第3話.手を離しやがれお嬢様
私立桜乃丘高校に転校して三日が経った。
その間、特に問題も無くクラスに馴染み、友人も少しできた。
まさに順調。中途半端に転校してきた奴にしてみればなかなかの学園ライフのスタートをきれた。
しかしながらおちおちと安心していられないのが今の俺だ。
その原因は間違いなく俺の後ろにいる奴だ。
日本有数の大財閥泉堂家のひとり娘、泉堂姫香。言うまでもなく見れば分かる超絶美少女でお嬢様。
しかし残念なお知らせ。彼女の中身はクズだ。これだけは言っとかないと世間様に申し訳無い勘違いをさせてしまう。
みんながワイワイしてる中、昼休みだというのに綺麗な黒髪を机にくっつけてふて寝しておられやがる。ご嫌が斜めらしい。溜め息ものだ。
転校して来てからのこの三日間というもの、少々注意深くクラスを観察してみたところ彼女について新たに分かったことがある。
このクラスにおいて、姫香お嬢様は空気だ。
友達いない、誰かと接することもない、話さない。
いつもクラスの端っこで気配を消している。もともと気配が無いという意見もある。
そのお嬢様が今なぜ機嫌が悪いのかというと、俺に友達ができたからだ。
そんな理不尽な怒り方あるかよ、と言ってやりたいと思うところなんだが、友達がいない歴=年齢の彼女にとって耐え難いことだったらしい。
正直なところ、窓際後ろから二番目なのに空気の悪いこの席から一時撤退をしたい。
だがそれも無理な話。お嬢様が俺の制服の袖を右手で掴んで離してくれん。
お前に友達ができたなら私の近くに居させてそいつらが近づけないようにしてやる、という死なば諸とも作戦を発動したようだ。
さすがお嬢様、質が悪いなこの野郎。
とは言ってもいつまでもこんな誰も幸せにならない耐久戦をしてるわけにもいかない。一応お嬢様とは幼い頃からの知り合いということで通っているが、クラスメイトの視線もそろそろ痛くなってきた。
「おい、泉堂」
学校では友人として振る舞うこととなっている。
頭だけ数センチ動かして顔を少々上げた。
だからそう下から睨み付けるなよ。怖い。
そうやって近寄りがたいオーラを纏ってるから友達できねえんだよ!と口に出して言ってやりたいが、言った途端に腕を引きちぎられそうなんでやめた。
いや、びびってねえよ?せっかくの制服がもったいないだろ。物は大切に。自分の命はもっと大切に!
「俺ちょっと用事があんだけど」
「………行くな」
声が低っ!?なんだその地獄から涌き出た鬼みたいな声色は!
「いや、あのスンマセン。ホントはトイレ行きたいんすよ。だから離していただけませんかね?」
「……却下」
「限界なんです」
「……漏らせ」
どんなプレイ?
あっ、なるほど!ここで粗相をさせてクラスのドン引きを狙うって作戦ですね!わかります。さすがはお嬢様!どこまでも腐ってやがります。
「はぁ…まったくいつまで拗ねてんだよ」
「なんで…」
「あん?」
「なんでそんな簡単に友達ができんのよ…。私が15年掛かっても成し得なかったことをたった三日で見せつけてくれやがりまして。さぞや優越感が気持ちいいでしょうね…」
突然何を言い出すかと思えば、どんだけひねくれてんだよこの娘。友達作っちゃいかんのかい。とは思いつつもこれ以上お嬢様のご機嫌を損ねるのは得策じゃないことは解ってる。
何を血迷ったのか、『お前の隣に居てやる』なんて言っちまったからな。
さっそく三日前の俺をぶん殴りたくなってきた。
お前は目が曇ってる!あの見た目に惑わされるなよ!ってな。
まあ、ホント今さらなことだけど。
「あのさ、たぶんお前だって普通にしてれば友達できるって」
「普通に?」
「そうそう。今のつうか、教室にいる現時点のお前はなんかあれだ。近寄りがたい。なんかもうね、真っ黒なオーラみたいなのが目に見えそうだ」
ズバッと言ってやる。変に言葉を探して現状維持させるわけにはいかないのだ。時に自分を見つめ直すことも必要なことだぜ。
「お前は、その…な、こんなこっ恥ずかしいこと言うのは断腸の思いだが、見た目は…か、可愛いんだからさ。普通にしてればみんな寄ってくるって」
「…………」
相変わらず俺の袖を掴んだまま考えるような表情に変わる。机の中央をじっと見てしばらくそのままだ。
何この間?なんか言えよ。
「もう昼休み終わるし、とりあえずなんか言いたかったら放課後だ」
「………」
袖を離して目だけ俺に向けてくる。
「屋上で話そう。教室や通学路じゃ言えないこともあるだろうしさ」
お嬢様はひとつ頷いて視線をまた机の中央に戻す。納得していただけたようだ。よし、これであと二時間は解放される。
俺は一時の休息を得たのだった。