月と太陽(1)
――レイジが目を覚ます数日前。現実世界の季節は巡り、冬を迎えようとしていた。
新幹線の窓から眺める現実世界の景色。いや……今はもう、それはただの現実ではない。
現実とは人の数だけ存在するものだ。視点に依存する、その視点のあるべき様。それこそが現実なのだから。
「――それにしても、本当に良かったのか?」
相向かいの席に女は腰掛けていた。その顔つき、体つき、話す言葉も日本人そのものだが、髪と瞳の色だけがやけに現実離れしている。
赤い、まるで燃え上がる炎のような光を帯びた髪が揺れる。ミユキ……篠原深雪はその力強い眼差しに笑みを返した。
「ええ。乗りかけた船ですからね。こうなった以上、最後の最後までとことん付き合うつもりです」
「……そうか。君の決意や覚悟を疑うつもりはない。同じ問いはもうしない事にしよう」
足を組み、膝の上に両手を組んで女は、魔王アスラは目を閉じた。
あの日、異界ザナドゥでの決戦の日。深雪は勇者として、そしてアスラは魔王として刃を交え、そして深雪は魔王に勝利した。
そこで二人の関係性は終わる筈だった。しかし何がどうなってか、深雪だけではなくアスラまでもが現実世界へと転移されてしまったのだ。
病院で目覚めた深雪の側に立っていたアスラは、自らの置かれた状況を全く理解していなかった。それは深雪も同じことだ。二人は自分達があの戦いの最中この世界へ転移させられた事を理解し、そして今、全てを終わらせる為に東京を目指していた。
「それにしても、この世界は本当に素晴らしいね。こんなにも人が高度な文明を築き、社会を構成している」
「まあ……そうなのでしょうね。私達にとっては当たり前でしたけど。そも、ザナドゥの世界は歴史が浅いですし、比べるものでもないのでは?」
「そんな事はないのだよ。あの世界の歴史は、確かにこの世界よりは底も浅かろう。ザナドゥの発生その起源より、この世界は長らく存続しているのだからね。だがザナドゥの世界にも歴史はある。それなりの重さと長さのね。それを毎度無碍にさえされなければ、きっとこの世界ほどではなかったとしても、人の営みは進化しただろう」
憂いを帯びた眼差しに深雪は口を閉じた。
人を滅ぼし、世を破壊する魔王。その女は自らの行いを悔いていた。
いや、最初から望んだ行いではなかったのだ。そう役割を与えられ、しかし自由意志はなく。選択するという行いが選択肢になかった彼女は、ただありのままに人を滅ぼし続けた。
壊しては再生し、滅んではまた生まれ続ける世界。その生と死を望む世界の願望の間で、魔王は世界を守るという至高命題の為、人の営みを犠牲にしてきた。
「自由であるという事は、なんと可能性に満ちているのだろう。ただ縛られず、考え選択する事……それが今は、とても尊く、眩しいことのように思える」
「アスラ……その……なんと言えばいいのか、私には上手い言葉が見つかりません。しかし、アスラだけが背負うべき責任ではなかったと、そう思いますよ」
「そこまで思い上がってはいないよ。私は所詮、秩序を守る為、世界を死期を遠ざける為のストッパーに過ぎなかった。道具が主人に逆らおうなど、不遜極まりない。だがね、願う事も祈ることも、何かを求めることさえも、それらは本来難しいことではなく、命が当たり前に持つ本質だったと今は思うのだ。それを私に教えてくれたのは、あの救世主や、人間の王オリヴィア……そして君だった」
にこりと微笑むその姿が、あまりにも実の姉に似ている。だからミユキはその手を取り。
「アスラこそ、いいのですか? もう一度あの世界に関われば、あなただってどうなってしまうか……」
「こちらに世界に私が存在している事そのものが間違いなのだ。今この時間は、本来あってはならないもの。何かの間違いで得られたからと言って、惜しむのでは話が違ってしまうよ。尤も、この肉体は本来ミサキの物だ。それをどう扱うかについては、本来の家族である君の意見は蔑ろにはできないが」
そう、アスラの肉体はミサキそのものだ。最早彼女の心がそこになかったとしても、ミサキであった事に間違いはない。
