第18話 勉強しやがれお嬢様②
久しぶりの投稿となりました!
お嬢様の部屋で勉強が始めて三十分ほどが経った。問題集と睨み合っているとあっという間だ。
カチッカチッと時計の針の音のみが響くこの空間はなかなかの集中力を発揮できる。さすがはお嬢様のプライベートスペースだと言うべきだろう。防音効果は完璧だった。
おかげで俺は順調に学習を進められている。間違いなく高校受験の勉強より集中できている。
しかしながらこの静かさはお嬢様にとって大敵となっているらしい。開始数分で舟を漕ぎはじめ今はすでに右頬を下にして沈没している。つまり夢の中へ沈んでいるのだ。
ここに来た目的としてはなんとかなければならない。
「お嬢様、ほら起きてください。まだほとんど進んでないじゃなないですか」
「うーん…」
子供がぐずるような声を出しつつも微動にしない。これはもう完全に籠城態勢のようだ。めんどくさいことこのうえない。
俺は溜め息をひとつ吐いてから手を頭よりも高く挙げる。手のひらをしっかり固定してお嬢様の頭があるすぐ近くのスペースをロックオン!手が数秒痺れるのを覚悟し思いっきりに振り降ろす。
バンッ!!
「ふおぅっ!!?」
ガバッとお嬢様は頭を上げた。しばらく耳を抑えたあと恨めしそうにこっちを見てきた。
「こ、こぉの…もっと他に起こし方無いの!」
小さな拳で俺の肩を殴りつけながら文句を言う。
「では、他の起こし方とはどんなです?」
「耳元で優しく囁くとかあるでしょうよ。こんなんでも私は令嬢なのよ?」
「そうですね。お嬢様はご令嬢だったんですよね」
「だったじゃないわよ!現在進行形で令嬢やってるわよ!」
「時々忘れてる自分がいるんですよ、お嬢様」
「なんかお嬢様ってのがただのニックネームになってきてない!?」
それは否定できん。
「あーもう、ほらなんか耳がぼわーんってしてる。あなたのせいよバカ真貴!」
「はいはい、バカでいいですからさっさと勉強を進めてください。このままだとバカに馬鹿だと言われる羽目になりますよ。最低でも二時間ぐらいは集中してください」
「あげ足ばっか取って…。わかったわよ、わかりました。ちゃんとやればいいんでしょ!やれば!」
シャーペンを手にして勉強を再開する。またどれだけ持つのか。これが賭けとかだったら俺は確実に『まったく持たない』に賭ける。安全牌だし。
その心配が的中しお嬢様は雑談を持ち掛けてきた。
「ねえ、キクラゲってクラゲじゃなくてキノコだって知ってた?」
「知ってました」
「昨日テレビでやってたのよ。私それまで知らなかったわ」
あまり知らない人も多いらしいな。
「これも勉強になったから私はいいと思うの」
「………」
「昨日の二時間スペシャルが勉強の時間として!」
「なんねえよ」
「知識を取り込むって意味じゃ同じよ」
「………」
「ねぇねぇ、聞いてる?」
「………」
「あれ?無視…?」
手心無しでバッサリと切り捨てるのも必要なことだと俺は思う。
お嬢様の未だおさまらない話を片手間にペンを動かしていく。あくまで主旨はテスト勉強だ。俺も真面目にやらなきゃならない。俺はこう見えて学生の本分を大切にするタイプなんだよ。だからお嬢様の話を無視してるわけじゃなく勉強に集中しているだけさ。
お嬢様は相手にされてないと感じたのか、頬を膨らませていた。まったくやれやれだよ。
「はぁ……お嬢様、中間テストがどんな結果だったか覚えてますよね?」
「真貴、いいこと?人にとって大切なのは今、そしてこれからよ」
「同じ過ちを繰り返しかけてる人が何を言ってんですか?」
「前は本気じゃなかった」
テストで本気じゃなかったとか言う奴に限って点数が毎回安定の低空飛行だったりする。本気だったらいくつ点が上がるのかガチで聞いてやりたい。そして結果次第ではあえてこの言葉を送ってやりたい。カスであると。
