第6話.ベタすぎんだよお嬢様
長い……死ぬかと思った
「爆発してしまえ」
友人同士らしい男女混合の仲良しグループを遠目にお嬢様は呪詛を口にした。
五月中旬の休日。空は快晴で心が晴れ晴れするようなまさに絶好の行楽日和。
そんな晴れ渡る青空の下で何故か俺の目の前に暗雲を纏う奴が約一名。日本有数の大財閥泉堂グループの社長の一人娘、泉堂姫香だ。今日はいつもの制服や部屋着と違いフリル付きのワンピースにカーディガンを羽織った私服。なかなか似合っているとでも言っておこうか。
だが、この姫香お嬢様。ファッションというものに興味が薄いようで、はじめはジャージで街へくり出そうとしたためさすがに言葉を失った。その後、羽川さんがニコニコしながらお嬢様の襟を掴んで再び部屋へ引き摺っていき今の可愛らしい格好である。
俺もジャージを着た美少女と街中を歩くという移動型公開処刑または摩訶不思議空間を回避でき羽川さんに感謝していた。
そんな感じの成り行きでお嬢様と外を出歩くこととなったがこれといって目的があったわけでもなく、たまたま目に入ったオープンカフェへと入った。
つーか疲れがハンパない。少し賑やかな街中を歩いただけで視線がヤバイのだ。お嬢様自身は何とも思ってはいないようだが、町行く人々がお嬢様に注目していたのは一目瞭然。
俺への視線もあったが、あの場違いな付属品はいったい何ぞや?といった視線に間違いない。ええ、そうですとも、金魚の糞ですが何か?
「それはそうとお嬢様。これからどうします?」
届くはずもない威嚇をリア充達へ飛ばしていたお嬢様はこれまた不機嫌そうに振り返った。
「真貴、その敬語禁止。後お嬢様って呼ぶのもウザいから禁止」
「はぁ?」
「私はね、極力目立ちたくないと願うタイプの人間なの。それを敬語で話す奴が隣に居たら変に目立つし私までおかしいと思われるじゃない。当然お嬢様なんて単語は言語道断」
「いや、お嬢様はもともとおかし…」
「あ゛あん?」
「いいえ、なんでもありません」
すげぇ怖い。けど、とりあえず目立たないようにしたいと考えるのはもう諦めた方がいい。そこに居るだけで注目されてんだからさ。
学校では目立ってないというより皆から少々避けられてるだけなんだし。
「………まぁ、お前がそれでいいなら別にいいけど」
「そうそう、そんな感じでいなさいよ。ていうか、どうするも何も別に目的があるわけじゃないんだし、かといってすぐに帰ると羽川がうるさそうだし…」
確かに何か言われそうだ。それもしつこく。
「適当にぶらぶらして時間を潰すしかないわね」
「なんかアテがあるのか?」
「ゲーセンとかカラオケとか本屋とかあるじゃない」
「そういう所があると知ってたんだな。令嬢兼引きこもり予備軍のくせに」
「四六時中家にこもってるわけじゃないのよ?一通り遊んでるわ」
お嬢様は「行くわよ」と言うとさっさと立ち上がり人の流れの中へと入っていく。俺は急いでその後についていった。
「あれ?そう言えばお前ってカラオケは誰と行ったんだ?」
友達いないのにと言うのは止めといた。まさか親と行ったとか言い出すんじゃないだろうな?
「誰とって…一人でに決まってんじゃない」
「な、なんか寂しくないかそれって?」
「待って!え?カラオケって一人で来ると寂しいの?だって私いつも…」
「いつも!!?」
真面目な顔で聞いてくる。本当に一人カラオケをやってるみたいだ。あれ?なんだろう。なんか目頭が熱くなってきた。
「うくっ…いやいや、そんなことはないぞぉ、うん。自分の好きなように遊べばいいんだからな。自由こそ遊びの原点だ」
「なんか引っ掛かる言い方ね。何かを悟すような納得させるような」
まずい、これ以上会話のテーマ『カラオケ』を続けているとお嬢様が辿り着いてはいけない答えに辿り着いてしまいそうだ。
「じ、じゃあ、泉堂の行きたいとこに行こうか」
「えぇ?私が決めんの?私そういうの決めんの苦手なのよねぇ。ありきたりなところでデートっぽく買い物でもしましょうか」
聞き慣れない単語があったような気がするが?
