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XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【愛にすべてを】
107/123

世界(1)

「話には聞いていたけれど……そう。隠すだけ無駄だからハッキリ言うけど。あなた、このままだと近いうちに死ぬわ」


 メリーベルの通告に驚かなかったのは、きっと以前から予感していた事だったからだ。

 警察……いや、鳴海機関が用意した高級ホテルの一室で礼司はメリーベルと向き合っていた。その体はこの世界の検査では問題なしの太鼓判を受けたものの、異世界の術師であるメリーベルからは正反対の評価を授かった。


「この世界の人間に“魂”という概念は親しくないのだったわね。それなら検査する方法がないのも頷ける。魂っていうのはね、モノの在り方そのもの。そのモノがどうあるのかを決めている、肉体の影のようなものよ。あなたの場合、その影がズタズタになってる。本来肉体に許容出来る量以上の魂を、無理矢理押し込んでるからよ」

「……じゃあ、この身体の要領を超えた魂が、器である肉体を壊してしまう。だから俺は死ぬんですね」

「そこまでわかっているのなら言う事はないわ」

「メリーベル、一応聞かせて下さい。俺を治す事は、あなたにも出来ないんですよね?」

「私の友達にも、肉体の中に混成された魂を二つ持つ子が居たわ。彼女は神として特別な器を持っていたから無事だった。あなたをもしも救おうとするのなら、その器……つまり肉体そのものを別のものに挿げ替えるしかないわ」

「人間じゃなくなるって事ですか」


 薄暗い部屋、ベッドライトの淡いオレンジの光が少年の横顔を照らしていた。

 ベッドの縁に腰掛けて見つめる両手には温かい血が流れている。これまで何度も誰かと繋ぎ、そして離れていった指先を握り込む。


「直ぐにあなたの身体を用意する事は出来ないわ。たぶん、あなたの肉体が限界を迎えるほうがずっと早いわ」

「でも凄いですね。仮初めの肉体を用意出来るなんて」

「私のこの体も半分以上は錬金術で作った物よ。元々私は身体が弱くて歩くこともできなかったから。魂に合わせた器を作るのは結構難しくてね。あなたくらいゴチャゴチャだと時間がかかる。これでも魔力……魂の制御には自信があるのだけれど」

「この世界の人間じゃないのにそこまで出来るだけでも凄いことですよ。ありがとうございます」

「……まるで死を恐れていないように言うのね」

「死ぬのは怖いですよ。でも死ぬつもりはないんです。俺がどうすればいいのかは、もうわかっているつもりですから」


 少年はそう言って笑う。女はその顔をまっすぐに見つめ、そして小さく首を横に振った。


「この事は他の皆には伝えないで下さい。心配は無用です、俺は死にません。死なない算段がありますから」

「……この状況で死なない方法なんてそう多くないわ。私がそれに気づかないとでも思う?」

「だとしても、あなたならきっと黙っていてくれると信じています」


 出会ったばかりの人間を信じると言える少年。そんな風に正面から信頼をぶつけられては裏切る事なんて出来ない。


「私はこの世界の人間じゃないし、世界全体の秩序を守る為ならば少数の犠牲は切り捨てる女よ。だから私はあなたを平然と見捨てられる」

「ええ。じゃあ、そういう事にしておきます」


 頭を下げて部屋を出て行く礼司を女は腕を組んで見送る。

 これまでに何度も世界の命運を賭けた刹那を見てきた女の目に、この少年もまたこれまでと同じように移りこんでいた。

 ある英雄は世界を閉ざす事を選び。少女は二つの世界を繋げる事を願い、やがて乱れた世界を律する為に人柱となった。

 別の世界では、やはり他の世界を滅ぼそうとする脅威に対し、一人の英雄と少女が人柱となる事で封印を果たした。

 いつも物語は英雄がその身を犠牲にする事で果たされる。きっと約束は果たされない。何もかもが満足に救われないのなら、せめてその犠牲を一つにしようという言い分だ。

 そしてあの少年もまた、自分一人だけを犠牲に世界を守ろうとしている。その選択はこれまでの物よりも幾分か賢く、そして愚かだ。


「こんな時……あなた達ならなんて言ったのかしらね?」




 メリーベルの部屋を後にした礼司は一階のエントランスにまで降りてきていた。大理石の敷き詰められた広いホールにシャンデリアの光が降り注ぐ。もう深夜にさしかかろうという時間なのに、ガラス張りの壁の向こうには街の灯りが絶えず輝いている。

