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Power,Grace,Style

作者: 森谷 楓
掲載日:2012/12/25

演じ切れなければ、愛は消える。取り柄のない男は、そうするしかないのだろうか。

 ハインツ。齢四十を数えようかというこの男は、何も取り柄が無かった。

 見栄えもせず口下手で、溌剌とした所もない。休みともなれば一日中読書に耽るか、酒を飲んでいるかといった具合である。

 こんなハインツであるが、若いころは女性を射止めようと、それなりに自分を変えようとしたものである。若い女が好みそうな服装に身を包み、一生懸命に明るい自分を演じていた。好きでもないダーツやビリヤードに興じたこともあった。その甲斐あってつかの間の逢瀬を楽しんだことも、少ないとはいえ無いわけではない。しかし、やはりどこかで地が出てしまい、その落差に女性は違和感を抱き、去っていく。そんな彼に、一人の女性が去り際に掛けた言葉。

「わざわざ自分を偽る人は嫌い。偽物の自分を好かれても楽しくないでしょ? ありのままの自分でいればいいじゃないの」

 その言葉に衝撃を受けた彼は自らを偽ることを辞めた。嘘偽りの自分では人に愛されなどしない。そう考え、服装はありきたりのもの。好きでもない趣味に時間をかけるのを辞め、人の喜びそうな事をわざわざ言うのも辞めた。彼は自分に正直であろうと努めた。嘘偽りのない自分を愛してくれる人がいるならば、それは本当に自分を愛してくれる人だ。そう信じていた。しかし、それでも彼に惹かれる女性は現れなかった。

「嘘を塗り固めても、嘘偽りが無くても、誰も俺を愛してはくれなかった。そうだとしたら、俺はどうやって愛されればいいのだろうか」

 普段は努めて考えないようにしていても、雪がちらつく季節になると、人寂しさが彼を襲う。それは夜毎に寒さという名で彼の心を刺し苛む。

「もっと顔の作りが良ければ。もっと身長が高ければ。どうして俺は人に理解されにくい趣味ばかりに惹かれるのだろう。どうしてもっと活発になれなかったのだろう。人と喋ることが好きであったなら! 得意であったなら! 努力はした。ああ、努力はしたともさ! だが、その努力は嘘を自分に塗り付ける行為だった。嘘の自分なんて好かれたってしょうがない。でも、本当の俺を好きになってくれた人なんて誰もいない……」

 心寒さから逃れるために、彼は今日も酒瓶を傾ける。十年ほど前から、趣味に没頭することも少なくなった。人付き合いもほとんど無かった。浪費癖も無かった。おかげで、出費は減った。増えていく預金通帳の数字と、老いていく肉体のみが、彼の人生の軌跡であった。

 そんな彼にも転機が来訪した。十ほど下、同じ会社で人事部の女性と交際する機会が訪れたのである。この機会を逃すまいと、彼は惜しみなく金を使った。欲しがる物があれば買ってやりもした。食事代はいつも彼が支払った。自分を偽ることをしなかったハインツであったが、女性はそれを嫌うこともせずむしろ受け入れてくれているようにも見えた。

「やッた。ついに本当の俺を受け入れてくれる女性が現われたんだ。偽る必要なんて、無かったんだ」

 以前交際していた女性の言葉を思い出し、感謝する。さあ、ここから人生を楽しもう。色々と考えを巡らすハインツ。あそこへ行こう、何をしよう。ハインツは人が変わったかのように笑顔を浮かべるようになった。

 しかし、突然彼女はハインツの前から去ってしまう。訳が分からず混乱し呆然とするハインツに、一週間後、会社から書類が届いた。

 それは彼の早期退職を促すものであった。もはや抜け殻となっていた彼は、上司の言うがまま書類にサインをしてしまった。わずかばかりの退職金の振り込まれた、目減りした通帳だけが、彼に残った。

 今、彼は雀の涙ほどの生活給付を受けながら暮らしている。何の取り柄もない、自分を偽らなかった男が、細々と。




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