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第28話.三坂小鳥は壁にぶつかる

木下

「消えていくものだと思ってたんだけどなぁ」

夏休みが過ぎて二学期。長期休暇終了後特有の気だるさに襲われながら、自分の机にダラッと突っ伏していた時のことだ。

不意に誰かが遠慮がちに肩を揺すった。今は昼休みだが、はじめに該当するであろうお嬢様は、夏休みの課題について御指導のため、現在職員室へ呼び出しをくらっていて不在。だから早めに手を付けておけと言ったものを。

他の知り合いだったとしても、もっと遠慮無く叩いたり声を掛けたりして起こすはずだ。

そんな些末なことを考えながら顔を上げる。するとそこには以外な人物がいた。


「どうした三坂?」


男子に対する毒舌に定評のある三坂がそこにいた。

さて、俺は何か三坂の気に障るようなことをしただろうか?少し記憶を探ってみるが、残念ながら心当たりが見当たらない。

見当たらないなら聞くしかないだろう。


「俺に用か?」


「用もなく触れる人がありますか?それぐらい察する知能をつけてください」


いつものことながらなんで喧嘩腰なんだこいつは?ひとまず聞いておくことで、話へスムーズに入ることが出来るという心遣いがわからんのか。

いや、別にわからなくていいんだけど。たぶん俺もいざという時はわからない。


「じゃあその用とやらを言ってくれ」


「偉そうですね。言ってくださいと頼めば」


「さよなら」


再び眠りの世界へと俺は旅立っていく。


ドスッ!


「がっ!?」


首の裏への衝撃が。おそらく手刀。漫画とかで気絶させるのに用いるあれだ。犯人は当然、三坂さんだ。

痛む箇所を擦りながらまた顔を上げて奴を見る。


「まったくお前は……。いいか三坂、こういうのは素人がやると事故になりかねないんだ。むやみやたら人にやるんじゃない」


「むやみやたらじゃありませんよ?ちゃんと痛いところを狙ってます」


「余計悪いわ」


誇らしげに胸を張る三坂に何かやり返してやろうかと思考が働いたが、理性が作動して何もしないという結論に至った。

だって何か言い返したって十倍くらいになって跳ね返って来るんだから仕方無いじゃないか。悲しみは極力少ないに越したことはないんだよ。


「ひとつあなたに頼みたいことがあるのです」


これは珍しい。三坂が他の誰かに、それも嫌いだという男子に頼みとは。

意外性がありすぎてかなり面倒くさい。慣れないことをしても誰も幸せにはならないんだぞ?

と、独自の不幸論を脳内で発表していると、三坂に袖を掴まれてしまった。見た目が小綺麗な少女が、頬を微かに紅に染めている辺り、男子としてはかなり来てしまうものがある。

これお嬢様もやってたけど流行ってるんだろうか。


「ねぇ、頼まれてくれるのですか?それとも、くれないのですか?ほら、どっちなんですか?」


「内容によるなぁ……」


「こ、これなんです」


そう言って躊躇いがちに携帯を出して机に置いた。


「廃品回収とかはやってないんすよ俺」


「買ったばかりです!!」


「わかったから髪を引っ張るのをやめてくれ」


差し出された携帯を手に取って眺めてみる。

桃色を基調としたいかにも女子が持ちそうな普通のガラケーだ。別に壊れたとかじゃないみたいだが。

三坂へ視線を移すと何故か恥ずかしそうにそわそわと落ち着きがない。

何かを企んでいるのか、はたまた何かのフラグが発生しているのか。

こういう三坂は珍しくて面白い、とは思うが、気を確かに持たなければ。毒を吐かれたら折れる。俺の曲がりかけの心が。

俺が黙っているのを見かねたのか、一度深呼吸してから三坂はこう言った。


「わ…私に……」


私に?


「メールの打ち方を……お…お、教えてください」


それだけ言うのにどれだけ緊張してるんだよ。

ん?そう言えば、三坂は今まで携帯を持っていただろうか?

思い返せば持っている場面は一切無い。持っていなかったわけか。

メールのやり取りをしない相手ってのは、携帯を所持しているかどうかもわからないからなぁ。現代社会の穴とも言えるか。

それにしても、携帯の使い方がわからなくて誰かに教わるのを恥ずかしがるなんて、三坂も外見以外で可愛らしい所を持ってんじゃないか。

つーか、なんで俺?お嬢様や佐原に聞けば、何も男子に聞かずにいいだろうに。

それを質問してやると、この毒タイプお嬢さんはこう仰られた。


「姫香さん達には私が機械音痴だと思われたくないのですよ。そしてあなたは正直どうでもいい」


俺が優しさを装備していなかったら胸ぐらくらいは掴んでいるところだ。


「まあいいけどさ」


快くとは間違っても言えるものではないが、俺は教授することを了承した。

どこからわからないのかと聞いてみると、新規メール作成画面に行くのも至難であるとのこと。さらに取り扱い説明書は読んだのかと聞いてみると、あんなの実際に読む奴なんかいないと言ってきた。

