表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【愛にすべてを】
105/123

月と太陽(3)

「――君、いっつも一人でゲームしてるねぇ」


 孤児院にゲームを寄付しに来る変人。それが中島葵にとっての黒須惣助の全てだった。

 名前も知らない、変なおっさん。大人なのに子供に混じってゲームして、見ず知らずの誰かにゲームを配って歩いている変な金持ちだ。

 彼が与えてくれたゲームには興味があっても、おっさんには興味がなかった。だから話しかけられても無視したのに、男はずけずけと近づいてくる。


「なんで皆と一緒にやらないの? それ、マルチプレイでやんないと面白くないよ」

「別に……一人でやってても楽しいし。他人の力を借りなきゃ素材集められない奴らと一緒にすんな」

「ふーん……? ミドガルドオルムのSランク? へぇ、一人で倒せるんだぁ。君まだ小学生だよね? スゴイねぇ」


 男はへらへら笑いながら隣に座った。

 黒須という男は、他人との距離感に遠慮をしない。パーソナルスペースにもどんどん踏み込んでくる。しかしその心に悪意はなく、まるで同い年の少年のようにさえ感じられた。

 施設の隅っこ、誰も近づかない日陰で二人は出会った。最初は興味を持たなかった相手でも、来るたびに顔を出されれば嫌でも覚えた。


「おっさん、ゲーム開発者なのにゲーム下手すぎじゃね?」

「僕はゲーム作るのが仕事であって遊ぶのは才能ないからねぇ。あっはっは!」


 マルチプレイを初めてした相手も彼だった。二人だけで草原を、荒野を、砂漠を、そして空に浮かぶ城を冒険した。

 いつも葵が先陣を切って敵を倒し、黒須は回復するだけ。それでもいないよりはマシだったから、今までよりもずっと遠くまで行けるような気がした。

 たかがゲームだ。それは現実とは程遠い。けれどもゲーム機の回線をつなげば心も繋がるような気がした。


「葵はこの施設を出たあとどうするんだい?」

「未来の事なんか考えたこともないよ。どうせクソみたいな人生が途方もなく続くだけだ。うんざりする」


 学校に言っても、同年代の子供たちはバカばかりに見えた。

 彼らは誰も知らないのだ。この世界がどんなに醜く絶望に満ちているのか。無慈悲で救いのない、一切の光すら差し込まぬ闇。その中から見つめる世界は全てが羨望によって汚れていた。

 誰にでも当たり前に家族がいて、けれど自分にはいない。母親に甘え、父親に甘え、ただ当たり前にそこにある幸せにも気づかずに不満ばかりを口にする子供たち。それが葵にはどうしても許せなかった。

 認めたくないものに頭を下げる事はできない。だから認められない場所で、認められない世界なら、その中でただ一人でいるしかない。孤独であることだけが自らの正義を守り、自らの正気を保つ手段であることを少女は知っていたのだ。


「確かにこの世はクソかもしれないね。どんなに必死になって夢を追いかけても、あっさり台無しになることもある」

「……惣助くらい成功していても、努力が実らない事もあるの?」

「もちろんだよ。僕の人生はほとんど失敗ばっかりさ。たまたま当たりどころが良くて今こうやってそれなりにお金持ちだけど、いつまでも続くかはわからないんだ。だけど生活する為にはそれをなんとか続けなきゃいけない。続ける為には人の顔色を伺わなきゃいけない。自分が本当にやりたかった事が遠ざかって、夢も理想も何となく消えてしまうんだ。そうやって諦めていく日々が続けば、いつか僕も全てに絶望するんだろうね」

