表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
XANADU  作者: 神宮寺飛鳥
【虚ろなる者たち】
100/123

願望の怪物(3)

「どうやら、ゲームは終了のようだな」


 ふっと紫煙を吐き出しながら呟く東雲。最強クラスの勇者であるカイゼルと戦っていたというのに、その体には傷一つ残されてはいない。

 だがしかしカイゼルだからこそ、一方的にダメージを受けながらもまだ倒れることなく立ち続けている。何度も東雲の蹴りや拳に打ちのめされても男は平然としていた。


「うぅむ……わからねぇな。こっちの攻撃は当たらねぇ。そっちの攻撃はなぜか当たる。それも只のパンチで俺がぶっ飛ぶレベルの威力だ。いったいどんなトンデモ能力なんだい、お嬢さんよ?」

「今となっては教える事にも意味はないだろう。ゲームはお終い……の筈なのだが……氷室?」


 背後で既に精霊器を閉じた氷室は携帯電話のような物体を取り出し、先ほどからずっと黒須惣介と連絡をつけようとしていた。

 彼らバウンサーは期間限定のPKを任された、このゲームの盛り上げ役だ。故に魔王が落ちたのならば自然と降参し、これ以上の戦闘は継続されないはず。


「おかしいですね……室長と連絡が取れません。神域も地上に降りてきている……一体なにが……うっ!?」


 氷室だけではなく、その場にいた全員が体を揺らした。それはこの空中に浮遊する城、パンデモニウムが大きく振動したからだ。

 振動は一度きりですぐに止んだが、すぐに異常に気付く。この巨大な城は今、揚力を失い、徐々に降下を開始していた。


「パンデモニウムが機能停止した……なぜ?」

「連中、何を言い合ってるんだい? 旦那、あたし達は勝利したんだよな?」

「そうみてぇだが、なぁんか変な感じだなぁ。向こうもやりあうつもりはねぇようだし、全員一か所に纏まるぞ。JJはどうした?」

「JJは……まだ戦っているようだ。相手は……あれは、遠藤か?」


 のっぴきならない様子の氷室と東雲を放置し仲間を集めるカイゼル。人間の姿に戻ったファングが指差した先には遠藤と交戦中のJJの姿が見えた。

 遠藤は魔物の力を開放し、真の意味でバウンサーとなった。その力はこれまでとは比較にならないレベルだ。


「……もう終わったってのに、何をやってんだあいつらは……」

「手助けするよ。いいね、旦那?」

「いや待て。なぁんか様子がおかしいぞ、あれ」


 怪訝な表情で腕を組むカイゼル。その視線の先に浮かぶ神域が数度瞬くと、天使を詰め込んだ棺の砲弾が次々と着弾する。

 舞い上がる砂と壊れた結晶の樹木を浴びながら三人が目を凝らすと、巨大な棺からは白い鎧に身を包んだ翼を持つ騎士達が姿を露わにする。


「なんだい、こいつら? 魔物ってわけじゃなさそうだが」


 槍の先端から一斉に放たれた白い光が勇者たちを襲う。カイゼルは大地に盾を突き刺し結界を展開し仲間を守るが、なぜかその攻撃対象にはバウンサーまで含まれている。氷室を抱えて飛んだ東雲はカイゼルの傍へと着地。氷室を下すと小さくため息を一つ。


「提案がある。ログアウトまでの間、共闘してはくれないだろうか?」

「ほう? っつーと、お前さんたちもあれがなんなのかさっぱりわからねぇと?」

「予定ではゲームクリアと同時に、先にバウンサーがログアウトするはずだった。それからこの世界は平和になり……とにかくこれは黒須さんが描いたエンディングではない」

「だからって殺しあった敵同士が仲良く手を取り合えって? あんたたちが一体どれだけの命を奪ったと思ってるんだい!」


 当然のように反論するタカネだが、カイゼルは頬を掻き。


「俺もタカネと気持ちは一緒だ。仲間を殺した……いや。この世界を殺そうとしたお前さんたちを許すことはできねぇ。だが、今は私情でものを言う場面でもねぇな」

「旦那……」

「こいつらは俺たちよりもずっとこの世界の深いところにいる。今の俺たちにできるのはただ混乱することだけだが……こいつらと一緒なら話が変わるかもしれねぇ」

「黒須さんには私の方から連絡を入れ続ける。彼とコンタクトが取れ次第、正式な手続きで君たちをログアウトさせると約束しましょう」


 氷室の言葉を容易に信じることは難しい。だが今は彼らと別行動をとることにメリットは感じられなかった。

 確かにカイゼルの能力があればこの浮遊城からの脱出は容易であり、その気になればあの天使たちと戦わずともやり過ごす手段はある。しかしならば脱出はいつでも可能なものとしてさておき、今は情報を得ることを優先すべき。それが元勇者連盟の長の判断であった。


