えていく。まるで巨大な人間のように、しかしとてもヒトとは呼べぬその怪物は。カタチのない無数の祈りとなり、欲望となり、空に広がる境界へと両手を差し伸べる――。


「くそ、こんなところでモタモタしてる場合じゃねぇが……遠藤をどうにもできねぇ!」


 防戦一方のシロウだが、怪物を相手に生身でよく持っている方だと言えた。今の彼にこの世界の奔流を留める事など不可能である。


「これが世界の意思。世界が選んだのは、私達ではなく……あなた達だった。ただそれだけの事です」


 青ざめた表情で息も絶え絶えのミユキをイオはそっと抱き起こす。血に染まる手で傷口を抑えながら、ミユキは世界の源泉をを背に立つオリヴィアを見つめた。


「あなた達勇者は、この世界にただ怒りや憎しみばかりを教えてしまった。その絶望の中で初めて輝く希望を教えてしまった……。より大きな悲劇が、より大きな嘆きが、この上なく完成された絶望が、絶大な変化を生み出す。そう、世界に教えてしまった」


 結局のところ、この世界に生きる人間に救いなどどこにもありはしなかったのだと、そんな単純な事に気づく為に何年も月日を費やしてしまった。

 勇者達が去ったこの異世界に一人取り残されたオリヴィアは神の座につき、世界の意思に触れた。この世界で唯一、感情を手に入れた最後の命は、世界に何度も許しを乞う。けれどその願いが届くことはついぞなかった。


「世界との対話の中で、私はこれまでに滅び続けてきた人の歴史を知りました。まどろみの塔に収められた膨大な数の世界の記録……それをノウンから伝えられたのです」


 人が生まれ、それが滅ぶまでの日々。本物の神が去ったその日がループの基点。オリヴィア・ハイデルトークは、不幸なことにその真っ只中に居た。居てしまった。

 両親が死ぬ事も、国が滅びる事も、全てはどうあがいても繰り返される歴史だと知った。あのロギアが、国を、人を、世界を救おうとあらゆる方策を練り、それでも失敗し続けたのだと知った。

 オリヴィアは、繰り返し死を超える前のオリヴィアは、何度もロギアに出会っていた。そしてロギアに救われ、けれども世界は繰り返し続けた。出会いと別れ、芽生えぬ自我の中で、少女はただただ死に続けたのだ。


「これからどんな未来がこの世界に待っているのか、それも演算しました。何百通りも、何千通りも、私は何度も何度も繰り返し、世界と対話しその行く先を見ました。それでも何度繰り返しても、どんな介入を行ったとしても……人が生き残る道はなかったんです」


 それこそがあのロギアを絶望に突き落とした事実。彼女が全ての命を諦めてしまった理由。

 ただ己だけが、全てが許されぬというのならせめて己だけはと、神が背を向けた意味。自分以外はもう助からなくても良いと、自分以外はすべてが敵なのだと、そう思わねば理性を保てなかった絶望。それをオリヴィアもまた、繰り返し垣間見たのだ。


「――この世界は詰んでいる。どう足掻いても、世界は人を受け入れない。その可能性よりももっと眩しい変化を知ってしまったから」


 勇者達が繰り返し刻みつけてきた眩い希望。あの織原礼司という当たり前の少年が成り果ててしまった絶望を踏破する怪物が、精霊器を通じて世界に示した可能性。


「この世界はもう、自分の事に興味が無い。だからもう、この狂った繰り返しを終わらせる為には……。この世界に、もう一度命を息吹かせる為には……。もう一つの世界と、融和を果たす以外にないのです」

「オリヴィア……。あなたは……この世界の、人を……全ての命を、救う為に……」


 そんな友の選択を誰に責められただろうか。

 彼女はどこまで行っても孤独だ。ミユキとの間に結んだ友情も、世界という壁の前にはもろく儚い。

 彼女は一人だ。この世界にたったひとりだけ、唯一残されてしまった命だ。それはどんなに異世界の人間と触れ合ったところで癒されるものではない。あのロギアがそうであったように。目の前のささやかな幸福では、己を騙しきる事はできない。

 この世界の命の責任を、歴史の責任を、ありとあらゆる、これまでに希望を夢見て心を手に入れようと欲した人々の願いと祈りを、女は王として背負っている。だからこそ、それはもう自分一人の問題ではない。例え自分という心が消えてしまったとしても、果たさなければならない宿願なのだから。


「今、二つの世界をつなげようとしているのは世界の意思だけではありません。この世界で果たされなかった全ての命の願い……。もう一度、もう一度だけ奇跡をと望む死した人々の嘆き、叫び……。それらの羨望と渇望が今、二つの世界を越えようとしている」