「今回は本気を出しましょう。また前みたいに羽川さんに怒られたくなかったらですが」
「お…おおお怒られるくらいべべべ別にこ…ここ怖くなんかないわよ!」
携帯を手にする。
「あ、もしもし羽川さん今いいでしょうか?」
「やめてえぇぇぇぇ!!!!」
悲痛な叫びが部屋に響く。少しやり過ぎたようだ。つーかビビりすぎ。トラウマレベルじゃないか。
「冗談ですよ。まぁお嬢様の行いによっては冗談ではなくなりますがね」
「そうやって主を脅迫していいと思ってんの!?」
「こんな脅迫をされる主を持った苦労を知ってもらえると幸いですね」
「うぅ〜!」
何を言っても俺が手厳しく返えすためかお嬢様は悔しげに睨んできた。
俺もサラサラと言葉が出てくるようになったものだ。口喧嘩じゃそうは負ける気がしない。
「そういえばお嬢様?」
「なによ」
若干ご機嫌斜めのようだ。
「まさかとは思いますが、当然テスト期間中の課題は終わっていますよね?」
テスト期間中の課題とは、テスト勉強をしっかり行わせるために各教科の教師が出した宿題のことだ。テスト勉強用であるためそれなりの量がある。俺は早めに済ましてあるから心配はない。何事も面倒なことは早期に終わらせるのが吉だ。後でやっていなかった故に苦労するなんてのは冗談じゃないからな。
「………」
「おい」
なぜ目が泳いでる?何か言いづらいことがあるとでも言うんすか?
「………わ、忘れてたわけじゃないんだけど…まぁ、やろうやろうと思っているうちに……ね?」
ね?じゃないよ。なんで夏休み前に夏休み終盤の心境に陥ってんだよ。ちょっとした先取り気分か?
「ならそれを最優先に進めてください」
「いい案があるわ」
「はい?」
「お互い見せ合いっこしましょう」
「お嬢様に見せられるものがあるんですか?」
「あるぅ…あるわけないでしょ!それくらい察しなさいよ!」
察してるからあえて言ってるんだ。はじめから課題が終了してるなんて思っていないって。
しかし、さすがにまったくやってないとは思わなかった。少しは進んでいると期待してたんだが、これは少し骨を折らなきゃならんらしい。
やれやれと溜め息を吐きながら自分が持ってきたものの中から課題である各教科の問題集を取り出す。まずはこれからやらせよう。
「まずは日本史からやりましょう。範囲が狭いからすぐできますし」
日本史の問題集を見せるとお嬢様はやる気なさげに頬杖をついた。
「あのさ、私が常々考えてることがあるんだけどさ」
「………」
「勉強をする意味っていうのがわからないのよ。ほら今やってることって将来使うとは限らないし、私としてはたぶん使わない役に立たないものだと思う。その日本史だって日本の過去の出来事を学ぶってことであってこれからに必要だとは到底思えないわ。例えば社会人になってどこかの企業に就職してそこで徳川家康が江戸幕府の初代将軍ですって言って何の役に立つって言うのよ。だから?みたいな感じになるのが陥ってこと。そう考えると勉強するって馬鹿らしいことだと思えない?人生勉強がすべてじゃないの。勉強よりも大切なものはいっぱいあるの。私は絶対そうだって信じたばぁ痛ってぇ!!!」
それなりの勢いで問題集を額にぶち当ててやった。
「バカの常套句をベラベラ言ってないでさっさと手と脳みそを動かしやがれ!」
その後二時間ほどの喧嘩と相成った。結果、騒がしいと恐ろしい笑顔で怒鳴り込んできた羽川さんが喧嘩両成敗を執行し、お嬢様には頬にビンタを、続いて俺を正拳突きからの流れるような背負い投げで投げ飛ばしていった。
この一連の後でお嬢様は瞑想する僧の如く静かにそしておしとやかになったらしい。
俺はだって?目が覚めたら自室で朝日が昇っていたとだけ言っておこう。その前の記憶は無いんだ。