これまでミサキが生きてきたおよそ十九年の人生がそこにはきちんと命の痕跡として刻まれている。その肉体をどのように扱うべきなのかは、もう深雪だけに判断できることではなかった。
もしアスラが生来邪悪な存在であり、人に仇なす者ならば、その肉体からアスラの意識だけを切り離すような願いもあっただろう。
だがそうではない。アスラは純粋だ。アンヘルがそうであったように、ただ虚ろであるがゆえに無邪気で、悪意がないからこそ何色にでも染まる。
そしてアスラは肉体の本来の持ち主であったミユキと語らうことで、彼女の性質を理解し受け継いでいる。今はもう立派な一つの命だ。それを消してしまっても構わないだなんて、そんな風にはどうしても思えなかった。
「アスラはまだ、向こう側との繋がりを感じるんですよね?」
「ああ。向こうとつながっているからこそ、こちらの世界でも君と満足に会話ができる。それに私は言わば二つの異界のハイブリッドだからな。ある程度向こう側の力も引き出せそうではある」
「こんなところで火とか出さないでくださいよ」
「ははは、そんな事はしないよ、心配性だなあ。まあ、私の肉体がこちら側のものであるというのも、異界に弾かれた理由だろう」
本来二つの世界を行き来する事は簡単ではない。だが神に値する存在のみ、二つの世界を行き来する為のルートを持っている。
その細いルートを使い、神は異界から救世主を召喚する。ロギアのした事も根本的には同じ。自分が使った道を使い、異世界人を召喚していたのだ。それは黒須がアンヘルを逆召喚する為に使ったルートでもある。
そして、異世界の物は本来の世界に帰属し、戻ろうと働く力を元々備えている。異世界の神が召喚を取りやめた瞬間、元の世界に戻されるのは自然の摂理なのだ。
「恐らく、あの時神の力を手にしたケイオスという勇者は、“異界物を召喚する行為”そのものをキャンセルしたのだろう。結果、“異界の物は理に従ってあるべき場所に戻された”わけだ」
「ですが、心はあなたのものですよ?」
「肉体と精神の結びつきについて私は詳しくはないのだが、まあそういう事もあるのではないか? 元々私の意識自体、ミサキの身体の中で作ったものだからな。ミサキという肉体固有の別人格という扱いなのかもしれん」
「つまり、あなたと姉さんが二重人格として扱われたという事ですか?」
「多重人格者の異世界召喚については興味深いが……まあ実際にこうなってしまっているのだから、適当に納得の行く理由をでっち上げる他なかろうよ」
片目を瞑った状態で口元に手をやり、呟くようにアスラは語った。確かにそれは言うとおりで、ひとまずどのような理由かはともかく、この現状を受け入れるしかない。
「それにしても……見えてきたな。あれが例の境界とやらか」
地元京都からは見えなかった、空に浮かぶ聖域の幻影。ビルの隙間、遠くの空に見え隠れする異界に二人は目を向けた。
病院のベッドで目を覚ました時、深雪が心配したのは自分の身に起きた事をどのように父親に説明するかという事であった。
しかし父親は混乱した様子もなく、深雪に起きた事を既に知っているようだった。それは現実世界でクピドが病院を訪れ、父親に説明を終えていた事が理由として一つ。
それだけでは信ぴょう性の薄い情報であったとしても、警察から話が来ていれば信じるに値する。鳴海機関を通じて送り込まれた関係者の口から、深雪の父は既に状況を把握していたのだ。
「君が目覚めたら、この手紙を渡すようにと言われている」
「その、警察の方からですか?」
「いや。外国人の女性の方だったな。確か名前は、メリーベルさんと言ったか」
ようやく私服に着替えた深雪。久方ぶりに戻った自宅のリビングで父から渡された手紙に目を通し、深雪は小さく息を吐く。
「どうやら、まだ私にも出来る事が残されているようですね……」
「……何が書いてあるのか、悪いとは思ったが見せてもらった。娘の事だからね。保護者として、父親として把握しておくべきだと思ったんだ」
父は白衣のズボンに片手を突っ込んだまま憂鬱そうに呟く。それからまっすぐに娘の顔を見つめ。
「正直、行かせるべきではないと思っている。美咲の身に起きた事を知ればなおさらだ。彼女は美咲ではないんだろう?」