「二つの世界がつながったところで、ザナドゥの気持ちがこっちの人々に向くとは限らないだろ!?」

「……そうですね。でも、向こうの世界には沢山の人が生きているのでしょう。私が……異世界の女が生きている限り、世界再興の可能性は残される。私が全ての母になれば良いのです」

「ざっけんな! こっちの世界の人間が何も抵抗しないわけねぇだろ!? 何もかもぶっ壊れちまったら、あんたの望む世界再興なんて無理なんだよ!」

「…………あなた達の世界は、神が去ってからどれほどの年月が経過したのでしょうね?」


 あの、地球と呼ばれる星にも始まりは神がいたのだろう。

 しかしその神は創世の役割を果たすと同時に、正常に上位世界へと帰還を果たした。神がいなくなっても世界は何事もなく回り続ける。それが本来あるべきカタチ。

 だがこの世界は未だに親離れ出来ないザナドゥが、自らの願いとも呼べる異質なエラーを抱え込んでいる。今オリヴィアはザナドゥという巨大な願望をあやす母親のようなものだ。きっとザナドゥは二つの世界をつなげた後でもまだ、神を必要とし続けるだろう。この世界はあまりにも神に依存しすぎたのだ。


「この世界の原初の法則、それは“意思をカタチにする事”。願いを現実に。祈りを世界に。そんな“魔法”が上位世界に流れ込んだならば……その力を、私が正常に発揮できるとしたら」


 ――支配する事ができるだろう。元々ある、異世界の人々、法則を書き換える事は出来ない。それはそういう縛りだ。

 だが、ここからもう一度支配の仕組みを組み上げればいい。二つの世界が融和すれば、意思の強い方が勝つ。神が不在の世界と、神が未だ世界の加護を受け続ける世界。そのどちらに優劣が及ぶのか、それは誰の目にも明らかだ。


「少しだけですが……これで良かったのだと、そう思う自分も居ます」


 虚空を見上げ、女はゆっくりと目を閉じる。

 自我に目覚めたオリヴィアを通じ、この世界の人間が人らしく悪意を学習したのなら。きっとどちらにせよこの世界の人類は終わっていただろう。

 最初から悪意を内包しないからこそ、覚醒したその衝動を人々はコントロールすることが出来ない。愚直に、ただまっすぐに。その憎悪を何かにぶつけようとしただろう。


「それは……今のこの世界を見ていれば明らかですから」


 あの大地を這う無数の憎悪たち。その全てが言わばこの世界に蓄積されてきた人の記憶だ。

 彼らは際限なくお互いの足を引っ張り合い、憎みあい、あらゆる愛とそれに類する言葉を忘れ、嘆き、嘆き、嘆き続ける。その絶望の果てにこそ、希望という名の光があると信じて……。


「だから……そう。どちらにせよ、この世界は……」


 涙の溢れる瞼を開き。


「最初から、もう……終わっていたのですよ?」




 現実世界の空、そこにも異変はダイレクトに反映されつつあった。境界の向こう側、逆さまになった異世界から巨大な黒い手が伸びてくる。それは東京の、関東の空を見上げる全ての人達の目に映った。

 怪物が落ちてくる。空が落ちてくる。神域の向こう側、鏡の向こうの世界から、信じられない程の願いを一つに束ね、今世界は奇跡を起こそうと鼓動を始めていた。


「何だ……あれ……!? あれ、全部魔物……なのか?」

「まずい……! あれは二つの世界の境界を直接こじ開けるつもりです!!」


 ロギアが叫んだ直後、逆さまになった巨大な怪物が空を叩いた。その衝撃はこの上位世界にも響く。物理的なものではなく、世界という空間を振動させる衝撃にレイジ達を乗せたヘリも大きく姿勢を崩した。

 悲鳴をあげるJJを片腕で抱え、レイジは身を乗り出す。その瞳に映る怪物の赤い瞳、そこで少年は確信した。自分の仮初めの肉体が、あの異世界で“何”に利用されているのかを。

 再び怪物はゆっくりと腕を振り上げ、境界を叩く。そのノックは一撃一撃が世界そのものを壊そうとする激しい悪意である。近くにいるだけで吐き気を催すような違和感に、空を見上げる人々も傍観者ではいられない。

 逃げ惑う地上の人々、揺らいだ空間が軋み、音にもならない音を奏で崩れ出す。はじけた境界はまるでガラス片のように光り輝き、まるで雪のように降り注ぐ。


「ヘリの操縦が……! 上方向に、引っ張られる!」


 操縦士の声にJJは自らの髪を見やる。長く伸びたその髪はふわりと上に向かって“落下”を始めていた。それはまだ僅かな力だが、境界の崩壊が進めばより強力に作用するだろう。


