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第27話 暇なんですね羽川さんリターズ

羽川

「今回は私が頑張っちゃいますねぇ」


高瀬

「頑張るっていうのは御奉仕をですか!?ぜひ僕にも!僕にも夜の御奉仕をしてくださいっ!!」


羽川

「高瀬君、指を貸してくださいねぇ」


高瀬

「はい?」


羽川

「えいっ♪」


ぺきっ!


高瀬

「あばああぁぁぁぁ!!!!」

夏休みは何かと時間が空くものだ。

普段は学校で催眠呪文の餌食になっているであろうこんな時間帯に家にいる。学生にこれほどまで非日常的で解放感に満ち足りた期間はないと、俺としては思うのだ。その上で順調に学校の課題が進んでいるのなら長期休暇の生活としてはまあ上々。

だからその午後に部屋で何をしていようと自由なわけで、特に趣味でもない読書をベッドに寝そべりながらしていても誰にも文句を言われる筋合いもまったくないだなぁこれが。

しかしそんな俺のフリーダムタイムを脅かすものがこの屋敷にはいたようだ。

気が付くとなぜか羽川さんがベッドのすぐ横にいた。そう、いたんだ。あまりにホラーで気付いた瞬間変な声を出してしまった自分が恥ずかしい。

俺も一応とは言えこの泉堂家でおかしな鍛え方をされた結果、扉の向こうに誰かいるなぁって程度には気配を探ることができる。それなのに一切の気配もなく、さらにはドアを開け閉めする音もなくここに入ってきたこのアラサーメイド。

なんなんだこの人は。なんでメイドやってんの?就職先間違えてますよ?


音もなく入ってきたのも怖いがもっと怖いのがそのニコニコっとした笑顔。

ここに来てからの悪い癖なのか、こうした笑顔の奥底には何か企んでんじゃないかと警戒をしてしまう。

他の女子にも適用されたらどうしてくれるんだ。だいたいこの人のせいだぜ?愛らしい笑顔の次にはなんかの薬を差し出してくるんだから。

国の了承を得ていない薬の創作と臨床実験は違法だと何度言えば分かるのか。彼女曰くバレなければ犯罪にはならないらしい。

証言や事件発生等が無ければ動けないのが警察やら公的機関の手痛いところ。まさに正義は遅れてやって来るってやつか。怪獣が現れ暴れてからあの銀色の巨人がやっと来るのと同じ原理だ。誰か正義のヒーローを全員廊下に立たせてくれ。


「なんですか羽川さん?」


「いーえー、真貴君を眺めてるだけですよぉ」


「困るんですけど」


「迷惑ですかぁ?」


「迷惑です」


「ふえぇぇん…!真貴君が意地悪しますぅ」


「そうですね」


知らないことは罪であると同時に幸せでもある。的な感じの名言が自分の中で生まれそうだった。

もし俺が羽川さんを知らなかったら、ここの屋敷の召し使いじゃなかったら、おそらくこんな素っ気ない返しはできなかっただろう。

今みたいに泣き真似なんかされたらそれはもうオドオドするに違いない。それはもう端から見て情けないくらいしどろもどろだ。

しかし俺は多少だが知っている。この人の本性の末端をちょくちょく見ているんだから伊達じゃないぞ。知りたくなかった、というのが本音なんだが。


「真貴君は本当にノリが悪いですねぇ。女の子が遊びに来てるんですよぉ?」


女…の子?とかいう感じで辺りを見回す、なんて冗談をかましたら絶対に拳が飛んでくるのは解りきったことだ。だったら下手な悪戯をするよりも普通に応対してた方がいい。

俺は面白さのためならどんな犠牲もいとわないとほざく佐原とは違うんだよ。面白さよりも身の安全を取ります。


「遊びに来たって……仕事はいいんですか?」


「終わっちゃいましたぁ」


「また暇なんですね」


こういうことがここでは多々ある。メイドの数が多いとそれだけ仕事の効率が上がるのは当たり前だ。

他のメイドはこうした空き時間を自室や屋敷の至る所でメイド同士の談話などを楽しみ悠々自適に過ごしているというのに、この羽川さんは俺やお嬢様にちょっかいを出して遊ぶという行為に出る。屋敷に仕える身としてあるまじき……なんて俺が言えた義理じゃないんだけどさ。

