第21話.学校のかいだん①
木下
「前から思っていたんですが…」
泉堂
「何よ?」
木下
「お嬢様って登場キャラ多いと一気に影薄くなりますよね」
泉堂
「………」
ようやく補習期間が終わりを迎えようという七月下旬。なぜか補習に付き合うことになってしまった俺はいよいよ解放されると内心喜んでいた。もうこいつらの面倒を見る必要がないと思うと年甲斐もなく腕を上げて万歳をしたくなる気分だった。
だが、そう簡単に事が運ばれないのが現実らしい。さて帰るか、というところで佐原からこのような提案がなされた。
「補習終了祝いってことで今夜学校で肝試しをしようよ!」
みんなが賛同する中で当然俺は断った。これ以上面倒事に関わりたくないという一心でな。
しかしながら佐原が言うには。
「多数決の原理で全員参加決定でーす!」
「異議あり。少数意見の尊重を主張する」
「ダメ!」
俺の意見は一蹴され強制参加する羽目になってしまった、というところから今回の話は始まる。
場所は灯りひとつ無い生徒玄関前。暗闇が辺りを支配する夜八時に俺達は集まった。
しかしあれだ。電気が点いていない学校というのは暗いという条件があるだけでかなりの雰囲気を感じさせるものだ。見慣れている筈の校舎が不気味に見える。
今回は夜にお嬢様も出歩くということもあり、羽川さんにはよく注意するよう念を押された。これでお嬢様に何かあったら俺がよろしくない結末を迎えそうな気がする。お嬢様の安全だけには細心の注意が必要だ。俺はかなり頑張ったと言っていいだろう。学校へ来るまでのお嬢様との道中でさえ普段通りに歩いているように見えて周りに神経を張って怪しい気配がないか警戒していたくらいだ。もう一般男子高校生の域を越えていることは重々承知してるさ。普段の修行の成果は伊達じゃないぜ!
とは言っても今のところほとんどその成果を発揮したことはない。街に何度かお嬢様と出掛けた時に寄ってきた奴等をのした程度のことだけだ。
思考を回想から現実に無理矢理戻す。
全員の前を行く佐原が手にするのは鍵らしきもの。おそらく鍵で正解だ。よくもそんな大切なもんを手に入れられたもんだ。
その素朴な疑問を口にすると佐原は得意顔で答えた。
「仲良くなった代理理事に話したらマスターキー貸してくれちゃった!」
おい、それでいいのかよ代理理事……!セキュリティの厚さがペラッペラだ。
一応は学校ということもあり制服で集まった俺達のそれぞれの手には各々が懐中電灯を持っている。佐原が持ってくるように指示してきたものである。校内に入っても電気を点ける気はないらしい。
玄関の鍵を佐原が開けてその先にあるエントランスまで入っていく。そこで佐原が手を叩いて皆の注目を集めた。
「それじゃあひとまずチームを組もうか!せっかく男女のペアにしようよ」
「男女ペア?」
高瀬が疑問符を浮かべている。
「それだと男子一人足りないね。木下、島田か秋山を呼ぼう。どうせ暇してるだろうしさ」
「えぇ〜」
不満の声を漏らしたのは薄暗さにも同様を見せる様子のないお嬢様だった。高瀬の提案に何か言いたそうな顔をしてる。
「どうした泉堂?」
「何て言うか…知らない人とかと一緒にって…私にはちょっと…」
お嬢様の人見知りが発動していた。すぐに直す必要ははないが後々直していく必要はありそうだ。
「なら今回はこの佐原さんが脅かし役に徹するとしますかね」
楽しそうに佐原は裏方役を買って出た。
「いいのかい?」
高瀬が聞くと佐原は首を縦に振った。
「うん、それはそれで楽しそうだからね!」
やけに意気揚々としている佐原。これは何かあるんじゃないかと僅かな不安を煽られる。
気を紛らわそうとだだっ広い校内を見渡した。ここエントランスは一般教室が並ぶ一般棟と特別教室が並ぶ特別棟に繋がっており、生徒玄関から見て右へ行けば特別棟へ、左へ行けば一般棟へとなっている。
真っ直ぐ行けばどうなるかというとガラス張りの壁にぶつかる。そのガラスの先には二つの棟に囲まれるようにして中庭が見える。平日の昼休みには昼食をとる生徒やらで賑やかであるが、今はただ静けさに虫の合唱が混じる暗い庭だ。
このエントランスだってただ広いだけじゃない。ちょうど中央に設置された時計塔があるのだ。四方から時間を見ることができ、ロンドンの…あのなんて名前かよくわからないでかい時計塔を彷彿させる。いわば学校のシンボル的なものである。
要するに我が桜乃丘高校はでかいということだ。都内でさえこの広大さを誇る学校はあるまい。
他にも敷地内には図書館や体育館、新館、各道場にプールに様々な部活が使用するグラウンドと施設が充分過ぎるほど整っている。金の注ぎ込み過ぎだ、とまではいわないが、あえて不平を言わせてもらうとするなら移動が大変だということだけだ。
「はい、チーム分けをするよー。ここにクジがあるから取ってね」
佐原が右手と左手に細長い紙を二本ずつ握っている。
「なぜすでにクジが用意されてる?」
「細かいことは気にしないのが吉だよ木下君」
こいつはじめから脅かし役をするつもりだったな?