「デート?」
「そう」
「誰と誰が?」
「私とあなたが。男と女が一緒にいたらだいたいそうでしょ、違う?」
いや、どちらかと言えば大歓迎だけど、なんだろうな、このしっくり来ない感じは。俺みたいな非モテ野郎が考えるデートとやらは好き合う者同士がするものであって、非常に神聖なものであり、こんな手軽にできるものじゃない。俺が古いのか?今時はコンビニ行く感覚でデートなのか?
いや、待てよ。男と女がいたらデートと言うなら父親と娘が一緒に歩いていてもデートということになる。
それはまずいだろう、いくらなんでも。なのでお嬢様の理論は俺の脳内会議で内密に不採用及び自然消滅とする。依存のある者はあるか!なんだね木下D君?不服そうじゃないか。これはもう決まったこと、決定事項なのだよ。すでに君一人の力でどうこうできる問題じゃないのだ。木下脳内諮問機関の意向に従えないというなら、消えてもらわねばならないな。
「ちょっと、なにアホ面してだまってんの?」
「ん…え?あ、わりぃ」
脳内で不穏分子を排除しているといつの間にかお嬢様の顔が目の前にあった。しばらく目を怒らせてはいたが、すぐにいつもの無気力な目に変わる。
「ところで真貴はデートってしたことあんの?言っとくけど私はない」
「あると言えば嘘になる」
「はっきりないって言えばいいじゃない」
すごく呆れられた。そう可哀想な奴を見るような目で見るんじゃない。お前も同じステータスだろうが。
「初デートの相手がお前かよって言いたいけど、成り行きだし胸の内に秘めとくだけにしとくわ」
「うん、そうしてくれ。もう口にした時点で若干遅いけど」
心を抉られる言葉を投げつけられたがそもそもこれはデートじゃねえから。ただのお出掛けなんだよ、脳内会議の結果そう決まったからな。だから何をどう言われようと俺は全く傷付かない。ガラスのハートにヒビが入ったけどそれもきっと気のせいだ。
「とりあえず最初は本屋に行きましょう。そろそろ好きなライトノベルの新刊が出てるだろうし」
「荷物にならないか?帰りにでも買った方が」
「たわけ。遅くに行って売り切れてたらどうする気?いくらライトノベルと言っても中にはすぐに売り切れちゃう逸品もあるのよ?」
愛らしい顔がズイッと間近に迫る。お嬢様にしては珍しく真剣な目だ。
「楽天的な考えでいて後になってあの時買いに行けばとか後悔しても遅いの。先に手中に収めて後顧の憂いを無くしてこそ気兼ね無く遊べるってものなの。わかる?はい、ここテストに出まーす」
テストに出るかは置いとくとして、一応お嬢様の考えも一理ある。何かを気に掛けながらだと遊んでいても楽しさは半減。なら、その気になる原因を先に解決して遊んだ方がいい。小学生とかが学校の宿題を先に終わらせてから遊ぶといったことと同じだ。いくら面倒でも済ませてしまえばもう心配をしなくていい。
だが、この場合たぶん面倒を抱えるのは俺であることはもうお分かりだろう。男の役割は大抵荷物持ちと決まっているからだ。これすでに暗黙の了解。
しかしそれを言ったところでお嬢様の御意向が折れ曲がるわけでもなく本屋へと足は進むに違いない。
「お前金とか持ってんの?」
ふと疑問に思ってしまい聞いてみた。
「当たり前でしょ。軍資金は必要なの。子供の遊びとは違って普通にお金が掛かるんだから。まぁ、子供の遊びとか人形遊びしかしたことないけど。今思えば人と楽しめる遊びがしたかったなぁ」
悲しいことを言うなよお嬢様。
「知ってる?私って令嬢なのに小遣い制なのよ」
「え?カードで!みたいな感じじゃねーの?」
「そんな感じじゃねーのよこれが。現実のお嬢様をナメんな。小銭を使わない空想上のお嬢様とは違うの」
俺の中のお嬢様というジャンルが書き換えられていくような気がした。
「とは言ってもカードを使わせてもらえないってのが現実なのよね」
遠い目をしてお嬢様は言った。