でもまあ、こんな時には決まって俺はこう言う。


「お嬢様の方に行ったらどうですか?」


「もうお嬢様の所には行ったんですけどぉ、相手にしてもらえませんのぉ。ゲームは程々にと言ってるのですけれどねぇ」


そう言って羽川さんは物憂げな顔で溜め息をひとつ。


「それで俺のとこに来たんですか」


「そうなのですよぉ」


コロッと表情が変わって笑顔になった。


「お話ししましょう〜」


変に甘えるような声で言ってくる。

年相応とは思えない可愛らしい童顔と声の質。声優とかやればやればいいんじゃないですかね。アニメ界でかなりの需要を得られると思いますよ。

まぁこの人がこういったことをする時はだいたいが遊んでいる時だ。俺は騙されないぜ?世界中の男が騙されても俺は現実を見る。この人は三十路近くだ。

いや、別に三十路近い人が悪いとかじゃなくて、この人の容姿が年齢的にあり得ないって意味なんでお間違いなく。

俺はこのやり口に対し特に動揺することもなく読書を続ける。内容がまったく入ってこないが…あれ?俺動揺してんのか?


「話くらい他のメイド達とすればいいじゃないですか」


「みんなとはいつもお話ししてますしぃ、たまに新しい風を取り入れるのもいいものなのですよぉ。私も刺激がほしいのですぅ」


どうしても解放してくれるつもりはないらしい。

諦めてすぐ横に本を置く。

状況的に寝そべってるのもなんだから体を起こしベッドの端に腰掛けた。


「で、どうします?何の話をするんですか?」


一応聞いてみた。


「ふふっ…」


羽川さんはくすりと笑うとなぜか隣に腰掛けた。

か細い小さな手を俺の手に重ね指を絡めくる。

あまりに突然のことで思考が止まった。その潤んだ瞳でジッと見詰められると息を吸うのも忘れた。あざとさの中に一種の艶やかさが秘められ、心臓が一瞬高鳴るような感覚が走った。


「あ、あの……」


「男の子って面白いものですよね。こうするとすぐに顔が赤くなるんですから。本当にからかいがいがあります」


「は、はぁ…」


一変して無邪気な笑みを浮かべる羽川さんに一気に気が抜けてしまう。やはりこの人は色んな意味で侮れないとマジで思った。

遊びでこういう手口を使われるとこちら側としては思うものがあるわけだ。俺だけかな?だからついつい口をついて出てしまった。


「ビッチがぁぁあああそっちに指は曲がらない!!!」


「真貴君、女性に対してそんなことを言うものではありません。どれだけ傷付くか…言葉は見えない刃物なんですよ」


体罰の上に本気で説教されてしまった。いつの間にかいつものふんわりした口調も消え去り、表情もムッとしている。

おい誰だ今私達の業界ではご褒美ですとか言った奴。

俺にそんな趣味ないから。


「今後気を付けるように、いいですね?もし私の見てるところで言ったら…」


「はい…」


口は災いの元であると俺の指が言っている。

すげぇ痛い。折れるんじゃないかと思った。


「ところでの話なのですけれどぉ、真貴君はメイドが好きですかぁ?」


「何の脈絡の無いところから来ますね。まぁぶっちゃけ嫌いではないですが」


「好きなんですねぇ?」


「メイド好きです、はい」

男でメイド嫌いってそうはいないんじゃないかと思う今日この頃。


「泉堂家のメイドでは?」


「そりゃいいなぁと思う人はいますけど…」


「そうでしょそうでしょ。泉堂家のメイドは、可愛く、強く、誠実に!を三原則として日々仕えているのですよぉ」


三原則のうち一つばかりメイドにいらないものがあるように思えてならない。


「強く、は…必要なんでしょうかね?」


「まったく解ってないようですねぇ…」


羽川さんはわざとらしく首をわずかに振った。


「そうですねぇ…真貴君はメイド、日本では侍女と言われるのですが…その意義は何であるかとお考えでいますかぁ?」


「意義、ですか?」


それはもちろん。


「使用人なんだから屋敷とかで主人やその家族の身の回りの世話をする人、ですかね?」


「半分だけ正解ですぅ。でもそれでは家政婦と同じではありませんかぁ?うちでは『メイド』という名称を使ってますのにぃ」


「え、えーと…」


すぐ近くでニコニコしながら問い掛けてくる羽川さんに追い詰められる俺。尋問されてるわけじゃないのになんて圧力。さてはこの人は生粋のドSだな?


