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第7話.虫くらい払いやがれお嬢様

週一連載とか無理でした…

時間の大半をお嬢様の買い物に使い果たした日曜を名残惜しく思いつつ迎えた月曜日。

月曜日と言えば一週間の始まり。学生の誰もがため息の一つでも漏らしたくなる日だ。

そんな日に学校へ登校したおり、登校しなければならない日なんだが。朝のホームルームで中年男性教師の後に続いてとある男子生徒が教室に入ってきた。

ざわめく生徒を制して教師は話を切り出した。


「えー、みんな知っているとは思うが、彼はある事情により一ヶ月前から休学しており今日から登校することになった」


教師が一通り話を終えると男子生徒はヘラヘラした表情でひとつ頭を下げると空いてる席へ座った。

みんなは知っているらしいが俺は転校生の上に興味も無いからその男子との付き合いは生活上一切無いだろう。お嬢様ではないが全員が全員仲良くできるわけがないしする必要はない。

人生なんてのは一緒に居れば楽しめる少しの友人が入ればいいんだよ。誰だよ友達百人なんて言ってんの?あれ?俺なんかお嬢様に感化されてないか?いかんいかん。いけない傾向だ。

授業が始まるまでの数分を自分反省会に当てるために惰眠を貪ることに脳内閣議で決定した。では、皆の衆おやすみ。

そういうこで、突っ伏してみようかと両手で枕を作ったところまではいいんだが、なぜだろうな。なんで休学男子が眼前に立っているんだろうか?


「……何か用か?」


声を掛けねばとある町の石造モンスター並みに動かないかもしれないため口火を切ってしまった。


「いやいや、なんつーか、僕ら昔会ってるよな?」


「ないな」


「即答かよ!?まあ、僕も可愛い女の子以外と奇跡的な再開なんて冗談じゃないんだけどさ…。小学校どこだったよ?」


「桜木第三小」


「ビンゴだね!お前、木下真貴だろ?」


名乗った覚えもないのに名を知られているというのはなかなか気持ちの悪いものだ。

そもそも俺はこいつの名前を知らないし知ろうとも思っていない。それよりも今日は周りの男子共からどう自分の身を守るかをじっくり考えていたいところなんだが。


「僕も同じ第三小なんだよね。高瀬陽(たかせよう)と言えばわかると思うんだけどな」


高瀬?高瀬……。


「高瀬だとっ!?」


「ふふん♪なんとかわかったようだね」


「まったく知らん」


「期待を上げて下げる高等テクニック!?」


いかん。反応が面白いと思ってしまった。

こういう軽そうな奴と絡むとつい遊んでしまうのが俺の悪い癖だ。直さなければならないのは分かっているがどうも駄目だ。そういえば、昔は似たような奴がいたような気がするな。

あっ、そうか。


「小五と小六で同じクラスだった高瀬だって!同じ場所同じ瞬間、学校に問題児認定されたろ?」


「俺にそんな暗黒歴史は存在しない」


「おいおいマジかよ。なんなら俺達が引き起こした伝説(問題)の数々を細やかに挙げてくぜ?」


「俺達というよりお前が厄介な問題を拾って来たんだろうが」


「ああ!?なんだよ、なんだかんだ言いながら覚えてんじゃんかよ」


「少しはな…」


本当に雀の涙程度には。


「それで?その奇跡的な再開を果たした高瀬君は俺にいったいなんの用だ?」


「もう、つれないなぁ。簡単に言うと、またつるもうって話さ」


つるむ?面倒事に巻き込まれたり任されたりするあれのことをこいつはつるむと言っているのか?