「惣助でもダメなら、もう皆ダメだろ。あたしだって……」


 膝を抱える葵の隣で男はにこりと笑う。そうして立ち上がり、身体を大きく伸ばした。


「葵。僕はそろそろ旅に出るよ。次の冒険の為に、次の次の冒険のために。だからここに来るのは今日で最後だ」

「え……?」


 驚きのあまり声もでなかった。せっかく出来たたった一人の変な友達がいなくなってしまう。その失望たるや、少女を闇に突き落とすには十分だった。

 しかし男はまた笑って手を差し伸べる。まるでそれが当たり前の事であるように。


「だから……一緒に来るかい?」


 “どこに?”とか、“なんで?”とか、そんな当たり前の質問をする事が愚かに思えた。

 男はいつだって面白い事をしようとしている。真っ直ぐで、変人で、子供で……だけどそんな黒須だからこそ、友達になれたのだと思うから。

 大きな手を握り返すと、男は少女を立ち上がらせた。施設の裏、光の差し込まない場所から、少女を太陽の下へと連れて行く。


「誘拐かよ!?」

「違うよぉ。人聞き悪いなあ。君は自分の行き先を自分で決められない子なのかい?」

「……あたしはそのへんのガキとは違う。自分の人生は……自分で決められる」

「だったらついておいで。本当にこの世界がクソなのかどうか、一緒に確かめようじゃあないか!」


 黒須に導かれて辿り着いた新世界は、全てのしがらみから葵を解き放ってくれた。

 ここでならば何も嫌なことは考えなくて済む。嫌な大人も嫌な子供もいない自由な世界。けれど、そこで葵は沢山の出会いを果たした。

 少女が大人になるまでの間、その思春期を一瞬で吹き飛ばしてしまう程の辛い、そして幸福な経験が彼女を前に進ませたのだ。




「葵! 良かった……無事だったのね……!」


 現実世界で目覚めた葵を真っ先に迎えにきたのは中島瑞樹だった。叔母と姪の関係にある二人だが、それは葵にとって最も深い血のつながりでもあった。

 孤児院のあの薄暗い場所に戻された事にはきっと何か意味があったのだ。そこしか帰る場所はなく。そこから逃げ出してもいけなかったのだと、心のどこかで理解していたのだろう。

 警察に保護され、瑞樹に迎えられ、その腕の中に抱きしめられても葵の心は晴れなかった。自分が今生きてこの現実にいる事、それが大きな罪の証でもあったから。


「怪我はない? 怖い事されなかった? もう、これまでずっとどこに行っていたの?」

「……遠藤が……あたしをこっちの世界に戻してくれたんだ」


 その名前がまさか葵の口から出るとは思っていなかったから、瑞樹は目を丸くした。葵はその腕からそっと離れ、瑞樹を見つめる。


「あたしのせいだ。あたしがバカだったから、遠藤は……。遠藤はまだ、戻ってきてないんだろ……?」

「どうして……あの人の名前を……? まさか、遠藤さんに会ったの?」


 先ほどまでの安堵とは打って変わった不安げな眼差しに葵は唇を噛みしめる。その時警察署に入ってきた人影が二つ。


「やはり無事でしたか、イオ」

「氷室……? それと……そっちは誰だ?」

「はじめまして、アオイ。私の名前はメリーベル……まあ、わけあって今回のザナドゥ事件を調査しているの。あなたにも力を貸してほしいんだけど……」

「なんですか、あなた達は!? この子は今やっと帰ってきたばかりなんです! 話を聞きたいのなら出なおして下さい!」


 葵を守るように立ち塞がる瑞樹。しかし葵は首を横にふり、自らの意思で前に出る。


「瑞樹にも聞いてほしいんだ。あの世界で何があったのか。あたしが……遠藤が、何をしようとしたのかを」

「葵……?」


 そこで葵はようやく瑞樹と向き合う事が出来た。

 遠藤が瑞樹の為に葵を探していた事。その遠藤がザナドゥの世界に居た事。そこで二人は出会った事……。

 瑞樹はザナドゥ事件の事を知っていた。噂程度ではなく、未来という知人からその話の信ぴょう性を語られていたのだ。だからこそ受け入れる事が出来た。その突拍子もない異世界の存在を。

