第22話 学校のかいだん②
三坂
「この小説はミジンコ野郎木下真貴とその仲間達の日常をだらだらと書いていくものです。過度な期待は後々の後悔に繋がります。健康のため女の子は携帯及びスマホの画面から20センチは顔を離してお読みください。あと野郎共は画面から20メートルは離れて読みやがってください」
木下
「読めねーよ」
佐原に指定された時間を過ぎ、お嬢様と高瀬のペアが先にスタートした。しばらくして上の階からおそらく高瀬とお嬢様の悲鳴が聞こえたようだがそれは気のせいだということにしておこう。
それから十分経ち俺と三坂も予定通りいざ特別棟へと足を向けた。そして俺達の番が開始されてからそれほど経たない内に俺は三坂の一面を決定付けることにした。三坂小鳥は生粋の怖がりである。
階段を登って三階へ到着。三坂がすぐ後ろで付かず離れずの距離を保って着いてくる。まったく口も利かない。
毒舌の雨にさらされないのはありがたいことであるが、これは如何せんやりにくいものだ。
少しは俺から話を振ったりするべきなのだろうか、と思い三坂の方へ顔を向けると、体を縮こませて目尻に涙を浮かべている三坂がいた。
まだ特別棟の教室にすら入ってないというのにこの有り様だ。早々にギブアップするべきなのかもしれん。
「…なぁ、三坂」
「ふえぇ?」
ふえぇ…って何?妙なとこで可愛らしい声を出すな。これが平日の日中で周りに男子がいたら下手をすればとある趣向のファンができてしまう。
「怖いなら無理しなくていいんだぞ?」
「あ…ああああなたのようなシュウマイの上に乗ってるグリンピース的存在に心配されるいわれはありません!それに怖くなんてないですし!」
やたらと大きな声に指で耳を塞いだ。まったく、気を配ったらこれだ。まあ別にいいんですがね。
ところでグリンピース的存在ってどういう……ああ、なるほど。なんであるのか理由不明な存在ってこと。やかましいわ。
辿り着いた答えに自分でツッコミをかます。ハッと我に返り周りを見回して三坂が確かにそこにいることを確認した。
女の子を一人にするなんて最低!のレッテルを貼られるのを回避して胸を撫で下ろす。しかし、毛嫌いする男子を置いて勝手にどこかへ行かないところを見るとやはり怖がってはいるようだ。
それでも歩けば黙って勝手に着いてくる三坂。懐中電灯の明かりしかなく暗い上に周りが静かすぎて足音が響きやすい。真後ろから聴こえてくる足音はかなりのホラーだ。私メリー、今あなたの後ろにいるの、って電話が来そう。
ところでこの怪談でメリーさんが道に迷って泣きながら電話してきたらかなり可愛いと思ってしまっているのはもしや俺だけか?
余計なことを考えつつも足を前へ動かす。特別棟三階の最も手前にある教室は確か生物室だ。壁に付いているプレートを見て生物室であることを確認。
なんというかいきなり難関がやってきたな。生物室はよく学校の怪談にも語られるあのやけにリアルな人体模型君が飾られている所じゃないか。佐原もそれが解っていてこの階を選択したんだろう。
ドアに手を掛けていつものように横へ引く。当たり前に開いたドアから中に入ると廊下とはまた違った空気が流れていた。
電気を点けてはいけないようだから足下が暗い。明かりと言えば前方を照らす懐中電灯しか頼りにならないというのはなかなか心細いもの。
だが、足を引っ掛けうる危険な椅子は授業終了時に教室の端へ片付けることになっている。一定間隔で設置されている長い机に気をつけていれば転ぶ心配はなそうだ。
さぁ例のお札とやらはどこにあるのか。さすがに暗くてすぐにはわからない。
ゆっくり奥へ進み懐中電灯の明かりで足下をゆらゆらと動かして探す。明かりは二つあるはずなのだが、もうひとつがさっきから見当たらない。三坂は使っていないのだろうか。
後方を振り返り懐中電灯を点けるよう促そうとすると息が詰まった。教室の入口辺りに明かりで不気味に浮かぶ三坂の顔があったからだ。どうやら懐中電灯を真上に向けて照らしていたらしい。そういうの心臓に悪いからマジで止めていただきたい。
照らされている三坂の顔は目を見開き口を開けたまま硬直していた。
「お前何してんの?」
「………」
返事がない。明かりの先を見て固まっている。
何かあるのかと俺も天井を照らしてみた。
「お…おおぅ…」
言葉にならないとはまさにこのことなんだろう。思わず背筋に悪寒が走る。照らした先には決して間近では長時間見ていたくないものが吊るされていた。
ヘビにカエルにコウモリにムカデに目玉に色とりどりの幼虫みたいなやつ。その中でまばらに吊るされているあの黒くてでかい長めの足がたくさんあるあれはクモだろうか。それら気色の悪いものオールスターのおそらく玩具が生物室の天井をびっしりと埋め尽くしている。
まさかこれ佐原が全部仕掛けたやつか?そうとしか考えられん。こんなことに労力を惜しみ無く費やすが他にいるとも思えないし。
