第4話.アホなことをやめろお嬢様
放課後、掃除を終わらせ教室内にお嬢様がいないことを確認すると鞄を持って廊下へ。
「よお、木下!これからカラオケ行かね?」
「ああ、悪い。これから行くとこあんだ。また誘ってくれ」
「そっか。じゃあまたな!」
友人の誘いをやんわりと断る。
あと少し誘いを粘られたら危なかった。今6:4の割合でお嬢様との約束がなんとか勝っている。
階段を昇り屋上へ向かう。途中何人かのクラスメイトと軽い挨拶。基本このクラスの奴は気の良い連中ばかりだ。問題は確実にお嬢様だな。
そんなことをぶつぶつ言いながら屋上に出るとそれはそれはシュールな光景を目の当たりにした。
女の子がフェンスをよじ登ってる。
うちのお嬢様は何をしてんの?
「おいコラ、何をしてやがるんですかお嬢様」
ぱたぱたはためくスカートを掴んだ。目の前に男子には眩しすぎるおみ足があるが今はこの状況の意味を知りたい。確実に死での旅に赴くやつのあれな状況だからな。
そんな俺をお嬢様は目を細めて振り向く。
「真貴、主のスカートを掴むなんて良い度胸ね?離してよ」
「離してもいいんですがそこから降りやがってください。なにやってんですか?野生化?」
少し渋ったあとお嬢様はフェンスから飛び降りた。着地と同時に体勢を崩しコケる。どんくさいな。
コケてそのまま地べたに座り込み溜め息を漏らす。
「私ね、授業中に考えたのよ。『普通に』ってなんぞやとね」
俺は背中をフェンスに預ける。屋上って生徒が来てもいいんだっけか?と思いながら。
いやいや、ちゃんと話を聞きますとも。右から左へは受け流さないさ。もちろん心の内でそんなこと考える暇があったら授業を聴けよとツッコミしといたぜ。
「それで考え至ったのは、私のステータス自体が普通じゃなくね?っていうことなの」
「うん、まぁ…泉堂家の御令嬢ですし」
「そう、その御令嬢ってやつ。例えば、漫画やアニメとかでお嬢様キャラが美少女であることはありきたりなことよね?」
何を言いてぇのこの人?
「私自身もね、まるでその定義に当てはまるかのように自分が可愛いってことは否定する術がないわ。ううん、あえて言おう、美少女であると」
さらにあえて言うとアホである。
「人前で自分から言うことじゃありませんね。恥ずかしくありません?」
「でもそれだけなのよ」
無視された。
「漫画やアニメに出てくるように何かに秀でたお嬢様じゃないのよ私は。勉強できないし、運動音痴だし、上品でもないし、料理できないし、ピアノも弾けないし、他に何か特技があるわけでもない。金持ちなのも私じゃなくて父親と財閥だもん。可愛いだけじゃ現実は駄目なの。それだけじゃ誰も一緒に居てくれない」
どこまでもネガティブ。
どこまでも現実的。
家じゃネットにダイブしてんのになぁ。
そしてまただ。また全てを否定し信じていないようなあの冷たい目。何も無いただの虚空を見つめている。
「あれと同じよ。ゲームとかで出てくるツンデレの女の子。あれはゲームとか二次元の中に出てくるから魅力的に見えるのであって、現実にいたら情緒不安定なウザい女でしかない」
その例えは分かる人と分からない人が出てくるから都合上やめてほしい。
「だから私も、どうせ見た目だけでしょ?みたいな?ええまあその通りでございますよスンマセンでしたね本当にこんなのがお嬢様やってて……はは」
乾いた声。お嬢様は自虐的な薄ら笑いを浮かべて笑っている。
なるほどな。いつもそんなことを感じながら生きてきたのか。
全ての人がその定義に当てはまるかと言ったらそうじゃない。定義とはつまり理想だからだ。どうしてもその定義から外れてしまう者も出てきてしまう。そこは勝手に決めつけてしまう俺達周りが反省すべき点だ。
そう考えるとお嬢様は案外自分というものを知っている人種なのかもしれない。自分の能力の限界、自分の程度を自ら理解している。お嬢様自身が御令嬢という立場自体を疎ましく思っているのかもな。
今のお嬢様をなんとか支えてやれるのは、頼りないかもしれないが、俺だ。お嬢様の苦しみを知った俺が彼女の手を引いてやる!
「お嬢様、だからと言って自殺をしようだなんて思うのは、間違いです」
「……う、うん?」
「俺は召し使いですが学校ではお嬢様の友人でもあります。頼りないのは重々わかっています!」
お嬢様に詰め寄って動きを制限する。もう危ないことはさせない。
もちろん俺がお門違いも甚だしいのは十分承知しているさ。だけどな、召し使いでもあり友人でもある俺が手を差し伸べないで誰がやんだよ。
「えっと…」
「俺が必要でなくなるまで隣にいます!ですから生きる希望を捨てないでください!」
俺は懇願するように頭を下げた。
「………」
「………」
もう今の俺に言ってやれることは無い。これでまだ何かしでかすなら縛り上げて無理矢理にでも泉堂の家へ無事に帰す。
「………あ〜うん、まぁまぁ、うんとね、それはね、その…ありがたいことなんだ…けどぉ」
引き留めた効果有りか!?
