第11話 辛口が過ぎるぜ三坂さん
新しいキャラを登場させてみました!
たぶん好みは極端に分かれると思います。
俺は真面目な生徒というわけではないが、学校とは非常に良いものではないかと、最近になって思い始めていた。
それはなぜか?理由はいたって簡単だ。
お嬢様の世話をしなくてもいい。これだ。
やはり何と言うか、俺とて一介の高校生。普段が普通の生活でないなら、せめて学校ぐらいでは召し使いではなく、普通の高校生として生活したい。もうなんか芸能人みたいな心境だ。そんな華やかじゃ無いのにな、俺の場合。
しかしながら、最近はいい。少し前なら学校でもお嬢様の近くに居なければならなかったが、今じゃ佐原がお嬢様の相手をしてくれている。
まさに佐原様々だ。もし、あいつがいなければ俺は精神を磨り減らしながら学校生活を続けていたかもしれない。
なに?前もそんなに頑張ってねえじゃないかって?否定はしない。俺の忠誠心の無さは借りてきた猫並みだぜ。戦国時代ならすぐに主君を見限るくらいだ。
また、お嬢様が佐原達といることで良いことがもう一つある。俺とお嬢様の仲を怪訝な目で見る奴が少なくなっていることだ。
あれはね、もう堪えられたもんじゃないよ。男子から注がれる視線なんて殺意そのものだからさ。
それが一学年だけじゃなく、二・三年もなのだから恐ろしい。どんだけ泉堂姫香は人気なんだよ。いや、解るけども。もし体育館裏とかに呼ばれたら普段の鍛練の成果を出して拳で解決してしまいそうだ。
だからいいのだ。お嬢様は友達と過ごし、俺は気ままにスクールライフを楽しむ。これがベストだ。
以前、お前の隣に居てやると言ったあれももう潮時だ。確か周りと上手くやれるようになるまでの契約だしな。契約解除してもいい頃合いだろう。ついでに召し使いも辞めさせてもらえないだろうか?
うん、まあ、それはさておき。色々自由になってきたわけで、その自由を満喫するために現在進行形で教室を出ていた。
昼飯をさっさと片付けて空を飛ぶ鳥のごとく校内をふらふらと歩き回る。
できればこのまま昼寝にもってこいのベストプレイスを見つけられればいい。なるべく人が来ない場所。昼休みにまで他の奴らとつるんでなんかいられるか。俺はどちらかと言えば一人の方が気が楽でいいんだからな。
「うーい!きっのしたー、んなとこにいたのか」
図書館と体育館に繋がる渡り廊下をふらふらしてたら前から高瀬がやって来た。たぶん図書館からだ。
ため息を吐きたくなる。こいつがいるとベストプレイスを探せないじゃないか。
「お前こそなんでこんな所に?図書館はお前にとって縁の無い場所じゃないか」
「会って早々酷いな。僕だってたまには学ぶ姿勢を持つんだよ」
「ほう?じゃあ今は図書館で何を学んできたか聞かせてもらおうじゃないか」
「もちろん、どのアングルでメイドの写真を取ればいいかさ!」
だと思った。
こいつは着々と死亡フラグを立てているらしい。本当に葬式の準備が必要なようだ。冠婚葬祭は確か制服でよかったんだよな?
「というかだ。お前は本当に泉堂家へカメラを持ってくる気か?」
「当然さ。生のメイドを写真撮影できるなんてそうあるもんじゃないからね。このまま行けるよう教室の鞄に入れてあるよ」
下手したらメイド達に壊されるかもしれないと考えないのだろうか?
秋葉とかの商品的なメイドじゃないんだぞ?誇りと強さを兼ね備えたメイド達だぞ?
と言った忠告をした所で無駄だと解っている。だから何も言うまい。無駄なことはしない主義なんだ。
お嬢様に何かしそうになったら息の根を止めればいいだろう。
「まあ、せいぜい頑張れ。被写体はさぞ活発だろうからな」
「なに!?そんな積極的なご奉仕が!」
「ああ」
攻撃的な意味でだが。
「なんか今さらになってお前が余計なことをしないか心配になってきた」
「おいおい、法に引っ掛かるようなことはしないぜ?僕を信じろよ」
「お前のどこに信じるべき要素がある?」
否定すると高瀬はわざとらしく両手を上げて首を振った。学校じゃなかったら叩きのめしてしまいそうなウザイレベルで。
「まったく、わかったよ。僕だってタダで手引きしてもらおうなんて考えていないさ」
高瀬はおもむろに制服の内ポケットを探ってから数枚の紙らしきブツを取り出した。
意味ありげに差し出してくるそれを受け取り裏返してみる。そこで俺は言葉を失った。
こ、これは…。
「土曜に偶然彼女達を見つけて数枚生み出してやったのさ。奇跡の写真ってヤツをね」
それはまさに写真であった。土曜にお嬢様が遊びへ行った時か。お嬢様と佐原、あともう一人小綺麗な女子が写っている。
小柄で黒髪のショートヘアに半開きの目が特徴のこの女子は同じクラスの三坂とか言う奴だ。
確か取っ付きにくい奴だとクラスの男子が言っていた。聞けば、話をした男子は己を見つめ直す羽目になるとか。こいつはブッダかなんかなの?