だったらお断りだ。今の俺は省エネをモットーにしてんだよ。余計なエネルギーを消費するなんてお嬢様絡み以外はありえない。

俺の後ろに座してる奴は目立ちたくないとほざくくせに意外と大胆なんだよ。また屋上から怪奇な叫びを上げでもしてみろよ。それのフォローをするのは間違いなく俺なんだぞ。


「お前といると面倒事が増えていく一方だ」


「まあまあそう言わずに。知っての通り僕は入学してすぐに休学したから知り合いがほとんどいないんだ。親友に寂しい学園ライフを送らせる気かい?」


「親友?俺にそんな高尚なモノは存在しなかったはずだ」


友人関係も案外適当にやってきたもんでそこまで仲良くなった奴なんていない。友人になった奴の全てが軽くふざけあい軽く遊ぶ程度の関係だ。気楽なことを好む俺は禍根の残るような深い関係は避けてきた。

理由は単に面倒だからだ。友人達にも、そういえばあいつ今どうしてんのかな?と、時々思い出される程度でいい。それが一番楽なのだ。


「それなら今から僕らは親友だ。悪友でもいいぜ?なーに、入学シーズンにはよくある話だよ」


勝手に話を進めるのが得意らしい。俺としてはその方が余計な思考を回さなくて済むからありがたいが。


「入学シーズンには少々遅い気もするけどな。しかも俺は転校生という肩書きを引っ提げてるんだが」


「なるほどね。だから入学式でも見なかったわけだ。で?どうして転校生してきたのかが気になるところだね」


「……どこにでもあるような家の事情ってやつだ」


「へぇ〜、まあ深いことまで聞かないよ」


目を細めて高瀬は笑う。


「そうか。ならもう用は済んだろ。ここを離れるついでにジュース買ってくることをオススメするぞ」


「オーケィ!じゃあちょっとばかりひとっ走りして…って、いきなりパシリっスか!?」


この会話のノリが俺的にけっこう好きだ。

お嬢様相手だとこうした流れの会話はできない。色々真に受けそうだしな。いや、絶対に真に受けてジュース買いに行きそうだ。


「僕は別にお前だけに用があったわけじゃないんだ。その後ろでこっちをチラチラ見てる子にもある。僕に気があるのかな?」


たぶん、というか間違いなくお嬢様だろう。

お嬢様に何の用だ?高瀬が小学生のままの高瀬なら事と場合によっては俺の拳を血で染めることになるかもしれない。

自分のことだと気付いたお嬢様は素早く身を低くして高瀬から見えないよう俺の背後に隠れた。とは言うものの、ただ頭の位置を下げただけで全然隠れていないのが現実。頭隠して尻隠さずを実演する人間がいるとは思わなかった。

それを気にすることなく歩み寄る高瀬は軽い口振りでお嬢様に声を掛けた。


「君ってここの理事長の娘なんだよね?いや〜、助かっちゃったよ」


高瀬はヘラヘラと笑いながら首の裏を掻いている。


「ひとまず感謝の言葉を述べとくよ。サンキューってね。君のお父さんのおかげでまたこうして学校に来れるんだからね。お礼ってことで今度どこかに遊びに行かない?奢るからさぁ」


ナンパスキルを発動させた高瀬は怒濤の言葉を浴びせる。

お嬢様は何も答えずただ俯いていた。いや、正しくは時折こっちにすがるような瞳を向けてくる。

高瀬の言う通りお嬢様もとい泉堂姫香はこの学校の理事長の娘だ。彼女の父親はこの学校のほとんどの事柄を自由に操れると言ってもいい。決定権は理事長にあるのだから。


「あれ?もしかして照れちゃってる?可愛いなぁ」


高瀬よ、その『可愛い』という言葉はお嬢様に対して褒め言葉でも何でもない。彼女自身が自分のことを可愛いと自覚している。自覚はしているが、それだけでしかないとお嬢様は自分を理解している。だからそれを自慢にすることも無いし誇らしいとも思っていないのだ。