ああ、そうだな。なんかなんとなく分かる。親の気持ちが。ホントになんとなくだがお嬢様にカードの管理を任せられない気がする。どんだけ信頼ないんだよ。
その後、お嬢様は近くの本屋で漫画やライトノベルを買い漁り、時折あれが無いだなんだでデパートの書店やら駅近くの百貨店の書店で戦利品を得ていった。それに乗じて俺の荷物が増えていったのは言うまでもないだろう。
そして最後にたどり着いたのは──。
「んで、なんで家電量販店に?」
お嬢様の衝動買いの結果が入った紙袋を持つ手を入れ替えながら俺は聞いた。これけっこう重い。
「そろそろね、私も時代の流れに乗らないといけない年頃なの」
俺の質問にふさわしい答えになってない。
「私は今まで孤独で周りから取り残されていたことによって時代にも取り残されていたと少し前に気付いたの」
数日前の教室──。
『ゆきぃ、昨日のメールありがとね!宿題のことマジ忘れてたわ〜』
『そんなことだろうと思ってね。感謝しろよ?あっ、そうだった私携帯を変えたんだぁ』
『え?ウソ?携帯見せて見せてぇ。おお、最新機種!いいなぁ、私も変えようかなぁ?』
『変えちゃえ変えちゃえ。あさみは黒とか似合いそうじゃん』
『ええ?ワルイドな女って感じに?』
『そうそう!』
「………携帯かぁ」
──回想終わり。
「いざ!皆が持つという携帯を我も手中にっ!」
「お前中学何年生?」
まだ携帯を持ってなかったのかよ。いや、俺もお嬢様からアドレスを聞こうとしなかったのがいけなかったんだけども。
「携帯を買うなら携帯ショップの方がいいんじゃないか?」
「えっ?そんな携帯の専門店があるの!?」
「それを知らんのか」
「知ら…っ!まあ知らなかったことは認めるわ。でも私は初めから携帯を買うならこの店って決めてたの!だからいいの!」
「泉堂がそれでいいなら別にいいよ。それより早く店入ろうぜ。なんか無駄話してると疲れる」
俺が先に中に入ると後からお嬢様もついてきた。店内はやはりというか様々な電化製品で彩られていた。そう言えば俺の家も先月の終盤に地デジ対応薄型テレビを買ったんだっけな。
結局ほとんど観ずに俺が泉堂家へ売られてしまったから特に感慨があったわけじゃないが、買った時母さんが喜んでたから良しとしよう。親父が今フル活用してるかと思うと腹が立ってしょうがないがな。
ふと背後の気配が薄れたかと思い振り返ると案の定のことお嬢様の姿がドロンしていた。ため息を吐きつつ辺りを見ると何故か洗濯機のコーナーの前で立ち尽くすお嬢様の姿があった。
「真貴、これってもしかして宇宙船?」
「バカがバレるから黙ってた方がいいぞ」
「ぐっ…し、知らないことを聞いて悪いことなんてないわ!」
「だからって宇宙船などという発想は小学生でもねぇよ。これはドラム型洗濯機だ」
「これが洗濯機?青い未来ロボットがポケットから出すあの宇宙船と似てるのに用途が日常的ね」
窓の部分だけだがな。それと日常的ねとか言ってるがここは家電品を売ってるんだから日常の物しかないんだよ。宇宙船とか売られてないんだよ。
その辺の常識がぶっとんでんのかなこの子は。まさかお嬢様は世間知らずという設定をアピールしてんじゃないだろうな?。
「あっ、あれは!」
お嬢様が走っていく。何気に楽しんでいるようだ。わからんでもないが、電気屋はなんかワクワクさせる魔力が渦巻いてるしさ。
お嬢様が向かった先にはとある家電品があった。
「スイッチを押すとご飯が出てくる不思議な箱!?この原理どうなってんの?」
「おまっ…マジか?」
それは炊飯器である。
「スイッチを押しただけで出てくるわけないだろ!米を入れて炊くんだよ!」
「そ、そうなの?小さい頃羽川に聞いたらスイッチひとつでご飯ができると」
羽川さん、あんたか。アホに変な教え方をしないでほしい。アホ×間違った知識は危険すぎる。
「調理場とかで米を研いでるの見たことあるだろ?」
「私、家の調理場に入ったことないのよ」
このお嬢様めっ!
