月と太陽(2)
「レイジ。話はゆっくり聞けた?」
「おかげさまでなんとかね」
トリニティ・テックユニオン内の会議室の一つを貸し切り、レイジ達は顔を付きあわせていた。
中央に鎮座する楕円形の長いテーブルには本来五十人規模で着席出来るもので、部屋に数名しかいない事もありがらりとした印象を受ける。レイジは声をかけてきたJJに歩み寄る。
「ミユキに……アスラもこっちに来ていたんだね」
「久しいな、救世主」
笑みを浮かべ親しげに返すアスラの言葉にレイジは一瞬目を丸くする。それに呼応するようにアスラは頷き。
「色々あってな。既に世界からは解き放たれた立場だ。君達に手を貸す事にしているが、不満はあるか?」
「いや、驚きはしたけど……。まあ、後でその話も詳しく聞くよ」
見れば他にはカイゼル、ファング、クピド、タカネの勇者連盟組、そしてバウンサーでもあった氷室が着席しているようだった。
氷室はレイジの登場とともに席を立ち歩み寄る。眼鏡を光らせ、その向こうにある瞳にレイジを映した。
「救世主レイジ……無事に戻ってきていたようで何よりです」
「氷室。ここにいるという事は……?」
「ええ。バウンサー側にも協力する意思のある者がいるという事です。彼の名誉の為にも言いますが、このような状況は黒須さんが望んだものではありませんから」
黒須という名前に僅かにロギアの瞳が曇る。レイジはそれに気づかないふりをした。
「とは言え、今ここにいるバウンサーは僕だけです。他のメンバーに関しては、行方がわからなくなっている者もいます」
「戻されていない人もいるって事?」
「その辺りもまとめて説明しましょう。先ずは現状を正確に把握し、認識を共有すべきです」
「結局トラブルに何も対応できずにオロオロしてた下っ端が行き成り仕切ってんじゃないわよ」
腕を組みジト目で氷室を睨むJJ。氷室もそれに関しては自覚があるのか、少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。
「――さてと。それじゃあ今集まっているメンバーだけで話を進めます。遅刻している者もいるようだけど、まあ良いでしょう」
スクリーンの前にメリーベルと新庄が立ち、ロギアを含めそれ以外の参加者全員がまちまちに席に着く。メリーベルはそれらをぐるりと眺め。
「では一つずつ整理していきましょう。まずはそうね……今ザナドゥの世界で何が起きているのか、かしら」
あの異界で“ゲーム”の最終決戦を迎えた勇者とバウンサー達。その双方の情報を聞いてもわかっている事は多くなかった。
まず、あの世界で起きていた出来事は、最終的には神であるロギアが世界の自死を阻止し、その呪縛から開放される為にあった。
ロギアは一人でその宿願を成し遂げる事はできなかった。故に黒須惣助という協力者を用意した。
黒須は二つの異世界をつなぐ神だけが使える転移ルートを使ってより多くの人間を召喚する為に、召喚対象を神と誤認させ、魂だけを召喚するシステムをロギアと共に構築。
その結果、異世界から干渉する筈だったバテンカイトスや鳴海機関の動きが阻害され、サードテストの発生を阻止することができなかった。
最終決戦まで進む中でロギアは世界の自死を阻止するキーである、“ザナドゥ世界の命の自立”を成し遂げ、神としての呪縛から開放された。
開放されたロギアは自らを封じ込め続けた世界への憎しみから破滅を想像。それを阻止すべく立ち上がったレイジとの戦いの中で、力を失う。
力を失った原因は、神の座と呼ばれる世界そのものと対話できる場所に頻繁に侵入していたケイオスが世界に訴えかけ、神の力をロギアから自分へと供給するように変更させた事による影響だった。
元々全ての勇者が神であるロギアの分身、同一体として力を間借りしていた関係上、ロギアへの力の供給が途切れると同時に全ての勇者が精霊器の力を失う事になった。
そしてケイオスは邪魔者である勇者やロギア、バウンサー達をこちらの世界に送り返し――神の座を中心に、この世界へ続く門を開こうとしている。