「ねぇねぇねぇ!」


「うぅっ…」


しつこいお誘いにお嬢様は弱っていた。

基本的に他の人と話すことが苦手である彼女はこうした友好的な奴が最大の敵だったりする。話し掛けられても何を話せばいいのか解らないのだ。

これは長年、友達皆無で過ごしてきた後遺症とも言える。ならばこちらから話し掛ければとなるが、それはもっと難しい。

そもそも対人スキルが無きに等しいお嬢様だ。誰かに話し掛けるなんて今まで数える程度にしかないんだろう。俺の場合は召し使いという補正がされるため例外になる。

日曜にようやく佐原という我らがクラスの委員長が友達第一号として仲良くなったのだが、それでさえクラスの中心人物である佐原にお嬢様から話し掛けられない状態だ。お嬢様がいきなり集団の中へ入るなんてことはできない。これは確定的。小学生がいきなり掛け算が出来るわけがないのと同じだ。

そうしたことが出来るようになるには経験と慣れが必要となる。つまり、経験と慣れがまだ無いお嬢様はこれから築いていかなければならないのだ。よって、高瀬がどう誘おうが、お望みの返答は返って来ないのである。木下的お嬢様分析終了。


「やめとけ高瀬。怖がってるだろうが」


「おいおい、人のラブロードを邪魔するもんじゃないぜ木下。彼女はかなり僕の好み…どばらぁっ!」


血を吐くようなパフォーマンスをして高瀬が床に倒れる。そして俺の腕を指差して掠れた声を出した。


「そ、そ、それは…男子なら誰もが…憧れる…袖掴みじゃ…ないか…」


指差す軌道を辿ると、俺の制服の袖をお嬢様が掴んでいた。

お嬢様のこういうのはかなり困る。そして教室の至る所からは殺意を込め視線が飛んでくる。俺は生きて帰れるのだろうか?

しばらく高瀬は唸ると重力を無視するかのような動きで俺の襟を掴み上げた。苦しいんだが…。



「ちくしょうっ!羨ま…じゃなくて、不埒過ぎるっ!お前、女子にそんなことしてもらえるキャラじゃなかったじゃん!」


「お前なぁ…」


俺が言おうとすると高瀬はそれを制して前髪を掻き上げた。


「ふっ、木下、お前は変わったよ。もうあの頃のようにはいかねえよな」


「そうか。短い付き合いだったな」


「早ぇよ!?もう少し粘ろうぜ!簡単に捨てないでくださいお願いします!」


ダンッ!と高瀬は音を立てて頭を机にぶつけていた。何故だ?

そこへ耳鳴りがするかと思うほどの怒号が響いた。どうやら教師がすでに教室にいたらしい。


「何がお願いしますだぁ!さっさと自分の席に付け高瀬ぇ!」


渋々といった感じで高瀬は席へと戻って行ったが授業が終わる度に俺のとこへ来るようになった。


昼休みになると当然のように奴はやって来た。ヘラヘラしながらどこぞのコンビニで買ってきたのかビニール袋を手にしている。どうやら昼食を御一緒にという魂胆らしい。

俺はいつもは自分の席で昼食を食べている。購買で売っていた安物パンを食べることになるが、学食に行くのも面倒だし、金も安く済むし、なによりお嬢様を御一人様にできない。

羽川さんが弁当の作製を申し出てくれたが、お嬢様の弁当を朝早くから作っているあの人に労を掛けるのは忍びないため丁重に断った。

お嬢様に佐原の三人グループに入れてもらえばと促してみたが明日頑張るとのこと。明日頑張るって言う奴は永遠とそう言い続けることになるんだかな。しかし、無理強いも気が引ける。俺は少し過保護だろうか?

それはそうと今日のお嬢様は言葉数がいつも以上に少ない。

普段何か喋っていてもろくなことを話しているわけでもく、少々黙りやがってください、と言いたくなることも多々あるが、今日は静かだ。その原因がビニール袋を振り回しているこの男である。

