第25話 学校のかいだん⑤
高瀬
「ついに学校のかいだん編が完結!困難を乗り越えた僕とある女子は幸せ絶頂の恋路へと…!」
泉堂・佐原・三坂
「「「ない」」」
「高瀬、どうした?」
普段なら捨て置くところだが、こうした特殊な環境下で倒れている以上そういうわけにはいかなかった。明らかに高瀬は弱っており、顔とかにも見るからに殴られたような後がある。
その理由はなんとなく見当はついていた。どうせお嬢様にちょっかいを出そうとして返り討ちにあったんだろ。
けど、変だな。返り討ちにされるにしてもこのお嬢様にここまでやられるものだろうか。昔から知る限り高瀬は喧嘩ができる方だし慣れているはず。殴られたりするにしても少なくともお嬢様に決定打を受けることはないだろう。
お嬢様自身が護身術を会得しているなんて聞かされてもいないし、間違いなくその線はない。そんなお嬢様程度に地に沈められる男でもないだろこいつは。
「き、木下か…」
高瀬が目を開いた。
「気を…つけろ…。ここには…メイドの幽霊が…いる、から…」
「幽霊!?お化けが!」
再び気を失う高瀬。そして過剰反応する三坂。なんというか、こんな茶番に付き合わなきゃならないんだろうか。いや、そんな必要もする気もない。
「なに猿芝居を打ってんだよお前は。オラ、起きろ」
「あぶっ!」
腹に一発入れてやった。
「いてて…わかった、わかったって。どうだった僕の迫真の演技は。なかなかのもんだろ?」
三坂のみに効果絶大だったのは認めよう。
「高瀬、お前なんでケガしてんだよ。泉堂にやられたとか?」
「わ、私がこんなことするわけないじゃない」
「いやいや、姫香ちゃんが驚いた時のボディーブローはそこそこ効いたよ。膝から崩れるほどに…」
「それは…たまたま決まっただけでしょ!余計なこと言わないでっ!」
頬を赤らめて抗議するお嬢様。高瀬のダメージ蓄積には少なからずお嬢様自身が関与しているようだ。
つーか、お嬢様は驚くと周りを殴り付けんのか?三坂は精神的にお嬢様は肉体的に相棒を痛め付ける。もうこいつらと肝試しなんかしないぞ俺は。
「でもさ、木下。メイドの幽霊ってのはホントさ」
「あん?なんだって?」
「だーからさ、出たんだってメイドの幽霊が!姫香ちゃんに抱き着こうとしたら急に現れて僕をボコボコにしていったよ」
「ちょい待て。抱き着こうとしたってなんだ。人のいないところで何やらかしてんだお前は!」
高瀬の胸ぐらを掴む。もしお嬢様に何かあったらどうしてくれる!羽川さんに殺されちまうだろうが俺が!
「ま、まぁそれは置いといてさ」
「置いとけると思ってんのか?」
生死がかかってんのに。
「その幽霊ってのがさ、二人いて僕は袋叩きにあったんだ。不思議だと思わないかい?学校にメイドが出るなんてさ。これはもう心霊現象と言わずして何と言うってやつだよ!」
「や、やはり心霊現象なんですか!?」
また頭を抱えたくなった。夜の学校ってのは人をおかしくする効果でもあるのだろうか。なぜ高瀬といい三坂といいそこへ結論を持っていく?もっと現実的に考えてみたらどうなんだ。
答えはすぐに出る。おそらく…。
「真貴…」
答えを思考内で出そうするとお嬢様が袖を引っ張ってきた。その表情はどこか気まずげだ。
「高瀬の言ってるその幽霊ってやつ、ね。うちのメイドよ」
「だろうな。この辺りでメイドと言ったらそれしか思いつかない。羽川さんが絡んでるのか?」
「さぁね、知らない。でも、まぁ私のボディーガードとしてこそこそしてるってのはよくあることだし」
忍者か、あの人達は。
「正直やめてほしいんだけどね、そういうの」
「そういうもんか?」
「そうなの!だいたいあなたが頼り無いからいけないのよ?しっかりしてよね」
「ん〜、精進します」
俺は召し使いであってボディーガードじゃないんだけど…そんなこと言ったらあの人達もボディーガードじゃなくメイドだ。屋敷での仕事にお嬢様の護衛。比類無き奉仕ぶりに敬礼。
「ところで誰だった?」
「秋山と松本…」
「秋山さんはともかくあの温厚な松本さんまで武力行使か」
高瀬、何をしようとしたのか…いや、もうあえて訊かないでおこう。今もどこかで二人が目を光らせている可能性も無くはない。
今やってるのは肝試しなんだ。他の恐怖を増やさなくてもいいだろ。それはそうとだ…。
