第1話 さっさと起きやがれお嬢様
朝7時。以前の俺なら朝食をとっていたこの時間帯に現在、だだっ広い廊下を歩いている。
服装は人身売買と共に転校した高校の真新しい制服に着替えてある。紺のブレザーに灰色のチェック柄ズボン。ネクタイは情熱の赤。
前は学ランだったってこともあるから着心地という点では有り難い。
今日は快晴であろうことを期待させる日光が窓から差し込む。転校初日としては幸先が良さそうなものだが、俺の気分は天気とは対象で曇りがちだ。
これでもかってくらい大きな溜息をつく。
今からその根元である人物に会うわけだが…。
ある部屋の前に立ちノックをする。
コンコン!
「お嬢様、起床なさってますでしょうか?」
…………。
呼び掛けるが返事がない。
「お嬢様、もう起きる時間でございます!起きてますか?」
返事がない。まるで屍……留守のようだ。
「お嬢様!もう起床の時間です!入りますよ!?」
女の子の部屋へ勝手に入るのは気が引けるがこれも仕事だ。
ドアを開けて奥に位置する寝台に歩み寄る。
というかだ。デカすぎるだろこのベッド。人が一人寝るだけなのにな。
シーツも真っ白でなんか高そうだし、掛け布団も羽毛布団って言うんだっけか?これまた値が張りそうだ。
その掛け布団にくるまっている小さな物体。それが俺が仕える泉堂家の御息女、泉堂姫香お嬢様である。
「起きてくださいお嬢様!もう朝食のお時間です!」
掛け布団の盛り上がっている部分がモゾモゾと動き出す。だがすぐに動きが鈍り微動だにしなくなる。
布団の上から揺すってみても反応無し。
「いい加減に起きてください!」
掛け布団を一思いにひっぺがす。
布団の中から現れたのはピンクのレースを着た天使のような寝顔の黒髪美少女。町中を歩けば一度は誰もが振り向くほどの愛らしさを備えているのは否定できない。
その寝顔を崩すのは多少躊躇いがある。
だが俺は召し使い。仕事をしなければならない。
召し使いの仕事、その一。
『平日の朝、なんとしてでもお嬢様を起こす』
用意する物。シンバル。そして躊躇わない覚悟。
では、いきます。せーの。
バジャァァァン!!!!
うるせぇよマジで。
「ん〜……」
さすがにこれは堪えたらしい。姫香お嬢様はダルそうに体を起こした。そしてつい先ほどまでの天使の顔が無気力ニートのごときだらけた顔となり半分閉じた目でこちらを見ている。
「ねぇ真貴?私は眠いの。とてつもなく眠いのよ」
なんか喋りだした。
童顔だから少し大人びた話し方が似合わない。
「泉堂財閥の令嬢であるこの私が、こんなに眠いのになんで起きなきゃならないの?」
そんなアホみたいな質問に答えにゃならんらしい。
「今日が平日で学校へ行く日だからでしょうね」
「はぁ…」
何故か溜息を吐かれた。
「私は面倒と思いながらも何度も学校へ行ったわ。そんなに好きなところでもないのによ?学校なんて行きたい人が行けばいいじゃない。行く意思のある人が行けばいいじゃない。たくさん行ったんだから休んだっていいじゃない。よって私は寝る。おやすみなさい」
再び布団を被って御就寝。もう寝息までたてている。
……………ふっ。
俺は落ち着いてマットレスとボトム(マットレスを置くの部分)の間に手を入れた。そして流れるような動作で卓袱台返し、もといベッド返しを強行する。
「さっさと起きやがれお嬢様がぁっ!」
会心のデキだったと思う。ひっくり返ろうとするマットレスの向こうで彼女の素足が天井を向いていたのは言いようもないほど爽快だった。
激しい動きで乱れた制服を直しネクタイも絞め直す。姿勢を正し軽く礼を一つ。
そのままマットレスと掛け布団の下敷きになった姫香お嬢様に向かって一言。
「おはようございます、お嬢様。いい朝ですね」
これが俺が召し使いとして働く一日目の朝である。