 そんな景色に映り込む自分の姿をじっと見つめるロギアの姿を見つけ、ゆっくりとその背に歩み寄る。街には雨が降り始めている。これから天気は回復せず、東京の街に今年最初の雪が降る予定だとニュースで聞いた。


「この街は眩く輝いている。その光の粒一つ一つが、命の営みなのですね。こんなにも広大なのに、何故でしょう。息が詰まりそうになる」


 振り返る事も無く、ガラスに移った姿だけで礼司の接近を察知する。二人は移りこんだ影越しに見つめ合う。そして夜の街を見上げた。


「先の事がわからない世界は、不安かな?」


 ロギアにとって世界は繰り返すモノだった。時の流れも、全ての出来事もなんの意味もない。きっといつかどこかの自分が経験した過去に過ぎなかった。

 ループに囚われている間に時は流れ、あっという間に何もかもを押し流してしまった。この故郷から遠く離れた異国の夜に、もう懐かしさを見る事は出来ない。


「別に……。私にとって世界とは閉ざされていて当然のもの。きっと時代が変わったとしても、人は変わりません。どうせ今でも飽きること無くせめぎあい、殺しあっているのでしょう?」

「この国は平和だけど、まだマシってだけで争いがないわけじゃない。ロギアの居た時代は、こんなもんじゃなかっただろうけど」

「私の原風景は、むしろあのザナドゥの世界に近かった。目を瞑った所でもう思い出すことも出来ませんが……」


 瞼の裏の暗闇にイメージしてみる。

 広がる草原。小麦色の光を弾く豊かな田畑。風が吹き、少し冷たい息吹が前髪を揺らす。

 見渡す限り何もない世界。誰の邪魔もない世界。くるくると風車が回って、太陽の陰りだけが世界に時を齎していた。


「ロギアはさ。この世界で何かやりたいこととかないの?」

「そんなものはありません。どうせ終わってしまった人生、既に執着する理由もない。尤も、私はまだあの世界に囚われの身ですが」

「なら、俺が君を自由にするよ」

「……不思議なことを言うのですね、救世主。今更私を懐柔した所で何の意味もないというのに」

「そういうんじゃないよ。ただ……そう。純粋に、君を自由にしたいんだ。悲劇はさ、誰かが独りぼっちになって、悲しみを貯めこんで生まれるんだと思う。皆が納得の行く幸せを得る為には、誰か一人だけが我慢するようなのはおかしいんだよ」


 ズボンのポケットに両手を入れたまま語る少年にゆっくりと目を向ける。少年もまた同じくロギアの瞳を見つめた。


「しかし、世界はその成り立ちからして不平等にできている。神と呼ばれる創造主が異世界から召喚され、祭り上げられたその者が孤独であるからこそ世界は成るのです」

「俺には世界の成り立ちからどうこうする力はないよ。それはもう、途方も無いくらい巨大な自然現象なんだからさ。だけど、その決められた枠の中で出来る事はあると思うんだ」

「あなたは……変わっていますね」

「色々考えたんだ、君の事。どうしてアンヘルや本来のアスラが君と同じ姿をしていたのか、とか」


 アンヘルは孤独な人造物だった。天使という役割を背負わされた人形に過ぎない……そのはずだった。

 しかし実際のところ彼女には心があった。そしてその心の源になったものは、きっとロギアの心だったのだ。


「ロギアを見ているとアンヘルのことを思い出す。彼女は俺に沢山のことを教えてくれた。それはアンヘルが自分で経験して、自分で出した結論だ。だから君とは関係ないんだけど、でも君の一つの可能性だったんじゃないか、とも思うんだ」