「もうゴールで終わりじゃないのか?佐原は?」
「そうです!佐原さん一人でこの魔巣にいては危険です!」
「三坂、お前は少し黙ってろ」
「三坂ちゃんさっきからどうしたの?」
小声で訊いてくるお嬢様。
「いろいろあって混乱してる」
としか言えない。
「こっとりちゃーん!怖いなら僕がついてるから大丈夫だよ!」
「はぁ?憑く?まだお化けが憑いてた方がマシです」
「いたら嫌な存在以下ッスか!?どんだけ嫌われてんの僕は!?」
毒舌だけは相変わらず半端ないっす三坂さん。
打ちのめされた高瀬を放置して携帯を取り出す。当然校内のどこぞにいる佐原を呼び出すためだ。脅かし役であるからかまったく姿を見ない。うちのメイド並に隠れるの上手すぎるな。
ここオカルト研究会とかあったかな?学校の怪談に佐原はいったい何者なのかを加えることを薦めよう。
電話帳から佐原の番号を検索してコールボタンを押した。数回のコールで留守電になってしまった。
「佐原につながらない」
「どうしたのかしら?」
「あいつのことさ、まだ何か仕掛けてんだよ」
「なんだ高瀬、やけに佐原のことを理解してそうじゃないか」
「そりゃ…まぁ、うん、まあね…」
なぜか言葉の尻が言いずらそうだった。珍しく少しばかり追求してやろうか。
「どうした高瀬?」
「いや、なんでもないって気にしない気にしない」
そう言うならこれ以上訊かないさ。踏み込み過ぎないのが俺のジャスティス!
「ぎゃあああぁぁぁぁ!!」
俺にとってもう聞き慣れてしまった悲鳴が響いた。
「み、三坂ちゃん!?どうしたのっ!」
「む、むむ向こうの校舎にひ、火の玉が…!」
「なんだついに幻覚を見るようになっぼぁっ!」
お嬢様に拳で殴られた。
痛む頬を抑えながら特別棟の教室を眺める。だがそれらしいものは見えない。
「つーか、どの教室だよ」
「まっ…真正面のあの教室です!」
指差された向かいにある教室を全員が凝視する。そして…教室の端から端までを移動する火の玉があった。
「あれ……佐原だろ…」
「佐原さんが火を出すとでも思ってるんですか木下!馬鹿ですか!脳内がファンタジーですか!」
そこまで責めなくてもいいだろ。んで、そういうことを言っているわけじゃなくてだ。
「だから火の玉花火とか使ってるんだって」
「そんなのあるの?」
お嬢様が食い付いてきた。
「夏にそこら中で売ってるだろ」
「知らない。今まで夏は引き込もってたんだもん」
引きこも…うん、人にはそれぞれ生きてきた道があるんだもんな。
みんな違ってみんないいとかいう言葉もあるようにその人の来た道を悪いだのとやかく言うべきじゃない。例えそれで洗濯機を宇宙船だとほざいてしまうようになってしまったとしても、だ。その人にとっては宇宙船という名の洗濯機なんだと周りが理解してやろう。俺は出来る限り慈愛を込めてお嬢様を見た。
「な、なによ」
「いや、別に。それはそうと俺達はあれをどうすればいいんだ?」
見てるだけってこともないだろ。
「僕らの方から行けばいいんじゃん?」
「そうなるか。じゃあ俺と高瀬で行ってくるから二人はここで待ってろ。佐原を呼ぶくらい全員で行かなくてもいい」
「薄情な!女子二人を置いてくって言うんですか!」
現実、女子二人じゃなくメイド二名を足して四人だ。また三坂に騒がれても面倒だし、お嬢様が残ればどこかにいる秋山さんと松本さんもその近くにいる。おそらく最も安全で面倒事にならない布陣だ。俺的にはそうしたいんだが…。
「なら俺が一人で…」
「あっ…だったら私が真貴と一緒に行くわ」
そう言ったのは意外にもお嬢様だった。こうしたことにはさっさと行ってこいと人任せにするもんだと思ってたんだが。俺以上の面倒臭がりなのに珍しいこともあるもんだ。
「それでいい?」
「うん、僕は構わないよ」
「私はこんなのと一緒は嫌です!男子となんて」
「それは酷いんじゃないかい小鳥ちゃん。男子ってだけで人を決めつけるのは、いただけないなぁ」
「うぐっ…い、いいでしょう。それも一理ありますし…その代わり一つ条件があります」
「近づくなとか?」
「分かってるならいいんです。とりあえず20メートル離れてください」
「それもう教室から出てけって言ってるよね!?」
「そういう言い方もあります」
もう行っていいかな?