「ええ。彼女はその、姉さんであって姉さんではありません」
「そんな状況を受け入れる事も今の僕には出来ないし、君が同じ目に遭うかもしれないというのなら、力ずくで止めるべきだと思っている。だがその前に、君の意見を聞きたい」
「私は……」
目を瞑り、それから少女は前を向く。それは父親からしても驚くほどの変化だった。
今の深雪の瞳に鬱屈した感情はない。全てを割りきったわけでも飲み込んだわけでもない。人の心はそう簡単には変えられない。
だが今、深雪は自らの願いから目を背けてはいない。良いことも悪いことも、美しさや醜さでさえも、ただありのままに向かい合おうとしている。
父親と本音でぶつかる事等なかった。心のどこかで、家族がバラバラになることを止められなかった彼を恨んでいたのだ。
だから、いつでも二人はすれ違ってきた。そうするしかないと思っていた。けれど深雪は今こそ、本当に娘として父親の前に立つ事が出来る。
「私は、もう一度あの世界に行って、今度こそ全てを終わらせたい」
「…………それは、君でないと出来ないことなのかい? 警察の人でも、自衛隊でもどうにもできないのかな?」
「きっとそういう事じゃないんだよ。“私にしか出来ない事”なのかどうかは、関係ないんだと思う。そうしたいと自分が願うかどうかじゃないかな?」
渋い表情で腕を組む父。娘は苦笑を浮かべ。
「たぶんね。代えの効かない人間なんていない。皆、特別なんかじゃないんだよ。私じゃなくたっていい。この世界の主人公は私じゃないから。だけど、自分じゃなくてもいいからって、自分以外の誰かが頑張ればどうにかなるからって、それは願いを手放していい理由にはならないんだよ」
「変わったね……君は」
「変わりたいと願ったからです。そういう風に思わせてくれる人が、側にいてくれたから」
「織原君、かな? 確かに彼もなんというか、子供らしくない目をしていた。いや、ある意味幼いのか。大人になった今だから分かるが、そういう風に自分の気持ちを真っ直ぐ人にぶつける事は、年々難しくなる。君がもしも変わったというのなら、彼のせいなんだろうね」
否定も肯定もしなかった娘に父は溜息を零し。
「やっぱり、彼を君に近づけるべきではなかったね。今は心から後悔しているよ」
「お父さん……」
「でも、嬉しくも思う。娘の成長を素直に喜べない僕は、きっと未熟で傲慢なのだろうね」
「そんな事ないよ。私の事を心配してくれているだけなんだから」
目を丸くしたのは、深雪の言葉が優しく、とても前向きだったから。
少女はいつも人の善意を疑っていた。常に騙される事に怯え、裏切られる事に怯えていたはずだ。
けれど今は素直に人の好意を信じられるようになった。自然に笑う娘の姿に、父親はようやく、一つ肩から重荷が降りたような気がした。
「だとしても、僕は許可しない。君を家から出すことは許さない」
「出ていくよ、それでも」
「……だ、ろうね。それに僕も仕事が忙しい身だ。僕は君の父親だが、沢山の人にとっての医者でもある。だから娘一人の命の為に、彼らを犠牲にする事はできない」
「それでいいと思う。人にはみんな、自分が望んだ生き方があるべきだから」
「君の監視を二十四時間続ける事は出来ない。たぶん、かけっこになったら君のほうが早い。それに君には、あのアスラさんという味方もいる。二対一だ。だから僕は渋々諦める事にする」
「いいの……?」
「いいわけないだろう? だけど僕は、結局君達に何もしてあげられなかった父親だ。自分の側からまた誰かがいなくなることを恐れて、君達の人生を縛る権利なんて、あるはずがないんだよ」
悲しげな呟きに父親は首を横にふり、もう何年も触れていなかった娘の頭に手を乗せる。
「必ず戻ってくるんだよ」
「約束する」
「アスラさんも。娘を、宜しくお願いします」
壁に背を預け無言で聞いていたアスラは笑みを浮かべ、小さく会釈する。こうして二人はメリーベルの導きに従い、東京を目指す事になった……。
東京駅で新幹線を降りた深雪は人混みに押し流されるように改札を出た。よろける深雪を引き寄せ、肩を抱いて歩くアスラはまるで姉のようで、やはり少し複雑な気分になる。