「まあ、ざっと状況をまとめてみるとこんな感じかしらね」
「で……ケイオスの奴が何をしようとしているのかだけど……。勇者連盟の奴らはなにか知らないの?」
「うーむ……俺達もケイオスについちゃそこまで詳しくねぇからなあ。あいつは単独行動が多かったし、連盟はそこまで一人一人の行動を強く制限する組織構造じゃなかったからよ」
JJの質問にカイゼルは腕を組み唸る。代わりに手を上げたのは氷室だ。
「ケイオスは……彼の本名は“黒須慧”と言って、黒須惣助室長の甥っ子でした」
「という事は、あいつもバウンサーだったって事?」
「いえ。慧はあくまでもプレイヤーとして参加していたようです。そうですね、ロギア?」
氷室の視線にロギアは両手を机の上に投げ出したまま視線を逸らした。手錠は相変わらず神の細腕を縛り付けており、じゃらりと鎖の揺れる音が聞こえる。
「……慧……いえ、ケイオスは確かに特別なプレイヤーでした。彼と黒須さんは協力関係にあり、あくまでもプレイヤー側として、ゲームを盛り上げる手伝いをしていたようです。しかしケイオス本人の目的については、別のところにあったのだと思います」
「確かにケイオスは自分から率先して勇者連盟の作戦行動を仕切ったりするような立場じゃなかったな。ただ、あいつはいつも俺達と本気でゲームに向かい合っていたように思う」
「要するにみーんなケイオスの本性についてわからないって事? いい大人たちが何やってんのよ」
溜息混じりのJJのつぶやきに氷室とカイゼルが同時に眉を潜ませる。いい大人がへこたれている姿にミユキは苦笑し。
「ではケイオスについては一旦置くとして、戻ってきていない人物についてはわかっていますか?」
「黒須さんは戻ってきていないようですね」
「プレイヤーの中では遠藤が未帰還よ。レイジも戻らないんじゃないかと心配したけど、目覚めるのが遅かっただけで見ての通りね」
「バウンサーでも連絡のつかない者がいます。恐らくは東雲とハイネが戻ってきていませんね」
この状況で戻されていない者がいる。それが一体何を意味するのか。
彼らはケイオスの側についているのか、あるいは戻れない理由があるのか。神の力を得たケイオスならば戻す、戻さないを選ぶ事は容易い。
「黒須さんは十中八九拘束されているのでしょう。黒須さんとケイオスは仲の良い兄弟のような関係でしたが、ケイオスが黒須さんに歯向かっているのだとしたら、彼を敵には回したくないでしょうから」
「クロスという男はバテンカイトスの介入まで防いだ化け物だものね。こちら側についてくれたら、幾らでも情報や妙案を出してくれたと思うと惜しいわ」
氷室の熱弁にメリーベルは小さく息を吐いた。色々を考えてみたが、結局はわからないことばかりだ。
「それで……実際に俺達はどうやってあっちの世界に戻ればいいんですか?」
話を聞いていたレイジが切りだすと、全員の視線がロギアへ向けられた。メリーベルでさえもがその話を聞きたいように見える。
「クロスとあなたが作ったという、異世界から特定の人間の魂だけを召喚するというシステム、興味深いわね。ゲームと誤認させて異世界で戦わせる手法も素晴らしいわ。是非この状況を打開する方法について提案をもらいたいわね?」
「何故私がそのような事を……。向こうの世界がどうなろうと、この世界がどうなろうと、私には関係のない事だと言っているでしょう?」
暗く、深い感情を押し殺したような言葉には毒が宿っている。絶望だけを刻むその唇をきつく結ぶ様を見て、レイジはそっと席を立った。
ロギアへと近づくと、机の上に投げ出されている手をとる。突然の事に驚くロギアを無視し、レイジは会議室を監視する黒服達に言った。
「彼女の手錠を外して下さい」
「……救世主? 何を……」
「外した所で君は逃げない。俺にはわかる。君はまだあの世界に思い残しがある。黒須惣助っていう、大きな思い残しがね」
瞳を見開くロギア。レイジは動かない黒服達を急かすように片手を伸ばす。その視線からくる迫力は、たかが十代の少年のものとは思えない。
