Gランクの天才 8
深夜、私は起きていました。
場所は変わらず、今回は結界も張っていません。
ですが周りの皆はぐっすりと寝ています。薬でも盛られたように。昨日のようにぐっすりと。二人の人数を減らして。
私達が狙われた理由は、簡単です。
お父様を妬ましく、邪魔に思った者。私を妬み、欲した者。
その二つの思惑が重なり合い、今回の事件が起こりました。
裁判長であるお父様に賄賂が贈られて来た事があります。思えば、それが事件の始まりでしょう。お父様は当然のようにそれを受け取らず、それを贈って来た貴族に忠言をされました。けれど、それが癇に障ったようです。
平民の分際で、お前は言う事を素直に聞いてれば良いのだ! と。
アイカシア国は優秀な人材なら平民も貴族も関係なく登用しますが、それはまだ始めて間もないです。丁度軋轢が生まれる時期でしょうか。
私はアイカシア国の兵士です。お父様が法で人を守るなら、私は力で人を守る。魔物や争いから法で人は守れません。それが私が戦いに身を投じる理由です。
現在、国はどことも戦争をしておらず、兵士とはいえ、冒険者とやっていることは変わりありません。依頼があれば魔物や盗賊を斬りに行く、という仕事です。
ですがいつの間にか、私は将軍と呼ばれる立場になっていました。発言権が強くなり、私自身が依頼をこなすことも減りました。そして、どうやらその地位を妬まれたようです。望んで手に入れた訳でもないのに。
貴族上がりの武官である人達が、私が歯牙にもかけなかったのに苛立ち(というのも、彼らの視線がいつも私の身体を舐め回すようにみていたからですが)、ねちねちと嫌みを言って来る日が続きました。平民出の私が高官職についているのを好ましく思っていないようです。
そんな内情に嫌気が指した私が、今回の観光を提案しました。
そして、気のあう仲間達とお父様を連れて観光に来てーー。
仲間達は皆殺されました。
……どうして、こうなったのでしょう?
私は、何も悪い事はしていない。それなのに、私のせいでたくさんの人が死んだ。今日も護衛の人が二人も死にました(一人は刺客でしたが、一人の死に変わりはありません)。
もう、終わらせましょう。これ以上、無関係な人を誰も殺させはしません。
黒幕は国内に戻って、きちんとお父様に裁いてもらいます。
だから私は、この事件の実行犯を捕まえます。
風が金髪を撫でました。頃合い、でしょうか。
私は聖剣に手をかけ、立ち上がって馬車から少し離れます。そして、
「いるんでしょう? 狙撃手さん。いえ、暗殺者さんですか」
夜の闇で恐怖感を生み出す森を睨みます。それに気圧されたのか、がさがさと茂みが動きました。
「…………」
茂みが蠢き現れたのは、フィーのような黒のローブに身を包み、フードを目深に被った人物でした。性別は顔も体格からも解りません。
黒の大きめなローブで、裾に手が隠れていて獲物も伺えません。
聖剣レイリースを抜き構えます。白銀の刃が闇夜を照明のように照らしますが、やはり皆はぐっすりと寝ていて起きません。起きれない、と言った方が良いかもしれませんが。
「…………」
暗殺者さんは何も言わず、右手を振りました。次の瞬間には、その手にナイフが握られています。サバイバルナイフのような、凶刃が見えます。さすがに、近接戦闘では銃は使わないのでしょう。いえ、それとも切り札のつもりですか。
「はあっ!」
攻撃は、私から仕掛けました。
刺突から始まり、横薙ぎ、斜め上に一閃、そこから袈裟切り。その連撃を暗殺者さんは華麗に避けて行きます。さすがに、この剣相手に受け止めるなどはしませんか。
「っ!」
けれど、このままでは劣勢なのは間違いありませんよね?
あえて大振りの横薙ぎを繰り出します。相手が間合いを取ろうと後ろに飛ぶのもあえて追尾せず、こちらも距離を離します。
距離にして二十メートル弱。さあ、これで切り札も使えるんじゃないでしょうか?
