第16話 勘弁してくれお嬢様④
男女対向トランプ編完結です!
「真貴君、ちょっと」
男子が勝つためにはどうするべきか考えを巡らしていると羽川さんが小声で耳打ちしてきた。気配も無く近づいてくるのはやめてください。心臓に悪いですよ。
「先程から気になっていたのですが」
「はい?」
羽川さんには珍しい困ったような表情でお嬢様の方を見ながら言う。
「もしかしたら…なんですが、お嬢様はルールを理解していないのではないでしょうかぁ」
ルールを理解していない?何を言ってんすか。ここまでゲームを進めてこれてんだからそんなこと…。
お嬢様へと視線を向ける。ゲームへ向かう姿勢は真剣そのものだ。少しばかり肩を張りすぎていいる気がしないでもないが。そんなに俺のメモ帳の中身を拝見したいのか。
「大丈夫なんじゃないですかね?」
「ええ、でも…」
「でも?」
羽川さんはお嬢様の膝の辺りを指差した。
今気づいたが、お嬢様は佐原や三坂のように女子がペタンと座る感じではなく、正座をしている。そしてその膝に掛かるスカートを何度も左手で摘まんでは引っ張っていた。
おいおい、そんなことしてたら絶対領域が見えちゃうぜ?
「お嬢様は焦ったりするとあのようにズボンやスカートを摘まんで引っ張る癖があるんですぅ」
言われなきゃ分からんが確かに一度気付くと気になるレベルだ。
なるほど。お嬢様のその癖を知っている羽川さんはそれを見て何かあったのではないかと、おそらくルールが解らないのではないかと考えたわけか。
さすが長年お嬢様を世話してきたメイドさんだ。小さなことも見逃さない。昔、近所にいた世話好きなおばちゃんみた…殺気っ!?
どこだ!?誰だ!?……羽川さんだった。
「真貴君、女の子に対してそれは失礼ですよぉ。うふふふ…」
ニコニコしながら右腕の二の腕をつねられた。そこ、地味に痛いんで止めてもらえませんかね。ほら、嫌な汗が出てきた。
「どうしたよ木下?次お前だよ」
高瀬に言われて番が回って来たのだと気づく。
「あ…ああ、悪い。………で?今いくつ?」
「7ですよ」
三坂が屈託のない微笑みで答えた。
「そうか」
7を出そうとするとお嬢様に止められた。
「違うわ。次はJよ」
「木下、騙さ…っ!」
「そいや!」
「ふぉごっ!」
佐原の拳が高瀬の懐へ突き刺さった。男子一名が崩れ落ちる。まるで時間の流れがスローであるかのようにゆっくりと。
床に倒れ伏し痙攣している高瀬を見て確信する。この場において女子を信じてはいけないと。三坂が数字をやんわり教えてくれた時点で気付くべきだった。
それにお嬢様が何か焦って癖が出ていたのは、ルールが解らないとかではなく、実はこの作戦を実行する前の緊張から来るものだったのかもしれない。
……ハッ!まさか羽川さんまでグルなんじゃないだろうな?俺の注意を引くことによってより成功率を上げる。
そして高瀬によってそれが不発に終わるかというところで暴力という名の実力行使。俺にそののうち飛び火してくるんじゃないだろうな。
お嬢様といい他の奴等といい、まったく…。
「お前らどんだけ必死なんだよ」
皮肉混じりに言ってやると佐原がニヤつきながら言葉を返してきた。
「遊びにこそ必死になるべきだと思うけどなぁ」
「そうよ。それに真貴!あなたは余裕をかまして場合じゃないんじゃないの?」
お嬢様が嫌なことを思い出させる。
「写真に本に服にメモ帳にとどめを刺すには十分すぎる素材が集まってますね」
三坂が愉快そうにに笑っている。
「………」
高瀬が死んでいる。
「せいぜい頑張りましょうねぇ、真貴君」
羽川さんがやはり裏切っている。
何の脈略も無いことを言うが、俺は神の如し軍略と称されたあの竹中半兵衛をリスペクトしている。決して表に出過ぎず主君の天下統一を支えた裏方精神は称賛すべきものがあると俺は思うわけだ。俺自身そういう人間として粛々と生きていきたい。
話を現実に戻すが四面楚歌の上に唯一の仲間が死に体のこの状況。彼はこの状況をいかに切り抜けるのだろうか?
リスペクトから来る贔屓目になってしまうかもしれないが、さぞ巧みに勝利を手繰り寄せるのだろう。堅城として名高い稲葉山城をたった少数の仲間と共に奪い取った時のようにな。
しかし残念ながら当然の如くここに竹中半兵衛はいないわけで、俺にその智謀があるわけでもないわけだ。
倒れ伏す高瀬を横目に見てみる。メイド服と男子という非常に残念なコラボレーションがそこにあった。
俺も同じ格好であることに自我崩壊しそうになる。
しばらく動きそうにない高瀬を目にしてもう一人なのだと悟った。本能寺で明智光秀に攻められ、炎の中で果てた織田信長もこのような気分だったのだろうか。今の状況と似てるし。いや、俺なんかの心境をあの戦国ドラマ名場面と比べるとは甚だしいというものだ。
そもそもの話。ダウトというゲームは大抵はバトルロワイヤルでやるものであって決して単体対複数でやるべきものなんかじゃない。本当は先のチーム戦もおかしいのだ。全員が全員を利用し陥れてこそのダウト。
こんなのはただの学校で受けるいじめと同じだ。周りを囲んで嘘だと疑いを掛けてくるクラスの奴等。まさにリアルダウト状態だ。あいつらは何度俺と泉堂はなんでも無いと言えば分かるのだろうか?いい加減俺の日本語を理解してもらいたいのに。
脱線してたな。今は勝負に集中する時だ。負ければ明日はないのだから。
気持ち的には、勝てるがどうかじゃない、勝つんだ!みたいな勢いで。
三坂は7と言った。お嬢様はJと言った。この二つは確実に嘘だ。ならば俺は間を取ることにしよう。安易かもしれないが裏の裏を掻けば最も確率が高いんだ。
いくぜ!俺はどれだけの逆境に立たされようとも勝利して明日を手にする!