 じっくりと話を聞いて、葵の考えを知って、瑞樹はその決断を止めなかった。


「その代わり……今度は私も一緒に行くわ。私にとっても無関係じゃないもの」


 葵と瑞樹は未来を通じて清四郎と接触。そして清四郎はトリニティ・テックユニオンに彼女らを呼び寄せ、そしてメリーベルと、ジュリアと引きあわせた。

 パンデモニウムでの決戦の中で対峙したジュリアは既に葵の心変わりに気づいていた。だからこそ協力の申し出を快く受け入れたのだが……。




「遠藤さんは、君……中島葵を現実世界に戻す為にザナドゥの世界に降り立った。そして目論見通り君を見つけた遠藤さんだったけど、それは結構後になっての事だったんだ」


 葵……即ちイオは勇者たちの前に姿を見せる時、殆どの場合機械の鎧で全身を覆っていた。その中身が幼い少女であり、葵であると直ぐに気づく事は、顔見知りであるシロウですら出来なかった事だ。

 イオの能力が外見を覆い隠した事は無意味ではなかった。イオは少女である事を、自らが幼い子供である事を嫌っていた。その事実を隠そうと纏った鎧が、より話をこじらせる事になってしまった。


「シロウも彼女が葵さんだってことには気付かなかったんでしょ?」

「ああ。ロボ鎧つけてたからな。でも葵、お前は俺の方に気づいてたんじゃねぇか?」

「い、いや……正直全然……。あんまりあんたに興味なかったし……」

「だそうです」


 微妙な表情で腕を組むシロウの隣、付き添いでやってきた瑞樹と未来が笑う。

 トリニティ社に駆けつけた四名を加え、会議は継続していた。一旦纏まった話はそれでよいとして、今はイオに、そしてその場の全員に遠藤の真意を伝えようとレイジが口を開いていた。

 尤もそれはレイジが望んだことではなかった。イオが強く求め、渋々応じた形だ。イオに真実を語らない……それも遠藤がレイジに託した願いの一つだったから。


「まず……皆は遠藤さんの精霊器の能力について、まだ知らない物があったんだ。JJにも彼の力の詳細はわかっていなかったよね?」

「ええ。あいつ、いつもどこかに嘘を抱えていたから。私の能力は、相手が拒絶すると効果を発揮しにくくなる」

「それも理由があったんだ。遠藤さんには、その能力を他人に知られてはいけないわけがあった」


 驚いた様子のJJから正面のイオへと視線を移し、レイジは軽く腰を降り、小柄なイオへ目の高さを合わせる。


「遠藤さんの武器は銃だったね。だけどあの銃は、本当は人を傷つける為のものじゃなかったんだ」

「どういう事だ……?」

「彼の銃弾は結晶の弾丸を打ち出す。だけどそれにも二種類あってね。物理的な銃弾としての威力を持つ結晶と……情報を刻み込んだ、意思の弾丸。他人に思いを伝える為の銃弾を彼は持っていたんだ」


 遠藤の精霊器、クリア・フォーカスは情報を司る蜘蛛と銃の精霊器だった。

 彼はその能力で通信網を作り、姿を隠す。欺くことばかりに目を向けがちな力だが、その本質は人から人へと伝わる情報を操作する力にあった。


「遠藤さんの能力もね。JJと同じだったんだ。“相手が拒絶したら発動しない”……それは逆に言うと、“拒絶しなければ発動してしまう”力だったんだよ」


 遠藤の銃弾、意思の弾丸。それは撃ちぬかれた相手に一瞬で膨大な情報を送り込み、強制的に意思疎通を図る。それだけではない。相手の自我に干渉し、まるで何事もなかったかのように相手を意のままに動かす事さえも可能だった。


