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例えば仮の魔王様  作者: 零月零日
第一部 序章
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Gランクの天才 7

「ラングッ!! 何故だっ!?」


 走って戻ると、シュイがカイルを庇うように、ラングの前に立ちふさがっていた。爆発に気を取られて、不意をつかれたのか、他の二人は倒れふし、リース嬢が二人を守るように立っていた。

 シュイの大剣、ラングの盾。

 どちらも異様に巨大な武器だ。その戦いも、壮絶なものだ。

 シュイは自分よりも大きな剣だと言うのに、軽々と振り回し、巧みな剣術を繰り出す。伊達にランクAではない。だが、彼も何らかの攻撃を受けたのか、どことなく動きにキレがない。

 対してラングは、その大きな盾で自分の視界を狭めていると言うのに、シュイの攻撃を全て防ぎ切る。その戦い方は経験則や長年の勘と言った所だろう。……ガイラスもまさかラングが裏切るとは思わなかっただろう。僕だって、あまり信じられない。

 剣と盾がぶつかり合う中、シュイとラングもぶつかり合っていた。


「何故? 頼まれたからに決まっているだろう」

「ギルドの掟に反するんだぞっ!?」

「ギルドなど、金を稼ぐために属しているのに過ぎんよ」


 剣と盾がせめぎ合い、体格的に劣るシュイが吹っ飛ばされる。が、シュイは宙で回転し、難なく着地した。

 ラングの言い分は、僕に近い所があるようだ。


「簡単な任務だったぞ。他国の話が聞きたいと護衛達を酒場に呼んで、酒で酔わせた後首を切るだけだったからな!」


 それを聞き、リース嬢の顔が青ざめる。そして、リース嬢は怒りに顔を赤く染めた。

 ここまで目立って気に病んでいる様子はなかったが、やはり悲しんでいたのだろう。それを馬鹿にしたように話すラングに、少なからず怒りを抱いているようだ。

 それを知っていたから、僕らはあえて何も触れなかったのだが。


「金に踊らされたか! ラングッ!!」

「この世は金と知恵だ! 若造が!」


 ああ、これはまずい——、僕がそう思った時には、もう遅かった。

 シュイとラングが真っ向からぶつかり合う。

 二人の攻防はほぼ互角だった。だがそれは、シュイの速度重視の剣とラングの筋力重視の盾が釣り合っていたからに等しい。

 真っ向からぶつかり合えば——、


「かはっ!」


 シュイが力負けして先ほどより強く吹っ飛ばされた。さらに剣を落としてしまっている。致命的だ。

 だが、ラングはそれに追い討ちをかけない。

 それもそのはずだ。ラングの任務は、カイル達の殺害なのだろうから。

 ラングはシュイを吹っ飛ばした勢いを持って、カイルに襲いかかる。鈍器、盾で殴り殺すつもりか。

 リース嬢が聖剣レイリースを構えるが、あれは重量系と対するには不向きだ。例え盾を切り裂けたとしても、その勢いを殺す事は出来ない。それにラングの盾は分厚く、盾が切れてもラング自身には到達しないだろう。そうなると、リース嬢も押し倒される。

 まずい。


 だが——ここしかない!


 僕は右手に持っていたそれに魔力を籠め、ラングに投擲する。


「っ!」


 死角からの投擲だと言うのに、ラングは反応してみせた。

 タックルの勢いを止めず、振り返りながらそれを盾の中心で弾くように構えた。

 ……さすがラングだ。これなら、弾いてすぐにでもリース嬢を押し倒し、カイルを殺せる。見事だよ。

 けど、終わりだ。


「ッ!?」


 ラングの声にならない叫びが聞こえた気がした。

 ガイラス、お前の武勇は語り継いでやるよ。


 ラングの盾が、木っ端みじんに砕け散った。


 『螺旋槍』。回転と振動により分子レベルにダメージを与える魔法具。

 そして、ガイラスの形見。

 それがラングの盾を木っ端みじんに砕いてみせた。

 これで、お前の気も晴れたか?