時計はもうすぐ午後九時になる。あと三時間で今日も終わりかという時間帯だ。玄関の上階に位置する四階渡り廊下を通り特別棟へ向かう。隣にはお嬢様、三坂と正反対に毅然とした足取りである。
俺としては手間が掛からなくて非常にありがたい。ありがたいんだが、肝試しを続けているとして俺以外の男子だったらお嬢様の態度をどう思うだろうか。
例えばここが行楽地のお化け屋敷だったとしてお嬢様じゃない誰か他の女子が隣にいるとしよう。その子は勇ましく暗闇を突き進んでいく。うん、俺としてはかなり楽だ。
結論、俺の感覚では例えにならない。
「あっ、言いたいことがあったんだった」
「うん?」
唐突に切り出してきた。
「さっき高瀬が私に抱き着こうとしたとか言ってたじゃない?あれ、嘘だから。私が椅子に足を引っ掛けて転びそうになったのを支えてもらったの…」
「ボディーブローをかましたってのも嘘か?」
「あ、あれは驚いて偶然…というか、つい殴っちゃったのよ。助けてもらっといて悪いことしちゃった」
お嬢様は本当に申し訳なさそうに俯いた。
「その後で勘違いした二人に高瀬袋叩きにされちゃったし……」
それは高瀬が気の毒だ。恩を仇で返され、その上に追い討ちを掛けられたのか。しかし、あいつがそんな紳士的なことをする男だったとは……漫画とかの主人公みたいだ。
「あとでちゃんと謝っとかないとな」
「そうね。謝っといて」
「自分で謝れバカヤロー」
渡り廊下を歩き続けると特別棟へ入る扉があった。他の渡り廊下には無いのにここにだけある扉。なぜなのかは知らないが誰も気にすることなく普通に使用されている。
「さて、ここに入ればすぐに例の教室なわけだが」
ガチャッ。
お嬢様は躊躇うことなく扉を開けた。
「お前ってホント肝試しに向いてないと思う」
「何言ってんのよ。さっさと行くわよ」
特別棟へ入っていくお嬢様に続いて中に入る。
そこは特に何かがあるわけでもない至って普通の廊下だった。他の階と同様に左側に教室が並んでいる。誰かがいるような気配もなく耳鳴りがするほど静まり返っていた。
火の玉が飛んでいた教室はすぐそこの教室。そこは確か他の教室が空いていない時に臨時で使用される空き教室だ。
ドアは閉まっていて開けない限り中の様子はわからない。いっそ開けてしまおうかと手を伸ばしたところでお嬢様に制された。
「真貴はこの学校の怪談って知ってる?」
「体育館とか音楽室のとかのなら…三坂に聞いた」
「そう、じゃあここの教室に語られる怪談は知ってたりする?」
「それは知らないな。四つまでしか聞いてないし」
お嬢様はイタズラする子供のような笑みを浮かべた。
「ふふん、これはなかなかのものよ。他のと比べてずっと怪談らしい怪談なんだから」
「ほぉ、どんなの?」
「窓から覗く女の人よ。なんでもここで告白して振られた女子がどこかで交通事故にあって亡くなったことがあるんだって。それ以来…出るみたいよ」
「ありきたりな話だな」
「でもありきたりだからこそ無くはないって言えないでしょ?ここの学校そこそこ歴史長いし…ね…」
突然お嬢様が廊下の奥を振り向いた。しばらくそっちを見たまま動かない。
「どうした?」
「しっ!さっき何か聴こえたの」
「何かって…」
パキ…。
ん…?