「ロギア、境界が突き破られると重力が反転するの!?」

「私にもわかりません……こんな事は初めてですから。ただ、二つの世界の境界付近でしかまだこの現象は作用していないようです」

「そりゃそうか……上と下だものね。ずっと重力が逆に作用して二つの世界が追突するような事はなかったとしても、境界がつながった瞬間、そのエネルギーが東京上空で爆ぜる事になるわけね……」


 歯噛みしながら仮設を口にするJJ。そう、もうここから先は誰にもわからない領域。どんな歴史にも記された事のない、前人未到の出来事だ。異世界の出身であるメリーベルでさえ、二つの世界の境界が完全に砕ける瞬間の崩壊現象については何も知らないだろう。

 三度目の鼓動が世界へ響き渡る。怪物はその両腕を境界に押し当て咆哮する。怒り、嘆き、あらゆる絶望を凝縮したような声にならない声に思わず身の毛もよだつ。青ざめた表情のJJの頭をポンと撫で、レイジはあえて笑顔を作る。


「どうやら俺の行くべき道も開けそうだ。直接あいつが作った亀裂に突っ込む。ここから上に向かって落ちれば、多分辿り着けるさ」

「正気!? やっぱり無理よ、あんなのに突っ込んだらどうなるかわからないわ!」

「いや、多分俺なら大丈夫なんだ。あいつは……あいつはきっと、俺にしか止められない」


 覚悟を既に終えてしまったレイジの横顔にJJは戸惑いを隠せない。重力の奔流はたやすくヘリを泳がせ、最早正常な挙動にも限界が来ている。


「これ以上境界には近づけない! 引き返します!」

「……レイジ!」


 レイジの腕を掴むJJ。瞳で行くなと訴えかけるが、レイジは穏やかに微笑む。その次の瞬間、ヘリに大きな衝撃が走った。


「何者かの攻撃を受けている! なんだ……あれは……人なのか!?」


 ぐらつく機体をなんとか制御する操縦士の視界には上から猛然とこちらへ突っ込んでくる赤黒い影があった。それは半身を魔物と化した一人の少年。


「レェエエエイジくぅうううん……! 遊びましょぉおおお~~ッ!!」

「うっそ……ハイネなの!? バカじゃないのあいつ、まだレイジを追っかけてんの!?」


 狂ったように笑いながら口の端から唾液を空にばらまき、怪物は回転しながら落ちてくる。その体中から無数の黒い腕を伸ばし、ヘリに掴みかかるとぐんと加速する。落下しながらその手に鎌を作るのを目にし、レイジはJJの手を振り払う。


「ロギア、タイミングはそっちに任せる!」

「……わかりました! 境界へ接触した瞬間、召喚を行います!」

「レイジ……」

「ここまでありがとう、JJ」


 にこりと笑い、そして少年は跳躍した。上に向かって落ちる為――反転した重力に従い、レイジは空中を上に向かって落ちていく。それを確認したハイネはヘリを基点に方向を切り替え、まるで弾かれた矢のように空へ舞い上がった。


「レイジ……! レイジーーーーーッ!!」

「限界だ……引き返します!」


 空に手を伸ばすJJを乗せたヘリが地上へ引き返していく。レイジは空中をくるくると回転しながら、体中にびりびりとハイネの悪意を浴びる。世界がそれを望んでいるかのように、レイジの身体は逆さまのまま空に向かって舞い上がる。


「待ってたぜレイジ! レイジ……レイジレイジレイジ! レェイジィイイイ!!」


 再び触手を放つハイネ。蛇のように空中を這って迫る腕、それの一つがレイジの身体をかすめる。血を振りまきながら、足元に浮かんだ太陽の光に照らされ、救世主は目を細める。


「――ご都合主義だって事はわかってる。今更皆の力を貸してほしいなんて調子が良すぎるって。これまでずっと、拒んできたくせにさ……」


 もっと、もっと境界に近づかなければならない。もっともっと天に向かって堕ちなければならない。心を研ぎ澄まし、胸の内の声に耳を傾け、その全てを目の前の世界に訴えかける。

 そう、それは祈りだ。願う事、祈る事、それだけでは足りない。“願われなければならない”のだ。独り善がりの英雄では奇跡は起こせない。だからきっと、独りぼっちでは逆転は引き当てられない。


「俺はお前の事を理解しようとしなかった。お前と一緒に戦おうとしなかった。ひどいやつだよな、もう一人の自分なのに。だけどそんな俺でも、“そんなところ”にいるよりはマシだろ?」


 祈りが力に変わる、それがザナドゥという世界の法則だ。

 そして全ての祈りは本来ロギアという神のもの。その神の権能は全ての勇者に振り分けられ、全ての勇者が神と繋がる存在となった。

 要はその多寡の問題なのだ。今、世界の実権に最も近い勇者がケイオスだったとしても。それもまた世界から組み上げた力の一つに過ぎず、その組み上げる力は神の祈りによるものに過ぎない。