「旦那、JJと遠藤はどうする!?」

「あいつらはあいつらでまあ、とりあえず好きにやらせときゃいいだろ。JJは頭のいい子だ。本当にやばかったら俺たちに助けを求めるさ」

「申し訳ありませんが、バウンサーは私たちの中でも指揮系統がきっちりしているわけではないのです。私にも彼を止めることは出来ない」

「……使えないねぇ。あんた何しに現場に出てきてるんだい?」

「それは私も常々疑問に思っていました」


 ジト目のタカネを前に眼鏡のブリッジを持ち上げる氷室。三人と二人が天使の迎撃に乗り出した頃、JJは本気の遠藤と戦いの最中にあった。

 遠藤は左右の手に大きな結晶で作られた銃を手にしている。そこから放たれる宝石のような弾丸はすさまじい威力と強度で、パンデモニウムの庭園に広がる結晶の庭さえもたやすく貫いてしまう。

 そして背中から生えた八本の蜘蛛の足のようなユニットが同時に周囲に発射され、空中を飛翔。独自の意思を持つように鋭い爪で次々にJJへと襲い掛かった。

 タカネの槍を手にこれらをやり過ごすJJだが、猛攻を前に反撃の取っ掛かりすら見えない。一本の足を防ぎそこね、脇腹にくらった少女の小柄な肉体が大地の上を跳ね、そこへ放たれた弾丸が迫る。

 吹っ飛びながら抜いていたカードを実体化させ、カイゼルの盾で受ける。痛みをこらえながらなんとか立ち上がるが、JJの息は完全に切れていた。


「いっつぅぅ……! みんないつも、こんなに痛いのずっと我慢してたの……?」


 傷を片手で抑えつつ、目尻に涙を浮かべるJJ。この痛みさえも知らないで指示だけ出していただなんて、本当にいい加減というか。指揮官として、出来損ないもいいところだ。


「それに、精霊器をフル稼働させるのってこんなに疲れるのね。知らなかったわ……ううん、知っておかなきゃならなかったのにね……」

「すでに満身創痍じゃないか。もう僕らのことはあきらめて降参したらどうだい?」

「……冗談でしょ? グロッキーなのはあんただって一緒じゃないの、遠藤。それにもうどうせこのゲームは終わるんでしょ? 不完全燃焼なんて御免だわ」


 JJの瞳にはただ強さだけが満ちている。自らの弱さを自覚しそれと向き合った時、人は成長する。少女はまだ幼いが、だからこそまだ無限の伸びしろを残している。

 そう、人は成長していく。あきらめや絶望を積み重ね、やっと手が届く……それが希望という未来なのだ。その為に繰り返した挫折なんて、何もかも光でしかない。


「パンデモニウム落下までどれくらいかしらね? ま、それまでには決着もつくでしょう」

「君はすごいな……まったく。ジョイス家の未来は安泰だよ」

「何もかもあきらめた臆病者に褒められたってうれしくも何ともないわ。最初から私とあんたとじゃ、比べようもない隔たりがあったんだもの」


 目を細め敵を睨む。お互いの視線がぶつかり合う中、JJは盾を古い前に出る。


「やると決めた事はやり通す。友達は絶対に守って見せる。何もなかった私の心の中に、確かに何かがあるのだと気づかせてくれた人達の為に……私は戦える!」


 盾を遠藤へ向け構え、巨大な杭を展開させ。魔力を収束し、敵を穿つために力を高めていく。


「人とぶつかり合う事を避けて! 最初からあきらめたフリして傷付く事から逃げ出して! そんな情けない姿を子供に見せんじゃないわよ、遠藤ッ!!」


 放たれた杭の一撃が爆ぜる。遠藤はその攻撃を真正面から八本の腕で受け止めていた。せめぎあう二人の力、その魔力の光を遠巻きに眺め、イオは自らの胸に手を当てる。

 やると決めたことをやる――。JJが吼えるその情けない覚悟と強さの中にイオは確かに自らを重ね、そして自らにはないその光を見た。

 いや、そうじゃない。これまでだってずっと見てきたし感じてきた。この世界に生きる勇者達の姿に憧れ、そして自分とは違うと否定し続けてきた。

 だがいったい何が違ったというのだろう? 涙を流し、絶望し、それでも前に進み続けたあの少年を知っている。

 絶対に諦めず、世界を変えようと彼が戦ったから、きっと彼のようにと仲間たちが続いた。人を動かすということは、そういうことなのかもしれない。

 そう、想いは熱。熱は力となる。いい加減でも中途半端でもなく、かっこつけでもあきらめでもないその覚悟が人を変える。

 自分はやっただろうか? きちんとがんばっただろうか? わかってくれと叫んだだろうか?