よからぬ企みの気配を感じつつも佐原が男子の方だというクジを引く。高瀬達も同時にクジを引いてチームが決定。
木下真貴&三坂小鳥
高瀬陽&泉堂姫香
このような組合せと相成った。
こうなったことにさして異論を唱えるつもりはない。これは運によって決まったからだ。
クジを引く際に仕掛けがないか注意深く見てみたところ佐原が何かした様子もクジ自体に細工が成された様子もなかった。つまりこれは厳正…とまではいかないにしても公平な結果。そこに文句を滑らせる隙間はない。
それにしてもなんだかな。好き嫌いをするわけではないが半々の確率で三坂ととなるとは。
男女のペアという時点で三坂の気に入らないものであることは間違いなく、機嫌がよろしくないのは想像するに難しくはない。その三坂とあまり長い時間でないとは言え二人っきりとは胃が痛くなりそうだ。というかすでに若干痛い。俺は高瀬ほど精神的に打たれ強くは出来てないのだ。
それならお嬢様とペアであった方がまだ気が楽だ。普段の屋敷内と大差無いことだから。
それにお嬢様は──。
「ねえねえ、姫香ちゃん。もし怖くなったら僕にしがみついてもいいからね」
「期待を裏切って悪いけど私ホラーゲームでこういうのには慣れてるの」
「……さいですか」
──ということである。
お嬢様は俺が知っている限りでもなかなかハイレベルなものをプレイしている。俺もかなりビビるようなものをだ。そんなお嬢様にとって学校での肝試しは夜の散歩とそう変わらない。妙な耐性である。
期待を胸にやって来た高瀬には気の毒だが、女子との合法フィジカルスキンシップは諦めてもらおう。俺もいろいろ諦めているしな。
ところで話は変わるのだが、今日はやけに静かな奴が一名いる。ペアになって毒舌の雨を降らしてくると思いきや近くに居ても何も言ってこない。三坂がなにか変だ。
ちらりとすぐ隣にいる三坂へ横目を向ける。黙りこくっている小綺麗な顔は少々青ざめていた。
「み、三坂…?大丈夫かお前?」
返事が返ってこない。
「おいって!」
小声で呼びながら肩を軽く揺すってみた。その瞬間、小さな体がビクッと震えて口からは聞きにくいほど微かに悲鳴のようなものが溢れた。
「ななななな何です?」
『な』が多すぎるって。ふむ、もしかしたら今のこいつは…。
「三坂、怖いのか?」
「ばっばっ馬鹿ですか!?この私に怖れるものなど皆無なのです。あなたが近くにいるから気分が害されただけです」
人を病原菌のように扱うやつだ。怖くないと言い張るならそれでいいさ。余計な詮索をしないのが俺の処世術の一つ。ここで罵詈雑言を投げられても困るしな。
でもまあ、この状態の三坂と歩き回るというのもそれはそれで労のいるものかもしれん。面倒だな…。
先々のまだ見ぬ苦労に肩を落としているところで佐原のルート説明が始まる。これもどこから手に入れたのか校内の地図を床に置いての本格的なものだ。
「んじゃあルートの説明をするね」
若干肩の震える三坂を含めた全員が地図を覗き込む。佐原が指を差しながら地図上で動かした。
「まずはここ玄関先のエントランスホールから右に行って特別棟の階段を登り三階に行って各特別教室に全部入ってもらいます。各教室内にある証拠のお札を取ってきてね」
そう言って佐原はただの紙で作ったお札を見せた。
うん、かなり肝試しのそれらしくなってきたな。
「それで次にそのまま一般棟へ向かう廊下を進んで一般棟に入ったらすぐそばの階段を上がって四階に。そしたらそこから一番遠いとこにある教室がゴール!わかったね?」
俺達は一様に頷いた。
「では、始めたいと思います!……でもその前に、準備があるから三十分くらいここで待っててそれから各チーム十分くらい間をとってスタートね。そんじゃ、みんなの健闘を祈る!」
佐原は早口で言い敬礼をビシッと決めると金髪を揺らして闇の中へと消えていった。
見送った後、お嬢様や高瀬もやり取りをしながら待機に入る。一瞬お嬢様がこちらを不満そうに見たと思ったのはたぶん俺の見間違いだ。
しかし、この薄暗く不気味な中で懐中電灯も使わずに行った佐原の肝はいったい何で出来てるんだろうな。そもそも肝って体のどの部分を指すんだっけか?などと考えながら床に座り込むと三坂が目に入った。立ちっぱなしで顔を俯かせている。
そのことに対して特に気に留めることもせず、俺は中央に立つ時計塔の針が規則的動くのを眺めていた。