高瀬は今現在お嬢様に御執心らしく、しつこく口説いている。が、人見知りなお嬢様が相手にするわけもなく、無視され続けている。

初めは嫌がる素振りをしていたお嬢様はすでに高瀬を存在しない者としており、まるで眼中に無いかのように過ごしていた。

高瀬よ、お嬢様を口説くのは諦めろ。好きの反対は嫌いじゃないんだ。好きの反対は無関心なんだよ。お前はすでにその領域へ両足を突っ込んじまってる。


「なぁオイ、木下!」


俺の首に腕を回し、お嬢様には聞こえないほどの声で耳打ちしてきた。


「なんだ?自分の人間の程度に気が付いたか?」


「お前昔からだけど一言多いんだよ!いや、ほら、お前からなんか言ってやってくれよ。僕だけじゃどうにもならないからさ」


もう他力本願か…。

そもそもお前の恋路に近道を工事してやれるほど人間出来ていないんだが。


「そうだな…。俺は何もする気はないけどアドバイスをやろう。泉堂はああ見えてアクティブな男に興味があるらしい」


「マジか!?」


嘘だ。


「姫香ちゃーん!僕こう見えてスポーツ何でもできんだぜ!」


疑いもせずにアピールを開始する高瀬。

俺はもう知らん、と思いつつパンの入っていた袋を捨てるべく席を立とうとすると突然何かを叩く音がすぐ近くでした。見るとお嬢様が右拳を机に置いている。どうやら机を叩きつけたらしい。