思った通り、ナイフを持たない左手が上がります。けれど、これは予想外です。
「拳銃……」
間違いなく、あれは拳銃。連射が可能な、近代的な、あまりにも近代的な武器。っと、思わず思考が傾きました。
引き金に指がかかり、一切の躊躇無く引かれた。
あえて切り札を出させたのは、この戦いがどれほど無意味か悟らせるため。切り札が効かなければ、この勝負に相手方の勝ちはない。優秀な暗殺者ゆえ、単身での襲撃。それとも、単にこの事件の黒幕がこれ以上雇えなかっただけか。
まあいずれにしろ、これでおしまいでしょう。
銃弾は直線的にしか飛ばない。大きなカーブを描いたり、直角に曲がったり、障害物を避けたりはしない。
この聖剣レイリースは、別に切れ味が良い剣ではない。熱量が莫大な剣だ。そう、銃弾にほんの少し擦らせるだけで、銃弾を溶かすくらいの熱量を持った剣。
「っ!?」
じゅわっと、銃弾が赤い光と共に地面に落ちた。
驚きながらも、懲りずに何発も放つ暗殺者さん。何度と無く撃ち落とす私。
おしまい、です。
「——っ!」
銃弾が尽きたのか、暗殺者さんが背を向けました。ああ、丁度良い。
「かはっ!」
身体能力を上げて突進し、押し倒します。そして抵抗出来ないように、右手と左手を押さえつける。
倒れても未だに取れないフード、正体不明、しかし脅威でなくなった暗殺者。その耳に口を近づけ、私はこう話しかけた。
「隷属の首輪なんて、お洒落な物付けてるね」
「ッ!?」
びくりっ、と相手の身体が震えるのが伝わってきた。
ボーイソプラノの声が、そう襲撃者に語りかけたのだ。
おっと、またやってしまったか。どうやらまた声が元に戻ってしまっているようだ。いやはや、身体能力を上げるとどうにも魔法が緩んでしまう。
今更なので私は——いや、僕は魔法を解き、襲撃者のフードを取った。
魔法。
僕は変化する魔法を使えるのだ。
それも、体格や身体能力のみならず、才能、経験、思考といった部分までも。
「魔法使い……」
どこか忌々しげに呟いたのは、海のような深みの有る蒼い髪の少女だった。その少女の首には、金色の首輪が付けられている。
魔法具、隷属の首輪。
『法則1、付けられた者は付けた者の命令に、意志と関係なく従う。
法則2、付けられた者は命令を実行中、その意志を失う事はなく、身体だけが命令に忠実に動く。
法則3、付けた者の意に介する行動をとる事は出来ない』
という魔法具だ。
なるほど、この隷属の首輪を彼女に付けた奴が魔法使いで、彼女の恨みの対象と言う訳か。いやはや、厄介な魔法具を作った奴だよ、本当。
どことなく感情を失った少女だ。
恐らく、幼い頃にこの首輪を付けられ、暗殺者となれ、とでも命令されたのだろう。彼女は意志と関係なく、身体が勝手に暗殺者になるべく生きて来たのではないだろうか。
けれど、僕はこの少女がとても優しいように思えた。
その目は充血しており、一睡もしていないような隈がある。そして今にも泣きそうな顔をしていたのだ。きっと、泣いていたんではないだろうか。
意志に関係なく、意識を保ったまま人を殺して来た少女。
彼女の恨みがましい目つきに、僕は笑みを浮かべる。
「助けて上げようか?」
驚いたような、惚けたような顔を少女がした。凄く顔がニヤ付いた。やばい、おっさんの思考が僕に染み付いて来ているぞ。
これ以上無駄な襲撃をされないために、僕は返事も効かずに首輪に手をかけた。
ビリビリと電流に似た物が僕の手を焼き切ろうとするが、それは僕の手に吸い込まれるように消えて行った。僕は手に炎を宿し、その首輪を焼き切る。
どうせこの首輪は、魔法がかかっていなければ唯の首輪だ。外されないように反撃の魔術を仕込んだようだが、魔王の僕にはそんなもの関係ない。
全ての魔力を扱う事象は、今の僕には効かない。レイと言うおっさん状態やリース嬢に化けているときは効くけれど。
「さて、これで君が僕らを襲う理由は無くなった。それでもまだ命令に従うか? その時は仕方がないね」
「えっ……」
僕は立ち上がり、彼女を自由にしてあげる。彼女は不思議そうに、先ほどまで首輪の付いてた所を撫で回していた。……その役目、僕がやりたかった。ネコは好きなんだ。
夜明けまではまだあるが、早めにおっさんの姿に変わっておく。
「さあ、お行きなさい。あなたは自由ですよ」
と、胡散臭いおっさんの声で、あまりの出来事に呆然としている彼女にそう言った。普通、この手の魔法具は一度使われると逃げる事は出来ない。何せ、使った本人もどうしようもない魔法だったりするのだから。
そう言えば、彼女が僕の正体をばらしたら、このおっさんは使えなくなるか。まあ、その時はその時だろ。
僕はのんびりと皆がいる馬車の方へと向かって行った。
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僕の使っている魔法は、複写魔法。
『法則1、変化出来るのは実際に接触した人物のみである。
法則2、変化は、肉体を完全に変異させ、その人物の肉体的特徴に全て完璧に変化する。
法則3、変化した人物の人格を、仮想人格βとして構築し蓄積する。使用者の判断時に採用する事が可能である』
これが僕の持つ魔法である。
完璧にコピーする能力だ。つま先から脳みそまで、しわの数から爪の長さ、髪の毛の本数までもを完全にコピーする。完璧なクローンを生み出す能力と言っても過言ではない。何せ、変化した人物の人格すらもコピーするのだから。
仮想人格β、これは人間の内情を全てコピーする。その人の記憶、経験、癖、思考など。
だから僕がリース嬢に変化しているとき、リース嬢の過去の話をされても僕はちゃんと受け答えが出来る。癖の一つ一つまで完璧にこなしてみせる。今回、事件の考察をしてくれたのも仮想人格βである。
勘違いしないでほしいのは、全て仮想人格βが思考し、自分ならこうしますという答えを出してくれるからであって、別に僕が変化した人物に乗っ取られると言う訳ではない。
だから、その人物だったら絶対にしない、という行為をする事も可能な訳だ。全ての行動の決定権は僕に有る。仮想人格はあくまで仮想、身体を動かす権利はない。
この魔法の恐ろしい事は、変化した者の才能と呼べる部分をもコピーする事が出来る点だ。身体的能力の全てコピーである。もしもこの状態で僕がリース嬢と戦ったら、それは凄い戦いになるだろう。自分ならどのように立ち回るか思考してくれて、それに身体が付いて行く。まさに、自分との戦いが出来る訳だ。
この魔法を使って、僕は魔王ではなく、おっさんとしてギルドの登録されている。僕を助けてくれたおっさんだ。なかなかに身体能力も高く、魔術の才能もあり、本当に万能な身体だ。僕は好き好んで使っているが、顔と声がどうにも駄目だと最近気付いた。
ギルドでは僕の正体がばれるまで、まだしばらくこの身体を使わせてもらおう。
おっさんであれば、突然消えても不思議がられるまい。