「何そのクピドの能力の上位互換みたいなの……」

「一応でも本人が出席してる場でそんな悲しい事言わないでくれるかしら?」


 肩を竦めるクピドにJJは苦笑を浮かべ。


「つまり、あんたはあの時……」

「うん。遠藤さんは裏切るをふりをして俺を撃った。だけどそれは傷つける銃弾じゃなく、相手に伝える為の銃弾だったんだ」


 遠藤が伝えた情報は多い。彼は自らが裏切るふりをしてバウンサー側に取り入る事。それを仲間には秘密にするようにと、レイジに伝えた。

 その行いの全ては、中島葵を連れ戻すため。決して仲間を傷つける為ではなかった。勿論、裏切るつもりもなかった。


「遠藤さんは……中島瑞樹さん。あなたの為に、それでも嘘を吐いて裏切り者扱いされる事を望んだんです」

「私の為に……?」

「あの人は、瑞樹さんに感謝してました。言葉では表せないくらい、感謝してました」


 瑞樹との付き合いはわずか数年。まったく深い間柄ではない。

 探偵とその助手みたいなもので、それ以上でも以下でもなかった。勿論恋人でもなければ、肉体関係もなかった。

 それでも遠藤は救われていた。一人孤独に生きてきた遠藤の目に、一生懸命誰かの為に生きようとする瑞樹の姿は眩しく映っていたのだ。


「最初はそういうつもりではなかったとしても、いつのまにか遠藤さんはあなたの事をとても大切に思うようになっていたんです。けれど……自分は汚れているから、あなたを抱きしめる事はできない。だからせめて、あなたの願いを叶えて姿を消そうと……」

「……何よそれ……そんな……本当にあの人がそんな事を?」

「遠藤さんは俺に嘘をつかない為に、本当に全部気持ちを晒してくれたんです。あなたと遠藤さんの想い出も見せてもらいました。あの人が繰り返し思い出していたのは……薄汚れた事務所で、あなたの淹れてくれたコーヒーを、あなたと一緒に飲んでいる時のことだったから……」


 瑞樹はきつく目を瞑り、耐えるように俯いていた。葵はそんな叔母の姿に眉を潜める。


「……遠藤の奴……。そう。それでレイジを狙ったってわけね」

「うん。あの時、俺以外の皆は遠藤さんを心から信じていなかったから、銃弾がきちんと効果を発揮しない可能性があったんだ。だから遠藤さんは俺を信じて、俺ならばきっと受け入れると信じて、俺を狙ったんだ」


 ――すまないね、レイジ君……。そして……ありがとう。僕を信じてくれて。

 その言葉は謝罪であり、同時に感謝でもあった。レイジに嘘の共犯者となることを求めた、弱い大人の願いそのものだった。


「遠藤さんはね、イオを助けたかったんだ。だけどそれはイオの為というよりは、瑞樹さんの為だった。あの人は大切な人に大切なモノを取り戻してあげる為に、命を賭けたんだよ」

「だから……見ず知らずのあたしの為に……?」

「勿論、君のためでもあったんだと思う。いや、自分の為なのかな? 遠藤さんが望む世界の未来には、君と瑞樹さんと……一緒に生きる、彼の姿もあったはずだから」

「なんだよ……なんで……本当の事を……」

「そういう人なのよ、あの人。本当ひねくれ者で、優秀なのにバカで……! 本当、嫌な男……!」


 瞳を潤ませながら絞り出すように吐き捨てる瑞樹。イオは拳をぎゅっと握り締め、顔をあげる。


「あいつが望んだんだな。自分に何かあっても、絶対にあたしをあの世界から逃がせって」

「……そうだよ」

「だけど……そんなのダメだ。なあレイジ、あんただったらわかるだろ? わかってくれるよな? やっと大切な物を見つけた気がしたんだ。一人じゃないってこと、教えてもらったんだ。自分の事に向き合えた。気づけた。現実と……この世界と、もう一度一緒に生きようって思えた。わかってくれよレイジ。あたしだって、誰かを救いたいよ……!」


 イオはずっとレイジ達を見てきた。だからこそわかる。遠藤もまた、あの戦いの中で変わったのだと。

 もしも遠藤がただそのままだったのなら、こんな風に献身的に、愚直に嘘をなそうとはしなかったはずだ。彼がそんな選択をしたのは、レイジたちと共に過ごした時間があったからこそ。

