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第5話.外に出なさいお嬢様

泉堂家の召し使いである俺の一日はお嬢様である泉堂姫香を起こすことから始まる。たとえが日曜であろうとそれは変わらない。

今日は学校に行く必要がないため制服ではなく、テレビドラマでしか見たことないような正装を着ている。召し使い初日に支給されたものだ。


「あら、木下君」


お嬢様の部屋へ向かう途中である女性に声を掛けられた。

彼女は羽川(はがわ)さん。メイド服を可憐に着こなすほんわか可愛い系。お嬢様とは違った可愛らしさの持ち主。身長が低く中学生くらいに見える幼い顔立ちをしてはいるが、もうアラサーらしい。それを口に出して言うと残念な結末を迎えることになるようなので年齢については禁句だ。

ちなみに特技は新薬を開発すること。趣味は人体実験である。もう立派な犯罪者だぜこの人。


「おはようございます羽川さん」


「はい、おはようございますぅ」


やんわりとした表情でニコリと微笑む羽川さん。

ヤバイ、レベルが高いってばよ。改めて確認しておかなければ。

この人はもうアラサー。見た目はこれでもアラサー。大事なことなので二回言いました。


「休みの朝なのにお嬢様を起こしにいくんでしょぉ?大変ねぇ、シンバルまで持って」


「こいつが無ければ起こせないんで」


もう俺の相棒さ。朝にこいつが手に無きゃ淋しさを感じるくらいに。


「お嬢様もたまにはお一人で起きてくださればいいのですけれどねぇ…」


そう言って羽川さんは頬に右手を添えて苦笑した。そして、空いている左手でメイド服のポケットから何やら錠剤入りの小瓶を出して俺に渡してきた。


「なんスかこれ?」


「ほら、お嬢様って寝起きの機嫌がよくないでしょ?だから起きたあとにこれを飲ませれば眠気なんてぶっ飛んで木下君に抱き付いて来るはずですよぉ」


「また妙な薬作ってたんですか」


ここ最近の人体実験ターゲットはお嬢様か俺であるみたいだ。マジで法廷の場で勝利してやりたい。


「妙なじゃないですよぉ。ホ・レ・ぐ・す・り、なんですよ。男の子なら手に入れておきたいブツじゃないですかぁ」


この人は本当に楽しそうにおっしゃる。

国が認めていない薬を作ったり服用させたり服用してはいけません。犯罪です。


「こんなの作ってると捕まりますよ?」


「ふふ、木下君…」


「は?」


「バレなければどんな悪いことも犯罪じゃないのですよぉ?」


太陽みたいな笑顔で何言ってやがんだこの人。発想が小学生だ。

呆れる俺の表情を見て面白がっているのかニンマリと妖しく笑う。


「いいじゃないですかぁ。これは木下君にとってもすごいチャンスなんですよ?木下君と姫香お嬢様でアダムとイヴ。Let's創作ニュージェネレーション!」


「ありえませんね」


「でもそういう希望を持つ自分がいるんでしょう?」


「そんな俺はどこにもいません」


「でもそんな自分を探す旅に出るんでしょう?」


「そんな俺もどこにもいません」


羽川さんは料理も家事も完璧にこなせる女性。それなのに結婚できないのはそんなことばかり言ってるからじゃないだろうか。あと怪しい薬の作成と人体実験。ちなみに結婚話も禁句らしい。情報源は他のメイドさん達。


「ふふ、木下君、今すごく失礼なことを考えてませんかぁ?」


「いえ、まさかとんでもないッス。お嬢様を起こしに行かなければならないので失礼します」


これ以上相手をしてたら禁句を言いかねない。俺は一礼して足早にその場を後にした。



今日でもう一週間になる召し使いとしての仕事。つまりこうしてお嬢様を起こしに来るのも七回目となる。俺はなんとなくだが自分に落ち着きが出てきたと内心思ってたりする。初めはいろいろといきなり過ぎて慌ててばかりだったが、今では落ち着いて物事を見ることができるようになった。耐性が付いたと言ってもいい。これは俺にとって大きな変化であり成長だ。

そして姫香お嬢様にも変化が出てきた。シンバルの音でも起きなくなったのだ。どんな耐性を身に付けてんだこいつ。成長じゃなくて退化してるよ。怠惰に磨きがかかってるよ。


天使の寝顔を浮かべているであろう顔を掛け布団に隠したまま眠る彼女を前に成す術が無い。お嬢様の呼吸と一緒に掛け布団も上下しているのを見ながら悩む。

ベッドをひっくり返すという手段は腕の筋肉がビキビキとくるからなるべく避けたい。

バケツに汲んだ水でもぶっかけるか?いや、殺されるかもな。仮にも大財閥泉堂家の御令嬢だし。

仕方ねぇ。他に方法もあるわけなし。とりあえず悪足掻きでもするとするか。

シンバルをセット!