「大丈夫か? まったく、この世界の人間はこうも他人に無関心なのか」
「いえ、まあ、私がどっちに向かって歩けばいいのか迷ってうろうろしてるのが悪いのかと……」
既にメリーベルには連絡をしてある。駅の前で待ち合わせをする事になっているのだ。
出入りする人の動きをぼんやりと眺めていると、そこに見覚えのある人影が近づいてきた。男は片手を上げ、深雪の前に立つ。
「久しぶりだな、ミユキ」
「あなたは……清四郎さん?」
予想外の人物との出会いに目を丸くする深雪。清四郎はちらりとアスラへ目を向け。
「アスラも一緒に来てるとは聞いてたが、本当だったとはな。驚いたぜ」
「私の方こそ驚きました。どうして清四郎さんがここに? あなたはザナドゥからは抜けたのでは?」
「ん……まあ、あれから色々あってな。積もる話もあるが、とりあえず移動すっか。外に車を待たせてるから、案内するぜ」
背を向けた清四郎に続き歩き出す深雪とアスラ。歩きながら背後から声をかける。
「しばらく見ない間に何があったのです?」
「ああ。まあ、話すと長くなるからな。ちっと端折るが……」
「夜分遅くに申し訳ない。自分は鳴海機関の新庄と言う者ッス。で、こちらはバテンカイトスのメリーベルさん」
時はパンデモニウムでの決戦前に遡る。
同じ孤児院出身であり、妹分でもある未来に真実を打ち明けたあの夜。チャイムを鳴らしたのはスーツ姿の一組の男女であった。
狭い清四郎の部屋で四人がコタツに入る奇妙な状態に清四郎はぶすっとした表情で頬杖をついていたが、未来は直ぐにコーヒーを淹れ二人を迎え入れた。
「インスタントですけど、よかったらどうぞ」
「どうもどうも。いやー、もう寒くなってきたッスからねぇ」
「んで、あんたらなんなんだ? 鳴海機関だの、バテンカイトスだの……ザナドゥについて詳しいっていうから上げたけどよ」
不審者であったとしても物理的にどうにか出来る自信があるからこそ部屋に上げたが、正直胡散臭さこの上ない。完全な警戒にメリーベルは頷き。
「私達を信じないのも当然ね。だけど、これはあなたにも関係のある話よ」
メリーベルは語った。自分が異世界人である事。鳴海機関がこの国の非常識な問題を取り扱う公務員であり、バテンカイトスは異世界を股にかける組織であると。
この段階ではまだザナドゥの影響は現実世界へ及ぶほどでなかった。しかしメリーベルはそうなる事を予見していた。だからこそ、清四郎に接触したのだ。
「近々、パンデモニウムでは決戦が行われるッス。清四郎君には是非それに参加してほしいんスよ」
「なんで俺が参加する必要があるんだよ。ていうか、お前らは関係ないだろ?」
「それが関係あるのよ。異世界で起きている出来事を監視するには、その世界に紛れ込む必要があるの。バウンサー側には目があるからいいのだけれど、勇者側には協力者がいないから」
「……バウンサー側には目があるって?」
「ええ。自分、バウンサーっすから」
新庄と名乗った若い男はコーヒーを啜りながらあっけらかんと返す。
「キャラクター名は“カイザー”ってのでプレイしてるッス。向こうじゃちょっとキャラの感じ変えてるけど、まあ一応公安部の人間なんで、監視って事で」
「公安の人間がバウンサーやってたのか? それってつまり、本当に最初の最初からあんたらはこの状況を把握してたって事だよな?」
「そうよ。今回のザナドゥ側がこちらの世界に行ったアプローチは私の目から見ても特殊だった。けれど、だからこそ察知する事は容易かったわ。私達は最初からこれが異世界がらみの事件であると目処を立てていたの」
「だったらなんで人が死ぬまで放置したんだ!? お前ら警察だかなんだかしらねーが、ちゃんと動いてりゃもっと早く命を救えたかもしれないだろ!? バウンサーならなおさらじゃねえか!」
「不用意に動けば感付かれ、召喚を止められるだけよ。私自身が直接入り込んでも同じね。それを察知されれば、やり方を変えられるだけ。そのせいで私達はこれまで二度のテストを止める事ができなかった」
ファーストテストの段階で、異世界との不信な繋がりについてメリーベルは気づいていた。だからこそ、その段階でザナドゥの世界に渡り、直接介入しようとした。