パキ…パキ…パチ…。
確かに何か聴こえる。何かが折れるような音。
「真貴も聴こえた?」
肯定の意を込めて頷く。
パキ…パキ…パチ…パキ…パチ…パキ…パキ…パキ…パチ…パキ…パキ…パキ…パキ…パキ…パキ…!
こ…これは…。
少しやり過ぎだとも言えるラップ音の演出にお嬢様が俺の制服の背を掴む。
「ね、ねぇ…これなんか、すごく怖い!」
パキ…パキ…パキ…パキ…パチ…パキ…パキパチパキパキパキパキ!!
さすがにこれだけ音が鳴れば心理的にかなり来る。心臓が高鳴り息が荒くなってくる。嫌な汗まで頬を伝ってきた。
廊下の暗闇から聴こえてくる音は一向に止む気配がない。それどころかだんだんと激しくなる。
そうだ…懐中電灯!
俺はズボンのポケットに入れたまんまの携帯用懐中電灯を取り出しすぐさま前方を照らした。
パタパタパタパタ…!
姿は捉えられなかった。誰かの足音が複数遠ざかって行く。そして何も聴こえなくなった。
しばらく照らし続けたがさすがにこの小さい懐中電灯のみでは奥までは明かりが届かなかった。
「ま、真貴…?」
不安の入り雑じったお嬢様の声。それはそうだろう、今のは俺も冷や汗をかくほどだった。
「だ、大丈…」
大丈夫か?と懐中電灯の明かりと共に振り向いたその視界の端に…窓から、誰かが覗いていた。
「!!!??」
「きゃああぁぁぁぁ!!!」
「おごっ!」
叫びながらお嬢様が突っ込んできた。支えきれずによろけそのまま倒れこんでしまった。
尻餅を突き、すぐに体に乗っかっているお嬢様を気にせず窓を照らす。しかしもうそこにはもう何もなかった。
確かに…さっき誰かが…髪の長い人が…。いた……のか?ホントにいたのか?
なんにしてもひとまずは落ち着こう。思考がうまく働かない。
一度息を吸い込んでから吐き出し、早い鼓動を静めていく。これだけでだいぶ落ち着いてきた。
ん…?お…うぇ!?
気付くとお嬢様が俺を抱き締めるという何とも言えない状態になっていた。よほど怖いのか顔を俺の胸に埋めて震えている。
も…もっと落ち着け俺。れ、冷静に対処するんだ。
「せ…泉堂?何もないから、大丈夫だって」
「ほ、本当に…?」
か…顔を上げるな!いくらなんでも近すぎる。目尻に涙なんて浮かべて…可愛いじゃないかコノヤロー!
「ホントにホントに!だから、な?とりあえず上からどこう、な?」
「え…?あっ!う、うん…」
言い聞かせるように言うとゆっくりとお嬢様は上からどいた。
立ち上がって窓に近づいて開ける。懐中電灯でそこら中を照らしたが、やはり何もなかった。
やられたな…これは。肝試しに勝ち敗けが存在していたら完全に佐原の勝ちだ。認めよう、肝が縮み上がったと。
「やあぁぁぁ!!?」
外を眺めながら敗北を感じていると背後からお嬢様の悲鳴が。何事かと素早く振り向くと、お嬢様が両手をバタつかせていた。
そして顔の近くを照らすとなぜかコンニャクが飛んでいる。いや、糸で吊るされていた。その後ろにいる佐原によって。
「にゃはは!見てよ木下君、姫ちゃんの怖がりようはどうよ。可愛いねぇ〜」
「夜の学校でコンニャク振り回すお前こそどうよ」
最後の最後でショボい脅かし方をしながら佐原は満足気に笑っていた。気が抜けるほどの満面な笑顔で。
「んでんで、どうだった今日の肝試しは?」
佐原の当然とも言える質問に俺は答えるしかないだろう。称賛を込めて。
「さすが…だな」
もう一度佐原はニッと笑みをこぼした。