 そう、子供たちの行いから、誰かに思いを伝える事の難しさ、その為に何をすべきなのかを思い出したのだ。小手先の口八丁では、大人に失望した子供の心は動かせない。だからこそ、頭の悪い選択だったとしても。想いを伝える必要があった。


「本当はずっと羨ましかったんだ。レイジが……。あんな風に強くなりたいって思ってた。レイジは何度叩きのめされても立ち上がってきたよな。辛いことばっかりで、嫌な現実しか待っていないってわかっていても、それを変えようって。なあ……あたしには無理なのかな? あたしにレイジみたいに、現実と闘う事は不可能なのかな?」

「イオ……」

「頑張りたいよ! やっと見つけたんだ、あたしに出来る事! 瑞樹があたしを救おうとしてくれたように……遠藤があたしを救ってくれたように、あたしも今度は遠藤を救って、瑞樹のところに返してやりたい! そうやって誰かの想いをつなげていかなきゃ……それこそあたしは、独りぼっちじゃないか……!」


 涙をこぼしながらレイジに縋りつくイオ。それから歯を食いしばり、頭を下げる。


「お願いだ……お願いします! あたしを連れて行ってください! お願いします……お願いします!」


 困った様子のレイジ。その背中に歩み寄り、JJはバシンと強めにひっぱたく。


「いいじゃない、連れてってやんなさいよ」

「気軽に言うけど、凄く危ないんだよ? イオがそれで死んだら、それこそ遠藤さんも瑞樹さんも悲しむだけじゃないか。遠藤さんの事なら俺がなんとかするから……」

「子供の事を思いやるふりをして、自由を奪って選択させないのは大人のエゴよ。子供はあんたが思っているより早く成長するし、危険な事でも乗り越えなきゃ行けない瞬間は人生に必ずあるわ。それがこの子にとって今だってだけじゃない」


 本当に困って、助けを求めるように瑞樹へ目を向けるレイジ。瑞樹はきっとイオをあの世界に戻す事を承知しないと思ったからだ。しかし……。


「私からもお願いします。レイジ君、この子を連れてもう一度あの世界へ行ってくれませんか?」

「え……えぇ!? 今度のはマジでやばいですよ!? 世界の危機レベルの事に、娘さん……じゃないのか。葵さんを巻き込んじゃっていいんですか?」

「それは、こっちの世界に居たって同じなんでしょう? 誰か成さなければ全て終わる。だったら葵には後悔を残してほしくないの。何よりこの子がこんなに何かを願った事は初めてだから……叶えてあげたい」


 瑞樹はイオを背後から抱きしめるようにして微笑んだ。勿論、心配だ。心配でないわけがない。行ってほしくないという気持ちもある。だが……。


「遠藤さんを……助けてくれる?」

「……ああ!」


 こんな風に強く笑う中島葵を見たことは一度もなかったから。

 葵もまた気づいたのだ。傷つけぬようにと遠巻きに眺め、接する事を恐れていた自分に。

 過去に清四郎と未来に言われたのと同じ事だ。瑞樹もまた、傷つないようにと怯えるが故に葵の警戒心を強めてしまっていた。大人の保身を求める気持ちが透けて見えれば、子供は愛情を信じない。

 だから、時には危険だとわかっていても、間違えると知っていても、子供の決意を尊重しなければならない時がある。それが今で、そしてそれが出来る程に、葵はいつの間にか成長していたから。