「とりあえず、飛びはしない、よねぇ。飛ぶ予定ないし?死ぬなんて考えたことない」
「…あ…え?へ…?」
「熱くなってるところ悪いけど、自殺とか無いわ〜」
なん…だと…!?
「じゃあなぜさっきフェンスをよじ登ってなんか…」
「あれ?あれはね、高い場所から下を眺めて大声を出すとすっごい気持ちいいのよ」
「………」
「これを続けて早10年。小さい頃から落ち込んだらずっと屋上とかに出てそうやってテンション上げてたのよあべしっ!!?」
綺麗な手刀がお嬢様の眉間を捉える。もちろん俺の手だ。
「いったーい!いきなり何しやがりますかこのバカ召し使い!!」
よほど効いたのか涙目で罵ってくる。そりゃそうだ。俺史上最高峰の手刀だったからな。
「いえ、先ほどのお言葉によってお嬢様に友達ができない原因が明らかになりましてね」
「えっ!その原因って何?教えなさい!」
「答えは簡単です」
「うん」
「お嬢様が生粋のアホだからです」
途端に時が止まるかが如くお嬢様は固まった。
少しして…。
「ちょっ…おま、そういうの、そういうの反論できないからやめて!」
「理解してたんですね」
「そうよ、小学五年生辺りから、あれ?私って実は徳の足りない奴なんじゃねえの?ってもう薄々感づいてたわよ!」
少しお嬢様は興奮気味だ。言わせとこう。
「家の使用人やメイド達はさらに前から知ってたみたいだけどね。あの生暖かい目がそうだと気づかせてくれたわよ!口で言えや!」
「きっとあまりのアホさに可哀想でみんな気を遣ってくれたんですよ。理解のある人達でよかったじゃないですか」
「よ、よくはないでしょ!?ってそんなことはいいの。私の何がいけないのかはっきり言いなさい真貴!」
そうかい、分からないのかい。普通に考えれば茶を飲みながらでも分かるってのに。
本当に分からないのなら仕方無い。言ってやろうじゃないか。
召し使いの仕事、その二。
『お嬢様の欠点を手段問わず正すべし』
もうお嬢様が傷つこうが知ったことじゃない。さっき修造並に熱く話していた俺の気恥ずかしさよりはだいぶマシだ。今は俺が死にてえよ。
「お嬢様が10年間行ってきストレス解消法がですね、他の人にとっては奇行以外のなにものでもなかったのですよ」
「ぅえ?奇行?なんで?」
徳の足りないお嬢様に分かりやすく説明するにはどうしたらいいのか?やはり俺自身を例に出した方がいいだろうな。上の者は下の者を笑い者にしたがる傾向にある、と俺の偏見が言っている。
「例えば、お嬢様は俺が突然ここで踊りだしたらどう思われますか?」
「内心馬鹿にしながら頭のおかしい奴だと哀れんでやるわ」
まったく思った通りの答えを返してくださる。
「でしょ?それと同じで今まで馬鹿にされる立場であったのがお嬢様だった、ということです」
お嬢様は考え込むように少し黙り。
「えぇーと、え?それってつまりその…。あ、ああ…そういうこと…」
そして何かを理解して真っ白に燃え尽きたボクサーみたいになった。
そこ、ジョー!って叫ぶんじゃねえ!
「なんか私恥ずかしいわ」
そりゃそうだわな。
「10年間も自分の恥態を絶賛大公開してたんだもん。もうホント色々…ふ、ふふふ、ふふふふふふふふ」
遠い目をして笑ってる。なんか怖いんですけど。
あと色々って何?他にも何かしてきたのか?
「うん、まぁまだ高校一年なんですからなんとかなりますよ」
「なんとか、なるかなぁ?」
無意識なんだろうがそう潤んだ瞳で見上げてくるなって。俺にも理性の限界があるんだぜ?抱き締めたらどうする気だ。
そういう女の武器は他の男子に使いなさい。
「なりますよ」
「小中って同じ学校の人もいるのに?」
「なんとかしろ」
「あれ、そこ放棄なの!?」
なんでもかんでもやってやるわけないだろうに。俺は未来からやって来た猫型ロボじゃないんですよ。
何はともあれ今日はお嬢様の奇行を止めさせるといった重大な問題解決することができた。召し使いとしてはもう三年分くらいの仕事をこなしたと思う。さすが俺、有能だ。もう辞めていいか?本心です。
んんっ!話を戻そう。
お嬢様の性格やら行動やらはこれからも何かしらの問題を起こす引き金になりかねない。金持ちは変なところで大胆だと今日学んだしな。お嬢様の面倒事を止めるのは残念ながら俺の仕事となるだろう。
俺の戦いは始まったばかりである。