「よく見ろ“世界”。俺がお前に、想いの力ってヤツを見せてやる」


 迫るハイネの黒い腕がレイジの身体を貫こうとしたその時だ。レイジは大きく右足を振るい、その触腕の切っ先を弾いた。魔力の光が迸り、レイジの靴底が燃え上がるも、ハイネの腕は虚しく空を舞う。


「レイジ……ハイネの攻撃を生身で弾いたの!?」

「感じませんか、JJ。彼に……いいえ、この場に世界の意思が満ちていくのを」


 遠ざかるレイジの姿に目を向けるJJ。その胸に手を当て、少しずつ心を落ち着かせていく。

 そう、波風の立った感情では人の想いを感じ取る事は出来ない。だからこそレイジは常に穏やかである事を意識する。


「これって……私達の権能が、少しずつ戻ってきてる……?」

「元々世界の境界が緩めばそうなるのは当然の事です。権能は肉体ではなく魂と紐付けてあったものですから。しかしそれは意識しなければ、自らコントロールしようとしなければ意味を成さず、ただ霧散するのみ」


 境界からこぼれた神域の浮遊石の一つに着地すると、レイジは大きく跳躍する。ハイネの触腕をかわしつつ空中に手を伸ばすと、まるで予定調和のようにどこからか剣が飛んでくる。

 それは別に特別な力を持つものではない。あの異世界にありふれていた、人の手で作られた武器の一つ。レイジはそれで触腕を薙ぎ払う。

 黒い火花を散らし砕ける刀身。やがて耐え切れず砕け散った刃を手放し、レイジはくるりと身を翻し、堕ちながら新たな得物に手を伸ばす。


「しかし今、この世界に散った勇者達は皆同じ空を見上げています。そして同じ奇跡を祈っている」


 テレビ画面に映しだされた少年はまるでアニメかゲームから飛び出してきたかのようだった。

 日本中の人々が目の前の非現実的な景色に見蕩れていた。あらゆるネットワークを通じ、この世界に散り散りになった勇者達は目撃する。

 自分達がとうに投げ捨ててしまった祈り、願い、決意、覚悟……。それらをまだ背負い、そこで戦っている者がいる事を。


「行きなさいレイジ君。私達は私達の総意を以って、あなたを主人公に推薦する」


 トリニティ社の屋上でケータイを片手にクピドが空を見上げている。クピドだけではない。全ての勇者が、自らの現実から逃げ出した仲間たちが、今は同じ奇跡を願っている――。

 テレビにかじりつき、ケータイに、パソコンに何度も想いを込める。全ての権能はロギアという神の楔によってつながっている。ならばこの場に集まろうとする祈りを束ね、彼の救世主に与えるだけなら、今のロギアにでも不可能ではない。


「私も……賭けてみたくなりました。終わってしまったこの身を、それでももう一度と彼が笑って見せたから」

「……ホント、むちゃくちゃね。自分勝手で、ご都合主義で……それでもいいわ。もうなんだっていい。あいつが無事でさえいてくれたら、私はそれだけで……!」


 ぎゅっと拳を握り締め、少女もまた祈ろう。彼こそ救世主足らんことを。今こそ全ての祈りを、数多に砕かれた神の力を、彼に――。


「すげえ……すげえよレイジ! 何がどうなってんのか俺にはさっぱりわかんねぇぇえええ!!」


 ハイネの打ち付ける鎌の一撃を左右の手に握り締めた剣で受け止める。当然剣は木っ端微塵に砕け、レイジの腕も衝撃で肉が裂けた。それでも少年がまだ健在である事、それが既に奇跡であった。

 境界を叩く世界の腕が止まる。怪物は苦悶の声を上げながら胸をかきむしる。そこからこぼれ落ちた一滴の光が、空へ向かって落ちていく。

 二つの世界の空が落ちるその丁度真中で、少年はもう一度手を伸ばした。その先には空中をくるくると回りながら落ちてくる、不格好な白い精霊の姿があった。


「むっきゅ!」

「行こう! もう一度、今度こそ二人で!!」


 白い影が大きく広がりレイジを包み込む。二つの心が本当の意味で重なり合い、精霊は少年を包む衣となって燃え上がるような白い光を放つ。

 全てを受け入れ内包し、そして取り込んだ全てを己の糧とし、“受け継ぐ”力。今ようやく心を重ねあわせた勇者と精霊は、世界の嘆きを受けて輝きを増す。

 救世主はその右手に剣を握り、ハイネの高速の鎌と打ちあう。白と黒の閃光が瞬き、二つの影は正反対の方向へ反動で舞い上がった。


「そうだ、それでいい……それでこそレイジ! 俺の殺すべき……敵ィイイイ!」

「いい加減お前に構ってる場合じゃなくてね。悪いがここでケリを付けさせてもらうぞ……ハイネッ!!」

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