「心配すんなって。俺も行くんだ、葵は俺が守ってやるよ」

「清四郎君……」

「連れていけるのは三人だったな? なら俺とイオとミユキで決まりだ。決まり……で、いいよな?」


 不安げに聞き直すシロウ。レイジは苦笑を浮かべる。


「なんでそこで微妙な感じなのさ」

「俺は一度お前たちの前から逃げ出した男だからな。正直に言うと今でも迷ってんだ。俺に何が出来んのか、何をすべきなのかってよ……」

「……シロウは確かに一度逃げ出したかもしれない。だけどちゃんと戻ってきて、ケツを拭こうとしてるんだろ? だったらそれでいいじゃないか」


 それはかつて逃げ出したレイジにシロウが言った言葉だった。シロウは目を丸くすると、照れくさそうに笑みを浮かべる。


「そうか……そうだったな。ありがとな……レイジ」

「どっちみちシロウにお願いするつもりだったから手間が省けてよかった。また宜しくね、相棒」


 拳をつきだしたレイジに自らの拳を重ねるレイジ。ぎゅっと強く拳を握り締め、目を瞑り頷く。


「……ああ。もう俺は逃げねぇ。大切なダチを、大切な世界を守ってみせる。約束するぜ相棒。お前の背中は、何があっても必ず俺が守ってやる」


 白い歯を見せ笑うレイジ。シロウは振り返り、未来へと向き合う。わしわしと頭を掻き、それから不安げに。


「そういうわけで、また闘う事になっちまった。その……未来には心配かけるが……」

「いいよ。落ち込んでるシロウを見るよりいい。シロウ、レイジさんと笑い合ってる姿が一番シロウらしいよ。大切な仲間が出来て、よかったね」


 それからレイジへと目を向け、未来は深く頭を下げた。


「ありがとうございます、レイジさん。不肖の兄ですが、何卒宜しくお願い致します」

「し……しっかりした妹さんだね?」

「未来は俺と違って頭の出来いーからな」


 けらけらと笑うシロウ。JJは深々と溜息をつき、シロウの足を蹴飛ばす。それからミユキも掛けより、シロウに笑いかけた。


「久々にチーム再結成ね! 後は遠藤のやつを連れ戻すとしますか!」

「また宜しくお願いします、清四郎さん」


 何となく懐かしい空気に顔をほころばせるレイジ。そこへ遅れて近づいてきたのはアスラだ。


「私も同行しよう。なに、心配するな。私は半分向こう側の存在だからな。向こうに行くのに使う魔力は自前で補えるし、神の力に依存しない私の性能はお前たちの露払いとして役立つだろう。私が増えるのならば問題はないな、ロギア?」

「……なんだかあなたに呼び捨てにされるのは不思議な感覚ですが、まあその通りです。あなたは勇者ではなく、魔物ですからね」

「中身はこんなだが、器は笹坂美咲のものだ。私も君達の仲間として、最後の再始動に加えてもらえないだろうか?」


 ミユキがレイジに目配せすると、レイジは少し微妙な表情を浮かべ、それから諦めたように笑って右手を差し伸べる。


「……よろしく、アスラ」

「ああ。こちらこそ、救世主レイジ」


 繋いだ手はあの日と何も変わらない。中身は別人だとわかっていても、微笑むその姿も、声も、ぬくもりも全てが美咲と同じ。レイジは思わず感傷に浸り、目を逸らした。


「レイジさん、いつまで手を繋いでるんですか?」

「あ、いや……ごめん。その……君とはどう接すればいいのか、まだ……」

「構わないさ。それだけ美咲を大切に思っていたのだろう? それに……君の戸惑いはじき晴れるだろうさ」


 ぽつりと呟いたアスラだが、その横顔には笑みがあった。繋がりは解け、ぬくもりの去った右手の感触を確かめるようにレイジはそっと手を閉じた。


「さてと。それじゃあより具体的な作戦の打ち合わせと、関係各所への通達。逆召喚の準備、それから皆のメディカルチェックね。特に長時間入院していたレイジとミユキは念入りに。今のうちに身体を動かす感覚を取り戻しておかないと間に合わないわよ?」


 パンパンと両手を叩いて全員に声をかけるメリーベルを、どこか学校の先生のようだなと思いつつ。レイジは気持ちを切り替えて仲間たちを見やる。


「これで最後です。皆さん……宜しくお願いします!」


 ――二つの世界が繋がるまで、残り四日。

 最後の決戦の時が、ゆっくりと近づこうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なつかしいやつです。
などぅアンケート
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