「——うぐっ!」


 螺旋槍は盾を砕くに留まらず、ラングの腕をも削る。

 その痛みに、ラングの動きが崩れる。だが、一瞬で体勢を立て直しカイルに肉弾戦を挑む。巨漢のラングとひょろいカイルでは話にならない。一瞬で首の骨を折られて、カイルは死んでしまう。


「ぐっ!」


 だが、その一瞬で十分だった。

 不意に、ラングの動きが止まった。その首には、一本の剣が突きつけられている。


「一歩でも動けば、首を落とします。……だから、手を引いてください」


 そう、『戦姫』リース・フュリアスには、その一瞬で十分だった。ラング、護衛の殺害犯に突きつけた刃は、微かに震えているようだった。怒りで殺しそうなのを我慢しているように見えた。

 最後の言葉は、彼女が優しい事の証明。いや、裁判長の娘だ。罪には罰、人を裁けるのは法だと考えているのかもしれない。

 

 だが、これにて一件落着とはいかなかった。それでも全ては終わらない。


 ズダーン! と炸裂音が響き、鈴を鳴らしたような音が響いた。


「なっ!?」


 聖剣レイリースが弾かれた音が鈴のように響いた。また狙撃手か! 今度は武器を狙ったからか、殺気が無く反応出来なかった。

 その一瞬の隙をつき、ラングは僕の向いの森に飛び込んで行く。かなり速い。

 だが、逃がすかよ。


「レイさん!?」


 僕は茂みから飛び出し、ラングを追う。リース嬢に驚かれたが、そんなもの知らない。奴は僕の手で、どうにかしてやりたかった。


 森を疾走するが、ラングとの距離は離されるばかり。

 ちっ、この身体じゃ、追いつけないか。

 なら……、いっそ追い越してしまおう。

 身体の構造、筋肉の一つ一つの動きを変え、バネのある動きで一気に加速。弾丸の如くラングを追い越し、僕はその進路上に躍り出た。

 僕の姿を見てラングが驚いた顔をしたが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。

 渋い男だと思っていたが、何、随分と悪党臭い顔をしてくれる。


「……驚いた。追って来たのは貴様一人か。だが、追って来てどうするつもりだ? 俺をカイル達に引き渡すのか? Gランク風情が調子に乗るなよ?」

「調子に乗ってるのはアンタの方だよ、ラング」

「ッ!?」


 不意に、ラングが驚いたような顔をした。

 ああそっか、おっさんの体じゃアンタに追いつけなかったから、ちょっと内部を変えたんだった。それに伴い声も変わったし、キャラ設定など忘却の果てか。今更この姿にこだわる必要はない、か。

 僕は魔法を解き、ラングと対峙した。


「——なっ!?」

「アンタは色々と勘違いしてる。Gランク風情? あんたはそのGランクにやられたのをもう忘れたのか?」


 決定打になったのはリースだが、そのお膳立ては僕がやったんだぞ?

 アンタのご自慢の盾を破壊したのは、他でも無い僕なんだぜ?

 だいたい、さっきまでの僕と今の僕はまるで別人なんだ。

 ——って、隠れてたから解らないか。


「調子にの——ごぼっ!?」


 ラングを水球の中に閉じ込めた。

 おお早い早い。やっぱりこの身体だと魔術も高速で使えるな。

 今の僕は黒髪に黒い瞳だ。僕の本来の姿。おっさんの姿はいわば仮の姿と言える。あの胡散臭さは、実在のおっさんを忠実に再現したのだけど。

 水球の中は踏ん張る事も出来ず、外から助け出されなければ脱出する事は不可能に近い。水球に捕われた驚きで息を吐いちゃったから、けっこう呼吸も苦しいんじゃないかな? 口に水も入っちゃったし。


「さてと。一つだけ言わせてもらうとさ、別にアンタは間違っちゃいないよ」


 戦争で人を殺せる理由は、命令されたから。

 殺す理由ではなく、殺せる理由だ。

 命令されたから殺しました、それは何も間違っちゃいない。

 人間は全ての罪を受け止められる程強くはないし、世の中金だしな。

 うん、別にアンタは間違っちゃいない。

 だけどさ。


「間違っちゃいない。だけどな、僕はそれが嫌いなんだよ!」


 家族や友人、村を焼き払った帝国が憎い。復讐したい。

 それを命令した奴か? それもそうだ。

 だが、それを実行した奴の方が僕は許せない。

 他人に命令されたからやりました? でも死ねと命令されたら死なないんだろ? 自分のためにしか生きれないんだろ?