 ロギアは最初から暴君だったわけではない。彼女はむしろ世界を愛する詩人だった。

 異世界から無理矢理引きずり降ろされ拘束されてなお、彼女は当初平和的な解決を目指した。だからこそあの世界には神の息吹が残されている。


「君だって本当はあの世界を守りたかった筈だ。人の歴史を、自由を……。君にだって可能性はあったんだ。アンヘルのように、俺達と共に世界を救う方法だって……」

「それは全て過去の話。もしもの話を今語ったところで……」

「意味ならあるよ。叶わなかった願いでも、届かなかった祈りでも、諦めなければ終わりじゃないんだ」


 もしもロギアが終わってしまったというのなら。もう彼女の全てが終わりの中にあるというのなら。それは諦めが打ったピリオドにすぎない。

 最初はそう。あの世界に自由を見た。故郷と同じ、けれど故郷よりずっと自由な世界、そう思った。

 人と人とが争うという発想を持たない理想郷。そこは間違いなく、ロギアだって夢見た筈の世界だったのに。

 世界が変化を求めるが故に人を殺す。人が人を殺さないのならば、世界が人を殺す。そうして何度も滅びを繰り返す世界を、この詩人が守らなかったわけではない。

 だから魔物を退けるアークと呼ばれる遺跡があり、天使と呼ばれる存在があり、そして人に託して初めて意味を成す、アーティファクトという武器があった。

 抗う力を与え、時には人の世に降り、自らの手で導きもしたからこそ、その神話がアークという巻き戻りに抗する場所に残り、たとえ繰り返し同じ時間から開始される世界だとしても、また同じ人々の手に届き、信仰を成した。


「あの世界はまるで君の人生そのものじゃないか。人々は神を何の疑いもなく信じた。それは彼らの歴史が繰り返されたとしてもアークに残り、人々の胸に刻まれ続けた。君の人生は無駄なんかじゃなかったんだ。例え俺達があの世界に至るまで届かなかった祈りでも。きっと果たす事は可能だったんだ」

「……今更、そのような都合のいい事を。裏切ったのは人間の方です。私の愛も、自由を求める心も……人間は変わろうとしない。この世界も、あの世界も同じことです」

「だから彼らと同じ立場に立つイレギュラーとして勇者という存在を導入したんだ。それを考えたのは黒須だろ? 彼は君の間違いも、君がどうすればよかったのかも考えていたし、君を救うことすら計算の内だったんだよ」

「なぜ……そのような、都合の良い妄言を……」

「もし俺達が完全にあの世界をゲームだと思い込んだままなら、きっとこんな風に君を理解しようとすることもなかった。黒須は何度も俺達に干渉し、俺に真実を伝えた。勿論それは世界の変化を促し、君を開放するため。そして……君自身を変えるためだったんじゃないかな」


 ぐっと拳を握り締め、自嘲めいた笑みを浮かべる。礼司の語る言葉は確かに優しい。だが根拠の無い優しさは苛立ちを募らせるだけだ。


「だとしても私は変わらなかった。何度も同じことを言わせないでください、救世主。私は失敗した。そして私の人生はもう――」

「……終わってなんかないだろ。俺の言うことが間違いだっていうのなら証明すればいい。自分の口で黒須に問い質せ。彼は必ず、俺が連れて帰るから」


 見つめる視線の先、少年はまっすぐにロギアを見つめている。濁りのない意思、迷いを全て振り払った決意。詩人は当たり前にそれを美しいと感じられる。


「黒須は……きっと、自分で思い切り鑑賞して誰かを変えるのは苦手なんだよ。葵の話を聞いて思ったんだ。黒須はきっと、傷ついたり間違えてしまった人の過去をほじくり返したりはしない。あの人はただ自分の在り方を見せることでしか、救い方が分からない人なんだよ」

「……知っていますよ、そんな事は」


 黒須はいつも笑っていた。いい年した大人が、子供のように笑って未来のことを語り聞かせるのだ。

 ロギアの言いたがらないことを聞いたりしない。自分のことを話すのは、いつもロギアの意思で。その時も黒須は笑顔で、いつもと同じ調子に笑い飛ばしてくれた。

 絶望の中でどうにか最後まで目的を果たそうと歩き続けられたのは黒須がいつも少し後ろで見守ってくれたからだ。そして彼の悪戯めいた幾つかの行いが運命を変え、この邂逅を導いた。


「クロスは……クロスは、無事……でしょうか……」

「……きっと無事だよ。ケイオスとは親戚なんでしょ?」

「ケイオスは何を考えているのかわからない勇者です。権能を奪われた今、私はクロスを助けに行くことすら出来ない……」


 悔しいのは何故だろう? 苛立ちはどこから? この世界が美しく見えないのも、自由を喜べないのも……その理由はわかりきっている。

 彼が側に居ない。いつも飄々と笑って、どんな悲劇も絶望も笑ってくれる彼がいない。あんなに自分を助けてくれた彼を、今度は自分が助けられないなんて。

 気づけば瞳からは涙が流れていた。悔しさにきつく瞼を閉じ、唇を噛みしめる。そんなロギアの肩を、少年はそっと叩く。


「私の物語が間違いだったのか……その答えを知りたいのです。私には本当にもう何もないのか……絶望と祈りと狂気の果てに辿り着いたこの場所が正しかったのか、それを知りたい……」