「家庭科の調理実習とかで見なかったか?」
「その話はやめて。嫌な思い出が噴水みたいに溢れてくるから。あんな心が孤独に満ちるような授業……消えればいいのに。ふ、ふふふ」
またなにか地雷を踏んだらしい。お嬢様が真顔で非常に冷たい瞳をして危険な言葉を発している。こらこら、炊飯器をそんなに開け閉めするんじゃない!
「そ、それより携帯を見に行こうぜ。携帯を買いに来たんだろ?」
「………そうね」
目に見えてテンションだだ下がりのお嬢様はふらつく足取りで携帯売り場へ向かっていく。
もう俺もあまり地雷な言葉は慎むようにしよう。ひとまず調理実習は禁句であると。
そこらにある電化製品を見学しながら広い奥へと進んでいくと携帯販売のコーナーが見えてきた。ちなみにここまでお嬢様は無言である。ちょっとしたダークサイドに陥っているのかもしれない。
「あれ、木下君じゃん!」
そこへよく通る明るい声が清風のように流れ込んできた。その方を見ると金に彩られた長髪をなびかせる女の子がいた。
彼女は同じクラスで現在委員長を勤めている佐原。明るく人当たりも良く見た目も良くてクラスでも人気のある子だ。見事な金髪はちゃんとした地毛らしい。本当か?
「なんかこんなところで奇遇だね!ひとりなの?」
「いや…」
ついにお嬢様は浮遊霊と認定されたか。まあ人は見たくないものは眼中から排除して世を渡って行くものだから批判はできない。
せめて俺ぐらいはお嬢様を視界に留めておいてやらないとな……って、ホントにいねぇっ!?どこいった、自主蒸発でもしたか!