「ひ、姫香ちゃん?」


戸惑う高瀬の眼前に、お嬢様は親指を立てた手を差し出しそれを半回転させた。地獄へ堕ちろのサイン。

その目はまた虚空を見ているような冷たいものだ。情けないことだが、その目は俺に一種の恐怖を掻き立てる。


「器じゃない。うせろ」


それだけ言うと、お嬢様は席を立ち教室を出ていってしまった。

教室が時間を止めたかのように一時静まり返る。何事かとクラス中がこっちとドアを見ていた。

ひとまず、何をした?と、高瀬に睨みを利かせる。気付いた高瀬はこれでもかと首を横に振り否定の意を表した。


「参ったなぁ。いきなり怒るんだもんよ」


「お前がしつこすぎたんだよ。嫌がって…というより、無視されてたのは目に見えてたじゃないか」


「いや、ほら、嫌よ嫌よも好きのうちって言うじゃんよ?」


「嫌なものは嫌なんだよ」


そもそもほぼ無関心だったじゃないか。周りを飛ぶ煩いハエ程度の扱いをされてたじゃないか。

さて、これからご機嫌斜めなお嬢様をどうなだめようか。いっそのこと高瀬を叩きのめしてお嬢様専用のサンドバッグを作成するのもやぶさかではない。

などと、いろいろ考えを巡らしていると視界の端で金色の粒子が舞うような錯覚に陥り、落ち着いて見ると金髪のロングヘアーを揺らした佐原がこっちへ歩いてくる。


「泉堂さんどうしたの?」


心配そうな顔でドアの方を確認しながら聞いてくる。


「ほんの少しへそを曲げただけだ。気にしなくても大丈夫さ」


俺がそう答えると「そうかなぁ」と再びドアを見ていた。

佐原とは仲が良いというわけでもなく、話をする方でもないが、そこそこ人間性が見えてきた。良く言えば気さくな奴、悪く言えばお節介な心配性だ。

悪い方を考えているのは俺の心が荒んでいるからであるため、あまり気にしないでもらいたい。

佐原は誰でも分け隔て無く接しようとする。媚びないし上手にも出ない。だから誰からも信頼されるし人気もある。

お嬢様の友達になったのも誰だからというわけではなく、それが当然のことだったから。佐原にとって友達になるというのは空気を吸うのと同じくらい当たり前のことなのだ。

だからこそ危ない。佐原はお嬢様に無いものを多く持っている。昨日は気楽に考えていたが、それがお嬢様にどんな影響を与えるのかわからない。

良い方に影響が出ればそれでいい。だが、悪い方に出ればそれは劣等感になる。そうなったら面倒だ。


「ど、どうしたの木下君?何か顔に付いてる?」


佐原の言葉によって我に返り目を反らす。いかん、俺はいったい何を余計なことを考察してるんだ。


「なんかさ、僕が話してたら急に怒っちゃってさ」


「じゃあ、高瀬が原因なんじゃん」


呆れた様子で佐原は言った。そして腰に手をやりこっちに顔を向けた。


「木下君も泉堂さんの味方をしてあげなきゃ。助けてあげればよかったのに」


「悪い。ゴミ虫一匹追い払うくらい泉堂一人で大丈夫だと思ってな」


「ゴミ虫ってまさか僕!?」


身を乗り出して騒ぎだした高瀬を押し退ける。

こいつは昔と変わらず隣でうるさい。


「まぁ、少ししたら泉堂を探してくるから佐原も心配するな」


右手を振って会話を打ち切ろうとするとまた奴が話し掛けてきやがった。


「おい、ちょいと待てや木下君よ。さっきから気になってたけどお前と姫香ちゃんってどんな関係?」


「どんなって…」


「だってお前にすがってるというか、そんな感じがすんだよ。朝のあの仕草といい」


朝の仕草とは俺の袖を掴んでいたあれのことか。


「それ私も聞きたいな。ホントのとこどうなんだい木下君」


佐原も悪乗りが過ぎる。目を輝かせ過ぎなんだよ。

さて、ここはどうするべきだ?

ただの昔馴染みの知り合いということにして虚を重ねるか、それとも真実を話して楽になるか。なにこれ?なんの取り調べ?

数秒の精神統一後。


「俺は──」


真実を話した。


「なるほど。それはなかなか大変だね」


高瀬はわざとらしい仕草で首を振った。その横では佐原が微妙な表情で首を傾げている。


「うーん、なんか現実味がないんだけど。そもそも召し使いなんて役職が未だに日本にあるなんて」


「まあ、召し使いというより執事みたいなものだけどな」


とは言っても我ながらお嬢様の扱いが悪いような気がする。彼女は何も言わない人間だから解らないが、どう思ってるんだろうか?クビならクビで構わないが。いつでも辞表は出せるように自室の机の引き出しに眠らせてあるぜ。


「つまりお前と姫香ちゃんは主従関係にあるってわけか。それでどっちが上なのさ?」


高瀬、お前は素で言ってるのか?それともふざけて言ってるのか?


「冗談だよ、冗談。木下があの姫香ちゃんを犬のように扱うなんて───興奮するじゃないか」


「佐原、そのカスが逃げないよう捕まえといてくれ」


「まかせて」


「ちょっ、二人ともや、やめ!暴力反対、ノーバイオレンス!マジですいませんでぎゃあぁぁぁ!!!」


屍がひとつ完成した。

人体の急所のひとつである水月を突いてやったからしばらくは動き出さないだろう。

ちなみに水月とはみぞおちのことである。豆知識。


ピリリリリリ!


俺の携帯が鳴る。ディスプレイにはお嬢様の名が表示されていた。


「お呼びだしだ」


それだけ言って俺は立ち上がり教室出た。



他の学校よりも長いうちの学校の昼休みも後は半分も無い。いつもならその貴重時間を体力温存の睡眠時間に当てるのだが、今日はそうもいかなくなった。

よく晴れた午後の温かい風が頬を撫でる。もうすぐじめじめした梅雨が来てしまうかと思うと、その温かさが名残惜しくも感じる。

誰もいないグラウンドを横目に陽の光が降り注ぐ日向を抜け、校舎の裏庭へと足を踏み入れる。そこは木製のテーブルや椅子、そしてベンチが整備されており、生徒の憩いの場となっている。珍しいことに今日は誰もいない。