「わかりません」


「では〜、西洋の昔の時代を思い浮かべてください。戦争とかあった時代ですぅ」


「大雑把過ぎてどの辺りか困るんですが」


「いつでもいいのですよぉ。大事なのはイメージなのですぅ。騎士とかいるといいですねぇ」


「はぁ…」


騎士がいる時代ねぇ…。


「古来よりメイドはいたとされていますよねぇ?お城や御屋敷といった格式の高い家にですぅ」


「そうですね」


「実はとある国でのメイドの存在意義はとても大きなものだったのですよぉ。例えばですねぇ…」


羽川さんは少し考える仕草を交えながら話し出した。


「戦いが起きた場合戦うのは騎士や兵ですよねぇ?」


「はい」


「では相手にお城や御屋敷へ攻め込まれた時に戦うのは誰ですかぁ?」


「やっぱり騎士や兵ですよ。王様とかを守れるのはそういった戦える人達じゃないですか」


「普通はそう考えますねぇ。ですが王妃やお姫様などの寝室に騎士や兵が入るなんてことは許されない行為ですよぉ」


「まぁ…そうなりますね」


「そこでメイドなのですぅ」


「メイド、ですか?」


「常に王妃やお姫様の近くに侍り、身の回りの世話をすると共にそういった非常事態のおりにお守りするのが本来のメイドの役割となっていたのですぅ。いわば最後の護り手というものですねぇ。ですが窮地の場面で王妃達を護るためには相手を倒さねばなりません。そのために彼女達は戦うための教育を施されていたのですよぉ」


「なんかすごいですね」


「そうなんですぅ。城戦などにおいて騎士や兵は敵を進めさせないために守る戦い方を、その一方でメイドはいかに相手を…まぁ言い方はアレですけど…いかに相手を殺すか、を叩き込まれるのですぅ。強くなければお付きのメイドにはなれなかったと言ってもいいでしょうねぇ」


「殺す…ですか。なんか弱々しいメイドのイメージが総崩れしてます」


「ふふっ、それにメイドは相手にとって剣を向ける者として度外視されるものだったので、それを逆手に取った戦い方があったようなのですぅ。騎士や兵が直接剣を交えますよねぇ?その最中に相手の意識の外からメイドが攻めるのですぅ。相手側としては思わぬ攻撃にたまったものではないはずですよぉ」


なんかホントすごいな。

メイドをそういった観点で見ることがあるとは思わなかった。あまりにも現代のメイドというイメージから掛け離れ殺伐としたし過ぎたものだ。

なんか男性諸君の幻想がぶち壊れていく音がする気がしてきた。


「だから泉堂家のメイドも強くあるのですぅ。旦那様やお嬢様をお守りするために…」


羽川さんは両手で小さなガッツポーズをしてみせた。

その何かをくすぐられるような仕草に強さは見えてはこない。

しかしこの可愛らしさの裏に隠された強さがある。これにはどんな相手も敵わないんだろう。染々とそう思うのだった。


「どうでしたかぁ?」


「なんつーか…すごい勉強になったっていうんですかねこれって」

「それはとてもよかったのですぅ。私もお話ししててとても楽しかったですよぉ」


そう言ってまたニコッと笑うと羽川さんはベッドから立ち上がった。


「それでは私はそろそろ行きますぅ。お夕飯の準備がありますのでぇ」


そのまま羽川さんは礼儀正しい姿勢でドアまで歩いていくと、こちらに小さく手を振って部屋から去っていった。

なんと言いますか、ここで今はっきりしたことは、泉堂家のメイド達を怒らせるようなことは絶対にしてはいけないってことだな。殺されるのは、勘弁だ。

そう胸に誓って俺は再び読書に戻っていくのだった。

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