異様な威圧感に黒服たちが息を呑んだ時、溜息混じりに新庄が合図を出す。すると男の一人が小さな鍵を持ってレイジへと近づいた。
「ありがとうございます」
爽やかに笑うレイジの気配は先ほどまでとは全く違う。その極端な変化にその場の全員が微妙な表情を浮かべていた。
しかし一番不可解な様子だったのは手錠から開放されたロギアだ。手首の締め付け痕をなでながら、ロギアは目を伏せる。
「礼を言うべきでしょうか?」
「いや。あんなのはこれから人と協力しようって態度じゃない。これでやっとイーブンだ」
「どういうつもりですか? 私はあの世界を憎んでいる……それは今も微塵も変わりません。この世界もそうです。世界とは――その全てが悲劇です。生まれる事も死ぬ事も、何もかもが多大な犠牲の上に成り立っている。私に世界を救うつもり等ありません」
「だろうね。そうなっても仕方がないくらい、ロギアは絶望を見てきたんだと思う」
「許すというのですか?」
「許すかどうかというのは、今はあんまり関係ない。正直俺は君のした事は許せないし、多分これからも認めるつもりはないよ。自分が辛いからって、苦しいからって、それを誰かに押し付けて同じにするようなやり方は間違ってる。だから……」
レイジはロギアの手を取り、強く握りしめる。冷たく、しなやかなロギアの手を両手で包み込み。
「君には幸せになってほしいんだ」
「――は?」
「誰かの悲しみを、痛みを世界に撒き散らすのは間違っている。そんな方法で世界を平にしても意味が無いんだ。だったら君が幸せになればいい。そうでしょ?」
振り返り仲間に問いかけるレイジ。誰も何も応えなかったが、カイゼルがこらえきれなかったのか笑い出し、ミユキも口元に手をやり微笑む。
「なるほどなあ。ロギアさんとやらよぅ、あんたの負けだぜ。おとなしく幸せになっちまいな」
「その人はそういう人なんですよ。冗談で言っているわけでも嫌味でもなくて、本気で解決策を探しているだけです」
「今更……幸せなど……」
「ロギアは黒須の事が好きなんだよね?」
驚いたように顔をあげるロギア。レイジはそこに優しく笑いかける。
「君はいつも仮面をつけていた。自分の心を、絶望を、狂気を隠していた。だけど黒須の事を話す時だけ、君確かに人間だったから」
思わず息を呑んだのは、その自覚が女の中にもあったから。
黒須惣助。彼が自分の前に現れた時、あの変わり者のへんてこな男が降り立った時、一面に広がる闇の中に光が射した気がした。
ひとりぼっちの苦しみを、世界を憎む気持ちを、彼は何一つ否定せずにそのまま、ただありのままに受け入れてくれた。
とうの昔に失ってしまった名前を、生きる楽しさを教えてくれた。その道が血と欲望にまみれた、自分勝手な物だったとしても……。
「君は知りたいはずだ。黒須が今どうなっているのか。黒須の本当の気持ちを」
「私を利用するのですね」
「うん。その代わり、君の願いを叶える為に、俺達を利用してほしい。この世界はそうやって成り立ってるんだよ」
あっけらかんと言い放ったレイジにメリーベルは神妙な面持ちで溜息を零す。
どうやら彼こそが本物の救世主。ここに集まった勇者たちの中、世界を救う資質を持つように思える。その横顔が少しだけ懐かしく、感傷に浸ってしまう。
「……それで、ロギアはどうするの? 幸せになっちゃう?」
「その幸せという言葉を連呼されるのは不快なのでやめて下さい。人並みの幸福など、そんな幻想……」
「なにそれ? ツンデレなの?」
「ツン……? メリーベル、異世界の言葉が当たり前に通じると思って使われるのは困ります」
軽く謝るメリーベルをジト目で睨むその姿はやはりアンヘルにそっくりだ。レイジは最後に触れたあの天使のぬくもりを掌に思い出す。
ロギアが作った分身であるアンヘルとはわかりあえたし心も通わせる事が出来た。彼女が教えてくれた事、伝えてくれた事、それをロギアに返したいと思うのは傲慢だろうか?