しかしまあ、三人ともいいじゃないですか。普段は見せない本来の彼女達はそこらのアイドルなんかより可愛い、と思う。高瀬のカメラ技術も申し分ない。
お嬢様に佐原に三坂。ぜひ一人一枚ずつは懐に収めておきたいな。
「てっ、お前これ、盗撮じゃねえか!」
「ちょっ、馬鹿バカ!声が大きいっつーの!」
慌てた様子で周囲を見回す高瀬。法に引っ掛かるようなことはしないとか言って前科持ちじゃないか。
「他の奴らのならいざ知らず。泉堂のまで」
「まあまあ、ちょっとした小遣い稼ぎさ」
「犯罪だぞ」
「クラスの男子だけに売るから大丈夫だって。それ以上は広めさせない」
うーん、それもどうなんだろうか。
「でだ、話を戻すけど。木下には数枚をタダで譲ってやるよ。お前だってこういうの好きだろ?」
「いや、でもな」
「いい子ぶるなよ木下。俺達は男だ。欲望を爆発させても恥ずかしくねえ」
なんだこの説得力のある言い方は。思わず頷きそうになっちまう。
「どうだ?木下よ」
「はっ……見くびるんじゃねえぞ高瀬」
「なら、いらないのか?」
「ふざけるな。一人一枚ずついただこう」
「交渉成立だ」
いや、もうね。これは本当に仕方無いことなんだ。 欲しいものは欲しい。見たいものは見たい。この気持ちを抑えるには10年ほど滝に打たれなきゃならん。それほど物欲が掻き立てられてしまったのだ。
不純だと罵るなら罵ればいいさ。男子なんてのはこの世に存在する限り不純なんだよ!
さて、手に入れた写真は丁重に保存して隠しておかねばならない。誰かにバレたりしたら事だからな。
「邪魔なのですけど」
「「うわっしょーい!!?」」
突然の背後からの声に非常に可笑しな声を出してしまった。うわっしょーい、ってなんだよ俺ら。
観察する間も無く瞬時に内ポケットへ隠す。そしてゆっくりと顔を動かして声の主を見た。
なんと三坂御本人様じゃありませんか。分厚い本を片手にいつも通りの半目に今日はなんか不機嫌ぽい。これでさっきの見られてたらいろいろアウトだ。
「そこをどいてください。というか即刻立ち去ってください」
立ち去れだとさ。これはおきつい。
「まあまあ、そう怒んないでよ小鳥ちゃん。可愛い顔が台無しだよ?」
「勝手に下の名前で呼ぶの止めてくれません?申し訳無いのですけど、あなたのような野人に呼ばれると穢れます」
「や、野じ…穢…」
辛口な言葉に高瀬の口元がひきつっている。まあ高瀬に対して辛口になってしまうのは納得できるよ。高瀬はそういう運命の男だ。 仕方無い。ここは俺が三坂の怒りを鎮めてやろうじゃないか。召し使いとして磨いた仮初の人の良さが炸裂するぜ。
「悪かったな三坂。すぐどくから──」
「ふっ…」
ガンジー並みの優しさで気を落ち着けてやろうとしたら見下したような目を向けられた。
「おや?珍しい動物もいたんですか。確かホモ・エレクトゥスでしたっけ?」
「おいこら、霊長類ヒト科みたいに言うんじゃねえ」
「間違ってますか?」
「それ生物学的に旧石器時代の人間のことだから」
人の先祖みたいな扱いをされてしまった。対して会話もしたこともないのに。失礼にも程がある。
「男子が二人で何をしてるのか興味もありませんが、端っこでやってください。渡り廊下にいることで自分が全校生徒の邪魔になっていると思わないんですか?そもそも存在自体が煩わしいので消えてください」
「木下……僕は今なら女子でも殴れるぜ」
「落ち着け。ここでの暴力沙汰はまずい。ひとまず人気の紳士的にだな…」
ここまで心を抉られて黙っていられるか。
男子が女子に酷いことをしてはいけないという社会的な暗黙の了解があるが、それならば女子が男子に酷いことをしていいのか?駄目だろうよ。
いくら暗黙の了解があろうと現実ってのは表向きは男女平等だ。やられたらやり返す。それが男子から女子へでもいいはずだ。
まあ、過度なことは紳士として控えといてやろう。 俺も男子は女の子に優しくしなさいと戯れ事満載の教育を受けてきた身だからな。そこを遵守してやるのも道徳教育に一生懸命だった大人を立ててやる数少ない機会だ。
高瀬と共に、紳士的に、と心掛けて頷き合う。
「ふん、私はこれから図書館へ行かなければならないのであなた方に費やす時間はありません。では」
「待ちな」