これまでもメリーベルのやり方としては、問題を起こしている世界そのものに直接転移し解決してきたのだ。その為に特化した身体を作ってきた。
「しかし、今回は少し話が違ったの。ザナドゥの神はクロスというこの世界の人間からかなり細かくアイデアを受け、召喚システムに改造を加えてる。だから異世界から許可なく転移しようとすると、シャットアウトする防壁を組んでいたの。それに引っかかって一回死にかけたわ」
「しかもそれで介入しようとしている存在がいることがバレて、ファーストテストを打ち切られ、セカンドテストは巧妙に隠されてしまったんス。黒須って男は相当やり手ッスね」
「異世界からの介入にそんなに早く、しかも的確に手を打てる人間はこれまで見たことがなかったわ。さすがはゲーム開発者と言うべきか、そういう違法アクセスや第三者による望まない介入については抜かりがなかったようね」
「だから、サードテストにバウンサーとして紛れこんだってわけか……」
鳴海機関が本気を出せば、サードテストに参加出来る可能性は高かった。要は確率の問題だ。
本来はカイザーのアカウントも入手したのは新庄ではなかった。金を掴ませて応募させた大規模な“空プレイヤー”から、当選したアカウントを買い取っただけの事だ。
「本当は私が行きたかったけど、私の存在はもうバレてたし、それにこの魂だけを召喚するというシステムが本当に巧妙でね……」
「メリーベルさんは魂が強いわけではなく、肉体が強化されてるタイプッスからね。魂だけ引っこ抜かれるなら誰がやっても同じってわけで、鳴海機関から自分が選抜されたわけッス」
「お前らが上手く介入しそこねて手をこまねいてきた事はわかったが……俺が行ったからって何か意味あんのか?」
「実は、カイゼルとクピドには既に話をしてあるんスよ。ちゃんと信じてくれたかどうかは不明ッスけどね。とりあえずザナドゥに参加する事は了承してくれたッス」
「それでも協力者は多い方がいいわ。もしザナドゥで何かが起きた時、対応出来る戦力がなければ手の打ちようがない」
「“何か”って……なんだよ?」
「それは、まだわからないわ」
結局のところ、清四郎が二人の話を信じたかというと、微妙なところだった。未来も話についていけなかったし、二人としても直ぐに話が丸く収まるとは思っていなかった。
だからこの日は連絡先だけを伝え、早々と退散した。結局この時説得が完了していなかったからこそ清四郎は決戦に参戦する事はなかったのだが……。
「じゃあ、清四郎さんはあの空に見えるようになった境界の存在を知って?」
「ああ。こっちの世界でも大騒ぎになったからな。んで、話を聞いたら……お前らも知っての通りだ」
「異世界からの侵攻ですか。にわかには信じがたいですが、まあ信じるしかない状況ですからね」
鳴海機関が用意した黒塗りの車に揺られ、清四郎、深雪、アスラはトリニティ・テックユニオンの本社ビルに到着した。
車から降りると長話を終えた開放感からか、清四郎は大きく伸びをした。それから振り返り。
「で、まあ、色々あって俺も協力する事にしたってわけだ」
「なんですか、色々って」
「そりゃ……色々は色々だよ。そこまで説明しなくたっていいだろ?」
あまりよくはないし気になったが、何故か清四郎が照れくさそうな様子だったのでそれ以上は訊かないことにした。なんとなく、推測は出来ているし。
「ま、とにかく最初にメリーベルに会うべきだな。実は俺もこれから何をどうするのかはさっぱりわかってねぇんだ。あと、東京にいる間は宿は手配してくれるらしいぜ」
「そうですか。そういえば礼司さんやJJ、他の皆さんは……?」
「JJは先に来てる。他の連中もまあ、地方勢以外はぽつぽつきてるかね。礼司の奴はまだ目が覚めないってんで、JJがとりあえず一回様子を見に行くって言ってたかな」
「私も礼司さんを迎えに行きたいですが、とりあえずはそのメリーベルとやらに話を聞いたほうがよさそうですね」
頷くと歩き出す。そんな深雪を案内するように、清四郎は先にトリニティ・テックユニオンの扉をくぐり、エントランスホールへ足を踏み入れた。