はい、せーの!


バシャァァン!バシャァァン!バシャァァン!バシャァァン!バシャァァン!


「お嬢様ー!起きてくださーい!」


バシャァァン!バシャァァン!バシャァァン!バシャァァン!!


俺は一心不乱にシンバルを鳴らしまくった。


ブーッ!ブーッ!


おや?ポッケに入れてある携帯が震えている。ディスプレイを見ると『羽川由美子』とある。メイドの羽川さんから着信だ。


「はい、もしもし」


『ふふ、木下君楽しそうでなによりですねぇ。でもいい加減その騒音を止めないとぉ……ウフフフフフ』


「すいませんした」


携帯を切りシンバルをそっと端に置く。

怖かった。電話ごしにも関わらず笑ってるのに目が笑っていない羽川さんを容易に想像できてしまった。


「う、うーん…」


さすがにお嬢様も目が覚めたようだ。覚めてくれなきゃ成す術があまりない。その数少ない方法は全てお嬢様の被害がハンパないものだ。故にあまりオススメしない。


「ほらさっさと起きてください」


掛け布団から顔を出すお嬢様。その表情は非常に迷惑そうだ。


「もう、うっさいわね、あんた私のお母さん?あれ?ちょっ、これ、耳がキーンってなってんだけど。違和感でキモい…」


目を擦りながら文句を言ってくる。ついでに耳を叩いて「あーあー」言ってる。


「はぁ、まったく。私は眠いから起きたくねえのよ。いやマジで。日曜くらいダラダラさせてくれたっていいじゃない」


「平日でもダラついてる人が何を言ってんですか」


「ダラつぃ…ふんっ!別にいいでごぜえますよ。真貴、私、決めたわ。ベッドと結婚することにする。もう離れ離れで生きていける気がしないから。じゃ、おやすみ」


べしっ!


頭をひっぱたく。


「ホントに何を言ってんのお前?さっさと起きろ」


おっと、つい敬語でなくなってしまった。まあ別にお嬢様を敬っているから敬語を使っているというわけではないため気にはしない。それはお嬢様も理解していることだろう。そしてつい勢いでひっぱたいてしまったがそれもいいだろう。なぜならこれも別に敬っているわけではないからだ。


「真貴、私に対する無礼がもう酷いんだけど」


「イヤならクビにでもしてください。俺はこの家に雇われているだけなんですから」


お嬢様は不機嫌な顔をするが「ふんっ!」とそっぽを向いてベッドから出る。

親父の借金を返すために召し使いをしているということになってるが俺はそんなのどうでもいい。子が親の借金を引き継ぐ必要はないんだからな。確か日本の法律ではそうなっていたはずだ。


お嬢様は恥じらいもせずに寝間着のまま広間で朝食を食べる。俺はその斜め後ろで待機するのが定位置だが、お嬢様の食事風景を眺めるだけの簡単なお仕事に趣味を見出だせないため同じテーブルの椅子に腰掛けていた。


「そういえば真貴ってさ、両親がホントの親じゃなかったって設定になってたわよね?」


「設定とか言うのやめてくれません?実際そうだったんですから」


パンを口にしながら失礼極まりないお嬢様。少々黙ってほしい。


「そう言うのってイラッとしないの?」


「少しショックはありましたけどイラッとはしませんね」


「ふーん、なんで?」


「なんでって…」


「だってそうじゃない。今まで親だと思ってた人達に騙されてたのよ?恨まないの?私だったら殺意が湧くわね」


ナイフを振り回しながらそういうこと言わないでほしい。洒落にならん。


「騙されてたのは事実ですけど、俺を育ててくれたのはその両親ですし、今さら恨むもなにもないですね」


「そういうもんかしらね」


「そういうもんです」


いかにもつまらなそうにプチトマトをフォークで転がしている。


「そういえばお嬢様」


「なに…?あっ、トマトが落ちた」


トマトを追い掛けて机の下に潜っていった。

あれ?こういうのって召し使いの俺が拾ったりするんだっけか?