「俺達があの世界に戻る為に、何をしたらいいのかな? どんな準備が必要で、どんな方法が考えられる?」
あえてロギアの隣の席に腰掛け、ずいっと顔を寄せるレイジ。ロギアはぎょっとしたようすで仰け反り、冷や汗を流しつつ。
「……この感じだと、元の世界と私とのリンクが途切れていない……即ち、神としての権能が全てケイオスに渡ったわけではないようですね」
神の権能は割り振る事が出来る。
その力は全て世界が“生じようとする力”を転じたものだ。神が得る天地創造の力、それをどのように使うのかは神によって異なる。
例えばメリーベルの世界では神はその力で“世界を作る為の代理人”を作り、神族とした。創造の力をどのように分割するか、それはある程度自由なのだ。
「ただひとつ、前提条件として世界がその神を認めている事が必要になります。それと、ケイオスに神の権能が移ったと皆は考えているようですが、そうではありません」
元々ザナドゥの召喚システムは特殊だ。
本来は神一人しか召喚する事が出来ない細い道を通じて、“世界を騙し”、“召喚相手は神である”としてルートを構築していた。
「つまり、皆さんは私の力の一部を持った、私自身であるという前提で召喚を行っていました」
「そんな方法で世界を欺いていたのね……驚いた」
「この方法はクロスが考えたものです。皆さんがつけていたHMDがマーカーとなって魂を引き抜き、“私として”誤認識させるツールとなっていました。そして話を戻しますが、ケイオスは元々ただのプレイヤーです。バウンサーもそうですが、全員が私の力の一部を、“私の一部”として貸し与えられていた事になります」
「じゃあ、今もケイオスは“ロギア”として召喚されているのね?」
「はい。ケイオスがこれまで通りの召喚ルートで向こうに残留している限り、私から全ての権能を奪う事は出来ません。そうなれば“私として”あの世界にいるケイオスも力を失うからです」
ケイオスは今、ロギアよりもロギアとして力を振るえる状態にあるものの、基本的には“ロギアが神である”状況は変わっていない。
ロギアは元々得ていた100%の神の力を、それぞれのプレイヤーに分け与えていた。その割合は1%にも満たないが、それでも精霊器が莫大な力を持っていた。
それだけ神が本来持つ力は膨大なのだ。世界を一つ作り、終わらせるほどのエネルギーとはそういうものだ。
ケイオスは世界そのものと対話し、本来はロギアの分体として力を分けられるだけの存在にすぎない所を、“自分こそはロギアである”と訴えかけ、その力の割合を逆転させている。
「つまり、今の私は勇者と同じかそれ以下の力しか供給されていません。逆にケイオスには、あの世界から弾きだした勇者の分、全ての天地創造の力が集まっている筈です。これは逆に厄介でもあります」
二人の神を召喚するという異常によって証明された事実。それは別の神が作った過去の異物は消し去る事も変化させることも出来ないという事。
だからロギアは世界に元々刻まれていたルールを変える事ができなかった。しかし自分自身が作ったものならば、虚幻魔法の力で書き換える事が出来る。
「ケイオスは私です。私と同じ力を持つのなら、私が作った異世界召喚システムを改ざんしたり破壊する事も容易いでしょう」
「そうか……それじゃあ、これまでと同じ方法で異世界へ渡るのは無理かもしれないんだね」
「そう考えるべきですが……何故かリンクはそのままになっているようです。この世界から感じ取れる力には限界がありますが、恐らくまだ召喚システムは破壊されていません。ケイオスはそれを知らない程愚かではありませんから、意図したものでしょう」
「わざと俺達が戻れる道を残してあるってことか……」
「勿論、この元々使っていた世界同士のリンクをこじ開ける形でこちらの世界へこようとしている所を見ると、壊してしまうと向こうにも不都合がある、と考えたほうが自然ですね」
口元に手を当て考えるロギア。それから目を瞑り、レイジへと向かい合う。
「……結論から言えば。向こうの世界にもう一度戻る事は、可能です」
「それじゃあ……!」
「しかし」
喜ぶレイジの言葉を遮り、直ぐに二の句を紡ぐ。
「送り込んだところで何だと言うのです? 今の私には、勇者達に精霊器を与える権限はありません。送り込まれたあなた達は無防備なただの人間。私の作った天使にすら敵いません」
そう、送り込む事そのものは、難しいが不可能ではない。
問題は送り込まれた所で今のロギアから分割された力では精霊器を具現化出来ないという事だ。それどころか魂だけを召喚したところで、向こうの世界で肉体を構築する力すらない。
「死にに行くようなものです」
吐き捨てるようなロギアの言葉にレイジは腕を組む。
「でも、向こうの世界で戦いになるとは限らないでしょ? だったら行ってみるべきだと俺は思う」
「……そりゃあんたのいうこともわからなくもないけど、十中八九戦闘になるでしょ……そこまで状況は甘くないわよ」
「そうです。レイジさんだけ一人で突っ込んで死なれても迷惑です」
JJとミユキの突っ込みにがくりと肩を落とすレイジ。ロギアは溜息をこぼしながら立ち上がり。
「……私にわかる事は話しました。あとはあなたの領分ではありませんか?