 叫んだ。確かに一度は叫んだ。そして誰も助けてくれなかったからあきらめた。単純なことだ。もう傷つきたくなかったから。

 だがそうではないのだ。一度や二度の失敗くらいで何かを変えられるわけがなかった。あきらめきれるわけがなかった。

 だってそうだろう? あきらめられなかったから――結局こんなところに突っ立っているのだから。


「あたし……あたしは……」


 雄たけびをあげぶつかり合う遠藤とJJ。歳も性別も背負っているものもそれぞれ違う。けれど二人は互いに一生懸命だ。

 必死に絞り上げた想いに貴賤はない。それがどんなに愚かしくとも、不器用であろうとも……全ては正しく、肯定されるべき正義だから。


「がんばれ……」


 なぜそんなばかみたいな言葉が出たのかは自分でもわからなかった。だけど――。


「がんばれ……遠藤!」


 黒い魔物の仮面の向こう、男の目が開き、そしてわずかに笑みを浮かべた。くるりと手の中で回した銃を構え直し。男は目の前の一回り以上年下の少女に感謝し、祈るように引き金を引いた。




 ――必死で努力してきたつもりだった。

 いや、それはきっと間違いなく。だからこそ、ままならぬ結果に打ちのめされてきた。


「俺は……どうなったんだ?」


 レイジの意識は今、肉体とは乖離した状態にあった。

 異世界へ召喚されているのは彼の精神のみであり、肉体はこちらの世界で用意された作り物の器に過ぎない。だからこそ今、彼の制御を離れロギアと戦いを繰り広げている。

 自身の肉体が変貌を遂げた黒い獣。それが神であるロギアと互角の戦いを繰り広げる様子を、そのゆっくりと流れる時の中でレイジは見つめていた。

 自分の肉体を把握できない。己の存在を定義できない。まるで漠然としたその自意識は、やはりどうしようもなくただ浮遊し続けていた。

 振り返ればそこには亡骸と化したオリヴィアの姿がある。少年は意識だけでそこへ近づき、意識だけで少女の手に触れた。


「俺はまた守れなかったんだな。これで何度目だろう……目の前で誰かを救えなかったのは」


 あの時も、あの時もそうだ。目の前で大切な人が消えていくのをただ黙ってみている事しかできなかった。

 あきらめて立ち上がり、あきらめてはまた立ち上がり……その繰り返しの中で、確かに強くなった。だがそれは彼本来の強さではなかったのかもしれない。

 みんなの願いを受け止めて、代わりに背負って前に進む。そうやってきたけれど、それはきっと本当の強さではなかったのだ。

 誰かのためにとか、誰かの代わりにだとか、そんな大義名分をいくら振りかざしたって、その強さは自分のものではない。

 借り物の強さ。借り物の願い。別にそれでいいじゃないか。それでいいと思っていた……けれど、今目の前で繰り広げられているのはなんだ?