そこから見える少し離れた所には学校のシンボルとでも言えるような大きな木が聳え立ち、その向こうにはせせらぎが流れるビオトープがある。自然観察園みたいなものだ。

その場にて一回り眺めてみると、校舎に沿って設けられている花壇の端にあるベンチにまるで地縛霊のように座る人影が一つ。お嬢様だ。どこを見ているのか空を仰いでいる。


「お待たせ致しましたお嬢様」


近づいて会釈すると「うん」と一言頷くが、その視線は空に向けられたままだ。

暫しの静寂が流れ、風が木々を揺らす音がよく耳に響く。

早くなんか言ってくんないかな?教室に帰って一眠りしたいんだが。


「私って人に好きだって言われることに抵抗があるのよね」


はい、来ましたよお嬢様お得意の一人語りが。急に話し出すから困る。だが、一応何かしらの反応をしておいた方が得策だろう。


「よく言われるのですか?」


「そのかしこまった喋り方をやめなさい」


別に他の奴が居るわけでもなし構わないと思うのだがな。そうおっしゃられやがるのならやめてやろうじゃないか。


「よく告白されるのか?」


「そうね。小学校の時からされてきたわ」


まあ、お嬢様の容姿を考えればよくある話だ。


「なら付き合えばいいじゃないか。中には気に入った奴もいたんだろうし」


「あなた話を聞いてた?小学校からよく告られてたって言ってんの」


「だから?」


「小学生の告白なんて悪戯と同価値なの。好きでもない奴に告って反応を見て楽しむのよ」


「ああ…そう」


お嬢様が膝に置いた手を握り締める。


「そんな屈辱を私は何度も味わってきたわ」


うーむ。幼い頃ってのは好きな奴に嫌がらせをするという逆の行動を取ってしまうことがあるみたいだし、お嬢様はそれの標的になってきたということか。

お互いまだその気持ちが解らない年で一方は悪戯をした、もう一方は嫌がらせを受けたという解釈になってしまったんだろう。


「けど、もう高校生なんだから遊び半分で告ったりしないと思うぞ?」


「そんなこと言われなくてもわかってるわ」


「さいですか」


わかってんなら、と言うのは少し強制的で言うのを止めておいた。こんなことで口論してもしょうがないしな。


「わかってるのよ。でも怖いじゃない?真貴は知らないでしょうけど、なかなかトラウマになるものなのよあれは。少し本気にすると、何マジになってんの?って馬鹿にされて笑われて」


本当に悔しい思いをしたのだろう。お嬢様は俯きながら下唇を噛み沈痛な表情をしていた。一方で俺は、顔が良いのも考えものだなと心の隅で思っていた。


「だったらこう考えるじゃない?そういう類いのことは全部信じないって。好きとか言われても全て断ってしまえばいいって。そうすれば絶対笑われない」


幼いながらに身につけた処世術と言ったところか。

だが、それがお嬢様を御一人様にしてしまった原因の一つかもしれない。他人と関わることをお嬢様自身が捨てたようなものだしな。しかし、それをさせたのは周りの人間だ。根本的な責任は周りにある。


「私は本当に信じられる人にしか応えない。応えてなんかあげない。裏切られるかもしれないから。恋愛とか、後で打ち砕かれる希望とか持ちたくないの」


ここは少し風が冷たいな。夏になればちょうどいい日陰になるんだが、お嬢様の心に比例するかのように寒くなる。

俺は袖で手を隠すようにしながら黙って聞いていた。たぶんこれくらいしかできないだろう。


「それに私ってホント見た目だけなんだから」


「それは否定しない」


「ひどっ!?少しはフォローくらい──ううん、まあそうよね。それが事実だもんね」


お嬢様はしばらく俯いて黙っていたが顔を上げて再び口を開いた。


「どうせ私なんて見た目だけだし、付き合ってみたってそれがバレたら呆れられるなんて目に見えてるし。それがイヤ」


それも間違ってはいない。人は現実と理想の落差が大きすぎるほどショックがでかくなる。それで心変わりするなんてことは無いことじゃない。だから俺は常日頃から理想を持ちすぎないよう努めているのだ。

俺なんか悟ってないか?このままガンジーを目指そうか。それとも仏陀かな。


「私のダメなところを受け入れてくれる人なら──」


お嬢様はぼそぼそと呟いた後おもむろにこっちを見つめた。まさか…。


「真貴、あなたどう?口説いてみる?今私を口説くと屋敷と泉堂家総資産および将来社長の権利が付いてきてお得だけ──」


「笑えない冗談だな」


少し言葉に怒気を込めてみた。


「自分を商品みたいに売ろうとするな。二度とそんなこと言うんじゃねえ」


「………」


さすがに効いただろう。きつい言葉を掛けたが、自分を道具かなんかと考えるようになっちゃおしまいだ。お嬢様は泉堂家の令嬢である前に泉堂姫香という個人なんだ。どんなに駄目だと考えてもそれだけは忘れちゃならねえよ。絶対にな。