視線の先には考えこむメリーベルの姿がある。女は何かを決めるように頷き。
「異世界への道を開く事は出来る。だけど向こうで戦う力がない……。それなら私達バテンカイトスが乗り込むべきかしらね。私ならホラ、肉体強いから」
「それは無理です。向こうの世界で私として他人を誤認させるためのエミュレーターに登録が済んでいない人間は、今の私の力では送り込めません」
「となると……うーん。私が無理矢理門を開いてもいいけど、そこにつけ込まれて逆にこっちに来られちゃうと困るし……悩ましい所ね……」
お手上げと言わんばかりのメリーベル。その様子をずっと見ていたJJが手をあげる。
「確認だけど、ロギア。元々勇者として異世界に召喚できていた人間なら、向こうに送り込む事は出来るのよね?」
「……ええ、まあ」
「だけど精霊器が使えない普通の人間に過ぎないと……。それは、転移させる部分に力を使ってしまって、向こうで活動させられるほど力を割り振れないからでしょ?」
「その通りです」
「メリーベル。ケイオスは向こうの世界とこっちの世界をつなげようとしているのよね?」
「そうよ」
「その二つの世界がつながってしまうタイムリミットは?」
「…………はっきりとはわからないけど。あと四日くらいかしら」
「もう一つ確認。ケイオスはどうやってあんたから世界の力を奪ったの?」
「それは……」
そこで思わずはっとする。ロギアは口元に手をやり、JJの言わんとする事を理解する。
「ケイオスは世界の座……即ち、今境界に見えている場所から世界に対話したのだと思います。座は最も神に近い場所であり、異世界に最も近い場所でもあります」
「ケイオスは普通のプレイヤーよね。だったら、私達にも同じことが出来るんじゃないかしら?」
「つまり……向こうの世界、神域に乗り込んで、世界に力を貸してもらうようにすればいいって事?」
頷くJJ。あまりにも博打要素の多いプランだが、全くの考えなしでもない。
「レイジ、あんたは明らかに他の勇者よりも“世界”に近づいた存在よ。あんただったら、あのケイオスから神の権限を奪い返せるかもしれない。それに、四日目には完全に二つの世界が繋がると言ったって、それは徐々にでしょ? そして世界が繋がると、向こうの法則がこちらに流れこむ。だったら三日目あたりに転移を仕掛けるなら、今やるよりもロギアの負担を少なく……つまり、向こうの世界で肉体を構築する余力を残すことが出来ないかしら?」
目を瞑り、二つの世界の繋がりを感じ取ろうとする。それは今はまだかすかなものだが、ここ数日で少しずつ強く、はっきりとし始めている事はわかる。
ならばJJの言うとおりだ。本当に二つの世界がつながってしまうかもしれないというその瞬間ならば、今やるよりも少ない力で転移させ、向こうの世界に勇者の肉体や精霊器を作る余力が残るかもしれない。
「向こうに行けて、少しでも力が使えれば、あとは座に乗り込んで神の権能をケイオスから奪還すればいい。レイジ……元々あんたの願いも、そういう事だったでしょう?」
「そうだけど……いいの? 昔のJJだったらそんな作戦、絶対に提案しなかった」
「いいも悪いもそれしかないんでしょ? ここまできて今更バテンカイトスだかなんだかしらないけど、他所の世界の連中に後片付けされたって癪じゃない」
ニヤリと強く笑うJJ。レイジは苦笑を浮かべ、改めて頷く。
「無茶だって事は理解しています。それでもこのプランで行けないでしょうか?」
「大胆な事を考えるのね……。まあ、代案も浮かばないけれど……。ギリギリで仕掛けるという事は、失敗は許されないという事よ。あなた達が失敗すれば、二つの世界は繋がり、崩壊が始まるわ」
「……正直に言うと、俺には二つの世界がどうなるかとか、そんな事の責任を取るのは無理かもしれません。だけど、ここまでやってきたんです。ここまで俺達が紡いできた物語なんです。だから俺は最後まで闘いぬきたい。これまでの犠牲や悲しみ、絶望を無駄にしたくない。たとえどんなに僅かな希望でも……それをきっと掴んでみせます」