ガチャッ


「お食事中に失礼いたします、お嬢様。今日の御予定を……あら?」


丁寧なおじきとほんわかした笑みを振りまいて入ってきたのは羽川さんだった。正直な感想を言うとメイド服が超似合ってます!


「木下君、お嬢様は?」


「テーブルの下でトマト追いかけてます」


「そうですかぁ。ところで最近のお嬢様は学校でどうですか?お変わりなく?」


「ああ、ストレス解消と言いながらアホなことしてたようですけどやめさせましたよ」


「まぁ!それはよかったですわぁ。小さい頃から学校で何かしらアホなことやって担任の先生方から連絡をいただいていたもので」


「はぁ…」


「あまり傷付けないよう遠回しに注意はしていたのですけれどぉ、どうもあの通りアホなものでしてぇ」


「わかりますわかります。十年間もやってて気づかないくらいですからね、周りのドン引きぶりに」


「そうなんですよぉ。あっ、でも私お嬢様がアホのままでいいかな?って思うことが時折あるんです」


「へぇ、なぜです?」


「だって、お嬢様は見た目“だけ”は可愛いじゃないですかぁ。他はゴミみたいでも可愛いければそれでいいんです。ゴミも相乗効果です!可愛いは正義ですから!」


「うーん、一理あると言えばあるんでしょうかね」


「そうです!お嬢様はアホでもアリなんです!!」


「アホでもアリですね」


「はい!お嬢様はやればできるアホなんです!」


「うるせぇよおぉぉ!!!」


お嬢様がテーブルの下から出てきた。


「なに!?なんなのこれ!?私が居るってことわかってるよね?それなのに人をアホアホアホアホとぉ!!どんだけ人をアホ呼ばわりすれば気が済むのよ!さすがに私も心が千切れるわ!!!」


もはや涙目のお嬢様。


「あら、お嬢様おはようごさいますぅ。今日もよい天気にございますわねぇ」


「お嬢様、もう朝食はよろしいので?」


「あれ!?なぜかさっきの数々の無礼が無かったかのような空気に!?」


無礼?はて、なんのことだろうか?


「ていうか、羽川!見た目“だけ”ってどういう意味よ!?あなたにとって私、見た目以外全部ゴミなの!?いや、自分でもなんとなく自覚はしてるけども!」


「それは一度置いときましてぇ、今日のお嬢様の御予定をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


「置いといていいとは全然思えないんだけど…まあいいわ。今日は一日部屋でゴロゴロしてるわ」


「却下ですぅ」


「私が決めたのよ」


「いいえ、今日は外出なさってもらいますわ。若い乙女が休日に怠惰を貪るなんてよくありませんもの」


「乙女?ハッ、私に最も似合わない言葉ね。だからいいの、私は引きこもるの。第一ひとりで外に出て何をしろってーの」


「その点は心配ありませんよ。木下君が一緒ですので御安心を」


手で俺を示しながら羽川さんはのたまった。


「木下君の今日の御予定はどうです?」


「そうっすね。今日は勉強とDVD観賞でスケジュールぎっしりです」


「木下君も大丈夫だとのことですよお嬢様」


あれ?おかしいなぁ、ぎっしりって言葉が聞こえなかったのかな?


「はぁ?なんで真貴となんか」


「若い男女が肩を並べるのはよくある光景ですわぁ」


「いーやっ!私は一日ダラダラするの!」


「却下ですぅ」


「二度寝をするの!」


「却下ですぅ」


「私に自由は!?」


「却下ですぅ」


あらゆる権利と行動を却下されたお嬢様は溜め息を漏らした。

俺もスケジュールを無視をされた時点で自由を却下されたも同じだ。

もし文句でも言うもんなら笑っていない目をした笑顔を向けてくるに違いない。それは心がちっとも温まらない笑顔。目の前に虎がいるようなものだ。ほんわかして可愛いはずなのに怖いです。

こうして何も言えず外出がスケジュールを埋めることとなった。

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