そこについては俺も同意せざるをえない。何事も習うより慣れろだ。

ひとまず三坂の携帯を使いながらメール画面にいくとこまでを実演して見せる。

三坂自身は俺の手元を見ながら、ほぉ、と頷いて理解を深めている様子。

実際はメールのマークが付いてるボタンを押して、新規メール作成を選択するだけという至極簡単な二つの操作でメール画面に行けるようになっているんだ。

特に難しい操作があるわけじゃないんだが、三坂が試しに自分でやってみると、インターネットへ接続して抜け出せなくなったりと四苦八苦している。

自分が初めて携帯を持った頃もこんなだっただろうかと思い出しつつ、元の待機画面へ戻してやる。それが何回か繰り返されてようやくまともにメール画面に行けるようになった。

三坂の必死に覚えようとする様子はなかなか新鮮味のあるものだったと思う。

そこからメールを作るという作業に入るわけだが、三坂から『あかさたなはまやらわ』しかボタンに無いから文が打てないとの文句がきた。

頭を抱えたくなったが、連続して押せば他の文字が出てくると教えると、「知ってました」と手遅れの見栄を張って文を作り始める。


「できました」


そう言って満足げにディスプレイ見せてきた。泉堂と佐原に送りたいメールだとのこと。


『きようのほうかこいつしよにかえりましよう』


「何の呪文?」


「……」


いかにも何かおかしい所があるのかと不思議そうな顔をされてしまった。

なるほどな。濁点やちいさい「よ」とかがまだ打てなかったらしい。

だが、仕方無いこととは言え、今時濁点も打てない女子高生がいるとは思わなかった。あのお嬢様でさえ、初日に弄ってるだけで何となく携帯をマスターしていたからなぁ。

とりあえず三坂の機械操作スキルは、田舎の祖父母レベルであると理解しておくことにしよう。

その後、昼休み終了が押し迫っていたから、簡単に補うべき部分の操作の説明をして席に返した。


その夜のこと。

一日のやるべきことを終わらせ、自室で適当な時間を過ごしていると携帯にメールが届いた。

送り主は今日アドレス交換したばかりの三坂だ。女子のアドレスをちゃっかり手に入れてんじゃないか!とか言われそうだが、まあ流れ的にそうなったんだよ。

メールができるようになっているかを確認する上でも必要なことだし。いや、これマジだから。

さあ、三坂は正しくメールを作成できているのか。あれだけ教えたんだから、できていないと少しばかり俺がショックを受けることになってしまう。いくら機械に弱くてもだ。これ以上教えるのも面倒だしさ。

できてるはずだ。三坂は頭が良いから正確に理解してくれているはずだよ。

そう、三坂を信じてメールを開いてみた。



『043355777775555500111113311114294444411444444444444888888111335555555951188811155』



「……」


なにこれ?

なにが起きてのこれ?なにがどうしたらこんなメールが届くんだ?

ゼロ…ヨン…サン…サン…ゴ…ゴ…ナナ…。おしささごごなななな……?暗号か何かだと考えて解読を試みるが、まったく言葉に直すことができない。

おいおい、英語や特殊コードだったら俺に解読するのはもはや不可能だぞ。こんなメールを送ってきていったい何のつもりだ?悪戯でもしてるのか?

うーん……しかしだ。三坂がこの類いの悪戯をして楽しむような奴かと言えば、そうではない気がする。高瀬じゃあるまいし、低俗なお遊びには手を出さないんじゃないか?あくまで普段のイメージから推測していることだけど。

送られてきた数字を注意深く見ていく。すると、ある答えが浮かんできた。

これが暗号とかじゃなく、何かの間違いで打ち出してしまったものだとしたらどうだろうか。

その間違いで本来言葉であるはずのものが数字になってしまったら。そう、例えば文字変換で『数字』になっているとか。それで数字から戻せないまま、苦肉の策としてメールを打ったとしたら。

つまり、その推理でメールの内容を言葉として解読していくと……。



『私にものを教えたからと言って調子に乗らないように』


……となる。

うん、器用に喧嘩を売ってくるやつだな。そう言えば文字変換を教えてなかったっけか。

けどだからって文字を戻せないからって諦めんなよ。これを送られた方の身にもなってほしいもんだ。

俺はひとりで溜め息をつきながら返信用のメールを打っていく。

とりあえずこんなもんでいいだろう。この言い方ならさぞや悔しがってくれるに違いない。


『文字変換はメールを打つのに基本中の基本だ。仕方無い、明日教えてやる』


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