 僕はさ、そういう醜い人間が大嫌いなんだよ。

 間違っていることに、間違っていると言える人間を僕は知っている。それ故に、それが出来ない奴が僕は嫌いなのだ。

 ああ、僕が間違っているのさ。

 人間を根本は素晴らしい生き物だと思っている、僕が間違っているのさ。

 人間は間違いなく醜い生き物だろう。自分のことでなければ、簡単に責任転嫁する醜い生き物さ。

 それに納得出来ない僕が間違ってるんだろ。

 いいぜ、僕が間違っているのを認めよう、受け止めよう。


「だから——な?」


 水が沸騰し、水球改め熱湯球の中でラングが暴れる。

 だんだんと赤くなって行くラングの体を、僕は冷ややかな目で見つめていた。

 僕は逃げもしない。その罪から逃れようとはしない。復讐は受け入れよう。

 だが、死のうとは思わないな。

 それに——。


「……うえ、気持ち悪い」

「——げほっ!」


 相手を殺そうとも思わないけど。

 僕は熱湯球を解いた。不意に地面に落とされたラングが呻いているが、そんなもの知ったこっちゃない。でももう十分かな、やってるこっちが気持ち悪くなって来た。僕の復讐とラングは特に関係ないし、所詮これは復讐の予行演習だから。

 本当言うと、別に見逃しても良かった。ただ、命令されたを理由にする奴が僕は嫌いなだけだ。これは父さんと母さん、それに彼の影響だろう。

 家の規律を破り、幽閉された母さん。法を犯し、母さんを助け出した父さん。

 そして、命令に背き、魔王を助けた勇者。


「……甘いよな、僕」


 間違っていると思える事に間違っていると言える、そして行動が出来た彼ら。僕はそんな人達の中で育ったから、それが当たり前だと思っているけれど、実際はそんな綺麗な話はないんだよ。

 僕は人間が大好きで、それ故嫌いな奴は大嫌いなんだ。そして嫌いな奴が大半なのだ。

 でも、僕が嫌いでも、誰かは好きでいてくれるんじゃないかな。

 好きな人を失えば、それは凄く悲しい。

 だから、僕は殺さない。

 復讐はするさ。

 死にたくない奴には殺してくれと泣き叫ぶような地獄を。

 まあ、死ななきゃ治らないような腐った奴はちゃんと殺す。その変はちゃんと弁えているつもりだ。

 人を裁けるのは人で非ず、法に在りなどというが、そんなもの知らない。復讐は残された者の正当な権利だろ。


 と。


 ずどん、と銃声が響き。


「あっ……」


 ぱーん、とラングの頭が爆ぜた。

 べちゃべちゃと、熱い血液が僕に降り注ぐ。ネバネバとした液体が、僕を汚す。何も言わない目玉がころころ転がり、そして僕を見上げた。

 お前の意志なんか関係ないんだ、死ぬべき奴は死ぬとでも言いたげな目玉。

 口封じされた。


「……くそっ」


 口でだけ残念そうに僕はした。心の中は、酷く冷めていた。

 あっそう死んだの、と。

 ああ、僕は本当に狂っているな、いい感じに魔王になりきれてるな。

 人の命がどうだ講釈しといて、全然悲しくないもの。



「……口封じされました。ガイラスも、死んでいました」


 血まみれで戻った僕は、開口一番そう告げた。

 リース嬢とシュイが剣を突きつけてのお出迎え、なかなかに怖い物があった。


「……そうか。とりあえず、拭きなさい」


 カイルがそう言って僕にタオルくれるが、気持ちだけもらって、魔術で水球を作り、頭から被った。

 頭、冷やそう、僕。

 水球を大量に作って、どんどん上から降らす。目に水が入るから周りは見ないけど、きっとどん引いてる。別に良いさ、どうせこれっきりだ。

 よし、頭が冷えた。……寒くなって来た。

 最後に、温水を降らせて——これで血は落ちただろう。


「はい……」

「すみません」


 タオルが差し出され、僕は今度は受け取る。

 リース嬢だった。

 目が赤くなっており、泣いたのだと理解した。どうやら、ガイラスが死んだのはラングが裏切った時に知ったらしい。

 旅の最中は気丈に振る舞っていたが、本当に優しい人だったのか。人の死に泣けるなんて、なんていい人なんだ。

 決意が固まった。

 及ばずながら、僕はあなたの役に立ちましょう。

 今夜、全てを終わらせます。


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