「……うん。黒須に聞いてみよう」

「クロスに会いたい……。もう、前と同じように……彼と一緒に居られなくても。それでも私は……クロスに……っ」


 まるで少女のように泣きじゃくり、震える肩を少年は頷いて叩く。

 そう、少女は今でも少女のままだ。ただ当たり前に世界を愛して、他の誰よりも平和を祈った少女。それが歪んだ形で時を留められ、今もこうしてさまよっている。

 愛とは何か。自由とは何か。あの薄暗い塔の牢獄で剥奪された全ての権利、それでも尚残された平和への祈り。その博愛があったからこそ、彼女は確かに神になったのだから。


「取り戻そう、全てを。今度こそ、奇跡をもう一度だけ」


 涙を流すロギアはまるで一つの完成された芸術のようだ。それほどまでに彼女は美しい。

 失われたものをもう一度。胸に刻みながら思い出した天使の笑顔に、少年はまた決意を深く握り締めた。




 約束の三日間はあっという間に過ぎ去った。

 二つの世界の境界はゆらぎを増し、法則が交じり合う。再びあの異世界に侵攻する為に集まった勇者たちは、トリニティ社内に用意された一室で準備を進める。


「これは我々で準備した新型のダイブ装置です。内部にはみなさんの自宅から回収したHMDが搭載されていますが、外側はただのメディカルポッドですね」


 スーツ姿の氷室の説明を受け並ぶのは四人の勇者と一人の魔王。

 レイジ、シロウ、ミユキ、イオ。そして魔王アスラ。この五名でザナドゥへの転移を試みる。

 並んでいるのは四つのポッドで、これらは単純な転移装置としてではなく、転移中の肉体を保護する為のシェルターとしての役割を果たす。二つの世界が融和を果たそうとしている今、転移中の魂、肉体双方にどのような影響が出るかはわからない。


「皆さんにはこちらに横になってもらい、ロギアの術式でザナドゥへ向かってもらいます。基本的にはいつも通りダイブする感覚ですが、今は何がどうなるかわかりません。心して挑んで下さい」