 暴走した身体とそれをただ見ていることしかできない心。また同じじゃないか。ままならない現実を投げっぱなしているだけだ。自分以外の誰かに押し付けているだけだ。


「この世界を救いたかったんだ。もう一度救えなかったすべてに希望を与えたかった。だけどそれは、俺のただのエゴだったのかもしれない」


 この世界の未来なんて本当に考えちゃいなかった。ただ自分の失敗を帳消しにしたい、それが本心じゃないか。

 人のため誰のためと、どんな偉そうな事を言ったって同じことだ。自分の醜さは消せない。弱さをなかったことにはできない。

 誰かになりたかった。自分以外の誰かに。ヒーローになりたかった。テレビの中で活躍する正義の味方に。

 だけどそんなのは無理だ。無理だから憧れて、その人に近づきたいと願った。けれどもそれだけではいけないと、誰かの力をまるで自分のもののように振りかざしていた。

 けれどどうだ。きっと、あれこそが……あの怪物こそが、レイジの心そのものなのだ。彼の胸の内にある、本当の願望。

 何物でもなく。ただ醜く愚かで……しかしだからこそ強く。誰にも何にも染まらないからこそ気高く。


「俺は自分自身になりたかった。だけど……なれなかった。俺にあるのは全部誰かのものばかりで、本当の俺は……あんなに……なにもない」


 素手で戦う、黒い獣。言葉すら紡げず理性的な行いさえできないありのままの願望。なんてどうしようもない……なんて醜い心願だろう。


「やっと気づいたのか。あれは俺自身だって」


 声に顔を上げると、ゆっくりと流れる世界を背景に一人の少年が立っていた。それが自分自身の姿だと気づくのに時間はさほど必要なかった。


「は……? どういう事?」

「わかるだろ? お前の精神と共にある、お前と一つになっていて、一緒にあの肉体から放り出されたものだよ。心の声とか、もう一人の自分なんて言ってもいい。だけどお前は知ってるはずだ。だって名前を付けたのは、お前たちなんだからな」


 はっと目を見開き、そして驚いたように声をかける。


「お前……まさか……ミミスケ、なのか?」


 もう一人のレイジの姿をした者が笑みを浮かべる。その表情はレイジそのものだが、どこか彼よりも冷たくいい加減な印象を受けた。

 確かにそうだ。ありえない事ではなかった。これまでも精霊達は自ら意思を持つかのようにふるまっていたし、特にこの精霊はずば抜けてそうだった。

 レイジの相棒。白いうさぎのような、餅巾着。いつもレイジのそばにいた、彼の相棒。名付け親はミサキ。だから彼は今、名を持ってここにいる。


「こうして言葉を交わすのは初めてか。やっと俺の声が届くようになったのはうれしいが、とても感動的な対面とはいかないね」

「声が届くようになったって……どういう?」

「もともと精霊はお前たち勇者の願望から作られる。いや、切り取られるというべきかな。お前たち人間が持つ願いの一部を切り取って形を整えたもの、それが精霊と精霊器だ。俺たちは元々一つだったんだよ。だから自分以外の連中にはどうだか知らないけど、少なくとも俺とお前は通じ合っていたはずなんだ」


 そう、それはレイジの知らなかった事実。精霊とその持ち主は、本来当人同士でコミュニケーションが可能だったのだ。

 勿論、全ての精霊が自我を持つわけではない。中には言葉を扱わない物もいる。だがミミスケはそうではなかった。


「俺はずっとお前に語り掛けていたんだ。なのにお前は俺の言葉を受け取ろうとしなかった。無視し続けたんだよ」

「俺が……? なんで? 確かにお前は俺の言葉を理解してるようだったけど……」

「お前は自分の願いを遠ざけ続けてきたんだ。だから俺の事を理解しなかったし、理解できなかった」


 歩み寄るミミスケ。そしてもう一人の自分はレイジに顔を寄せて告げる。


「いいか、レイジ。お前のあの全部の能力をいっしょくたにした剣はな、お前の心願精霊器じゃない。お前の本当の願いはもっと純粋でシンプルだからこそ、もっと強いんだ」

「……じゃあ、どうして……俺には心願が使えないんだ?」

「お前はいつも自分一人でなんでもかんでも解決しようとする。だから願いを遠ざけちまう。お前はいつも周りを否定してる。自分一人だけ傷つけばいいと思ってる」

「それの何がおかしいんだよ? 当然のことだろ?」

「ああ、自分が傷つきたくないなら当然のことだよな。だけどお前のそれは誰も信じちゃいないだけだ。だからお前を信じてくれる人の心さえ聞こえない。クラガノはともかく、ギドやマトイ、ミサキがお前に何も語りかけてこないのは何故だ? あいつらの心が俺の中にあるっていうのなら、理解しあうことだって可能なはずだろ?」


 言われて初めてその可能性に気付いた。そうだ。ミミスケの中に人の意識が保管されているというのなら、なぜその意識とコンタクトすることができないのか。

 彼ら、彼女らの意思と通じることができたのなら、きっともっと精霊器から願望を引き出せたはず。ここまで一人で戦わなくたってよかったはず。


「拒絶してるんだよ、お前は。他人をすべてな」

「俺が……みんなを……拒絶してる……?」

「無差別になんでもぶっ壊そうとするあの怪物はお前の恐怖そのものだ。お前の他人を拒絶する本心がああやって暴れてる。あいつを止めて自分の願いをきっちり奪い返すには、お前がお前を知るしかない」