「……わかった。あなた達のプランを支援するわ」
折れたように呟くメリーベルに隣にいる新庄が批判するような視線を送る。だが女は首を横に振り。
「異世界の問題はね、やっぱり当事者にしか解決する能力がないケースがほとんどなの。私はこれまでそうやって自分の力で世界を救ってきた救世主を何度も見てきたわ。そいつらは皆自分の力で世界を背負って、世界が作った悲劇を打破してきた。今の私達出来る事がなくて、あなた達にはあるというのなら、その可能性に私は賭ける」
「……本気ッスか?」
「私の異能はどっちみちザナドゥの世界じゃ弱体化するし、新庄、あなたの異能も同じよ。だけど彼らには可能性がある。どちらにせよ賭けなら、誰だって分のいい方に賭けたいでしょう?」
「こんな子供たちに世界の命運を任せるんスか……」
「鳴海機関お手製の“ベロニカシステム”だって、多分介入は出来ないわよ」
しばし考え込んだ後、匙を投げるように新庄は頷いた。バテンカイトスの了承を得たと見たロギアはレイジと向き合い。
「向こうに送り込む人数が増えればそれだけ力が分散されます。転移されるのは救世主、あなた一人に絞るべきとは思いますが……」
「そうしたいのは山々だけど……」
振り返ると全員がむすっとした様子でレイジを見ていた。ミユキはすっと立ち上がり、レイジの隣に立つ。
「私も行きますからね、レイジさん」
「でも、危ないし……人数が多すぎても……」
「誰がなんと言おうと行きますから」
聞く耳持たない様子のミユキにおろおろするレイジ。ロギアは僅かに微笑み。
「まあ、数人ならば可能でしょう。救世主、あなたが選びなさい。あなたの他に転移出来そうなのは……そうですね。三人程度が限界でしょう」
「そんなに送り込めるの?」
「救世主一人に力を集中させても本来の力は全く発揮できません。この作戦は向こうで世界から力の供給を得るところまで行くのが前提です。ならば、大して変わらないのでは?」
少し意地悪な口調のロギアの言葉にレイジは眉を潜める。
「さあ、選んで下さい。あなたと、あなたが最も信頼する仲間三人を、私の力であの異界へ送りましょう」
「最も信頼する仲間ならJJだけど……JJはバトルタイプじゃないからなあ」
「ちょ……即答すんなバカ」
顔を赤らめながら唇を尖らせるJJ。ミユキはついてくるとすれば、あと二人。誰を連れて行くべきかと思い悩んでいると、そこへ遅れて複数の人影が入ってくる。
「――あたしを連れて行ってくれ!」
まるでこれまでの話を聞いていたかのように、飛び込んできた少女は叫んだ。それはイオと呼ばれていたバウンサーの少女であり、隣にはシロウの姿もある。
「シロウ、それにイオ?」
「JJに通話で話聞かせてもらってたんだ」
携帯電話を掲げるシロウ。見れば確かにJJはずっと携帯電話を机の上に投げ出していたようだ。
「この会議室、それぞれの席にマイクついてるから。そっから音拾ってたわけ」
「そうなんだ。それはいいけど……イオ?」
「今更こんな事を言ってもムシがいいってのはわかってる。だけど……だけど、まだあたしはあの世界にやり残した事があるんだ! だから……お願いします!」
必死に頭を下げるイオの前で黙りこむレイジ。シロウはイオの肩を叩き、それからレイジに目を向ける。
「俺からも頼む。こいつとはちっと縁があってな」
「シロウ……」
レイジは頭を下げ続けるイオを見下ろし、溜息混じりに目を閉じた。
「――ダメだ。君は連れていけない」
「な……っ、ど、どうして……!? あたしが元々敵だったからか!?」
「そうじゃない。そういう約束なんだ……遠藤さんとの、ね」
レイジはイオに椅子に座るよう促す。そうして少し迷った後、あの日の出来事の真実をぽつりぽつりと語り始めた。