「今更ビビる奴はいねぇだろ。ヤルべきことは全部やってきたしな」

「ええ。最早迷いはありません」


 首をごきりと鳴らし笑うシロウ。ミユキも落ち着き払った様子で、イオも以前とは違う決意を秘めた瞳をしている。


「瑞樹の為にもあたしが必ず遠藤を何とかする。だから皆……改めて、よ、よろしくおねがいします」

「任せときな。同じ施設のよしみだ」

「大切な人を取り戻したいと願う気持ちはよくわかりますから」


 シロウとミユキの優しい言葉に少し照れくさそうに笑うイオ。JJはそんなイオの背中に溜息を一つ。


「……ま、今のあの子なら大丈夫でしょ。私に教えられる事は全部教えたしね」


 あとは神のみぞ知ると言ったところだが、その神でさえ向こうの様子はわからない。

 転移先に関してはロギアが設定するという事だったが、それも正確に行くかはやってみてのお楽しみ。こうも不確定要素が勢揃いだと最早潔い程だ。


「でも、そんな状況でもあんたはいつも何とかしてきたんだもんね」


 遠巻きにレイジを見つめるその視線には信頼が篭っている。もうここまで来たらあたって砕けるしかない。そしてきっとレイジならばなんとかしてくれる、今はそう信じよう。


「それではこれよりザナドゥ侵攻作戦を開始するわ。四人のダイバーは全員所定の位置へ」

「ダイブ装置稼働開始! 転送座標抽出! ロギア、場所のイメージは万全ですか?」

「他の場所ならばともかく、自分がずっといた場所です。目にも見えているのですから、問題はありません」


 並んだダイブ装置に一人一人勇者が乗り込む。ロギアはその前に立ち、その身体に淡く光を帯び始める。


「……異世界の法則がもうここまで流れ込んでいる。予想よりも早いですね……が、今は好都合です」

「ダイブ装置正常に稼働!」

「アスラ、あなたは直接あの世界に転送し直します。私の力だけでは不足しますから、あなたの魔力を借りますよ」


 右手を差し出すロギア。アスラはその手を掴み、足元に転送用の魔法陣を展開する。


「ダイブ開始五秒前! 四……三……ニ……!」

「……行ってくるよ、母さん」

「一……! ダイブ開始!」


 氷室の声に驚きはかき消される。ロギアの手の中からぬくもりは消え、繋がりは絶たれた。

 四つの光がダイブ装置から放たれる。転送は間違いなく正常に作動した。あとはどこに着地するかという問題があるが、今はこの成功を喜ぶべきだろう。


「母さん……ですか。そのような事、考えたこともありませんでしたね」


 握りしめる掌は空を掴む。しんみりした様子のロギアを横目にJJは小さく息を吐く。


「頑張ってきなさいよ……レイジ……んんっ!?」


 目玉が飛び出るのではないかと言うほどの衝撃にJJは前のめりに膝を着いた。見れば大分装置のうち一つだけ開いている物があり、そこには呆けた様子で上体を起こしたレイジの姿があったのだ。

 これにはロギアも氷室もメリーベルも固まる。というか全員固まる。それからレイジは左右をきょろきょろと眺め。


「あの……なんか、もしかして、俺だけ失敗した……みたい?」

「「「 はあああああ~~ッ!? 」」」





 幾重にも重なる光のヴェールを突き抜け、シロウは世界の壁を貫いて異世界へと着地する。

 そこは天空を飛翔する神の領域。あの日パンデモニウムから見た、そして現実世界の空に幻影としてみた白い城の外周であった。

 それは天に浮かび、そして周囲に無数の岩場を浮かべている。その岩場の一つに着地したシロウに続き、ミユキ、イオ、そしてアスラが降り立つ。


「なんとか無事に転送出来たみてぇだな。行くぜレイジ!」

「ちょ……ちょ、待って下さい。あの……レイジさん、居ませんけど……」


 額に手を当て盛大に溜息を零すミユキ。シロウは改めて周囲を見渡し、それから思い切りのけぞった。


「うっそぉ!? このタイミングで失敗するとかなんなんだあいつ!? ホント持ってるよな……」

「…………使えねぇな、救世主……」


 思わずぽつりと呟くイオ。そんな勇者たちの足元には大地が広がっている筈だが、今はそれらは一切目にする事はできなかった。

 この城が高所にあるからではない。もう既にそこに大地は存在しなかったのだ。文字通りの意味で、この世界に大地は最早一つとして残されていない。

 眼下に広がるのは黒い海。うごめく夥しい数の影は全てが魔物であり、時折赤い光を明滅させている。膨大な死を求める悪意が世界を埋め尽くし――この世界はとうに滅んだのだ。


「どうなってやがる、こいつは……」

「あれがこの世界の本気だ。真面目に死に出したらこうなるので、私はあれを抑えこんでいた」

「では、まさか……アスラがいなくなった事でこの世界は……」

「それはわからん。全てはこの城の主に確かめる他あるまい」


 ミユキに返しながら魔王は掌に刃を構築する。同時に振るうと、勇者たちへ放たれていた光の弾丸が両断され、彼らの背後で燃え上がる。

 侵入者を察知し襲いかかるのは魔物ではなく天使、即ち神の軍勢である。翼を広げた無数の仮面の騎士たちを前に魔王は一歩前に出る。


「して、勇者達よ。未だ精霊器は召喚出来ないと見えるが?」

「ええ……どうやらまだ私達の手に権限は戻っていないようです」

「元々レイジが取り戻す予定だったろ!? あたしらだけでどうすんだよ!?」


 慌てふためくイオ、そこへ上空の天使たちが放った光の弾丸が降り注ぐ。しかし魔王は炎を纏った剣をふるい、それを纏めて空中にはじき返した。


「道先は私が案内しよう。救世主の召喚を待つか、先へ進むか……選べ!」

「……進みましょう! アスラ、あの城までの護衛をお願いします!」


 咄嗟に叫ぶミユキ。この状況はある意味彼女にとっては好都合。最初からレイジに任せきりのプランなど納得がいかなかった。

 レイジでなくても神にはなれるし、強い願いをぶつければきっと世界は応えてくれる。ならばレイジの到着など待つ必要はない。


「このまま突っ切り――神座へ!!」


 弾かれるように駆け出した勇者たち。その先陣を往くのは黄金の鎧を纏った魔王。天使たちの守りを引き裂き、その勢いはとどまることを知らない。

 かくして最後の戦いは二つの世界、それぞれの時間の中で、複雑に絡み合いながら幕を開けた。

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