「て、ていうかあれはなんなの? なにがどうなってああなってんの?」

「虚幻魔法が効かなかった時点で察してるとは思うが、俺にもよくわからない。ただ、俺とお前が経験を蓄積させたあの作り物の器に“世界”が干渉してきてるのはわかる。だとしたらあれは、ほっといちゃまずいんじゃないか?」


 確かにミミスケの言う通り、何はともあれこのままでいいわけがない。レイジは意を決し、怪物へ意識を近づけていく。


「あの身体を“世界”の奴に利用されるのはやっぱり癪だからな。二人で息を合わせて奪い返すぞ!」

「わ……わかった!」


 二人は同時に怪物の中へ飛び込んだ。その刹那、目を見開く。広がっていたのは果てしない闇……そしてあまたの願望が渦巻く世界の中枢であった。

 何も見えない、何も聞こえない、何も感じない闇の中に、鬱屈とした感情が、叶わない願いが幾つも入り混じっているのを感じる。それらの中には覚えのある誰かの記憶、あるいは自分自身の記憶さえもあった。

 声も出せない悪寒の中、それでもレイジは手を引くミミスケに続いて突き進む。闇のその向こうに見える、微かな光を目指して……。


「……ミサキ……?」


 光へと手を伸ばした時、誰かがあいているもう片方の手を引いてくれた気がした。

 その瞬間、暴走する肉体が雄たけびを上げ、黒い光が立ち上る。傷ついたロギアが眉をひそめる中、怪物は徐々に人の姿へ回帰してい行く。


「……っく、戻った……のか? ミミスケ……!?」


 手には剣の精霊器が握られているが、ミミスケの声は聞こえない。これが自分が彼を否定しているからだとしたら……そう考えると何とも言えない気分になる。


「……元に戻しましたか、救世主。それにしても損傷もすべて回復しているとは都合のいい事ですね。あの力、いったい何が……っ!?」


 その時、ロギアが突然がくんと膝をついた。まるで全身から急に力が抜けたようなその態度にレイジは首をかしげたが、見れば神が周囲に並べていた精霊器が薄くなり、徐々に消失を開始していた。

 それに伴いレイジが手にしたミミスケさえもゆっくりと消えていく。そして体から力が抜け、やはり耐えられなかったように膝をつく。


「な……なんだ? 力が入らない……いや……」


 精霊器の加護を得て強化された肉体が、ただのありのままの人間のレベルにまで落ちているのだ。だから急に思うように動かなくなった身体から、力が抜けただなんて錯覚を起こす。

 どうやらロギアも同じことが言えるようで、神としての権能を発揮できなくなったようだ。状況はわからないが何とか立ち上がったレイジは、消えてしまった精霊器を再度召喚しようと試みる。しかしミミスケは呼び声に応じない。


「……くそ、どういうことだ!? なんで精霊器が使えない!?」

「神としての権限が私の手を離れた……? 何故……この世界にはもう、新たな神は生まれないはず……?」


 ロギアももはや戦いどころではないのか、すっかり困惑している。レイジはそれを目端にとらえて走り出すと、オリヴィアの亡骸のそばに立つアンヘルへと駆け寄った。


「アンヘル! ワタヌキさんはどうなったの!?」

「逃げ出すところは見ましたが、あの状況でしたから確認はしていません。それよりマスター……?」

「あ、ああ。なんだかわからないけど力が使えなくなった。封印の鎖で抑え込まれてる時とは違って、完全に消えてしまった感じだ……でも、それはロギアも同じみたいだな」


 膝を着き改めてオリヴィアを見つめる。口惜しさとやるせない気持ちが込み上げ泣き出しそうなレイジの肩を叩き、アンヘルは腰を落とした。


「……レイジ様。わたくしに策がございます。オリヴィア・ハイデルトークをよみがえらせる、一度きりの秘策です」

「え!? よみがえらせるって……そんな……?」


 目をつむり、それからやさしく微笑んで。アンヘルは杖を手に立ち上がる。


「だからこそ、それがわたくしの罪……」


 あの日、あの時。きっと自分ならば救えたはずの命。それを見殺しにしてしまった罪。

 ずっと裁かれず。ずっと誰にも理解させないままに抱え込んできた。堕ちた天使が望んだ罪。


「マスター。今こそあなた様に、もう一度希望を」


 戸惑うレイジの視線を受け、アンヘルはまた一つ嘘を重ねる。

 そしてそれが罪であると知りながら、大切な人のために、その力を解き放つことを決めた……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なつかしいやつです。
などぅアンケート
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