「……反省はする。でも、真貴には言われたくないわね。商品みたいな感じでうちに来てるくせに」


「うん、いやまあ俺もそこは否定できねえところなんだが」


締まらないなぁ、俺って。

だが、親父が勝手に決めたことであって俺の意思は一切介入してない。それだけは間違わないでくれ。


「でも実際私は商品みたいなもんじゃない。そもそも財閥の娘って政略結婚とかで戦略の切り札でしょ?」


「それはお嬢様の偏見だ。漫画の読みすぎだな。すぐに目を覚ましてください」


「人を現実と二次元を区別できない奴みたいに言わないでくれませんかね。傷付くでしょうが。追い討ちを掛けに来たのかこの野郎」


右足を振り上げて内股辺りを蹴りつけてくる。そこ地味に痛いから止めてもらいたい。

少し離れて足が届かなくなるとお嬢様は不満そうに俺を見た。これって狙ってやってるのだろうか?妙に可愛らしい。

ていうか、この状況はヤバイな。なんか華やかな青春の1ページみたいじゃないか。そういうのは維持するのが面倒だから苦手なんだよ。

俺はどう考えたって主人公タイプの人間じゃないんだぜ?こういう役割は他に譲ってやるよ。

木下さんはごく一般の普通系男子及び脇役に徹したいのだ。なんなら背景でもいいぞ?


「さっきは、急に怒ったりしてごめんなさい」


「らしくないな。あと謝るなら高瀬にじゃないか?」


「笑える冗談ね」


憐れ高瀬、もうお前は逆転のチャンスは無いみたいだぞ。少しお前の助力をしてやろうとしたらこれだ。俺の気配りを返してくれ。


「じゃあ、落ち着いたら教室に戻ってこいよ。もうあまり昼休みも時間ないんだしな」


そう言い残して俺は踵を返した。

迎えには来たが、何も手を引っ張って教室に連れていくまでやる必要はない。俺はあくまでお嬢様の召し使いでしかないんだからな。他意は微塵も無かったさ。ホントだぜ?


「ねえ、真貴!」


呼び止められた。


「あ、あくまで参考に聞くだけよ?周りの人と接するのに必要な情報として。め、召し使いとして答えなさい!」


やたらと語尾が強い。


「なんですか?」


「あなたは私のこと、どう思ってる?…ホントの所」


どう答えるかなんてのは決まっている。一番当たり障りの無い答えだ。


「普通です」


これでいい。曖昧かつシンプルなこの答えでいいんだよ。何事もな。


これは余談だ。

その後、高瀬がまたお嬢様へ何かをアピールしていたが、まるで存在していないかのように扱われ時に足を踏まれていた。

少しコメディ要素が弱い気が…。

まあそんなことは素人が書いた駄文なので気にしないでおきましょう。

この度はお読みいただきありがとうございます。たまたま思い付いた妄想から始まったこの作品ですが、多くの方々に読んでいただけて嬉しく思います。

このような拙い作品を読み吐き気をもよおした方もいるかと思うと心が傷む今日この頃です。



ここでお知らせがあります。

こちらの諸事情により一時休載をさせていただくことになりました。一ヶ月ほどになると思いますが、学校というものが学生の私にもございましてまあ色々と面倒を抱えることになりました。

それが終われば再び精進していくつもり(たぶん)なのです。


もし、よろしければ感想などをいただければこちらとしては幸いです。

私の性格上、御返事は奇跡の領域なのでほとんど無いと思ってください。ていうか、それだと感想書く必要無いんじゃないかな?


例え感想が無くてもお気に入りが増えるだけで嬉しがる人間なので気軽にこれからもお読みいただければと思います。


それでは、だらだらと長文失礼いたしました!

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