「9だぁぁぁっ!」
───。
─────。
───────。
うん、いや、まあ、間違ってたし勝てなかったんですけどね?はい、惨敗です。
分かってはいたさ。三人に連携されたらこんなん勝てるわけがねえし。
嘘つき三人+αに嘘つき一人が敵うわけがないんだって。たかが召し使いという設定が付与されただけの普通の男子ですから。
それにダウトってそういうもんだろ?先にも言ったが単体対複数じゃ勝負にならん。容疑者が警察数人に囲まれた取り調べとほぼ変わんねえよ。疑われてんの俺だけなんだぜ?
これだけ言い訳を並べれば分かってくれる人は分かってはずだ。
そして分かっていただけないなら形で示すしかない。どうやら俺の目の前にいるお三方には言い訳が通用しないらしいからな。
というわけで、土下座という形を取らせていただきます。
「ほんとに勘弁してくださいお嬢様!」
ここで誰が一番偉いのか。そんなのは考えるもなくお嬢様である。第一に頭を下げ助けを乞うべきはここなのだ。プライド?何それ?
「なんか負けたとたん頭が重くなったわね」
「いやいや、俺はいつでもお嬢様に敬意を払っているつもりです!」
「今までのどこに敬意があったのか一つ一つ説明してもらいたいんだけど…」
俺の言葉に嘘は無い、と思う。誠意は無いが敬意はなんとか振り絞っていたはずなんだ。その精神的労力を評価してしかるべきじゃなかろうか。
頭を下げ続けていると佐原の笑い声と写メをシャッター音が聞こえた。
「アハハハ!サイコーすよ木下君。同級生にマジの低頭ぶりとか!」
「フフフ、だいぶ惨めが板についてきましたね。なかなかの眼福ですよ」
三坂は相変わらずの毒舌。こいつらはどこまで俺を追い詰めるつもりだ?
「まぁ私はもう楽しめたから写真とかは別にもういいんだけどね。駅前のクレープ屋でチョコアンドフルーツデラックスを奢ってくれれば水に流すよ」
聞くからに値が張りそうなクレープだ。
「真貴君、ここは受け入れるのが賢明ですよぉ」
羽川さんに耳打ちされた。ていうか、この人は途中から審判の仕事をしてなかった。とまあ、今はそんなことはどうでもいい。それで社会的抹殺が回避できるのなら仕方ない。
「それくらいなら…」
「お嬢様と三坂さんもそれでいかがでしょうかぁ?彼も反省してますしぃ。ところで何に反省してるのでしょうねぇ?」
うふふと笑うそれは何もかも知っているかのような顔だった。
「それじゃ物足りないと言いたいところだけど、処分するなら許してやってもいいわよ?」
捨てろってことですか?
それは…くそっ、神はそれも受け入れろと言うのか。いいだろう。だがな、男子高校生がそれで心折れると思うなよ。あらゆる手段を駆使して再び幸せの拠り所を築いてやる!
「ええっ!?許しちゃうんですか!?まだありとあらゆる屈辱によって過去の幸福を懐かしむまで痛め付けるべきです!」
俺にとって幸せはすでに過去のものであるらしい。
「落ち着きなよ鳥ちゃん」
「でも佐原さん…」
「こういうのはね、貸しを積み重ねて最終的には思い通りに動く兵隊に…」
「なるほど!利益を増やすための戦略的先行投資というわけですね!」
「小鳥ちゃんも分かってきたみたいだね〜」
「いえいえ、男を潰すのではなく利用するという発想の佐原さんはさすがです」
なんかあそこで恐ろしげなやり取りが展開されている気がするんだが。気のせいだということにしておきたい。
「というわけでですね木下君。慈愛に満ちた心の広い私達女子は今回のことは忘れてやろうってわけだよ」
「ありがたいっす」
「でもこの──」
佐原は携帯のディスプレイを見せてきた。
「『メイド服で女子に土下座する男子』の写メは大切に保管しとくんでそのおつもりで」
「いや、それも出来れば消して…」
「そのおつもりで!」
爽やかな笑顔で同じことを言った。人生における汚点はもう消えないようだ。
佐原は続けて携帯を未だ目覚めない高瀬へ向けた。
「こっちも撮っておこう。題して『眠るメイド男』」
嬉々として恐喝材料を増やしていく佐原を見て身震いしつつこれからに不安を抱いた。
だが、これで下手をしなければ残念な結末を恐れる必要はなくなった。普通に生活をしていれば彼女らの機嫌を損ねるようなことはそうはしない。俺ならしっかりできるはずさ。
こうして男子女子対向トランプゲームは幕を閉じた。長かったような短かったような時間であったが、それなりに密度のある時間であったと俺は思う。なによりここにいる奴等の、特に佐原の本性を理解できたのは大きな収穫。面白いことならなにもかも犠牲にできるあれは警戒すべきものだ。これからは当たり障りの無い接し方をしよう。
なに?佐原が怖いのかだって?なにをバカな、解りきったことを……怖いさ。
まぁ下手をしなければ心配なんてないようなもんだ。
「あ、そうそう、真貴」
お嬢様が言う。
「メモ帳のことは話が別だから。あとできっちり話を聞かせてもらうわ」
「は、はぁ…」
心配なんてないとは、今の俺には言いきれないようである。