──あ、いた。少し離れた所でまったく関係無い電化製品カタログを見ている。コミュ障の人間がよくやる行為だ。
「おいコラ、なにしてんだお前」
「べ、別に〜。ちょっとこれに興味があっただけよ。け、決してクラスの人と話すのが気まずいとかじゃ、ないのよ?」
「ないのよ?じゃないよ。急に居なくなるから俺が御一人様みたいになってるだろうが」
「ホントの御一人様をお前は知らない…」
「なに神妙な声で悲しいこと言ってんだ」
「やっぱり木下君と泉堂さんって付き合ってたんだ」
いつの間にか佐原が近づいて来ていた。
びっくりしたのかお嬢様は俺の後ろで「ひぁっ!」っと小さく悲鳴を上げていた。なんだよ、無駄に可愛い声を出すんじゃないよ。
「恋愛的な意味での付き合いじゃねえよ。ただこいつの買い物に付き合ってるだけだ」
「そうなの?泉堂さんて男子に人気あるから色々噂が立つんだよね」
お嬢様が人気あるなんて初耳だぞ。お嬢様の奇行が祟って暗黙の了解のうちに言葉にするのは禁止となっているんだろうか。それとも俺が人の話を聞いてないかだ。
「ど、どんな感じの、噂、なの?」
俺の背後からおずおずとお嬢様が聞いた。友達を欲しがってるくせに未だ正面から向き合う勇気は無いらしい。
「確か、『なんで泉堂さんはあんな男と』『転校生許すべからず』『泉堂さんを取り戻そう』『異端審問会の開会を!』『血の宴だ』などなど様々」
あれ、俺が学校にいけなくなっちゃうよこれ?明日からは周りの殺意に気を付けないと。
「じ、じゃあ、女子はなんて言ってるの?」
「──いや、それはまあ、置いときましてね」
「いやぁ!なんか怖いっ!隠ぺいされることによる不安の増幅が!!」
取り乱すお嬢様を抑え若干苦笑いをしている佐原に一応確認してみた。
「佐原は泉堂のことどう思ってるんだ?やっぱり悪い感じで?」
「うーん、そうだね。ぶっちゃけるとあまり良いようには思ってなかったよ」
「うぅっ!?」
お嬢様、涙目。
「時々変な事するし」
「ぐふぅっ!?」
お嬢様が死にそうだ。
「でも調子のいい話かもしれないけど、今はそうでもないよ。今日の泉堂さんてなんか面白いしね」
おお、なかなかの好評価だぞお嬢様!このまま佐原と友達になれば自然と友人関係も広がるぞ!
「それにクラスのみんなにはやっぱり仲良くしていてもらいたいしさ」
「はっ、みんなで仲良くはリア充どもの戯れ言」
ドゴッ!
「佐原、何か聞こえたか?」
「うん、卑屈な言葉と泉堂さんの脇腹に拳がめり込む音が」
「そうか。聞かなかったことにしてやってくれ」
「うん、いいけど泉堂さんが心配だよ」
お嬢様を見てみると膝から崩れ落ちた状態だった。
確かに少しやり過ぎたかもしれないがこれもお嬢様のため、だということにしておきたい。
とは言えなかなかのクリーンヒットをお見舞いしまったからなぁ。お嬢様と言えど女子だし。というか、事実上は目上の人だし。
腰を折って屈み小声でお嬢様へ声を掛けた。
「お嬢様大丈夫ですか?」
お嬢様はチョイチョイと手招きしてきた。なんでございましょうか?耳を近づける。
「真貴、後で絶対しばき倒すから」
「こ、心得ておきます」
心の中で十字を切っておいた。
そうして内心反省をしているとお嬢様は腹部を押さえながら立ち上がり勝手に歩き出した。
「もういいから携帯買いに行くわよ!腹痛って…」
「携帯買いに来たんだ?機種変とか?」
「いや、泉堂まだ携帯持ったことないんだ」
「うわっ、めずらし。今まで不便じゃなかった?」
佐原は本当に驚いているようだった。
この情報社会と呼ばれる御時世に携帯を未だ持っていない高校生は確かに珍しいだろう。特に必要性を感じていなかった俺でさえ中学二年で母親に持たされたのだ。
今では無くてはならない存在となりつつある携帯。そういえば持っていなかった頃はどうやって友達と連絡を取ってたんだっけな?
──うむ、思い出せん。
「不便も何も今まで必要だと思わなかったし」
「友達との連絡はどうしてたの?」
わぁお、佐原が地雷を踏み潰しに来たぞ!
「……友達いなかったし」
「えっ!?あ、ああ、そ、そうなんだねぇ、はは…」
気まずい。佐原は目を泳がせて頬を掻き、お嬢様は死んだ魚のような目で俯いている。この空気俺がどうにかするべきなのか?
おい佐原、助けを乞うような瞳でこっちを見るんじゃない。と思いつつも俺がどうにか空気を変えなきゃならないんだよな。わかってますよ、ちょい待ってくださいって。焦らすな!