おびただしい数の不気味玩具から明かりを外して石化魔法の餌食になっている三坂に向ける。ちーん…という効果音がどこからか流れてきそうだ。
こんな状態の女子に触れるというのも躊躇いが出てくるが、呼んでも戻って来ないなら肩を揺すって呼び戻すしかないだろ。置いていくわけにもいくまい。
「おい、三さ…」
「ふひぃぃやぁあぁぁ!!?」
肩に触れただけでなんつー悲鳴だ。鼓膜が幾度も振動して耳がおかしい。耳元で大声を出された時の変な感じがする。
「なにか出るよぉ…お化けがでるぅぅぅ…」
三坂はその場に座り込みうずくまってしまった。言動までが幼い子ども並みに極端な退化をしている。
落ち着け三坂。ここで泣かれてもかなり困ることになるぞ。主に男子たる俺が。
「三坂、もうダメだ。佐原の携帯に連絡してキブアップするからな」
「よ…余計なことをしないでください!私ならぜんぜん大丈夫なんですぅ!」
そんな涙を流しながら言われても大丈夫そうには見えない。
ズボンのポケットから携帯を取り出しディスプレイを開く。続いて電話帳を開こうとしたところでそれは叶わなかった。携帯を奪われた。
「やめてください!」
「だって三坂怖いんだろ?お化けとか言ってるしゃないか」
「お化け!?誰が言いましたかお化けなんて!」
「誰がとかありえない返しだな。携帯を返せ」
三坂の手から奪い返しポケットへと戻す。嫌だと言うなら無理に連絡はしない。その代わり肝試しを続行することになるが。
「ふ…ふふふ…」
ん…?なんだ?ついに壊れたか?なにやら不可解に笑い出した。
「こ、この世に割り切れないものなんてものはないのです。幾多ある現象は全て科学で説明がつきます。ですが、元来、人というものは闇を恐れる生き物。暗闇に閉ざされた環境の下では判断力や思考力が極端に低下し、見るはずのないものを見てしまったという錯覚をしてしまうのです。つまりあらゆる怪奇現象は人の弱い精神がトリガーとなります。このような夜の学校は人の弱さを露呈させるには絶好の舞台なのでぇぇぇぃい!!?な…なんでそんな離れた所にいるです!?」
普段からはありえない速度で駆け寄ってきた。
「いや、お札を見つけたから」
入ってきた教室から対角線上にある最も遠い机。付近の壁際には大量の丸椅子が積まれている。少し触れば崩れてしまいそうだ。
机の上に置いてある札を明かりで照らす。札ってよりもノートを長方形に切ったものに南無妙法蓮華経と書いた完全なエセ札だった。佐原の自作だろう。これがこの階の教室全てにあるようだ。
「だからと言って何も言わずに離れるなんて…ぶつぶつ」
何か言っているようだが気にしないことにしよう。特に興味の無いことに頭を突っ込むと大抵は面倒なことに繋がるんだ。触らぬ三坂さんになんとやらってやつだ。
「これがお札とやらなんですか?」
「佐原の自作だけどな」
お札を手に取る。うん、裏返せばまごうなきノートの切れ端だ。
「ですが、肝試しの内容がこれを取ってくるだけで助かりました。こんな状況で他に何かするのであったら上手く思考が働きません」
「やっぱり怖いんだな」
「こ、こわがってなんかいませんから。今日の私の何を見てきたんです?目薬を容器ごとぶちこんでやりましょうか!?」
「主にビビってる姿だが」
「ぐ…っ、それは…や、やはりこの暗闇がいけないんです!暗くて視界による情報が極端に少ないのです。人は目に見えない確証のないものに怯える生き物。そしてそれはあなただって同じなのです!」
細長い人差し指を突き付けてきた。
「あなたも平静を装ってはいますが内心では超ビビってる筈なのです!ゆえに己と同じ気持ちを他人にも求め心の安定を図っているのです!」
なんて無茶な理論だよ。いちいち聞いてるのも若干飽きてきた。何か俺に利がありその上で面白いことは……ああ、そうだ。
俺は頭に浮かんだ企みに心中で笑う。
「よって、他人に怯えの共感を求めない私はあなたよりも決して怖がりではないのです。まだまだ私には気持ち的な余裕があるのですからね」
怖がりであることはもう否定しないのかよ!っと突っ込みたい衝動に駆られた。が、それよりも一つの面白味が勝る。
「そうか。なら少なくとも俺よりはもうビビってないわけだ?」
「当然です!」
「じゃあ、これ」
俺はとある所へ懐中電灯の明かりを当てた。
「はい?」
三坂の真後ろにいる人体模型君へ。
「いっ…やああああああぁぁぁぁ!!!?」
「げふぁっ!!」
大絶叫が聞こえたと思ったら突き飛ばされた。
「どぅおぉぉ…っ!?」
どこにそんな力があったのか勢いが良すぎて椅子の山に突っ込む俺。当然ながら崩れるわけで大量の椅子が降ってきた。
椅子の下敷きになっていきながら痛みに体を打ち付けられつつ心の底から思う。やらなきゃよかったと。
俺は人生で初めて本当の意味で人が嫌がることはもうしないと誓った。