高瀬が呼び止めた。三坂はやたら整っている顔をしかめて立ち止まった。
そう、紳士的に身体的暴力なんてものは愚行。だから言葉を使えばいい。
紳士的に、言葉の暴力ってやつをな。
「なんですか?あなた達との会話は国宝を硫酸の海に投げ棄てるのと同じなんですが」
ハッハッハ、言ってくれるじゃねえの。そんな無礼な口は聞けねえようにしてやるよ。
やったれ高瀬!こういうの得意なお前ならそんな女子なんかすぐドン底に沈められるはずだ。
「図書館へ行って何するっての?」
「勉強ですがなにか?」
「勉強!?つまんねえ女。せっかくの昼休みに勉強とかバカじゃねえの?高校生である今を楽しむとか考えられないかねえ」
「バカじゃありません。私は今よりも将来にニヤニヤするために勉強するのです。あなたのように遊び呆けて研鑽を怠っていてはろくな未来も望めないでしょうから」
「ぐっ…言いたいこと言ってくれんじゃないか」
高瀬が怯んだ。だが、持ち前の立ち直りの良さを発揮する。
「僕はまさに今の青春を楽しんでんだよ。学生時代という少ない大事な日々を勉強に費やすような奴の脳内メカニズムが解らないね。友達とかもホントはいないんじゃねえの?表向きの関係とか言ってさ」
「私はちゃんした友達がいますが」
「少ないだろ?」
「多ければいいと誰が決めました?群れないと一人じゃ何も満足にできない弱者どもはホント嫌ですね」
「じ、弱者…だと。へっ、何と言われようと今を楽しめた奴が勝ちなんだよ」
「今を楽しむとか…。そのわりには恋人のひとりもいないようですね。よほど魅力が無いと見えます」
「がはぁっ!!」
高瀬が沈んだ。
「お…お前…なんで…そんなこと…知って…」
「日々の研鑽に励む私に知らないことなどないのですよ。クズが」
日々の研鑽と高瀬の諸事情は関係ないと思う。
と、余計なツッコミをしてる間に高瀬が地に伏して動かなくなってしまった。いや、痙攣している。
恐るべし三坂小鳥。相手を貶めることに関しては右に出る者がいない、らしい高瀬を再起不能にするとはな。
だが、それもここまでだ。この俺がいる。何と言われようとリングに這いつくばる気は無いぜ。
「今度はあなたですか、木下さん」
「ああ、そうなるな」
虫を見るような目でガンを飛ばしてくる三坂に怯まず返した。
「前々からあなたには一言だけ言っておきたいことがあったんですよ」
「言ってみろよ。俺は性格上何を言われようと気にしないタイプなんだ」
「そうですか、なら遠慮無く言わせてもらいます」
三坂の目がすぅっと細まりさらに冷たくなる。背筋が氷でなぞられたかのように寒くなる。
なんか自信が無くなってきた。あれ?これはなんかヤバイんじゃないか?
「姫香さんに付きまとうのはやめなさいストーカー野郎が」
ピシッ──。
俺の何かが割れた。
ストーカー…野郎か…。職業柄仕方無いとしても、これは、その言い方は、酷すぎる、な。
予想外のショックに思考停止していると三坂が何かを言っているような気がした。
だが、それも俺には届かない。これ以上聞いてはならないと本能的に外界からの情報をシャットアウトしてしまったようだ。俺メンタル弱すぎ。
「イテッ!」
内股に激痛が走り、堪えきれず転んだ。
痛みによって我を取り戻すと、三坂が持っている本で俺の内股を叩いたのだと理解できた。
なんで地味に痛いとこを攻撃すんだよ。じわじわと来るだろうが。
何か言ってやろうと睨み付けると、それを嘲笑うかのように見下した微笑が返ってきた。
「そうやって地べたに張り付いてる方がお似合いですね。では、私はこれで」
そう言って図書館へと歩いていってしまった。
残されたのは心に傷を負った男子二名。
なんだろうなこれは。たぶん男子に言われたとしても大して強力でない言葉が、どうして女子に言われるとこうまで凹まされるのだろうか?
もう人間の長い歴史の中で徐々に男子は女子に勝てないようにできてしまっているのかもしれない。
あれ?そもそも俺はまだ何も三坂に言えてねえ!?戦う前から負けてんじゃん。 とは言え、これが俺達と三坂小鳥との初のまともな会話だ。会話、か?
ここで俺達は学び、そして知り、教訓を得た。
三坂とは口喧嘩しないようにしよう。絶対に勝てなずに傷を負うから、と。