「ま、まあなんだ。携帯を持てば俺もアドレスと番号教えるし、な?」
「う、うん、そうだよ!私だってアドレスと番号教えるよ。これを機に友達になっちゃお!みたいな?」
「い、いいの佐原さん?」
「モチのロンだよ。ていうかもう友達じゃん?一緒に携帯選んであげるよ」
「ありがとう佐原さん」
お嬢様は頬を赤く染めてとてもうれしそうだ。俺の存在を当然のように消してはいるが、そこは目を瞑ろうじゃないか。あれ?おかしいな。目を瞑ったら何故かしょっぱいモノが頬を伝ってきた。
それから佐原にほとんど任せた携帯選びが無事終了しお嬢様は初の携帯を大事そうに抱えて家に戻った。
お嬢様の携帯にはすでに俺と佐原の番号とアドレスが登録されている。電話帳を眺めながらお嬢様は気持ち悪く笑っていたが、初めて携帯を手にし初めてアドレス帳が埋まる気分はそういう気分だから仕方無い。
だから許そう。そしてできれば俺の不可抗力なド突きも許してほしい。
今日も一日万事何事も無く終了した。終了したんだが、問題はここからだった。
──夜、泉堂家の屋敷。
時計はすでに夜中十二時を回り日を跨いでいた。
召し使いの仕事を終わらせ風呂にも入り明日の準備までもこなした俺はもう寝るだけの状態。
もう少ししたら寝ようと思い今日たまたま寄ったコンビニで購入した雑誌を読みながらベッドで横になっていた。
また一枚ページを捲ろうとしていたら携帯が鳴る。疲れ気味のため息を吐きながらテーブルに置きっぱなしの携帯を取った。
画面を見ればメールが一通ほど。差出人は泉堂姫香。メール画面をパタリとそっと閉じた。
困難を一つ乗り越えた清々しい気分でベッドへ戻る。開きっぱなしにしといた雑誌を手にし再び読み耽る。うーん、普段買わないからショートストーリーの漫画くらいしか内容がわからないなぁ。続けて買うようにしてみるか。
また携帯が鳴る。
しばらく無視ってみたがやたら長く鳴っているところどうやら電話らしい。
さっきのメールからの時間を考えるとまず間違いなくお嬢様だ。まったく買ってきてから何十通もメールして来やがって。嬉しいのは分かるけどいい加減に苛っとするんだよ。つーか、同じ家にいるんだから直接顔合わせて話せよ。
とは言え、何度か無視をしている手前ここで反応すると色々文句言われそうだ。ということで俺はもう寝ました。まだ起きてるけど御就寝です。また明日。
そのまま放置しておくと諦めたのか、携帯は鳴り止んだ。
やれやれと思い安心したのも束の間、今度は数秒置きに連続してメールがきた。なんだこれは。超怖いんだけど。
恐る恐る携帯を手に取りメール画面を見るとおびただしい数のメールが。
とりあえず一番早く来たメールから順に見てみることにした。
『起きてる?起きてない?』
『さっきからメールと電話してるんだけど。』
『起きてるならちゃんと返信するか電話に出るかしなさいよ。』
『起きてんでしょ?』
『起きてる?』
『起きてんだろ、おいコラ。』
『ていうか今メール見てるんでしょ?』
『見てんだろ?』
うわああぁぁぁぁっ!!!?
怖すぎる!もうこれトラウマだよ!
いやいや、待て、落ち着こう。あっちは俺が今起きてるかどうかなんて知らないんだし大丈夫だ。
明日になって昨日は寝てましたとか言っとけばなんとかなるさ。寝てる時とかメールや電話に気付かないなんてよくあることじゃねえか。はは、ビビり過ぎだよ俺は。
そうして自分を落ち着かせて携帯をパタンと景気よく閉じた。
ダァン!!(ドア)
「ギャアァアァァァ!!!!」
思いっきり叩かれた部屋のドアに大絶叫を上げた夜となった。